労働総研ニュース:No.241 2010年4月



目   次

地域の課題に総合的に挑む 佐藤嘉夫
労働総研プロジェクト「人間的な労働と生活の新たな構築をめざして」 牧野富夫
公開学習会「内部留保の社会的還元を! いま何が必要か──あなたの疑問に答える」




地域の課題に総合的に挑む

佐藤 嘉夫

 私の場合は、東京を離れて、研究や教育の拠点を東北に移してから、20年以上経ちました。地方の研究活動の現状報告をという事務局の依頼で本稿をかきはじめましたが、なんとなく戸惑いを覚えます。私自身、中山間地域をフィールドにしていますが、中央・大都市での研究とはテーマや課題は違っても、「地方」の研究をしているというようには感じてこなかったからです。今般話題になっている大都市のホームレス化社会、無縁社会と過疎農村の限界集落なども、問題が地下茎のようにつながり、構造的に関連し合っているように思います。しかし、現象的としては、量的にも質的にも遥かに前者のほうが重い課題のように感じられるのもまた確かです。昨秋、NHKの特番ディレクターが、民主党の最低保障年金政策の検証番組を作りたいので、地方の高齢者の貧困の話を聞きたいということで何度か来訪し、フィールドにも出かけました。しかし、5万円以下の低年金生活が、普通の暮らしのように常態化しているような農村の貧困を目の当たりにして、映像化できる際立った貧困現象を思い描いていた彼女は、「低年金でも暮らせる」という「現実」を前に、全国一律の、単一の所得保障政策の限界と、医療サービスを含む総合的な社会政策の必要性に、ようやく気付いてくれたという次第です。このように、地方の暮らしと、その主体である住民・労働者の生活意識は、爆発的に問題化しにくいような仕組み=構造が、「地方」には存在しているわけです。それは、労働から消費、余暇・文化にいたる生活の全体構造ということです。「地方」で「暮らして」いれば、そのつながりや、全体像が、実感しやすいし、可視的に捉えやすいということでしょうか。そんなことが、地方で研究することの優位性なのかもしれません。

 こちらも昨年の9月のことですが、岩手自治労連、県労連、いわて生協などが中心になって、岩手地域総合研究所を立ち上げました。他では「自治体問題研究所」と呼ばれているようなものです。準備会から関わってきたのですが、その議論の中から「地域総合」という名称が決まりました。「名は体を表す」ということで、皆で名称にこだわりました。上で述べたように、地域の様々な課題にまさに総合的に関わっていきたい思いでいます。私は、たまたま、野球のDHのような立場で、理事長を引き受けるはめになってしまいました。とは言っても、私のポストは打撃手ではなく、その裏にある守り専門のDHです。労働総研も、そうだとは思いますが、研究活動を、研究者だけでなく、いかに多くの会員の共同作業で進めていけるかが課題であると思っています。数少ないので、「地方」での運動のシンクタンク機能は、多岐に亘っていますが、人材にも限りがあります。労働総研をはじめとした「中央」の研究所と連携を密にしてやっていきたいと考えていますので、会員諸氏のご支援を切にお願いいたします。

(さとう よしお・会員・岩手県立大学教授)

労働総研プロジェクト

「人間的な労働と生活の新たな構築をめざして」

プロジェクト・研究部会代表者会議の議論をふまえて

牧野 富夫

 労働運動総合研究所2009年度プロジェクト・研究部会代表者会議は、2010年3月27日13時30分から17時まで、全労連会館において開催しました。会議の冒頭、熊谷金道代表理事が主催者挨拶し、引き続き、牧野富夫代表理事より基調報告がおこなわれ、それに基づく討論がおこなわれました。以下は、会議の議論をふまえてまとめた基調報告の大要です。

はじめに

 1990年代の後半以降、「労働と生活」が〈劣化〉している。とりわけ21世紀になって、その〈劣化〉がエスカレートしている。〈労働の劣化〉の中心に〈雇用の劣化〉がある。これが〈賃金・労働時間等労働条件の劣化〉に波及している。同時に、〈社会保障の劣化〉も深刻で、ナショナル・ミニマムが“底割れ状態”にある。以上の結果、〈生活の劣化〉が著しい。「現在の不安」はもちろん「先行き不安感」を増大させ、とくに若者が将来の夢を持てないという、戦後最悪の“絶望社会”になっている。

 本プロジェクトのねらいは、(1)「格差と貧困の増大」に象徴される社会の「労働と生活」の“現状”を深く多面的に分析し、(2)その直接・最大の“原因”を究明し、(3)「人間的な労働と生活の新たな構築」をめざすこと――である。したがって、本プロジェクトの最大のポイントは(3)の「新たな構築」部分となる。それには労働運動の質的・量的な発展が不可欠で、その理論的・組織的・実践的な解明が本研究の生命線となる。「人間的な労働と生活」は“たたかいとる”しかないからだ。

 以上からもあきらかなように、本プロジェクトの研究対象は、広範多岐にわたる。労働総研20年の研究成果をふまえ、新たな知見をくわえ「人間的な労働と生活の“新たな構築”」の方途を提言すること――これが本プロジェクトの主目的である。

I 「人間的な労働と生活の新たな構築」の意味・内容

 本プロジェクト「人間的な労働と生活の新たな構築をめざして」の「新たな構築」の含意は、つぎのとおりである。かつて日本経済の高度成長期の末期から、革新自治体のひろがりなど労働者・国民の運動の一定の発展によって、この国でも限定的ながら「人間的な労働と生活」を“構築”した経験をもつ。「中流意識」の増大は、その1つのあらわれであった。しかしそれは、「減量経営」・「臨調行革」とくに90年代の「構造改革」によって掘り崩されてしまった。したがって、本プロジェクトでいう“新たな構築”とは、今日の歴史的条件のもとで新たに、より高いレベルの「人間的な労働と生活」の構築をめざす、というものである。

 だが、これは容易な作業ではない。「人間的な労働」にかかわって「雇用の安定」を考えても、高度成長期そっくりの「終身雇用」という雇用慣行の構築は、「今日的な歴史的条件のもと」では非現実的であろう。「正規雇用が原則、非正規は臨時的・一時的」という基本方向のもとに、今日の歴史的条件下で具体的にどのような雇用形態を追求するのか、さらなる検討を要するところだ。

 関連して、賃金等労働条件についても「均等待遇」が原則である。しかし、財界戦略が「均等待遇」を逆手に賃金等労働条件の「低位平準化」の追求を強めているもとで、「底上げによる均等待遇」を実現することは容易ではない。一般的・抽象的には財界の「国際競争力」論に打ち勝つ世論形成と、これと一体の労働運動の強化が求められるが、その現実化の道は険しい。近年の春闘にもあらわれているように、財界の「格差拡大対応」という名による「低位平準化」政策が浸透しているのが現実であろう。そうしたなかで、全国一律最低賃金制の必要と条件が形成されてきていることは疑いない。現行最低賃金制の改善から一気に全国一律最低賃金制へ向けた制度改革を展望するときである。

 一方、日本の政治は大きな前向きの変化を始めている。主権者である労働者・国民が自民党の悪政に審判を下し、労働者・国民が、自らの要求を実現する新しい政治を本格的に探究するというかつてない激動的情勢を迎えている。

 たたかい如何によっては、労働者の要求が限定的ながら実現することが可能となっている。そして、たたかいの経験を通して、国民が主人公の新しい政治が必要であるという国民的認識が広がっていくことになる。

 歴史的な激動下で、「人間的な労働と生活の“新たな構築”」を実現することは、日本の労働組合運動の重要な課題になっている。そのためにも、今日の歴史的条件のもとで「人間的な労働と生活の“新たな構築”」とはいかなる内容のものか、その〈具体像(フレーム)〉の認識の共通化をはかることがまず必要であろう。この点は、さきの代表者会議でも強調された点であるが、その内容について、われわれは次のように考える。

II 「人間的な労働と生活」実現のための“3要件”

 高度経済成長期に構築された上述の限定的な「人間的な労働と生活」を直接支えたのは、長時間過密労働とセットの「賃金上昇」であった。その土台に「労働力不足」下での長期雇用を常態とする「雇用の安定」(終身雇用慣行の広がり)があった。要するに、「経済的ゆとり」(1)は生まれたが(限界をもちつつも、それ以前と比べ相対的に)、「時間的ゆとり」(2)が決定的に欠けていた。そのため、「心身の健康」(3)も侵されていた。したがって、日本経済の高度成長を背景に構築された「人間的な労働と生活」はきわめて限定的であった。本プロジェクトでは、上記の〈3要件〉つまり(1)「経済的ゆとり」(雇用・賃金・社会保障などに関係)、(2)「時間的ゆとり」(生活時間・労働時間・働き方などに関係)、(3)「心身の健康」(労働時間・労働密度・労務管理などに関係)の3点を「人間的な労働と生活」実現の共通基盤的な要件と考えたい。

 したがって、「人間的な労働と生活」実現の条件として、(1)「経済的ゆとり」、(2)「時間的ゆとり」、(3)「心身の健康状態」が、それぞれ一定水準をクリアしていなくてはならない。今回の代表者会議でも、この3要件を「人間的な労働と生活」実現の「キーワード」と考えるか、「基礎的要件」と考えるか、について議論された。人々の「しあわせ」の一般的・基礎的な共通要件が「人間的な労働と生活」である以上、上記3点を「人間的な労働と生活の基盤的3要件」と考えてよいのではないか。

 「人間的な労働」については、労働法制の整備が不可欠であり、また“ディーセントワーク”との関係で、どう整理するか、という論点もある。「人間的な労働」の疎外が国際的に問題化しているいま、その視点からの検討も深めなくてはならないだろう。そのさい、〈差別〉との関連で、とくに女性労働問題の分析がますます重要となっている。

III めざすべき目標と労働運動の課題

 90年代の後半以降の、以上みたような「人間的な労働と生活」の破壊は、直接的には「構造改革」を中心とした財界戦略によるものである。その「規制緩和」と「小さな政府」(論)が雇用・賃金・労働時間を〈劣化〉させ、社会保障を掘り崩してきた。その根底には、〈財界中心の政治〉、〈アメリカ追随の政治〉があることは指摘するまでもない。

 日本の支配勢力と労働者・国民との矛盾の蓄積の下で生まれている労働者の要求から出発し、(1)「人間的な労働と生活の“新たな構築”」の課題を具体的に提示する、(2)そのことをとおして、〈財界中心の政治〉、〈アメリカ追随の政治〉から抜け出す、めざすべき日本の社会像を明らかにする、(3)それを実現するための労働組合・労働運動の課題を解明することが、本プロジェクトの課題である。

 ここで確認すべきは、労働運動の責任である。80年代に強行された「右への労働戦線再編」の結果、財界主導の「構造改革」とたたかえないばかりか、それを支配層に従い推進する勢力が労働運動の大勢であった。このことを、事実にもとづいて確認することが、「人間的な労働と生活」の「新たな構築」をめざす労働運動強化の“前提”であろう。民主党の問題点や限界も、この側面から検討を深めることだ。労働戦線と政治戦線の〈右への再編〉は軌を一にするものだからである。

 以上の確認から、全労連運動の発展方向と日本労働運動の真の再編強化の方向が導きだせるに違いない。組織論的にも戦後一貫した課題であった「企業別組合の脱皮」の展望も、グローバリゼーション下の企業の大再編、非正規労働者の比重の急増など新たな条件下で拓けてきている。大胆な“労働運動の飛躍的発展”の方向づけを、本プロジェクトで提起すべきと考える。この点でも労働総研の先行プロジェクトの研究成果(「21世紀労働組合の研究プロジェクト」「新自由主義的展開に対する対抗軸としての労働政策の研究プロジェクト」)があることを付記する。

IV 本プロジェクトの今後の進め方

 本プロジェクトは、労働総研設立20年をふまえた「研究所プロジェクト」(責任者・牧野富夫)である。これまで「プロジェクト推進委員会」を中心に研究の課題・フレーム等を検討してきたが、今後は専門部会・先行プロジェクトの研究成果を結集し、分担執筆段階に入る。完成までの日程は、つぎのとおりである。

  1. 2010年度の労働総研総会で、研究経過と今後の日程を報告する。
  2. 2010年末までに概要報告の原稿を完成する(分担執筆)。
  3. 2011年度総会までに最終報告の原稿を完成する(出版発表を同年内に)。

 これまで「論点整理」や「中間報告」をかねて2回のシンポジウムを開催した。第3回目のシンポジウムを「概要報告」の原稿が完成する2010年末に開催し、最終原稿の完成に備えたい。

 本研究は、わが国の労働運動の研究と実践に一石を投じるものでなくてはならない。

全労連・労働総研共催 公開学習会

「内部留保の社会的還元を! いま何が必要か

――あなたの疑問に答える」

 全労連と労働総研は2月10日、公開学習会「内部留保の社会的還元を! いま何が必要か──あなたの疑問に答える」を全労連会館で開催し、70人が参加しました。この学習会では、木地孝之労働総研研究員、谷江武士名城大学教授、大木寿全労連・全国一般委員長の3氏が報告しました。その要旨を紹介します。

【報告I】「内部留保の社会的還元を」

(木地孝之労働総研研究員)

 日本企業の内部留保は、1999年以降急速に増大し、1998年〜2008年の10年間に、210兆円から428兆円へと218兆円も増加した。いま、日本経済は、「死に至る病」といわれるデフレに陥りつつあるが、その原因の一つは、このような、内部留保の異常な急増にある(別図1)。

 つまり、内部留保は、生産活動によって付加された価値が、企業内部に留保されて国内需要に転化しないことを意味しており、その急増は、慢性的な需要不足(デフレ)を引き起こすのである。日本経済を健全な成長軌道に戻すためには、溜めこんだ内部留保を還元させるとともに、このような、内部留保を急増させる企業行動を、根本的に改めさせる必要がある。

 労働総研が今回発表した「経済危機打開のための緊急提言」は、そうした見地から出されたものである。このなかで、産業連関分析の手法により、最低賃金の引き上げや非正規の正規化、サービス残業の根絶、年休・完全週休2日制の実施、さらには、1998年から2008年の間に低下した賃金の回復などによって、この10年間にため込んだ内部留保を労働者と社会に還元すれば、GDP(国内総生産)が年率3.7%成長し、税収も41.1兆円増えるなどの経済効果を明らかにした(別表1)。

 これにたいして、日本経団連は、「大企業はとにかく中小企業は無理」などと反論している。しかし、中小企業の経営が苦しいのは、大企業の買いたたき、無慈悲なプライス・ダウンの要求を受け、経営者自身、生活できる収入を確保できていないからである。また、10年間の内部留保増加分の69.3%は、1億円以上の企業に滞留しているのであり、中小企業の経営者は、労働者と力を合わせて、大企業に経営の転換を迫るべきである。

 また、日本経団連は、2010年の「経営労働政策委員会報告」の中で、「内部留保は、必ずしも現金・預金などの形で手元に保有されているわけではなく、多くは設備投資などの固定資産となっている」と、還元できない理由を述べている。しかし、これは、従業員の努力によって経営が好転し、借金を完済したばかりか他社の株式や債券を購入して営業外の収益まで得られるようになり、接待用のゴルフ会員権まで買った企業のオーナーが、従業員の待遇改善要求に対して、「いま、手持ちの現金がないから支払えない」と言っているようなものである。こんな理屈が通用するだろうか!!

 次に、大企業の経営者は、「いまや、グローバル化の時代であり、国内需要をあてにした経営は時代遅れである」と言って海外進出を加速化しているが、海外投資もまた、国内で生産された価値を海外に持ち出すことから、国内需要不足・デフレの原因になるのであり、慎重でなければならない。それに、いくらモノやサービス生産しても、それを買う人がいなければ企業経営は成り立たない。国内で雇用せず(賃金を支払わず)、税金も払わないで、誰にその製品やサービスを買ってもらうというのだろうか?

 このままでは、大企業は世界企業として生き延びるかもしれないが、日本経済は縮小の一途をたどり、国民生活は悪化するばかりである。

【報告II】「内部留保とは何か」

(谷江武士名城大学教授)

 まず、内部留保とは何か(別表2)。内部留保は、企業が実現した利益のなかから企業内部に蓄積した部分をいう。企業は、獲得した当期純利益と過年度からの繰越利益剰余金を合算したものから株主へ配当し、その残りを利益剰余金として社内に留保する。利益剰余金は、「利益準備金」と「その他利益剰余金」からなっており、これは公表内部留保といわれている。内部留保は公表内部留保に加えて、資本剰余金、長期負債性引当金、貸倒引当金、減価償却の過大償却部分、土地や有価証券の含み益からなる実質内部留保がある。労働総研や全労連の内部留保の計算では、減価償却の過大償却部分、土地や有価証券の含み益については、計算が複雑になるため、加えていない。

 この内部留保の活用は可能かという問題だが、結論は可能であるということだ。利益剰余金の中には、利益準備金以外に任意積立金という形で計上されているが、たとえば、任意積立金の中の別途積立金は、目的が設定されずに、経営者が自由に使うことのできる積立金である。

 利益準備金もそうだ。2005年に会社法が「改正」された。このなかで、利益があがらなくても配当できる仕組みがつくられた。配当財源は、一般的には「繰越利益剰余金」が充てられるが、配当金の10分の1を利益準備金または資本準備金として積み立てることが義務付けられた。両者の合計額が、資本金の4分の1に達するまで積み立てなければならないが、この両者を区別して積み立てなくてもいいことになったため、不況でも、資本準備金を取り崩して、「その他資本剰余金」に振り替れば、資本準備金減少差益を配当原資として分配できるようになったのである。企業の内部留保は、経営者が取り崩そうと考え、株主総会で認められれば活用することができるものなのである。

 また、「内部留保を活用することはできない、なぜなら、内部留保の大半は有利子負債だ」と主張する経営コンサルタントもいるようである。これも的外れな議論である。貸借対照表の「負債」の部に計上されている項目すべてを「負債」と単純にとらえることは間違っているからである。たとえば、「負債」として計上されている長期負債性引当金は、単純な「負債」ではなく、実質内部留保としてとらえるべきものである。たとえば、長期負債性引当金のうち、退職給付引当金は、ほとんどの企業で毎期の退職金・企業年金のその何倍もの金額を退職給付引当金繰入額として費用化している。そうなると、実際に使われない部分は、支出までの間、企業が自由に利用できるものになる。「負債」といっても、実質内部留保になるのである。退職給付引当金について、「その債務の新基準による算定額は、蓋然性に基づき過ぎており、『合理的』で信頼性があるとはいえず、負債とは認めがたい」(高山朋子「負債の概念と退職給付引当金」『東京経済大学会誌』Y 222,2001年)といわれ、厳密な負債概念に照らして検討すると、その負債性を完全に認めることができないものと言われている。

 長期負債性引当金として計上されているものとして、退職給付引当金以外に製品に不具合があったときにその保障のために使う製品保証引当金がある。また債権の貸し倒しがあった場合に備えて貸倒引当金がある。これらは、実質内部留保である。積み立てられた引当額と実際に使われた償却金額をみると、たとえば、トヨタの場合、製品保証引当金の使用率は47%、貸倒引当金はわずか3.26%にしか過ぎない。残りは、内部留保としていろいろな形で運用できたのである。

 内部留保概念に関しては、さまざまな見解が見られるが、少なくとも「利益剰余金」を内部留保と考える点では共通している。この内部留保が、これまで労働者の人件費の抑制によって増加してきたといえる。大企業は、さまざまな口実をもうけて、内部留保を雇用の改善や賃金引き上げに活用しようとしていない。その口実の1つは、「内部留保は自由に使える預貯金としてない」などというものである。たしかに、内部留保はさまざまな資産に運用されている。しかし、そのなかには、内部留保によって運用された現金・預金をはじめ、売買目的の有価証券や投資有価証券、自己株式などがある。これらは売却すれば、換金可能な資産である。これらを換金し、労働者の雇用や賃金改善に回すことを考えるのが経営者ではないか。人材に投資してこそ、企業の中長期的発展の展望を切り開くことにつながるし、日本経済の再生も可能になるのである。

【報告III】「中小企業での内部留保還元の取り組み」

(大木寿全労連・全国一般委員長)

 中小企業は、日本経済と地域経済を支えるうえで重要な役割を果たしている。労働者の7割は中小企業に働き、企業全体がつくりだす付加価値額の55%を中小企業が占めている。しかし、労働条件は極めて劣悪である。中小企業の労働者の賃金は正規が大企業の5割から7割、非正規は企業規模に関係なく、正規の4割から5割という水準である。

 中小企業の経営は大変である。急激に景気悪化した下での2008年度決算は、企業の総合力を示す指標である売上高経常利益率が、大企業(資本金10億円以上)3.3%、中堅企業(1〜10億円未満)2.3%、中小企業(1億円未満)1.8%となっている。内部留保は大企業(5,497社)242兆円、中堅企業(28,742社)54兆円、中小企業(274万社)95兆円、労働者1人当たりの内部留保は大企業3,332万円、中堅企業950万円、中小企業は467万円であり、大企業の1割しかない。

 欠損企業は国税庁調査では大企業3割、中小企業5割、小零細企業7割であり、中小企業の倒産は1.5万件、廃業27万件に上っており、多くの中小企業が厳しい状況にある。

 このような状況は大企業による不公正取引と価格破壊、さらに政府の大企業優遇、中小企業軽視の政策、安ければいいという国と自治体の入札制度に原因がある。

 景気回復と日本経済の再生のために、大企業の内部留保を社会的に還元させ、大企業が労働者・中小企業・国民から奪ったものを取り戻すたたかいが重要である。このたたかいは、大企業のやりたい放題を規制し、国民本位の政策に転換させて、「雇用と賃金」と「社会保障と税金」の抜本的な改善と中小企業と地域経済の振興を実現することにある。

 中小企業労働者の雇用と賃金・労働条件の改善のために、経営者に経営責任を果たさせるとともに、大企業に社会的責任を果たさせることが必要である。そのために、私たちは労働者の知恵と団結力を生かして、経営と政府の政策を変える「たたかう提案型」の取り組みで職場と地域で多数派を獲得する努力をしている。特に、職場での要求実現のために企業の利益と内部留保、キャッシュフロー(資金繰り)を調べて企業実態を把握し、経営の問題点を明らかにし、経営改善と要求実現のたたかいを進め、成果をあげてきた。

 大企業は中小企業とそこに働く労働者に様々な犠牲を押しつけており、こうした攻撃と徹底的にたたかう必要がある。事例を紹介すると、三陸ハーネス(宮城)は住友電工グループの住友電装の100%子会社「協立ハイパース」の子会社であったが、住友電装の中国への生産移転による会社解散・全員解雇を行い、地域の主力企業であり雇用や地域経済に大きな悪影響を及ぼした。この攻撃と真正面からたたかい、宮城県の労働委員会は親会社「協立ハイパース」とその親会社「住友電装」との団体交渉を認める画期的な命令を出し、中央労働委員会で両社に責任をとらせて解決金を支払わせた。

 中小企業の苦しみのおおもとである「大企業と政府」に対するたたかいが極めて重要である。大企業の内部留保を還元させ、最低賃金1000円以上と公契約、均等待遇、非正規の正規化、時短などの働くルールの確立、大企業の横暴規制と中小企業振興策の拡充など、主要先進国で行われている経済ルールなどを確立することにある。また、庶民増税や社会保障改悪ではなく、大企業・資産家に応分な負担を求め、無駄な公共事業や軍事費、米軍への思いやり予算を大幅に削減し、人間らしく暮らせる社会にすることが必要である。

 こうした運動を発展させるためにも、「大企業は労働者と中小企業、国民に内部留保を還元せよ」の取り組みを労働組合や中小企業団体や国民諸団体との連帯と共同を広げていくことが大切になっている。

2・3月の研究活動

2月6日 関西圏産業労働研究部会
  9日 賃金・最賃問題検討部会
女性労働研究部会
  10日 全労連・労働総研共催公開学習会
  18日 国際労働研究部会
3月1日 中小企業問題研究部会(公開)
  2日 賃金・最賃問題検討部会
  12日 労働時間・健康問題研究部会
  13日 若手研究者研究会
  15日 女性労働研究部会
  16日 「地域政策検討」プロジェクト
  22日 「地域政策検討」プロジェクト拡大研究会
  26日 国際労働研究部会
  30日 「東北で働き、暮らす世帯に必要な最低生計費はいくらか〜生活実態調査、持ち物財調査、物価調査に基づく、最低生計費試算」記者発表(労働総研ホームページに概要掲載)

 

2・3月の事務局日誌

2月2日 労働総研ブックレット刊行準備委員会
  13日 全教大会へメッセージ
  17日 「労働総研ジャーナル」編集スタッフ会議
  18日 全日本民医連総会へメッセージ
3月4日 事務局会議
  6日 第3回編集委員会
第4回企画委員会
  11日 日本共産党経済懇談会
  12日 日高教大会へメッセージ
  17日 全損保中央委員会へメッセージ
  18日 解放運動無名戦士追悼集会・合葬
  26日 事務局会議
  27日 第4回常任理事会
2009年度プロジェクト・研究部会代表者会議

2009年度第4回常任理事会報告

 労働総研2009年度第4回常任理事会は、全労連会館で、2010年3月27日11時〜13時まで、大木一訓代表理事の司会で行われた。

I 報告事項

 大須眞治事務局長より、全労連・労働総研共催公開学習会(2月10日開催)について、「地域政策検討」プロジェクトなどの共同プロジェクトの進行状況、出版・広報事業について、人事委員会について、などが報告され、討議の結果、了承された。

II 協議事項

  1. 事務局長より、入会の申請が報告され、承認された。
  2. 事務局長より、当日午後開催されるプロジェクト・研究部会代表者会議の進行、役割分担などついて提案され、承認された。
  3. 牧野代表理事より、プロジェクト・研究部会代表者会議の基調報告「人間的な労働と生活の新たな構築をめざして」が提案され、討議をおこない、承認をされた。
  4. 事務局長より、20周年記念労働総研奨励賞の応募・募金状況、選考の段取り等について報告され、承認された。
  5. 事務局長より今後の日程について、5月29日に第1回理事会を、7月24日に第2回理事会および2010年度定例総会を開催することなどが提案され、承認された。
  6. 「労働総研クォータリー」について、藤田実編集責任者から第3回編集委員会の報告がされ、承認された。

20周年記念労働総研奨励賞

表彰事業について

 「20周年記念労働総研奨励賞」論文の募集は、3月末日をもって終了いたしました。「個人部門」10件、「団体部門」12件の応募がありました。皆様の積極的なご応募、および論文応募の呼びかけにこたえるように積極的な働きかけをしていただいたことに、心から感謝をいたします。

 今後、選考委員会(委員長・日野秀逸常任理事・東北大学名誉教授)による選考を経て、7月に開催する2010年度定例総会にて表彰する予定です。

〈募金のお願い〉

 表彰事業に対する募金についても、多くの方から募金が寄せられました。心からのお礼を申し上げます。

 募金につきましては、引き続き受け付けております。募金は1口2000円で何口でもかまいません。なお、ご送金の際の口座などは、労働総研事務局までお問い合わせ下さい。