労働総研ニュースNo.339 2018年6月



目   次

マルクス生誕200年とドイツの政治家たち 岩佐卓也 
書評『地域力をつける労働運動』 伊藤大一 
理事会報告他




マルクス生誕200年とドイツの政治家たち

岩佐 卓也

 2018年5月5日のマルクス生誕200年に合わせて、ドイツのラジオ放送局 Deutschlandfunk Kurturでは「カール・マルクスの現代的意義について」(Zur Aktualität von Karl Marx)と題する討論企画が7回にわたって放送された。そこでは、初期マルクスと後期マルクスの関係やプロレタリア独裁、「個人的所有」テーゼなど日本でもなじみの論点が議論されているが、興味深いのは、討論に各政党の若手政治家たちが登場して「自分にとってのマルクス」を語っているところである。
 マルクスに思い入れがあるのは左翼党の政治家だけではない。たとえば、SPD連邦議会議員ニールス・アンネン(1973年生)は、青年部での活動当時「マルクスのボキャブラリーを熟知していない人は話にならなかった」と回顧している。「バートゴーデスベルク綱領によってSPDはマルクス主義を放棄した」とよくいわれるが、それほど単純な話ではないようである。アンネンはいう、「わたしたちは、この間国際金融市場を支配する諸条件をあたかも自然法則のごとく受容しています。…これは憂慮すべきことです。私たちはマルクスに回答を見つけることはできないが、いくつかの重要な示唆を見つけることができると思います」。
 最も新自由主義的な政党であるFDPの党首クリスティアン・リントナー(1979年生)も、若い時に『共産党宣言』のダイナミックな叙述に感銘を受けたことを語っている。他方でリントナーは、マルクスの時代とは異なり、現代の資本主義には労働者の熟練の向上による自己決定や資本所有の分散といった新しいチャンスがあるとも述べる。
 さらに、極右政党としてこの間台頭しているAfD(ドイツのための選択肢)のマルク・ヨンゲン(1968年生)は、マルクスの分析はグローバル化が簡単には引き戻せないものであることを示しており、マルクスは自分たちの「スパーリングの相手」であるという。
 彼らがそれぞれ展開するマルクス解釈には首肯できないところもあるが、それはともあれ、マルクスがいまなおドイツの政治家たちにとって左右を超え、世代を超えた共通の教養となっていることが分かる。
 ひるがえって現在の日本の政治家たちはどうであろうか。マルクスでないとしても、丸山真男や大塚久雄は共通の教養となっているだろうか。そのようなことも思った次第である。

(いわさ たくや・会員・神戸大学准教授)

書評  エイミー・ディーン、デイビッド・レイノルズ[2017]
『地域力をつける労働運動−アメリカでの再興戦略』かもがわ出版

伊藤 大一

(1)本書の持つ意義

 2017年8月にかもがわ出版より『地域力をつける労働運動-アメリカでの再興戦略』が出版された。著者はエイミー・ディーンとデイビッド・レイノルズの両氏である。エイミー・ディーンは、シリコンバレーのあるアメリカ西海岸ベイエリアにおけるサウス・ベイ地方労働評議会の活動家、指導者である。デイビッド・レイノルズは、『リビニングウェイジ活動家ガイドブック』の編者であり、活動家である。
 アメリカでの労働組合運動は、日本以上の困難に直面していると言っても過言ではない。アメリカの労働組合組織率は2017年で10.7%であり、日本の同年17.1%と比べても低いと言わざるを得ない。さらに日本と比べてアメリカ労働法の労働者保護機能は弱く、特に労働組合の権利を制限する「労働権州」の拡大も合わせて、労働組合組織率の長期的な低落傾向が予想されている。また、2016年アメリカ大統領選挙において、トランプ大統領の誕生によって注目された「ラスト・ベルト」は、これまで製造業中心の地域であり、労働組合組織率の高い地方であった。その「ラスト・ベルト」が共和党であるトランプ支持に変化していることもあり、米国労働組合運動は将来にわたり困難に直面するであろう。
 このような困難な状況のなかで著者は、アメリカ西海岸における成功事例をもとに、「地域で力を築く戦略(Regional Power Building)」として理論化し、さらに全米へこの戦略を拡大しようとしてきた。そして、これは一定の成功を収め、コロラド州デンバーやワシントン州シアトル、オハイオ州クリーブランドなどに拡大した。この「地域で力を築く戦略」はAFL-CIO(アメリカ労働総同盟・産業別組合会議)の中でも一定の影響力を持ち、著者であるエイミー・ディーンは、AFL-CIOの地方労働評議会の助言委員会の議長を務めている。さらに彼女は「地域で力を築く戦略」の調査・研究・教育面の全国組織(Building Partnerships USA)の活動にもかかわっている。
 本書の持つ意義は、労働組合組織率の長期停滞傾向に苦しんでいる日本にとって、アメリカで注目されているその再興戦略を学び、日本の労働運動復興に役立つ方向性、萌芽を学べることである。「地域で力を築く戦略」の要点は何か。詳細は後に述べるが、端的に述べるならば、次のようになる。
 「これまでの労働運動は『職場(on the workplace)』の要求を基礎にしていたために、運動の広がりに限界を持っていた。そのために労働運動自身が縮小し、大きな運動を作り出せなくなっている。大きな運動を作り出すために、労働運動は労働組合以外の地域を基礎にした諸アクターとの連携を強化し、労働運動の課題としてではなく地域全体の課題として、地域の問題として運動を強化し、労働組合運動の復興を図る必要を持つ」といえる。
 本書はこの「地域で力を築く戦略」の豊富な実践事例をもとに、これまでの労働運動にない地域の諸アクターとの連携による運動の復興・強化という日本の労働運動が必ずしも重視してこなかった視点をわれわれに提供するであろう。この「地域で力を築く戦略」を批判的に摂取し、日本の労働運動再生のための参考にするためにも、ひとりでも多くの研究者・活動家に本書を読んでいただきたい。
 しかし、本書は、アメリカ人活動家のために、アメリカの活動家の手によって書かれた著作である。そのために、アメリカの労使関係、労働法体系に不案内な日本人研究者・活動家にとって本書は必ずしも理解しやすいといえない。よって、本書評は、この著作を多くの方に読んでもらうべく、アメリカの事情を補いながら、理解しやすいように本書の内容を紹介していきたい。なお、この貴重な著作の日本語訳をおこない、日本での普及を実現した「アメリカの労働運動を原書で読む会」の皆様には敬意を表するものである。

(2)原書表題とアメリカ労使関係制度の概要

 本書『地域力をつける労働運動』の原書表題は、“A New New Deal : How Regional Activism Will Reshape the American Labor Movement ”となっている。直訳すると、「新たなニューディール:地域行動主義はどのようにアメリカの労働運動を変革するのか」とでも訳されるであろう。ポイントは「新たなニューディール」とされている部分であろう。「ニューディール」というと多くの読者にとり、1930年代にフランクリン・ルーズベルト大統領によってなされた世界恐慌への対抗政策、テネシー川流域開発公社等を思い出すであろう。
 現在までも続くアメリカ労使関係制度は、このニューディール政策の一環として基礎付けられたものである。よって、本書原題である「新たなニューディール」には、従来のアメリカ労使関係制度(ニューディール)を刷新するという意味が込められている。この刷新のキイワードになるのが「地域力(Regional Activism)」としている。刷新される前のアメリカ労使関係制度の概要を述べてみる。
 ニューディール政策によって労使関係制度が制度化される以前、アメリカの雇用関係は随意雇用原則や解雇自由原則(employment at will)が支配的であり、使用者は労働者を自由に解雇できた。しかし、アメリカ資本主義の発展にともない、労働問題も頻発し労働者の団結の必要性もまた多くの労働者によって認識されてきた。そのため、1886年にアメリカ総同盟(AFL)が結成された。AFLは、熟練労働者による熟練労働者のための労働条件向上を、団体交渉によって実現しようとする穏健な組合運動を目指し、政治的には社会主義運動から距離をとり、保守的な立場をとった。これがビジネス・ユニオニズム(business unionism)とされる支配的な労働運動形態になっていく。
 このアメリカの状況が決定的に変化するのが1929年世界恐慌、そして1932年にルーズベルト大統領の下でおこなわれたニューディール政策である。アメリカ労使関係におけるニューディール政策は、1935年に制定された全国労働関係法(National Labor Relations Acts : NLRA)、通称ワーグナー法に代表される。このワーグナー法は団結権、団体交渉権および団体行動権を明記し、団体交渉の拒否や支配介入などを不当労働行為として禁止し、交渉単位の過半数の支持を得た労働組合に排他的交渉権限を認め、これらを監督する機関として全国労働関係局(National Labor Relations Board : NLRB)を設立した。このワーグナー法によって、戦後のアメリカ労使関係は制度化され、労働者の権利の確立、強化がなされ、今日まで続くアメリカ労働法の基本法ともいうべき枠組みが構築された。
 このようにニューディール期、第2次世界大戦期を通して労働者の保護機能は強化されていったが、戦後になってこの揺り戻しが起きる。それが1947年にトルーマン大統領の拒否権行使を乗り越えて成立した労使関係法(Labor Management Relations Act)、いわゆるタフト・ハートレー法である。このタフト・ハートレー法は、労働組合による不当労働行為を禁止し、州法レベルで「労働権州」を認め、労働組合幹部に共産主義者でないことを宣誓させるなど、労働組合の権利を規制する法律である。
 このように、米国労働組合は、日本の労働組合に比べて、法的に権利制限されるなかで、保守的な労働運動、ビジネス・ユニオニズムへの指向を強めていった。このような指向は、自らの雇用と労働条件、医療保険などのフリンジ・ベネフィットを守るために、大企業、白人、男性中心の労働者の利害を守ることと一致しやすい。そのため、アメリカ労働組合は、公民権運動や女性の権利向上運動、LGBTQの運動、ベトナム反戦運動、消費者保護運動などとよそよそしい関係になるばかりか、時にはこのような社会運動と対立さえしてきた。
 もちろん、アメリカ労働運動はすべてがこのような「保守的な」労働運動ばかりではない。1995年にはAFL-CIO会長選挙で、改革派である全米国際サービス労働組合(SEIU)のジョン・スウィニーが会長に選出された。そして、スウィニー会長は、未組織労働者の大規模な組織化をめざす「組織化モデル」を提唱した。
このようにアメリカ労働組合運動はさまざまな運動方針が議論され、実践で試されている。その実践の一つの試みが、本書『地域力をつける労働運動』の「地域で力を築く戦略」である。それゆえに、本書の原題は“A New New Deal”「新たなニューディール」「ニューディールの刷新」なのである。

(3)「地域で力を築く戦略」の出発点

 本書全体を貫くテーマである「地域で力を築く戦略」は、これまでの労働組合運動の勢力低下を率直に認めて、地域に新たな共同、連携、パートナーを見いだし、運動の復興を成し遂げる、というものである。特にこの新たな共同、パートナーシップを「コアリッション」(Coalition)として本書では強調している。この「地域で力を築く戦略」は、カルフォルニア州サンノゼやロサンゼルスで成功した事例を核心として、これを理論化することで構築された。
 カルフォルニア州サンノゼでの成功事例は次のようなものである。カルフォルニア州サンノゼはシリコンバレーを抱え、GoogleやAppleの本社が近くに立地するなどアメリアを代表する裕福な地域である。しかし、この裕福な人々が利用するためのレストランのウェイター、ウェイトレス、ホテルのベッドメイク労働者など低賃金労働者も大量に働いている地域でもある。
 2000年春に、サンノゼのキリスト教教会組織であるPACT(People Acting in Community Together : 地域社会でともに活動する人々)は、健康保険の加入状況について調査をおこなった。PACT関係者の会員、3万人以上を対象に調査をおこなうと約半数の人々が健康保険に加入していないことが判明した。PATCがこの問題に取り組むように決定し、労働組合であるAFL-CIOサイス・ベイ労働評議会とその関連組織であるワーキングパートナーシップスUSAに協力要請したときに、両者は全面的に協力することを約束した。そして、この三者によって、この運動の目的をカルフォルニア州第4の都市であるサンノゼを「すべての子どものために健康保険を保障するアメリカ最初の都市にすること」との目標が共有された。
 この目標を実現するための財源と政策パッケージが検討され、財源としてタバコ訴訟和解金を中心とし、「子ども健康保険イニシアティブ」として政策的にまとめられた。そしてこの政策を実現するためにより幅広い賛同者達(コアリッション・パートナー)が集められた。そのコアリッション・パートナーは、カルフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)健康政策調査センターやサンタクララ郡健康と病院システムから、シリコンバレーの大企業までを賛同者として集めた。
 「子ども健康保険イニシアティブ」実現をめざす人々及び諸団体は、サンノゼ市長にこのイニシアティブをサンノゼ市の政策として取り入れるように求め、1000名規模の直接行動をおこなった。しかし、サンノゼ市長およびサンノゼ市議会は、この提案を否決した。社会的な注目の集まりを実感していた「子ども健康保険イニシアティブ」実現をめざす人々は、ターゲットをサンノゼ市議会から、より上位組織のサンタクララ郡に運動を拡大させた。
 その運動拡大の結果、サンタクララ郡がこのイニシアティブを承認し、最終的に運動は勝利を収めた。サンタクララ郡が承認したことから、サンノゼ市議会も承認せざるをえなくなり、2001年1月にサンタクララ郡は、すべての子どもに健康保険を提供するアメリカで最初の郡になった。この新しいプログラムは「ヘルシーキッズ」と名付けられた。このサンタクララ郡で実現した成功事例を元に理論化された運動方針が「地域で力を築く戦略」である。
 この「地域で力を築く戦略」のポイントは、従来の職場に限定された課題(on the workplace)を超えて、より地域全体に共通した課題に拡大し、労働組合だけでなくさまざまな市民団体、大学、経営者団体にまで連携を広げ、社会運動として大きな運動を作り出す点にある。労働組合は、その運動の中心を担うことで、労働組合内に活力を取り戻すのである。以下では、本書のなかで指摘されている「地域で力を築く戦略」を構成する三つの要素について述べてゆく。

(4)運動理念・目標の再定義−「地域で力を築く戦略」の第1構成要素

 「地域で力を築く戦略」の第1構成要素は、運動理念・目標の再定義である。従来の労働運動は、労働運動に限定した目標・理念であった。つまり、賃金を中心とした労働条件や労働者からの苦情処理などを中心とした目標・理念であった。このことが地域のなかで運動を拡大させることを困難にし、他団体とのコアリッションの拡大を妨げていた。そのために、運動を拡大し、地域に根ざした市民運動や場合によっては経営者団体ともコアリッションを築くことのできる目標・理念への再定義が重要となる。具体的には、仕事の保障、手ごろな住宅価格、質のよい教育、医療保険などである。そして、この「理念」や新たな「目標」を作り出し、共有するために「シンク・アンド・アクト・タンク(think and act tank)」が必要とされている。
 この「シンク・アンド・アクト・タンク」は従来のシンクタンクとしての機能、調査・分析・政策立案だけではなく、「アクト」が入っている点に新規性を持つ。まずは「シンク」機能から運動理念、目標の再定義を見てみよう。わかりやすくするために具体例で議論を展開する。小売業などの低賃金労働者を組織する組合は、組合の組織化、最低賃金の上昇、等を求めて運動してきた。しかし、本書では、運動目標の「再定義」として「低額な住宅の供給」や「ホームレス施設の建設」をかかげる事例が例示されていた。これによって、これまで労働運動にかかわってこなかった新たな宗教団体や、市民団体とのコアリションを活発にし、運動により「活力」を取り入れる。そのために、調査を通して、地域の家賃の実態や低賃金労働者の実態、場合によってはホームレス調査を「シンク」機能として発揮するのである。
 つぎに「アクト」の側面であるが、「アクト」はコアリッション・パートナーの発見やその組織化、そして各種財団から活動資金を集める財政活動や長期的な運動のリーダーを育成するための市民リーダー研修所などの設立に代表される。
 「シンク・アンド・アクト・タンク」は、運動を拡大するために運動目標の再定義のための調査、政策立案ばかりでなく、その拡大のために、コアリッション・パートナーの拡大、組織化、実践のための活動家養成などを担う組織として位置づけられる。

(5)深いコアリッション

 このコアリッション概念こそが、本書全体の要点をなしている。コアリッションの深さとは、地域を舞台にした諸アクター(人種・移民コミュニティ、宗教コミュニティ、NGO、企業団体)と労働組合との連携(コアリッション)の深さのことである。本書4章において、詳細にコアリションの深さ(質)が分析されている。
 コアリッションの深さ(質)は浅い順に次の4段階に分けられている。最も浅いコアリッションレベルが「一時的コアリッション」である。このレベルは特定のイベント実施において形成されるコアリッションレベルであり、「一時的な関与」にすぎない。第2のレベルが「支援コアリッション」である。このレベルのコアリションは、短期的な関係である点において、第1のレベルと同じである。しかし、このレベルから非常に低いレベルながらも目標の共有が開始される点において第1のレベルと異なる。
 そして第3のレベルが「相互支援コアリッション」である。このレベルになると、参加組織の相互の直接利益を共有し、相互組織の意思決定において共通の目的を共有することになる。さらにその共有は、リーダーのみならず組合役員にまで広がる。最も深いレベルのコアリッションが「深いコアリッション」である。ビジョンの共有は、リーダーや役員ばかりでなくコアリッションを構成する各種団体の末端メンバーにまで共有され、ともに活動することになる。
 労働組合と地域社会の諸アクターの関係は、「一時的」「支援」から始まり、圧倒的にこれで終わることが多い。「深いコアリッション」に到達するためには、先にのべた「理念」の共有が大事となる。つまり、従来の労働運動がかかげた「理念」は、地域を組織するのに「狭すぎる」。だから、より広く、「深いコアリッション」を作るための「理念」(地域共有の課題)が必要とされ、それを明確にするために「シンク・アンド・アクト・タンク」を必要とする。

(6)攻勢的な政治活動

 「地域で力を築く戦略」の最後の構成要素は、政治活動との関わりである。いうまでもなく、労働組合や市民運動は、政党(政治結社)でない。しかし、労働組合をはじめ多くの市民団体が抱える課題実現のために、政党や政治との関わりは無視できない。
 本書のアメリカ政治への現状認識は、「フィルターを通された民主主義」として形容されている。その持つ意味は、端的に言って「少数者による多数派への支配」と評価している。つまり、多くの人々「草の根」が持つ、要求が政治勢力として正確に反映していないと筆者は捉えている。このような屈折が生まれる原因として、筆者は「企業資金による選挙の支配」「企業メディアによる選挙の支配」等の要因を指摘している。
 さらに、筆者達はこれまでの労働組合によってなされた政治への関わり方に不十分な点を認めている。端的に言うならば、1990年代初頭、北米自由貿易協定(NAFTA)締結に賛成した民主党議員に対して、労働組合は次の中間選挙の時に支援しなかった。その結果として、1994年の中間選挙において、40年続いた民主党下院多数派が崩れ、共和党が多数派を握ることになった。その結果、労働組合に不利となる法案がそれ以降、議会を通過しやすくなってしまった。
 このような事態に対して筆者達は、単に選挙期間中にだけ候補者を支援するのではなく、むしろ「地域で力を築く戦略」を通して、自らの政治的主張に親和的な候補者を長期的に育て、政治活動を「草の根の運動」の活性化、「深いコアリッション」の一要素として、政治活動を再定義しようとする。

 以上まとめると、本書は、これまでの労働運動を、「職場(on the workplace)」の活動に限定し、白人、男性、大企業に象徴される限定された対象を中心に運動を展開したことにより、運動の拡大が阻害され、その結果として、運動のエネルギーが失われていった、と捉えている。そのために、労働運動を再活性化させるために、労働組合以外の地域に根を張ったさまざまな諸アクターとのコアリッション(連携)に活路を見いだす。
 そのために最も重要視されるのが「理念」の共有である。地域に根を張ったさまざまな諸アクターとは、ラティーノ(ラテン系アメリカ人)や宗教コミュニティなど、労働組合ではない組織により強いアイデンティティを持つグループである。それらのグループとコアリッションを深めるためには、この「理念」の共有が不可避であると言える。逆に言うならば、これまで労働組合がかかげてきた「理念」は狭すぎると言うことを筆者達は主張しているのであろう。
 もちろん評者としては、本書に対して若干の疑問点を感じる点もある。それは「労働運動を市民運動に解消してしまっているのではないか」と言う疑問点である。労働運動は社会運動の一つであることは間違いない。同時に社会運動一般、市民運動一般に解消されない独自性をもまた持つことも明白である。労働運動独自の課題、組織化の重要性などをどのように考えるのか、本書では十分展開されていなかった。
 しかしながら、日米両国において労働運動が困難に直面している状況において、市民運動とのコアリッションを通して労働運動を活性化させるという本書は、非常に刺激的な内容を有している。ひとりでも多くの研究者、活動家に読んでもらい、それぞれの立場から多様な議論、多様な実践が生み出されることを願って、書評としたい。

(いとう たいち・常任理事・大阪経済大准教授)

2016〜17年度第2回理事会報告

 2016〜17年度第2回理事会は、都内で、2018年5月12日開催された。冒頭、藤田実事務局長が第2回理事会は規約第28条の規定を満たしており、会議は有効に成立していることを宣言した後、小越洋之助代表理事の議長で議事は進められた。
 最初に、新加入(団体会員)の承認をおこなった。
 続いて、藤田宏事務局次長より、研究所プロジェクトなどの進捗状況について報告された。内容は、常任理事会でこの間、理事会の確認にもとづいて、「研究体制の在り方検討チーム」を発足させ、具体化を進めてきた内容について、および次期研究所プロジェクトの進捗状況について、テーマ(『働く貧困』と若者)、目的、また、研究所プロジェクトとしての推進体制と検討中の課題について、それぞれ報告にもとづいて討論が行われた。
 次に、事務局長より、2018〜19年度定例総会方針案の骨子について提案された。討論がおこなわれ、理事会での討議をふまえて、常任理事会において文章化して議案を完成させ、定例総会(7月29日)に提案することが確認された。

研究部会報告

女性労働研究部会(2月6日・3月29日)
 2月は、「働き方改革関連法要綱における同一労働同一賃金と女性が求める同一労働同一賃金」について橋本佳子さんが労働契約法20条をつかった差別是正の裁判にも触れながら報告した。今回の「改正」では、労契法20条を削除してパート労働法に合体し、短時間労働と有期労働を一体化するが、「同一労働同一賃金」「均等待遇」の言葉もなく、従前のパート法と同レベルで実効性がない、男女の賃金格差是正に触れていないなど女性の賃金差別是正に遠い内容であることが論議された。
 3月は、派遣労働者として一つの企業に16年8ヵ月勤務し、雇い止めされた渡辺照子さんをお招きして、安上がり使い捨ての有期契約・派遣労働の実態、派遣労働者の労働組合加入を阻むもの、組合への期待などについて語っていただいた。家族的責任を負う女性派遣労働者は矛盾の塊であり、派遣労働問題はジェンダー・女性の労働問題であること、有期であるが故に雇用継続の不安から声を上げられない実態などが明らかにされ、労働組合がさらに非正規・派遣労働問題のとりくみを強化する必要性が論議された。

労働時間・健康問題研究部会(5月11日)
 労働総研クォータリー109・2018年春季号『特集・安倍「働き方改革」と労働時間規制の課題』を検討した。佐々木会員から全体の構成と担当の報告、斎藤会員から担当の報告、鷲谷会員からコメントと労働時間規制の課題が発言された。

中小企業問題研究部会(公開・5月15日)
 「大連立下ドイツの労働組合と賃金(最賃)問題」について、部会長の松丸和夫中央大学教授の調査報告を受けて質疑討論した。賃金部会の4名を含む14名が参加した。松丸氏は3月12-18日にドイツを訪問、最低賃金の動向、賃上げ闘争の現状、同一労働同一賃金問題などを調査した。報告では、@訪問中に発足した大連立政権の特徴、A新しい全国一律最賃(MiLoG)の概要、B優先適用の業種別最低賃金、C関係労使、研究者等の評価、D最低賃金の影響に関する分析と評価について、詳しい説明を受けた。最賃法における最低賃金の理念、月額の考え方、小規模や中小企業の例外規定の有無、マイスター職人の適用の有無、全国一律最賃のアップによる地域経済への影響や中小企業支援策などについて、質疑討論をした。

4〜5月の研究活動

4月6日 若者調査企画推進チーム
  11日 内部留保に関する研究会
  16日 労働組合研究部会
  17日 賃金最賃問題研究部会
  20日 国際労働研究部会
  22日 社会保障研究部会
  26日 女性労働研究部会
5月8日 賃金最賃問題研究部会
  11日 労働時間・健康問題研究部会
     労働組合研究部会
  15日 中小企業問題研究部会
  19日 関西圏産業労働研究部会
  23日 内部留保に関する研究会

4〜5月の事務局日誌

4月13日 労働法制中央連絡会事務局団体会議
  17日 企画委員会
5月1日 メーデー
  10日 労働法制中央連絡会事務局団体会議
  12日 第2回理事会
  18日 比留川洋本の泉社社長を偲ぶ会
  27日 自治体問題研究所総会へメッセージ
  28日 労働法制中央連絡会事務局団体会議
  29日 企画委員会