労働総研ニュースNo.313 2016年4月



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 よろしくお願いいたします 中村 和雄
 アメリカから見た大統領選挙 伊藤 大一
 研究部会報告ほか




よろしくお願いいたします

中村 和雄

 このたび入会を認めて頂きました弁護士の中村和雄です。私は1985年に弁護士登録し以後30年余り京都において活動しています。労働事件においては労働者側の立場で事件活動を担当しており、とりわけ非正規労働者の事件を多数扱ってきました。労働法学会、自由法曹団、日本労働弁護団、ブラック企業対策弁護団、非正規労働者の権利実現全国会議などで活動しているほか、日弁連の労働法制委員会や貧困問題対策本部の事務局員でもあります。というわけで、東京出張が相当数に上っている現状です。2011年5月に龍谷大学の脇田滋教授と一緒に「非正規をなくす方法」(新日本出版社)を出版させて頂きましたが、5年経っても非正規対策は進展がないというよりむしろ悪化していることに愕然としています。安倍首相は最近「最低賃金の引き上げ」や「同一労働同一賃金」、「労働時間の上限規制」を推進するような宣伝をしていますが、政策の実効性に大いに疑問を持っています。同一(価値)労働同一賃金原則の実現は、貧困と格差の是正に向けて大変重要な政策課題だと考えているのですが、経団連や安倍政権の皆さんは、「同一労働同一賃金」を賃金切り下げの手段として利用しようとしているようにみえます。その意図を批判することは重要ですが、真の意味での同一(価値)労働同一賃金原則の実現に向けて議論が深化し、全労連などの運動体において「同一(価値)労働同一賃金」についての積極的な位置づけがなされることを強く望むものです。皆さんのご研究に期待するところが大です。ぜひ、よろしくお願いします。
 ところで、じつは私は労働総研がどんなところなのかについての知識が充分ではありません。革新的立場の立派な研究者の皆さんが貴重な調査や提言をする全労連のシンクタンクであるということしか知りません。それなのに、小越代表理事にお誘いを受けてすぐにお返事させて頂いたのは、理由があります。先生はお忘れでしょうが、25年ほど前に大阪の労働関係の集会で講演頂いた際に、先生に講演後も夜を徹してじっくりと(相当量の)お酒を飲みながら懇談頂き、多くの貴重なご意見を頂きました。知識の乏しい若輩弁護士に懇切丁寧に解説頂きました。今回こうしてお誘い頂けたことを光栄に存じます。みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。

(なかむら かずお・会員・弁護士)

アメリカから見た大統領選挙

―バニー・サンダースが支持を集める背景―

伊藤 大一

広がる“サンダース現象”

 現在、アメリカでは2016年11月に行われる大統領選挙に向けて、民主党、共和党共にその候補者を選ぶ、予備選の真っ最中です。共和党では、ドナルド・トランプが注目を集めていますが、民主党では、バニー・サンダース候補の支持の広がりに、驚きの目が向けられています。
 なぜ、サンダースの躍進がこれほど注目されるのでしょうか。それは、これまでのアメリカ政治の状況では「決して支持の集まることのない候補」に、若者を中心とした広範囲な支持が集まっているからです。簡単にサンダースの経歴を紹介します。
 サンダースは1941年、ニューヨーク、ブルックリンで生まれ、学生時代にアメリカ社会党青年部の「青年社会主義者同盟(YPSL)」に加入しました。学生時代には、学生運動で逮捕もされるなど、筋金入りの左翼の活動家でした。その後、バーモント州の知事選などに立候補するも落選し、一時的に政治活動から距離を置きました。
 しかし、1981年にバーモント州バーリントン市の市長に当選し、政治活動を再開すると、無所属のバーモント州下院議員そして上院議員となりました。そして2015年に民主党の大統領候補になるために民主党に入党し、現在民主党予備選の候補となっています。
 自らを「民主社会主義者」と名乗るように、左翼の政治家であり、民主党に最近入党したことから分かるように、ヒラリー・クリントンに比べると、知名度は非常に低い大統領候補になるはずでした。このように勝つはずのない、サンダースが、ヒラリーとの予備選で「大健闘」を果たしており、特に若者を中心とした人達から圧倒的な支持を受けています。
 もしかすると、このサンダース現象は単に一過性のムーヴメントでなく、より広範囲なアメリカ人の政治行動が大きく変化しているのではないだろうかと、アメリカ社会では注目を集めています。

富の偏在と不公正競争への怒り

 本稿では、サンダース支持が若者中心として急速に広がっている背景を、アメリカ社会の変化、アメリカの労働者を取り巻く状況の変化から、描いてみたいと思います。
 彼の選挙キャンペーンのスローガンは、「Join in the Political Revolution!!(政治革命に参加しよう)」です。オバマの時のスローガン「Yes We Can!!」よりも、過激で攻撃的です。サンダースの主張・公約を簡単に述べると、次の4点に集約されます。
(1)富の偏在是正と買収された民主主義を人々の手に取り戻す、(2)全国最低賃金時給15ドルの実現、(3)公立大学の学費無料化、(4)多くの先進国並みの医療保険制度整備の4点です。
 まず、富の偏在是正と買収された民主主義を人々の手に取り戻す、を見ていきましょう。序盤のアイオワ州でヒラリーと互角の戦いを演じた後、サンダースは集まった支持者に向けて次のように演説します。
 「今夜の出来事を考えると、アイオワの人々は、極めて明確なメッセージを、政界のエスタブリッシュメントたち、経済界のエスタブリッシュメントたち、そして、(ここで記者席を指差す)メディアのエスタブリッシュメントたちに叩きつけたのだと思うのです。

・・・中略・・・

 我々がアイオワで健闘し、おそらくはニューハンプシャーでもそれに続く各州でも健闘するであろう理由は、アメリカの人々が不正な経済にNOを叩きつけているからです。もうこれ以上、平均的なアメリカ人が低賃金で長時間働いているにもかかわらず、新たに創造される富が富裕層の1%に集中するような経済を必要としていないのです」。
 これがバニー・サンダースの主張、選挙キャンペーンの基本認識です。この基本認識に共鳴する人達がサンダース支持者になっているのです。このように、サンダースの基本認識は一部の裕福層に富が集中することを、非常に強く警戒し、問題視しています。
 現在、アメリカで生じている富の偏在は、「公正な競争の結果」として,一部の富める者に富が集まったのでなく、「不公正な競争の結果」として生み出されたものである。これが、サンダースのキャンペーンの基本認識となります。「不公正な競争」とは、何でしょうか。この念頭にあるのは、2008年リーマン・ショックの恐慌によってなされた、大企業の救済です。例えば、アメリカ政府はこの金融危機に対処するために多額の税金を金融機関救済のために使用しました。さらに、自動車会社のGMとクライスラーの破綻にもやはり巨額の税金を投入して救済しました。
 一方、恐慌によって職を失ったアメリカ国民には何の救済もありませんでした。労働者には「自己責任」が貫かれる一方で、大企業の経営者、億万長者の生活は税金で救済されたのです。そのお礼というわけではないでしょうが、ワシントンの政治家達には、救済された億万長者からの多額の寄付金が振り込まれます。
 このワシントンの政治家と、大企業およびその経営者達との結びつきを、覆い隠し、正当化する世論を作り出す人々として、大手マスコミが指摘されます。この政治家と大企業経営者そして、マスコミからなる利益集団を、サンダースは「エスタブリッシュメント(支配体制)」と呼んで、激しく非難しているのです。

写真
サンダース陣営の全米一斉行動の呼びかけに応えたOaklandの集会(2/27)

アメリカの最賃制と時給15ドル

 サンダースの政治活動には、一つのイメージを重ねざるを得ません。それは2011年9月にニューヨークで行われた「ウォール街を占拠せよ運動」「オキュパイ運動」です。オキュパイ運動のスローガンは「われわれは99%」でしたが、まさに富の不平等を問題にして、所得再分配を求める活動でした。やはり、この運動の中心を担ったのも、大学生を中心とする若い活動家達でした。おそらくオキュパイ運動が沈静化した後も「われわれは99%」のスローガンに影響された若者たちは、エスタブリッシュメントが支配するアメリカの現状に対する不満を抱え続けていたのでしょう。
 以下では、アメリカの労働者、特に若年労働者を取り巻く現状について、述べていきたいと思います。はじめに、サンダースの主張する全国最低賃金時給15ドルの運動から説明します。アメリカの最低賃金制度は、連邦最低賃金、州最低賃金、そして市レベルの最低賃金と基本的に三層構造になっています。
 現在の連邦最低賃金額は、時給7.25ドル(906円)でフルタイム労働者に換算すると年収15,000ドル(187.5万)になります(円計算は全て1ドル=125円で計算)。この点だけを見ると、サンダースは連邦最低賃金額のほぼ2倍の最低賃金を公約に掲げていますので、非常に過激な主張のようにも映ります。
 しかし、この最低賃金時給15ドル(1,875円)という額は、荒唐無稽な主張でなく、十分実現性のある、というよりもすでに一定実現しつつある水準なのです。これが各都市で制定されている最低賃金水準なのです。例えば、ワシントン州シアトル近郊のシータック市は市最低賃金時給15ドルを条例で制定し、翌年シアトル市も数年かけて、最低賃金15ドルに引き上げることを決定しました。
 カルフォルニア州サン・フランシスコ市も2018年までに時給15ドルに順次引き上げ上げることを決定しています。全米、第2の都市ロサンゼルス市も2020年までにやはり時給15ドルへの順次引き上げを決定しています。さらに、ニューヨーク市も現在州知事が議会に2019年までにニューヨーク市の最低賃金時給15ドルへの引き上げを議会に提案しており、現在審議中です。
 このように、アメリカでは物価の高い都市部を中心にすでに最低賃金時給15ドルに向けて、現実的に動き出しています。私の留学しているカルフォルニア大学バークレー校は、西海岸の最低賃金研究のメッカです。こちらの研究をみると、今のところ最低賃金上昇の雇用への悪影響は非常に限定的である、というのが多くの研究者の意見です。

社会運動的労働運動の前進

 次に問題となるのは、都市部を中心に最低賃金を押し上げる原動力をどのように理解するのか、です。各都市で最低賃金の条例をつくるには、各議会に署名を集めて請願をしなくてはなりません。一体誰が署名を集めたり、運動の担い手になったりするのか、という問題です。
 日本であれば、最低賃金の問題に取り組むのは労働組合が中心となりますが、アメリカの労働組合組織率は全体で11%であり、民間部門はわずか6%です。アメリカ労働運動も長期的に停滞しており、長らく「危機的状況」といわれてきました。その危機感を背景に、新たな労働運動のあり方が20年来アメリカでは模索され続けてきました。その模索された新たな労働運動のひとつが社会運動的労働運動と呼ばれる潮流です。
 この社会運動的労働運動の特徴は、所属している組合員の雇用の安定と賃金の上昇よりも、未組織労働者の組織化、特に移民やマイノリティの未組織労働者の組織化、非正規労働者の組織化、低賃金労働者の組織化を重視することです。そのために、地域に根ざしたマイノリティ・コミュニティ、教会などの宗教コミュニティや、NGO、ボランティア団体などの市民団体、市民運動との協力を重視します。
 この社会運動的労働運動の流れに拍車をかけたのが、オキュパイ運動の影響です。オキュパイ運動が注目を集め始めたときに、アメリカ労働運動の改革派であるSEIU(全米サービス労働者組合)は、ニューヨークのNGOと協力して、ファストフード店で働く低賃金労働者の組織化に取り組んでいました。
 ファストフード労働者の組織化に取り組んでいた組合活動家は、オキュパイ運動の盛り上がりに刺激され、オキュパイ運動の戦術から学び、自らの運動に活かしました。具体的には、大胆なパフォーマンスなどの直接行動戦術とそれによってマスコミにとり上げられることによって、世論を作り、動かしていくという手法です。
 その成果が、2012年11月29日にニューヨーク市内の各地のマクドナルドをはじめとするファストフードで同時に行われたストライキ行動でした。このストには、組合活動家ばかりでなく、地域NGO関係者やオキュパイ運動の活動家も参加し、数百人のストライキとして話題になりました。この運動は、全米各地に飛び火し、拡大し、今では「ファストフード世界同時アクション」として日本でも行われています。
 このように、アメリカの最低賃金は、社会運動的労働運動という新たな運動によって、オキュパイ運動や宗教コミュニティやNGOなど多様な市民運動と連携することによって、都市部での最低賃金は時給15ドルに引き上げられようとしています。まさにバニー・サンダースの公約である最低賃金引き上げは、このような運動を反映しているといえましょう。

家賃急騰・物価上昇に追いつかない賃金

 これが最低賃金を押し上げる原動力の運動的側面ですが、別の側面としてアメリカ労働者を取り巻く経済状況の変化、アメリカの物価水準について述べていきたいと思います。簡単に言うと、賃金は必要生計費と密接に関連していますので、最低賃金時給15ドルに上げないと、都市労働者が生活できない、という側面です。アメリカの生計費、家賃から見てみましょう。
 全米の1ベッドルーム(日本で言う1LDK)家賃メディアン(中央値)トップ10の都市は次のようになっています。1位サン・フランシスコ($3,500、約44万円)、2位ニューヨーク($3,100、約39万円)、3位ボストン($2,230、約28万円)、4位サンホゼ($2,180、約27万円)、5位ワシントンD.C.($2,170、約27万円)、6位シカゴ($1,880、約24万円)、7位マイアミ($1,880、約24万円)、8位オークランド($1,850、約23万円)、9位ロス・アンゼルス($1,750、約22万円)、そして10位がシアトル($1,550、約19万円)です。
 サン・フランシスコを中心とするベイエリアと呼ばれる地域からは、1位サン・フランシスコ、4位シリコン・バレーのあるサンホゼ、8位オークランドがランクインです。もちろんアメリカの1LDKですので、日本の1.5倍ぐらいの大きさがあります。通常、子どものいる、家族は2ベッドルーム(日本でいう2LDK)に住むので、家賃はとんでもないことになります。
 このように、アメリカの物価水準、家賃水準は日本人の感覚からすると驚くほど高騰しています。もちろん、このベイエリアは、シリコン・バレー、Apple、Google、Yahooの本社があり、ITで成功した富裕層も数多くいます。彼らが分散投資の意味も込めて、不動産に投資するので住宅価格が他の都市に比べて、非常に高いともいえます。
 とはいえ、成功する人ばかりいるわけではありません。ここサン・フランシスコを含むベイエリアは、アメリカ有数の観光地でもあります。観光客や経済的に成功した人達を相手にする、レストラン、ホテル、ファストフード店で働く人達も数多くいます。
 彼らの賃金水準では、決してサン・フランシスコの家賃を払うことはできません。彼らは、サン・フランシスコ対岸のオークランドに住み、サン・フランシスコまで通勤しているものと思われます。先に見たように、オークランドの1ベッドルームの家賃は約23万円ですから、サン・フランシスコの約半額です。このような、物価水準の中で生活していますので、最低賃金時給15ドルは決して驚く額ではないのです。
 ここまでお読みになった方は、この家賃水準をにわかに信じられない方もいると思います。もちろん、この計算は全てドル・ベースですので、第2次安倍政権発足後政策的に円安誘導したために、このような数字になったという側面はもちろんあります。
 しかし、経済の規模を表すGDPの推移で見ますと、日本のGDPを1とすると、1995年にアメリカのGDPは1.5でした。しかし、2000年には2倍に広がり、2014年には日本を1とすると、アメリカは3.5とその差は広がる一方です。台頭の著しい中国と比べても、2014年には日本は中国のGDPの約半分です。
 このように、経済規模の推移で見ますと、アメリカはリーマン・ショックなどがありましたが、この20年間経済を拡大させ、物価上昇してきました。しかし、その物価上昇に対して、賃金上昇は追いつかず、特に都市部の低賃金層を中心に生活水準は低下しています。これが貧富の格差に対する抗議行動に結びつくと同時に、最低賃金上昇を実現する経済的条件をも作り出しているのです。

年間学費は私立大だと590万円

 続いて、バニー・サンダースが訴えている公立大学の学費無料化の問題です。労働者の生計費では教育費にあたります。公立大学の学費も非常に高いといわざるを得ません。まず、比較的学費の安いといわれているニューヨーク州立大学の学費を見ていきます。ニューヨーク州立大学は、コミュニティカレッジも入れると、学生数50万人にも達するアメリカを代表するマンモス公立大学です。
 ニューヨーク州立大学の1年間の学費は、二重基準となっており、ニューヨーク州の住人がニューヨーク州立大学に入学するときの学費と、州外の人が入学するときの学費に相違があります。ニューヨーク州の住人が入学するときの学費は年間7,980ドル(約100万円)です。一方、州外の人が支払う学費は17,830ドル(約230万円)になります。
 これ以外にも寮費など様々な間接経費が必要となりますので、ニューヨーク州民で寮に入った場合の総経費は年間で、24,020ドル(約300万円)になります。寮に入らない場合は年間16,660ドル(約210万円)になります。しかし、ニューヨーク州外の人は、寮に入り、さらに高い学費を納めますので、学費も含めた総費用が33,970ドル(約430万円)になります。これが1年間(授業は9ヵ月しかありません)の必要経費になります。なお、ここには医療保険料は含めてありません。
 続いて、公立大学のトップ大学であるカルフォルニア大学バークレー校の学費を見てみます。バークレー校の年間学費は13,423ドル(約170万円)です。やはり、カルフォルニア州住民以外には追加負担として、24,708ドル(約310万円)が必要ですので、州外の学生は38,140ドル(約480万円)となります。直接的な学費以外にも寮費や医療保険料なども会わせると、1番高い寮に入った場合でカルフォルニア州民の場合年間35,217ドル(約440万円)、州外の学生の場合には59,925ドル(約750万円)の必要経費となります。
 ついでに、私立大学のスタンフォード大学も見てみましょう。スタンフォード大学は、年間学費として47,331ドル(約590万円)必要です。寮費などの必要経費を含めるとトータル年間67,386ドル(約840万円)が必要経費となります。スタンフォードの場合はさらに、医療保険料がこれに加わります。
 驚くような高学費です。もちろんアメリカは日本と違い様々な奨学金制度が充実しています。しかし、何らかの奨学金を受けたとしても学費が無料になるわけではありません。足りない分は、自らが教育ローンを組むなどして大学に進学します。よって、アメリカの学生は大学を卒業した時にすでに多額の学生ローンを抱えていることも珍しくありません。そして、その返済に若者が苦しんでいることは日本以上に深刻です。ここにサンダースの公立大学学費無料化が若者に支持される経済的条件があると言えるでしょう。

異常に高い医療保険

 最後に、医療保険を見てみます。アメリカの医療保険は、長らく、日本のような社会保険ではなくて、完全自由市場の民間保険でした。そのために、保険料の高騰など多くの問題が山積しています。そのため、数年前よりオバマケアが導入されましたが、共和党の抵抗などにより、未だに制度的に安定していません。
 多くのアメリカ労働者は、勤務する企業を通して医療保険会社と契約しています。よって、企業福祉の一環ですので、通常個人で保険会社と契約するよりも非常に安く契約できます。問題となるのは、企業に勤めていない失業者や、勤務している企業が医療保険を提供していないような底辺労働者、そしていわゆる、フリーランスの労働者です。
 わかりやすくするために、具体例で説明しましょう。ニューヨークにフリーランサーズ・ユニオンがあります。この組合は、8万人のフリーランス労働者によって組織されている組合です。この組合員のうち、2万3,000人がこの組合を通して、医療保険を購入しています。なぜ、組合を通して保険を買うかというと、みなでまとまって大口顧客となり、大口顧客割引を適応してもらうためです。
 アメリカの民間医療保険はそのカバーする内容によって保険料も異なってきますが、労働者本人一人だけの場合、大口顧客割引がきいて、高い保険料で月556ドル(約7万円)、最も低い保険料で220ドル(約2.8万円)となっています。本人と子供一人、計二人の場合、1000ドル(12.5万円)から396ドル(約5万円)となります。

技術開発支える中間層の没落

 やはり、非常に高いですね。ただ、忘れてならないのが、医療保険にしても、大学の学費にしても非常に長い期間、アメリカ社会はこの制度的枠組みを受け入れてきたことです。つまり、大学にしても医療にしても、日本よりも桁違いの多額の資金が投入されています。その大量の資金によって、多くの人材が最先端の研究に従事し、多くの成果をあげてきました。医療分野、バイオテクノロジー、グーグル、アップルなどのIT技術でも、やはり最先端にいるのはアメリカです。
 莫大な資金を投入しての技術開発は、アメリカ資本主義成長の原動力となったことも、疑いありません。また戦後、アメリカは世界で最も豊かな国の一つであり続けました。アメリカの制度には、やはり「合理的な側面」があったのです。いうならば、経済成長によって、社会の中心を担う中間層は所得の向上を達成し、豊かになっていた、といえるでしょう。
 しかし、この「合理的な側面」は変質し始めます。いつからか、というのは議論のあるところです。1980年代にレーガン政権の手によって、新自由主義的改革が導入されました。そして、90年代前半に、ニューヨークタイムズが、『ダウンサイジング・オブ・アメリカ』を連載し、「中流崩壊」が耳目を集めました。このように、所得再配分の失敗が顕在化したのが、90年以降のことです。よって、社会問題として顕在化してから約25年間たったと言えるでしょう。
 この四半世紀の間にも、アメリカは富を拡大してきました。しかし、その富の配分はこれまでと同じ割合で中間層に配分されるのでなく、その多くはますます、裕福層に配分されるようになりました。裕福層は富を蓄える一方、中間層は、教育費、医療費、家賃などの生計費の上昇に、賃金上昇が追いつかない、つまり実質的な生活水準は低下しました。まさに「中流崩壊」です。

大統領選とアメリカ資本主義の地殻変動

 バニー・サンダースに支持が集まる背景には、「没落する中間層」による、この四半世紀に形成された既存の政治秩序、経済秩序、エスタブリッシュメントに対する根深い不信感があるように思えます。今回の選挙戦で、サンダースと共に注目を集めているのは、共和党のドナルド・トランプですが、トランプも既存の政治秩序に対する挑戦者としての立場をとり、その支持基盤はやはり白人労働者層です。
 もちろん、両者には多くの相違があります。サンダースは、中間層没落の原因を所得再配分の失敗としますが、トランプは、排外主義をともなった不法移民の増大とします。このように両者には、多くの相違がありますが、この四半世紀わたり顕在化したアメリカ社会の変化、それにともなうアメリカ中間層の不満を原動力に、その支持を伸ばしているとするならば、まさにこの選挙はアメリカ資本主義の大きな地殻変動を反映したものかもしれません。

(いとう たいち・常任理事・大阪経済大学准教授)

研究部会報告

労働組合研究部会(2月20日)
 地方組織アンケートの中間集計結果、広島、福岡、高知の聞き取りについて、赤堀、國分、芹澤の各氏から報告があり、質疑・討論を行った。また、小林氏から、14-15年度の研究テーマ「地方・地域組織の機能と課題」に関わるこれまでの研究経緯、今後の研究計画について報告があり、若干の討議を行った。
労働時間・健康問題研究部会(3月4日)
 研究部会責任者会議の報告と、そこで確認された研究所プロジェクト「現代日本の労働と貧困−その現状・原因・対抗策」についての報告があり確認した。原発問題での学習会とミニシンポの紹介を受けて討議。震災復興について、宮城の現状について報告と論議。16春闘での労働時間健康問題の取り扱いと動向について論議。また、今後公開研究会について検討していくこととした。

3月の研究活動

3月2日 労働組合運動史研究部会
  4日 労働時間・健康問題研究部会
  8日 賃金・最賃問題研究部会
  9日 女性労働研究部会
  18日 国際労働研究部会
  29日 経済分析研究会
  31日 労働組合研究部会

3月の事務局日誌

3月10日 全日本民医連総会へメッセージ
  25日 第7回常任理事会