産別会議から初期総評の時代を中心とする戦後労働運動史が、私の本来の研究テーマではあるが、労働運動・労働組合に関する研究に従事する者として、近年はいやおうなく、労働組合の「いま」と「これから」をめぐる問題について取り組まねばならない機会が増えてきている。そうしたなかで、最近とくに意識するのが、組織と運動の基盤としての「職場」における共同性の再構築という課題である。
　日本における労働組合の現状と展望を論じようするとき、「企業別労組」をめぐる論件、とくに企業横断的な「産業別労組」と比較したときのそのデメリット、といった争点は、「古くて新しい問題」であり、今日なお避けて通ることはできない。しかし同時に、労働組合の強化や運動の再活性化という課題を設定する限り、私たちは否応なく自らをとりまく現実から出発しなければならない。
　つまり、労働組合の再活性化とは、労働者の間に「仲間と団結して使用者と対峙し交渉すれば、法的な最低基準を超えて自分たちの要求を実現することもできる」という信憑を再生させることに他ならない。そしてそのような信憑を共有しうるような労働者集団の存在する基盤は、労働者が日ごろから顔を合わせてコミュニケーションをとりつつ働く場であり、同時に、現実の交渉相手である使用者やその代理人たる管理職と向き合う場である職場をおいて他にない。最終的に目指すべき労働組合組織のあり方が、個人個人が産業レベルの組織に加盟する産業別単一労組であるとしても、労働組合運動の再生・強化へ向けてのプロセスにおいて、職場に基礎を置く組織化・組織強化を迂回する道は無いのである。
　また、企業横断的に労働市場を規制することを労働組合運動の目標として設定したとしても、その前提として、好むと好まざるとにかかわらず、今現に賃金・労働条件を決定する単位となっている個別の職場・経営のレベルで実質的交渉力と職場規制力を獲得し、使用者を横断的な賃金決定機構形成の場に引き出すという道筋は不可避であろう。（参照、兵頭淳史「労働市場規制と労働組合」『経済科学通信』129号、2012年８月）
　こうした問題意識をいかに多くの研究者や運動主体と共有し、さらには職場を基礎としつつも、それを横断的・社会的な運動・組織につなげてゆく回路をいかに見出してゆくか、これが、労働総研労働組合研究部会での議論や共同研究をも通じて取り組みつつある、労働運動の「いま」「これから」をめぐる目下の私のテーマである。

１　経過確認

　「社会保障と税の一体改革法案」は2012年６月25日衆議院可決、2012年８月10日参議院可決、成立した。民主党・国民新党政府の政府与党社会保障改革検討本部が、昨年６月30日に「社会保障・税一体改革成案」を決定した。同本部は、半年あまりの議論を経て2012年１月６日に「社会保障・税一体改革成案」を決定し、さらに２月17日には「社会保障・税一体改革大綱」を閣議決定した。その上で、３月30日に、以下の７つの法案を閣議決定し、国会に提出した。
＜消費税関連法案＞（１）社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の一部を改正する等の法律案、（２）社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための地方税法及び地方交付税法の一部を改正する法律案。
＜年金関連法案＞（３）公的年金制度の財政基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法等の一部を改正する法律案、（４）被用者年金制度の一元化等を図るための厚生年金保険法等の一部を改正する法律案。
＜子ども・子育て関連法案＞（５）子ども・子育て支援法案、（６）総合子ども園法案、（７）子ども・子育て支援法及び総合子ども園法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案（関係整備法案）。
　これらの法案の審議は、５月６日衆議院本会議で、５月16日からは社会保障・税一体改革特別委員会で開始された。法案成立には自民・公明両党の協力が不可欠であり、これらの法案の基本骨格は、野田首相が趣旨説明でも強調したように、従来の自公政権時代の一体改革議論をほぼそっくり引き継いだものであることから、民主党は、６月８日から国会審議と並行して両党との協議を開始した。３党は６月15日に合意に至り、「社会保障・税一体改革に関する確認書（社会保障部分）」（「社会保障制度改革推進法案骨子」を含む）、これとは別の３点にわたる「確認書」、税分野では「税関係協議結果」（事実上の確認書）を公表した。（なお６月21日午前に３党幹事長署名の「３党確認書」を交わした。要旨は次の通りである。「民主党、自民党および公明党は、６月15日の社会保障と税の一体改革に関する３党実務者間会合の合意文書を誠実に実行するものとし、以下を確認する。一、合意文書に基づき、社会保障制度改革推進法案および認定こども園設置法改正案を３党の議員立法で提出した。一、今後、総合こども園法案を除く社会保障・税一体改革関連６法案につき、合意文書に基づき、議員修正を行う。一、総合こども園法案を除く８法案につき、速やかに衆院で採決し、今国会で成立を図ることとする。」）
　15日の確認書に基づき、３党は、６月20日、自民党案をもとにした社会保障制度改革推進法案を新たに衆議院に共同提出し、同時に、総合こども園法案を取り下げて現在の認定こども園を拡充する改正案も共同提案した（上記（５）（６）に関係）。政府提出の６法案については、議員立法で修正法案を提出した。このうち２法案は消費税増税に関する法案（上記（１）（２）に関係）、４法案は社会保障に関する法案（上記（３）（４）（５）（７）に関係）。これら一体改革関連８法案は、６月25日、衆議院一体改革特別委員会および本会議において、民自公などの賛成多数で可決、８月10日、参議院でも可決、成立した。

２　社会保障制度改革推進法案の内容と問題点

　この法案は、後で見るように、自民党案をほぼ「丸のみ」して出来上がったものである。３党合意文書のうち、社会保障部分については、２つの部分から構成されている。第１は、新たに「社会保障改革推進法案」（自民党の社会保障制度改革法案骨子（６月３日策定）を「丸のみ」したもの）を取りまとめ、社会保障・税一体改革関連法案とともに今国会の成立を図ることである。この法によって、社会保障の機能強化を文言上は盛り込んでいた（実行は保障されていないが）政府案は葬り去られ、しかも、政府・民主党が一体改革議論の過程で繰り返し持ち出していたが、法案には盛り込めなかった、社会保障理念の転換を盛り込み、ただただ譲歩せざるをえない民主党につけこんで、社会保障自体の大転換を図ろうとする重大な内容を含んでいる。第２は、政府提出社会保障関連法案に対する修正を示した部分である。第１の部分の骨格は、以下の通りである。

（1）目的

　「目的」では、消費税増税を前提に「安定した財源を確保しつつ受益と負担の均衡がとれた維持可能な社会保障制度の確立を図るため、社会保障制度改革について、その基本的な考え方、その他の基本となる事項を定めるとともに、社会保障制度改革国民会議を設置すること等により、これを総合的かつ集中的に推進する」としている。同法案を今後の社会保障制度改革の基本方針を示すものとして位置づけ、そのための組織（「社会保障制度改革国民会議」）の設置もあわせて定めている。後半部の記述と合わせて見ると、従来、「一体改革」の名で民主党政府が意図してきた内容を越えるものを狙っていることが分かる。

（2）基本的な考え方

　４項目が挙げられている。第１は、「自助・共助・公助の最適バランスに留意し、自立を家族相互、国民相互の助け合いの仕組みを通じて支援していく」ことである。ここにあるのは、憲法第25条に立脚した社会保障の基本的な理念や原則を無視し、自助と相互扶助を徹底させることである。それは社会保障の解体に拍車をかけるものである。
　第２は、「社会保障の機能の充実と給付の重点化、制度運営の制度化を同時に行い、税金や社会保険料を納付する者の立場に立って、負担の増大を抑制しつつ、持続可能な制度を実現する」ことである。機能の充実などは修飾語に過ぎず、徹底した社会保障の抑制を明言している。
　第３は、「年金、医療及び介護においては、社会保険制度を基本とし、国及び地方公共団体の負担は、社会保険に係る国民の負担の適正化に充てることを基本とする」である。社会保障として、憲法第25条を具体化する仕組みとして社会保険制度を位置づけるのではなく、社会保障における保険主義の徹底、つまり「共助」を貫くことが主張され、国と自治体の公費は、現行水準での負担軽減に充てるということで、給付の拡充・高度化は念頭にない。
　第４は、「国民が広く受益する社会保障の費用をあらゆる世代が広く公平に分かち合う観点などから、社会保障給付に要する公費負担の費用は、消費税収（国・地方）を主要な財源とする」である。政府案にも盛り込まれた内容だが、社会保障財源を消費税収に事実上限定するこの方式によって、国民は、消費税増税による社会保障の拡充か、据え置きによる抑制かという二者択一に追い込まれる。
　こうした「基本的な考え方」によって具体的な「改革」を進めるならば、社会保障は一層急速に解体を迫られる。

３　自民党案、「基本的な考え方」、「谷垣ドクトリン」

　３党合意にもとづく「社会保障・税一体改革関連法案」が６月25日に衆議院で可決された後、自民党のホームページに「コラム『社会保障と税一体改革』について」が登場した。第一項は「与野党協議に臨むにあたっての基本方針」。その（１）は、６月15日までに結論を得て会期末６月21日までに採決をすること。（２）は、社会保障の協議を先行して行いその合意を得た上で税の合意を得ること。あくまで全体のパッケージとしての合意であって税だけの合意や一部のパーツのみで合意はない。（３）は、社会保障での合意の前提は、自民党が提案した「社会保障制度改革基本法案（骨子）」を受け入れること。
　２つ目は、「社会保障制度は、自民党の考え方が全面的に反映」である。「社会保障制度改革の基本方針は、民主党のマニフェストや本年２月17日に閣議決定された『社会保障・税一体改革大綱』ではなく、自民党の考え方がベースになることが明記されています」と、駄目を押している。また、第二項の「基本的な考え方」では「（１）自助・共助・公助の適切なバランスに留意し、自立を家族の助け合いなどを通じて支援していく（２）税金や社会保険料を納付する者の立場に立って、負担の増大を抑制しつつ、持続可能な制度を実現する（３） 国民が広く受益する社会保障の費用をあらゆる世代が広く公平に分かち合う観点などから、社会保障給付に要する公費負担の費用は消費税収を主要な財源とする、など、自民党の社会保障政策の基本理念が全面的に反映されたものになっています」と、ここでも自民党案が全面的に３党提案に採り入れられていることを強調している。
　結論は、「社会保障制度改革の基本方針は、民主党のマニフェストや本年２月17日に閣議決定された『社会保障・税一体改革大綱』ではなく、自民党の考え方がベースになることが明記されています」。「社会保障分野は、民主党との間に大きな隔たりがありましたが、わが党の考え方がほぼ全面的に受け入れられ、法案の見直し、修正が図られました」である。

「一体改革」と自民党社会保障政策

　もともと民主党が提出した法案が、自公政権時代の方針を踏襲、丸呑みしたものである。民主党の「一体改革大綱」でも、「社会保障国民会議」（福田内閣）、「安心社会実現会議」（麻生内閣）など、旧政権の「議論の積み重ねを尊重」したことを自認している。また、「一体改革」を議論し、推進した学者が自公政権時とほぼ同じメンバーであったことも事実である。菅内閣の「社会保障改革に関する有識者検討会」の座長を務めた宮本太郎北大教授は、「自公連立だった福田内閣の『社会保障国民会議』や麻生内閣の『安心社会実現会議』の議論から、私たち有識者検討会の報告書まで基調は同じです」と語っている（『朝日新聞』2012年９月８日）。
　社会保障改革推進法の元になったのが６月３日に策定された自民党「社会保障制度改革基本法案（骨子）」、さらにその元にあると位置づけられるのが、５月15日策定の自民党「今後の社会保障に対するわが党の基本的な考え方（骨子案）」である。社会保障の総論的な論点は以下の通りである。

　「（1）額に汗して働く人が報われる制度に――（１）額に汗して働き、税金や社会保険料などを納め、また納めようという意思を持つ人々が報われること、（２）不正に申告した者が不当に利益を受けたり、正直者が損をしないようにすることが見直しの原点。『自助』、『自立』を第一とし、『共助』、さらには『公助』の順に政策を組み合わせ、負担の増大を極力抑制する中で、真に必要とされる社会保障の提供を目指す」。

　「（2）家族による『自助』、自発的な意思に基づく『共助』を大事にする制度を家族の力の喪失を背景に、子育てなどの社会化が一層進められようとしているが、徒にそうした道を選ぶのではなく、家族内の精神的、経済的、物理的な助け合い、すなわち『家族力』の強化により『自助』を大事にする方向を目指す。また、自発的な意思に基づく『共助』を大事にし、その力が十分に発揮され得る社会を構築」。

　「（3）公費負担の在り方と社会保険制度の見直し――我が国の社会保障は、社会保険制度を基本とし、必要な見直しを実施。一定の公費負担は社会保険料だけで給付を賄い得ない状況では当然であるが、保険料負担の適正化などに限定的に充当。これからの公的負担を支える財源は、（１）社会保障は広く国民全体が恩恵を受けるものであること、（２）社会保険料が概して収入に基づき負担するものであり、所得税と同様の経済効果をもたらすことなどを踏まえ、消費に基づき負担する消費税が中心に」。
　「公助」にも触れてはいるが、本人と家族による自助をこの上なく強調し、ボランティア的な共助を補完役としていることは文脈からして明らかである。個々人を社会の単位とする方向は、歴史的に覆しようがない。各種の生活問題への対応を、一層の社会化（＝憲法第25条に具現化されている）ではなく、「家族力」を頼りにするという社会保障アナクロニズムである。自民党の時代遅れぶりをこれ以上ないほど示している。安全保障における靖国先祖帰り、集団的自衛権論、教育における教育基本法破壊と「教育勅語回帰」等々と相通じる、反動性が顕著に見られる。財源では、結局のところ、所得税と社会保険料を従とし、消費税を主とすることが打ち出されている。
　さらに、「社会保障制度改革基本法案（骨子）」や「今後の社会保障に対するわが党の基本的な考え方（骨子案）」の元にあるのが、2012年３月１日「自由民主党の基本姿勢（谷垣ドクトリン）」である。谷垣ドクトリンと呼ぶにはいささか貧弱な内容であるが、一応の目配りをしておく。
　記者会見における谷垣氏の説明によれば、「日本の保守政治のコアは何なのか、自民党が最も大切に守らなければいけないものは何なのか、これを９項目で示している」のが谷垣ドクトリンである。そのうち社会保障と関わるものを引用しよう。「自己責任原則の下、個人の自由、民間の活力、地方の判断を尊重する国創り」「自助を基本とし、共助・公助はそれを補うとの考えで、社会政策、経済政策を行う」がそれである。
　また、３月２日の記者会見での質問に答えて「ぶら下がってバラマキを待とう、バラマキによって票を取ろうという政治ではどうしようもない。自ら助く者を助く、自己責任原則という上で助け合う。そういう基本体系をしっかりしていく、ここが自民党と民主党の基本的な違いだということを繰り返し、繰り返し強調したいです」。
　一読して、生活保護バッシングを想起させるし、国会を通過した「社会保障制度改革推進法案」の基底にある「社会保障」の異様なとらえ方が明示されている。民主党は、財界の意を体して、自民党の国際的にも異様な社会保障思想に追随したのである。

４　財界の方針は一貫している―1997年から2012年まで

　1995年に当時の日経連が出した「新時代の『日本的経営』」が、終身雇用と年功賃金を基本とする従来の政策を転換して、企業の社会保障からの撤退姿勢を明確にした。
　また、1950（昭和25）年の社会保障制度審議会勧告における定義は、憲法第２条に対応したものであったが、社会保障制度審議会は、1995（平成７）年７月に「社会保障体制の再構築に関する勧告――安心して暮らせる21世紀の社会を目指して」を新たに取りまとめた。その中で、「従来、育児や介護、老親扶養などの家庭機能が、一般的には家族や親族、身近な地域社会の助け合い（相互扶助）で支えられてきたことをみれば、社会保障はこうした私的な相互扶助の社会化ということができる」という、50年勧告から大幅に公的責任を後退させ、家族や地域の互助に傾いた定義を採用した。以上を背景に、財界は社会保障政策へ、新自由主義的立場から、積極的に発言してきた。

(１)日本経団連：社会保障制度等の一体的改革に向けて（2004年９月21日）

　「一体的改革」という用語の登場が何時なのか、厳密には確認していない。しかし、2004年の日本経団連の文書は、早い時期に財界が「一体改革」を唱えたことを示している。同時に、これが、成立した社会保障制度改革推進法の内容を先導する内容であることを重視しなければなるまい。
　冒頭で、「社会保障制度は相互の支援によって国民の幸福の実現を目指すものである」と言う。しかも、「２．社会のあり方に関する基本理念」では、相互の支援どころか、「国民一人ひとりの自助努力を基礎とする社会を構築することにより、活力ある経済社会を構築することが、国を挙げての課題と考える。社会保障制度は自助努力で賄いきれない生活上のリスクを互いに分担する仕組みととらえるべきである。……国民の生活は自立・自助を基本とすべきである。これを前提として今後、社会保障制度の改革を進めることが求められる」と述べている。
　結局は、日本経団連の理解する社会保障とは、（１）「自立・自助を基本」「前提」としたうえで、（２）「自助努力では賄いきれない生活上のリスク」を、（３）「相互の支援」で対応する仕組み、「互いに分担する仕組み」なのである。
　日本経団連の「自助努力」強調には、あけすけな営利的思惑が付着している。「３．社会保障制度の基本的あり方」では、「公的な社会保障制度の重点化・簡素化にともなって、自助努力を支援し、民間活力が発揮できるよう、改革が同時に進められなければならない」と言う。「重点化・簡素化」が、給付の範囲の縮小と給付量の削減を意味することは常識であろう。公的給付を縮小・削減し、営利民間事業で置き換える、さらには営利民間事業をより大きくすることが、「自助努力」を説く日本経団連の本音なのである。あけすけに言えば、営利民間部門の儲けのために、公的社会保障を削るというのが財界の言う「一体改革」の本音である。
　「3-1　社会保障制度体系の方向性」では、「財源の基本的あり方」として、保険料・税財源の配分を検討すべきとし、保険料（言うまでもなく企業負担がある）については抑制的に対応し、税（公費）増分に関しては、「所得補足の問題がなく、経済成長への影響が比較的少ない消費税によることが望まれる」と主張している。「応能負担の原則」からほど遠い消費税、逆進性の強い消費税を、社会保障財源として拡大しようというのである。
　「所得補足」について言えば、所得に関わりなく消費者が負担する（中間的転嫁が可能だと仮定して）ことをよしととしているに過ぎない。「経済成長への影響が比較的少ない」というのは、1997年の消費税率３％から５％への増税が、高齢者医療の負担増や健康保険本人負担引き上げ等々とあいまって、翌年からのマイナス成長の引き金になったことによって否定される。
　「3-2　基盤整備−給付と負担の統合的把握」では、社会保障個人別カード、社会保障・福祉制度に共通する個人番号の導入などを主張している。現在のマイナンバー制のはしりである。

(２)　経済同友会「本格的な少子高齢化社会にふさわしい社会保障制度の確立―半世紀を見通した持続可能な医療制度の抜本的改革を中心に」（2005年４月６日）

　財界三団体の中でも「大所・高所から長期にわたる政策を提言するのがアイデンティティである」と自他共に政策者集団であることを認めている経済同友会が、「本格的な少子高齢化社会にふさわしい社会保障制度の確立―半世紀を見通した持続可能な医療制度の抜本的改革を中心に」という医療を中心にした提言を行った。
　ここでは、「これまで政府においても、年金、介護保険制度の改革について、一応の議論はなされてきたものの、残念ながら抜本的な改革は実現しておらず、医療保険制度にいたっては、ほとんど手つかずの状態にあると言わざるを得ない」と述べている。経済同友会が、「医療保険制度にいたっては、ほとんど手つかずの状態」と嘆いてみせるのは、彼らから見れば医療保険・医療制度をめぐる事態が、彼らの思うようになっていないことを物語る。つまり、医療改悪を許さない各種・各層の国民的医療運動が、財界の思いのままにはさせていないということである。
　この経済同友会の医療に関する方針では、「年金、介護、医療と続く個別改革とセットにした社会保障制度の一体的見直し、さらには、消費税を含む抜本的税制改革について、この２〜３年をラストチャンスと認識」している。まず、「一体的見直し」という用語が出ている。そして「２〜３年」とは、2005年、2006年、2007年のことであるが、2007年が消費税大幅引き上げのラストチャンスの年と位置づけられている。国民の世論と運動が、その後も長期に亘って、消費税大幅増税を阻止してきたのである。

(３)　経済同友会：「『自律国家』と『国民負担率30％の小さな政府』」（2001年１月）

　上記の経済同友会文書は、随所で、2001年に同友会が策定して経済財政諮問会議に手渡した「『自律国家』と『国民負担率30％の小さな政府』」を引き合いに出している。自分たちが考える国の姿は、2001年にまとめた「自律国家構想」で、その上に立って医療に絞った提言を2004年４月６日の文書で行っているという筋書きである。
　「自律国家構想」は、端的に言えば「憲法から営利的市場へ」という認識である。「自律国家という新しい概念に基づく小さな政府」を日本は目指すべきである。それは国民の自助努力と自己責任を前提とする自律ある国民によって構成される「自律国家」である。「自律国家」では、「生産は市場に委ね、再分配とは峻別する」。「生産」とは「市場メカニズムを活用できるあらゆる財・サービスの生産を意味する概念であり、農業、製造業、サービス業から教育、医療に至るまで」、これらは市場メカニズムに委ねる分野である。
　分配、再分配とは、端的には、税を使って行政がやる仕事である。「再分配に関わる政策判断は政治に委ね」、官僚は政策判断に口を出さない。行政は政治が決めた再分配の政策を執行するだけである。この「再分配」とは「市場メカニズムを通じた資源配分に委ねることのできない行政サービスを意味」する。「国防、外交、司法、徴税、公共事業、公的扶助」などを含む。
　社会保障として「再分配」に入るもの、つまり行政サービス、行政の責任においてなされる分野は、公的扶助だけという、およそ世界に類のない社会保障論であろう。原理的に公的扶助以外の諸領域は市場に委ねられるべきであるということを、2001年の経済同友会の国家構想は述べていた。さらに「再分配」の原則として、「日本の尺度で測った最低限度の生活水準」が「ナショナルミニマム」だとしている。これは明らかに誤りである。「ナショナルミニマム」は、生理的に最低限度の生活水準という意味ではない。日本国憲法第25条が定めているような「健康で文化的な国民生活」という意味でのミニマムを保障するのが、政府の責任である。それを投げ捨てて、政府が責任を負うのはギリギリの生理的生存ラインであり、それ以上は市場に委ねるというのが、同友会の国家構想である。かつての「救貧法」時代の、生理的生存限度の生活水準を保障することだけが「再分配」で行う仕事であり、それ以上の所得再分配を国民は求めてはならず、最低以上の部分は自助努力に委ねるという主張である。
　なお経済同友会の2004年４月提言で見逃せないのは、任意の医療貯蓄制度を提案していることである。現在の高齢者は対象とはしないが、将来の高齢者については若いときから貯蓄をさせる、疾病リスクに備えて国が音頭をとって半ば強制的に医療貯蓄制度を導入する、というのである。自分の金で貯蓄するのであり、病気の時に備えた個人貯蓄を強制しようという話で、社会保険でも、社会保障でも何でもない。自己責任論の極致である。こういったものを現在の医療保障制度に代わるものとして打ち出してきた。よほど知的に余裕がなくなってきた証拠であろう。
　経済同友会は2006年５月10日にも「社会保障制度を真に持続可能とするための抜本的・一体的改革」を提言している。税制改革にも言及している。どうやら2005年前後から「一体改革」が財界から頻繁に要望されるになったようである。

(４)　政権交代前後

　自公政権から民主党政権まで、政策的一貫性を担保したのが、財界の社会保障政策である。日本経団連：「国民全員で支えあう社会保障制度を目指して−社会保障制度改革に関する中間とりまとめ」（2008年５月20日）と「税・財政・社会保障制度の一体改革に関する提言―安心で活力ある経済社会の実現に向けて」（2008年10月2日）は、自公時代の「一体改革」の最終段階を牽引した財界の社会保障政策であり、社会保障国民会議最終報告（2008年11月４日）に反映されている。
　民主党政権が誕生した直後の2009年８月31日には経済同友会が「新政権に望む―新しい国づくりに向けた責任ある政権運営を求める」を発表し、「持続可能な社会保障制度の構築に向けた一体改革の断行」を迫っている。2009年10月20日には日本経団連が「安心で信頼できる社会保障制度の確立に向けて」を発表し、「税・財政・社会保障制度の一体改革を主張」した。いずれも、民主党政権への先制パンチであろう。大震災後にも日本経団連が「社会保障と税の一体改革に対する意見」を2011年６月15日に発表している。
　国会審議が始まってからは、日本経団連が、「社会保障・税一体改革の着実な推進を求める」を2012年５月24日に発表し、「社会保障・税一体改革は、持続可能な社会保障制度を確立するとともに、中長期的に財政の健全化を実現し、我が国の成長基盤を創出する上で極めて重要な課題である。経済界としては、今国会において与野党が建設的な議論を行い、一刻も早く合意形成に至り、改革を着実に推進することを強く求める」として、３党協議を迫っている。これらの文書の他に、「一体改革」に関係する各種審議会での発言や、時々の会長等の発言によって、民自公等へ財界は強い指導力を発揮してきた。一例として、３党合意を挙げよう。６月４日の内閣改造にあたって、日本経団連の米倉会長は、「野党の協力を得ながら、不退転の決意をもって政策を果断に実行に移していくことを強く期待する」と、野田首相に発破をかけている。
　政党レベルでの変転きわまりない政局劇に惑わされないためにも、脚本・演出を担う財界の政策に注目すべきであろう。