労働総研ニュース No.260 2011年11月



目   次

TPPと東アジア共同体、そして日本国憲法第9条 久野国夫
野田民主党政権と基地・安保問題 小泉親司
常任理事会報告ほか




TPPと東アジア共同体、そして日本国憲法第9条

久野国夫

 TPP(Trans-Pacific Partnership Agreement、環太平洋経済連携協定)への参加をどうするかが、民主党内も含め大きな政治課題の一つとなっている。もともと鳩山民主党政権発足直後は東アジア共同体への期待が強かったはずであるが、沖縄普天間米軍基地の辺野古への移設問題でつまずいて以降、民主党政権の対米外交は腰砕けとなっていった。そして政権3代目の野田政権では、民主党執行部はTPP参加へ前向き姿勢になっている。

 この構図は20年ほど前の、EAEC(東アジア経済会議)とAPEC(アジア太平洋経済協力)の対立をほうふつさせる。前者は1990年代にマレーシア首相マハティール氏が提唱したものであるが、氏の地域経済圏構想は一貫してアメリカやオセアニア抜きのアジア経済圏であったのが特徴である。マハティール構想は、1989年のAPEC発足によりつぶされることとなった。今回のTPPも多分にAPEC型の流れのようであるが、違いはアメリカの経済力の衰えがいちじるしく、今日ではアジアを含めた世界での覇権を維持する力はなくなっているということである。1971年の金・ドル交換停止により歯止めを失った米ドルの暴走はすさまじく、82年以降は91年を除いて経常収支は一貫して赤字であり、2006年にはついに8000億ドル(日本の政府予算を上回る額)を上回り、08年のリーマンショックで破綻、赤字減らしを迫られている。

 アメリカの凋落とは対照的に、1980年代のアジアNIEsさらに今日の中国やインド、ASEANといった近年のアジア諸国の台頭はめざましい。東アジア共同体構想は、したがって当然の経済の流れに沿ったものといえるが、問題はGDP規模が世界第2位の国(中国)と3位の国(日本)のどちらも、この共同体を主導するには問題をかかえているということである。中国は事実上一党独裁の社会主義国であり、日本はかつて大東亜共栄圏を標榜してアジアを席巻したという前科がある。おたがい隣国同士である以上、アジア各国で国境問題、民族や宗教の違いによる紛争も多い。こうしたなかで光りを放つのが、「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」、「国の交戦権は、これを認めない」と謳った日本国憲法第9条である。戦後日本の出発点である東京裁判の結果すら否定する、安倍元首相のような勢力の妨害さえなければ、第9条のアジア(グローバル)化を旗印にしたアジア共同体の夢は大きくふくらむと思うのだが。

(ひさの くにお・理事・九州大学教授)

野田民主党政権と基地・安保問題

小泉親司

 菅政権に代わり野田新政権が誕生して2ヵ月が経過した。野田政権は、11月12日から開かれるAPEC(アジア・太平洋経済閣僚会議)に向けて、TPP(環太平洋連携協定)への参加をめざす路線をひた走っている。同時に、普天間基地移設計画の推進のために、辺野古新基地計画の「環境影響調査」報告を沖縄県に提出し、普天間問題の行き詰まりを打開しようとしている。これらは、遅々としてすすまない東日本大震災の復興への動きと比べれば、異常なスピードである。

 野田新政権は、マスメディアで「どじょう政治」などと称されているが、内政・外交を含めてどのような政治をすすめようとしているのかは現時点では、いまひとつ不透明である。しかしながら、基地・安保外交分野でどのような方向に歩もうとしているかは、臨時国会の論戦や日米首脳会談をめぐる動向などでその一端が明らかになりつつある。

《行き詰まる普天間問題》

 野田政権の基地問題への対応では、なによりも沖縄の普天間基地問題である。

 野田首相は、政権発足からわずか2週間後の9月21日に開かれたオバマ米大統領との日米首脳会談で、普天間問題について、「基本は日米合意にのっとって沖縄の負担軽減を図りながら沖縄に理解してもらう」「結論はなるべく早い段階に得たい」と約束した。これは、オバマ大統領から「結果を求める時期が近づいている。これからの進展に期待している」(「朝日」9月22日付)との要求にこたえたものである。「日米合意」とは、2011年6月、菅内閣のもとでおこなわれた、名護市辺野古へ新基地建設計画を強行するという従来の合意である。

 この具体化として、野田政権は、一川防衛大臣、玄葉外務大臣を相次いで沖縄入りさせ、行き詰まりを打開するため、評価書の年内提出を明らかにしたのだ。もし評価書が提出されれば、沖縄県知事は、90日以内に意見を防衛省に提出しなければならない。この意見は、法律上、新基地建設計画本体の根本的変更を提起することはできない。この手続きを終えれば、防衛省は辺野古沿岸部の海面埋め立て申請をおこなう方針で、県知事は、これを許可するかどうかが問われることになる。防衛省は、これらによって沖縄県知事に揺さぶりをかけ、計画の進展をはかろうとしている。

 しかしながら、仲井真県知事は、評価書提出を伝えた一川防衛大臣との会談後、「(移設は)事実上不可能」との見解をあらためて明らかにした。「県幹部は、『米国に進展をアピールしたのだろうが、沖縄のきびしい現状は何も変わらない』と淡々と語った」(「毎日」10月18日付)と報じられている。辺野古の地元、稲嶺名護市長は、防衛大臣との会談で「辺野古移設を白紙に戻すべく、日米合意を米国に進言してほしい」(同上)とのべた。

 沖縄の地元マスメディアも、「大臣は米国のご用聞きか」(「琉球新報」10月18日付)との社説をかかげ、「防衛相は、日米合意の推進を促す米国の声に唯々諾々として従い、知事に方針を伝えただけだろうが、県民から見れば、米政府のご用聞きとしか映らない」ときびしく指弾した。

《“アメと脅し”で県民の総意に挑戦》

 このように、野田政権はいま、オバマ政権の“圧力”を利用して、行き詰まった普天間問題を解決するために、“アメと脅し”によって、県民の総意に挑戦しようとしている。しかしながら、普天間の「県内移設反対」「新基地建設反対」の県民の総意を変えることは「現実的に不可能」(仲井真県知事)となっていることは明らかである。

 仲井真知事は、首脳会談と前後して訪米し、19日の記者会見では、沖縄の41自治体の首長と48名の沖縄県会議員の「日米安保」と「県内移設」に対する態度の一覧表(注:首長には「安保」はなし)を示して、安保の是非では分かれるものの、「県内移設」にはすべての首長と県会議員が反対していると強調した。また、野田政権の態度について、辺野古が強行されれば、「米軍は銃剣とブルドーザーで(基地を)つくった。(日本政府も)銃剣とブルドーザーでやりますかということになってしまう」とのべた。

 沖縄ではこれまで、県民のなかから「県外移設」や「国外移設」といったさまざまな意見が出されていた。しかし、昨年1月の名護市長選挙で、「県内移設反対」をかかげる稲嶺進市長の誕生で県民の意見・世論は大きく変化した。4月25日、9万人が結集した県民大会、勝利した仲井真知事が、「日米合意の見直し」と「県外移設」を公約せざるを得なかった11月の沖縄県知事選挙を通じて、沖縄県民の総意は「県内移設反対」の“一枚岩”となっている。

 「政権交代」した直後の鳩山元首相は、普天間問題で“迷走に迷走”を重ねた。鳩山元首相は、「お茶の間に、普天間と『抑止力』を知らしめた」と揶揄された。これは、鳩山政権が、アメリカの圧力で移設を強行したいものの、沖縄県民のねばり強いたたかいの前に“逡巡”を繰り返したからにほかならない。県民はこの時にすでに「県内移設反対」の揺るぎない総意を確立していた。

 1996年、普天間返還の見返りとして、「県内移設」が提案されて以来、自民・公明政権下の14年、政府はクイ1本打つことができなかった。民主党政権下でもすでに2年以上が経過し、「日米合意の履行」が常に日米両政府間の合意となっても、基地建設の強行はできなかったのである。

 現在アメリカ国内でさえ、米議会の国防関係有力議員が「見直し」の声をあげている。上院軍事委員会の重鎮、レビン委員長は、「(現行計画は)非現実的」「幻想だ。履行できないにもかかわらず履行できるふりをすることは意味がない」と断じている。レビン議員らは、辺野古計画を明記した「日米合意の見直し」を国防予算権限法案の修正案に盛り込む考えを公言している。

 こうしたなか、野田政権の一連の態度は、県民の総意に挑戦する蛮行である。民主党が沖縄県民の意見を聞いて普天間問題を解決するというのであれば、「県内移設反対」という県民の総意にたって、それを実現する方向でオバマ政権と交渉すべきである。

《米軍基地強化計画に邁進》

 野田政権がすすめる基地強化は、辺野古への新基地建設ばかりではない。

 オバマ政権は、辺野古への新基地建設計画と連動して、普天間基地へ新型輸送機オスプレーの配備を発表した。オスプレーは、普天間の海兵隊輸送ヘリCH46の代替機で、米国内では“未亡人製造機”と呼ばれている。それは、開発段階から事故が多発し、多くの若者の命を奪ってきたからである。来年2012年からの普天間への配備発表は、住宅や公共施設が密集する普天間基地の危険をさらに高めるものである。同時に、普天間を移設しないかぎり、“被害が出るぞ”という県民への恫喝にほかならない。

 沖縄県北部の東村高江地区での海兵隊ヘリ・パッド(訓練着陸帯)建設も重大な局面を迎えている。ヘリ・パッド建設は、辺野古への新基地建設計画と一体のもので、沖縄北部のほぼ全域にまたがる北部訓練場の半分を返還するかわりに、高江地区の住宅地附近に新たなヘリ・パッドを建設する計画である。地域住民は、爆音や墜落の危険のなかで、区長をあげて反対運動を展開し、計画をストップさせてきた。防衛省は、5月、工事の強行をすすめたが、住民の座り込みや環境問題(ヤンバルクイナの生巣期間でもある)の前に工事を中断せざるを得なかった。防衛省は、工事の着手と相前後して、座り込みをおこなっている地域住民を相手取って「通行妨害」の裁判を提起し、“脅し”をかけているが、住民のたたかいの前に工事を再開できていない。高江地区の住民や支援団体は、若者を先頭に、県都那覇市での座り込みやパレードなどをおこない、反対の声を広げている。

 馬毛島へのNLP(夜間離発着訓練)基地建設計画に対しても自治体ぐるみの反対運動がすすめられている。防衛省は、2011年の「日米合意」ではじめて鹿児島県西之表市馬毛島へのNLP基地建設を明記した。馬毛島自体は、面積約820ヘクタールの無人島である。基地建設についてはすでに2008年、計画が報道されて以来、種子島の1市2町(西之表市、中種子町、南種子町)と屋久島町が反対決議をおこない、政府に反対の態度を申し入れてきた。その際、防衛省は、「聞いていない」とか「(真偽の程は)わからない」などとごまかしてきた。

 ところが今回は、関係自治体には全く事前説明もなく、日米政府間で一方的に合意したのである。地元は、怒り心頭で、西之表市長を先頭に、自治体ぐるみの反対闘争を展開している。防衛省は地元に対し、「自衛隊の災害拠点の建設である」とか「南西諸島の防衛のための不可欠の施設」などと説明している。また、爆音は、馬毛島から12キロしか離れていない種子島では、「新幹線車内並の70デシベル」などと説明した。しかし、住民は、爆音被害や自然や漁業に甚大な被害を与える危険があることなどを理由に反対運動を強めている。10月20日、長野西之表市長は、政府に7万人の反対署名を提出した。これは、3市町住民の過半数を超えた署名数である。

 神奈川県厚木基地から空母艦載機移転が計画される山口県岩国基地でも、住民のねばり強いたたかいが進展している。岩国市では、2006年3月の住民投票で、「艦載機移転ノー」の審判が下されているが、容認派の前自民党衆院議員が市長に当選し4年が経過しようとしているにもかかわらず、いまだ「移転容認」の態度を打ち出せないでいる。市内中心地の愛宕山に計画されている米軍住宅建設は、山口県知事が、普天間基地の代替がすすんでいない状況の下では、「(艦載機移転の)先行移転はしない」との立場を表明したことから計画が一時中断されている。北澤前防衛大臣が「評論家的な態度だ」とのべるなど、防衛省が計画の推進を策しているが計画はすすんでいない。防衛省は、愛宕山の米軍住宅用地を約169億円で買収するとの「懐柔策」を提案している。来年1月には、市長選挙が予定されており、「艦載機転反対」のあらたな住民の共同したたたかいがつよめられている。

《アメリカの財政赤字と海外基地削減計画》

 こうした日本での米軍基地強化計画の行き詰まりの背景には、来年大統領選挙を控えるオバマ政権の深刻な国内の財政対策がある。

 現在アメリカは、2011年度で1兆6450億ドル(約90兆円)という巨額の財政赤字に直面している。その背景は、10年にわたる2つの戦争、アフガン戦争とイラク戦争の戦費にある。オバマ政権は、この打開のために国防費を総額で1兆ドル(約80兆円)、当面10年間で4500億ドル(約36兆円)削減する計画をすすめている。そのため、オバマ政権は、歳出の削減ばかりでなく、海外基地の見直し、削減を余儀なくされている。

 すでに世界一の米軍基地を抱えてきたドイツでは、1989年段階での約25万の米軍兵力を、2009年9月の段階で約5万人にまで大幅削減した。韓国では、米軍兵力の3分の1を削減する計画である。最近では、現在11隻を保有する原子力空母も削減の対象とし、横須賀基地に配備されたジョージ・ワシントンを削減の対象とすることを明らかにしている。また、米議会では、海外に展開している海兵隊の削減も検討されている。米国防総省に近いシンクタンクの研究者らは、『フォーリン・アフェアーズ』誌9月号に「漂流する日本の政治と日米同盟」と題する論文を掲載し、沖縄に配備されている海兵隊について「訓練施設とインフラさえ適切なら、西太平洋のどこに拠点を持つかはこだわる理由はない。どこを基地にしようとも海兵隊は想定されるいかなる任務もこなしていく能力がある」と指摘している。また、これらが「沖縄県民に歓迎され、結果的に日米同盟の強化につながる」としている。

 こうした時こそ日本政府は、世界でも異常な日本の米軍基地強化に狂奔するのではなく、米軍基地の大幅削減・基地撤去を主張すべきである。ところが、野田政権は、米軍への「思いやり予算」やグアム移転費などを増額し、基地を支えることに熱中している。

 オバマ政権は、こうした財政赤字に対応するものとして、日本への軍事分担、グアムなどへの海兵隊移転経費の分担増を押し付けている。米軍が日本に133カ所もの広大な米軍基地を維持、強化できるのは、日本政府が国民の税金を使って、「思いやり予算」で基地維持費をまかなっているからに他ならない。日本の「思いやり予算」は、米国の他の軍事同盟諸国26カ国の合計よりも多い金額であり、異常きわまりないものである。このほか、日本政府は、世界で例のない米国領土への基地建設であるグアム移転費、日本国内での米軍基地強化のための「再編経費」もすべて分担に応じている。このような「気前のいい国」は世界のなかで今、日本だけである。

 しかも、グアム移転費について米議会は、財政赤字やグアム島の事情から予算を一時凍結している。ところが、日本政府は、日本側分担金を唯々諾々と支出している。その結果、米国予算勘定に組み入れられている日本側の資金が「約1220億円が滞留している」(「琉球新報」10月4日付)現状である。この金利だけでも膨大なものである。これはムダな支出の典型である。

 現在、野田政権は、東日本大震災の復興資金を、国民への増税で対処しようとの計画をすすめている。原発周辺の住民のなかには、全面賠償が実現するのか、除染の資金はどこが責任をもつのか、多くのさまざまな不安の声が高まっている。野田政権がやるべきは、米軍への「思いやり」予算の拡大ではない。被災者への「思いやり」である。「思いやり予算」やグアム移転費など、ムダな歳出を削減し、増税のない復興財源を確保すべきである。

《日米同盟強化を最優先》

 野田首相は、みずから認めているように、憲法9条の改憲を主張している。また、「日米同盟の深化」という従来の民主党政権の政策を踏襲している。

 しかし、野田首相の「日米同盟の深化」論は、「アメリカ直結」という点では、これまでの民主党政権の外交政策よりも「進化」している。

 民主党は、2009年総選挙の「マニフェスト」で、「東アジア共同体」構想をうちだした。これは、現在世界人口の72%の人々に及んでいる「東南アジア友好協力条約」のような平和的な共同体をめざすものとされてきた。「アセアン友好条約」は、「武力の行使の放棄、武力の威嚇の禁止」や「国際紛争の平和的解決」など日本国憲法の平和原則を盛り込んだ条約である。

 ところが、菅前首相は、2010年2月の国会での施政方針演説で「日米同盟は、わが国の外交・安全保障の基軸であり、アジア太平洋地域のみならず、世界にとっても安定と繁栄の公共財」とのべる一方で、「東アジア共同体」という文言を使わなくなった。それは鳩山前首相が、中国との会談で、アメリカ抜きの「共同体」構想をうちあげ、米政権の非難を浴びたことが背景にあるとされている。

 野田首相は、この「東アジア共同体」構想に口をつむぐだけでなく、これを完全に否定する態度を鮮明にしている。雑誌『VOICE』(2011年10月号)では「いま、この時期に東アジア共同体などといった大ビジョンを打ち出す必要はないと私は考える」ことを明言している。

 この立場は、野田首相の一貫した立場である。2008年11月、松下政経塾は「日米同盟試練の時」と題する報告書を発表した。これは、自民党前国対委員長の逢沢一郎衆院議員、現民主党政調会長の前原誠司衆院議員などが作成したもので、この賛同者に名を連ねているのが野田首相(当時、衆院議員)である。

 この報告書は、「『アジア・太平洋』と『東アジア』の最大の違いは、米国を含むかどうかである。日本と東アジア諸国との国家間の関係が、常に米国を介して築かれているわけではない以上、東アジアの一員という自己認識にも意味はある。しかし、米国を含まない、東アジアだけによる平和、東アジアだけによる繁栄というものはおよそ成立し得ない、という現実を日本を含む東アジアの人々は直視しなければならない」と明記している。つまり、米国主導以外の「共同体」は認めない、日米同盟があればいいのだという立場である。野田首相の度し難い「アメリカ直結」といわなければならない。

《憲法上の「制約」をすべて取り払う策謀》

 野田首相が賛同者となっているこの報告書は、日米同盟への「進化」(「深化」ではない)への具体的な提言をおこなっている。その柱は、憲法で禁じられている集団的自衛権行使の政府解釈を改めるべきだという主張である。これもアメリカの歴代米政権が、対日要求として一貫して要求してきた立場である。

 集団的自衛権の行使とは、日本が他国から武力攻撃を受けていないのに、アメリカを軍事支援し、米軍とともに戦場でたたかうということである。日本が戦前、日独伊軍事同盟(防共協定)を結び、攻撃を受けていないのに侵略戦争に踏み出していった歴史的教訓から、憲法できびしく禁じられた立場である。

 報告書は、「世界と地域の平和と安定に関与する国家として立つことを決意する」として、「当面の障害は、集団的自衛権の行使を違憲とする現行政府解釈にある。集団的自衛権の行使を違憲とする政府解釈を改めると同時に、自衛隊の海外活動に関する恒久法を整備しなければならない。現在制限されている国際安全保障における活動の多くは、解釈変更によって可能と私たちは考えるが、憲法改正により少なくとも第9条第2項を書き換えることが新しい自己定義に基づく国際安全保障活動について国民的合意に基づく正統性を確立するうえで望ましいであろう」と明記した。

 米政権はこれまでも、アーミテージ元米国務副長官が「憲法9条は日米同盟の邪魔物だ」とのべ、改憲を要求してきた。野田首相は、このアメリカの要求に唯々諾々と従う立場である。

 菅前内閣は、昨年12月、民主党政権初の「国防の方針」である「防衛計画の大綱」を作成した。この「大綱」策定にあたって設立された「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」(「新安保・防衛懇」)は報告書を提出し、集団的自衛権行使の禁止や武器禁輸政策をあげ、「こうした政策は、日本自身の選択によって変えることができる」と明記した。しかし、「大綱」本文には、武器禁輸の見直しも、集団的自衛権の行使容認も明記することはできなかった。

 野田新政権は、こうした提言を現実の政治に乗せようとしている。前原政調会長は、就任後いち早く訪米し、外国特派員協会での演説で、武器三原則の見直し、PKO(国連平和維持活動)参加5原則の見直しを公言した。これらは新安保・防衛懇や松下政経塾報告などで強調されたもので、国民世論から自民党政権時代につくられた憲法から生じる「制約」をすべて取り払って、日米同盟を最優先した政治に転換しようというねらいをもつものである。

 こうした立場は、自民党政権がやりたくてもやれなかったことを、「政権交代」を利用して民主党政権が成し遂げようというもので、野田政権はこれを、民主・自民・公明の翼賛体制を志向して、実現しようとする危険な方向である。

《アジアでの平和環境づくりへ》

 野田首相は、新基地建設計画の強行とともに、「日米同盟の深化」をことさら強調し、「アメリカ直結」ぶりを盛んに売り込んでいる。

 野田政権にとって、TPPへの参加も、「日米同盟の深化」の具体化である。TPPは農業や医療、サービス産業などの完全自由化をめざすもので、大震災復興に大きな障害となるばかりか、日本の基幹産業・農業の破壊、医療、雇用の破壊をめざすものである。それゆえ、JA(農協中央会)や漁協、日本医師会などをはじめ多くの関係団体がつよく反対している。民主党内でも190名におよぶ国会議員が反対・慎重の態度といわれている。こうした国民の反対の声をよそに、「日米同盟の深化」を理由に、参加を強行することは許されない。

 日米安保条約は第2条で、経済条項を盛り込んでいる。そのなかでは「国際経済政策におけるくい違いを除くことに努め、また、両国の間の経済的協力を促進する」と明記した。農林省の元経済局長、吉岡裕氏は、「牛肉摩擦」や農産物自由化の根っこに、この安保条約があることを指摘した。日本の構造「改革」も、TPPも、その根底に安保条約があることは明らかである。

 前述した松下政経塾の報告書は、「日米同盟の中核機能が軍事同盟であることは論をまたない」と明記した。野田首相が、こうしたことを熟知しながら、「日米同盟の深化」を強調するのは、戦争の根源である軍事同盟を強化しようとすることにほかならない。これらは、米軍基地問題ばかりでなく、自衛隊の軍備増強をめざす「防衛計画の大綱」の推進、「思いやり予算」やグアム移転費の増額に及んでいる。

 野田政権が、こうした路線を強行する最大の理由にあげているのが、中国「脅威」論である。それは、1980年代のソ連「脅威」にもとづく中曽根・レーガンの軍拡政治を彷彿とさせる。1991年のソ連の崩壊によって、「ソ連脅威」が軍備増強の口実であったことは歴史の教訓である。これによって、医療費の3割負担や福祉の切捨てのレールが引かれたこともまた周知の通りである。

 「中国脅威」論について、藪中外務省顧問は、「日本もアメリカも中国と喧嘩をするわけにいきません。(略)中国、それからインド、この二つがあるアジア太平洋地域は、今後も世界でもっとも重要な地域でありつづけるでしょう。それでは世界は中国とどう向き合えばよいのでしょうか。結局、協力関係しかありません」(『中央公論』2011年10月号)とのべている。中国「脅威」を煽り、「日米同盟強化」や軍備増強で中国と向き合うのは、アジアの友好協力関係に亀裂を持ち込む以外のなにものでもない。アジアでの平和外交で、相互の友好関係を築くことこそ肝要である。

 いま世界の流れは、「抑止力」という誤った立場で、米軍基地の強化や軍備増強では解決できない方向にある。アメリカがこの10年間たたかったイラク戦争、アフガン戦争も、戦争の力では平和や安定も、経済復興もできなかった。

 いまこそ日本が、アジアの平和を実現するために、多くの国との平和外交と対等・平等の経済関係の確立にイニシアチブを発揮する時である。

(こいずみ ちかし・日本平和委員会理事)

2011年度第1回常任理事会報告

 労働総研2011年度第1回常任理事会は、全労連会館で、2011年10月15日午後1時30分〜4時まで、小越洋之助代表理事の司会で行われた。

 冒頭の学習会は、原冨悟会員が「埼玉県知事選をたたかって思うこと」について報告し、質疑応答をした。

1.報告事項

 藤田宏事務局次長より、定例総会報告について、ブックレット・クォータリーの発行についてなど、定例総会以降の研究活動や企画委員会・事務局活動などについて報告され、承認された。

2.協議事項

(1)事務局次長より、入退会の申請が報告され、承認された。

(2)牧野富夫代表理事より、「労働総研プロジェクト・人間的な労働と生活の新たな構築をめざして―その取り纏めにあたって」が報告され、討議した。また事務局次長より、研究所プロジェクト完成に向けてのスケジュールについて提案され、承認された。

研究部会報告

・国際労働研究部会(9月22日)

 田川実氏から「ロシアの労働運動の近年の変化について」報告をしてもらい、討論した。報告では、メドベージェフとプーチンの「タンデム」政権をどう見るか、独立労組連盟やロシア労働同盟をどう性格づけるかなどについて、詳細な報告がなされ、情報の少ない同国の近年の社会・労働事情について理解を深める事ができた。

・労働組合研究部会(9月26日)

 単産研究の第3回で総評全国金属が対象。総評全金は1952年に個人加盟の単一組織への改革を行い、57年の産別会議の全日本金属と組織統一を行い、鉄鋼労連、電機労連を含む中央金属共闘の結成を主導した。総評労働運動の積極面と限界を体現するかのような数十年を、組織基盤の特徴と独特の「左派イニシアティブ」から根拠づけた報告(小林)と質疑・討論がされた。

・中小企業問題研究部会(9月28日)

 新書籍「中小企業の未来を拓く―労働組合の課題と解決法」(学習の友社)の初校が出揃い、各章の執筆者が内容の特徴や第1次原稿からの変更個所など紹介した。松丸部会長より第1章・総論「グローバル化に負けない中小企業と循環型経済の未来」について説明があり、寄せられた意見をもとに補強した。

・賃金・最賃問題研究部会(10月11日)

 賃金・最賃問題研究部会は、全労連調査局長の伊藤圭一氏が、「全労連の賃金要求――賃金闘争の前進のために」をテーマに報告を行った。平均賃金の長期低下や成果業績主義、性別や雇用形態間での賃金格差のなかでどのような賃金闘争をめざすのかなど質疑・意見交換を行った。各産別での「生計費原則」の打ち出し強化のとりくみ、財界主導の「同一価値労働同一賃金」のねらいを暴露しつつ、男女・雇用形態間での賃金格差是正をどうすすめるかなどについて活発な議論を行った。

10月の研究活動

10月2日 研究所プロジェクト雇用政策作業部会
11日 賃金・最賃問題研究部会
13日 研究所プロジェクト時間的ゆとり作業部会
26日 女性労働研究部会
27日 国際労働研究部会
中小企業問題研究部会
31日 労働組合研究部会

 

10月の事務局日誌

10月5日 労働法制中央連絡会総会
9日 自由法曹団90周年レセプション
15日 2011年度第1回常任理事会
18日 自交総連大会へメッセージ
27日 国民春闘共闘年次総会