労働総研ニュースNo.309 2015年12月



目   次

 「女性活躍推進法」の成立 青山悦子
 東芝粉飾決算と労働運動 大木一訓
 研究部会報告ほか




「女性活躍推進法」の成立

青山 悦子

 今年は、「男女雇用機会均等法」が成立して30年目の年である。その節目の年に、安倍首相肝いりの「女性活躍推進法」が成立した。
 周知のように政府は、「日本再興戦略」において、「女性の活躍推進」を成長戦略の中核と位置づけ、2020年までに指導的地位に占める女性の割合を少なくとも30%程度、25〜44歳の女性の就業率を73%にするという成果目標を設定している。さらに働く女性に対する政府の支援策、民間の上場企業での女性役員の誕生など、政府がいう「女性が輝く社会」への取り組みが、近年一気に脚光を浴びている。
 「女性活躍推進法」の成立によって、企業は女性の採用比率や管理職の割合など数値目標の設定と公表が義務付けられる。これまで公表されることの少なかった情報が就職活動中の女子学生に活用されることは期待したいが、同法によって働く女性が抱えている多くの課題が改善されるとは到底思えない。一握りの輝いている女性役員の対極には、出産・育児によって離職せざるを得ない、あるいは非正規としてしか働けない女性労働者が大量に存在し、将来に向けて大きなリスクを負っている。
 また正規の女性労働者にとっても、均等法によって、雇用の各ステージでの性別を理由とする直接的な差別は近年見られなくなっているが、間接差別については、改正法で禁止されたとは言え、依然として見えにくい形で存在しているのが現状である。コース別雇用管理制度による雇用管理区分での差別、責任ある仕事を任されない配置による差別、人事考課における差別及びそれに伴う昇進・昇格差別、これらの結果としての男女間の賃金格差等々は、いずれも改善されることなく日本企業内で長年温存され、その間女性の権利を向上させるための暫定的特別措置も講じられていない。国連の女性差別撤廃委員会はこれらの点について間接差別とみなし、厳しい懸念を表明し、早急な改善を日本政府に求めている。
 しかし国内的には、雇用均等分科会報告に見られるように、「企業における雇用管理の見直しは進展し、女性の職域の拡大、管理職比率の上昇などにつながってきた」、併せて女性の活躍推進に取り組む政府・企業等の新たな取組み等も見られてきているとして、均等法は施行規則の一部改正に留まった。均等法を次のステージに進めるためにも、この30年間の女性労働の状況と課題を検証し、より実効性のある改正の実現に向けた道筋を検討していくことが今こそ必要である。

(あおやま えつこ・会員・嘉悦大学経営経済学部教授)

東芝粉飾決算と労働運動

大木 一訓

はじめに

 2015年の日本では、大企業の不祥事が毎日のように噴出している。東洋ゴム、東芝、日本ガイシ、ファイザー、大同特殊鋼、三井住友建設、旭化成、曙ブレーキ、等々、枚挙にいとまがない。それは、日本経済が一挙に瓦解しはじめたことの現れではないか、と疑わせるような広がりである。
 多発する不祥事のなかでも、東芝の粉飾決算問題は、たんなる不祥事の一事例にとどまらない重大な問題をはらんでいる。そこには、安倍政権下の日本資本主義がかかえる矛盾と行き詰まりが、集中的に示されているように思われる。労働運動の見地からも、東芝粉飾決算の意味するところを検証しておくことは、重要ではなかろうか。

1 東芝の粉飾決算とはどういうものか

 事件はなお進行中であるが、これまでに明らかになった「粉飾」の概要はこうである。
 2015年2月12日、証券取引等監視委員会は東芝関係者からの内部告発にもとづき、「工事進行基準」をめぐる不正会計について東芝の開示検査を行った。これに対応して東芝は同年4月、役員による特別調査委員会を立ち上げ調査をはじめたが、「不適切な会計処理の疑い」があると発表するとともに、より的確な実態把握をおこなう必要があるとして、5月に「第三者委員会」を設置して調査をすすめた。
 この「第三者委員会」による調査は、弁護士20人、公認会計士79人を動員し、2ヵ月かけて役職員210人を対象に聞き取り調査を実施するという大がかりなものであったが、その結果明らかにされたのは驚くべき事実であった。7月に発表された「第三者委員会」報告によれば、調査対象となった2009年3月から2014年4〜12月までの期間に限っても、不正な利益の水増し額が合計1562億円にのぼること、しかもこの間の西田・佐々木・田中、三代にわたる東芝経営陣は、少なくとも約7年にわたって組織ぐるみの利益操作を行ってきた、というのである。
 三代の社長役員は責任をとって辞職したが、しかし、問題はそこにとどまらなかった。不正の実態は公表されたものよりもさらに大規模・広範囲だという内部告発が相次いだ。アメリカの監査法人からもクレイムがついた。東芝経営陣は約束した決算発表時期を引き延ばして、さらに内部調査をすすめざるをえなくなった。そして、ようやくこぎつけた9月7日の決算では、不正粉飾額を2248億円と大幅に積み増して発表したのである。
 東芝は11月9日に「役員責任調査委員会」の報告を発表して、旧経営トップ5人を不正会計のかどで提訴した。これで粉飾決算問題の幕引きを図り、リストラによる企業再建に向け動き出そうとしているのであるが……。
 いままた東芝は、さらなる致命的な粉飾会計の暴露にさらされることとなっている。アメリカの子会社WH(ウェスティング・ハウス)における多額の減損を隠蔽していた事実が明るみに出たのである。11月16日の「日経ビジネス」のスクープによれば、WHは、原発の新規受注がなく、キャッシュフローが減少し、事業計画が毎年遅延するという経営難のなかで、2012年度9億2600万ドル(約1110億円)、2013年度約4億ドル(約480億円)、合計13億2600万ドル(約1590億円)もの減損処理をしていた。東芝は2006年に54億ドルで買収したWHについて現在も3500億円もの「のれん代」を計上し、それを減損する必要はないと主張しているが、そうした強弁は通用しなくなってきた。監査法人はもはや「WH買収時に算定した『のれん代』の価値が維持出来ているとはいえない」と言いだしており、東京証券取引所の幹部はこれは「企業ぐるみの隠蔽と言わざるを得ない」としている。かりにこの隠蔽されたWHの減損を加えるなら、不正粉飾額の総計は3838億円の巨額にのぼる。かってない大規模な組織ぐるみの粉飾である。
 東芝の粉飾決算問題は、「幕引き」どころか、さらに底なし沼の展開を見せようとしているのである。

2 東芝の悪質な社会的犯罪と支配層の異常な対応

 これまで見た事件の経過からしても、東芝の粉飾決算が金融商品取引法などの法違反であり、社会的犯罪であることは明らかであろう。それもかつてなく悪質な。
 問題は法律違反というだけではない。「粉飾」はそれによって不当な利益を得る者がいることを意味する。東芝は減損処理をせず、虚偽にもとづく好決算を示すことで1兆円近い資金を調達したといわれるが、これは詐欺以外の何物でもない。水増しした利益を示すことで内外の株主には多額の配当金が支給された。経営トップの役員たちは1億円を超える固定報酬の他に、業績連動報酬を1千万円単位で手にすることができた。そのうえ「好業績」を演出することで、赤字であれば許されない政治献金を、財界トップレベルの高額で自民党に献上することもできた。 
 逆に従業員や下請け・関連業者にとっては、粉飾決算は大きな災厄である。粉飾する過程では、「チャレンジ」とか「協力」いう形で不正への加担を強要され、労働条件や取引条件の不安定化・切り下げにさらされる。粉飾が発覚し是正される過程では、リストラによって職や取引まで失ってしまう。そのうえ「アベノミックス」のもとでは不祥事で下落した東芝の株を国民の年金基金の資金(GPIF資金)で買い支えているので、国民はこの面でも何百億という損失を被ることになる、等々。粉飾決算は他人の財産をかすめとる収奪の手段なのである。
 しかし奇妙なことに、これだけ明らかな悪質・大規模な社会的犯罪に対して、安倍内閣も金融庁も東京証券取引所も東京地検特捜部も、なんら積極的な対応策をとらずに静観している。かつてカネボウが約2000億円の粉飾決算を行ったときには、元社長ら経営陣と監査法人の担当者7人が逮捕され、上場廃止のきびしい措置がとられた。より粉飾額の小さなオリンパス(約1100億円)やライブドア(約53億円)の場合も強制捜査のうえ旧経営者は逮捕されている。だが、東芝の場合は公的機関による立ち入り捜査さえおこなわれていない。
 たしかに、東証から委託されて調査した日本取引所自主規制法人は、東芝を「特定注意市場銘柄」に指定し、1年以内に不祥事再発防止の改善がなされなければ上場廃止とするよう勧告している。しかし、今日では私企業となっている東京証券取引所は、上場廃止基準を「有価証券報告書等に虚偽記載を行った場合であって、直ちに上場を廃止しなければ市場の秩序を維持することが困難であることが明らかであると当取引所が認めるとき」と大幅に条件を緩和しており、東芝の上場廃止はまずありえないとみられている。
 またごく最近(11月8日)、証券取引等監視委員会が金融庁に、東芝に70億円超の課徴金を課すよう勧告する意向だ、と伝えられている。しかし、これは、粉飾の実態について自ら調査・把握することなしに東芝の自前調査を鵜呑みにし、しかも東芝がすでに予定している課徴金引当金84億円の範囲内で行政処分するものであって、きわめて無責任かつ穏便なものである。金融商品取引法157条は、重要事項につき虚偽の記載をした有価証券報告書を提出した者は、それだけで「10年以下の懲役または1千万円以下の罰金に処する」と規定しているが、旧経営トップの刑事責任を問う動きはどこにも見られない。証券取引等監視委員会からは、東芝については「経営者の罪を明確には問えない」という声さえ聞こえてくるという。
 この点では、安倍内閣に協賛する大手マスコミが陰に陽に東芝を援護していることも異常である。「不適切会計」とか「不正会計」という用語で事態を矮小化したり、同様の粉飾は他にも広く見られるとして事柄を相対化したり、一刻も早く企業再建=リストラをすすめるべきだと粉飾問題の早期幕引き促したりする論調のオンパレードである。
 よほど不都合な事実が隠蔽されていると見えて、東芝はあらゆる手段で公権力による捜査や告発を阻止しようと全力を挙げている。先手を打って大規模な調査団を組織し、課徴金の支払いを用意し、旧経営陣を会社が率先して提訴する、といった具合に全てを自前ですませてしまおうと画策している。支配層は、そうした東芝とともに、さらなる事実の発覚を恐れ、粉飾決算問題の早期幕引きにやっきとなっていると見える。従来は自民党政府も金融市場の透明性確保の必要を強調し、会計不祥事などが起きないよう、証券取引法を抜本改正した金融商品取引法等(いわゆる日本版SOX法)で上場企業に対する監査を強化してきたはずであるが、われわれが目前にしているのは、それとは逆行する支配層の異常な対応である。

3 癒着する東芝と安倍政権

 なぜこのように異常な対応がなされているのだろうか。
 言うまでもなく東芝は日立、三菱電機とならぶ総合電機メーカーであり、日本を代表する多国籍企業グループの一つである。連結売り上げ高6兆5000億円、子会社・関連会社約800社、グループ従業員約20万人、国内だけで主要関係会社29社、取引先2万2244社という大所帯である。経営破綻すれば甚大な被害をもたらすことになる。そこで「大きなものは潰せない」というお決まりの理屈で手加減しているのであろうか。そうではあるまい。グローバル時代の今日、むしろ不祥事にきびしい是正措置をとることこそ企業や金融市場の存続・発展を保障する道であり、それは関係者も承知しているはずである。にもかかわらず東芝の隠蔽に加担するのは、他に理由があるからであろう。
 ここで注目されるのは、安倍政権と東芝との親密な関係である。辞任した東芝の元社長・佐々木氏は、安倍首相のもっとも親しい財界人だと言われていた。彼は第二次安倍政権が誕生するや、2013年1月、経済財政諮問会議の民間議員に就任しており、同年6月には経団連副会長、翌2014年9月には産業競争力会議の民間議員にも就任している。また、2013年春に安倍がはじめて政府専用機に大勢の財界人や大企業経営者を同乗させて、ロシア、サウジアラビア、アラブ首長国連邦、トルコを歴訪したときには、佐々木氏も同行して原発の売り込みに力を注いでいる。要するに、佐々木氏は東芝の経営トップであるだけでなく、安倍内閣と一体となって活動してきた財界人である。しかも安倍内閣が国の経済財政運営や「成長戦略」の主導権を「民間議員」=財界人に委ねてきたなかで、佐々木氏はその中心人物として影響力を行使してきた。その中心人物が長年にわたり先頭に立って粉飾会計を組織してきたというのであるから、本来なら安倍内閣は責任をとって総辞職し、佐々木氏がかかわった経済産業政策を総点検して国民に報告する責任があるはずである。だが、一言の釈明もなく他人事のようにふるまっているのが安倍である。
 東芝との「親密な関係」はそれだけではない。長年東芝の経営トップとして君臨し、現在もOBとして絶大な影響力を行使している西室氏は、安倍首相の推挙で東京証券取引所会長から日本郵政社長へと転身し、さらには「戦後70年談話」有識者会議の座長をつとめるなど、安倍内閣の厚い信任をえている人物である。今回の東芝不祥事の処理をめぐっても、典型的な親米経済人と言われるこの西室氏が采配をふるっていると報じられている。安倍内閣が間接的に関与しているであろうことは想像に難くない。
 そして、癒着とも言うべき「親密な関係」をなにより端的に示すのは、東芝、東電と組んで原発の再稼働と輸出に邁進している安倍内閣の政策であろう。東芝は外務省や経済産業省からの天下り人事も受け入れて一体的な政策推進をはかってきた。防衛産業をも担い、「国策会社」とも評される東芝の不祥事は、安倍内閣に致命的な打撃をあたえる可能性があるのである。

4 原発への巨額投資をめぐる疑惑

 だが最近の報道で、東芝粉飾決算問題の核心は、さらにその先にあることがはっきりしてきた。原発事業への巨額投資をめぐる疑獄の疑いである。だが、その問題をはっきりさせるためには、まず10年ほど時計の針を戻して、問題の歴史的背景を見ておかなければならない。

WH買収をめぐる謎
 東芝は2006年にアメリカの原発製造メーカーWH社を54億ドル(当時のレートで6600億円)という巨費を投じて買収した。この買収をめぐっては当時からいろいろな疑問が投げかけられていた。実質2000億円程度の企業価値であるWHの買収になぜ3倍以上の巨費を投じたのか。資金的余裕のない東芝は買収資金を金融機関からの借り入れでまかなったが、なぜそこまでする必要があったのか。国際的に東芝はGE(ジェネラル・エレクトリック)と連携してきたが、連携関係にないWHの突然の買収はどうして可能になったのか、等々。ともあれ、この過大投資の結果、東芝は多額の「のれん代」を計上し、負担し続けなければならなくなった。
 東芝の大胆な買収行動の背後には、明らかに当時経産省が打ち出した「原子力立国計画」があった。それは原発依存度を30〜40%に維持しつつ、核燃料サイクルを推進し、官民一体の原発輸出を推進しようとする政策であった。東芝は東電とともにこの政府方針にそって、原発事業を海外でも大胆に拡大・展開しようと意図したのである。そうした東芝に、1979年のスリーマイル島原発事故いらい新規原発建設をストップしていたアメリカが、経営不振のWHを高く売りつけたということであろう。しかもその場合東芝は、ブッシュ政権が新規原発建設に動くなか、イギリス原子力燃料会社(BNFL)を介してWHを買収するのだが、その過程には当時の小泉・ブレア・ブッシュ政権がかかわったと伝えられている。巨額の買収資金の中には「非経済的費用」がふくまれている可能性が高いと言わねばならない。

不可解な3.11後の原発拡大方針
 しかし東芝が意図した原発事業拡大路線は、2011年の3.11福島原発事故で挫折した。いや、挫折したはずであった。ところが奇怪なことに東芝は、事故直後5月の経営方針説明会で、2015年までに全世界から39基の新規原発を受注し、原発部門を年間1兆円の事業に成長させるという目標を打ち出したのである。そして9月にはWHへの出資比率を引き上げるとして、さらに1250億円の追加投資をおこなった。そうすることで、本来なら事業規模を見直して縮小し、「のれん代」や「繰延税金資産」も減損処理しなければならない時に、架空の資本をさらに膨張させて計上し、好業績を演出しつづけたのである。これは事実上、粉飾会計に他ならない。
 東芝はなぜこのように非常識な暴走をしたのであろうか。考えられるのは、3.11以降、日本での原発の再稼働・新規建設が出来なくなるのを恐れた東芝が、日本の支配層に働きかけて、その強気の原発事業計画推進へのお墨付きを得たのではないか、ということである。かつての長崎市長暗殺事件に示されたように、もともと日本の支配層は何が何でも核兵器保有の可能性を確保しておきたいという野心をもっている。その野心が第二次安倍内閣の登場によっていっそう膨張していることは公然の秘密であろう。
 そうした関係を裏付けるように、2012年年末の第二次安倍政権発足後、東芝の自民党への政治献金は激増している。2012年まで年間1450万円(これでも財界トップクラスの献金であるが)であったものが、2013年には2850万円と倍増している(東京新聞2014年11月29日)。大幅修正された有価証券報告書で見ても、最近5年間の自民党への献金は1億1150万円にのぼるという。
 もう一つは、東芝を中心に世界的に原発建設を推進しようという国際的な密約があったのではないか、という疑いである。それを示唆しているのは、WH買収直後から、東芝グループのアメリカでの政治献金(annual lobbying by Toshiba corp)が急増していることである。2005年までは年10万ドル程度であったのが、2006年には144万ドル、2007年には228万ドルにもなり、その後も今日まで高水準の献金が続いている(Open Secret.org)。また、熊本日々新聞(2011年7月2日)によると、東芝の佐々木社長(当時)は福島事故後の2011年5月中旬、アメリカの政府高官に直接書簡を送り、使用済み核燃料などの国際的な貯蔵・処分場をモンゴルに建設する計画を推進するよう要請したという。この計画は結局失敗したが、日本の一民間企業の役員がなぜそのように高度な国際的発言力をもちえたのか、疑念をもたざるをえない。

安倍政権のもとでの異常な東芝発言権拡大
 こうした一連の動きが、民主党政権の崩壊がすすみ、第二次安倍内閣が準備・登場してくる過程で生じていたのである。そして安倍内閣が発足するや、それまで財界活動の経験もなく国民経済への見識ももちあわせていない東芝の一経営幹部・佐々木氏が、いきなり経済財政諮問会議や産業競争力会議の民間議員となったことは前述の通りである。彼が安倍内閣の骨太方針の作成に関わり、「成長戦略」のなかに原発再稼働と原発輸出を基本方針としてもりこむことに「貢献」したことは言うまでもない。

5 「第三者委員会」の謀議が示唆するもの

 さて、東芝の不祥事は以上のような歴史的背景のもとに発覚した。はじめはインフラ工事の一部にみられる小さな不正会計にすぎないかと思われたものが、調査をすすめるうちに前例のない大規模かつ悪質な粉飾決算問題へと発展したのであったが、いまやそれがさらに大々的な疑獄事件へと転化する様相をみせているのである。疑惑の扉を開いたのは「第三者委員会」である。
 すでに見たように「第三者委員会」は重大な粉飾決算の事実を明らかにしたのであったが、同時にそれは他方で、新たな疑惑をうみだした。東芝が私的に依頼した調査グループであるとはいえ、第三者委員会=東芝からは独立した調査委員会と銘打つ以上、調査内容や調査方法については委員会が自ら独自に決定すべきであるのに、東芝の要請で調査対象となる期間や事項を限定して調査したと報告書に述べていたからである。そして東芝にとって原子力事業は中心的な事業であるはずなのに、その部門の調査がすっぽり抜け落ちており、WH買収や「のれん代」のことなども調査対象とならないよう、2006年前後の時期は調査対象期間から外していたからである。原子力事業部門についての言及をいっさいしなかったのは、それを聖域としなければならせないような秘密が隠されているのではないか、と疑われたのである。そして実際、その後の報道等をつうじて、次の事実が明らかになってきた。
 (1)東芝と「第三者委員会」は、あらかじめ謀議して、原子力事業部門の「のれん代」などに問題が波及しないよう配慮することで合意していた。
 (2)東芝を監査している新日本有限責任監査法人は、9月7日の決算発表で、「(WHの)資産の帳簿価値を回収できない可能性を示す事象や状況変化は生じていない」とする会社見解に合意し、WH関連の減損を行なわないことを承認したが、実はそれは東芝からの圧力によるものだった。新日本は、アメリカ監査法人からの指摘もあって、「のれん代」の減損が必要なことを認識し、東芝にも通知していた。
 (3)粉飾会計を全体として見ると、最大の問題である原発関係事業の不振や粉飾を隠蔽するために、稼ぎ頭のフラッシュメモリーの利益や家電やインフラなどでの粉飾した水増し利益を注ぎ込んできた、と言う構図が見えてくる。どんな犠牲を払ってでも原発関係の「のれん代」を維持しなければならない、という東芝の姿勢である。
 ここに見られるのは、日本を代表する監査法人や法律事務所、公認会計士事務所などをまきこむ一大スキャンダルである。また、それ以上に重大なのは、東芝が頑なに維持しようとしているWH買収にかかわる「のれん代」が、安倍内閣をも巻き込んで、日米にまたがる政官界への裏金作りに活用されてきたのではないかという疑獄の登場である。われわれは東芝粉飾決算を、数ある粉飾事件のたんなる一例と見なすわけにはいかないのである。

6 東芝粉飾決算問題と労働運動

 意外なことに、この問題に対する労働運動の関心はあまり高くない。短期利益追求の株主資本主義の弊害だとか、日本資本主義の腐朽の現れだとか、評論家的批判に終わっていることが多い。しかし、これは「アベを許さない」たたかいの環となりうる問題なのである。
 第一に、これは、安倍政権と財界の「成長戦略」が破綻したことを、誰にでもはっきり分かる形で示している不祥事である。
 榊原経団連会長は、今年の「2015年版経営労働政策委員会報告」の冒頭で「経済再生の主役は企業経営者である」と高らかに宣言した。公然たる主権在金権の主張である。そして実際にも安倍内閣は、「成長戦略」という名のもとに、従来の政策策定過程における政・労・使の三者構成主義を排して、もっぱら財界の大企業経営者に政策策定の主導権を丸投げするという、ファッショ的経済運営を強行してきた。その政策がどのような結果に導くかを、東芝の不祥事は白日の下にさらしたのである。経済政策をその政策策定の過程からより強く国民の手に取り戻す必要が、これほどはっきりしたことはない。
 第二に、原発の再稼働・新規建設・輸出拡大を追求する政策、いわゆる原発拡大路線は、もはや企業経営としても不可能なことを、東芝の事件ははっきり示したことである。
 世界中どこにも核廃棄物処分場が見つからないなかで、新規需要が先細りなうえ、建設中のプロジェクトもたえず事故や工事遅延で挫折し損失をだしている。操業中の原発も新たな巨額損失の原因となる可能性を絶えずはらんでいる。原発事業は粉飾でもしなければ黒字にならない衰退産業なのである。IAEA(国際原子力機関)統計で見ても2014年の原発新規着工は3基にすぎない。東芝の場合も、WH買収後8基受注したが、うち2基は凍結となって減損を出しており、現時点では新たな受注の成約もない状態である。こうしてアメリカをふくむ多くの国で原発事業から撤退する企業が相次ぐなかで、ひとり日本の安倍内閣と東芝はタッグを組んで原発拡大路線を暴走してきたのであるが、いまやそれも粉飾の恥辱のなかで破産をむかえた。東芝の粉飾決算を徹底して糾明し是正措置をとらせることで、この破産を確実なものとするなら、「原発なくせ」の運動は大きく前進するに違いない。
 第三に、今回の事件では、大企業=多国籍企業にたいする国民の立場に立った規制強化が、喫緊の課題となっていることが浮き彫りになった。
 長年の新自由主義的な民営化路線の影響であろうか。大企業に対する公的機関の規制力は著しく弱まっている。不祥事が起きても、調査も監査も告発もみな大企業相互の「謀議」ですませてしまうという現実をわれわれは目の辺りにした。安倍政権下の国には、大企業の不正行為を監視し是正させる責任が自らにあるという自覚が欠けているように見える。たとえば監査法人、金融庁、東証などの改革はもはや避けて通れない課題であり、労働運動もこれらの改革について発言する権利がある。
 第四に、多くの東芝従業員が心ならずも組織的な不正行為にまきこまれ、長年にわたる粉飾を許してしまった要因として、今回とりわけ問題視されたのが、成果主義の労務管理だったという事実である。
 「第三者委員会」の調査や経済誌の現場取材などから明らかになったのは、達成不可能な目標を自己申告させられ、その後その進捗状況を上司から追求されて苦しむ従業員たちの姿である。ノルマは部、課、個人へと割り振られ、有無を言わせないパワハラ会議で締め上げられるのが常態化しているという。しかも年俸制導入で職務報酬の40〜50%は担当部門の期末業績に応じて査定されるから、職場では目標(納期)達成のための長時間労働が蔓延している。繰り返されるリストラの犠牲となることを恐れることもあって、従業員には職場で不正をただす意見を出すような「余裕」はない、と。こうした強権的な、とくに「チャレンジ」と呼ばれる無理難題の押しつけは2008〜09年頃から激しくなったといわれるが、それは東芝が原発拡大路線に暴走しはじめた時期と一致する。
 財界・安倍政権は成果主義を徹底させる労働時間制度改悪をいまなお執拗に実現させようとしているが、その政策は「法令よりも上司の命令を優先する」不祥事を多発させることにならざるをえない。東芝事件はそのことをはっきり示したのである。その教訓に学んで、成果主義の労務管理や法制度改悪は直ちに撤回すべきである。
 第五に求められるのは、労働組合の役割の強化である。
 東芝不祥事をめぐる議論で筆者がある意味もっとも奇異に感じるのは、労働組合の話がまったく出てこないことである。企業の不正行為を正すうえで労働組合の果たしうる役割は大きいはずであるが、今後の改善策として内部統制の強化が論じられる際にも、労働組合はまったく顔を出さないのである。問題は労働組合のあり方にあるようである。
 一つは、組合の幹部が、労働者の立場に立つよりも会社の立場に立って行動していると受け取られており、従業員が信頼を寄せて相談したり情報を寄せることが少ないという。実際、なにか問題が起きたとき、組合よりも会社に話す方が解決が早いという声も聞かれる。二つは、賃金が業績連動型となっており、幹部が「会社は間違っていない」という信念をもっているためか、会社との要求実現のための労使交渉も行われていない。三つには、東芝には「自己啓発の会」という会社が「思想教育」して組織する秘密組織があって影響力を行使していること、勤労課が職場代表委員や労組委員の選出に介入していること、公職選挙でも組合は会社と一緒になって運動していること、など、労働組合がまだ会社組織の一部といえ域を出ていないことである。これでは不祥事のチェック機能を果たすことが出来ないのも当然であろう。
東芝は経営理念に「人権の尊重」をかかげ、CSRをふくむ優れた企業統治方針をもつことで有名であった。しかし、それは空文と化した。職場に民主主義がない限り、企業は内部から腐食し崩壊するのである。東芝事件は、資本からも権力からも独立した労働組合の確立がきわめて重要であり急務であることを、痛感させるものとなっている。労働運動は、大企業の職場に本物の労働組合を確立する課題にあらためて本腰を入れる必要がある。

おわりに

 いま東芝の職場からは、恐るべき生産崩壊の話が伝わってくる。「人件費が削られて派遣社員が増え、会社には技術やノウハウが残らない」「リストラを恐れ各自が知識・技術・ノウハウを囲い込んでしまう」「必要な時間をかけたモノづくりができない」「不都合な技術データが握りつぶされ、上層部に報告されない」「出荷試験・検査が終わっていない製品を納品し、品質トラブルがおきた」「不都合を解消し切れていない商品が量販店などで販売されるようになった」「もう独自の開発製品は作れなくなっている」等々。こうした状況は東芝だけでなく、多くの大企業に急速に広がっているのではないだろうか。日本国民のまえには、金融・財政の危機とともに、モノづくりの危機も迫っている。さしせまる日本資本主義の自己崩壊を回避し、国民経済の再生をはかる基礎は、大企業=多国籍企業に対する民主的規制の強化である。その実現は、やはりまず早急な国民連合政府の樹立から始めねばならないであろう。
(本稿は、労働総研・大企業問題研究会での報告討論に、その後の資料を加味して執筆したものである。)

(おおき かずのり・顧問・日本福祉大学名誉教授)

参考文献
・「東芝不正会計の深層―3.11で一変した『社内勢力図』」、『サンデー毎日』2015年6月7日号
・東芝『第三者委員会調査報告』、2015年7月
・「東芝不正経理の影に原発事業の不振」、『週刊金曜日』2015年7月10日号
・「東芝『不正会計』の主役は安倍ブレーン」、『週刊金曜日』2015年7月31日号
・「東芝を食いつぶした日米の原発利権」、『週刊朝日』2015年7月31日号
・「大ばくちが招いた無惨」、『AERA』2015年8月3日号
・「不正会計に突き進んだ東芝」、『エコノミスト』2015年8月4日号
・特集「腐食の原点」、『日経ビジネス』2015年8月31日号
・今井節生「コンプライアンス欠如が根底に」「ELIC」2015年9月10日号
・谷江武士「東芝の不正会計と社会的責任」、愛知労働問題研究所『所報』2015年9月15日号
・特集「東芝」、『週刊東洋経済』2015年9月26日号
・「巨額粉飾決算の東芝、自民資金団体に5年で1億円超献金」、「社会新報」2015年9月30日号
・「東芝 米子会社で巨額減損」、『日経ビジネス』2015年11月6日
・大木一訓「長崎市長暗殺事件と核廃絶運動」、愛知労働問題研究所『所報』2007年5月15日号

研究部会報告

女性労働研究部会(9月29日・10月27日)
 9月は、「働く女性の貧困」について上田裕子さんが報告した。女性労働者の賃金は男性の半分で、年収200万円以下の労働者の4分の3は女性である。国際的に見ても、ジェンダーギャップ指数は142国中104位で、男女賃金格差が大きく、最低賃金は先進国中最低レベル。深刻な女性の貧困の克服には、労働時間の短縮、間接差別の禁止、有期雇用等非正規労働者の規制と均等待遇の実現、同一価値労働同一賃金原則、ジェンダー平等の税制・社会保障制度、労働運動にジェンダー平等の視点の確立の必要性などが論議された。
 10月は、「東京メトロ・郵政の非正規労働者裁判」について橋本佳子弁護士が報告した。ほとんど同じ業務に従事していながら正社員と賃金や手当等で大きな差がある非正規の実態、これに対し労働契約法第20条(期間の定めがあることによる不合理な労働条件の禁止)を活用して立ちあがった裁判の様子が報告され、非正規雇用の差別是正について論議した。また、労働総研プロジェクトにかかわる「女性の貧困」の骨子について検討した。

労働時間・健康問題研究部会(11月6日)
 常任理事会での研究所プロジェクト・研究課題の「章別構成案」、「報告書の問題意識と分析視点」の報告を受け、討議をおこなった。また、全労連・春闘共闘の労働時間短縮の方針をめぐって、全労連参加単産の苦労にこたえることができるような細かいチェック項目作成への努力について話し合われた。

11月の研究活動

11月4日 労働組合研究部会
  5日 労働運動史研究部会
  6日 労働時間・健康問題研究部会 
  10日 経済分析研究会
  18日 女性労働研究部会
  27日 国際労働研究部会
  30日 賃金最賃問題研究部会

11月の事務局日誌

11月5日 労働法制中央連絡会事務局団体会議
  13〜15日 全労連・国際シンポジウム
  18日 全労連・労働法制中央連絡会「解明・改悪派遣法学習会」であいさつ
  25〜26日 全労連・春闘討論集会
  27日 企画委員会