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新日本婦人の会 狭山支部が「ウクライナを聞く会」 戦争後のハリコフへ支援を
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新日本婦人の会・狭山支部が、会員の親族でウクライナから帰国した、元バレリーナのチウィーコワ・いづみさんのお話を聞く会を開催しました。ご本人の了解を得て、一部を紹介します。



チウィーコワ・いづみです。ロシアバレエに憧れて、高校の3年間ロシア語を学び、ロシアに留学。2007年からウクライナ東部の町・ハリコフのオペラ劇場で働いていました。2人目の子どもができてバレエは引退しましたが、その後もハリコフでホームページ作成の会社を立ち上げ、ずっと仕事をしてきました。
 
 昨年12月頃から友人から「大丈夫?」との声がかかるようになりました。1月に入ると、大使館からも連日、「危ないので避難を」との連絡が来ましたが、現地では近所の人もみんな「あり得ない」という声ばかりで、自分もバレエを見にいったり、普通の生活をしていました。
 2月23日の夜、急に大きな音がして、夫が慌てて「始まった!危ない」と叫び、子どもを抱いて地下に避難。翌朝「1週間位離れた方が良い」という判断をして、2〜3日分の着替えとパスポートを持って友人の家に向かいましたが、結局、1ヶ月も住むことになってしまいました。
 友人宅は貯蔵庫に食料も蓄えてあり、食べ物などに困ることはありませんでしたが、日本でも戦時中あったように、明かりがついていると標的になるということで、夜は電気を消して生活するので不便でした。
 3月21日、ハリコフを出ることになりました。ウクライナ人男性は国外に行けなかったのですが、子ども達が「パパと一緒がいい」というので、親戚を頼って、ロシアの人道支援団体の支援を受けて出国する事にしました。国境までは「国境近くの村に親戚がいるので荷物を届ける」と嘘を言って車を走らせ、ロシアに入国しました。
 ロシア経由で出国できたのはラッキーでした。実は、本当は20日に出国する予定でしたが、早朝に電話が入り「今日はダメ、翌日に」と。後から理由を知ったのですが、20日に出発した人達は、ウクライナ側から「国を捨てた者」として攻撃され、全滅していたそうです。
 
 ロシア側は避難者として受け入れてくれましたが、制裁を受けているので、クレジットカードが使えず、お金がおろせませんでした。親戚に頼んでお金を借り、飛行機のチケットを買いましたが、その飛行機が欠航になるなど、混乱の中で、各国を経由し、ようやく日本に着いたのは出国から6日後でした。
 現在は、私の実家のある都内で区営住宅を貸していただき、様々な支援を受けながら生活しています。
 
 なぜ侵略しなくちゃいけないのか、未だにわかりません。ウクライナの中でも、ロシア語住民が沢山いる町が攻撃されています。ハリコフも親ロシアの街でした。今もハリコフは被害を受け続けていますが、それ以外の町では、映画館も開いているなど、クライナの中でも差があると感じています。
 ウクライナは被害者ではありますが、悪いこともしています。兵士が足りないので、歩いてる人を誘拐して徴兵するとか、国外に出る人は女性も子供も容赦なく攻撃することもあります。
崇拝してる国民もいますが、自分としてはプーチンにもゼレンスキーにも思い入れはありません。
 
 滑稽だと思うのは、旧世紀の戦争をしてることです。
 スマホなどが流行る時代になっているのに、昔のやり方で兵士が前線に出て闘ったり、教科書で見た古いタイプの戦車が未だに走っています。
 
 「戦争が収まったら、自分にできることをしたい」と、ハリコフで破壊された学校や幼稚園を、日本からの支援金を集めて復旧しようと決めました。
 色々と調べましたが、支援金を直接ハリコフに届けたいと思い、現在、自分の技術を活かしてホームページを立ち上げ、支援金を集めています(右参照)。
 こんなに戦争が長引くとは思っていなかったので、今は残ってる人に食料を届ける活動しかできていません。本来は幼稚園や学校の復旧に使ってほしいのですが、直しても壊される可能性があるのでタイミングが難しいです。なんとか復旧に向けた支援につなげていきたいと思っています。 
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