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日本共産党創立 94周年

(ハギ・「浮野の里」で14日)
(ハギ・「浮野の里」で14日)

 今日・7月15日は、日本共産党を創立して94周年の日です。
日本共産党は、この国の進歩と変革の伝統を受け継いで、1922年7月15日、科学的社会主義を基礎として創立されました。

 当時の日本は、国を統治する全ての権限を天皇が握る絶対主義的天皇制のもとで、国民から権利と自由が奪われていました。対外的には、アジア諸国に対し、侵略と戦争の道をすすんでいました。

■反戦平和 不屈にたたかう

 天皇制権力の下で日本共産党は、反戦平和、主権在民、国民の自由と人権の旗を高く掲げ、不屈にたたかい抜きました。日本共産党は、天皇制権力によって強権的に弾圧されました。しかし党は、迫害や投獄に屈することなくたたかい抜きました、このたたかいで、少なくない党員が官憲の弾圧によって生命を奪われました。

 侵略戦争は、2,000万人を超えるアジア諸国民と、300万人を超える日本国民の生命を奪って終わりました。終戦後、国民主権、恒久平和、基本的人権などが確立され、日本共産党が不屈に掲げてきた方針が、基本的に正しかったことが証明されました。


 私の伯父は中国で戦死しました。父親は中国大陸に駆り出されました。運よく父が帰国し、私が誕生しました。もしも父が戦死していたならば、いまの私は勿論のこと、私の家族もこの世に存在していませんでした…。
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 私が市議会議員を受け継いだ、大先輩の故・古末憲一氏は、党活動のため権力に弾圧・投獄され、それがもとで健康を蝕まれました。

 私は戦争を知らない世代です。
しかし、私の周りには、戦争とかかわった多く人たちがいます。その思いを、しっかり受け止めて活動する―それが私の原点のひとつです。

■参院選と日本共産党の値打ち

 今月10日執行の参議院選挙。日本共産党は、〜換32の1人区で野党統一候補の勝利、日本共産党を伸ばす―2つの目標で頑張りました。

結果は、1人区で野党統一候補が前回の2から11人が当選し、大きく躍進しました。日本共産党は6議席(比例5人・東京選挙区1)となり、改選3から倍増に前進し、参院で14議席となりました。

 参院選は、野党共闘に対し、自公がつよい危機感と恐れから、安倍首相を先頭に激しい野党攻撃、日本共産党攻撃に終始しました。この攻撃に正面からたたかって、野党共闘と日本共産党は前進しました。ここに、参院選の大きな意義があります。

いまの政治情勢のもとで、日本共産党は3つの値打ちを示しています。その内容は、

  グ打楡権の暴走に確かな足場をもって対決し、政治を変える展望を示す党
 ◆ス駝韻龍ζ院¬酖泙龍ζ韻魏燭茲蠅眤臉擇砲掘共同の力で政治を変える党
 .安倍政権に代わる責任ある政権構想=「国民連合政権」を提唱する党

■戦後間もなく 加須市で活動

 旧加須市の地域では、戦後まもなく、日本共産党の活動が始まりました。
埼玉新聞1946年3月11日付は、「共産党加須町民大会開催」の見出しで、「加須共産党闘争委員会は、十日午後1時から加須女学校講堂で第二次町民大会を開催」と報道しています。また、旧加須市が編纂した「加須市史通史編」のなかで、日本共産党の活動を紹介しています。
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 旧加須町の時代から、日本共産党は町議会に議席を占め、住民の利益を守り、暮らしと福祉を守るため、住民と力をあわせ、活動してきました。

 いま、加須市議会には、日本共産党が私を含め4議席を占めています。日本共産党は、公党第1党として市民の利益を守り、暮らし・福祉優先の市政をつくるため、その存在感を発揮して頑張っています。
2016/07/15

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