トップページ もどる
議会報告
議員団紹介
リンク集

議会報告
81年目のヒロシマで学んだこと
画像
原水爆禁止世界大会2026に参加した高校生と中学生から感想文が寄せられましたので紹介します。(紙面の関係で一部を省略しています。全文は秋に予定されている参加報告会で報告します)

◆初めて訪れたヒロシマ。特に印象に残ったのは、分科会で被爆当時の証言を聴いたことと、広島平和記念資料館を訪れたことです。
 分科会では、被爆者から聴いたという当時の話や、被爆者自身の証言を聴くことができました。核兵器が使われることによって何が起きるのか、人々にどのような被害を及ぼされるのかを詳しく説明してくださり、今まで漠然としか知らなかった核兵器というものの解像度が自分の中で確かに上がったと実感しました。初期被ばくによって爆心地近くで命を失った人々、外部被ばくや内部被ばくによって、長い間放射線に苦しみ続けて死んでしまった人々のことを考えるととても胸が痛みました。思い出したくもないであろう当時の状況を、涙ぐみながら一生懸命に話し、「言葉」にしている姿に心を打たれました。当時の記憶を持つ被爆者が段々と減ってきている中、この想いを私たちが繋いでいかなければならないのだと、改めて感じています。
 そして、広島平和記念資料館。当時の遺品などを直接見られる機会はあまり無いので、写真を撮っておきたいなと思い、意気込んで本館に入ったのですが、遺品や当時の写真などは、見るのが精一杯で、スマホのシャッターボタンを押すことができませんでした。直視するのですら憚られる展示品も多くあり、原爆による被害はこんなにも酷いものだったのか、と思わずにはいられませんでした。
 8月6日の朝は、平和公園の会場周辺まで行き黙祷を捧げました。公園内に響く低い鐘の音、そこにいるたくさんの人々の祈りや追悼の想い…目を閉じている間の1分間が、非常に長く感じられました。現地での黙祷が初めてだったというのもあり、私にとって大切な、忘れることのない思い出となりました。
 現在、世界の情勢は非常に危機的な状況に陥っています。アメリカ・トランプ大統領による軍事作戦、力による平和の主張は、本物の平和とはかけ離れたものだと世界の多くの人々が直感しています。どんなこともまずは知ることが重要です。知ることで、一歩を踏み出すことができます。より多くの人々が戦争や核兵器のことについて関心を持ち、自らの意思で学び、理解し、行動をおこせば、平和な世界の実現へと着実に近づくことができると私は考えています。
 日本は唯一の被爆国であるにもかかわらず、核兵器禁止条約(TPNW)に未だ参加を表明していません。私自身も一歩を踏み出すため、日本の核兵器禁止条約加盟を求めるオンライン署名に賛同し署名を行いました。
 平和を求める人々の輪が更に広がれば、世界をよりよい方向へと進めていくことができるのではないでしょうか。
 今回は本当に貴重な機会をありがとうございました。 N・0(高校1年生)

◆僕は、原水爆禁止世界大会に初めて行きました。1日目は、開会式で世界各国の人の原爆に関する話を聞きました。初めて聞く話ばかりで、原爆の被害について知りたいと思いました。
 2日目には、平和記念公園の原爆の子の像に行き、千羽鶴を奉納しました。原爆の子の像には、年間約1000万羽(重さ約10トン)もの千羽鶴が世界中から寄せられているそうです。他の人が作った千羽鶴が大量に飾られているのを見て、戦後80年以上がたった今でも、原爆の被害者に思いを寄せている人がこんなにも多くいる事を知り、胸を打たれました。そのあと、分科会で被害を受けた方から、その瞬間やその後の暮らしを聞きました。自分が思っていたよりもさらに悲惨な体験を聞いて、原爆はこの世にあってはならないと再確認できました。
 午後は、原爆資料館に行きました。被爆した方や物の写真をみて、この先、原爆という非人道的な物は使われないことで、世界は平和になると思いました。 3日目の8月6日には、8時15分に黙祷をしました。そのあと、閉会式で被爆証言や、歌を聞いたりしました。被害を受けた方が被爆していない人に原爆の恐ろしさを伝えることは、素晴らしいことだと思いました。
 初めての体験が多く、こんなにも知らなかったということに気づき、色々なことを学んだ3日間でした。原水爆禁止世界大会で学んだことを、この先の人生に役立てていきたいです。I・O(中学2年生)
インデックス ページのトップ