労働総研ニュースNo.327 2017年6月



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労働運動史の調査・研究に思う 岡野 孝信
トランプ政権と日米経済関係 萩原 伸次郎
常任理事会報告ほか




労働運動史の調査・研究に思う

岡野 孝信

 2010年に32年間専従した職場を定年退職し、その後5年間の嘱託期間中は“窓際族”となった。仕事に追われることもなく、オルグや機関会議をはじめ諸会議にも参加することもなくなった。そんな環境にある自分が、これまで関わってきた医療労働運動に少しでも役立つことはないかと考え、たどり着いたのが、「歴史かな?」という漠然とした思いであった。
 実は、嘱託になったら仕事以外に好きな2つのことをやろうと決めていた。その1つが古代史で、故郷の和歌山県(木の国)と島根県(出雲)の関係をテーマにしていた。しかし、いま自分がやらなければならないのは、医療労働運動史だと思うようになった。
 富岡次郎『日本医療労働運動史』(1972年)や、宇田川次保『戦後医療労働運動史』(1983年)、『日本医労協30年の歩み』(1987年)などを改めて開いてみたが、戦前についてはほとんど調査・研究がされず、また、戦後もレッド・パージまでの記述には曖昧な部分も見られた。
 戦後については、貴重な先行研究に導かれ、運動の中心となった組合を訪問し、書庫に残っていた当時の資料をコピーさせていただいた。また、現役中は厳しかった先輩諸氏もすっかり丸くなって聞き取りに応えてくれた。肥田舜太郎氏(埼玉県)からは1946年早々の組合結成からレッド・パージまでの全医労を中心とした貴重な話を聞かせいただいた。亡くなられた宇田川次保、宇和川邁両氏等のご遺族からは彼らが残した資料の一部を提供いただいた。しかし、「もう、10年早く作業を始めていたら、いろいろ聞けたのに」との悔しい思いは消えない。
 戦前については、わずかに大原社研等に残された資料や、当時の左翼関係の雑誌、新聞記事、ルポなどから事実を拾い集めて組み立てた。医療労働組合の変遷が見えてきた。これまで、知られていなかった争議や、派出看護婦の職種別組合の存在(大正末)も確認できた。
 嘱託中は週4日の勤務であり、休日を振り替えたりしながら資料収集や聞き取りの時間をつくることができた。いまは、嘱託期間も終えて全くのフリーになったが、「まとめる」ことの大変さを実感している。また、労働組合が自らの組織と運動の歴史研究により力を入れることの重要性を痛感している。労働総研の労働運動史研究部会が、研究者と実践者の協同による有意義な研究の場に発展することを願っている。

(おかの たかのぶ・会員・労働運動史研究部会)

トランプ政権と日米経済関係

萩原 伸次郎

予算教書が示すトランプ政権の新自由主義的経済政策

 今年の1月20日、トランプ大統領の就任式がおこなわれ、オバマ民主党政権に代わり、トランプ共和党政権が誕生した。「アメリカ第一主義」を唱え、インフラ投資を増強し、雇用を創り出すなどと主張し、従来の共和党政権とは異なるかのような政策が注目された。イスラム7カ国からの入国禁止やメキシコ国境の壁の建設など、極端な白人優遇の排外主義、人種差別主義を採用し、嘘八百を並び立てても一向に道義的責任を感じない前代未聞の大統領だが、この政権の経済政策には、どのような特徴があるのだろうか。
 トランプ政権の経済政策は、明確に、富裕層重視の新自由主義的経済政策である。2018会計年度(17年10月〜18年9月)への予算教書をみれば、レーガン流の軍事優先・福祉切り捨ての財政赤字解消路線を提起したことがわかるからである。この予算教書は、「偉大なアメリカのための新たな基盤」と題されているが、18年度の歳出総額を前年より1%増やし、4.1兆ドルとした。軍事費突出が極めて鮮明な予算教書であり、トランプ大統領は、「治安と国家安全保障の予算案」であり、「消耗したアメリカ軍を立て直すために国防費を歴史的に増額する」と述べている。インフラ投資もどんどん拡大し、今後10年間で2000億ドルを行うとし、民間投資を合わせて総額1兆ドルの投資をめざすとしている。しかし、海外援助費、非防衛プログラムの予算、国務省や環境保護局など、国防総省以外の大半の政府機関の予算を対象として、大幅な削減が企画されている。マルバニー行政予算管理局長官は、史上最大の軍事費の増額によって、軍の再構築や核能力の回復を目指すと指摘した。
 国防総省は、前年度比10%増の5740億ドルで、別途国外作戦経費646億ドルを計上、国家安全保障省には、6.8%増の441億ドル、退役軍人省に6%増の789億ドルを充てた。一方減額される部局は、環境保護局が31%減の57億ドル、国務省・国際開発局が29%減の271億ドル、農務省が21%減の179億ドル、労働省が21%減の96億ドル、商務省が16%減の78億ドル、教育省が14%減の590億ドル、エネルギー省は、6%減の280億ドルなどとなっている。
 以上は、連邦財政の裁量的経費であるが、無視できないのは、連邦予算の約6割を占める義務的経費へ10年間にわたって大幅な見直しを行い、10年後の27年度には財政赤字を解消するとしていることである。オバマケアの見直しで2500億ドル、低所得者向けの公的医療保険の見直しで6160億ドル、学生ローンの見直しで1430億ドルなどなど、低所得者向けの支援をばっさり削減して、連邦財政黒字を図るというのだから、これは、レーガン以来の新自由主義的富裕者優遇の財政のあり方を示したものといえるだろう。
 現在アメリカは、卒業式のシーズンである。有力な政治家や著名人たちが、大学に呼ばれて、演説をする習わしがある。副大統領ペンスも大学の卒業式に招待されて演説しようとしたら、学生たちが一斉に席を立った。アメリカの学生は、奨学金のローンで卒業後もその返済で大変なのである。オバマ政権は、そうした人たちに援助の手を差し伸べる政策を実施してきた。しかしトランプ政権は、そうした支援をばっさり切ろうとするのだから学生たちの抗議の退席も理解できる。
 以下では、トランプ政権の対外経済政策について論じ、TPPを離脱し日米2国間交渉にかける彼らの戦略について概説し、今後の日米経済関係について展望してみよう。

TPP離脱と2国間交渉

 ドナルド・トランプは、昨年の大統領選挙戦で、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱と北米自由貿易協定(NAFTA)再交渉を主張し、民主党大統領候補、ヒラリー・クリントンを一貫して批判し続けた。ヒラリー・クリントンは、TPP推進を図るオバマ政権の最初の国務長官だったし、1994年NAFTA締結時の大統領ビル・クリントンのファースト・レディーだったからである。
 オバマ大統領は、2009年11月、東京で、アメリカがTPP交渉に参加することを表明した。オバマ政権の対外戦略は、1993年に政権を樹立した、クリントン政権と瓜二つであった。1993年2月アメリカン大学でクリントン大統領は次のように述べた。「われわれは、競争せねばならず、退却はしない」と。そして、アメリカは、「北米自由貿易協定」(NAFTA, 1994年)を締結し、さらには、「世界貿易機関」(WTO、1995年)の創設に加わった。
 まさに、オバマ大統領は、ビル・クリントンのひそみに倣ってTPP参加を決断したということになるだろう。なぜなら、TPPは、NAFTAのアジア太平洋版だからである。したがって、アメリカ最大労組AFL・CIOはTPPに反対した。1994年に成立したNAFTAは、雇用をアメリカに創り出すどころか、アメリカ企業のメキシコ進出とともに雇用を削減したのだ。これはアメリカ労働者にとって災難であった。アメリカ産業の中心部に産業空洞化が深刻に展開したということになる。いわゆる「ラストベルト」(さび付いた地帯)が形成され、民主党の基盤が徐々に崩されていった。アメリカ労働者の失業と賃金下落が深刻に起こる。アメリカのアグリビジネスはまた、大量の安価な農産物をメキシコに輸出し、多くのメキシコ農民を破産に追いやった。そして、今度は、メキシコに残った農民を二束三文で買い取った農地で働かせ、その農産物をアメリカに輸出し、アメリカ農民に被害を与えるというありさまだったのである。アグリビジネスによる農業生産の効率化は、メキシコで余剰農民を生みだし、今度は彼らをアメリカへ不法移民として送り出したのだった。地域間の貿易と投資の自由化は、多国籍企業に富の蓄積を、働く労働者と農民には貧困の蓄積をもたらしたのであった。
 TPPに参加すれば、同じことが今度は環太平洋の規模で起こる。だから、アメリカの労働者、消費者団体、環境保護団体のみならず多くの地方自治体においてもTPP参加反対の議決がなされたのだ。とりわけ、地方自治体が決議する「TPP除外地域宣言」は、たとえ交渉が妥結してTPPがアメリカにおいて効力を発揮しようとも、地元条例などを駆使して、TPPに対抗し住民の生活を守るというものであった。
 多くのアメリカ国民が反対を叫んでいるのにもかかわらず、オバマ大統領は、しかし「ドル圏の維持」「世界のルールを中国に書かせない」という執念の下、「大筋合意」のTPPの批准を議会に迫ったのであった。
 この矛盾を選挙戦にうまく利用したのが、共和党大統領候補ドナルド・トランプだったというわけである。「虐げられし労働者」の味方を装った「扇動家」ドナルド・トランプは、反労働者的通商協定TPPからの離脱、さらにNAFTA再交渉を主張し、メキシコ政府負担でメキシコ国境沿いに不法移民を防ぐ「素晴らしい」壁を築くと大宣伝をしたのであった。
 たしかにトランプ大統領は、就任初日からTPP離脱、NAFTA再交渉に動き出した。TPPについては、1月23日、離脱のための大統領令に署名した。商務長官には、著名な投資家、これまたゴールドマン・サックス出身のウィルバー・ロスが任命された。しかし、本来彼は、TPP大好き男なのである。
 トランプ政権が議会に提出した通商政策の年次報告によると、「トランプ政権は、通商政策でアメリカの主権を積極的に守る」とし、「アメリカ第一主義」を通商政策においても貫き、それに反する場合は、世界共通のルールであっても無視するという身勝手な考えを明らかにした。「アメリカに不利になるWTOの判断が出ても、それに拘束力があるわけではない」としたのである。たしかに、かつて1995年に発効したWTOに参加するべきか否かが議論されたとき、参加すればWTOのルールに縛られ、アメリカの利益を損ねる場合があるとする反対の議論があった。その時、WTOを積極的進めるクリントン政権は、アメリカのルールが優先するから問題はないとした。もし、条約締結国があくまでWTOによってアメリカを縛ろうと試みれば、その時アメリカは、WTOから離脱すればいいという議論であった。
 トランプ政権によるNAFTA再交渉も「壁の費用問題」も絡み、一時は輸入品に対する「国境税」や輸入企業への税負担を増やし、輸出企業の法人税を軽くする「国境での課税調整」という考えを、下院の共和党指導部が提案した。しかし、輸入企業などからの反発が強く今回の税制改革には盛り込まれなかったが、メキシコ、カナダがこうした再交渉に対して、同意せず報復措置を取れば、3国間の貿易が停滞することが予想される。
 トランプ政権の狙いは、関税をチラつかせながら、アメリカに投資を呼び込む作戦かもしれない。これは、かつて、レーガン・ブッシュ政権期の日米貿易戦争を彷彿とさせるが、今は時代が違う。トランプ大統領は、高関税をチラつかせながら、アメリカに投資を呼び込む作戦を大統領就任前からツイッターを駆使しながら行ってきたが、こうした個別の成果もマクロ的に見ればほぼ意味がないというのが大方のエコノミストの見方である。
 トランプ政権は、TPPは過去のもので、2国間交渉にかけるといっており、それが彼らの基本的スタンスであるのは間違いないであろう。1月23日、トランプ大統領は、対日自動車貿易が不公平だとして、日米協議を示唆する形でそれは表れた。しかしながら、自動車貿易で2.5%の関税をかけているのは、アメリカであり、日本の自動車の関税は、ゼロなのである。
 現在、トランプ政権が貿易上の不均衡を最も問題にしているのは中国になる。為替操作をして貿易を有利に進めているというのがトランプ大統領の言い分であった。新設された国家通商会議議長に任命されたのは、対中強硬派のカリフォルニア大学教授、ピーター・ナバロである。かつて、レーガン政権期、アメリカは、日本の対米輸出を問題にし、自動車の輸出自主規制を求め、また報復関税で日本の対米輸出をけん制した時代があったし、クリントン政権期になるとカリフォルニア大学教授、ローラ・タイソンを大統領経済諮問委員会委員長につけ、戦略的通商政策の下、強力に日本の市場開放を要求した。しかし、世界経済の状況は、一変している。中国の対米輸出は、かなりの部分をアメリカ多国籍企業が占めており、中国は為替操作などしていないのである。4月6日、7日、トランプ大統領は、フロリダの別邸に習近平中国国家主席を招き、米中首脳会談が行われた。経済分野では、米中の協調が謳われ、今までの中国非難は、どこかへ飛んで、「中国は為替操作国だ」という言葉も消えてしまい、貿易是正のための100日間計画が強調された。
 5月11日には、4月の米中首脳会談で決めた貿易不均衡是正のための「100日計画」の第1弾として、農業や金融、エネルギー分野での一部市場開放などの政策で合意にとりつけたと、公表された。その主な内容によると、「中国が禁止しているアメリカ産牛肉の輸入を認める」「中国の調理済み鶏肉のアメリカへの輸出の早期認可」「アメリカからの液化天然ガス(LNG)の中国向けの輸出の促進」「アメリカ企業の完全子会社による中国での電子決済サービスの認可」「アメリカの規制当局は、中国の金融機関に他の外国の機関と同等の監督基準を適用するよう取り組む」「アメリカは、中国のシルクロード経済圏構想(一帯一路)の重要性を認識、14日から開かれる首脳会議に代表団を派遣」という内容になっている。
米中経済関係がこれまで以上に進展することは間違いないことだが、しかし、これによってアメリカの対中貿易赤字が均衡に進むとみるのは早計というものだろう。アメリカ経済は、現在8年間のオバマ政権の経済政策によって、ほぼ完全雇用に近いマクロ的経済状況にある。アメリカの景気拡大が継続すれば、当然であるが、アメリカの輸入が活発になり赤字は避けることはできないであろう。

2月の日米首脳会談と日米経済関係

 既述のように、TPP路線ではなく、2国間交渉にかけるというのがアメリカ・トランプ政権のスタンスだが、2月10日、日米首脳会談が行われた。この会談では、トランプ大統領就任前の対日強硬策は影を潜め、イスラム7カ国の入国禁止という異常な政策には一言も触れない安倍首相の“おべっか”作戦が功を奏したのか、日米首脳は、「同盟国強化を確認する」ということで落ち着いた。しかし、10日に発表された日米共同声明には、安倍政権による今後の対米追随政策の危険性が明確に現われたといっていいであろう。そこではまず、日米同盟の強化が謳われる。「揺らぐことのない日米同盟は、アジア太平洋地域における平和、繁栄および自由の礎である。核および通常戦力の双方によるあらゆる種類の米国の軍事力を使った日本の防衛に対する米国のコミットメントは揺るぎない」とした。
 また、「日米両国は、2015年の『日米防衛協力のための指針(ガイドライン)』で示されたように、引き続き防衛協力を実施し、拡大する」とした。いうまでもなく、2015年のガイドラインとは、その年の9月に成立した「安全保障関連法案」いわゆる「戦争法」のためのガイドラインであり、日本の集団的自衛権行使による戦闘行為を前提として成り立っているものである。しかもこの共同声明では、「両国首脳は、日米両国がキャンプ・シュワブ辺野古崎地区およびこれに隣接する水域に普天間飛行場の代替施設を建設する計画にコミットしていることを確認した。これは普天間飛行場の継続的な使用を回避するための唯一の解決策である」と述べ、沖縄県の翁長知事はじめ県民の意思をまったく顧みない声明となっている。さらに、「日米両国は、あらゆる形態のテロリズムの行為を強く非難し、グローバルな脅威を与えているテロ集団との闘いのための両国の協力を強化する」としている。トランプ政権が、「イスラム国(IS)打倒を軍事行動によって実施する」とし、イラクのモスル攻撃やアフガニスタンへの通常兵器において最大の破壊力を持つ爆風爆弾を投下したことは記憶に新しいところである。わが国日本が、憲法無視の集団的自衛権行使を容認する「安保法制」下にあることを考えると、南スーダンだけでは済まされない自衛隊の海外派兵が実行される危険性が生み出されていることが危惧される。事実、共同声明は、「日米同盟をさらに強化するための方策を確定するため、日米安全保障協議会(2プラス2)を開催するよう指示した」となっている。

日米経済対話は何を意味するのか

 日米経済関係では、見逃すことのできない重要事項が発表された。「日本および米国は、両国間の貿易・投資関係双方の深化と、アジア太平洋地域における貿易、経済成長および高い基準の促進に向けた両国の継続的努力の重要性を再認識した」とある。TPPが、アジア太平洋における日米多国籍企業の利益を最優先する貿易・投資協定であったことは明らかである。しかし、アメリカがTPPを離脱したことを受け、「両首脳は、これらの共有された目的を達成するための最善の方法を探求することを誓約した」とし、「日米間での2国間の枠組みに関して議論を行うこと、また、日本が既存のイニシャチブを基礎として地域レベルの進展を引き続き推進することを含む」とした。つまり、基本は、2国間交渉だが、日本はTPP路線を引き続きとりたいということだから、2国間交渉においても、大筋合意のTPPが前提となって、日米交渉が進められることになりそうなのは誰が見ても明らかである。
 しかも、「両首脳は、日本および米国の相互の経済的利益を促進する様々な分野にわたる協力を探求していくことにつき関心を表明し」「上記およびその他の課題を議論するための経済対話に両国が従事することを決定した」と述べた。この対話は、具体的には、「経済政策」「インフラ投資・エネルギー分野」「貿易・投資ルール」の3つの柱からなるものである。とりわけここで無視できないのは、日本政府がこの2月2日に明らかにした「インフラ投資」に関する「日米成長雇用イニシャチブ」といわれるものである。これは、5本柱の政策パッケージの日米連携により、10年間で4500億ドル(約51兆円)の市場と70万人の雇用を創出する」というものである。5本柱とは、(1)米国でのインフラ投資、(2)世界のインフラ投資で連携、(3)ロボットと人工知能(AI)の連携、(4)サイバー・宇宙空間での協力、(5)雇用や技術を守る政策連携、となっている。投資は、メガバンクや政府系金融機関による融資のほか、外国為替資金特別会計、公的年金を長期運用する年金積立金管理運用独立法人(GPIF)の資金活用を考えているようである。
 しかしこれはどう見ても安倍政権のトランプ政権への「朝貢外交」といわれても致し方がないような代物である。4月18日には、麻生太郎副総理とペンス副大統領をトップとする、初の日米経済対話が東京で開かれた。これは、既述のように2月の安倍晋三首相とトランプ大統領との首脳会談で決まったものであるが、対象は、貿易・投資ルール、経済・構造政策、分野別協力の3分野であった。トランプ大統領がアメリカ通商代表に指名したライトハイザーは、1980年代のレーガン政権で通商次席代表を務めた弁護士だが、上院公聴会では、日本の農産品の市場開放を強力に進めると証言した。米国食肉輸出連合会のセング会長は、4月18日、東京で記者会見し、「可能な限り早く、自由貿易協定や経済連携協定などの貿易協定を結ぶことを歓迎する」と述べたのである。今後、アメリカ側が日本の農産品市場の開放を求めてくることは必至であろう。
 戦後の日米経済関係を規定したのは、いうまでもなく、「日米が国際経済政策の食い違いを除くよう努める」(第2条)と1960年に改定された日米安全保障条約である。これを根拠に、常にアメリカの経済政策が日本に突き付けられ、日本がそれに付き従うという経済面での日米間の従属関係が続いている。
 1972年の日米繊維協定、81年の対米自動車輸出規制、86年の日米半導体協定等では、日本が対米輸出を減らす、自主規制路線が強いられてきた。アメリカが「日本は協定に違反している」と一方的に断定し、高関税による制裁を科したこともあった。アメリカは、1987年、日本が日米半導体協定に違反したとして、日本製のパソコン、カラーテレビ、電動工具に100%の報復関税を発動した。80年代半ばにアメリカ企業を抜き世界をリードするようになった日本の半導体・電機産業は、アメリカの圧力の下で市場を失い、弱体化していったのである。
 1988年には、アメリカは、包括通商競争力法を成立させ、翌年にアメリカ通商代表部は、日本を同法に基づく交渉優先国に指定し、交渉を求めてきた。スーパー・コンピュータ、人工衛星、木材の3分野に不公正な市場慣行があると特定したからであった。
 スーパー・コンピュータについては、1985年に、米国上院は、日本がアメリカ製コンピュータに市場を開放しなければ、報復措置をとるべしという決議を可決していた。内実は、アメリカの巨大コンピュータ・メーカーであるクレイ社の販売促進が目的だったのである。1990年5月に調達手続き協定によって合意がなされてから、京都大学、東北大学のスーパー・コンピュータは、いずれもクレイ社の単独入札となった。人工衛星についても、技術的に優位性を誇ってきたアメリカ・ハイテク分野の商業的優位性の発揮が明確に企図されていたといえるだろう。木材に関しては、日本の厳しい建築基準が木材の消費を抑えているとして建築基準法の改正を要求したのである。建築基準法の改正がその後行われ、3階建ての木造住宅が建築可能になったのは、よく知られた事実である。
 アメリカは、89年、日本を「構造協議」(日本の構造的障害を取り除く協議)に引きずり込む。そして、アメリカは、後に各地の商店街を直撃した大型店の出店規制の緩和政策から、財政破たんを招いた430兆円の公共投資基本計画まで、200項目にも上る要求を押し付けたのであった。「主権国家がかつて、日本が今回約束したような構造改革に合意した例をわたしは知らない」という、アメリカ側交渉団のウイリアムズ通商次席代表の発言が、この交渉の異常さを物語っているといえるであろう。

まとめにかえて

 安倍首相の2月の訪米で、トランプ氏への手土産にと準備された「日米成長雇用イニシャチブ」は、アメリカでの雇用70万人の雇用創出のため、日本の公的年金積立金の活用まで想定していた。結局その場では提案されなかったが、トランプ政権への朝貢外交といわれても仕方がないものであった。ロス商務長官と朝日新聞との単独インタビューによると、ロス長官は、最終的には、日米FTAの締結に意欲を燃やしたそうである。対米追随から脱却し、日米の対等平等な立場からの経済関係の樹立が望まれるゆえんである。

(はぎわら しんじろう・会員・横浜国立大学名誉教授)

2016〜17年度第3回常任理事会報告

 2016〜17年度第3回常任理事会は、全労連会館で、2017年5月13日、小越洋之助代表理事の司会で行われた。
I 報告事項
 公開研究会の開催など、前回常任理事会以降の研究活動、企画委員会・事務局活動について藤田実事務局長より報告され、承認された。
II 協議事項
 (1)全国研究交流会について、日程を7月29日とし、テーマを「『貧困』問題打開の道を考える」とすることが事務局長より提案された。テーマに関連して、全労連と協力しておこなっている「全国時給調査」について中澤秀一常任理事より報告を受けた。討論の上、承認された。
 (2)次期の研究所プロジェクトについて、課題をどう設定するのか、また、研究所プロジェクトと各研究部会の活動との関連についてどう考えるかを、今後常任理事会として検討していくこととした。
 (3)人事委員会の発足について、企画委員会に委嘱して検討を開始することが事務局長より報告され、承認された。
 (4)「働き方改革実行計画」について、フリーに意見交換をおこなった。

公開研究会報告

 労働総研は5月12日、公開研究会「重大化する『働く貧困』と全国一律最賃制」を開催した。
 大須眞治代表理事の主催者あいさつの後、藤田実事務局長の司会で、小越洋之助代表理事より「全国一律最賃制の今日的重要性とその展望」、斎藤寛生全労連賃金・公契約対策局長より「最賃闘争前進に向けた全労連の取り組み」と題してそれぞれ報告された。
 討論では、最賃引き上げを困難にしている大企業による下請けいじめとのたたかいに関する発言をはじめ、参加者の活発な議論がおこなわれた。

研究部会報告

・女性労働研究部会(4月24日)
 「国家公務で働く非常勤職員の実態と課題」について高村佳那子さんが報告した。政府は国の機関の削減・民営化、総定員法で常勤職員の定数(約30万人)を定め、本来、常勤職員とすべきところに約14万5000人余の非常勤職員を配置。非常勤職員も一般職の国家公務員だが、法のはざまにおかれ、雇用は不安定で、給与・諸手当・休暇制度等々で差別されている。労働組合の非常勤職員の処遇改善のとりくみや組合の強化拡大、非常勤職員の組織化の重要性などについて論議した。

5月の研究活動

5月12日 公開研究会「重大化する『働く貧困』と全国一律最賃制」
  13日 関西圏産業労働研究部会
  16日 経済分析研究会
  22日 女性労働研究部会
  26日 賃金最賃問題研究部会
      国際労働研究部会
  31日 労働組合研究部会

5月の事務局日誌

5月1日 メーデー
  13日 第3回常任理事会
  19日 労働法制中央連絡会事務局団体会議
  28日 自治体問題研究所総会へメッセージ