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日本共産党加須市議会議員
小坂とくぞう
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議員活動1期目 1975年4月〜1979年4月

(見事に初当選・大勢でバンザーイ)
(見事に初当選・大勢でバンザーイ)
 私が最初に市議選をたたかったのは1975年4月。当時、議員定数30。選挙運動の期間は10日間でした。

 特別な出陣式もなく、第一声は市役所前でした。会社同僚のK氏が、「一生の思い出になる」と出勤を遅らせ、私のつたない演説を聞いてくれたことが忘れられません。

 選挙期間中、街頭演説していたところ、部落解放同盟(=「解同」)30〜40名に取り囲まれ、不当な選挙妨害を受けました。しかし私たちは、これには毅然とたたかってはねのけました。

 地域の人達と会社同僚が一生懸命に私を支えていただき、無名の新人だった私が、見事、加須市議会議員に初当選。

 市議会にかけがえのない日本共産党の一議席を確保しました。弱冠25歳と3ヶ月のこと。このようにして、私の1期目(25歳〜29歳)の議員活動が始まりました。

 その2ヵ月後に市長選挙が行われました。現職の対立候補者が、選挙ポスターに「同和対策是か非か」を掲示。ところが、「解同」がこれを「差別文書」だとして、市選管と市当局などを10時間にわたって糾弾。

 「解同」の圧力に屈した、市及び県の選管、同和対策担当の職員11名が候補者宅に乗り込んで、ポスターのスローガン取り消しを強硬に求めたのです。これが最高裁で選挙無効(1976年9月)となる前代未聞の出来事です。

 私は新人議員でしたが、市民と力あわせて公正・民主の市政をつくるために、議会の内外でたたかいました。他党派の議員は、私の質問を途中で妨害し、「解同」を擁護しました。

 しかし、私の正論が市政を動かし、清潔・公正な市政に一歩ずつ近づき、今日に至っています。

 市政をゆがめる者とは断固として対決し、住民の利益を第一に考えて献身的に奉仕する…。私は、1期目に直面した問題と真剣に取り組むなかで、その後の議員活動における揺るぎない政治信条を培ってきたのです。





(最初の街頭演説/看板は私の手書き)
(最初の街頭演説/看板は私の手書き)

■私が1期目で実現した主な施策


◇小学校の机の引き出しを公費で購入させ、義務教育の父母負担軽減につとめる


 当時、夏休みに入る直前、子ども達が机の引き出しを持って下校する姿が見られました。

 なぜ、子ども達に机の引き出しを買わせるのか…これが疑問の始まりでした。

 調査を行って議会で質問。道理ある質問が教育委員会を動かし、机の引き出しが公費負担となり、大きな反響をよびました。今では当たり前のことです。


◇就学援助の適用拡大・支給を銀行振り込みに改善


 憲法が保障する「義務教育無償の原則」の立場から、就学援助の改善を提案。
 このときの提案が実って、就学援助の適用基準を概ね生活保護費の1.3倍とする、支給を銀行振り込みに改善。1979年度以降、小中学校新入生の保護者全員に就学援助制度のチラシを配布、周知を図る。
 私の1期目の成果が、30数年を経て、今に引き継がれています。


◇「寝たきり老人手当」を5,000円に引き上げる


 私の提案について、梅沢一郎市長(当時)が引き上げを約束。1979年度以降、月額3,000円から5,000円に引き上げられました。


◇市民のプライバシー保護のため、県内初めて「コンピューター条例」を制定


 私は、行政が市民のプライバシーを保護するため、市のコンピューターを外部と接続しないことを定めたコンピューター条例の制定を提案。
 この提言が実って、「電算処理に係る個人情報の保護に関する条例」と「個人情報保護審議会条例」を制定。当時、私の質問は、埼玉新聞(1978年12月26日付)がトップで報道。


◇乱脈な同和事業をただす


 当時、同和事業をめぐって、加須市長選挙が最高裁で前代未聞の無効判決がでるなど、乱脈ズサンな行政が行われていました。私は、是正を求めていっかんしてたたかってきました。
1期目で、以下の是正を図りました。
・「解同」県連への市職員の出向をやめさせる。
・「解同」に対する特別な利権補助を1976年度に廃止させる。例えば、1億円の同和事業を行った場合、その5%にあたる500万円を、市が「解同」に「地元負担金」と称して補助するもの。「解同」の明白な利権でした。


*私が議員として1期目で提案し、30年以上も前に実現したことが、今の市政にしっかり根づいて、市民の利益と暮らしを守る施策として市民に喜ばれています(2007/08/17)。

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