労働総研ニュースNo.254 2011年5月



目 次

緊急提言「雇用と就業の確保を基軸にした住民本位の復興―東日本大震災の被災者に勇気と展望を」
緊急提案「国民生活と経済活動を混乱させる『計画停電』をやめ、政府の責任で、電力の供給力確保と大口需要家の電力規制を」
〈レポート〉巨大震災の現場──見て聞いて、思ったこと……大木 寿 
「人間的な労働と生活」の“新たな構築”をめざして―研究所プロジェクトの最終局面にあたって―……牧野富夫 




 労働総研は、2011年4月22日、厚生労働省記者クラブと三田クラブにおいて、緊急提言「雇用と就業の確保を基軸にした、住民本位の復興  東日本大震災の被災者に勇気と展望を」、および緊急提案「国民生活と経済活動を混乱させる『計画停電』をやめ、政府の責任で、電力の供給力確保と大口需要家の電力規制を」を発表しました。以下の文章は記者発表の全文です。

労働総研緊急提言

雇用と就業の確保を基軸にした、住民本位の復興

――東日本大震災の被災者に勇気と展望を

〈レポート〉

巨大震災の現場──見て聞いて、思ったこと

大木 寿  

被災者の思いをしっかり受け止める

 巨大震災があった3月11日の夜、宮城県出身で全労連・全国一般の遠藤中央書記長は巨大津波の放映に釘付けとなり、「あそこに杉さん(宮城一般副委員長)の家が…、布間さん(同書記長)の…。かみさんの実家が…兄さんの…」と嗚咽し続けました。

 震災4日後に遠藤さんを宮城に派遣しました。3月24日に救援物資(トラック3台)を被災地に届け、3月25日から5日間、私と林書記次長の二人で「職場と地域の被災状況」を調査するために宮城と福島を訪れました。全国的な長期の支援が必要となるので、4月22日から本部四役が福島と宮城を訪れました。

 23日に訪れた南三陸町志津川地区は巨大な力で無惨に破壊されており、原爆が落とされた後のようでした。住友電工グループとたたかって勝利解決した元三陸ハーネス争議団18人は全員無事でした。その仲間たち6人と会うことができました。たたかいの支援に尽力してくれ、いま避難所のまとめ役をされている日本共産党の大滝議員も来てくれました。

 仲間たちは「九死に一生を得ました。18人全員が生きていられることは奇跡としか思えない」と震災当日の話をし、「やっと昨日から電気がつくようになりました。生活は厳しいけれどがんばっていきたい」と笑顔で家族の話をしてくれました。○○さんが「でも余震があるとあの日のことが目に浮かぶ」とぽつりというと、みんなうなづいていました。別れ際に「明日は志津川小学校の桜の下で、地域の人が集まって花見をするの」と話してくれました。みんなで励まし合いながら生きていく、その大切さを教えてくれました。

1.被災者と被災現場を見て、聞く

 3月下旬に訪れたときは、ライフラインが深刻な打撃を受け、どこの地域も灯油や食料品・日用品の入手が困難で開店前多くの人が列をなしていました。3月なのに小雪も時々降る厳しい寒さの中で、仙台市の中心部は電気が3日間停電し、水道は2週間止まり、3月25日からやっと出るようになったと言っていました。ガスは止まったままでしたが、やっと4月10日頃に使えるようになりました。しかし、大津波の被災地の多くは、今なおライフラインが止まったままです。

 交通インフラも大変でした。新幹線などの鉄道は列車が止まったままでした。地下鉄とバスは運行していましたが、本数と時間が制限され、夜8時以降ストップしていました。重要な交通手段である自動車は、ガソリンの入手が困難で、給油を待つ車が延々と続き、10リットル給油するのに5〜6時間も待たされ、ときには徹夜で並んでも給油できない時もあると言っていました。津波に襲われた地域は車が流され、バスも運行していないために、わずかにある自転車が交通手段となっていました。

 宮城一般の仲間の中でも親族の死亡や行方不明、家財流失や被害のひどさによるショック、繰り返される余震が重なり、精神的に不安定な人が増えていると聞きました。知り合いの家屋修理のために連日奔走していた岩間さん(54歳)は仕事先で「少し休む」と横になりそのまま急死しました。震災後1ヶ月以上を過ぎ、「震災関連死」が増えていると報道されています。今後ますます増えると思います。
 震災からまもなく2ヵ月です。「身体と心のケア」が必要な時です。

2.心が痛む被災状況

 被災状況は死亡と行方不明で2万5千人を超えています。震災から40日以上過ぎた今でも、避難所の避難民は12万人以上います。身内に身を寄せている人も多数いると思われます。大津波の被害を受けた多数の人が、家族と親族と家財を失い、働く場と病院、学校、役所などの公共施設を失いました。永年にわたり築いてきた地場産業と地域のコミュニティなどの地域社会が壊滅的な被害を受けました。人災である福島原発による放射能汚染は地域産業と地域社会を壊滅させ、雇用と生活を奪い、深刻な被害をもたらし続けています。

 全労連・全国一般・宮城一般労働組合には、31の職場に7600人の組合員がいます。5月6日現在の被災状況は、死亡14人(みやぎ生協13人、解雇争議中1人)、行方不明3人(同生協)です。組合員のほとんどが、家族・親族の死亡・行方不明の方がいます。

 家屋流失と破壊は408軒あり、避難所に身を寄せている人もいます。津波によって事業所が流出・破壊したために労働者を解雇した職場は3職場33人であり、壊滅的な被害を受けても事業継続している職場は生協3店舗、日本ヘルス1職場、現在閉鎖しているが再開をめざしている職場は生協3店舗です。

 福島は組合員の死亡はなく、津波で2職場が壊滅しましたが、組合員は九死に一生を得て助かりました。

 下水道処理施設の維持管理をしている日本ヘルスの3職場が機能不全(2職場・原発避難、1職場・津波)になりました。

組合と経営者に被災状況と対策を聞く

 3月下旬に職場を訪問しました。組合役員と経営者にお見舞いをし、「被災と経営の状況と今後」について聞き、組合として雇用と生活を守るための「具体的な提案」もしてきました。いくつかその内容を紹介します。

(1) 「みやぎ生協」は県民世帯の67%が組合員です。理事長に御見舞をし、総務部長などから話を聞きました。被害状況は前記した通りですが、出勤できない職員が500人ほどおり、施設などの被害総額は100億円台になると話していました。大手スーパーが閉店している下で、みやぎ生協は労働組合の超法規的な協力を得て、生協組合員さんの生活を守るために全国の支援を得ながら営業を続けていました。震災当日、避難訓練のお陰でお客(組合員)も職員も怪我は一切なかったそうです。私たちは生協の果たしている社会的役割を高く評価し、被災した職員や休業せざるを得ない職員への保障や避難所にいる職員の支援を理事会に要望しました。

 次に組合と懇談しました。労働組合は組合員の安否と被災状況をつかみながら、全力投球で各店舗の営業を支え、全国の支援を得て、がんばっている状況を話してくれました。私たちも全国の生協名を書いたトラックがあちこちで走っているのを見て、生協が果たしている役割を実感しました。

(2) 上下水道の維持管理をしている日本ヘルス工業の「宮城オフィス」を訪問し、管理室長から聞きました。深刻な被災をした多賀城市の「仙塩事業所」と福島の「3事業所」の状況を詳しく聞きました。室長は労働組合が宮城の事業所を夜遅くまで回って激励をし、支援物資を渡してくれたことに大変感謝していました。事務所の壁には、震災以降に対応した事項と来客者が書かれた大きな一覧表が貼ってありました。3月24日の欄には、日本ヘルス埼玉労組の金子委員長などがお見舞いと支援物資を届けに来たことが書かれていました。

(3) 業界トップの「日交タクシー」は社長以下8名が応対してくれました。組合は「鉄道は止まり、地下鉄とバスは運行制限されている。タクシーは公共交通機関であり、国・自治体にタクシーの活用を求めたらどうか。例えば、避難所の人たちは車を失い、バスの運行もないので自治体の助成を受けて無料タクシーの活用などを検討したらどうか。収入減であれば雇用調整助成金の活用」などを提案しました。会社側は好意的に受け止めていました。

(4) 健診を行う「対ガン協会」は専務などが応対し、「健診中止となり、再開は6月から8月になる見通しで収入が3〜4割減るので組合の理解(賃下げ?)を」と要望されました。私たちは「健診機関の役割を発揮し、避難所などの健康管理支援など」を提案したところ、「私たちも怪我の診療や心のケアなどについて協力したいと考えている」と話していました。

大津波の被災地を見聞し、職場を訪問

 多賀城市に入るなり、息を呑みました。すべてのものが押し流され、荒涼としていました。ソニー工場も被災し、ヤマダ電機などのショッピングセンター、中小工場や事業所が壊滅状態でした。ここでは2つの職場を訪問しました。「生協大代店」は浸水し、停電しており、店内は薄暗い状態でした。忙しい中で店長が応対してくれました。「スーパーは店を閉めたまま。生協が住民の命綱としての役割を果たさなくてはと店を開いている。自家発電で営業しているが発注も販売もすべて手作業」、「パートは150人いる。90人働いており、残りの60人は避難所にいる。その人たちの生活対策をなんとかしなくては」と話していました。組合としても、理事会に要望することを伝えました。

 日本ヘルスの職場である下水道処理施設「仙塩事業所」の正門への道は通行止めでした。裏門を探して行きましたが、道路のマンホールからは汚水が吹き上げており、住宅地に悪臭を放っていました。施設の地下と1階は津波によって破壊され、下水処理ができない状況にありました。2階の管理センターはなんとか機能しており、職員に被害はありませんでした。自家用と社用車がすべて流され、そのために長時間の自転車通勤をしていました。困っていることはと聞くと、「仕事で問題が起きてもただちに対応ができない。車の配置をして欲しい」と要望が出され、すぐ対応すると約束しました。

労働相談と、生活と雇用の対策

 岩手・宮城・福島3県で津波に襲われた臨海部だけで事業所9万ヵ所、就業者数84万人います。解雇・失業者が激増することは必至でした。当初は3月末に労働局の労働相談会がテレビのテロップで流れ、相談件数は3県で約3万件と激増しました。

 組合に入りたたかいに立ち上がっている仲間は、3職場と個人組合員で131人(5月6日現在)です。レジャー産業のXコロナ(本社・愛知、資本金1.5億円、従業員5200人)はアルバイト568人を解雇しました。仙台店の現地調査にいきましたが、大きな敷地にレジャー施設があり、外見は大きな損壊はありませんでした。組合員は107人、ほとんどが20代です。雇用継続と休業保障を求めて、愛知の支援も得て本社要請を行い、実現のためにたたかっています。

 旅行業のSTEPトラベル(本社・大阪 資本金1500万円、従業員200人)は仙台支店の正社員10人に大阪への転勤命令を出し、パート8人を自宅待機にした後で震災日にさかのぼり解雇しました。青年5人がたたかいに立ち上がっています。

 失業・解雇など労働相談の激増に対応した体制整備が政府に求められていますが、労働組合も同じです。緊急に求められているのは生活対策です。雇用調整助成金や未払い賃金の立て替え払いの制度の改善や生活対策や、派遣切りの時のような生活保護の適用も必要ではないでしょうか。そして、後記する仕事おこしです。

震災と原発による被害は全国に広がる

 被災地だけでなく、被災地以外の事業所も「計画停電、受注・売上減少、部品や資材の調達困難・物資不足など」の被害を受け、日本経済に大きな被害をもたらしています。

 全労連・全国一般は被災地だけでなく、被災地以外の「大震災による影響状況調査」(9地方104職場)を行いました。直接・間接の被害があったとする職場は59%でした。中小企業家同友会(「中小企業家しんぶん」4月15日付)は2,852社中、「影響がある」48%、「今後ある」30%、あわせて約8割の企業が「影響ある」としています。中小企業家同友会や全商連は、政府与党に資金繰り支援、雇用対策、物流円滑化など中小企業支援を早期に行うことを求めており、私たち労働組合もその取り組みを強化していくことが必要になっています。


3.いま、求められていることは

 いま緊急に必要なことは、被災者の支援に力を尽くすとともに、被災者と被災地の願いに応える復旧と復興計画です。政府に被災者救援と原発事故収束に総力をあげ、仮設住宅建設、がれき処理、医療・福祉・学校・役所などの公共施設の建設、中小企業と水産業、農業など地場産業と地域社会の復興を行わせることです。大変な被害を拡大し続けている原発の「新しい安全基準づくりと総点検・自然エネルギーへの転換」が必要です。そのために国民的な運動と世論起こしが求められています。

 その復興財源が大問題です。「復興構想会議」(五百旗頭議長)は国民が負担する「震災復興税」の創設を打ち出しました。復興財源は国民に負担を押しつけるのではなく、予算・税金のムダ遣い「法人税減税、米軍への思いやり予算、政党助成金」などを削減するとともに、244兆円の内部留保がある大企業に「震災復興国債」を引き受けさせることが必要です。

 4月11日、震災後1ヵ月の集いが各避難所で開かれました。そのとき多くのところで「故郷」が歌われたそうです。「ふるさとの一日も早い復興を」との…被災者の深い思いが伝わってきました。その願いをかなえる支援と復興の国民的な大運動が求められています。

(おおき ひさし・会員・全労連・全国一般労働組合副委員長)

「人間的な労働と生活」の“新たな構築”をめざして

――研究所プロジェクトの最終局面にあたって――

2011年4月
プロジェクト責任者 牧野富夫

はじめに
 ――「3.11」と研究所プロジェクト

 われわれ労働総研が標記のプロジェクトに取り組んでいる途上で「3.11」(東日本大震災と原発事故)が勃発した。「3.11」という底知れぬ悲劇が、思いがけず「研究所プロジェクト」の意義をいっそう大きくした。人災的要素が濃厚な「3.11」には、つぎの二側面がある。

 一つは、戦後日本の「アメリカいいなり・大企業本位」の政治・経済の矛盾が露呈したという側面をもち、その「労働と生活」への「負の影響」は被災地にかぎらず、全国的にも甚大である。すでに「3.11」関連の失業・賃下げなどが広がり、被災地と周辺の農林漁業者・自営業者などの「労働(仕事)と生活」の状況は深刻を極めている。とくに「レベル7」と最悪の事態になった原発事故被害はエンドレスの様相を呈している。こうした深刻な事態を逆手にとり、「新しい日本の創造」に名を借りた消費税増税論・道州制導入論・TPP参加論など危険な動きが政財界周辺で台頭している。

 いま一つは、それが戦後日本の政治・経済はもちろん、直接的には“原発”のほか、平和・環境・人権・自治・福祉・文化・教育などに対する旧来の「考え方・価値観」や「政治・経済のあり方」に対して国民的規模での“反省”と“見直し”(パラダイム転換)をせまる一大モメントとなっている、ということだ。「経済成長」・「国際競争力」を「自己目的」であるかのように強調し聖域化して、その「目的」のために「労働と生活」を犠牲にしてきた日本社会の“もろさ”が露呈したのである。この国の舵取りを根本から見直す必要を多くの国民が自分の皮膚感覚で感じ取るに至っている。

 それゆえ、「3.11」のわが「研究所プロジェクト」に対する影響も大きい。図らずもそれが「人間的な労働と生活の“新たな構築”をめざして」というわれわれの課題の今日的意義を一段と鮮明にさせたからである。「変革への希求」が強まり、“政治と経済のあり方”が根本から問い直されるようになったからである。まさしく戦後日本の政治と経済を抜本的に見直す「パラダイム転換」が“時代の要請”となるに至っているのであり、この変化がわがプロジェクトの意義をいっそう大きくしている。

 本プロジェクトは、「3.11」後のこうした変化もふまえ、“日本国憲法の実質化”と“ディーセント・ワークの具体化”を理念・基本観点とし、「人間的な労働と生活」の“新たな構築”をめざしている。今世紀の第一四半世紀末(2025年前後)にゴールを設定し、「人間的な労働と生活の“新たな構築”」をめざす以上、あらかじめその理念・フレームが明確でなければならない。また、その実現のためには何が必要なのか、何をなすべきか、もあきらかでなければならない。

 その大前提として、今日の「労働と生活」のなにが問題なのか、なにを改めるべきか、をはっきりさせ、その原因・理由・背景などを解明しなければならない。このように広範・多岐にわたる膨大な作業となるため従来のプロジェクトとは違って今回は会員全体で取り組む労働総研初の「研究所プロジェクト」として立ち上げたのである。
 上記諸点に関してこれまでの議論・経過もふまえ、以下、敷衍したい。

1 プロジェクトの目的・経過・課題

 本ロジェクトを立ち上げた根底には、90年代の後半以降、「労働と生活」の破壊が急激にすすみ、さらに21世紀になってそれがエスカレートし、労働者・国民の状態悪化が危機的状況に立ち至っているという現実がある。これが「格差と貧困の拡大」としてあらわれ、深刻な社会問題となっている。2008年9月のリーマンショック後、世界的な金融経済危機を口実に雇用余力十分の大企業が真っ先に「派遣切り」に走り、東京・日比谷公園などでの「派遣村運動」の展開で年明けした2009年に、わが労働総研も創立20周年を迎えた。目前に展開する「労働と生活」をめぐる深刻な事態をふまえ、20周年記念事業の一環として本プロジェクトを企画し立ち上げたのである。

 労働者の状態悪化に歯止めをかけるだけでなく、より積極的に国民が「人間的な労働と生活」(しあわせ)を享受できる社会、そのような社会の“新たな構築”をめざすこれが本プロジェクトの目的にほかならない。そのためには、戦後日本資本主義のありようを大きく転換させなくてはならないだろう。すでにそれを可能とする客観的条件の変化がみとめられる。「日本資本主義は、いま、明治維新、戦後改革に続く第3の歴史的変革の時代に入りつつあります。21世紀前半の日本で新たな変革が起こる客観的条件、経済的な矛盾の内容は、しだいに明らかになってきました」という友寄英隆氏(『変革の時代その経済的基礎』参照)の認識を本プロジェクトも共有している。

《労働と生活の現実》 改革の常道として、F・エンゲルスの指摘を引くまでもなく“真っ先に必要”なのは「労働と生活」の実情(労働者状態)の解明である。すでにこれに関しては本研究所の先行プロジェクトや研究部会による研究の蓄積がある。それを本プロジェクトの目的に即して整理・補強しなければならないが、すでに各部会でその作業が進行している。端的に言えば、「労働と生活」の状態悪化の根底には“雇用破壊”と“社会保障改悪”があるこれがわれわれの基本認識である。ここで“雇用破壊”とは、解雇・失業だけでなく、雇用形態の非正規化、賃下げのなど「雇用・労働条件」の劣化全般をさす。

 また“社会保障改悪”がそのほぼ全域におよび、さらにいま「社会保障と税の一体的改革」という欺瞞的な掛け声のもとに実は「増税と社会保障の一体的改悪」で追い討ちをかけている。いまや「社会保障とは何か」・「生存権とは何か」、その根本(=思想)が問われるところまで事態は深刻化している。労働者・国民の生活を守るべき二大支柱の「雇用」(仕事)と「社会保障」の双方が危機的になっている“現状”を体系的に解明しなければならない。

《深刻な現実をもたらしたもの》 つぎに、なぜ「労働と生活」が急激に劣化したのか、その要因・理由・背景はなにか、解明しなければならない。この点についても本研究所の先行研究で基本的な点はあきらかにされている。その直接最大の要因・理由は「新自由主義による“構造改革”」の強行である。その「構造改革」が「規制緩和」と「小さな政府」論を主軸に、「規制緩和」で大企業の“搾取の自由”を拡大し、「小さな政府」論で真っ先に社会保障を切り崩してきたのである。それを加速した背景として、「アメリカいいなり、財界・大企業本位」という日米安保体制で縛られた戦後日本資本主義の特異性がある、という構図になっている。これらについても、本研究所の具体的な研究の蓄積を活用できる。

2 “新たな構築”をめざす「人間的な労働と生活」の理念・フレーム

 労働法の西谷敏 大阪市立大学 名誉教授は、近著『人権としてのディーセント・ワーク』で「真面目に働けば、ぜいたくはできなくても一生安心して生活できる社会――今多くの労働者が真剣に求めるのはそうした社会であろう。そのためには、雇用の安定性や一定水準の労働条件の保障が不可欠なのである」としたうえで、『月刊・全労連』(2011年5月号)で、つぎにように述べている。

 「ディーセント・ワークとは、人間の尊厳(憲法13条)、健康で文化的な生活(25条1項)、労働者の平等(14条1項)が保障される労働であり、また、労働者の表現の自由(21条1項)や労働基本権(28条)が尊重される職場における労働でなければならない……ディーセント・ワークは労働者・国民の譲ることのできない人権であり、それゆえにこそその実現は闘争の課題である」。

 われわれのプロジェクトは、「人間的な労働と生活」の“新たな構築”をめざし、その理念・基本観点を日本国憲法とILOが提起するディーセント・ワークに求めているが、その理由が西谷氏の上記言説でもあきらかであろう。われわれは、「真面目に働けば、ぜいたくはできなくとも一生安心して生活できる社会」を労働者・国民の要求だと受けとめ、その実現をめざしているのである。

 めざす目標は、労働者・国民が(1)「経済的ゆとり」、(2)「時間的ゆとり」、(3)「心身の健康」を、「しあわせの共通基盤」として享受できるような社会である(「3.11」が空気・水・土地などの自然環境の大切さを改めて自覚させた。そうした「環境」と「平和」が「しあわせの共通基盤」の前提的条件であることを、ここでは指摘するにとどめる)。この3点は相互に深く関連し合っており、どれが欠けても「人間的な労働と生活」(「しあわせ」)は実現できない。したがって、かつて日本経済の高度成長の後半期以降に現出した「経済的ゆとり」(大きな格差があるなど問題点も少なくないが)だけに支えられ、「時間的ゆとり」と「心身の健康」を犠牲にした社会は、いまわれわれが求めているものではない(当時、「労働疎外」が告発され、「労働の人間化」の必要が叫ばれていた背景には、そのような「偽りの豊かさ」状況があった)。本プロジェクトがめざすのは、過去に存在したそのようなカッコつきの「豊かな社会」ではなく、上記3点を労働者・国民が「しあわせの共通基盤」として享受できる社会であり、まさしく“新たな社会の構築”なのである。

 そのような社会を支える条件は、「安定した雇用・生活できる賃金」と「安心できる社会保障・公的支援」の二大支柱の構築である。まさにそれは「憲法とディーセント・ワークの実質化・具体化」にほかならない。強調すべきは、このような社会は労働者・国民にとって望ましいだけではない。日本経済の堅実な発展にとっても望ましく、ひいては規模の大小にかかわらず企業にとっても長い目でみればプラスになる、ということである(「雇用・労働条件の向上→内需拡大→日本経済の活性化」の関連についても本研究所の試算・研究は広く知られるところである)。

3 “雇用の安定”で“人間的な生活”を

 “人間的な生活”の実現のためには、(1)“雇用の安定”と(2)“頼りになる社会保障”がなくてはならない(労働総研の社会保障研究の蓄積もすでに大きい)。なかでも“雇用の安定”が基本である。この社会のマジョリティーである労働者は、自らの労働力を売り、その対価としての賃金で生計を立て自身を再生産するのが基本だからである。労働力を安定的に売りつづけることができる状態にあることを「雇用の安定」という。その“雇用の安定”が90年代の後半から破壊されていることは上述のとおりである。

 さらに「3.11」の勃発後、「雇用の安定」が被災地だけでなく全国的にいっそう危うくなっている。「原発の最大のアキレス腱ともいうべき原発下請労働者の放射線被爆の実態」(樋口健二「原発被爆労働という闇」『世界』2011年4月号)も深刻である。「経済成長最優先社会」・「大量消費社会」の推進力として原発エネルギー依存を強めてきた財界・大企業本位の政治がきびしく問われなくてはならない。「消費は美徳」はいまや“危険思想”なのだ(辻井喬)。

 かつて「終身雇用慣行」のもとで大企業を中心に「雇用の安定」がそこそこ保たれていた。しかしそれは、長時間労働や「企業への忠誠心」などとのいわば「交換条件」によるなど問題の多いものであった。その問題の多い終身雇用さえ急速に掘り崩され、雇用が破壊されるようになった、というのが90年代後半以降のことである(「終身雇用」や「年功賃金」の評価も、本プロジェクトの課題である。それらが有する積極面には労働者の要求・運動が反映されており、事実、雇用と生活の安定に役立ってきた)。

 こうした雇用破壊に対する、「3.11」後の事態もふまえた緊急措置の1つとして、「時間外労働の全面禁止」・「有給休暇の完全取得」・「週休二日の完全実施」を政府が“強制”するといった方法も有効であろう。これによる「労働の分かち合い」で、被災地で仕事を失った人びと、「3.11」のさまざまな影響で失業した人びとを優先的に雇用機会を拡大していくことができよう。このような緊急措置を経て、労基法の抜本的な改正による本格的な時短を制度化し、「雇用の安定」と同時に「時間的ゆとり」を定着化させていく、という方向である。このような労基法の抜本的改正がそうであるが、労働法制による「働くルール」の確立が「雇用の安定」と、雇用の質・内容である「雇用条件」の改善・向上にとって必須の課題である。時短による「時間的ゆとり」の獲得は、「心身の健康」や「家庭の団欒」を促すだけでなく、職場や地域での各種の自主的な運動にとって必須の要件でもある。

 このような改革による雇用の安定・賃上げ・時短などの実現は、冷え込んだ内需を覚醒・拡大させ、外需依存の「いびつな日本経済」を「バランスのとれた日本経済」に発展させることになる、とわれわれは考える。

むすび

 「3.11」後、「たんなる復旧でなく、新しい日本を創ろう」という掛け声が、さまざまな立場から発せられている。たとえば日本経団連は、2011年3月31日の「緊急提言」で、「新しい日本の創造に取り組んでいかなければならない」として、「道州制の導入も視野に入れた自治体間協議の促進」を主張するなど、「3.11」をテコに「構造改革の新展開」をねらっている。

 われわれのめざす「人間的な労働と生活」の“新たな構築”は「新しい日本創り」のカナメに位置づけられるべき課題である。「人間的な労働と生活」を欠落させたのでは「古い日本」への退歩・逆流でしかない。上記の経団連の「緊急提言」などは、歴史から何も学ぼうとしない暴論というほかない。

 これまで「人間的な労働と生活」が実現せず、逆に「労働と生活」の破壊が進行した原因は上述のとおりだが、それを阻止できずにきた労働運動のあり方、政治革新のあり方についても検証の必要があろう。労働戦線の「右よりの再編」をまって本格展開された「構造改革」という関連を事実にもとづいて解明すべきであろう。

 関連して、マスコミや教育ほか利用可能なあらゆるものを味方につけた支配層のイデオロギー攻撃に対する有効な対応も大きな課題だろう。原発事故をめぐる報道でも顕著なように、これまで原発の危険性を訴え、警告してきた専門家たちがほとんどテレビ等に登場せず、相変わらず原発推進の「学者」らが“言い訳めいた解説”を繰り返す異常さを改めさせることだ。

 また、「原発推進の所信は変えないと豪語する石原を4選都知事にした都民が260万もいる容易ならぬ事態をどう克服すべきか」(下山房雄)。「人間的な労働と生活」の実現についても同様の課題は重い。主権者たる国民の賛同を得られるような「人間的な労働と生活」実現のプログラムを策定すべく取組みを強めなければならない。

(まきの とみお・代表理事)

「英語ライティング教室」への案内


 労働総研では、労働組合や研究者のための英語ライティング教室を開いています。
 運動や研究分野で積極的に海外に発信し、交流を実のあるものにするために、正確、簡潔、明瞭な英文の書き方を中心に学びます。岡田則男氏(労働総研理事)を講師に、毎月2回、隔週の木曜日に全労連会館会議室でおこなっています。
 参加費(教材費実費)は月2,000円です。

4月の研究活動

4月11日 労働組合研究部会
13日 研究所プロジェクト労働時間作業部会
19日
労働時間・健康問題研究部会
賃金最賃問題検討部会
21日 国際労働研究部会
23日 大企業問題研究会(名古屋部会)
27日 女性労働研究部会

4月の事務局日誌

4月22日 緊急提言「雇用と就業の確保を基軸にした、住民本位の復興―東日本大震災の被災者に勇気と展望を」・緊急提案「国民生活と経済活動を混乱させる「計画停電」をやめ、政府の責任で、電力の供給力確保と大口需要家の電力規制を」記者発表
23日 第3回企画委員会