オリンピック署名
私の認識に間違いがなければ、日本国内でオリンピックが開かれたのは、1964年の東京オリンピックと1972年の札幌冬季オリンピック、それと、1998年の長野冬季オリンピックである。東京オリンピックに合わせてテレビのカラー化がすすめられたというが、当時、私は5歳だったので全く記憶になく、「視聴率85%を記録した」といわれる日本女子バレーボール決勝戦(対戦相手はソビエトチーム)も、テレビそのものが我が家になかったので、残像さえもあるはずはなかった。
東京オリンピックでは、交通網の建設・整備、競技場建設、ライフラインの整備、通信施設の建設など、さまざまな土木工事がオリンピックめざして大規模に展開され、1兆円をはるかに超える経費が投入された。羽田空港と浜松町を結ぶモノレールや東海道新幹線がつくられたのもこの年である。
来年はオリンピックの年である。中国の北京で開かれ、その4年後にはロンドンだという。では、その4年後の2016年はどこで開かれるのか。少なくともアジアで開かれることはない。なぜなら、オリンピックは「五輪」と呼ばれ、地球五大陸の共生・輪をうたっているからだ。アジア→ヨーロッパ→アジアという具合にはならないのである。ところが東京都の石原知事は、2016年のオリンピックを東京に誘致させるといきまいている。それが「オリンピック東京招致署名」である。
東京都オリンピック招致本部は10月31日付で、「2016年オリンピック・パラリンピックの東京招致を求める署名活動への協力の依頼について」と題した文書を都内区市町村に送付。「東京へのオリンピック・パラリンピック競技大会招致を実現するためには、多くの都民の皆様のご支持が是非とも必要」と述べ、「署名活動に関し、貴団体内の自治会・町内会の方々に趣旨をご理解いただき、署名活動に是非とも賛同いだだきたい」と明記。市内の自治会・町会に対して、“署名活動への協力を求めよ"と締めくくっているのである。
この要請に忠実に従った小金井市の稲葉市長は、11月6日付で市内の町会長・自治会長あてに署名活動への協力要請文を郵送し、11月27日の市主催の町会長・自治会長連絡会で署名用紙を配布した。もちろん、この署名は「任意」である。自治会によっては、「自治会の行なう仕事ではない」「自治会に要請すること自体、すじ違い」との理由から、署名の取り組みを拒否するところも起きている。当然であろう。最終的に、署名活動に協力した自治会・町会は、73団体中、32団体にとどまった。
自治会・町会は行政の下請け機関ではない。そのことは、過去の忌まわしい事実からも指摘しておかなければならない。戦前・戦中、町内会は「隣組」に改編され、国からの上意下達の体制に組み入れられ、侵略戦争遂行の一翼を担わされた。そのため終戦後、GHQ(連合国総司令部)が「町内会・隣組廃止」命令を出し、町内会はいったん消滅することとなった。しかし、役場との連絡や、近所との連絡網のために、また、消防をはじめ自衛でやらなければならないことがあり、自主的に復活していった。ところが戦後、行政が不備なため、町のなかの側溝清掃、道路補修、街灯設置、便所・下水・草原等の消毒、衛生などが自治会の仕事になった。そのため、自治会内では「我々は行政の下請け機関ではない」との不満が噴出し、そのことが市議会に反映されていくこととなった。
1969年4月1日、小金井市議会で特別決議「町会・自治会を行政の下請けとしてはならない」が可決。1974年5月26日の町会長・自治会長連絡会には「市と町会・自治会の関係改善」と題した文書が小金井市から提案され、確認された。そして、この日の町会長・自治会長連絡会で次の点が確認された。(1)毎年予算の決まった時期と予算編成期に、町会長・自治会長連絡会を開催する、(2)一定地域の問題で意見調整の必要が生じた場合、関連する町会・自治会との地域連絡会を開催する、(3)文書配布等の謝礼金を支出する。また、市との連絡関係を保つ────。そして、この一連の経過が1974年9月1日付の「小金井市報」に『住みよい街づくりをめざす町会自治会の発展のために』と題した特集号で紹介されるにいたったのである。
さて、私が所属する自治会の対応は、「協力」となった。「協力」した自治会のなかには、会員世帯の中を回覧で署名を集めたところもあるようだが、私の自治会は、自治会役員と子ども会役員だけの範囲で協力することとなった。当然、私は署名をしなかったし、私以外にも署名に応じなかった人がいた。応じなかった人それぞれに理由はあるであろうが、私が応じなかった理由は、莫大な費用が投入されようとしているからである。なにしろ、オリンピック招致を口実に石原都知事は、環状道路の建設をはじめ、関連事業を含めると総額8兆5千億円もの巨額投資を進める方針になっている。1964年の東京オリンピックと同じ構図である。環境破壊になるばかりか、財源が開発・土木事業に集中され、深刻となっている福祉やくらしにお金が振り分けられなくなってしまう。2016年のオリンピックが日本にくるわけもないのに、あえて署名で世論を醸成し盛り上げようとするのは、結局は、大型開発を行なうための理由付けにすぎない。その片棒を稲葉市長はかつぎ、町会・自治会まで巻き込んでいるのである。
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