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ミサイル基地が次々と配備 宮古・石垣・与那国を訪ねて
 沖縄の各島々では、この間、ミサイル基地の建設が次々と進められるなど、「戦争準備」ともいえる状況が強引に推し進められています。
 こうした中、退職教員を中心に集まり憲法を学ぶ活動を行っている市民アクション狭山・E≠ェ、昨年12月に沖縄県宮古・石垣・与那国の三島をツアーで回った退職教員・松田福男氏の報告会を行い、現状と今後の活動について交流を行いました。

78年間基地のなかった島・石垣

 松田氏が最初に訪れた石垣島は、東京から約2100q、日本の南西端に位置する島です。
 人口5万人の自然と文化豊かな観光都市ですが、戦時中は、陸軍と海軍の飛行場があり、海軍特攻艇の出撃基地も置かれていました。
 石垣市は、革新市政が長く続いた時期があり、市立公園には「9条の碑」だけではなく、関連メッセージを刻んだ碑などを建立した場所もあります。
 しかし、2015年に防衛省が石垣市に陸上自衛隊の配備を打診したことをきっかけに賛成派と反対派が対立。住民らは「賛否を問う住民投票を」と、有権者の4割の署名を集めたそうですが、2019年に市議会で否決されました。
 2023年3月、戦後78年間基地のなかった島に47fの陸上自衛隊石垣駐屯地が開設され、駐屯地内での工事は現在も続いています。機能面での強化も進められ、現在配備されているPAC3部隊に加え、2026年には電子戦部隊が配備予定で、将来的には敵基地攻撃能力を持つ長射程ミサイル配備も狙われています。
 松田氏は「自衛隊への抵抗をなくす取り組みとして、隊員が市民祭りや伝統的な行事に積極的に参加してりうようだが受け止めは様々」と話しました。

十分な説明ないまま基地強化

 与那国島は日本の最西端に位置し、台湾までの距離は110qで、晴れた日には台湾の島影が見えるほどです。戦後、与那国には軍事施設はなく近隣諸国との友好関係に寄与する『国境の島守』として生きてきました。 しかし、2008年9月、与那国防衛協会の要請を受けた町議会が自衛隊誘致決議を行い、2014年4月に政府が「沿岸監視部隊」の配備を決定し、建設工事が始まりました。
 島内は賛成派と反対派が激しく対立。住民投票で賛成派が多数を占めた後、建設が加速され、16年に陸上自衛隊与那国駐屯地が開設後、なし崩し的に基地の強化が進みました。 
 25年8月、基地強化に慎重な姿勢の町長が選ばれ、当時の計画は断念されましたが、この12月にも防衛省は住民説明会を開き、「26年度中に地対空ミサイル部隊配備をしたい」と。
 松田氏は「島民は『防衛省は資料だけ説明して、将来どうなるのか何も言わない。島民をバカにしている』と憤っていた。台湾有事が議論になっていても島はいたって平和。戦争の危機感なんてなかった。島としては、唯一の診療所が閉鎖され医師がいなくなることの方が重大、と話していた」と述べました。

生活のすぐそばに基地が

 宮古島は、沖縄本島と石垣島の間に位置し、珊瑚が隆起した平坦な島です。1972年の沖縄本土復帰により、アメリカ軍からレーダー部隊としての任務を引き継ぎ、航空自衛隊那覇基地の宮古島分屯基地があります。 2015年、防衛副大臣から陸上自衛隊の開設が打診され、市長が住民の声を無視して受け入れたため、島の中央部のゴルフ場跡地に宮古島駐屯地が開設されました。
 23年4月、10人の隊員を乗せ宮古島駐屯地を出発した陸上自衛隊ヘリが墜落。その捜索のため、島中を迷彩服と軍事車両が激走する異常事態となり、これまで軍事的事故のなかった宮古島の今後を予測させるものとなったとのこと。
 松田氏は、「石垣・与那国ともに、自衛隊基地は山のふもとの方にあり、住民の生活圏とは離れているという印象だったが、宮古島駐屯地は島の中央部にあり、実際に行ってみると道路に面していて、生活に近い場所にあると感じた。駐屯地に対面している畑の持ち主は基地反対派で、道路沿いドにはポスターやニュースなど反対の意思が示されていたが、戦争の準備が着々と進んでいる事を実感する」と語りました。 
 報告のあと、参加者がグループになり感想を出し合いました。 自民党政権のもと、戦争の準備が確実に進められていたことを共有し、戦争反対の意思を表していこうと意見交換しました。
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