労働総研ニュースNo.312 2016年3月



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 軽井沢スキーバス事故を考える 唐澤 克樹 
 『一億総活躍社会』批判 経済分析研究会 
 常任理事会報告ほか




軽井沢スキーバス事故を考える

唐澤 克樹

 2016年1月15日未明、長野県軽井沢町の国道で、長野県内のスキー場に向かっていた大型バスがガードレールをなぎ倒し道路脇に転落する事故が発生した。この事故によって、乗員乗客41人(乗員2人、乗客39人)のうち、26人が負傷し、15人の尊い命が奪われた。このバスの乗車していた多くは大学生であった。犠牲となったのは、乗員2人を除けば全員が大学生であった。事故の直接的な原因については、スピード超過やそれに伴う巨大な遠心力の働きなどが言われているが、事故から1ヵ月以上が経過した時点においても、警察は明確な事故原因を特定できていない。他方、この事故の間接的な原因については、バス会社のずさんな労務管理や運行管理、旅行会社とバス会社との間で結ばれた法令を下回る請負金額による取引などの問題点が指摘されている。さらに、それらが生じる背景として、国による規制緩和の問題も指摘されている。
 バス事業の分野では、1990年代後半頃から規制緩和に関する議論が活発化し、2000年には「免許制」から「許可制」へと参入方式が変更され、規制緩和がなされた。それによって、バス事業への参入障壁は低くなり、新規事業者の参入が相次ぐようになった。それまで以上に競争原理が働くことによって、各社は車内サービスの向上や料金の値下げなどの策を講じるようになった。他方、バス事業者が増加して市場競争が激化するなかで、運転手の労働条件の悪化や事故の増加などの弊害が生じるようになった。記憶に新しいところでは、2012年に群馬県の関越自動車道でバスが壁に衝突し45人が死傷した事故や富山県でバスが停車中のトラックに追突し26人が死傷した事故などの悲惨な事故が起きている
 規制緩和以降の相次ぐ事故を背景に、国や業界団体はバス業界に対する安全策を講じてきた。しかし、それにも関わらず、またしても尊い命が奪われる惨事が起きてしまったのである。この事故の根本的な原因は何だろうか。規制緩和、下請構造、運転手の確保・育成や労働条件など、事故の根本的な原因を探ろうとすると、これらの問題にたどり着く。無理な規制緩和が市場競争を激化させ、旅行会社とバス会社間の下請問題やバス運転手の労働問題を発生させたとみることができよう。また、規制緩和以降、数々の事故が起きているにも関わらず、国や業界団体は改善策を講じてきたとはいえ、それが抜本的な解決策になっていなかったことも一因ではないだろうか。運転手の確保・育成、安定した賃金水準の確保などによる労働条件の改善、旅行会社とバス会社の関係改善など労働や下請に関する問題を解決することが今問われている。
 交通経済学などの分野では、この問題に関する研究がなされてきた。今後は、社会政策論や中小企業論などの観点から、バス運転手の労働や旅行会社とバス会社の下請に関する構造的な研究を進めた上で、本質的な問題を探り、政策を提言する必要があろう。

(からさわ かつき・会員・大月短期大学非常勤講師)

『一億総活躍社会』批判

労働総研・経済分析研究会

 

「一億総活躍社会論」の隠されたねらい

牧野 富夫

 安倍政権は「一億総活躍社会」という美名(?)のもとに何を構想し、何をねらっているのか。まず、首相官邸のホームページで、政権の言説を確認する。
 「我が国の構造的な問題である少子高齢化に真正面から挑み、『希望を生み出す強い経済』、『夢をつむぐ子育て支援』、『安心につながる社会保障』の『新・三本の矢』の実現を目的とする『一億総活躍社会』の実現に向けて、政府を挙げて取り組んでいきます」。

1) 若者も高齢者も、女性も男性も、障害や難病のある方々も、一度失敗を経験した人も、みんなが包摂され活躍できる社会
2) 一人ひとりが、個性と多様性を尊重され、家庭で、地域で、職場で、それぞれの希望がかない、それぞれの能力を発揮でき、それぞれが生きがいを感じることができる社会
3) 強い経済の実現に向けた取組を通じて得られる成長の果実によって、子育て支援や社会保障の基盤を強化し、それがさらに経済を強くするという『成長と分配の好循環』を生み出していく新たな経済システム

 事実の隠蔽を図るとき、人は饒舌になる。上記の「解説」は、その格好の見本で、わかりにくい。最後の3点目に、なんとかホンネを窺わせる文言がある。「強い経済の実現に向けた取組を通じて得られる成長」がねらい=ホンネで、その「果実」の「トリクルダウン」として「子育て支援」や「社会保障の基盤の強化」が示されている。「トリクルダウン」論が国民を見下したエセ理論であることは、すでに「アベノミクス」の第1ステージで国民が見破っている。第2ステージでも、それを使い回す算段である。
 そこにいう「強い経済の実現」とは、安倍晋三の野望=「強い日本を取り戻す」ための手段である。「強い日本」とは「天皇を元首とする軍事大国」にほかならない。そのために安倍政権は、戦争法でも足りず憲法第9条2項の全面改悪をもくろんでいるのだ。
 以上のような政権の「一億総活躍社会」論=「アベノミクスの第2ステージ」は、日本経団連の財界ビジョン=「『豊かで活力ある日本』の再生」の焼き直しであり、一言でいえばそれは、「質」と「量」の両面で財界の要求に叶う労働力の調達戦略にほかならない。戦時下の「国家総動員法」の発想と酷似する。これを経団連タイムスは「多様な人材の活躍と働き方改革によるイノベーションの創出」(16年1月21日付)と表現している。文中の「活躍」を「利用・活用」と読み替えると合点がゆこう。その手段としての「同一労働同一賃金」の提起には、十分警戒すべきだ。

(まきの とみお・顧問・日本大学名誉教授)

「一億総活躍社会」の人口政策的な意味

友寄 英隆

 安倍首相がかかげる「一億総活躍社会」という看板は、首相官邸のホームページの英訳文によると、(the Dynamic Engagement of All Citizens)となっており、どこにも「1億」という数字は入っていない。しかし、安倍首相は「少子化対策」によって「出生率1.8」を実現して、人口減少にストップをかけることを繰り返し強調しているので、「50年後も人口1億人を維持」を人口政策的な大目標にしていることはまちがいない。
 しかし、「50年後も1億人を維持」という目標には、どんな人口政策的な根拠があるのだろうか。
 安倍内閣が先に発表した「まち・ひと・しごと創生長期ビジョン」(2014年12月27日)では、2030年までに出生率を1.8に引き上げた後、2040年にさらに2.07まで上げ、それを前提に2060年に1億人を確保するシナリオを描いている。しかし、「長期ビジョン」をよく読むと、1億人を確保しても、それから先はまた減少して「長期的には9,000万人程度」になるとし、さらに、出生率1.8になるのが5年遅れるごとに、定常人口水準は300万人ずつ減少し、その場合は長期的には8,300万人程度になる試算も示している(同ビジョン、図1、17n)。
 安倍内閣の「少子化対策」によっては、出生率を現在の1.42(2014年)から1.8にあげること自体がきわめて実現困難な課題なのであるが、仮にそれを前提しても、政府自身の長期ビジョンからしても、長期的には「人口1億人の維持」には、なんの保証もないのである。
 新聞報道によると、世界銀行が2015年10月に発表した「グローバル・モニタリング・リポート」のなかで独自におこなった日本の将来人口についての推計では、仮に出生率が1.8を回復しても、人口1億人を維持するのは難しいとしている(「日経」2015年11月8日付)。
 もともと「50年後も、人口1億人を維持」という人口目標は、日本経団連が2015年4月に発表した提言「人口減少への対応は待ったなし ―― 総人口1億人の維持に向けて」で副題にかかげていた目標をそっくり受け入れたものである。ところが、その日本経団連の提言では、人口1億人を維持するためには、「日本型移民政策」によって大量の移民(日本への移入)を計画的に推進すべしとして、2020年代から毎年10万人程度の移民を受け入れる試算までおこなっている。
 安倍内閣が今春にまとめるとしている「ニッポン『一億総活躍』プラン」については、人口政策的な視点からも徹底的に検討される必要がある。

(ともより ひでたか・経済研究者)

新三本の矢と「痛み」

山中 敏裕

 安倍首相には苦い経験がある。第3次小泉内閣改造内閣時代に、官房長官として「改革には、時には痛みが伴うわけであります」と述べ(06年4月)、第1次安倍内閣時代には「改革にはどうしても痛みが伴います」(07年9月)と述べた。「痛み」の源流は、経団連「平岩ビジョン」(91年)へと遡上できる。同「ビジョン」では「思い切った規制緩和」「市場メカニズムを最大限活用」が言われ、「様々な痛みを分かち合うことが求められる」と言われた。これが、「平岩レポート」(93年)を介して、90年代半ば以降の「痛みを伴う改革」に連なった。格差と貧困と「痛み」が広まるなかで、第1次安倍内閣は、ホワイトカラー・エグゼンプションなど、更なる「痛み」を国民に押し付けようとして、参院選(07年7月)での自民党大敗に至り、退陣することとなった(07年9月)。
 これに懲りたか、第2次安倍内閣以降、安倍首相は改革に伴う「痛み」を口にしない。表面上は「トリクルダウン」や「景気回復の暖かい風」を振りまきつつ、かつて「痛みが伴います」と明言した規制改革を進めている。
 新三本の矢では、従来の三本の矢は束ねられて新第一の矢に取り込まれ、新第一の矢「希望を生み出す強い経済」では「名目GDP600兆円」が掲げられた。これは一億総活躍国民会議のオリジナルではない。経団連「榊原ビジョン」(15年1月)では、2020年度の名目GDP規模として「595兆円」が示されている。丸めれば600兆円である。第二の矢「夢をつむぐ子育て支援」では「希望出生率1.8」が示されるが、これまた「榊原ビジョン」で2020年の到達目標として「合計特殊出生率は1.8程度」と言われている。「50年後も人口1億人を維持」は、「榊原ビジョン」では「50年後も1億人の人口を維持」である。第三の矢「安心につながる社会保障」では、「介護離職者数をゼロ」が言われる。「榊原ビジョン」では「民間による新しいヘルスケア産業が生み出され、幅広いサービスが提供されていくことが重要」と言われ「要介護者に対するロボットによる効率的なサービスの提供」まで言われる。第三の矢では「『生涯現役社会』の構築」も言われるが、「榊原ビジョン」では2020年の到達目標として「60〜64歳の労働力率は65%程度、65〜69歳は40%程度に上昇」と言われる。
 その「榊原ビジョン」の「結び」では、「様々な痛みや社会的な摩擦を伴うことがあるかもしれない。しかし、今、求められているのは、痛みや摩擦を厭わない勇気と挑戦する行動力ではないか」と言われ、安倍首相の隠したいものがあからさまに示されている。

(やまなか としひろ・会員・日本大学准教授)

黒田総裁とマルクス

建部 正義

 日本銀行は、1月29日に、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」の導入を決定した。従来の「量的・質的金融緩和」に新たな「マイナス金利付き金融緩和」を接ぎ木しようとするものである。
 すなわち、金融機関が日本銀行に保有する当座預金の新規増加分にたいしてマイナス0.1%の金利を課すことにより、短期市場金利がゼロ以下に下がるから、それが起点となってイールドカーブ(短期から長期にかけての金利曲線)全体に下押し圧力がかかることになる、結果的に、投資や消費が刺激され、ひいては、物価を押し上げるメカニズムも作用し始めるであろう、と。
 もっとも、多くのエコノミストは、こうした効果波及経路に消極的な姿勢を示している。じっさい、日本銀行政策委員会審議委員の1人である金融機関出身の石田浩二氏でさえ、2月18日の福岡市での記者会見において、「イールドカーブを更に引き下げても、経済に対する刺激効果は限定的ではないか」、「民間の金利はこれまでにも大きく下がっているが、必ずしも設備投資の増加に繋がっているとも思えない」、と明言しているほどである。
 そうなると、「マイナス金利付き金融緩和」の本当の狙いは、日米の金利差を利用して、為替相場を円安・ドル高の方向に誘導し、同時に、輸出企業の利益拡大をつうじて、株高を演出することにあったのではないかとの疑念が生まれる。つまり、年初来の円高・株安によって行き詰まりがささやかれ始めたアベノミクスへのテコ入れが本来の意図ではなかったのか、というわけである。しかし、この狙いもその後の円高・株安の進行によってたちまち覆されてしまった。
 目立つのは、定期預金・普通預金金利、定期貯金・普通貯金金利の引き下げによる国民の負担の増加と、新発債・借換債の発行金利の切り下げによる政府の負担の軽減という事実にほかならない。要するに、国民からの政府への所得の移転という問題である。
 黒田東彦総裁は、2月3日のきさらぎ会における講演「『マイナス金利付き量的・質的金融緩和』の導入」のなかで、「『マイナス金利付き量的・質的金融緩和』は、これまでの中央銀行の歴史の中で、おそらく最も強力な枠組みです」、と豪語する。他方では、K・マルクスは、『ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日』のなかで、「ヘーゲルはどこかでのべている。すべての世界史的大事件や大人物はいわば二度あらわれるものだ、と。一度目は悲劇として、二度目は茶番として、と」、と揶揄する。われわれは、マルクスに倣って、「量的・質的金融緩和」という一度目の悲劇に続き、いまや、「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」という二度目の茶番を目撃しつつあるのだ、と断じることが許されるであろう。

(たてべ まさよし・中央大学名誉教授)

破綻したアベノミクス

萩原 伸次郎

 2月15日、内閣府の発表によると、昨年わが国の第4四半期の実質GDPは、年率で1.4%の減少となった。昨年の第3四半期はかろうじてプラスだったようだが、消費税増税以降の傾向的下落は、反転してはいない。民間エコノミストたちの間では、「1〜3月期もマイナス成長になる可能性がある」との声もあるそうだ。石原伸晃経済再生相は、「わが国の経済は、企業収益や雇用・所得環境の改善が続くなどファンダメンタルズは良好で、その状況に変化があるとは認識していない」(『朝日新聞』2016年2月15日夕刊)と話したそうだ。
 たしかに、安倍政権の経済政策を推進するエコノミストの認識は、「アベノミクスは第二ステージに入った」としているのだから、話としては、つじつまが合う。しかし、経済学の常識として、この認識はありえないだろう。なぜなら、第二ステージとは、短期経済政策の成功裏の後にくる、中長期の経済成長戦略になるからだ。第二ステージは、昨年6月の「日本再興戦略 改訂版2015」においていわれたことで、これを修正するならともかく、現在においても遮二無二「第二ステージ」論を聞かされても、だれも信用する人はいないだろう。
 というのは、第二ステージとは、労働需給がタイト化し、GDPギャップが急速に縮小するとともにデフレからの脱却が実現していくことを前提として成り立つ議論だからだ。GDPギャップが急速に縮小しているというのなら、実質GDPが傾向的に下落するはずはない。実質GDPの下落は、いうまでもなく、実質賃金の連続しての低下と、消費増税以降の国民消費の減退によって、引き起こされたものだ。現在日本は「アベノミクス不況」に突入したというべきなのだ。
 しかし、アベノミクス推進勢力は、昨年9月からアベノミクス第二ステージとして、「新三本の矢」を実行するとしている。「夢を紡ぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」が二本目と三本目の矢なのだが、これらはすべて、第一の矢「希望を生み出す強い経済」、名目600兆円のGDPを生産性上昇によって生み出すのが必須条件だというのだ。
 いまだ、短期戦略としてのGDPギャップの縮小もままならないのに、どのようにして、名目GDP600兆円を創りだすというのだろうか。日本銀行は、「異次元の金融緩和政策」の延長線上にマイナス金利政策という、従来の金融政策ではありえないトリッキーな作戦にでた。これ一つとっても、アベノミクスの破綻は誰の目にも明らかになったといえるだろう。

(はぎわら しんじろう・会員・横浜国立大学名誉教授)

少子高齢化に対する財界の危機意識

下山 房雄

 金銭(斡旋利得)疑惑でアベノミクス司令塔を出た甘利明氏は、なお衆院議員の職にある。私の住む海老名市を含む衆院神奈川13区には、彼の上半身肖像のポスターが貼り巡らされており、そこには「経済で、結果を出す。」と大書されている。既に昨夏発表の『経済再興戦略2015』で「経済の好循環は着実に回り始めている」と呼号していた立場からの虚偽的プロパガンダだ。本稿執筆日(2月15日)内閣府発表のGDP15年10-12月マイナス成長の結果(「東京」夕刊の見出し―アベノミクス失速鮮明 導入3年「好循環」回らず)と照らし合わせるまでもなく、その大書の虚偽性は明確だ。
 15年9月の戦争法強行採決と安倍晋三自民党総裁再選後に、打ち出されたアベノミクス第二ステージ=新三つの矢戦略は、少子高齢化対策の喧伝によってアベノミクスの虚偽性を粉飾し覆い隠そうとするものだ。白川日銀前総裁のもとで日銀理事だった早川英男氏の「新三つの矢」への論評(富士通総研オピニオン15年11月10日)で、史上最高水準を更新する企業利益のさまが「今の企業部門は、まるで全てを吸収して何も放出しないブラックホールのよう」と表現されているが、生産性向上の成果あるいは付加価値増分を、賃上げや租税納入の形で社会的に還元しようとは決してしない資本の利潤要求の露骨な追求に、規制どころか規制緩和で支援姿勢をとり続けるアベ政治のもとでは、そのブラックホールの揺らぎはない。だがこのブラックホール構造のままで、日本経済は進行し続けるのか? それに対する危惧不安の財界意識が、今回のアベノミクス第二ステージの言説に現れていると私は観た。
 第二ステージ展開の政治装置として設営された一億総活躍国民会議の第一回会合(15年10月29日)で、有識者構成員として参加していた榊原経団連会長は、15年1月発表の「経団連ビジョン(目指すべき国家像の一つに「人口一億人維持」を挙げている)」がアベノミクス第二ステージの目指す目標と「まさに軌を一にするもの」と発言している。同じことは16春闘向けの経団連文書「経営労働政策特別委員会報告」の経団連会長名の序文の書き出しにも書かれている。新三つの矢の第一=2020年GDP600兆円達成と成る経済の強化が「最も重要な点」と、その序文には書かれているが、経団連ビジョンの人口一億人維持がアベノミクス第二ステージビジョン=一億総活躍プラン(希望出生率1.8実現&介護離職ゼロ)に継承展開されており、この点で両者は「まさに軌を一」にしている。
 16春闘向け経団連文書本論の第1章は、労働力減少にまで至る人口減少を論じて「人口減少の放置は、日本経済を縮小均衡に陥らせ」、働き手減少による「産業自体の衰退」を招きかねない国家的危機だと叙述している。利潤源泉が労働力であることを本能的に認識し(経団連16春闘文書31頁「付加価値を生み出し高めていく主体は社員一人ひとり」)、労働力縮小世代再生産を脱せねばと自覚しているのだとはいえる。しかし少子高齢化は、1975年以来の日本型所得政策に拠る賃金停滞と、1972年福祉元年の一指標にもなる形で導入された児童手当の給付規制強化にも結果した「福祉見直し」のもとで起こった、出生率2.0割れ構造のもとでの必然である。中国では強制的な「一人っ子政策」下で実現した長男長女社会が、日本では賃金と社会保障の停滞のもとで生まれたのである。社会進歩が、成員個々の「個」の意識発展とともに共同性に生きる心性発展に支えられて行われることを思えば、人生の最初が社会の最少単位3人以上の「きょうだい」のもとで始められる人口部分が一定割合であることが必須と私は考えている。
 そのためにも、家族を維持形成していける賃金と社会保障の構築あるいは再構築が必要だ。その結果としての人口一億、また利潤源泉となる労働=社員活動のみならず広く社会文化活動まで含めての総活躍、こういうことならば、国民こぞって「一億総活躍社会」の実現に尽力すべきであろう。しかしそのためには、政治レベルでは、民主党政権の実現した「子ども手当」を粉砕した自公政治勢力を退場させ、産業レベルでは、労組交渉力を強めて年次昇給のある年功賃金を標準賃率として確保維持し、それに対応する経験に基づく熟練の発展をキャリアとして形成していく労働改革を実現すること、正規労働者のその標準賃率に非正規労働者の賃率をあわせることこそ同一労働同一賃金原則の日本的=生涯的実現になるのだと改めて強く考える次第である。

(しもやま ふさお・理事・九州大学名誉教授)

労働者にとってのアベノミクス破綻

生熊 茂実

 「アベノミクス第2ステージ」が「戦争法」強行の直後に大々的に打ち出され、労働者・国民の眼を「戦争法」から経済に眼を逸らすものと批判された。もちろん、そういう側面があることは事実だが、「アベ政治」のねらいは、それにとどまらない。その後の事態が明瞭に示したように、安倍政権は、国民にとって実感がもてない巨額な数字や虚飾のことばを連発しつつ、真実が見えない間に「憲法明文改悪」「政権維持」のためならなんでもやるという強権独裁政治を続けている。しかし真実は次々に明らかになってきており、「アベノミクス」の化けの皮は剥がれ続けている。
 第1は、「アベノミクス」の「大胆な金融緩和」によってつくりだされた「円安」は、輸出大企業に莫大な利益をもたらしたが、それは為替差益による利益拡大に過ぎず、輸出量も生産量も逆に減少しているという事実が明らかになってきたことである。「円安」になり輸出大企業が利益を上げれば、国内中小企業や下請企業にも利益になると思ってきた労働者に、「アベノミクス」では国内生産も中小企業、下請企業に仕事がまわってこないという現実が明らかになるなかで、「アベノミクスの恩恵がまだ来ない」のでなく「来ない」のだという実感が広がっている。
 第2に、16春闘に向けて安倍政権は、昨年に引き続き財界等に「賃金引き上げ」を要請し、「最低賃金も毎年3%引き上げて全国平均1,000円に」とした。そうしなければ国内需要が増えず、日本経済の立て直しができないからである。しかし、その条件は「経済成長」であり「生産性向上」である。
 ご存じの方も多いと思うが、昨年までと異なって16春闘に向けての「政労使会議」がおこなわれていない。それは「『連合が(労働法制改革など)生産性の向上に非協力的』(政権幹部)などとして休止状態」と朝日新聞が報道したように、「アベノミクス」でいう賃上げは「企業が世界で一番活動しやすい国に」にすることが条件なのである。そのためには、労働者の雇用や権利を破壊する労働法制改悪を強行し、資本の意のままに働かせることだから、連合もふくめて大多数の労働者が反対せざるを得ないのである。
 この二つのことを明らかにすることで、労働者から「アベノミクス」の幻想を払拭することができる局面を迎えているというのが、現在の情勢だと思う。
 これと合わせて、「憲法明文改悪」の衝動を強めている安倍政権の強権政治の実態を明らかにしていくなら、安倍政権の命運が尽きるのも遠くないと言えるのではないだろうか。

(いくま しげみ・会員・JMITU中央執行委員長)

2014〜15年度第6回常任理事会報告

 2014〜15年度第6回常任理事会は、全労連会館で、2016年1月30日、熊谷金道代表理事の司会で行われた。
I 報告事項
 『2016春闘提言・「アベノミクス」を止め、政治・経済の転換を』記者発表など、前回常任理事会以降の研究活動、企画委員会・事務局活動について藤田実事務局長より報告され、承認された。
II 協議事項
(1)事務局長より、入会の申請が報告され、承認された。
(2)事務局長より、人事委員会の発足について、企画委員会に委嘱することが提案され、承認された。
(3)事務局長より、労働組合運動史研究部会の責任者交代について報告され、承認された。
(4)事務局長より、研究所プロジェクト「現代日本の労働と貧困―その現状・原因・対抗策」について、章別構成案に基づいて、次回常任理事会までに文章化(一次案)することが提案され、承認された。

第2回研究部会代表者会議報告

 2014〜15年度第2回研究部会代表者会議は、全労連会館で、2016年1月30日、藤田実事務局長の司会で行われた。
 はじめに事務局長より、今回の会議の目的について報告された。引き続き、小越洋之助代表理事・プロジェクト責任者より、研究所プロジェクト「現代日本の労働と貧困―その現状・原因・対抗策」の章別構成案全体について報告された。次に、各論骨子について、各章の担当者よりそれぞれ報告された。続いて、各研究部会責任者や常任理事による討論がおこなわれ、それらの議論もふまえて、今後文章化していくことが確認された。
 なお最後に、各研究部会の2014〜15年度ディスカッションペーパーについて、定例総会までに作成することを確認した。

2月の研究活動

2月10日 女性労働研究部会
  20日 労働組合研究部会
      社会保障研究部会
      大企業問題研究会
  25日 中小企業問題研究部会

2月の事務局日誌

2月13日 全教大会へメッセージ
      JMITU成果主義シンポジウム
  25日 労働法制中央連絡会事務局団体会議