こんにちは。はじめまして、大阪経済大学の伊藤大一といいます。昨年は労働総研の奨励賞を授与していただき、ありがとうございました。その際にいただいた賞金を本当に研究に使っているのか、それとも飲み代に使っているのか、ぜひ皆様に知っていただきたく、研究近況をしたためたいと思います。

　今年３月出版予定の原稿を年末に書き上げました。この原稿は大阪自治体問題研究所から依頼された仕事で、タイトルは「大阪府下における官製ワーキング・プアと公契約条例」です。野田市をはじめとして川崎市でも公契約条例が制定されるなど、公契約条例制定への気運が高まっているときにタイムリーな文章になりました。

　依頼された仕事以外では、JMIU光洋シーリングテクノの研究があります。この研究は、2004年に徳島の光洋シーリングテクノで働く、請負労働者達の労働組合運動を題材にしたものです。これまで労働組合と距離をもつといわれていた若者が、なぜ、どうして、どのように、労働組合結成へと進んでいったのか、その諸条件を明らかにしようとするものです。その諸条件として、労働過程、労務管理、労働市場、JMIU正規労働組合の存在、トヨタ生産システムとの関係の５点をめぐる論文を執筆しました。

　さて、これからは少し視点を変えて研究していこうと考えています。その視点とは主体の問題です。若者の組合離れが一般的に宣伝されています。たしかに徳島の若者も自分がまさか労働組合に加盟し、活動家になるなど考えてもいなかった人が大半です。私は足かけ４年、彼らのもとに伺っていますが、当初、労働組合も労働法も労使関係も知らなかった若者が私に労働法について質問してきます。その彼は高校時代まったく勉強しませんでした。むしろ、勉強する者を軽蔑さえしていました。その労働者が労働法について勉強し、労働運動の実践の中で組合活動家に成長しているのです。

　私は1999年に大学を卒業しました。ロストジェネレーションのど真ん中です。多くの同級生は就職できずにフリーターになりました。そのとき、社会的には若者バッシングです。同世代の若者を代表して、決してわれわれは無責任でないし、規律に劣っているわけでなく、資本主義の矛盾に直面しているのだ、それを証明するために研究者になりました。

　戸木田先生は労働組合の合法則的発展を主張されました。その合法則的発展が諸個人の認識の中にどのように受容されていくのか、具体的な過程を研究していきたいと思っております。もちろん、手探りの研究になりますので未だに悪戦苦闘中ですが、みなさまから叱咤激励を賜れば幸いです。

（1）労使一体による競争力向上への対応とは

　日本経団連は、恒例の春闘対策としての「経営労働政策委員会報告2011年版」（以下「経労委報告」とする）を、１月18日発表した。報告のサブタイトルを「労使一体となってグローバル競争に打ち勝つ」としたように、厳しい経済情勢を乗り切るために、企業の国際競争力強化を第一に、連合のわずか１％の賃上げ要求も拒否する強硬な態度を打ち出した。雇用と賃金破壊が、労働者・勤労国民に貧困と格差拡大をもたらしてきたことへの分析もなく、財界・大企業の利益追求本位で、その社会的責任への配慮を全く欠き、貧困と格差拡大の労働者の生活と労働の現実を無視する方針の提起でしかない。

　日本経団連は米倉新会長の下で、労使関係と春闘そのものを経営政策のもとに取り込む新たな体制の構築を提起したことに先ず注目したい。日本経団連は、「これまでも横並びで賃金や賞与・一時金を中心に話し合う『春闘』の終焉を繰り返し述べてきたが、そうした意識はいまだに十分浸透していると言いがたい」（「経労委報告」58頁、以下引用は全て「経労委報告」）と、「春闘」が財界の計画通り終焉して「春討」となりきれず、闘争としてなお継続されている現実を認めたうえで、なぜ春闘が終焉しないのかの実態分析なしに、労使協調からさらに労使一体化に労使関係を改変することにより、「春の労使パートナーシップ対話」へ変質させ、春闘を本当に解体しようと、次のように提起する。「今後は、労使が一体となって国際競争に打ち勝つための課題解決型労使交渉・協議（春の労使パートナーシップ対話）として、建設的な論議の場とするとともに、通年でも話し合いの機会を増やしていくことが期待される」（58頁）。

　ここでは、まず、経団連が春闘終焉を唱え、それに呼応して、労使協調に変質させてきた大企業労組に、企業の支払能力に従属して賃上げを断念させたにもかかわらず、大企業の横暴の下で状態悪化に見舞われた中小企業とその労働者や、大企業の中でもワーキングプアとして増大した非正規労働者が、生活をまもるために要求闘争に共同して立ち上がらざるを得なくなった現実が反映している。そのなかで国民春闘共闘・全労連による春闘が影響を拡げている。財界・日本経団連が春闘終焉を演出しても、実態としての春闘は社会的に終焉し得ないのが実態であると認識することが重要である。

　つぎに、こうした現状を分析することなく、労働者の団結と闘いの力を阻害し、労使協調という段階を超え、経営政策と人事管理システムのもとに取り込んで経営と一体化させ、企業競争力強化に組み込もうとする労使関係の新たな段階を提起していること、それを職場から構築しようとしていることを見過ごせない。「本社や支店、事業所といった組織単位によって扱うテーマや課題も異なることから、職場懇談会や、現場管理職と現場組合役員との話し合い、さらには、経営者による従業員との直接対話など、多様なチャンネルで『企業内コミュニケーション』や『職場の労使関係』を構築し活発化する必要がある。多くの従業員が企業内コミュニケーションに参画することは、労使一体となった経営を実践していく基盤となろう」（77〜78頁）というのである。そして増えている個別労使紛争を、労使のコミュニケーションを活発化させ、未然防止につとめることが、仕事に集中できる環境作りの前提だとする。こうした労使の信頼関係あればこそ、中長期的な視点に立った経営が可能になるというのである。

　これを今年の経労委報告の締めくくりとしているが、集団的労使関係から個別労使関係重視への転換で、労働基本権にたつ労働組合の存在を職場から締め出し、多様なコミュニケーションのルートを通して、利潤と蓄積のための職場支配のシステム構築を狙い、そのことを基礎を通して経労委報告の諸政策が組み立てられていると見られる。そのために、実態を省みない諸政策の提起は随処に矛盾を内包したものとなっている。その観点から、「経労委報告」の提起する課題について検討してみよう。

（2）グローバル市場への対応と賃金抑制

　労働組合と労働者を、経営政策に従属させ、利潤と蓄積の増大を求めて企業競争力強化を労使一体となって図ることを課題とする日本経団連の立場からは、企業の想定を上回る円高、多国籍企業と新興国経済の成長によるグローバルな競争激化のなかで厳しくなる企業経営を、コスト削減と海外進出でどう乗り切るかという観点でしか情勢を捉えようとしない。今の経済停滞の要因は、大企業が人減らしと賃金抑制、正規労働者の低賃金で使い捨てのきく非正規雇用への置き換えなどによる失業増大と賃金低下が、国内消費を冷え込ませているからなのに、「経労委報告」はこのことを無視し、「わが国は少子高齢化や人口減少などが進み、国内市場が成熟の度合いを一層深めており、かつてのような高度成長の実現がますます困難になっている」（５頁）とか、グローバル経営を展開している先進国企業との競争だけでなく「成長した新興国企業などの活躍が目覚しく、わが国企業は、アジア地域の市場シェア獲得において苦戦を強いられている」（６頁）などと責任を他に転嫁する。したがって、この状況を打開するには、「国際的な市場獲得競争に勝ち抜くという強い覚悟を持ちつつ、……経営資源をグローバル市場の動向に適切に対応させ、自社の収益力向上へと結びつけていくことが求められる。……わが国企業が海外需要の獲得に十分対応していけるよう、事業環境の改善を図っていくことが喫緊の課題である」（６〜７頁）ということになる。こうして「企業活動の活発化に伴う収益の増加を起点に、国内における『生産・設備投資の増加→雇用の拡大（労働情勢の改善)→消費支出の増加』という、企業部門から家計部門にいたる自律的な好循環のメカニズムを実現していくことが急がれる」とする。

　しかし、現実には、このような『好循環』を壊してきたのは財界・大企業であり、コスト削減の企業競争力強化を最優先にしてきたからである。賃金削減、低賃金で使い捨てのきく非正規労働者の置き換えを加速してきたことで、労働者の年収をこの12年間で61万円も引き下げ、勤労国民の消費支出を減退させ、それによって高利潤と257兆円もの内部留保を溜め込んできた。したがって、これを社会的に還元し、賃上げ、正規雇用や下請け単価引き上げに役立てることが、景気回復に不可欠だとする論調は、労働組合だけでなく社会的に拡がっている。

　これを拒否する「経労委報告」は、内部留保について、「実際には相当程度、生産設備や在庫などの資産形態で保有されている……内部留保を財務体質の改善強化と将来の成長を目的として活用している」（71頁）、「国際的な競争力を高めるためには、老朽化する設備を更新し、も含めた国内外の投資などを一層積極化することが必要であり、今後とも、内部留保の獲得に努めなければならない。……資本の有効活用が、企業の成長、ひいては、従業員の雇用の安定や労働条件の向上につながることについて、労使の再確認が求められる」（73頁）という。内部留保の活用を拒否し、賃上げ停止、雇用の多様化の路線を企業競争力強化の課題として強行しようとする限り、『自律的な好循環』の理屈はきわめて欺瞞的な提起でしかない。

（3）賃金抑制とTPP推進

　不況打開に、雇用の拡大や賃金・労働条件改善で国内消費を拡げるよりも、まず、「企業の成長」を置き、その場を、世界経済に存在感を高めている中国をはじめとするアジア新興国に求め、「アジアの成長と活力を活かし、ともに成長するという考え方のもと、自らの成長を実現していくことが求められる。そのため、経済連携協定締結の遅れを挽回し、アジア太平洋地域を中心に、経済統合（TPP：環太平洋経済連携協定）をより積極的に推進していくことが必要である」（17頁）とする。それによって先進国、新興国のインフラ整備や環境・エネルギー分野などへの進出に、緊密な官民連携と輸出を支える金融面など政策支援の重要性がこれまで以上に増していることが強調される。そして、こうした事業を受注できれば国内にも関連需要が発生し、経済の成長に寄与することが期待される（18頁）としていることは重大である。

　TPP推進のためには規制緩和が必要であり、また農林水産業やサービス産業はじめ地域経済への影響が大きいために、財界と政府による「新成長戦略」の実施による環境整備が必須だとする。農業に対しては生産基盤整備、生産・加工・流通の一体化、農商工連携の推進、海外販路の拡大などが提起されるが、それらは中小農家の切り捨てにつながる。さらに、医療・介護・保育・観光などサービスを効率的に提供していけるよう規制改革により生産性を高めていくとしているが、これらにより関連分野が資本の利潤追求の競争のなかに置かれ、その公的責任が薄れ格差拡大の被害が地域住民に押し付けられる危険をはらんでいる。

　賃上げ拒否、雇用の多様化で、コスト削減による企業競争力強化を第一に、統一闘争としての春闘を否定し、個別企業の支払い能力に分断する取り組みは、同時に、国内市場より海外市場を重視することと不可分であり、TPP推進と結びつく。したがって、経団連はパートナーとしての大企業労組とその産別組織とナショナルセンター連合に働きかけ、TPP推進を方針とさせたが、これらは当面する重要な社会的争点となっている問題である。

　賃金決定の企業別分断による賃金抑制が、企業を超えた社会的問題と結びつかざるを得ないという矛盾を内包していることは見逃せない。「経労委報告」は、それを成長の契機として描き出すことで、矛盾を覆い隠す。第１章を「新たな成長に向けて」とし、「経営面でも、かつての危機的な状況への対応に終始した局面とは異なり、新たな成長を模索し始める段階に入った」（１頁）とする。そして「『成長』をキーワードとして、雇用創出につながる企業活動の活性化に向けた取り組みを官民挙げて、一日も早く講じていく必要がある」（10頁）というのであり、政府が閣議決定した「新成長戦略」や経団連が取りまとめた民主導による新たなアクション・プラン（サンライズ・レポート）の推進、それに対応する自治体の「総合特区」創設などの環境整備を求めるのである。こうした財界の新成長戦略の遂行にとって、「労使一体」の新たな労使関係づくりが結びついているのであり、「時に対立的な関係になりがちな労使関係を、より高い次元に進化させること」（57頁）になるというのである。

（4）賃上げ拒否の理由とその欺瞞性

　「新成長戦略」にたつ経団連の今次労使交渉・協議の課題は、「グローバルな競争市場における自社の立ち位置を確認したうえで、海外の競合企業の状況も参考にしながら今後の方向性について意見交換を行うほか、海外の需要を積極的に取り込む可能性を探るなど、自社の競争力を高める方策についての協議が求められる」（57頁）ことだとする。そして、その観点から賃上げの条件はないとする。まず、日本の賃金は諸外国よりも高く、とくにアジアの新興国よりも大幅に高く、これ以上の賃上げは国際競争力のうえでマイナスだとする。

　しかし、欧米の先進諸国との比較では、円高の為替レートによる比較であり、生活費としての賃金の比較は、購買力平価を見るべきで、日本はなお低位である。諸外国の労働者は景気後退の下でも賃上げを勝ち取っているのに対して、日本だけが賃金の低下となっているのであり、賃上げ拒否の理由とならない。また、新興国の賃金は低いが、日本の大企業はその低賃金を狙って進出し,国内工場の閉鎖、縮小など労働者と中小企業に犠牲を押し付けながら、多大な利益を手にしてきたのであり、その低賃金を、さらに国際競争を理由に自国の労働者の賃金引き下げの口実にすることは、社会的不公正を広げるものでしかない。

　「経労委報告」は日本で賃金が低下してきたのは、企業競争力の低下により付加価値額が減少したこと、産業構造の変化により一人当たり付加価値額が低下したことや、自発的ともいえる有期契約労働者の増加を挙げるが、それらは経営政策の遂行の責任であり、低賃金の有期労働者の増加も、自発的なのではなく、高失業の中でやむなくありついた就業であり、雇用の多様化、流動化によるコスト削減政策の結果である。その責任を不問に賃金低下を理由付けることは不当である。また、経済回復の要は、賃上げによって低下した生活と消費の回復を図ることが必要なのに、「経労委報告」は「財政赤字の拡大や社会保障のほころびに対する解決にめどが立っていないなか、国民は将来に対する不安を感じており、賃上げ分の増分は消費より貯蓄に回る」（69頁）とする。しかし、生活破壊の深刻化する現状の中では、賃上げを貯蓄に回す余裕のない世帯が極めて多いことを無視するものといわねばならない。そして、賃上げなどすれば、企業は海外へ出て行くことになり、雇用を失うこととなると脅かして、「デフレ経済、グローバル競争の一層の激化、円高の定着が続くなかにあっても国内事業立地の維持を図ろうとすれば、賃金より雇用を重視して考える必要がある」（69頁）と、賃上げを拒否する。増収増益で賃上げの条件のある企業でも、賃上げでなく、「雇用の維持・増加、教育訓練、従業員のモチベーション向上に資するための費用拠出など、真に将来成長につながる人的投資を各社の実態に応じて検討することが重要である」（70頁）とする。

　賃金を労働者の生活から切り離し、総額人件費管理のもと企業競争力強化による利潤増大、企業の成長の手段としか捉えられないのだから、如何に内部留保があっても、賃上げの原資とすることを拒否し、企業の財務体質の改善強化と将来の成長を目的とした活用しか考えない。賃金や労働条件の向上は、資本の有効活用が企業を成長させた結果としてもたらされるものだと言うことを、労使で再確認することを求めるのである。

　労務管理・人事管理も、こうした企業の利益と成長本位で、ほしいままに推進しうるよう、労働者が多年の闘いで積み上げてきた権利や人間らしく働くルールを、構造改革・規制緩和で改変し、大企業は違法行為さえいとわないルールなき横暴を、労働者に自己責任として押し付けることで覆い隠しながら強行し利益を広げてきた。たとえば、成果主義の査定考課による処遇は違法な不払いサービス残業を増やし、ストレスと労働強化から過労死・過労自殺を多発させた。下請中小企業への単価引き下げを強要し、大企業の生産拠点の海外移転による空洞化が地域経済の破壊をもたらすなど大きな被害を与えた。しかし、「経労委報告」は、こうした大企業のルールなき横暴にまったく触れることがなく、企業競争力強化の「新成長戦略」を推進しようとするのだから、こうした大企業の横暴は是正されず継続されることになるだろう。

（5）さらにすすめられる雇用の多様化の企み

　とくに、経営側はコスト削減、総額人件費削減に寄与するものとしての、就業形態、雇用形態の多様化の推進を求める。「企業が長期雇用を重視していく姿勢は今後とも変わることはないものの、正規労働のみを理想型とし、これに収斂させることは適切でなく、多様な働き方を可能とする労働市場を維持していくことは雇用のミスマッチを解消し、新たな雇用を生み出していくうえで欠かせない」（52頁）と、「多様性に富む労働市場の確保」を重視する。そのために、国会に上程されている登録型派遣や製造業派遣の原則禁止などを含む労働者派遣法改正法案が、その後の円高やグローバルな需給変動への対応など外部環境の大きな変化によって、生産拠点・体制見直しに与える影響が懸念され、雇用契約申し込みのみなし規定も、結果として労働者派遣の活用を減退させ雇用機会の縮小につながるおそれがあると、派遣法改正に反対する。

　そして、有期労働契約に対する「過度な規制は国内雇用を維持しようとする経営者の意欲を低下させ、中長期的な国内雇用確保に重大な影響を及ぼしかねない」（54頁）とする。「多様性に富む労働市場」は実際には、高失業を背景に、非正規雇用しか働く場を得られないようにして、非正規雇用を雇用の三分の一にまで拡大し、貧困と格差の拡大で深刻な生活破壊をもたらす要因となってきた。経営側のこの責任を覆い隠すために、「経労委報告」は、「有期労働契約労働者のうち６割近くが引き続き有期労働契約での就労を希望するなど、非正規的な就労を自発的に選択している労働者も多く、労働時間、日数が自らの希望に合致していることを理由に仕事に満足している有期契約労働者もすくなくない」（54頁）としている。これほど実態を隠蔽したものはない。財界が推進している雇用の多様化を合理化するための虚構と言う外はない。

（6）賃金水準引き下げと最低賃金制への敵視

　非正規労働者や中小零細下請企業労働など低賃金層の増大が、賃金水準の低下につながるなかで、これに歯止めをかけ、賃金闘争前進の条件を作るうえで、賃金の底上げが不可欠であり、春闘の共通の目標とされるようになり、最低賃金制の確立・強化の取り組みが進んだ。それによって、ナショナルミニマムの基軸としても生活保護基準との整合性を考慮した最低賃金の設定など法改正（2008年）も行われた。このなかで地域最低賃金の引き上げが07年以降、それ以前より進んだ。

　非正規雇用の低賃金を雇用の多様化・流動化で拡大し、企業競争力強化を進めようとする日本経団連にとって、最低賃金引き上げは好ましくない事態であり、改定審議の地方最低賃金審議会で、使用者側委員の全員反対の結審となるものが急増した。これを受けて「経労委報告」は、最低賃金の引き上げは影響の大きい中小零細企業の生産性向上を前提としなければ、その経営とそこに働く従業員の雇用を脅かすものとなるとして、最低賃金の抑制を求め、さらに、特定最低賃金（旧産業別最低賃金）は地域別最低賃金の大幅な引き上げで、その存在意義を失ったとして順次廃止していくべきものとする。財界は賃金の底辺を引き下げ、格差拡大で競争の組織化による賃金の個別分断による労働者支配を狙っている。労働者側が、生計費原則に立つ全国一律最低賃金制の確立、それを踏まえた賃金底上げの共同行動の拡大を図っていることへの敵対を鮮明にし、攻勢を強めようとしていることを許すことはできない。

（7）同一価値労働同一賃金をめぐるごまかし

　財界が、多様な非正規雇用を広く導入し、正規と非正規を組み合わせ互いに競争させた事業活動の展開でコスト削減を図ろうとするなかでは、賃金格差と差別への不満の増大が避けられなくなる。そこで「労使の対話と取り組みを通じた処遇の納得性の向上」が重視される。

　そのために、欺瞞的な「同一価値労働同一賃金」の考え方が動員される。

　「わが国の『同一価値労働同一賃金』の考え方は、『将来的な人材活用の要素も考慮して、企業に同一の付加価値をもたらすことが期待できる労働（中長期的に判断されるもの）であれば同じ処遇とする』と捉えるべきである。外見上同じように見える職務内容であっても、人によって熟練度や責任、見込まれる役割などは異なる。それらを無視して同じ時間働けば同じ処遇とすることは、かえって従業員間の納得性は低下することになる」（58〜59頁）とする。同一価値労働同一賃金は仕事に対する格付けであり、人に対する評価ではないし、このような捉え方は国際的に通用しない。これによって均等待遇が均衡待遇にすりかえられる。それには人事・賃金制度を仕事・役割・貢献度を基軸とするものへ見直しを図ることがポイントだとされる。それによって正規と非正規との格差が納得されるものとなるというのである。人事の複線化で、非正規の能力開発と職域の段階的拡大、正規雇用への登用機会を広げるなど、としているが、実際には職場で正規、非正規を混在させ、格差と差別を拡大し、競争強化がもたらされることになる。

おわりに

　今回の「経労委報告」では、厳しい国際競争のうねりの中で、拡大するアジア市場も視野に、新たな成長を模索する段階に入り、「攻めの姿勢」で立ち向かうことを求め、従来の労使協調を一歩進めた「労使一体」の体制構築で企業競争力強化の取り組みを提起した。今春闘に対する賃上げ拒否の姿勢もその一環である。

　しかし、それらは労働者と勤労国民の生活・雇用破壊の現実を無視し、虚構とごまかしの上に組み立てられていて、多くの矛盾を含むものとなっていることから、「労使一体」の体制を踏まえた取り組みは、ほころびと抵抗が各所で生じてくることがさけられない。どこにどんな問題が表れ、どんな可能性が出てくるのかの検討が、闘いの前進のための次の課題として重要である。

　労働総研2010年度第３回常任理事会は、全労連会館で、2011年１月15日（土）午後１時30分から５時まで、熊谷金道代表理事の司会で行われた。

　冒頭の研究会は、郡司正人JIL主任調査員の「メンタルヘルス調査」についての報告を受け議論をした。

１．報告事項

　大須眞治事務局長より地域政策プロジェクトについて報告された。

　藤田宏事務局次長より、12月14日に発表した提言「働くものの待遇改善こそデフレ打開の鍵―企業の社会的責任を問う」について、12月17日に開催したフランス・イギリス調査報告会 （参加60名）について、および大企業問題研究会の研究事業活動計画について報告された。

　中澤秀一常任理事より、若手研究者研究会の研究活動について、また研究会の名称を「若者の仕事とくらし研究会」とすることが報告された。

　小越洋之助代表理事より、労働総研ブックレット編集委員会の報告がされた。

　その他、事務局より、全労連三役との懇談、（財）全労連会館理事会など、前回常任理事会以降の研究活動や企画委員会・事務局活動などについて報告された。

　報告事項は、それぞれ報告どおり承認された。

２．協議事項