ここ10数年ほど、出講先の大学で「情報」を読むことの難しさと面白さについて、新書等を使い学生たちと勉強している。テーマは、いかに情報が人々に影響を与えているか、また権力機構がいかに情報を上手く「活用」（ないしは「歪曲」）しているか、ということが中心になることが多い。もっとも取り上げている事例は、やや古めかしい問題が多いのだが、近年軽視できなくなっている問題がある。近くて遠い謎の核保有国、朝鮮民主主義人民共和国（以下、北朝鮮と略す）の報道のあり方だ。

　いうまでもなく、現在の北朝鮮がいわゆるマルクス主義とは縁遠い、国家元首とその親族による前近代的な統治形態を採用している「異様な」国であることは疑いない。しかしながら、日本の多くのマス・メディアが北朝鮮の「映像」として取り上げるのは、たいてい軍事パレードや、長距離弾道ミサイル（筆者は「人工衛星」打ち上げ用のロケットだと思うのだが）の発射実験など、いかにも「危険な軍事国家」との印象を視聴者に印象付けるものばかりである。だが、少しでも常識のある人間であれば、このようなパレードが毎日行われているはずもなく、また一般国民がこうしたパレードに連日参加しているわけでもないことはお分かりになるだろう。さらにいえば、同じ民族の国、大韓民国（以下、韓国と略）との国民一人当たりのGDPの比較では、その数十分の１のである北朝鮮に、軍事侵攻をする能力等存在しないことも、いまや同国の実態を知る研究者には明白な事実だ。戦争は経済力が規定するのだから。

　だが、半年程前の日本のマスメディアの報道には、明日にでも北朝鮮が戦争を仕掛けるかもしれない、との報道が洪水のように溢れていた。もし本気で戦争を仕掛けるのなら、その結果北朝鮮はどういう事態を招くか、そうした想像力がこの国のマスコミには欠如しているようだ。大切なのは、いまこの国がどのような方向に向かいつつあるか（例えば自由市場や欧州資本の導入、取材規制の緩和等）、一般庶民の生活がかつての金正日時代とどう異なりつつあるのか、それを報道することではないのだろうか。これでは、ますます筆者の演習で、日本のマスコミを批判的に取り上げざるを得ないではないか。もちろんそれは、情報を客観的に「読む」能力を養うというゼミの目的からすれば、ありがたいことこの上ない素材の一つ、ともいえるのだが。

　安倍政権は発足直後から、大企業優遇の経済政策を打ち出すとともに、労働分野の規制緩和を強力に推進している。ここでは、「成長戦略」等で強調される「民間人材ビジネスの活用」を中心に、その狙いと問題点についてその一端を明らかにしたい。

安倍政権が掲げる「人材力強化」とは

　「成長戦略」（「日本再興戦略」６月14日閣議決定）では、「雇用制度改革・人材力の強化」として、（１）行き過ぎた雇用維持型から労働移動支援型への政策転換（失業なき労働移動の実現）、（２）民間人材ビジネスの活用によるマッチング機能の強化、（３）多様な働き方の実現、（４）女性の活躍推進、（５）若者・高齢者等の活躍推進、（６）大学改革、（７）グローバル化等に対応する人材力の強化、（８）高度外国人材の活用が掲げられている。この８項目のうち、（１）から（３）について政府の問題意識を見ることとする。

リストラを支援する「失業なき労働移動」

　「失業なき労働移動の実現」においては、「リーマンショック以降の急激な雇用情勢の悪化に対応するために拡大した雇用維持型の政策を改め、個人が円滑に転職等を行い、能力を発揮し、経済成長の担い手として活躍できるよう、能力開発支援を含めた労働移動支援型の政策に大胆に転換する」としている。具体的には、雇用調整助成金（2012年度実績額約1134億円）を縮小し、労働移動支援助成金（2012年度実績額2.4億円）に大胆に資金をシフトさせ、2015年度までに予算規模を逆転させるとする。雇用調整助成金は、「経済上の理由により事業活動の縮小を余儀なくされ、休業等（休業及び教育訓練）又は出向を行った事業主に対して、休業手当、賃金又は出向労働者に係る賃金負担額相当額の一部を助成するもので、失業の予防を目的」とするものである。リーマンショック後のピーク時には対象労働者数は250万人を超え、減少してきてはいるものの、厚生労働省発表の「雇用調整助成金に係る休業等実施計画届受理状況（５月分・速報値）」によると、対象事業所数は２万2914事業所、対象労働者数は46万1660人となっており、これだけの労働者の雇用を維持している。これを「行き過ぎた雇用維持型」の施策とし、大幅な縮小を求めるものであるから、大規模な失業を生じさせかねない。

　一方、「失業なき労働移動」を実現するための労働移動支援助成金は、厚生労働省ホームページでは「事業規模の縮小等により離職を余儀なくされる労働者等に対し、民間の職業紹介事業者に労働者の再就職支援を委託し再就職を実現させた中小企業事業主に、助成金が支給されます」とされている。常用労働者30人以上を離職させ、それら労働者の再就職支援を民間職業紹介事業者に委託した場合、委託費の一部を助成するとされる。再就職が実現した場合に助成金が支給され、助成額は45歳以上の労働者は要した費用の３分の２、それ以外は２分の１、上限は１人あたり40万円となっている。

　成長戦略は、「対象企業を中小企業だけでなく大企業に拡大」、「送り出し企業が民間人材ビジネスの訓練を活用した場合の助成措置を創設」、「受入れ企業の行う訓練（OJTを含む）への助成措置を創設」などを、概算要求に盛り込むよう求めている。企業のリストラを支援する助成金を抜本拡充するよう求めたものであり、企業は労働者の雇用を守ろうとするのではなく、大企業の人員整理を税金で支援する施策に転換せよと言っているのである。「受け入れ企業の行う訓練への助成措置の創設」においては「OJTを含む」としている点も疑問が大きい。Off-JTであれば、仕事から離れた座学に助成するものであるが、OJTは仕事を通じた社員教育であり、「中途採用者に仕事を教えたから助成金を寄越せ」という制度の創設である。ハローワークを利用する中小事業主から、「未経験者を採用して教えるから助成金を払え」などという声は聞いたこともない。大量の人員整理に遭い、民間の職業紹介会社の再就職支援を受けた求職者を採用したことにのみ特典を与えるなら、厳しい雇用環境の中で苦しむ多くの普通の求職者を、さらに厳しい環境に追い詰めかねない。

民間人材ビジネスを政府が後押し

　「民間人材ビジネスの活用によるマッチング機能の強化」では、「ハローワークの求人・求職情報の開放等」、「学卒未就職者等について、紹介予定派遣を活用した正社員就職支援」、などを求めている。

　ハローワークの求人・求職情報は、さまざまな場面で民間への開放が求められてきた。しかしそれらは、公的職業紹介機関を信頼し、求職者はみずからの個人情報を求職票に記入し、求人事業主も企業情報や求人条件を記入したものであり、民間人材ビジネスへの提供を求めること自体無理がある。とりわけ求職情報については、高度な個人情報を営利企業に安易に開放することにはならない。求人情報についても、求人広告とは異なり、ハローワークの職員が求人受理時に事業主と話し合いを重ね、求人条件を調整し、仕事の内容もより求職者が理解しやすいよう、工夫を凝らした表現とされている。そして求人情報の多く（事業主が了解したもの）は、すでにハローワークインターネットサービスを通じて広く世間に公開されている。民間職業紹介事業者は、必要であれば求人事業主に連絡を取り、事業主に了解を得た上で自社の求人として受理し、職業紹介を行うことが今でも可能である。ただしその場合、民間職業紹介事業者は事業主から手数料を得なければビジネスが成り立たないため、事業主にとっては手数料負担が新たに生じることとなる。

　ところが現在、求人情報の民間開放に向け、新たな動きが生じている。それは、地方自治体に対する求人情報のオンライン提供である。地方分権改革有識者会議に置かれた雇用対策部会の第１回会議（６月21日）において、政権の要望を受けた形で田村厚生労働大臣は、希望する地方自治体に対し、ハローワークの求人情報をオンラインで提供することを説明している。ハローワークでは、全国をオンラインで結び、求人情報を共有している。ハローワークには求人情報閲覧用の端末機が設置され、地域や職種、労働条件等で絞り込みが可能なシステムによって求職者に情報提供している。厚生労働省が提案したのは、この端末を自治体が購入すれば、ハローワークとまったく同じ情報をリアルタイムで地方自治体に提供するというものである。あるいは、市販のパソコンに専用ソフトをインストールし、インターネット経由で、前日業務終了時点での求人情報をダウンロードできるとするものである。

　ここで注意が必要なのは、地方自治体の行う職業紹介は、多くが民間職業紹介事業者に委託して実施されていることである。そして、民間人材ビジネスは、単独で有料職業紹介事業を行っているのではなく、労働者派遣事業もあわせて実施している点である。つまり、ハローワークの求人情報が、「地方自治体への提供」という形で、派遣会社に提供されることになる。言うまでもなく、派遣会社は人件費削減を提案し、事業を拡大してきたビジネスである。ハローワークの求人情報を手にすれば、正社員求人を派遣労働に置き換えればどれだけコストダウンにつながるかが提案できることになる。

　また、ハローワークの求人条件を、相場より高いと企業に「助言」することも可能になる。地方自治体から受託するのは職業紹介事業であるため、職業紹介事業としてそのような「コストダウン営業」は行われないであろう。しかし、別の顔の派遣会社として求人事業主に働きかけることは十分考えられ、求人事業主がハローワークに、「派遣で募集することにした」とは言わずに求人取り消しを連絡すれば、ハローワークは実態を把握することなど出来ない。ハローワークでは求人受理にあたり、より安定した雇用、少しでも高い労働条件となるよう事業主と相談する。そうして得られた求人が、民間人材ビジネスによって不安定雇用、低い労働条件に置き換えられることになりかねない。ここでは民間人材ビジネスは、自治体からの委託費で収入を得ているため、職業紹介にあたっても、事業主に手数料の理解を求める必要もない。

　求人情報のオンライン提供では、もう一つの懸念がある。それは雇用のセーフティネットであるハローワークを縮小・解体する動きが加速しかねないことである。全国のハローワークは、予算上の制約から、交通が不便な立地条件で、庁舎も狭隘で老朽化したところが少なくない。それに対し地方自治体の職業紹介事業は、雇用保険業務や求人受理業務も必要なく、ターミナルなどで小さく開始できる。しかもハローワークの端末を買い取る方式であれば、求人票もハローワークと全く同じ様式で提供できる。「○○市がハローワークと同じ求人を無料で紹介している」と表示されれば、ある程度の利用は見込まれるであろう。たとえ５％や10％でも地方自治体の「実績」が積み重なれば、「地方自治体でも職業紹介は可能」と、地方移譲の議論を誘発しかねない。しかし、それは民間委託の拡大に他ならない。

　求人情報のオンライン提供は、地方自治体と同時に、民間人材ビジネスに対しても、同様の方法で実施することが準備されている。

　成長戦略が求める、「学卒未就職者等について、紹介予定派遣を活用した正社員就職支援」も問題が大きい。紹介予定派遣とは、派遣期間終了後に正社員就職のための派遣先への職業紹介を予定する労働者派遣である。しかしながら、メリットとして最長６ヵ月間の派遣期間中に、派遣先が労働者を見極められることがあげられており、正社員就職どころか、職業紹介さえも約束されたものではない。６ヵ月の「お試し雇用」のみで使い捨てにされる危険性が高いものであり、学卒未就職者の再就職支援に有効な制度とは言い難い。現在の学生は、過酷な「ネット就活」に疲弊し、「就活自殺」まで生じている。就活でうつ病に罹患したり、活動途中で就職をあきらめてしまう学生も決して少なくない。

　そうした就活ルールの見直しこそ必要であり、実際に経済再生担当大臣の下に置かれた「若者・女性活躍推進フォーラム」の２月13日会合では、「ニコニコ動画」を配信する（株）ドワンゴ代表取締役会長川上量生氏が、就活の実態を厳しく批判している。しかし、川上氏の指摘が安倍政権の施策に反映された形跡は見られない。

企業が求める「多様な働き方」の実現とは

　成長戦略は、「企画業務型裁量労働制を始め、労働時間法制について、早急に実態調査・分析を実施し、本年秋から労働政策審議会で検討を開始する。ワーク・ライフ・バランスや労働生産性向上の観点から、総合的に議論し、１年を目途に結論を得る」としている。規制改革会議の答申（６月５日）でも同じ問題意識が述べられており、労働時間法制や時間外労働に対する補償について見直しの必要性を述べている。これらは、時間外労働を無理やり「所定時間内」と解釈するための、不法行為の合法化を求める暴論である。

　ホワイトカラー・エグゼンプション制度については、かつて労働運動等の強い反対によって法案提出を断念させた経過がある。しかし政府は、秋の臨時国会に提出予定の「産業競争力強化法案」に、労働時間規制の適用除外の実験的な導入も認める方向で準備を進めていることが報道されている。労働者保護と鋭く対立しがちな産業政策において、こうした検討が行われていることが、きわめて重大な問題である。

　労働者派遣制度の見直しについても、乱暴な議論が行われている。成長戦略では「登録型派遣・製造業務派遣の在り方、いわゆる専門26業務に該当するかどうかによって派遣期間の取扱いが大きく変わる現行制度の在り方等に関して有識者による検討を進め、８月末までを目途に取りまとめる。さらに、労働政策審議会で議論を行った上で、早期に必要な法制上の措置を講じる」とされている。

　厚生労働省の「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会報告書」（2013年８月20日）は、労働者派遣の大原則である「常用代替防止」の考え方の転換を求めている。「常用代替防止は派遣労働者の保護や雇用の安定と必ずしも両立しない」、「期間制限の存在が派遣労働者の雇用の不安定性の一因に」などとし、「代替防止」は有期雇用に限定し、無期雇用なら永続的に派遣労働を活用できることを提案している。一方で派遣労働者の処遇等については、派遣先の努力に期待などと不十分な内容にとどまり、無期雇用派遣については事前面接解禁を求めるなど問題が大きい。労働政策審議会では、すでにこれらを土台とする議論が開始されている。

　成長戦略はまた、「職務等に着目した『多様な正社員』モデルの普及・促進を図るため、成功事例の収集、周知・啓発を行うとともに、有識者懇談会を今年度中に立ち上げ、労働条件の明示等、雇用管理上の留意点について来年度中のできるだけ早期に取りまとめ、速やかに周知を図る。これらの取組により企業での試行的な導入を促進する」と述べる。

　規制改革会議の答申においても、「正社員改革の第一歩として、ジョブ型正社員に関する雇用ルールの整備を行うべきである」とされている。この間の議論では、「限定正社員」とされ、「地域限定」であれば工場や事業所が地域から撤退すれば、「職務限定」であれば、生産品目が変われば自由に解雇できる「正社員」を作ることが狙いである。「限定」を「ジョブ型」と言い直しただけで雇用の不安定化を狙うものに変わりはない。

　このように、安倍政権下では、雇用の不安定化、流動化、労働法制の全面改悪が狙われているのである。

人材ビジネス支援の問題点

　話を労働移動支援助成金の拡充に戻す。この助成金は先に触れたように、大量離職させる労働者の再就職支援を民間人材ビジネスに委託し、再就職が実現した場合に、委託費の一部を助成する制度である。ところが、「人材ビジネスの支援による再就職」は、民間職業紹介事業者の職業紹介による再就職」に限定しないことはあまり知られていない。助成金支給の要件は、「一定期間内に雇用保険一般被保険者として再就職」することであり、その経路は、縁故就職であろうと、ハローワークの紹介就職であろうといっさい問わない。そのため、リストラ企業から再就職支援の委託を受けた人材ビジネスが、対象労働者にハローワークで仕事を探すよう求める実態も見受けられる。

　ある人材ビジネスは、対象労働者をハローワークに連れてきて、ハローワーク職員に職業相談・紹介を依頼した。ハローワークの紹介で再就職が実現すると、今度はさらに10人ほどの対象労働者を連れてきて、前回の担当職員に「この人たちもお願いします」と紹介を求めてきた。こうした民間職業紹介会社の「支援」に国の助成金が支払われているのである。

　また、人材ビジネスの「支援」には、「職務経歴の棚卸し」がしばしば使われる。労働者に職務経歴を書き起こさせ、それが労働市場でどれほどの価値があるかを査定（値踏み）するのである。これによって、現在受けている賃金をはるかに下回る額での求職活動を納得させるのであり、ハローワークの行う支援とはまったく異質のものである。

　民間人材ビジネスは、非効率性も大きな特徴である。平成15年から東京都足立区で、特区事業として官民共同窓口の設置による職業紹介事業が実施された。同じフロアで足立職安とリクルート社が窓口を並べ、求職者がどちらかの窓口を選び、その実績を競うものであった。15年度にリクルート社には約1000万円の委託費が支払われているが、同社の職業紹介により就職に結びついた件数はわずか４件に止まっている。このほか、初回登録時に5000円（カウンセリング料)、就職決定時に18万円(23歳未満)、６ヵ月間定着時に18万円(自己就職・縁故就職等で可、23歳以上30歳未満では８万円)の報酬が支給され、事務所等も足立区から供与されていた。

　また、当時民間委託事業として行われた長期失業者の就職支援事業では、その委託料から算出する報酬は対象者１人あたり最大60万円にものぼる。平成17年度からは市場化テストモデル事業として、求人開拓事業やキャリア交流プラザ事業等が実施されたが、いずれの事業においても、国が民間を実績、コストともに上回っている。求人開拓事業では17年度、鹿児島地域（国）と秋田中央地域（民間）の比較では、求人充足（求人が紹介によって採用者が決まること）１件あたりの経費は、国の26万3000円に対し民間は85万6000円と３倍以上の高コストとなった。

　こうした非効率な民間人材ビジネスであるが、多くの自治体から就職支援事業を受託し、多額の利潤を上げている実態にある。民主党政権下でも、全国知事会などの要望を受けてハローワークの地方移譲が強く求められた。その中で、昨年10月より「ハローワーク特区事業」が、埼玉と佐賀で行われている。

　埼玉では、武蔵浦和駅前に「ハローワーク浦和・就業支援サテライト」が設置されて、ハローワークと埼玉県による共同窓口が設置されている。ハローワークは職業相談・紹介を行う窓口と、マザーズハローワーク（子育て中の求職者専用窓口）を運営し、埼玉県は中高年コーナー（職業紹介とカウンセリング）、生活・住宅相談コーナー、福祉人材就職コーナーを運営するスタイルで発足した。埼玉県は中高年コーナーと生活・住宅相談コーナーを（株）インテリジェンスに委託している。国の窓口が多数の求職者に利用される一方、民間委託の窓口の利用はきわめて低調である。にもかかわらず、埼玉県の当初予算では、民間委託の事業に１億4000万円が計上されている。

　千葉県では、平成25年度「新卒未就職者人材育成事業」が実施されている。（株）インテリジェンス、（株）パソナ、マンパワーグループ（株）、ランスタッド（株）の４社に委託され、学卒未就職者が受託企業の契約社員となり、企業実習を行い、紹介予定派遣で再就職をめざすというものである。千葉県は新卒未就職者人材育成事業に約６億5000万円を計上している。こうした学卒未就職者支援を人材ビジネスに委託実施する地方自治体は今も多数存在するが、これをさらに拡充するよう成長戦略は求めている。

ハローワークの拡充強化こそ必要

　他人の就業に介在して利潤を得る商売は、江戸時代には広く行われてきた。そこでは業界の自主規制もあったが、事業所と共謀して離転職を繰り返させ、その都度紹介手数料を取って多額の利潤を得る事業者も存在した。明治に入り、地方自治体が職業紹介事業者を規制するようになり、明治中期にようやく地方自治体による無料職業紹介所が開設される。地方自治体の境界を越える職業紹介の必要性等から、職業紹介が国営とされたのは、昭和13年(1938年)のことであり、国のハローワークは江戸時代からの職業紹介事業の問題点や、交通手段の発展によって作り出されたものである。また、国が無料の職業紹介機関を運営することは、ILOが定める国際基準である。しかしながら日本の職業安定行政の体制はきわめて脆弱である。厚生労働省の資料によると、職業紹介機関の職員１人あたりの失業者数は日本が282人であるのに対し、フランス46人、ドイツ37人、イギリス23人となっており、日本の体制はいかに不十分であるかを示している。

　そうした行政体制の中、非常勤職員が第一線業務を支えている実態がある。全国のハローワークでは、常勤職員数を上回る非常勤職員が配置され、職業相談業務などを担っている。ハローワークの業務では、労働法やさまざまな職業に関する知識、カウンセリング技法など、高い専門性が求められる。非常勤職員は、自費で休日に資格取得の長期間の講座を受講し、資格取得後もセミナー受講等の自己研鑽に努める者も少なくない。また、職業相談業務を通じて蓄積された経験は、ハローワーク窓口の貴重な財産となっている。にもかかわらず、非常勤職員の雇用契約は１年単位であり、毎年、年度末が近づくにつれ次年度の雇用について不安に怯える日々を過ごす。その処遇も低く据え置かれ、昇級も一時金もなく、年次有給休暇以外の休暇制度はすべて無給であり、休暇取得は収入減に直結するため使えない。

　諸外国に比べて脆弱な労働行政体制を、せめて３倍程度に拡充できれば、非常勤職員を常勤化し、安定した質の高い職業相談を実施できる。安倍政権下で民間人材ビジネス活用が強調される中、ハローワークの重要性を見つめ直した冷静な議論が必要だ。