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議会報告
=講演記録=
 原発がどんなものか知ってほしい  
   平井 憲夫
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 平井憲夫さん。化学製造工場などの配管専門の労働者(1級プラント配管技能士)。20代の終わりに、原発を造るからとスカウトされ、現場監督としても長く働き、97年1月、逝去されました。
 平井氏は「内部被爆を百回以上もして、癌になってしまいました。(中略)死ぬ前になにかやろうと。原発のことで、私が知っていることをすべて明るみに出そうと…」。「私は原発反対運動家ではありません」で始まるこの講演記録(1996年)の導入部と「原発洗脳教育部分」を紹介します。



1.私は原発反対運動家ではありません 

 私は原発反対運動家ではありません。20年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。
 はじめて聞かれる話も多いと思います。どうか最後まで読んで、それから、原発をどうしたらいいか、みなさんで考えられたらいいと思います。

2.「安全」は机上の話

 95年の1月17日に阪神大震災が起きて、国民の中から「地震で原発が壊れたりしないか」という不安の声が高くなりました。決して大丈夫ではありません。国は安全だと強調していますが、これは机上の話です。
 この地震の次の日、私は神戸に行って、原発との共通点の多さに、改めて考えさせられました。新幹線の路線が落下したり、高速道路が横倒しになるとは、それまで国民のだれ一人考えてもみなかったと思います。
 世間一般に、原発や新幹線、高速道路などは官庁検査によって、厳しい検査が行われていると思われています。しかし、新幹線の橋脚部のコンクリートには型枠の木片が入っていたし、高速道路の支柱の鉄骨の溶接は溶け込み不良でした。溶接そのものがされていなくて、全部はずれていました。
 なぜ、このような事が起きてしまっていたのか。その根本は、机上の設計ばかりに重点を置いて、現場の施工、管理を怠ったためです。

3.素人が造る原発

 原発でも、原子炉の中に針金が入っていたり、配管の中に道具や工具を入れたまま配管をつないでしまったり、人が間違える事故があまりにも多すぎます。それは現場にプロの職人が少なく、いくら設計が立派でも設計通りに造られていないからです。 ひとむかし前までは、現場作業には、棒心(ぼうしん)と呼ばれる職人がいました。自分の仕事にプライドを持ち、事故や手抜きは恥だと考え、事故の恐ろしさもよく知っていました。
 ところが、10年ぐらい前から、現場に職人がいなくなりました。全くの素人を経験不問で募集しています。
 例えば、東京電力の福島原発では、針金を原子炉の中に落としたまま運転していて、一歩間違えば、世界中を巻き込むような大事故になっていたところでした。本人は針金を落としたことは知っていたのに、それがどれだけ大事故につながるかの認識は全然なかったのです。

10.「絶対安全」だと五時間の洗脳教育 

 原発で初めて働く作業者に対し、放射能管理教育を五時間かけて行います。この教育の最大の目的は、不安の解消のためです。原発が危険だとは一切教えません。国の被爆線量で管理しているので、絶対大丈夫です。世間で原発反対の人たちが、放射能で癌や白血病に冒されと言っているが、「マッカナ ウソ」である、と五時間かけて洗脳します。
 私自身、20年近く、現場の責任者として、働く人にオウムの麻原以上のマインド・コントロールをやってきました。(後略)

 ※ スペースの関係で省略しました。
   全文を、お読みになりたい方は下記のHPで全文を取り出せます。
       http://www.iam-t.jp/HIRAI/


講演記録の内容

1.私は原発反対運動家ではありません
2.「安全」は机上の話
3.素人が造る原発
4.名ばかりの検査・検査官
5.いいかげんな原発の耐震設計
6.定期点検工事も素人が
7.放射能垂れ流しの海
8.内部被爆が一番怖い
9.普通の職場環境とは全く違う
10.「絶対安全」だと5時間の洗脳教育
11.だれが助けるのか
12.びっくりした美浜原発細管破断事故!
13.もんじゅの大事故
14.日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?
15.日本には途中でやめる勇気がない
16.廃炉も解体も出来ない原発
17.「閉鎖」して、監視・管理
18.どうしようもない放射性廃棄物
19.住民の被爆と恐ろしい差別
20.私、子供生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発は  いやだ。
21.原発がある限り、安心できない

※A4サイズ(大きめの字で)で19ページの記録です。
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