労働総研ニュースNo.302 2015年5月



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 事故4年後、いまだ課題は山積み 鈴木 章治
 拡大するブラックな職場環境について 丹下 晴喜
 研究部会報告ほか




事故4年後、いまだ課題は山積み−「原発ゼロ」の決断が打開の道

鈴木 章治

 原発事故後4年余、事故後の原発現場と住民のくらしの深刻さは続いている。むしろ深まっていると言った方が正しいのかも知れない。福島第一原発から300mほどの民家で大きなこいのぼりが立てられた。中間貯蔵予定地となった住民が、消える運命の家と庭の姿をこいのぼりと一緒に写真に残し孫に見せたい−そんな思いを伝える写真が紹介された。写真の背景には先祖が守ってきた裏山と数百年変わらない檜などが見える。それを手放ざるを得なかった住民の苦渋の決断が伝わってくる。まだ、故郷に帰れない住民は11万3千余(3/12時点)、帰っても事故前の生活は戻ってこない。
 一方、第一原発の現状はどうなっているのか。毎日数千人の労働者が復旧作業に取り組んでいる。「収束」(野田前首相)「汚染水はコントロールされている」(安倍首相)とはほど遠い厳しい現実が続いている。事故後10月後に、廃炉までの30〜40年とするスケジュールをつくった東電と民主党政権、安倍政権はそのまま引き継ぎ、東電任せの事故対応が続いた。そのツケが次々と起こしたトラブル。汚染水問題はその際たるものでいまだに「コントロールされてない」。後手後手の対応が廃炉スケジュールを狂わしている。炉内の状況もまだ全容が掴めない。1号機の核燃料が形として残っていないことや格納容器内は最大9.7シーベルトもあり1時間で死亡する高い線量だと分かった。溶けた燃料を取り出す方法もこれからだ。当初炉を冠水させるとしたが気中での工法を含め3工法での検討を始めた。
 政府・東電は、廃炉作業について「世界の叡智の結集」するという。確かに「燃料デブリ取り出し」「汚染水対策」など廃炉の関わる様々な事案で提案公募している。しかし、その窓口は技術研究組合 国際廃炉研究開発機構(IRID)で、原発メーカーと電力会社が構成メンバーだ。「叡智」を結集するにふさわしい組織なのか疑わしい。政府支援で破綻を免れた東電、2016年度から「自律的運営体制」−つまり、事故前の利益追求の普通の会社になることをめざす東電HDにする。コストが先行き不透明な「廃炉カンパーニ−」を抱えるが利益追求を目的とする東電HDに出来るのか、そんな不安がつきまとう。さらに復旧を担う労働者のこともある。労働者たちは被ばくや過酷な作業環境の中で不安を抱えながら働き、技術力の低下も指摘されている。廃炉まで30〜40年、労働者が抱く雇用、健康、労働条件の不安を取り除かないと廃炉までの労働力の確保にも不安が残る。
 事故後4年経た現状と課題を雑感的に記したが、今後廃炉費用、補償、除染、労働者の不安解消などで多くのコストがかかる。そのコスト負担は国費投入という形で国民に求められる。だとすればまず政府、東電は「原発から撤退」「再生エネルギーによるに電力の安定供給」を決断し実行することが先決だ。それが国民の信頼を取り戻せる第一歩だ。

(すずき しょうじ・会員・大企業問題研究会)

拡大するブラックな職場環境について

―ブラック企業調査から何がみえてきたか―

丹下 晴喜

I.「働く貧困層」をめぐる言説と分析の視点

 労働運動総合研究所は、「働く労働者の貧困化」をテーマとする2年間にわたる研究プロジェクトを立ち上げている。その前段として2014年度においては、いわゆる「ブラック企業」に関するインタビュー調査を行った。筆者もこのプロジェクトに参加し、地方の「ブラック企業」についてのいくつかの聞き取りを行った。既にこの成果は『労働総研クォータリー』2014年秋季号において公表されている。
 このレポートでは、この研究報告書を振り返りながら、調査から見えてきたことについて私の考えをまとめてみたい。
 本論に入る前に、「働く労働者の貧困化」あるいは「働く貧困層」をめぐる最近の言説を概観しておきたい。そして、これをふまえ今回の調査をどのような観点で見るかということについて示しておきたい。
 バブル崩壊以降の日本経済を見る時、さまざまな労働問題が人口を膾炙している。古くて新しい問題であるが、1980年代末以降、長時間・過密労働による「過労死」「過労自殺問題」が世の中に提起され、現在でも関心を集めている。また、男性優位な意識が支配的ななかでも、一部の研究者を中心に、「働く貧困層」の代表的・根源的存在としての女性パート労働者の問題が鋭く分析されてきている。
 この10年を見てみると、リーマンショック直後の「派遣切り」「偽装請負」の告発など、非正規雇用問題が白日の下に晒されてきている。1980年代に制定された派遣とその規制緩和、さらには財界の「新・日本的経営」戦略は、格差と貧困という深刻な影響を働くものに与え、もはや放置できない状況を生み出している。
 この数年においては、若者を正規の従業員として雇いながら消耗品のように使い捨てる新興企業、いわゆる「ブラック企業」の違法性が、若者の新しい市民運動の力によって告発されている。
 またジャーナリズムにおいては、暮らしの営みにかかわる「家事労働」に対する不当は評価が「われわれの生きづらさ」の根にあることに光があてられ、さらに「最貧困女子」の波頭としてのセックスワーカーの実態などにも話題が及んでいる。
 以上、労働運動が冬の時代のような状況においても、労働問題はマグマのごとくいろいろなところから吹き出ているのである。すなわち働くことの多様性が求められ、それが現実に進行するなか、それらそれぞれに貧困がつきまとっている姿が明らかとなっているのである。そして今回、調査の対象となったいわゆる「ブラック企業」についてみても、このことは明らかであろう。
 ブラック企業とは、若者たちによる新しい市民運動のなかで得られた概念である。その運動のリーダーである今野晴貴によれば、それは、「日本的雇用システムが適用されない新興大企業に典型」であるとされ、「人事権などの指揮命令の強さが残存し、それによって若者を使いつぶすような働かせ方が可能になっている」企業であり、いわば「若者を使い捨てる」「新興大企業」と規定されているようである。
 しかし、私たちの労働の界隈を見ると、性別・業種別・職種別・企業規模別、さらには公務公共部門においても、それぞれの年齢階層や雇用形態に対応して、「ブラックな職場環境」が存在している。そしてこの状況にあわせて、本調査においても、今野の意図からは離れるものの、「ブラック企業」を広義にとらえ、いくつかの指標設定による類型的把握が目指されている。これは、今野の市民社会における問題の民主的告発と戦略を薄めるという問題がない訳ではないが、それでも職場で生じているブラックな現実をそれそのものとして把握することには、大きな意義があると思われる。すなわち、働くことの多様化と貧困はどのように絡み合っているのかを問うことであろう。
 さて、このような働くものの多様化と貧困はどのようにとらえたらいいのだろうか。言い換えれば労働者階級内部の多様性・重層性と貧困をどのような観点でみたらいいのだろうか。わたしは、それぞれの労働者階層、労働者集団に起っていることをその特殊性のみで把握することには限界を感じている。
 確かに労働社会はそれぞれの限界を持って存在し、そこが運動の出発点をなすことも事実だろう。しかし、この認識とともに労働者階級という家族全体に起っている普遍性の把握が必要であり、その上に労働者集団の特殊性を把握する必要があるように思う。言い換えれば、貧困の普遍性と特殊性を把握するということになるのではないだろうか。この調査において、ブラック企業について広義の定義を採用する意味は、まさにここにあるのではないかと考えている。
 以上のことを詳しく展開することがここでの課題ではないが、資本主義的蓄積の具体的展開過程のなかに位置づけられた階級の形成とその構成が明らかにされ、そこにおいて展開する貧困化状況がそれぞれの労働者集団の団結を強め、さらに連帯と統一を進める論理が示されなければならない。これでこそ、それぞれの労働者集団の貧困の特徴と労働者全体としての貧困の進行が統一的にとらえられ、その現状を解決する統一した方向が示されるように思われる。
 このような観点を意識しながら、以下、この調査から見えてきたことを論じたいと思う。

II.「ブラック企業」が働くものに及ぼす問題性について

(1)本報告書の構成およびブラック企業の定義の問題

 本報告書の構成は、「ブラック企業」調査というこのプロジェクトの性格から、まず「I.ブラック企業の定義をどうするか?」が検討され、「II.ブラック企業の類型化の指標」が提示された上で、「III.ブラック企業の類型化とその特徴」して、「1.企業別類型(1)」と「2.問題事例別類型(2)」が分析されている。これはこの調査からすると当然の叙述順序であるが、私は既に述べたように、現代の労働者が遭遇している受難を普遍的に明らかにするということから、あえて「ブラック企業」の問題事例別類型を重視してみたいと思う。
 この本論に入る前に、ブラック企業の定義の問題について触れておきたい。既に述べているように本調査においては、ブラック企業について広義の定義が採用されている。すなわちブラック企業とは、「憲法で保障された働くものの労働基本権を軽視する企業」「労働法全般、とくに労働基準法、労働組合法を無視し、…法令遵守を行い企業」「利益至上主義、人件費削減を自己目的とし、労働者の雇用責任を負わず、…人格・人権すらも奪う企業」「『働かせ方』自体がストレスを含み、労働者の健康・生存・生活を危うくさせ、最悪の場合『労働力の破壊』に至らしめる企業」「労働組合を無視する企業」ということである。
 報告書でも述べられるが、「この定義の記述は暫定的」であり、まさに「記述的」なのであるが、これはやはり、労働者階級全体のなかで普遍的に起こっている事態、すなわち「拡大するブラックな職場環境」について、まずイメージを与えようとすることに起因しているように思われる。それでは、現代の労働者が遭遇している共通の受難とは何だろうか.これを示すために、報告書の構成とは異なるが、ブラック企業の問題事例別の類型を見てみたい。

(2)現代の労働者の受難としての「問題事例別類型」の全体像

 現代の労働者階級が遭遇している受難を見る場合、その内部に細かく分け入ることも必要なのであるが、報告書ではそれを大きく二つのグループに分けて見ている。すなわち雇用形態における区別、非正規労働者における受難と正規労働者における受難である。
 まず、前者の非正規労働者なかでおこる受難についてである。報告書は、その主要な受難として、(1)「解雇(自主退職強要)」と(2)低賃金・長時間労働をあげている。(1)については、契約・派遣の雇用形態で特に女性に多く見られ、過大なノルマの設定→パワハラ→退職への誘導ないしはその強要というパターンが多く、特にパワハラへの意義申し立てが解雇通告につながるケースが数多く報告されている。
 また(2)については、契約・派遣、さらには業務委託の雇用形態に多く、(1)とは異なり性と年齢は問わずに生じている。労働条件はまさに現代の“Sweating Industry”とも言える状態にあるものが多い。
 これが非正規労働者における受難であるといえるが、これをまとめてみると非正規労働者においては、低賃金・長時間労働に加え雇用の不安定さということが一般的に見られるが、さらにこの中の女性についてはパワハラなどの暴力に晒される事例が多いということだろう。非正規労働者は、性別や年齢を問わず劣悪な労働条件のもとにおかれるとともに、さらに女性においては職場におけるセクハラ・パワハラの暴力に晒される機会が多い、これが受難の内容である。
 次に後者の正規労働者における受難である。日本型雇用の内部にあり、職が安定し賃金もそれなりに支払われているというイメージがある正規労働者であるが、彼ら彼女らが直面する受難は多様と言わざるを得ない。報告書では、その受難として、「パワハラ型」「過酷雇用条件型」「一方的労働条件変更型」「セクハラ型」「労働組合嫌悪型」等があるとしている。
 いくつか特徴を見てみると、第1に「パワハラ型」には、(1)特に中小企業に多い、経営者の資質や職場風土に起因する暴力支配型、(2)ノルマの強要がパワハラや長時間労働を招き、労働者がうつ病を発症してしまうノルマ強制型、(3)上司の好みや嗜好から発せられる、特定労働者の排除としての退職勧奨型、(4) (3)と連動する、あるいは排除の結果としてのいじめ型などがある。
 総じて、正規労働者におけるパワハラの受難は彼ら彼女らの人格・人権への侵害である。高度成長以降、大企業内部の協調的労使関係に反対する少数派組合活動家に対して隠然と行われていた暴力が普通の一般労働者を対象として公然と行われ始めたという点で、職場における暴力の浸透の現代性を示していると思う。
 第2に「過酷雇用条件型」である。これは長時間労働・不払い残業などからうつ病の発症につながるものであるが、この型は各年齢階層において、またホワイトカラー、ブルーカラーを問わず拡大している。過大な業務に起因する労働者の長時間労働は、まさにブラックな職場環境浸透の原点とも言うべき事態であり、正規労働者の受難の根底的原因と考えられるだろう。
 第3に「一方的労働条件変更型」「労働組合嫌悪型」についてである。これらは、労働者の権利や労働法をまったく無視しており、中小企業におけるワンマン経営でみられる懲戒的対応のような有無を言わせない強制性を特徴としている。労使関係という概念の成立さえ疑わせるような状況がみられるのである。
 最後に、以上のような正社員における受難に加えて、特に女性においては「セクハラ型」と分類されるような性的暴力が加わる。女性の正社員においては、一般的な労働条件の厳しさに加え、性暴力の対象となるケースがみられるのである。

(3)労働者の受難の底流と波頭

 非正規と正規のそれぞれの労働者のなかで生じているブラックな職場環境の浸透について類型別に概観してみた。まず第1に、問題の根源には「労働者を人間と見ていない風潮」が存在すると、報告書は述べている。それでは労働者とはなんであるか。私が報告書を一読して感じたことは、企業による労働者理解の極限化が進んでいるのではないかということである。すなわち、ブラックな職場環境におかれている労働者には、もはや人間としての理解が成立しておらず、ひたすら人的資源として、言い換えれば「人間的搾取材料」と理解されていのではないかということである。
 第2に、このような労働者理解を前提に、企業間に働く競争の強制法則が強力に作用し、原理的な搾取方法(長時間・過密労働)と結びつくことで、企業にとっては必要であるはずのその資源としての労働力の破壊さえ生じている。まさに労働力の消耗的浪費である。
 さらに第3に、これらのことは企業の強力で無制限な経営権の発動を前提に行われており、労働者を人間ではなく資源として理解する議論からすれば必然的に、これまでに労働者が獲得してきた社会的権利はおろか、近代世界において所与の前提とされる人格と権利の尊重に対する敵視と躊躇のない攻撃として現れている。

III.企業別類型にみる「ブラックな職場環境」の構造化

(1)在来型の大企業類型

 以上、雇用形態を正規・非正規の二つにわけ、そこの見られる普遍的な受難を見てみた。報告書はさらに、このような受難が企業類型別に見た場合、それぞれの企業類型においてどのような特徴を持って現れているかを明らかにしている。
 まず第1に、在来型の大企業において現れる特徴である。この企業類型ではこのプロジェクトで示したブラック企業の主要指標がほぼ出そろっている。30〜40歳代の「働き盛り」と呼ばれる世代が犠牲となっており、このことは地域・業種・職種を超えて共通に見られる特徴である。
 在来型の大企業において労働者に受難が生じた場合、その解決には固有の困難が生じている。例えば労災事故が生じた場合でも、企業および労働組合がその問題解決に非協力的である事例が数多く見られ、労災の認定が非常に困難となっている。また、企業や労働組合によって「労災認定封じ」がなされたという報告もされている。さらに、問題が法廷で争われる段階でも、裁判そのものへの不必要な介入や労働者の疲弊を期待した引き延ばしが企業によって画策されている。まさにこの部分では企業中心主義の強固な残存が確認できる。
 報告書は、特に解雇係争事件を引き起こしている大企業について、ロックアウト解雇や業績改善プログラムの押しつけ、恣意的な業績評価方法の導入など、解雇を正当化する手法=「戦略的リストラ」を先鋭化させているとしている。さらに、闘う労働組合の存在を認めないばかりか、労働委員会などの労使紛争処理機構による調整さえ否定し、労働条件の不利益変更や解雇を一方的に強行している、などの特徴をあげている。また、これらの紛争が法廷に持ち込まれた場合、裁判所の判決がこれまでの判例水準をから後退してきており、司法による企業リストラの肯定とそれへの支援がなされるような状況にあるとも指摘している。
 以上、グローバル化と規制緩和の大きな流れのなか、大企業の多国籍化と株主優先の経営が強まり、そのことがブラックな職場環境を構造化させているといえる。

(2)新興大企業類型

 第2に、いわゆる狭い意味でのブラック企業、すなわちIT、金融、外食、介護などの新興大企業についてである。ここでは、労働法に無知・無関心、パワハラを平気で行う、労働組合を嫌う、ひたすら営利を追求するという、いわば「ベンチャー(起業家)至上主義」的状況が見られる。
 この「ベンチャー至上主義」の雰囲気のなかでは、従来の労働規制はベンチャー的成功を実現する障害、いわば岩盤規制と理解される。「ビジネスチャンスはルールの外にある」というような「開き直り的立場」である。そしてこの労働規制を突破するための手法が先行的に採用される。すなわち、「残業代込み年俸制」や「ホワイトカラーエグゼンプション」に類するような成果主義的手法への異様な執着がみられる。
 さらにそこから、労働者に対しては強烈な自己責任と自己研鑽が要求され、その裏返しとして経営者の雇用責任の回避が画策されている。
 このような点からみれば、この類型は、職場環境のブラック化をイデオロギー的に担っているのである。

(3)中小企業類型

 第3に、中小企業類型についてである。日本経済の構造的特徴は、大企業を頂点に中小企業群が幅広い裾野を形成している点である。このような構造からすれば、大企業でのブラックな職場環境は中小企業へと波及する可能性をもっている。
 さらにベンチャー的な中小企業は狭義のブラック企業の中小企業版であり、ブラックな職場環境である可能性が高い。この類型でも労働法を無視し、労働者の自己責任のみを強調し、企業の雇用に対する責任を果たさないものが見られる。労働者と労働組合には対して、「オレ様」的対応をする経営者さえ少なくない。
 総じて、経営者の労働者に対する態度は狭隘であり、経営者の資質上の問題に起因する労働者の流動性の高さがみられる。また労働組合がそもそも不在であり、その結成に際しては経営者が異常な拒否反応を示す場合が多く見られる。

(4)非正規・請負労働類型

 企業類型ということではないが、それぞれの企業・職場に浸透し、それらをもっとも根底で支える間接雇用においては、どのような状況が生じているだろうか。この類型では、例えば派遣先の契約解除に際して派遣元が雇用責任を果たさず解雇するなど、雇用の不安定性が特徴的である。
 また請負契約という個人事業主を偽装した雇用形態では、労働者はその労働者性を否定されたまま働かされ、本来、使用者の経営責任になるべきことが、労働者の責任に帰せられ、弁済を強制されるようなことが起こっている。さらに報告書では、労働者の労働者性を認めない企業に対して労働行政が十分対応し得ていない事例も示されている。

(5)公務・公共サービス部門類型

 最後に公務・公共サービス部門類型についてである。ここでは、これまで行政組織の機構再編と民間委託が進んできている。まさに新自由主義が猛威を振るっている世界である。公募=競争入札による人件費の極限的切り下げが生じており、公務・公共サービスを受託した企業の側に労働条件の決定能力がなく、その矛盾がそこで働くものに押し付けられている。
 また、公務そのものについていえば、定員削減による負担増が極限化しており、公務労働者の過労状態の恒常化が見られる。

IV.「拡大するブラックな職場環境」をどうみるか

(1)「ブラックな職場環境」拡大の背景

 以上、それぞれの企業類型におけるブラックな職場環境の浸透をみてきたが、これをどのように見たらよいか、簡単にまとめおきたい。まず、これらのブラックな職場環境の浸透は、メガコンペティション時代の大企業のグローバル化、ITC情報技術革新、それに対応した新自由主義的な政策展開のなかで生じている問題として理解することが重要である。大企業類型、新興企業類型ではこれらの影響をそのまま受け、それ以外の企業類型でもその影響の波及として、職場のブラック化は進行しているのである。
 「ブラック企業」とは、当初の狭い定義においては、「若者の労働者を正社員として大量採用し、長時間労働・過重労働、残業代不払い、『セクハラ』を繰り返し、使い捨てる(大量離職させる、精神疾患にさせる)成長する新興大企業」という内容であり、典型的には新興の製造業や金融関連会社、フランチャイズ制の外食産業、介護事業所などであった。そしてこれらの新興大企業では、日本的雇用システムがそもそも適用されない点が、ブラック企業化において重要であるとされていた。
 しかし、「ブラックな職場環境」の社会全体への浸透性を見ると、典型的なブラック企業=狭義のブラック企業とともに、社会のさまざまな職場環境のブラック化についてもみておかなければならない。職場のブラック化は、成長新興大企業における若者の使い捨てにとどまらない広がりを見せており、その背景的理解は必要であると思われる。

(2)「ブラックな職場環境」を階層的にとらえる

 「ブラックな職場環境」の拡大は、以上のような背景を前提に、さらに詳しくいえば国家と大企業体制の階層的支配の問題として生じている問題である。わたしたちの目には、市民社会のルールさえ無視し、社会の存続さえ危うくしているブラック企業の姿は比較的理解しやすいものである。
 しかし、ブラックの職場環境の社会全体への浸透は、グローバル化にともなう株価重視の資本主義の浸透、国家の新自由主義的政策展開、それを肯定する自己責任イデオロギー、在来型の大企業における支配体制と労使一体的労働組合の機能、新興産業における労働慣行無視の企業家意識、労働関連裁判における司法判断、大企業と下請け企業の関係、それを支える諸制度、間接雇用の浸透による労働者の雇用の全体的不安定化、女性の労働に対する差別的評価など、さまざまな現代状況の集中的表現である。これらを分析・総合するなかでこそ、この問題への対応が可能になる。
 例えば、ジャーナリストの竹信三恵子氏は、その著書『家事労働ハラスメント』(岩波新書)において、家事労働ハラスメントに見られる労働問題の構造を以下のようにまとめている。
 「妻の労働に支えられる零細企業が多い日本では、妻の報酬を認めないのは実態に反する。だが同時に、妻の賃金を認めなければ零細企業の名目的利益が膨らみ、税金がとりやすくなる。大手輸出企業は、下請けの単価引き下げを緩衝剤にして通貨変動をしのぐことが多い。そうした柔構造の末端には、無償の働き手としてのさまざまな変化をスポンジのように吸収していく家族従事者がいる。大手企業や官庁にとっては、(所得税法)56条の原則はてばなさないまま女性たちの不満には『青色申告があるから』というガス抜き装置を作り、例外として対応するのが便利ということではないだろうか」(97ページ)。
 若者を食いつぶす新興成長大企業について、それを社会問題化しその存在を拒否していくことが喫緊の課題であることは当然である。しかし問題はそれにとどまらない。ブラックな職場環境が社会のなかに蔓延ってしまう現代日本の経済と政治の階層的構造こそ、問題にすべきである。そうでなければ、ブラックな職場の日本社会全体への浸透の対抗戦略は明確にならないように思われる。

(3)労働組合運動としての課題

 職場環境のブラック化の背景とその構造の分析には、それ独自の領域として残された課題が多い。本稿の最後に、当面のブラックな職場拡大への対抗として労働組合運動の課題を考え、本レポートの結びとしたい。
 労働組合は職場環境のブラック化にどのように対応するか。まず、なによりもそれぞれの職場で起きているブラック化について敏感に反応し、可視化・告発できるかどうかである。労働組合が存在する職場において、このような問題が見過ごされ、またひどい場合は労働者側の問題として扱われる場合は非常に多い。また筆者の最近の見聞のなかでも、労働組合幹部が生じている問題を軽視し、放置あるいは無視するということもあった。しかし、これは労働組合のアイデンティティにかかわる重大な事態だと思われる。なぜなら、労働組合とは同じ職場で働く仲間の孤立を阻止し、仲間としての連帯を重視し、使用者に対抗するところにその本質があるからである。なによりも職場の問題において労働組合がアクターとなるよう、問題を掴み取り上げることが必要である。
 以上のことを前提に、職場のブラック化に対応しようとしたとき、一方で職場環境のブラック化が日本社会全体に浸透しつつあるという困難と、他方において労働組合の組織率が、労働組合運動の右翼的潮流を含めても20%を大きくしたまわっているという困難がある。このようななかで、職場環境のブラック化を阻止すべき労働組合運動はどのような課題を有しているのだろうか。
 まず古くて新しい組織的課題であるが、なによりも企業主義を克服する労働者の産別・地域別の組織化とその前進こそが重要である。日本における民間大企業の労働組合は労使一体的・企業主義的潮流が主流であり、元来、その使用者に対する規制力には疑問があるが、しかし職場で生じている問題を真に解決できるかどうかは、それが労働組合を名乗る以上、必ず求められる機能である。また、日本における労働組合の階級的潮流は、まさに階級的労働組合運動を標榜する以上、民間主流派の労働組合運動の弱点を超えて、産別・地域別の組織化を進める必要がある。これも階級的な立場の労働組合運動のアイデンティティにかかわる問題である。
 そしてこのことを前提に労働組合運動は、第2の課題として、狭義のブラック企業に対する若者たちの告発戦略から多くを学ばなければならないのではないだろうか。ブラック企業の論客である今野がリードするNPO法人 POSSEの活動は、新興大企業におけるブラックな職場環境に対して、労働相談という手法、ブラック企業というネーミング、マスコミなどへの告発、団体交渉や裁判の支援などを通じて、その改善を実現している。またこれらの実践のなかで、若者活動家の育成という点で非常に大きな成果をもたらしている。このようないわば市民社会における告発戦略と問題解決について、事態を動かすために学ぶ必要がある。
 そして最後に、ブラックな職場環境そのものから、それを生み出している背景、構造を変える闘いの組織、最近の流行的な言い回しである“一点共闘”から、さまざまな課題を包括する“統一戦線”の運動への発展を必要とするように思う。
 以上、感想の域をでない叙述であるが、本レポートの結びとしたい。

(たんげ はるき・常任理事・愛媛大准教授)

研究部会報告

・労働組合研究部会(4月11日)
 イタリア、アメリカの「ローカルセンター」をテーマにした。イタリアの地域社会交渉について斎藤隆夫氏が報告。年金者組合や三大労組の地方組織ほかが当事者となり、多様な住民要求を草の根から組織し、運動を通じて自治体(コムーネ)などとの間に交渉・協定権を確立・拡大している。アメリカについてはあまり知られていない州レベルの組織、ステート・センター=State Central Bodiesについて兵頭淳史氏が報告(市・郡レベルのCentral labor Council=地区労・CLCについては近年注目されている)。州によりばらつきが大きいが、選挙やロビー活動だけでなくカンパニア闘争の組織化も行う。いずれもAFL-CIOの加盟組織で各1名の大会代議員権がある。これらの報告をめぐり質疑・討論が行われた。

4月の研究活動

4月2日 国際労働研究部会
   4日 社会保障研究部会
   8日 労働組合運動史研究部会
  11日 労働組合研究部会
  14日 中小企業問題研究部会
  28日 女性労働研究部会
      賃金最賃問題研究部会

4月の事務局日誌

4月3日 労働法制中連事務局団体会議
  18日 労働総研クォータリー編集委員会
  25日 第3回常任理事会