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定時制高校、そして大学で法律を学ぶ

(大学のクラスメートと/右端が私)
(大学のクラスメートと/右端が私)
1965年3月下旬、集団就職列車で、早朝の上野駅に到着しました。列車から見た日の出の太陽が大きかったこと。これが私の第一印象です。

 故郷では、太陽が山から出て、山に沈むので大きくは見えません。今でも日の出の大きな太陽には特別な思いがあります。

 入社した4月はじめ、県立不動岡高校定時制を受験。なんでも第3次入学試験だったそうです。合格したものの、教科書を買うお金に不足し、会社から給料を前借りして、仕事と学業を両立させる第1歩が始まりました。当時、私の給料は日給750円、今は市役所アルバイトの時給と同額です。

 会社の寮が高校の隣・不動岡2丁目にあったので、通学にはとても便利でした。1時間目は仕事の疲れによる居眠りを先生に激励され、給食だけでは満足できず、夜陰に乗じて高校前のうどん店でうどんを注文。時には先生に見つかって注意され…。それは楽しい充実した青春時代でした。

(会社の昼休み・不動岡寮で)
(会社の昼休み・不動岡寮で)

 冬になると校内マラソン大会があり、1〜3位には小さい「盾」の表彰があるのです。3年生のとき入賞を心に決め、寮に帰宅後、1時間ほど、夜10時頃まで1年間練習を続けたのです。

 翌年の大会で2位に入り、「盾」の表彰を受け、しばらく「宝物」として大切に保存していました。これが契機となり、定時制の駅伝大会に選手として参加。

 定時制高校を卒業後、法政大学法学部で法律を学ぶことにしました。

 社長の支援があり、早めに仕事を終えて都内・飯田橋まで通学(片道1時間30分余)。帰宅は最終電車か、その一つ前の電車でした。その電車の中が、睡眠と読書を行う貴重な時間でした。 

 教師になる夢があり、大学では教職課程も受講。教育実習は母校の定時制高校で行いました。授業中、私の話に熱心に耳を傾ける生徒たちの輝く瞳。恩師の先生方から教師の心構えなどの指導を受け、2週間の実習期間はあっという間に終わりました。しかし私には、生涯忘れえぬ貴重な体験になりました。

(定時制の修学旅行/四国で)
(定時制の修学旅行/四国で)

 将来の職業は教師に、私の心は決まっていました。埼玉県教委の教員採用試験に願書を提出、試験日も決まっていました。

 ところが同僚から、「労働組合の委員長に」、という話が持ち込まれたのです。「委員長は君しかいない」と切望され、私の心は大きく揺れました。

 悩み、考えぬいた結果、中小企業で汗にまみれて働く、労働者の利益を守る仕事も重要な生き方と決心。教師の夢を断念し、働く人達と共に生きていく道を選択。22歳のときに労働組合の委員長に就任しました。

 教師の夢を断念…これには交際していた妻から強い抗議を受けました。私の妻ですか…。会社の同僚で、夜学時代から私を支え、今は議員活動を支えている人生のかけがえのないパートナーです。

 大学を卒業してまもなく結婚。そして、その1年10ヵ月後に市議会議員選挙に立候補することになるのです(2007/08/17)。

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