佐賀県、鹿島市、太良町、塩田町、嬉野町、市町村合併 評論・佐賀と太良

鹿島市と藤津3町の合併は人口の一極集中と周辺部での人口減をもたらさないか

市町村合併問題を考えるB

2001年12月10日


合併後、周辺町村の人口が一層減少する心配はないのか?

 町村部の中では、「合併したら周辺町村の人口が一層減る心配はないのか?」という声が出されています。
 こういう疑問や不安に対して、県のパンフレット「さが進化論」は「市町村合併についての不安」にこたえるページで「地域審議会を設けて、地域間のバランスをとって事業を実施しているかどうかをチェックする」と言っていますが、心もとない返事です。
 国や県も、自信をもって答えられないのがおそらく周辺町村部の合併による人口急減の問題だと思います。

1995年の合併後、鹿島市の内部では人口の集中と減少がおきた

 こういう問題は、論より証拠、実例を見るに限ります。
 私の住んでいる太良町が合併の対象になっている鹿島市について調べてみました。
 鹿島市の合併についてはいろいろな経緯がありますが、最終的には1955年3月1日に、旧七浦村(伊福地区を除く)を合併して現在の鹿島市になりました。そこで、旧町村(現在の地区)ごとに、その後の人口がどうなったか比較してみました。

鹿島市---1955年合併後の旧町村人口の推移

旧 町 村1955年人口1998年人口伸び率
98年/95年
鹿 島11,68714,5021.24倍
能古見6,9724,3690.63倍
古 枝3,9843,5980.90倍
 浜 5,4303,7360.69倍
北鹿島5,0024,1470.83倍
七 浦6,3264,0190.64倍
鹿島市計39,39234,3710.87倍
(参考)
太良町15,85311,3590.72倍

 鹿島市は合併後43年たって、人口が伸びたのは中心部の旧鹿島町(現鹿島地区)だけです。
 周辺部の能古見(減少率37%)、浜(減少率31%)、七浦(減少率36%)と大きく人口を減らしています。
 「農村部の過疎化のせいだ」と反論する人があるかもしれません。
 そこで、隣接する太良町は同じ期間にどうであったか、参考にかかげておきました。同じ期間、太良町も人口を減らしていますが、減少率は28%です。
 独立して町を維持してきた太良町にくらべて、旧七浦村、旧浜町、旧能古見村の人口減少率が大きいことは、単に農村部の人口減少だけでは説明できない問題です。
 やはり、合併によって役場や議会などの中心機能をなくしたことが大きく影響しているのではないでしょうか。

今度も、中心部への一極集中と周辺部での人口減少のおそれがある

 合併によって太良町など周辺の町の人口が急減するのではないかという心配は、県の「佐賀県市町村合併推進要綱」によっても裏付けられています。
 県の「要綱」は、鹿島市と藤津郡3町の「合併のメリット」の一つとして「鹿島市の都市機能の強化」をあげています。これは、今、全国各地で繰り広げられている「都市間競争」に打勝つために、鹿島市中心部の都市機能---行政、経済、金融、流通、文化、教育、交通、交流、情報などの機能を強化しようとするものです。
 そのために、合併市の拡大した行財政力(合併によって人口一人あたりの財政規模は小さくなりますが)を中心部の都市機能強化・公共事業に集中する政策をとろうというのです。小泉内閣が地方にまわす予算を削って、大都市に集中しようとしていることの地方版と言っていいでしょう。
 その結果、新しく合併した自治体のなかで中心部の機能強化が進み、お金も、買物もそして人口もすべて中心部に集中する結果になります。
 これは、日本全体では東京圏への一極集中、九州内部では福岡市への一極集中によって実証されていることです。

 私は、鹿島市と藤津郡3町についても、合併すれば鹿島中心部への一極集中が進み、周辺の町では現在の人口減に輪をかけた人口の急減が起こるのではないかと心配しています。

一極集中でなく、都市も農山村も大切にした地域のバランスある発展を

 このような、全国的規模での一極集中---全国的には東京圏に、九州では福岡市圏に、県内では都市部に---が、経済の「グローバル化」と重なって農山村での人口減少、衰退を招いていることは周知の事実です。
 このまま進めば、日本の国土は一体どうなるのでしょうか?
 私は、一極集中でなく、都市も農山村もともに大切にするバランスのとれた地域づくりが今、本当に大切なときだと思います。
 大きな市の一部分になってしまえば、周辺の農山村の声はかき消されてしまいます。農山村でも一つの自治体として独立していてこそ、問題もはっきりし、解決策もはっきりし、国や県の政治に対する発言の場も保障されるのではないでしょうか?

 合併によって生まれる市は、合併した自治体にたいしてふるまわれる「財政的大盤振る舞い」によって数年は公共事業を中心に息をつくことができるかも知れません。しかし、その後に借金地獄が待ち構えていることは、合併シリーズAで明らかにしたとおりです。
 そして、もっと重要なことは、大盤振る舞いによってしばらく息をつけることから、地域経済を再生する努力---新しい機軸産業を育てることをふくめて---を怠り、いつまでたっても停滞から脱出できないままになる危険があるということです。
  これは、原発立地の自治体が原発関連の建設事業と豊富な原発関連の財源があったため、地域の産業を地道に発展させることを忘れてしまい、2号機、3号機と原発の増設で息をつないでいるということと同じではないでしょうか。

 私は、合併推進の中心になっている鹿島市の経済界のみなさんが鹿島市の浮揚を願い、そのために鹿島の町づくりと産業振興に努力されていることに全く同感です。
 しかし、市町村合併によって鹿島市が現在の停滞から脱出できるのでしょうか?
 鹿島市は、古くから藤津地方の中心的な商業都市、消費都市であったと思います。周辺の農漁業が繁栄することによって鹿島市の商工業も栄えてきたと思います。
 合併による周辺部の人口減少と衰退は、鹿島中心部の一層の衰退をまねく結果になるのではないでしょうか?
 私は、鹿島市が自らの機軸産業を育てることとあわせて、鹿島市の持っている人的・経済的力量を生かして周辺自治体の農林水産業が繁栄するように援助する中でこそ鹿島市の経済的繁栄と中心都市としての繁栄が保障されると思います。
 それは、周辺の町を合併し、役場も議会も財政も集中することによってではありません。
 それぞれの地域が主体性をもったゆたかな町として発展することを基礎にしてこそ、共存共栄による鹿島中心部の繁栄の道が開けるのではないでしょうか。
 私は、機会があれば鹿島市の経済界のみなさんとこの点で議論をしてみたいと思います。

 鹿島にいろいろ用事をはたしに行くとき、七浦や浜を通るたびに、太良町は絶対に同じ轍をふんではならないと痛感します。    


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