評論・佐賀と太良

鹿島市、太良町、塩田町、嬉野町の合併問題

「鹿島市民フォーラム」に参加しての感想

2001年10月25日


 昨日(10/24)夜、鹿島市生涯学習センター(エイブル)で鹿島市、太良町、嬉野町、塩田町の合併問題での「鹿島市民フォーラム」が開かれたので参加してきました。
 鹿島市主催だったので鹿島市関係だけでしたが、合併問題についての市当局の考え、市民の中にある意見を聞くことが出来ました。

 フォーラムではパネラーとして市民代表の藤雅仁さん、宮津彰子さん、土井敏行さん、県総務部市町村課の中野哲太郎課長、鹿島市議会合併問題検討委員会の森田峰敏委員長の5人が発言しました。オブザーバーとして鹿島市総務部企画課の打上俊雄さん(合併問題担当)が参加していました。
 鹿島市の桑原市長の講話(「講話」という言葉には上のものが下のものに教えてやるという語感があっていやな感じがしました。「報告」という素直な言葉を使ったら良いのにと思いました)、打上氏の発言で合併問題についての鹿島市のスタンスを知ることが出来ました。
 先の市長選では、桑原市長は合併問題では推進とも反対とも公約に掲げていなかったということで、公式には「議論を尽くしたうえ、市民の意向に従う」という白紙の状態だということを強調していました。
 担当の打上さんは正直でした。
 以前は合併問題については関心がなかったが、担当になって勉強して行くうちに、これは大変だと思った。合併すれば、国、県あわせた手厚い財政的な優遇策がある、合併しなければ財政的に大変になる。2003年6月までに意思決定しなければと思うと、市の職員らしく財政のソロバンをはじいた上での発言をしていました。
 県市町村課の中野課長の発言はつまるところ、今、国と市町村合わせて660兆円余の借金がある、国民みんなで作った借金だ。これから、国も地方も財政的に大変な時代になる。どうしても市町村合併が必要だという趣旨の内容でした。

 市民代表の三人のパネラーの発言をきいていると、合併の是非については「中立」という鹿島市の公式の立場を反映しているのか、合併推進論、(現状では)合併反対論、白紙状態をそれぞれ配慮したパネラーの選定になっていました。

 藤さんは、以前は合併推進論者だったが、現状では市町村合併がいいのかもう一度考え直すべきだと思っている。「まず、合併ありき」というのは本末転倒だと、次のような点をあげていました。

  • 合併論議の前に「行財政改革を」をやるべきだ。
  • 660兆円余の借金があるのは公共事業にムダがあったのが大きな原因でないか。
  • 国と県の都合で合併というのはもう沢山だ。
  • 市町村の財政問題が深刻なのは財源を国、県が吸い上げてしまうからではないか。
 宮津さんは女性の立場、主婦の立場ということを強調していました。
 合併ということについて自分でも良くわからなかった。そこでこの一週間まわりの主婦に聞いてまわったら「わからん、わからん」と言うことだった。正確な情報は入ってきていないのではないか。
 こんなに性急に「どっちにするの」いわれると、「どうでもいいや」という気になるのではないかと率直に市民の戸惑いの気持ちを語っていました。
 土井さんは、町づくりの目的は「幸せづくり」にあること、その手段が市町村合併にあると思うと、町づくり・地域活性化の観点から合併推進の意見を述べていました。

 「会場からの発言があれば一人、二人」というコーデイネーターの言葉につられて、私も「太良から来たものですが、発言していいですか」とことわったうえで少しだけ発言しました。

 そのあと、コーデイネーターの白川幸一郎さんの巧みな司会で議論が続けられ、市町村合併の狙い、問題点がうきあがってきました。
 住民の日常生活範囲が広がっていること、この地域でも少子化、高齢化、人口減少が進んでいること、地方分権で市町村の事務量がふえていること、町づくりの必要性など「なぜ市町村合併か」といういろいろな理由があげられましたが、国と県が市町村合併を強力に推進している最大の理由は国・地方あわせて660兆円余の借金という財政問題にあるということが浮きぼりになりました。
 また、鹿島市が合併問題の議論を急ぐのも、期限までに合併の意思決定すれば財政的に上積みされ、合併しなければ財政的に干しあげられるという「アメとムチ」によるものだということも明らかになってきました。
 その点では、藤さんの追及はなかなか鋭く、県の中野課長や鹿島市の打上さんはなかなか正直でした。きれいごとでなくこんな正直な議論が必要だと思いました。
 県の中野課長が議論の後半は、不機嫌な顔をしているのが印象的でした。

 こんな議論を聞きながら、私も自分が住んでいる太良町のことを考えました。
 10/8付けの記事にも書きましたが、わたしは9月下旬から10月初めにかけて太良町内の55の行政区を全部まわってみました。
 多良岳の麓の山間部、風早高原地帯、丘陵地帯をふくめて多くの町民が集落を作り、先祖伝来の山と田畑を守って暮していました。そのことによって、国土と自然環境を保全するという大切な役割も果たしていました。
 それぞれの地域のみなさんのそれぞれの地域での生業、暮し、地域の共同体や文化的な営みが続けられるように援助し、展望を示して行くのが太良町の行政の最大の課題だなと実感しました。
 その点からいえば、11,000人余の町の規模で小さすぎることはない、むしろ、住民と行政・議会が密着して一つ一つの集落にゆきとどいた行政が出来ると思いました。逆に、合併して、役場(市役所)が遠方に行ってしまったら、切り捨てられてしまうのではないかと思いました。
 県の「佐賀県市町村合併推進要綱」(2000年7月発行)を見ると、この思いはますます大きくなります。
 「要綱」では鹿島市と藤津郡3町の「合併のメリット」として「鹿島市の都市機能の強化」をあげています。ほかにも、「幹線道路の一体的整備が可能」「観光施設・機能の一体的整備が可能」などという理由をあげていますが、「鹿島市の都市機能の強化」が最大の眼目のようです。他の二つは、合併しなくとも、パネラーの藤さんが鹿島市と有明町の公共施設の共同利用の例で強調していたようにやろうと思えば出来ることだからです。
 合併した新しい都市の財源(これは、合併前の4市町の合計より少なくなることが予想されます)を、鹿島市の都市機能の強化・町づくりのために集中する---ここに、一市三町の合併議論の本質があるような気がしました。
 なんだか、小泉内閣のやり方と同じです。地方の財源を削って大都市に集中する。地方は地方でやっぱり同じことを考えるのかなとおもいました。

 鹿島市のみなさん、とくに経済界のみなさんが鹿島市の都市機能の強化を求める気持ちは当然だと思います。産業・経済の点でもかっての賑わいをなんとか取戻したいという気持ちをもつのは当然だと思います。
 シャッターがおりてしまった市中心部の商店街、人通りの少なさをみると「鹿島は随分さびれてしまったな」と思います。また、鳥栖や武雄などの県内の都市、長崎県側では近隣の大村市や諫早市に比べて産業・経済の点でもずいぶんと差がついてしまったなと思います。

 だけども、太良町や塩田町、嬉野町と合併すれば鹿島市の賑わいをとりもどし、産業・経済を活性化することが出来るのか---ここのところはよくよく考えてみなければならない問題だと思います。
 鹿島市の市域が狭かったからでしょうか? 鹿島市の人口が少なかったからでしょうか?
 私は、別のところに原因があるような気がしてなりません。

 私は、今、自分が住んでいる太良町について、なぜ、こんなに経済的に落ちこんでしまったんだろうか、その原因はなにか、どうしたら太良町を再生することが出来るのだろうかと、町内各地を訪ね、町内のいろいろな立場の方のお話を聞いてまわっています。
 今、この地域(鹿島・藤津地区)で必要なことは、それぞれの市町の問題点--財政運営はどうであったか、どうしたら効率的でムダのない行政にすることができるか、住民の多様な要求にこたえることができるかをあきらかにすることではないかと思います。そのうえで、公共施設の共同利用、事務の合理化のための協力、ミカンや林産物など共通ブランドの評価を高めるための努力、嬉野温泉〜鹿島市街地〜祐徳神社〜多良岳や風早高原〜竹崎温泉 とつないだ観光コースを作るための協力など、市町の枠をこえた協力も可能だとおもいます。
 それぞれの市・町で住民にたいして行き届いた行政を進める、それぞれの地域の歴史と伝統、文化を大切にした個性のある行政をすすめるということと、広域的なことでは協力するという両面が今、行政に求められていると思います。

 それにしても許しがたいのは、「地方分権」といいながら、地方の頭ごなしに、「アメとムチ」をつかって市町村合併をおしつける国や県のやり方です。
 国や県は、最大の推進理由として財政問題をあげています。しかし、その責任はどこにあるのか。
 諫早湾干拓のようなムダな公共事業を進め、地方に押し付けてきた政府の責任です。佐賀空港のように年間10億円前後の赤字をだすという県政の失政の結果です。この点をまず、明らかにすることが大切だと思います。県の中野課長は国民みんなが作った借金だから国民みんなで痛みを分かちあうのは当然と言う趣旨の発言をしていましたが、そんな「1億総ざんげ」的な話ほど筋違いなものはありません。
 太良町から参加した顔見知りの町会議員さんも、「国や県はまず自分の責任をはっきりすべきだ。そうしないで地方や住民に押しつけるのはおかしい」と憤慨していました。
 そんなに財政難だと言いながら、合併した場合の「合併市町村交付金」「補助金の優先的配分」など大盤ぶるまいしているのは自己矛盾としかいいようがありません。
 これを見ていると、リストラを進めている大企業が退職金の上積みで退職希望者を募っている光景を思いおこします。いったん退職したらその後には、失業という苦しみが待っていることは、合併補助金でしばらくは息をついてもその後は地方交付税など財源を削られる市町村と全くいっしょだと思いました。
 しかも、合併に消極的だと、「意識が低い」といわんばかりの態度です。
 なんだか、「交通安全推進キャンペーン」をおもわせます。交通事故をなくすのは全部の国民・住民の願い、だから国、地方、民間あげて交通安全推進キャンペーンに取り組むのは当然でしょう
 しかし、住民の間で、いろいろな意見の違いがある市町村合併という問題で、「交通安全推進」のようなキャンペーンをやることはそもそも見当違いというものではないでしょうか。それぞれの考えから市町村合併に否定的・消極的な市町村や住民を「意識が低い」ときめつける国や県当局、一部マスコミの態度は是非とも改めるべきだと思います。

 鹿島市の合併問題担当の打上さんは、政府や県のこのような「アメとムチ」のなかでの市町村のつらい立場を本当によく語っておられました。その点では、正直だと思いました。
 おそらく、県の「アメとムチ」の矛先は、このあと太良町や嬉野町、塩田町にむけられ、各町長や議員、町役場職員はつらい立場に追い込まれていくでしょう。
 打上さんは、国や県には逆らえないと語っていましたが、「地方分権」が強調される現在、住民に責任を負うべき市町村がそんなことでよいのでしょうか。ここのところを、市や町の行政当局者、議員のみなさんと一緒に考えたいと思います。

 地方の膨大な借金は何によって出来たのでしょうか。
 1990年代はじめの、アメリカによる公共事業拡大の度重なる押しつけ、最初は10年間で430兆円、次には10年間で630兆円という無謀な公共事業拡大計画、そして、地方を公共事業拡大の尖兵にしたてた政府の財政的誘導が地方の膨大な借金をもたらしたということはもう常識です。
 かって、政府は公共事業のための地方債発行はどんどん認める、その償還財源は地方交付税で措置するといって地方の公共事業拡大を誘導しました。いまは、合併補助金というアメで合併を誘導する---全く同じ手法をつかっていまっす。
 こういう理不尽なやり方は、そもそも「地方分権」に反することではないのか。政府が「地方分権」を尊重するのであれば、合併問題での市町村の自主性を尊重すべきでないか---こんなことを、市長や町長は国に対して堂々と主張すべきだと思います。
 それでこそ、住民から選挙で選ばれた、市長・町長だと思うのですがどうでしょうか?

 コーデイネーターの白川さんがいくつかの資料を紹介していました。
 たとえば、固定資産税の税率は鹿島市は1.5%、太良町など町は1.4%です。したがって、合併すれば太良、嬉野町、塩田町の住民は増税になります。
 その他の税金、公共料金、福祉サービスはどうなるのか? ばら色に描くばかりでなく、実際をきちんと見ることも大切だと思いました。その点では、パネラーの宮津さんが話していたように「主婦の感覚」「生活者の感覚」が必要だとおもいました。

 いずれにしても、この地域での市町村合併論議が始まりました。その点では、昨日のフォーラムで鹿島市役所の考え、鹿島市民の間にある気分や意見を知ることが出来て良かったと思います。
 私は、独自の立場で、この地域の自治体の行政にどんな問題があるのか、どうすれば福祉、教育、町づくり、産業・経済など住民にこたえる行政を進めることが出来るか、市町村合併は住民本位の行政にとってプラスになるのかマイナスになるのか、事実に基づいた研究を進めたいと思います。
 この地域で、同じ思いの方があればぜひ一緒に勉強していきたいと思います。ご連絡ください。


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