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戦没者追悼式に参列

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 太平洋戦争が終結し、今年は71年目にあたります。加須市主催で昨日(18日)、戦没者追悼式が「パストラルかぞ」で行われました。私が参列しました。

 あの戦争で、市内から多くの若者が戦場に駆り出されました。
そして、2,125人という実に多くの若者が、炎暑の南方戦線の地で、酷寒の異国の地で、戦死しました。日本から遠く離れた異国の地で、最愛の父と母を思い、愛する若妻と幼きわが子を思い、恋人を思い、兄弟姉妹…どんなにか無念だったことでしょうか…。

 式場には、中央に生花に囲まれた「加須市戦没者追悼之標」が厳かに置かれ、その左には戦死した2,125人の戦没者名簿が供えられました。指名献花のなかで、私は戦没者の御霊につつしんで献花を捧げました。

 ご遺族の方が述べられた、「父が戦死したとき私は2歳で、父のことは全く憶えていません。幼子3人の子どもを抱えた母親が、後ろを流れる利根川に子ども連れで身を投げようと何回思ったことか、と後で母から聞きました」という言葉が、私の胸を打ちました…。

 私は戦後生まれですが、私の父は中国大陸に送られました。
もし、父親が戦死していたならば、今の私はこの世に存在していません。私が小学生の頃、我が家には父親の軍服、軍隊での戦場教本(銃の打ち方等の解説書)などがあり、それを読んだ記憶があります。あのような悲惨な戦争を、絶対に二度と再び繰り返してはなりません。

 戦後50周年の終戦記念日に、当時、村山総理大臣が談話を発表しました。
そこには、「国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました」「この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます」と(1995年8月15日)。

 そして今、安倍内閣は立憲主義を乱暴に踏みにじり、安保法制=戦争法によって外国で自衛隊が戦争し、日本の若者が外国人を殺し、殺される国にしようとしています。現に安倍内閣は、南スーダンPKO(国連平和維持活動)に派兵している自衛隊に、武器を使って「駆け付け警護」「宿営地共同防護」などの新任務付与を閣議決定し、稲田防衛相が新任務を命令しています。

 再び加須市の若者を戦場に送らない。二度と再び日本を戦争する国にさせない―戦没者追悼式に参列し、改めてつよく思いを固めました。
2016/11/19

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