労働総研ニュース295 2014年10月



目   次

 マルクス経済学を基礎にした財政学 内山 昭
 『日本再興戦略 改訂2014』批判
 研究部会報告ほか




マルクス経済学を基礎にした財政学

―内山昭編著『財政とは何か』の特色―

内山 昭

  このほど筆者は編著『財政とは何か』(税務経理協会、2014年7月)を刊行した。財政学は政府・自治体の経済活動に関する学問であり、経済学の重要な一分科である。したがっていわゆる主流派経済学とマルクス経済学(広くは社会経済学)の対立、緊張が最も強い分野の1つである。本書は主流派の成果を批判的に摂取しつつも、マルクス経済学の核心、すなわち資本による労働の搾取、両者の非調和的な関係を財政学体系の基礎におき、全体に首尾一貫させた。近年マルクス経済学の影響力低下が危惧されることに対して、本書はその打開の一助となることを意図する。
 筆者らは2008年の世界恐慌、2011年の東日本大震災・福島第1原発事故は1929年の大恐慌や第2次世界大戦に匹敵する出来事であり、今後50年間の日本と世界の枠組みを規定すると評価している。この30年余、福祉国家や大きな政府を否定する新自由主義の理論と政策が世界を席巻した。しかし、政府の財政・金融政策が上記2つによる資本主義の危機を救済し、経済を回復させてきたことから、流れが一変しつつある。筆者はこれまでも動揺することなく、大きな政府論を堅持してきたが、資本主義は体制維持のために資本の活動が生み出す欠陥や矛盾の解決、緩和を求められ、政府の役割は不可避的に大きくなるからである。本書ではこれを「積極的政府論」と表現して非効率や官僚主義を排除する意味を込め、政府の失敗を回避し公正と効率を両立させる様々な方策を提示した。
 以上を具体化した本書は、全14章、三部構成をとる。「第1部 現代財政のスケッチ」「第2部 租税と公債」「第3部 現代財政と産業・国民生活」である。ここでは財政学の基本問題とともに、地方分権を基礎づける国と地方の財政関係論(4章)、環境財政論(13章)、災害財政論(14章)が展開されている。
 本書の内容全体は冷徹な客観主義に基づく分析、説明を行ったうえで、現実を踏まえた理想主義を貫いた。その主眼は経済社会の持続可能性、所得と生活の豊かさの格差是正、個人の自立や精神の健全性の向上につながる現状批判と政策課題の提起を目指すことにある。このスタンスから現代の政府・自治体の一義的任務は国内的にも国際的にも「自立と連帯」をサポートすることであり、財政はそのための経済的保障であることを導出している。
 多くの方が本書を手に取って、経済問題や政策課題の理解、労働組合運動の発展に役立てていただくことを願っている。

(うちやま あきら・理事・京都成美大学長)

『日本再興戦略 改訂2014』批判

 安倍内閣は6月24日、『日本再興戦略 改訂2014 未来への挑戦』(新成長戦略)を閣議決定し発表した。この「新成長戦略」は、アベノミクス「三本の矢」により始まりつつある経済の好循環を一過性のものに終わらせず、持続的な成長軌道につなげるためにまとめたとされている。安倍内閣の「成長戦略」については、すでに、労働総研・経済分析研究会のメンバーが執筆者となり、『労働総研クォータリー』2014年夏季号(No.95)で、「特集・徹底批判 日本再興戦略」を掲載し、その問題点を多角的に全面的に解明した。今号では、その続編として、「新成長戦略」の欺瞞について、経済分析研究会のメンバーに簡潔なコメントを寄稿していただいた。

「開運商法」としての「アベノミクス」

牧野 富夫

 私は反省している。これまで「アベノミクス」を「安倍政権の経済政策」だと誤って理解していたからだ。冷静に考えれば、あれは「経済政策」ではない。人の弱みに付け入る「開運商法」なのだ。「デフレ・マインド」など“悪霊”を仕立て上げ、「三本の矢」で“悪霊”を射止めれば「日本経済の先行きに対する『期待』の灯がともる」(「成長戦略」)と吹聴し、「日本経済好循環」論をニンジン代わりに利用し、労働者・国民を欺き政権支持を掠め取っているからである。安倍政権がこの「開運商法」を始めて2年近くになるが、労働者・国民のくらしは一向に「開運」せず、悪化しているではないか(操作された官庁統計でも悪化しているが、より確かな足もと=自分の暮らしをみよ。「経済学者」の弁よりも自らの「庶民の感覚」をこそ尊重せよ)。

 安倍が「開運商法」で騙している相手は、労働者・国民だけではない。大企業や財界の面々をも騙している。ただし、かれらが騙されるにあたっては騙される側にも一半の責任がある。「日本経済の好循環」の必須の条件は「賃上げによる内需の拡大」である。財界には「内需拡大につながるような賃上げ」の意思は皆無である(14春闘で「賃上げジェスチュア」を披露しただけ)。多少の「ベ・ア」をやっても非正規を拡大する「雇用破壊戦略」と一対では「内需縮小」にしかならぬ。大企業経営陣が「日本経済の好循環」を本気で望むのなら、それなりの「覚悟」が要る。「内部留保」の一部を吐き出せばよい。これは「ない袖を振れ」という無理難題ではなく、「ある袖をちょっと振れ」というに過ぎない。「小さな覚悟」で済む話だ。その「小さな覚悟」さえ持ち合わせぬ小心者だから、安倍の“情念”に押し捲られている。経団連の新会長・榊原の安倍への茶坊主ぶりをみよ。目に余る。

 安倍の「開運商法」に騙されている相手が他にもいる。安倍自身だ。安倍の「経済オンチ」が災いしている。経済オンチの「経済学者」の助言が災いしている、というべきか。それはともかく安倍政権の「成長戦略」の刀は「規制の切捨て」専用である。切捨ての本丸は、労働規制(雇用・賃金・労働時間関連)である。安倍も武蔵をまねて二刀流のようで、別に「ムダの切捨て」専用の刀を持つ。その刀では「社会保障の切捨て」が最大の眼目である。雇用・賃金・労働時間(概念)を潰し、社会保障を潰し、どうやって「日本経済の好循環」をつくるのか。安倍のやっていることは「好循環つぶし」だ。にもかかわらず、いまだに「好循環」論をふりまく安倍は幼児顔負けの「経済オンチ」か、稀代の詐欺師のどちらかだ。
 海外にも安倍の「開運商法」に騙されて期待をよせる向きもあったが、だんだん目覚め昨今の「アベノミクス」をめぐる海外論調は懐疑派が優勢になっている。潮目が変わったようだ。労働総研の出番である。そして一言。労働運動の現状が、安倍の「開運商法」を許している面はないか。運動の指導者にじっくり考えて欲しい点である。

(まきの とみお・顧問・日本大学名誉教授)

「人口減少社会」と「新成長戦略」

友寄 英隆

 安倍内閣の新旧の「成長戦略」をくらべて読んでみて、追加されている部分のなかで私が注目した論点が2つある。1つは、「人口減少社会」にたいするとりあげ方の問題である。
 1年前の「成長戦略」では、人口減少の問題については、もちろんとりあげてはいたが、「少子高齢化で労働力人口の減少が懸念される」などと簡単にふれているだけであった。政策的対応としても、2013年6月に少子化社会対策会議で決めていた「少子化危機突破のための緊急対策」をあげて「妊娠・出産等に関する情報提供や産後ケアの強化など、結婚・妊娠・出産に関する支援を総合的に行う」(33p)などと述べるだけにとどまっていた。
 ところが、「新成長戦略」では、総論中の「改訂に当たって」の冒頭で、「少子高齢化による人口減少社会への突入という日本の経済社会が抱える大きな挑戦を前に、日本経済を本格的な成長軌道に乗せることはそう容易なことではない」などと述べて、本論のなかでも「人口減少問題」が20箇所近くで言及されている。
 量的に増えているだけではない。旧「成長戦略」では、ただ「労働力人口の減少」という視点からしかとりあげていなかったが、新戦略では、「地域社会の崩壊」という視点を前面にかかげているのが特徴である。たとえば、次のように述べている。
 「人口減少の厳しい現実の下で、活力ある地域経済社会を構築するには、まず、人口動態を踏まえた共通認識の醸成が必要である。人口減少の下で右肩上がりの時代と同じ地域戦略を採用することは、効果がないばかりか、共倒れを招きかねない。……(中略)……地域に根ざした中堅・中小企業・小規模事業者等の挑戦によって農業や観光を含めた特色のある産業が全国津々浦々で育成され、地域経済を引っ張っていくことが重要である」(12p)。
 人口減少社会の現われが「労働力不足」として企業活動に深刻な影響をもたらすことは、早くから論じられてきたが、最近は、人口減少は、とりわけ地方で深刻化しているという危機感があおられている。たとえば、今年5月に日本創生会議が2040年には全自治体の約半数の896自治体が人口減で消滅するなどという「予想」を発表した。「成長戦略」発表後の7月には、全国知事会が「少子化非常事態宣言」を打ち出した。こうした動きが「新成長戦略」と連動していることはまちがいないだろう。
 新しい「成長戦略」では、もう一つ追加された論点として、2020年のオリンピック東京大会へむけて「国家戦略特区」路線を加速させるということがある。「東京大会」への言及は、これもまた20回も出てくるが、次のように、「国家戦略特区」の加速とセットになっている。

 「(1)国家戦略特区を活用したスピード感を持ったインパクトのある改革の実行、(2)2020年オリンピック・パラリンピック東京大会等が開催される2020年をターゲットとした改革の加速の2点を軸に据えながら、日本経済の再生を実現していく」(16p)。

 安倍内閣は、2014年9月の内閣改造で新設した「地方創生担当大臣」に石破茂前自民党幹事長をあてて、来春のいっせい地方選挙にむけて、「元気で豊かな地方の創生」を宣伝している。しかし、石破大臣は同時に「国家戦略特区担当大臣」でもある。東京一極集中をますます促進する「国家戦略特区」の加速と、地方の人口減少をくいとめる「地方創生」とは、どうみても相反する方向を向いている。新たな「成長戦略」では、「地域に根ざした中堅・中小企業・小規模事業者」、「農業や観光を含めた特色のある産業」が「全国津々浦々で育成され、地域経済を引っ張っていく」などというが、こうした地域経済重視の路線は、「国家戦略特区」による「成長戦略」とは異質なものである。
 安倍内閣の言う「地方創生」は、「看板倒れ」どころか「羊頭狗肉」そのものである。

(ともより ひでたか・経済研究者)

「トリクルダウン」と「投資立国」

山中 敏裕

 再興戦略(14年版)には、「トリクルダウン」がちりばめられている。例えば、「成長戦略によってもたらされた企業収益の改善を、賃上げ・配当を通じた所得の拡大と雇用の拡大につなげ、それが消費の拡大、そして更なる投資を生んで収益拡大につながるという『経済の好循環』を更に拡大して実現していくことが重要である」(第1のIII)。しかし、「トリクルダウン」とは裏腹に、産業空洞化の方向が隠されている点を看過できない。
 安倍内閣は、発足直後、「日本経済再生に向けた緊急経済対策」を閣議決定。「世界で一番企業が活動しやすい国」が言われ、「海外投資収益の国内還元を日本の成長に結びつける国際戦略を進め、『貿易立国』と『産業投資立国』の双発型エンジンが互いに相乗効果を発揮する『ハイブリッド経済立国』を目指す」と言われた。すでに、12年衆院選での自民党政権公約で言われていたことである。
 遡れば、05年の第8回経済財政諮問会議に「日本21世紀ビジョン」が提出され、「経常収支については、財・サービス収支が赤字に転じるものの、所得収支の黒字がGDP比で拡大することから、黒字が維持され、・・・『投資立国』へと発展していく」と言われた。経団連が『活力と魅力溢れる日本をめざして』(03年)で、MADE IN JAPANに代えてMADE BY JAPANを打ち出したことに照応するものである(「メイド・バイ・ジャパン」は13年版再興戦略でも言われる)。報告を受けた小泉首相(当時)は、「どうかポスト小泉を担う方々は、政策発表の差異(ママ)はこの(21世紀)ビジョンをバイブルとして活用していただいて、改革を加速していただきたい」と述べた(カッコ内は山中)。『通商白書』(06年)では、この「ビジョン」に言及され「投資立国」が言われ、「所得収支の拡大と貿易・サービス収支の赤字化に特徴付けられる『成熟した債権国』への移行」すら言われた。第1次安倍内閣(ポスト小泉)の『通商白書』(07年)では「『貿易立国』と『投資立国』の両立」が言われた。前出衆院選政権公約と「緊急経済対策」は、この延長線上にある。
 再興戦略(13年版、14年版)では、トップセールスでのインフラ輸出にかかわって経協インフラ戦略会議「インフラシステム輸出戦略」への言及がなされ、肝腎なことは、そちらに書かれている。「輸出戦略」(13年版、14年版)では、「日本企業の進出先国において、物流や電力などの経済インフラの開発を進展させることは、日本企業の進出拠点整備やサプライチェーン強化につながり、現地の販売市場の獲得にも結びつくため、インフラ受注そのものに加えて、複合的な効果を生み出す」と言われ、インフラ輸出と海外進出が一体で示され、原発輸出まで言われている。その一方では、TPPにより、多国籍企業のためにシームレスな市場原理主義的市場が構築されようとしている。多国籍企業が、その時々の条件で最適地事業展開をすれば、各国各地の地域経済は攪乱され、労働者はジャスト・イン・タイムで使い捨てられる。「トリクルダウン」どころではない。労働者の被害は甚大である。

(やまなか としひろ・会員・日本大学准教授)

国際金融センター構想について

建部 正義

 『日本再興戦略』改訂版では、「金融・資本市場の活性化」の項目の下に、新たに「国際金融センターとしての地位確立」との方向が打ち出された。「有識者会合の提言等を踏まえ、アジアの成長も取り込みつつ、証券市場の活性化や資金運用市場の強化を図ること等により、アジアナンバーワンの金融・資本市場の構築を目指す」、「東京市場におけるアジア各国通貨の調達環境の充実やクロスボーダー取引の活性化を通じ、国際金融センターとしての地位を確立するため、証券決済等のインフラ整備やASEAN諸国との債券発行に係る書類・手続の共通化を進める。また、英語による金融行政のワンストップ窓口の活用を進める」、という指摘がそれに相当する。
 これは、明らかに、5月16日付の日本経済研究センター・大和総研・みずほ総合研究所の共同提言「東京金融シティ構想の実現に向けて―金融資本市場の活性化を成長戦略の柱に―」を受けたものである。そこでは、アジアの金融ハブ化へ向けた市場インフラ整備―(1)東京市場の多角化へ向けた検討、(2)アジア諸国の資金調達・運用の場として東京が活用される環境整備―とならんで、東京都独自減税の実施(国家戦略特区を活用)―国が検討中の法人税改革に加え、一定の要件の下での地方法人課税の減免措置等により、他の国際金融センターと競争し得るコスト構造を目指す―などが提示されていた。
 さらに、この両者に対応するかたちで、東京都は東京国際金融センター検討タクスフォースを立ち上げ、7月11日には「『東京国際金融センター』構想に向けた取組」なるプランを公表するに至る。そのなかでは、「東京国際金融センター」を目指す意義として、(1)監督官庁、中央銀行及び主要金融機関が集積する東京は、これまでも、日本の金融の中心として日本経済を牽引してきた旨、(2)2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催が決定したが、これは世界の注目が集まる絶好の機会である旨、(3)この機会を捉え、経済の血液といわれる金融の分野において、東京が国際金融センターとなることで、東京の、ひいては日本・アジアの経済を活性化していく旨、が挙示されている。
 思えば、東京国際金融センター構想が提起されたのは今回が初めてではない。すでに、1996年11月の橋本首相による「日本版金融ビッグバン」の提唱のなかで、2001年までにわが国の金融・資本市場をニューヨーク、ロンドンと並ぶ国際的な市場として復権させることが目標として謳われていた。そのアジア版がこの度の提案というわけである。
 安倍首相としては、成長戦略の中身が乏しい折りも折り、格好の素材として飛びついたわけであろうが、いうまでもなく、スローガンを掲げただけで構想が実現するほど事態は甘くない。ただ、シンガポール、香港、上海市場にたいしていかに優位を保つかということもさることながら、より根本的には、わが国が金融立国路線を選択することの当否という問題にかかわっている。われわれは、6年前に経験したリーマン・ショックが、新自由主義にもとづく、アメリカおよびイギリスによる金融立国路線の追求とも結びついていたことを決して忘れてはならないであろう。

(たてべ まさよし・中央大学名誉教授)

アベノミクスとオバマノミクス

――全国一律最低賃金大幅アップは、いまや世界の常識――

萩原 伸次郎

 さる9月8日に発表された2014年第2四半期(4―6月期)の日本のGDPは、年率で7%のマイナスとなった。4月の消費増税によって、実質消費支出の下落が継続している。一方、米国経済は、同時期実質GDPの速報値は、前期比4.0%増となり、伸び率は、13年第3四半期の4.5%以来の増大であった。
 昨年に比較して、今年の米国経済が好調に推移しているのは、いわゆる「財政の崖」をクリアーしたからといえるだろう。「財政の崖」とは、連邦準備制度理事会議長だったベン・バーナンキが2012年2月末の下院金融サービス委員会の席上、米国経済は、2013年1月1日、ブッシュ減税法の失効と予算統制法による歳出削減装置が働き、それに対して有効な対策がとられなければ、増税と巨額な財政支出削減によって財政の崖に遭遇するだろうと警告したことによる。
 一時は、オバマ政権と議会共和党の確執で危なかったのだが、13年12月にようやく民主・共和両党の予算協定が結ばれ、裁量的財政支出の一律削減は回避され、14年会計年度歳出法案も今年の初めに議会を通過し、連邦債務上限も15年になるまで拡大されることとなった。したがって、2014年は、米国において財政政策における逆風は去り、「財政の崖」を乗り越えて進む米国経済となったというわけだ。そして、現在オバマ政権が最も力を入れている経済政策が、最低賃金の大幅アップであり、全国一律時給10.10ドルを実現すべく邁進している。もちろん米国の場合、全国最賃は、上下両院で法案が通過しなければならず、下院を制している共和党の反対で法案は、通過の見込みとはなってはいないが、オバマ大統領は、州にも働きかけすでに6つの州で最低賃金を上げているし、さらに米国の最高責任者として、彼は、最低時給10.10ドルの公正賃金を連邦で雇われている雇用者に支払わなければならないとする行政命令に署名したのである。
 ひるがえって、安倍政権の経済政策を見てみると、その違いは歴然である。アベノミクスで主張されているのは、いうまでもなく、もはや破たんした、大企業のもうけを優先するトリクルダウンの議論であり、中間層から購買力を奪う、消費増税の実施である。「大企業栄えて民滅ぶ」こうした経済政策を続けていれば、いつまでたっても日本のGDP水準は上昇しないだろう。にもかかわらず、内閣改造でひきつづき副総理兼財務大臣となった麻生太郎氏は、「消費税10%への増税の決断は、ゆるぎない」といっているそうだ。GDPが上昇せずとも分配をうまくやれば経済は乗り切れるという説もあるようだが、日本のように国家債務GDP比が200%を超えるような国では、名目GDPの上昇は、不可欠の課題である。しかし、消費増税を見越した財政大盤振る舞いで、日本の国家債務GDP比が上昇し、また、国民貯蓄率の急減によって、日本の経常収支が赤字続きでもなれば、債務国転落は必至となる。日本の円はドルと違って国際通貨ではないから、かつて、南米諸国やヨーロッパのギリシャなどが経験した国民窮乏化政策が実施されざるを得ないだろう。こうした事態になるのを食い止めるためには、アベノミクスを放逐し、オバマノミクスに学ばねばならないといえるだろう。

(はぎわら しんじろう・会員・横浜国立大学名誉教授)

アベノミクス労働政策批判再論

下山 房雄

 『日本再興戦略 2013 Japan is back』は、労務管理での時論=「能力ではなくて成果を評価」を無視、「能力に見合った報酬」などと述べていた。その粗忽は『日本再興戦略 改訂2014 未来への挑戦』では正されて「時間ではなくて成果で評価する働き方への改革」など現今の経営労務理念に忠実な言説表現になった。しかし目指す「再生の10年」の年平均成長目標値として、名目3%、実質2%の数字が冒頭に掲げられているのに面食らう。これでは、物価は年1%?? 黒田日銀の必死の言説=2%とは食い違う。メディアでは全く話題になってないが、どうなっているのか。アベノミクスの作文作業は、出世競争の一線で競っている経産省官僚が行っているらしいが、彼らの卓抜した頭脳がやってしまったミスか?
 このことに拘っていても生産的でないので、本稿ではアベノミクス賃金労働時間政策への原理的批判を行っておく。今度の改訂版では「経済の好循環」が動き始めたと誇りながら、その循環を企業収益回復→賃金上昇・雇用拡大→消費拡大→更なる投資と描いたり(PDF版2頁)、賃金上昇と配当増大を併記した循環にしたり(4、14頁)している。しかし、企業収益が配当に行く論理と賃金に行く論理は全く異なるのだ。両者が異質で対立していると経済学の古典派とマルクス派は認識してきたが、安倍経済学ではどうなのか。
 利潤のおこぼれ(トリクル・ダウン)で賃金が上がるわけにはいかないことは、戦後労働経済史が厳しく教えるところである。高度成長と先進国中位のストライキを伴った春闘の20年間で、労働生産性約6倍―実質賃金約3倍の過程があり、この過程で労働者家計には三種の神器や3Cの耐久消費財が導入され、味噌・沢庵から動物性蛋白質いっぱいの欧風食事に変わるという消費の豊かさへの接近があった。だが、投下労働で測った賃金の経済価値は半減し、その分だけ利潤が増大した。マル経の説く相対的剰余価値生産である。労使自治による賃金抑制策=日本型所得政策が貫徹した1975年からバブル崩壊1990年までの15年間では、労働生産性2倍弱、実質賃金約4割増で、なお相対的剰余価値生産増進のもと、平均賃金は少しだけ上がった。その後の1990年〜2013年は、生産性約4割増、実質賃金ほぼ持合い、つまり資本論における相対的剰余価値生産の章の叙述通りの実質賃金一定の条件で、生産性増の成果は全て利潤に成り、配当や内部留保になった。
 賃金を上げるには、労組交渉力を高めるか、最賃制による国権行使に待つしかない。前者については、憲法28条侵犯の国の政策(49-50年のレッドパージ、80年代の国鉄民営化での採用差別)あるいは個々の企業の組合活動家抑圧(賃金仕事差別から殴る蹴るの白色テロ 60年代央には民間労組の過半が労働組合主義を名乗りながら団結交渉争議の組合主義とは正反対の会社派組合になった)によって、年間労働者一人当たりスト日数ゼロという先進国では異例の国になってしまった。展望が容易に見えない。となれば、最賃制しかないのだ。最賃金額改訂を議会(下院は反オバマの共和党が多数)にかけねばならないオバマと違って、日本の最賃制は行政優位の職権方式である。行政が今採っている生保基準と最賃との非科学的で不公正な比較技法を正し、最賃で単身の生保基準の生活ができるようにすれば、現行最賃500円アップ、全国1000円最賃などの実現は可能だ。安倍ができない、またはやらないのなら、安倍内閣打倒を実現して「好循環」を実現する以外にない。
 最後に是非の数言。簡単な成果給=単純出来高給でも、時間規制は絶対必要だった。残業上限時間の法定を要求するILO1号条約批准で、週40時間労働残業なしを実現すれば、労働者は多様な消費生活を送ることが出来る!! 「時短の経済」の因果が働いて時間当り生産性も上昇し、経済の力は強まるのだ。アベノミクスの成果賃金・時間規制無しでは、そうはならぬ。上司面談で決める成果目標値を達成できない「低生産性の労働者」には、残業代ゼロでの収入減、そして過労による疾病死や自死が襲う。労働生産性向上要因を労働者の勤勉や頑健には求めず、「より進んだ機器、より良い教育の結合」に求め、小沢一郎の表現を借りれば「生活第一特区」とも言えるプロミス・ゾーンを全国20箇所に設定するオバマノミクス(米大統領経済報告2014年版訳書140,211頁)とは逆の安倍提言だ。

(しもやま ふさお・理事・九州大学名誉教授)

「安倍雇用破壊」阻止と「安倍内閣打倒」は表裏一体のたたかい

生熊 茂実

 6月24日に発表された「日本再興戦略改訂2014」では「アベノミクスの効果を全国に波及させ地域経済の好循環をもたらす、いわばローカル・アベノミクスにより、最終的には地方の元気を取り戻し、国民一人一人が豊かさを実感できるようにする」ことが強調されている。これは、地方経済の引き続く落ち込みがアベノミクスへの批判の強まりとなっていることの反映でもある。また「昨年の成長戦略で残された課題」として、「少子化」のなかで、女性を安く便利な労働力として利用しようという「女性の更なる活躍の場」も強調されている。これらにともない、9月3日に行われた安倍改造内閣において「地方創生大臣」、「女性活躍大臣」が設置された。
 さらに安倍改造内閣の陣容を見てみると、「沖縄基地負担軽減担当」という悪い冗談と思える部署を官房長官の兼務とし、厚生労働大臣は塩崎恭久となった。塩崎は、「残業代ゼロ」、「解雇規制緩和」の急先鋒であり、いっぽうで年金財源を株に投資する割合を大幅に増やそうという安倍内閣の「株価重視」政策の推進役でもある。また谷垣禎一を自民党幹事長にすえたが、谷垣は「消費増税10%をおこなわなければ、アベノミクスの失敗を認めることになる」という消費増税推進派である。これらをみると安倍改造内閣は、自ら「実行実現内閣」と言うが、それは端的に言えば「悪政強行内閣」と言わざるをえない。

「アベノミクス」への期待は大きくダウン

 これらに対して国民世論はきびしい見方を示している。9月6、7日調査の朝日新聞世論調査では、ウルトラ右翼を多数ふくんでいるのだが、5人の女性閣僚登用を「評価」して、内閣支持率が47%に上昇した。しかし具体的な政策に対する強い批判が強まっている。
 世論調査の結果は、安倍内閣の経済政策が賃金や雇用に結びつくと思う28%、思わない53%、消費税10%引き上げに賛成24%、反対69%、原発再稼働に賛成25%、反対57%である。これは、同様の設問でおこなわれた6月調査と大きな変化はない。もっとも注目すべきは、安倍内閣の目玉である「経済政策」=「アベノミクス」そのものへの評価の変化である。6月調査では「経済政策」を評価する45%、評価しない31%で、評価するが多数であったが、9月調査では「期待できる」39%、「期待できない」39%となった。「アベノミクス」に対する期待、幻想は大きくしぼみ、国民・労働者のくらしや雇用を改善することに役立たないという意識が急速に広まっていることを示している。

大衆行動と地方選で安倍内閣退陣、雇用破壊阻止を

 塩崎厚生労働大臣の就任によって雇用破壊の企てが急がれ、今回の臨時国会に「労働者派遣法抜本改悪」が再上程される、「有期雇用延長」も成立が企まれる。そして来年には「残業代ゼロ」をはじめとする「労働時間破壊」や「解雇自由」について法制化が具体化される危険がある。
 国会内では自公両党が圧倒的多数だが、世論動向に見るように、国民の不信と怒りは強く「安倍内閣打倒」のたたかいは大きく発展せざるをえない。11月の沖縄県知事選、来年のいっせい地方選の結果は、安倍内閣退陣の動向に直結する。安倍「雇用破壊」の労働法制改悪反対のたたかいを消費増税反対、辺野古新基地建設反対、原発再稼働反対などの国民的大衆行動と結びつけてたたかうことが重要である。また地方から国政を変える自治体選挙によって、安倍暴走内閣をストップさせるとりくみを強めるなかで労働法制改悪阻止の展望は開ける。今や、労働者・国民の要求実現には安倍内閣打倒がもっとも近道という特別の情勢、特別の局面にあるのではないか。

(いくま しげみ・会員・JMIU中央執行委員長)

研究部会報告

・社会保障研究部会(9月6日)
 「労働総研クォータリー」No.62・63(2006年)に掲載された「ナショナル・ミニマム問題の理論・政策に関わる整理・検討プロジェクト」報告書を題材に、浜岡政好氏から報告を受け、今日の社会保障について議論した。06年報告は所得保障を中心にいているが、新自由主義的政策で生存権が後退される中でナショナル・ミニマムを踏まえた社会保障の再構築が重要であろう。労働運動の課題として、ナショナルとローカルの位置付け、最賃運動を地域の運動として活発化させる課題など、さらには震災後に国民と県民の関係が大きく問題になっていること、ナショナル・ミニマムの内容として平和的生存権が中心になるのではないか、などが議論された。これらの諸側面を総合的に把握し、労働運動が政策的な主導権を持つのが必要であるとの議論などが行われた。

7〜9月の研究活動

7月5日 労働組合研究部会「単産機能の現状と課題調査」報告・交流集会
      「ブラック企業調査」プロジェクト
   9日 中小企業問題研究部会(公開)
  15日 女性労働研究部会
  19日 労働組合研究部会
  21日 経済分析研究会
  24日 労働組合運動史研究部会
  25日 労働時間・健康問題研究部会
  31日 女性労働研究部会
8月22日 女性労働研究部会
   29日 国際労働研究部会(公開)
9月2日 中小企業問題研究部会(公開)
   6日 社会保障研究部会
  13日 大企業問題研究会
  20日 労働組合研究部会
  21日 経済分析研究会
  25日 労働組合運動史研究部会
  26日 女性労働研究部会
      国際労働研究部会
      労働時間・健康問題研究部会

9月の事務局日誌

9月4日 全法務大会へメッセージ
   7日 国交労組大会へメッセージ
   8日 生協労連大会へメッセージ
      石澤賢二さんを偲ぶ会
  13日 埼労連大会へメッセージ
  18日 全労働大会へメッセージ
  19日 全損保大会へメッセージ
  20日 福祉保育労大会へメッセージ
      電機懇総会へメッセージ
  21日 全生連大会へメッセージ
  26日 第1回企画委員会
  28日 電機・情報ユニオン大会であいさつ
      東京地評大会へメッセージ