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梅雨入りと田植え

(「浮野の里」周辺・今月22日撮影)
(「浮野の里」周辺・今月22日撮影)
 気象庁は今日(29日)、関東甲信地方の梅雨入りを発表しました。

今年の梅雨入りは、昨年より11日も早く、統計を開始以来、3番目に早い、といわれています。

 梅雨といえば、私は、少年時代の田植えを思い起こします。

私が少年時代、農家で田植えといえば、梅雨の時期にあわせて、苗を植えるのが普通でした。しかし、いま加須市内では、4月中旬には田植えが始まっています。今でも市内では、田植えがすすめられています。

 私の少年時代、小学校では毎年6月、田植えの頃になると、「田植え休み」がありました。農家で田植えといえば、当時、秋の収穫のためには一大事の農繁期でした。そのため、小学生といえども貴重な労働力だったのです。

そのため、小学校は「田植え休み」を設けていたのです。「田植え休み」の期間は多分、3〜4日だったでしょうか。しかし、私の家の田んぼは、山の沢沿いにあったことから、田植えの時期は、いつも学校の「田植え休み」が終わってからでした。

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 クラスメートの大半は、学校の「田植え休み」の間に、田植えが終わって通学してきます。しかし、私は毎年、その後で担任の教師に話し、「田植え休み」」をとって、田植えを手伝っていました。

 当時の田植えは、すべてが手作業でした。腰をかがめて、苗床から苗を取る作業、そして、苗を田んぼに植える作業は、腰と肩に負担がかかり、子ども心には、とてもつらい作業でした。

それでも田植えが終わると、農家では「さなぶり」といって、ご馳走をつくって神と仏に捧げ、家族で辛かった農作業を慰労し、秋の収穫を希う行事がありました。少年にとっては、つらい農作業から解放される、喜びの日でもありました。


 話しは変わりますが、今週の日曜日(26日)深夜、日本テレビ系「ドキュメント13」で、私の故郷・秋田県羽後町に住む農民4人が35年前、レコードデビューした、フオークグループ「かど石」の、その後を追ったドキュメントが放映(秋田放送制作)されました。

当時、20代前半の農村青年4人が、農民のプライドを胸に、生きていくことを誓った彼らの、その後を描いたものです。

 国の政策に基づいて、畜産経営に取り組んだ若者が、輸入自由化によって多額の借金を抱えて挫折。その後、地元の林業会社に就職し、真冬の山で雑木を伐採する姿が映し出されていました。また、青年がコメ作りに挫折し、都会に出稼ぎに来て、今では零細な下請け専門の建設会社を経営。さらに、音信が途絶えた若者…。

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 今でも、「かど石」に残っているのは2人だけ。コンサートに向けてリーダーが歌を作っているとき、前にあるテレビには、安倍首相がTPPに参加を表明している場面が放映されていました。

私には、TPP参加によって、米どころ秋田が、農業経営に大打撃を受けることを、発信しているように思えました。

 私と同じ故郷で生まれ育ち、しかも私と同じ年代…。そして、希望と葛藤…。故郷・秋田の農村の美しい風景が、私の懐かしい心を惹きつけました。しかし、そのなかで、農産物の自由化によって破綻した元農民が言った、「困ったとき、国は何もしてくれなかった」―この言葉が私の胸を突いた……。


 日曜日の深夜に放映される、日本テレビ系の「ドキュメント13」。時間帯が深夜のため、ライブで見ることはできません。しかし、地方局が制作した、良質の番組が放映されています。そこで私は、テーマによって録画し、時々見ています。
2013/05/29

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