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戦没者追悼式で献花

(不動尊で今日撮影)
(不動尊で今日撮影)
 先の大戦で戦死された方々を追悼する、加須市主催の戦没者追悼式が今日(21日)、パストラル・小ホールで、ご遺族はじめ関係者が参列して開催されました。来賓の一人として、私が参列しました。

 市内で、太平洋戦争の惨禍によって、戦死された方は2089人にのぼります。

 赤紙1枚で徴兵され、親兄弟・妻子、恋人を故郷に残し、日本から遠く離れた酷寒・酷暑の地で倒れ、二度とふたたび懐かしいふるさとの地を踏むことは叶わず、最愛の肉親に会うことはできませんでした。いかほどに無念だったことでしょうか。

 そのことに想いを馳せれば、万感の思いがこみ上げてきます。終戦から歳月は流れ、今年は68年目です。

 会場の壇上には、「加須市戦没者追悼之標」が建てられ、その左には、戦死された2089人にのぼる「戦没者名簿」が備えられました。私は、議員のひとりとして、戦没者につつしんで献花を捧げました。

◇  ◇  ◇◇  ◇  ◇

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 私は、終戦から4年目に生まれました。そのころは、戦争の傷跡があちこちに残っていました。

 私の伯父は、生まれたばかりの娘を残し、中国大陸で戦死しました。どんなにか心残りだったことでしょうか…。その娘が私の姉です。

 また、家のなかには、父が兵隊だったことから、戦場における射撃の仕方など、兵隊の教本がたくさんありました。小学生の頃に読んだ記憶があります。

 その父が4年前に亡くなりました。そのとき、兵隊の帽子が60数年ぶりに出てきました。それは棺に納め、父がかぶって永久(とわ)に旅立ちました。

◇  ◇  ◇◇  ◇  ◇

 先の大戦は、他国に対する侵略戦争でした。
そのことについては、戦後50年の節目に、当時の内閣総理大臣・村山首相が発表した、「戦後50周年の終戦記念日にあたって」の談話(いわゆる村山談話)で、明らかにしています。

 そこには、以下のように記されています。

 「わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします」(1995年8月15日)。

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 このように村山談話は、国が「国策を誤り」、「植民地支配と侵略」を行ったと、明確に述べています。

 ところが安倍首相は、「村山談話」の核心部分について、見直しを言及しています。そのことが、近隣諸国との軋轢をつよめています。

 戦前の暗黒時代にあっても、命がけで侵略戦争反対をつらぬいた日本共産党の一員として、歴史の逆流を許さないために、力をつくしてまいります。
2013/11/21

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