労働総研ニュースNo.208・209号 2007年7・8月


目   次

2007年度定例総会方針(案)
[Ⅰ]2006年度における経過報告
[Ⅱ]研究所活動をめぐる情勢の特徴
[Ⅲ]2007年度の事業計画
[Ⅳ]2007年度研究所活動の充実と改善




労働運動総合研究所2007年度定例総会方針(案)


[Ⅰ.2006年度における経過報告]

 「労働運動の必要に応え、その前進に理論的実践的に役立つ調査研究所」として、「全国労働組合総連合との緊密な協力・共同のもとに、運動の発展に積極的に寄与する調査研究・政策活動をすすめる」という当研究所の設立趣旨を、現段階の情勢の要請にふさわしく前進させる調査研究・政策活動を旺盛に展開した。

1.全労連との協力・共同

(1) 共同プロジェクト
1) 労働組合トップ・フォーラム
 このプロジェクトは政治経済動向研究部会を改組し、年4回程度の開催を目途に、情勢分析や政策課題について突っ込んだ討議をおこなうフォーラムとして、06年度方針にもとづき発足した。07年1月31日、アナリストの平田寛一氏から「内外の政治経済情勢の特徴と労働者・国民生活」について報告を受け、討論した。この報告は討論を反映した形で『労働総研クォータリー』(No.65、2007年冬季号)に「ポスト・アメリカと安倍政権の末路──『上げ潮』戦略の破綻は近い」として発表された。
 より実践的で突っ込んだ議論ができるよう、運営などを工夫する必要がある。

2) 小さな政府の検討
 定例総会で、小さな政府問題の具体化のための検討をおこなうとしていたが、全労連闘争本部主催のシンポジウムなどへの参加が中心となり、独自の研究部会設置をおこなわなかった。07年7月に全労連が「もうひとつの日本闘争本部」を解散するので、このプロジェクト構想の具体化も終了した。

(2) 調査研究
1) 恒常的政策委員会
 06年度活動方針案では、全労連の恒常的政策委員会の活動など、情勢の推移・変化に対して鋭敏に反応しつつ労働組合運動が直面している調査・政策上の課題に留意した調査研究をすすめることを確認した。それを具体化するため、労働総研側の責任者に熊谷金道代表理事を中心にした、運動が要請する政策課題に短期間にこたえるプロジェクトを設置し、全労連の恒常的政策委員会と共同して、(1)「最低賃金政策大綱」、(2)「成果主義賃金批判」、(3)「被用者年金一元化政策」、(4)「公契約政策」の課題で共同研究を推進しディスカッション・ペーパーにまとめた。

2) ホワイトカラー・エグゼンプション合衆国調査
 労働総研は、06年11月8日、「残業代11.6兆円の横取りを法認するホワイトカラー・エグゼンプション」を発表し、政府・財界が強行しようとしていたホワイトカラー・エグゼンプション導入阻止運動に一定の役割を果たした。政府・財界は合衆国のホワイトカラー・エグゼンプションのシステムを導入すると主張していたので、その実情を調査研究するため、当研究所は全労連と共同で、06年3月2日から14日まで、合衆国へ調査団を派遣した。
 調査団が、インタビュー・調査・会談した団体と個人は、12団体である。この成果については、現在整理中であるが、9月7日、調査団の報告会を開催し、調査報告書を秋の国会開会以前に発表する予定で、作業をおこなっている。

(3) 労働法制中央連絡会
 労働法制中央連絡会には、代表委員として牧野富夫代表理事が、事務局員として大須眞治事務局長(代理・藤吉信博事務局次長)が選任され、事務局会議や学習会、シンポジウム、その他諸種の行動に参加している。学習会などではホワイトカラー・エグゼンプションや最低賃金の問題で、当研究所の試算や政策提起について報告した。

2.プロジェクト・研究部会

(1) 研究所プロジェクト
1) 21世紀労働組合の研究プロジェクト
 本プロジェクトは、前年度に実施した全労連との共同調査「労働組合の活動実態と課題・展望」の成果を出発点として、21世紀前半における労働組合の発展方向、とくに組織拡大の可能性をさぐることを日的としている。今年度は、6回の研究会開催を通じて、(1)プロジェクトの研究計画について総合的な検討をおこない、(2)「共同調査」結果を理論的に深める努力をすすめつつ、(3)わが国における最近の階級・階層構造の変化、(4)埼労連の活動を事例研究対象とする、労働組合活動の今日的諸条件と可能性に関する集中的検討、(5)最近の労働組合論の動向、などについて研究・討議をすすめてきた。その上にたって、2年目のプロジェクト研究では、今日の運動課題を念頭において、報告書の作成を展望したより具体的で絞り込んだ研究課題を策定し、必要な追加的調査をもおこないつつ成果をまとめていく計画である。

2) 新自由主義的展開に対する対抗軸としての労働政策研究プロジェクト
 牧野富夫代表理事を責任者に、プロジェクトメンバーは、社会政策・労働法・労働組合関連の3分野で構成し、プロジェクト研究と同時に、実践的に要請される問題にできるだけ即応的に見解を表明できるスタイルで研究活動をおこなっている。06年度には、以下のような労働総研見解を発表した。

(1) 「残業代11.6兆円の横取りを法認するホワイトカラー・エグゼンプション」
 06年11月8日、牧野富夫代表理事と藤吉信博事務局次長は、厚生労働省記者クラブで、表記の試算と労働総研見解を発表した。ホワイトカラー・エグゼンプションに関する労働総研見解は、労働政策審議会・労働条件分科会が安倍自公政権と財界の要請を請けて、ホワイトカラー・エグゼンプション導入を強行しようとする真の原因を暴露し、反対運動に貢献した。マスコミは発表の翌日から労働総研の試算と見解を大きく取り上げ、07年通常国会への上程を断念させるうえで、一定の役割を果たした。
 この労働総研の試算や見解を報道した新聞・雑誌・テレビなどは、以下のようなものがある。

新聞(共同通信11月8日、時事通信11月8日、毎日新聞11月9日、しんぶん赤旗11月9日、朝日新聞11月9日、東京新聞11月10日、北海道新聞11月10日、日刊ゲンダイ11月11日、夕刊フジ11月22日、東京新聞12月6日、朝日新聞Be12月16日)。雑誌(エコノミスト11月28日、週刊ポスト12月1日、プレイボーイ12月4日、プレジデント07年1月1日、東洋経済1月13日、週刊朝日1月26日、サンデー毎日1月28日、日経ビジネスAssocie4月3日)。インターネット(YAHOO!JAPAN、YAHOO投票06年11月9日から1週間、2万件以上の投票で、9割以上が反対、その他数多くの報道、ブログで取り上げられた。日経BPnet06年12月5日、「日本的経営は解体の最終局面へ『残業代11.6兆円が消失』と試算した牧野・日大経済学部長が斬る」)。テレビ(TBS朝ズバ、テレビ朝日報道ステーション)。ラジオ(ニッポン放送森本卓郎スタンバイ)等。

 (2) 労働政策審議会労働条件分科会に提出された「報告案」についての見解
 06年12月19日、牧野富夫代表理事と萬井隆令常任理事連名で、労政審労働条件分科会「報告案」の問題点を批判・解明し、労政審労働条件分科会が「報告」内容を全面的に見直し、労働法本来の労働者保護の理念を踏まえて、労使の実質的な対等を実現することに資する法制の検討に向けて、真摯に取り組むよう要請する、当研究所の見解を発表した。

 (3)「すべての労働者に1,000円以上の最低賃金を保障せよ─《試算》・最低賃金アップが『日本経済の健全な発展』をもたらす」
 07年2月26日、牧野富夫代表理事と木地孝之研究員などは、厚生労働省記者クラブと三田クラブで、表記の試算と労働総研見解を発表した。

(2) 研究部会
 以下のような研究部会活動をおこなった。なお、研究部会活動の詳細については、定例総会後、労働総研アニュアル・リポート(研究所研究活動年報)を参照のこと。

1) 賃金・最低賃金問題検討研究部会
 1)研究テーマ:2年をメドに研究成果を公表するという新たな部会活動の方針にそって、当部会では「成果主義賃金の現状と問題点―公共部門・民間部門の実態と対案の構築をめざして―」というテーマを設定し、現場からの実態のヒアリングの実施、部会員全員による討論、研究成果のディスカッション・ペーパーとしての公表、をめざしてきた(研究期間は1年をメド)。
 2)運営の現状:これまで、現場報告として、国家公務員、医療、私立大学、地方公務員、商社、損保の6つのヒアリングをおこなった。現場報告は最後の銀行を残すのみとなった(私立大学の成果主義化については公開研究会を実施)。

2) 女性労働研究部会
 「戦後日本の女性労働に係わる主な理論と運動の軌跡」をテーマに、今年度は運動の側面から、労組女性部の要求、課題に沿って検討してきた。とくに均等法の制定、改定を軸とする母性保護のあり方、仕事と家庭責任の両立基盤、間接的性差別に対応する差別是正要求等などの変化と発展を検証した。

3) 社会保障問題研究部会
 今年度「地域社会における貧困と格差の拡大」に焦点を当てて、2回研究会を開いた。1回目は、1月31日に広島県立女子大学の都留民子氏に「失業とは何か─大牟田市・失業者の面接調査から─」と題して、雑誌『経済』に都留氏が発表した論文の内容を中心に報告した。2回目は、6月2日に新潟県立女子短期大学の小澤薫会員が「農業の担い手と公的年金─伊那市退職農業者のアンケート調査から─」と題して、同氏が手がけてきた農村調査の現段階での諸結果を報告した。部会責任者である唐鎌の時間的都合で、2回しか研究会を開くことができなかったことが反省点である。

4) 中小企業問題研究部会
 「中小企業労働組合運動の活性化で、経済の民主的発展、中小企業の持続的発展をめざす」ことをテーマに、5回の定例研究部会を開催してきた。部会研究会は原則公開とし、(1)東アジア経済と日本の中小企業、(2)新自由主義下のドイツ労働運動の現状、(3)第6回中小企業のまち民間サミットの報告、(4)偽装請負とのたたかい、(5)中小企業経営の現状と07春闘のたたかい方について、各々報告を受け討論で内容を深めあってきた。

5) 労働者状態統計分析研究部会
 『2007年国民春闘白書』執筆を主要な任務の一つとして、労働者状態悪化、資本蓄積の動向など、主要指標の分析・討議をおこない、共通認識を深めた。『2007年国民春闘白書』を全労連・国民春闘共闘主催の春闘討論集会までに編集・出版した。07年6月22日、統計から見た貧困と格差拡大の10年で報告・討議した。

6) 国際労働研究部会
 ほぼ2ヵ月に一度のペースで研究会を開催し、そのときどきの世界各国の労働組合や労働者のたたかいの動向についてホットな情報を交換し合うとともに、部会員から多少ともまとまった報告を受け各国の労働組合運動についての理解と知識を深めるよう努めている。木暮、三浦、宮前の各会員からそれぞれイギリス、東南アジア、EUについての報告を受けた。また全労連国際部の役員から国際労働組合総連合(ITUC)創設大会に関する報告をうけ、この組織の現状・問題点などについて論議した。『世界の労働者のたたかい』については、今年度から一般読者への普及を願って学習の友社から発売したが、こんごも内容の充実に努めたい。

7) 関西圏産業労働研究部会
 「社会問題としての賃金」という視角から、ワーキング・プア、労働者の再生産、成果主義、財界の賃金戦略などについて検討してきた。また併せて偽装請負の現場調査、請負労働者で組織された労働組合運動の分析などもすすめることができた。

8) 労働運動史研究部会
 産別会議、統一労組懇から全労連結成にいたる日本の労働組合運動の戦闘的伝統の根源を分析・検討するために、今期もヒアリングを中心に、その問題と課題に関わる研究論文の検討を平行してすすめた。今期は戦後労働組合運動の高揚を弾圧・解体するための米国占領軍と日本政府のレッド・パージ攻撃の研究を開始した。8月20日、「レッド・パージ問題と戦後の労働運動」をテーマに公開研究会を開催した。50人の参加で成功した。

3.調査研究活動活性化のための関連施策

(1) 研究例会
 06年9月13日、中小企業問題研究部会と国際労働問題研究部会が共同で研究例会を開催し成功させた。講師にはフランク・デッペ氏(マーブルク大学教授)を招聘し、「ドイツ労働運動の現状と危機克服の展望」に関する報告を受けて、討論した。参加者50名(「労働総研ニュース」No.198参照)。

(2) 研究交流会
 07年3月31日、「ナショナル・ミニマム大綱をめぐって」シンポジウムをおこなった。報告者は浜岡政好常任理事(プロジェクト責任者)、コメンテーターは小越洋之助常任理事(賃金・最低賃金問題研究部会責任者)と唐鎌直義常任理事(社会保障問題研究部会責任者)。参加者30名(「労働総研ニュース」No.205+206参照)。

(3) E.W.S(English Writing School)
 わが国の労働運動を中心にした情報を海外に発信するための書き手養成講座として始まったE.W.S参加メンバーの水準も確実に上昇し、各種の労働組合主催の通訳や“Rodo-Soken Journal”の翻訳作業への協力もはじまった。

(4) 調査・政策学校の開催
 06年度方針を受け、調査政策学校の具体化のために、関係者からのヒアリングをおこない、具体化の準備をすすめている。

4.「ナショナル・ミニマムプロジェクト」

 「ナショナル・ミニマム問題の理論・政策に関わる整理・検討プロジェクト」は、06年12月「プロジェクト」報告書を常任理事会に提出した。「報告書」は「労働総研クォ―タリー」No.62+63で公刊された。貧困と格差が社会・政治問題化している下での発表であり、「報告書」に対する注目は非常に大きい。本号のクォータリーは残部僅少となった。
 07年3月31日、上記の研究交流会で議論した。また、07年6月7日、労働総研、全労連、中央社保協、全生連共催で、「なくせ!ワーキング・プア 格差と貧困、生存権を問う6・7シンポジウム」を開催し、ナショナル・ミニマムプロジェクトメンバーの金澤誠一理事が「ナショナル・ミニマムの今日的意義と課題―プロジェクト報告と関わって」と題する基調講演をおこなった後、シンポジウムをおこなった。コーディネーターは浜岡政好常任理事、パネリストは小田川義和事務局長、辻清二全生連事務局長、森信幸年金者組合委員長、山田稔社保協事務局長、金澤誠一の各氏。シンポジウムでは、貧困と格差が拡大する下で、国民生活を守る土台としてのナショナル・ミニマム確立の緊急性・重要性が確認された。

5.出版・広報事業

1) 神尾京子『家内労働の世界―経済のグローバル化における家内労働の再編』
 故神尾京子会員の一周忌に当たる07年5月3日、表記の著作集が当研究所編で学習の友社から刊行された。研究所に著作集に対する激励のハガキや封書、メール、ファックスが多数寄せられており、反応はきわめて大きなものがある。

2) 労働時間問題研究部会編『非常識な労働時間―“サービス残業”自由化ねらう政府、財界』が06年9月、学習の友社から発刊された。

3) 『国民春闘白書2007』が、06年12月、学習の友社から発刊された。

4) 全労連編『資本主義の横暴に抗して―労働権と生活権を守る―』(『世界の労働者のたたかい2007―世界の労働組合運動の現状調査報告―』13集)が、07年5月、学習の友社から発刊された。執筆に当たっては労働総研国際労働研究部会メンバーが全面的に協力している。今回の13集から「報告書」にタイトルを付け、「世界の労働者のたたかい」をサブタイトルにした。編集発行は従来通り全労連であるが、発売元が学習の友社に変更された。

5) 『労働総研クォータリー』
 No.62+63合併号(06年春・夏季号)
「ナショナル・ミニマム問題の理論・政策に関わる整理・検討プロジェクト」報告書
 No.64(06年秋季号)特集 日本国憲法と生存権
 No.65(07年冬季号)特集 憲法と勤労権・団結・労働組合
 No.66(07年春季号)座談会:憲法状況をどう国民本位で打開するか

6) 『労働総研ニュース』
 No.197(06年8月号)からNo.208・209(07年7・8月号)まで、13号発刊した。

7) “Rodo-Soken Journal”
 No.44 06/10 Zenroren's Yearly Report “Workers' Struggles Around 2006”(No.12) Presents Distinctive and Common Features of Workers' Struggles
 No.45 07/3 Position Paper: White-collar exemption system, if enacted, will allow employers to seize 11.6 trillion yen (about $98billion) by foregoing paying workers for overtime pay

6.労働総研の発展の基盤整備

(1) 故神尾京子会員からの遺産遺贈
 故神尾京子会員の遺言により、神尾京子氏の全財産が当研究所に遺贈された。当研究所の代表理事および常任理事会はこの申し出を受諾し、諸種の手続きをとり、遺贈事務は完了した。これにともない、事務所を東京都千代田区平河町1-9-1メゾン平河町501へ、07年1月25日に移転した。
 故神尾京子会員は、日本共産党の千代田区会議員であった夫の藤田和夫氏の眠る東京都港区の青山墓地にある解放運動無名戦士の墓への合葬を希望されていたので、日本国民救援会に対しその手続を取り、認められた。大須眞治事務局長と藤吉信博事務局次長は、07年3月18日、東京都渋谷区の日本青年会館でおこなわれた第60回解放運動無名戦士合葬追悼会に出席し、青山墓地の解放運動無名戦士の墓に合葬した。故神尾京子氏の銘版には「家内労働者の生活と権利向上の研究に捧げた」の20文字が記されている。
 当研究所の代表理事と常任理事会は、故神尾京子会員の著作集を編纂するため、安藤実会員(静岡大学名誉教授)、伍賀一道常任理事(金沢大学教授)、黒岩容子弁護士、藤田実常任理事(桜美林大学教授)、藤吉信博事務局次長に編集委員を委嘱した。編集委員会の努力で『家内労働の世界―経済のグローバル化における家内労働の再編』を、一周忌に当たる07年5月3日に発行することができた。

(2) 法人化問題の具体化
 当研究所は、設立以来法人化を展望してきた。神尾京子会員による遺産遺贈により、それを基本財産として、法人化についての具体的の準備作業を慎重にすすめている(07年度事業計画参照)。

(3) 産業別組合記念・労働図書資料室の充実
 これまで事務所として使用してきた東京都北区滝野川3-3-1のユニオンコーポ402と403号室を、(財)全労連会館と共同して産業別組合記念・労働図書資料室として整備し、公開する準備をすすめている。また、この図書資料室に、日本福祉大学図書室に置かれていた「堀江正規文庫」を所有は日本福祉大学、管理・運営は産業別組合記念・労働図書資料室とする契約を日本福祉大学と締結した。これに伴い内容を充実させるための諸準備をすすめている。(07年度事業計画参照)。

[Ⅱ.研究所活動をめぐる情勢の特徴]

 昨年総会いらいの1年間に、内外の情勢は大きな転換をみせている。
 アメリカの先制攻撃戦略はイラクなどで見られるように深刻な行き詰まり、破綻に直面している。いまやブッシュ政権も「悪の枢軸」と呼んだイランや北朝鮮との直接対話をすすめざるをえなくなっているように、国際紛争は武力によってではなく対話と国際協力によってのみ解決できることが、いよいよ明らかとなった。国際経済の面では、アメリカ経済の赤字体質がいっそう深刻化し、基軸通貨のドルからユーロへの移行がすすむなかで、ヨーロッパ経済や中国経済の担う積極的役割が急速に高まっており、日本にとってもアメリカ依存経済からの脱却がいよいよ緊急の課題となってきている。そして、環境問題や人権問題にかんする世界的な取り組みの強化に見るように、国際社会はいま、人類の労働と生活の質を根本的に問い直し、人間尊重の社会構築に向けて行動をおこそうとしている。
 日本では、改憲をかかげ、復古主義的な反動政策を推進してきた安倍政権が、痛烈な国民の批判をあびて退陣を迫られるようになっている。
 参議院選挙の結果は、安倍自公政権に対する国民の怒りがいかに大きく深いものであるかを示した。無党派層の決定的な自公離れ、戦後一貫して自民党の支配基盤であった一人区における惨敗、公明党無敗神話の破綻、そして参議院に対する長年の自民党専制支配の崩壊、などが端的に示すように、自民党政治の社会的支柱は大きな打撃をこうむることとなった。しかも、重要なのは、選挙後の安倍政権に対する不支持が上昇し続けていることにも見るように、このドラスティックな政治地図の変化は決して一時的なものではなく、今後も進行するものと見られることである。今回の選挙で国民は、戦後保守政治を根底から変革していくことを示したといえよう。
 こうした歴史的変化をもたらした要因に、共産党と労働運動の精力的な取り組みがあったことは、間違いないであろう。国民が自公政権に「ノー」を突きつけるようになったのは、事実に基づいて、さまざまな角度から自公政権の不当な政策と、そのもとで国民が直面している困難を繰り返し明らかにしてきたからであり、財界や政府の不正を糾弾する労働運動のねばり強い取り組みがあったからである。情勢を切り開いた主要な要因の一つに、全労連・春闘共闘をはじめとする労働組合運動の活動があったことに、われわれは確信をもつことができる。
 とはいえ、この変革の内容と方向はまだ定まっていない。安倍自公政権とその政策に対する「ノー」ははっきりしているが、それに代わるべき政権や政策については、国民はなお明確な展望をもちえないでいる。参議院第一党の民主党が、旧自民党保守派に主導される雑多な政治集団であり、その政策には、多くの矛盾や曖昧さとともに憲法改正などの危険な内容がふくまれていることは、周知のとおりであるが、改選議員の中に改憲に反対するものが多数含まれることも新しい変化としてみることができる。また、民主党が二大政党制を標榜し推進していることから、今後自民党政治との協調体制がつくり出される危険も少なくない。しかし同時に、国民の支持を得て自民党に圧勝した今日の民主党が、自公政治に対する国民の怒りを多かれ少なかれ反映した政策をとらざるをえなくなっていることも事実である。民主党を支持した多くの有権者たちは、民主党の従来の政策を支持したわけではなく、自公政治に対する自分たちの怒りを代弁するよう求めているからである。労働運動は、今日の民主党のこうした二面的性格を考慮に入れつつ、国民の立場に立った政策を提起し、現実政治を動かす運動を展開するよう求められている。この点では労働総研も、参院選挙に示された国民の要求と怒りをしっかり受け止めるような活動をすすめる必要があろう。

1.憲法改悪を中心とする情勢の動向

 周知のように小泉前政権は、アメリカの戦争に日本を巻き込み、日米同盟を地球的規模にまで拡大して、膨大な国民負担を伴う在日駐留米軍基地の再編・機能強化を受け入れた。安倍政権はこれを継承し、大多数のアメリカ国民が撤退を要求しているイラクに引き続き自衛隊を派遣するばかりか、任期中の改憲を公然と宣言し、国民投票法を強行成立させるなど、改憲実現への条件整備を着々とすすめている。そして重視しなければならないのは、改正教育基本法や教育関連三法の制定、教科書検定での靖国派見解の押しつけ、集団的自衛権の容認検討、自衛隊による国民監視体制の展開など、すでに改憲を先取りした諸政策が、自公両党による専制的議会支配のもとでの、暴挙に次ぐ暴挙によって押しすすめられていることである。
 改憲の先取りとして、あるいは改憲への地ならしとして、われわれが重視しなければならないのは教育の問題である。教育基本法「改正」やそれと連動した教育関連法制の制定が意図するのは、政府の価値観の国民への押しつけであり、政府・財界の国家戦略に奉仕する教育政策の推進である。それは、憲法が保障する教育を受ける権利や公教育制度を破棄し、公的教育制度の新自由主義的再編成をおこなうことによって、平和国家の公教育制度から軍事国家を支える教育制度への転換をすすめるものだと言わねばならない。
 安倍政権が改憲につきすすむ背景には、ブッシュ政権の「対日要望書」や「新アーミテージ報告」に見られるような、アメリカの世界戦略に日本を組み込もうという米支配層の要求がある。また、軍事的にも経済的にも日米一体化を推進することによって、そこから莫大な利益を引き出そうというわが国支配層の思惑がある。実際、御手洗財界は、安倍政権を全面的に支持し、政治献金を餌に企業減税や労働諸法制改悪を要求するだけでなく、憲法9条の改廃で日米同盟を強化し、アメリカによる戦争へ参画する路線を打ち出し、武器輸出解禁などを公然と要求している。今年1月に発表した「希望の国、日本」(経団連)では「2010年代初頭までの憲法改正」を自らの目標として掲げているのである。
 わが国ですすめられている改憲策動の政治的中心となっているのが「靖国」派であることは重要である。安倍政権は過去の侵略戦争を美化し、憲法改悪を叫ぶ「靖国」派とは強い関係があり、彼らを閣僚や内閣補佐官、党幹部など、中枢にすえて登場した。安倍氏自身が日本会議国会議員懇談会の副幹事長を務めていたことがあるばかりか、閣僚の多くに同懇談会の会員を配し、「靖国」派の意向を強く反映した政権となっている。「靖国」派は、日本の侵略戦争を美化し、天皇の「元首」化、「公の秩序」を名目とした人権の制約、「道徳教育」やマスコミ統制による「靖国」派価値観の押しつけ、国防の責務の強要、人権や民主主義の抑圧など、軍国主義的社会制度の復活をねらっている。だが、彼らが今日現実に担っているのは、売国的な多国籍企業集団の利益に他ならない。
 今日の改憲勢力を構成しているのは、(1)9.11後に、米国の内外で社会経済の極端な軍国主義化と寄生的民営化を推進し、日本をその不可欠な支柱として組み込もうとしているアメリカの支配層であり、(2)財界に君臨し、政権中枢に入り込んで日本の政治をも直接的に牛耳るようになった多国籍集団であり、(3)「戦後レジームの打破」と称して戦後民主主義の諸成果を一挙に全面的にくつがえそうとしている「靖国」派であり、これら諸勢力の時代錯誤的な連合である。多国籍企業と「靖国」派との醜悪な結合によって推進されているところに、今日の改憲策動の危険性とともに最大の弱点がある。
 改憲問題を当面の中心的政治課題として打ち出す安倍政権に対して、すでに国民の支持率は大きく低下してきている。側近政治というべき安倍首相の政治手法、松岡農水大臣の自殺に象徴される「政治とカネ」疑惑の隠蔽、「消えた年金問題」で国民の不安と批判が高まるなかでの社会保険庁の解体・民営化、自公両党による議会の私物化と連発される強行採決、さらには江戸時代の悪代官を想起させると評される重税の取り立て、等々に対して、国民の批判と怒りはかってない高まりを見せている。
 また、9条の会の活動が全国各地の職場や学園などに広がるなかで、改憲や反動政治に反対する国民世論がますます強固な広がりを見せているという状況もある。改憲を社是とする読売新聞の世論調査においてさえ、「改憲賛成」は3年連続減少し、9条は「改悪反対」が47%で最多を占めている。教育基本法改悪反対でも、国民的共同やナショナル・センター所属の違いを超えた教職員組合の地域からの共同の前進が見られるなど、国民各層の共同行動も大きく前進しつつある。今回の参院選の結果にも示されているように、改憲勢力が国民の支持をとりつけることは決っして容易なことではないし、ましてや改憲勢力の政策が国際社会に受け入れられる可能性は皆無だと断じてよいのである。

2.憲法改悪と一体になった労働ビッグバンの総仕上げ

 「労働ビッグバン」という表現は最近のものだが、そう呼んでいい労働法制攻撃=労働分野の規制緩和は、すでに90年代の後半から強められていた。それが近年、労働法制の根拠となる憲法の改悪策動の具体化と一体となり、たとえば、憲法27条に保障される勤労権や労働条件基準の破壊・切り下げや、28条で保障される団結権の破壊など、アメリカの圧力や資本蓄積の変化にも対応しながら、総仕上げの段階に入っている。
 以下、その総仕上げを構想し推進している政府の規制改革会議(その労働タスクフォース)、経済財政諮問会議(その労働市場改革専門調査会)、そして経団連の新ビジョン「希望の国、日本」などの文書を中心に、労働ビッグバンの総仕上げの動向を探る。
 まず、規制改革会議の労働ビッグバン論の特徴からみる。その原案が「脱格差と活力をもたらす労働市場へ──労働法制の抜本的見直し」(07・5・21)というタイトルで示されている。その特徴をいくつか拾う。現存の労働法制は企業に正規雇用を敬遠させ、派遣・請負ほか各種の非正規雇用を増大させている、という。また、現在の労働法制は「生涯一企業」を前提にしており、これを改め「再チャレンジ可能な社会」にしなければならない、ともいう。さらに、「労働者の権利を強めれば、その労働者の保護が図られるという考え方は誤っている」と主張している。
 このような主張にもとづき、「解雇権濫用の見直し」、「労働者派遣法の見直し」を提言し、「労働政策の立案」についても労働政策審議会の三者構成を改め、「フェアな政策決定機関」をつくるべし、と強調している。
 つぎに、労働市場改革専門調査会の「第1次報告」(07・4・13)を見る。そのタイトルは「働き方を変える、日本を変える──《ワークバランス憲章の策定》」であり、「労働ビッグバン」の用語が消えている。他の政府・財界の文章でも「労働ビッグバン」という表現が使われなくなっている。おそらくこれは労働者の反発でホワイトカラー・エグゼンプションの通常国会上程を断念せざるをえなくなった反省によるに相違ない。それに代えて「ワークライフバランス」が前面に出ている。つまり、「今回の第1次報告では、年齢や性別にかかわらず働きたい人が働けるよう弾力的な労働市場を目指すとともに、特にワークライフバランスを実現するための取り組みの基本的なあり方を明らかにし、そのための10年後の数値目標を示した」という。そして、「現在の『働き方』を巡る問題を、働き手の視点から検討するとともに、人材の活用、経済の生産性向上のため労働市場政策のあり方を考える」としている。あたかも「働き手」のために「働き方を変える」かのごとき言い方だが、実は労働法制を解体することで、(1)雇用の流動化・多様化の徹底、(2)いっそうの労働のコスト削減と効率化、(3)少子高齢化がまねく「労働力不足」対策を主要目的としている。
 さいごに、経団連「希望の国、日本」では、労働ビッグバンの結果、10年後の労働市場は「こうなっている」という「10年後の姿」(労働ビッグバンの到達点)が示されている。それは、(1)「意欲と能力があれば、性別や年齢に関わりなく働ける制度や仕組みが整備されている」。(2)「規制改革や職業訓練に加え、企業の人事・報酬制度の『内なる改革』が進むことによって、労働市場の流動性が高まる」。(3)「女性、高齢者、若年者などを中心に、潜在的な労働力の顕在化と雇用のミスマッチの解消が図られている」。(4)「有能な外国人材が、労働市場に多数参入し、生産性を高めるとともに、多様性のダイナミズムが発揮される」という内容だ。
 これも前の2つの文書と基本的に同じであり、雇用の流動化・多様化を通じて、コストダウンと効率化をはかることが主眼である。たしかに規制改革会議「原案」が抜きん出てストレートではあるが、いずれの主張も基本は同じだ。矛盾点もあるが、末節の違いは今後調整されることになろう。
 結局、労働ビッグバンの経過を整理すると、(1)その前史が労働者派遣法制定や労基法「改正」のおこなわれた80年代の半ばからで、(2)90年代の半ばから労働ビッグバンの本格展開の時期に入り、(3)今世紀に入って、とくに安倍政権下で労働ビッグバンという命名もされ、その総仕上げが構想・実践されるようになっている。そして、「(2)の終期」と「(3)の初期」は重なっている、とみるべきだろう。
 なお、労働ビッグバンのねらいは、労働法制という「上からの規制」の緩和・撤廃だけでなく、「下からの規制」である労働運動にたいしてもその排除を意図している。また、攻撃の焦点が雇用の流動化・多様化にあると前述したが、そのポイントは「解雇の自由化」である。そのため今後、例の「解雇の金銭的解決」の導入策動も強まろう。またお蔵入りしたホワイトカラー・エグゼンプションの蔵出しも、具体化する可能性がある。
 いずれにせよ、労働ビッグバン攻撃と、それと一体化した「ワークライフバランス」論によるイデオロギー攻撃などは、労働総研の主要な研究テーマである。その矛盾も含めた徹底解明が焦眉の課題となっている。それにとどまらず、たたかいの展望、そして積極的に労働運動が「実現すべきもの」・「めざすべき社会」なども打ち出していくべきではないか。

3.矛盾の拡大と運動前進への展望

(1) 労働者の状態悪化と反撃の胎動
 総務省が発表した完全失業率は4月に9年ぶりに3%台に低下し、6月は3.7%である。他方で雇用労働者の中に占める非正規労働者の割合は33.7%で過去最多と発表している。この非正規労働者に完全失業者を加えた「流動的労働者群」は10年間に570万人も増大しており、雇用問題は依然として深刻な状況にある。
 96年以降10年間の雇用変動を見ると、役員を除く雇用者数は157万人増であるが、正規雇用労働者は419万人も減少し、非正規労働者が574万人も増えている。雇用破壊は膨大な低賃金層拡大と一体をなし、非正規労働者が正規労働者の賃金を引き下げ、さらに全体の賃金水準を引き下げる歯止めなき「悪魔のサイクル」をつくりだしている。低賃金層の最底辺には、働いても収入が生活保護以下のワーキング・プア層が堆積し、青年を中心にネットカフェ難民などの実質ホームレスも生まれている。
 他方、切り詰められた人員で働く労働者は、極端な長時間労働と成果主義により、メンタルヘルスを深刻化させ過労死や過労自殺が後を絶たない。
 これらの背景には、グローバリズムの深化と国際競争力強化を口実に、90年代以降連続的に進められてきた労働諸法制改悪、雇用の「維持」から「流動化」への雇用政策の抜本的大転換がある。
 財界・大企業や政府の攻撃は、他方では企業の土台を揺るがす矛盾も深刻化させている。日本経団連の06年版「経営労働政策委員会報告」は、「企業の競争力を強化する人材戦略」として、(1)「企業内でのコミュニケーション能力の向上が不可欠」、(2)「大規模な事故が頻発している…外注先を含めた現場力の継承が重要なテーマ」、(3)「さまざまな雇用・就労形態の従業員を、公平性、納得性の観点から適正に処遇すべき」、(4)「メンタルヘルスの重要性」などを強調している。
 これらは、(1)成果主義が労働者を個々バラバラに分断、電子メールで直接的会話を奪い、(2)リストラで「現場力」を支えた技能熟達のベテラン労働者を削減、(3)正規労働者の削減、多様な非正規労働者の増大が、職場の連携と企業への忠誠心を奪い、(4)成果主義と裁量労働による長時間・過密労働が肉体的・精神的健康破壊を深刻化等々、財界や大企業がすすめてきたコスト削減と搾取強化の矛盾のあらわれであり、それは大企業に多く見られる欠陥品や重大事故、不祥事の多発にもつながっている。
 したがって、株主利益優先など利潤第一で労働者の権利を抑圧し、労働者を使い捨ての消耗品扱いする財界・大企業の攻撃は、労働者に状態悪化を強いているだけでなく、それ自身が日本経済の成長を支えてきた「日本的経営」を空洞化させ、企業の存立基盤そのものを脅かすほどその矛盾を拡大・深化させているのである。
 そして何よりも問題なのは、大企業は史上最高益を更新し続け膨大な内部留保を蓄積していながら、それが賃上げなどで労働者・国民に還元されず、貧困と格差が拡大していることである。
 非正規労働者の拡大は労働組合の組織率を低下させ、青年層を中心に膨大な未組織労働者をつくりだしている。しかし、その非正規労働者自身が雇用確保と労働条件の改善に立ち上がり、ナショナル・センターや正規労働者の運動に激励を受けながら、労働組合に加入あるいは労働組合を結成して要求を前進させ、社会的にも大きな影響力を拡大してきているのが最近の情勢の特徴となっている。
 均等待遇や時給引き上げなどを求めるパート(その中心は女性)労働者の要求とたたかいは、全労連や連合を問わず今や春闘の中心的位置を占めるようになっている。また、JMIU徳島の光洋シーリングテクノの青年労働者の偽装請負とのたたかいは、マスコミをも動かし、日本経団連会長企業のキャノンや松下プラズマ等々、製造業への派遣解禁により大企業に蔓延していた偽装請負の実態を社会的に告発する全国的な運動へと広がり、是正に向けた要求を前進させている。首都圏青年ユニオンの活動に象徴される非正規の青年労働者のたたかいも広がり、最賃以下の「奴隷」労働で泣き寝入りしていた研修生・実習生などの外国人労働者も違法状態の告発に立ち上がってきている。
 これらのたたかいで重要な役割を果たしているのが「一人でも入れる」単産や地方組織に属する個人加盟組織の存在であり、それは労働組合の新しい発展方向の一つを示すものとなっている。
 貧困と格差拡大に歯止めをかけ賃金水準の底上げを図るため、最低賃金を抜本的に改善することが全労連・連合、さらには野党などの共通要求となり、30余年ぶりの最低賃金制度見直しの機会に、選挙対策とはいえ与党内からも見直しを言わざるを得ない局面をつくりだしており、これを制度の抜本改善のチャンスとして攻勢的な運動を展開することが求められている。

(2) ナショナル・ミニマム確立を国民的な対抗軸に
 自公政権による連年の医療・福祉・年金制度改悪は、社会保障制度が国民の生活を守らないばかりか、逆に国民収奪機構化し、生活負担になるような事態をつくりだしている。
 国民健康保険の滞納世帯の増大やその制裁としての資格証明書、短期保険証発行が急増し、医療保障からも見放されている国民が増大している。介護保険も保険料値上げ、高負担から制度を利用できない人たちが生まれ、障害者自立支援法の応益負担導入も重い負担を強い福祉サービスからの排除も増大している。日々の生活を賄いきれない低年金者、無年金者が急増し、老後の生活も保障されていない。生活保護も老齢加算が昨年から廃止、母子加算も今年から減額、3年後には廃止されようとしている。さらには、就学援助受給児童数の増大、膨大な多重債務と自己破産等々が増大している。また、ワーキング・プアに見られるように、非正規労働者の8割が年収200万円以下(約1,300万人)、これに平均月額5万3,000円の国民年金受給者2,300万人、生活保護受給者、失業者、ニート、フリーター等々を考慮すると、4,000万人以上の人々が「貧困ライン以下」の生活を余儀なくされている。このように憲法25条の枠から排除された膨大な現代的貧困層がつくりだされている。
 これらの貧困をさらに深刻にし、富める者と貧しい者の格差を拡大しているのが現在の大企業優遇の不公正な税制である。政府はこの間、法人税率や所得税の最高税率の引き下げ、配当所得や株式等譲渡益に対する証券優遇税制の延長など、大企業や金持ち優遇税制を強める一方で、税の累進構造の緩和や定率減税の廃止などで庶民には大増税を押し付けてきている。
 貧困と格差が拡大して、国民の生活が極めて困難な状態に陥っていることは、今日だれの目にも明らかになっている。この明白な事態にたいし、政府は「格差があるのは当然」「競争することが人間の能力を高め、競争がなければ人間は怠惰になる」などと労働者・国民にますます過酷に働くことを強制、「競争に負けるのは本人の能力や努力が足りないから」と「自己責任」を強調している。
 労働総研は、労働者・国民の底なしの状態悪化に、「ナショナル・ミニマム問題の理論・政策にかかわる整理・検討プロジェクト」報告書で、国民生活の最低基準としてのナショナル・ミニマム確立の重要性を指摘し、ナショナル・ミニマム大綱とナショナル・ミニマム基本法などをうちだし、その実現をめざす国民的運動の重要性を提起している。
 広がる貧困を解消し、国民生活の下支えを公的責任で明確にさせるため、生活保護基準の引き下げを許さず、全国一律最低賃金制度や最低保障年金制度確立など、国民生活の最低基準ナショナル・ミニマム確立、生活費非課税原則や応能負担による累進課税など所得再分配政策強化などを、すべての労働者・国民の共通の課題として、実現に向けての共同を発展させることが求められている。また、この共同を大衆的な運動とするためにも、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」を営む「最低生計費」を職場や地域から具体的に明らかにするとりくみが重要である。
 全労連の「21世紀初頭の目標と展望」でも言われているように、このナショナル・ミニマム確立のたたかいは、大企業に対する民主的規制強化のたたかいとも表裏一体で新自由主義的な資本の横暴から労働者・国民の生活を守るたたかいでもある。

(3) 国民との矛盾深める安倍政権、対米追随は国際的孤立の道
 「戦後教育の再生」や「戦後レジームからの脱却」を掲げる安倍政権は、07年の通常国会では憲法と一体をなす教育基本法の改悪や改憲手続法である「国民投票法」を自民・公明の数の力で強引に成立させた。さらに、「憲法解釈の変更」による「集団的自衛権行使」の合憲化をめざし、容認派が大勢を占めるような「懇談会」を設置し、参院選では「2010年改憲発議」を公約で打ち出すなど、改憲策動を具体的に強めてきた。しかし、すでに明らかにしているように参議院選挙の結果は、こうした安倍自公政権の悪政・横暴「ノー」のきっぱりとした審判を下した。したがって、参院選挙対策から先送りした労働ビッグバン、消費税率引き上げなど増税や労働者・国民犠牲の悪政もこれまでのように強引に推しすすめることは困難になっている。
 安倍政権の改憲策動を阻止する条件も大きく拡大してきている。9条の会の全国各地、職場や学園などへの広がりや、改憲や悪政に反対する広範な国民世論がある。また、重要なのは労働戦線の改憲反対勢力の存在である。改憲反対を明確に掲げる全労連、全労協、中立系労組の組織人員は240万人を超え、連合系労組のなかの憲法改悪・9条改悪反対、危機感表明の労働組合の組織人員は約230万人で合計すると約470万人となり、わが国の組織労働者(1,031万人)の半数に迫る状況にある。改憲が具体的日程に上ろうという歴史的岐路に立って、これらの労働組合が改憲阻止という大同のために小異を捨て共同を追求することが今こそ求められている。
 新自由主義的市場原理主義が拝金主義を拡大し、国民のなかに貧困と格差を拡大していることは今や誰の目にも明らかになっているだけでなく、その批判は国内外のエコノミストのみならず、財界人さらにはOECDの報告書でもその急速な進行と拡大が指摘されている。
 国際的にも、アメリカ型の市場原理主義によるグローバリズムが世界中に「格差をばらまいている」ことに批判が広がっている。ILOが04年に発表した「グローバル化の社会的側面に関する世界委員会」の「提言」は、「富は創造されるものの、その利益に与っていない国や人が多すぎる」「大多数の人々から見れば、グローバル化は、ディーセント・ワークに就きたい、子どもたちにより良い未来を与えたい、という素朴でまともな願いさえ叶えていない」との問題意識から、「人々を中心にする、より公正なグローバル化」へ権利の尊重やディーセント・ワークを満たすなど、「連帯感のあるグローバル化」等々へ「道筋を変え」なければならないとしている。
 ここに世界の本流があり、日米財界のようにグローバル化を口実に国際労働基準を無視して労働のルール破壊をさらにすすめようというのは、国際的には孤立した極めて異常な流れなのである。
 同委員会のメンバーでもあり、元米大統領経済諮問員会委員長を務め、ノーベル経済学賞受賞者でもあるジョセフ・E・スティグリッツ氏は、アメリカ型グローバリズムが世界中に「貧困と格差」を拡大していると批判、「労働者たちの安全ネットを強化し、所得税の累進性の増大」などでその「軌道を修正させる必要がある」と指摘したうえで、「国際機関にすべての罪を着せられない…責任の一端は有権者にもある」と述べているように、グローバリズムの流れをどのように軌道修正するかは、主権者である日本国民の選択にかかっているということである。
 また、グローバル化という世界の流れに抗するためには、国際連帯活動がいっそう重要になっており、アジアをはじめ各国労働者・国民との様々なレベルでの交流活動の強化が求められている。
 貧困と格差の解消、改憲阻止、大企業本位から国民本位の政治・経済への転換をめざし、悪政への国民の怒りと参議院選挙の結果がつくりだした政治革新への新たな可能性を大きな確信に、全労連との連携強化を図りながら、労働総研としての役割を発揮することがいっそう重要になっている。

[Ⅲ.2007年度の事業計画]

 すでに確認されている研究所プロジェクトや共同プロジェクト、研究部会をそれぞれ積極的にすすめていくことを前提に、今日の情勢と労働組合運動の現状に照らし、労働総研として次の課題と役割を重視する必要がある。

1) 政治・経済動向など時々の情勢や労働運動の課題に臨機応変に対応した政策提起や見解表明

2) 労働運動の側からの政策的援助の求めに応じた研究員の活用含む柔軟な研究体制

3) 学者・研究者集団、労働総研の知的財産を活かしての労働運動への貢献

(1) 国内外、とりわけ国際的な政治・経済、労働運動などの動向分析と情報提供
(2) 賃金・社会保障など運動の重要な課題についての基礎理論を含む政策学校・講座開設など専門的活動家育成

4) プロジェクト研究など労働総研の研究成果の社会的普及と大衆団体への還元

5) 国内外の労働・経済統計、理論問題など労働組合役員などに役立つ情報提供

 こうした当研究所活動の前提に立って、07年度の調査研究・政策活動は、9条破壊・憲法全面改悪攻撃強化のための反動的政策・施策に対抗して、憲法を労働とくらし、権利擁護に活かす観点から追求することが求められている。

1.プロジェクト・研究部会

(1) 研究所プロジェクト
 06年度総会方針に基づいて、常任理事会が決定した2つの研究所プロジェクトは、07年度でまとめの作業段階に入る。研究プロジェクトのまとめ作業を通じて、共同プロジェクト及び研究所全体の調査研究・政策活動に寄与することをめざす。

1) 21世紀労働組合の研究
 当プロジェクトの研究課題は、21世紀初頭における労働組合運動の強化・発展の条件・要因を探求することである。そのため、全労連と共同で調査した「労働組合の活動実態と課題と展望」で蓄積した財産を活用すると同時に、国内における労働組合研究をはじめ、国際的な労働組合研究にも目配りした調査研究のまとめをおこなう。

2) 新自由主義的展開に対する対抗軸としての労働政策研究
 当プロジェクトの研究課題は、新自由主義(弱肉強食)路線にもとづき、労働政策審議会が推進しようとしている。財界の利益を最優先する安倍自公政権が強行する労働ビッグバンに焦点を当て、労働組合権能の破壊、解雇の金銭的解決、ホワイトカラー・エグゼンプションなど、労働基準法や労働組合法の骨抜きに抗して、憲法を土台とした働くルールを確立する労働政策研究のまとめをおこなう。

(2) 共同プロジェクト
1) 労働組合トップ・フォーラム
 9条の会は6,000を超えて職場・地域で前進している。連合を含む労働組合の憲法改悪に対する方針も、5割以上の組合が反対の方針を掲げている。憲法改悪に反対する300万人を超える労働組合員の動向は、憲法改悪阻止にとって決定的に重要である。労働組合組織率は2割をきり、労働者階級の3割を超えて増加する未組織労働者の組織化の課題は、今後の労働組合運動の発展に決定的に重要である。これら2テーマを中心に突っ込んだ討論をすすめる。

2) ナショナル・ミニマムの運動としての展開
 当研究所が発表したナショナル・ミニマム大綱案は、貧困と格差拡大が深刻な社会政治問題になっている時、注目を集めている。当研究所は全労連とも共同して、ナショナル・ミニマム確立のための国民的共同を前進させるため、情勢が要請する調査研究・政策提言をおこなうための検討を開始する。

(3) 研究部会
1) 賃金・最低賃金問題検討研究部会
 (1)06年度からはじめている現場報告修了後、日本経団連の報告書の分析、および成果主義賃金に関連する論文等の討論を経て、テーマについての全員のディスカッションをおこなう予定である。(2)収集した情報が多く、どのような形で、どの程度まで整理できるか。(3)ディスカッション・ペーパーの中身をどうするか、については今後の議論を必要とする。(4)ディスカッション・ペーパー作成には相当のエネルギーが必要とされる。そのため、当初予定した研究期間1年ではこのテーマは修了できない状況である。

2) 女性労働研究部会
 06年度に設定した「戦後日本の女性労働に係わる主な理論と運動の軌跡」をテーマについて、今年度は、財界戦略、労働行政、労組運動と裁判闘争等の視点をふまえ、本テーマの小括をおこなう方向ですすめる予定である。

3) 社会保障問題研究部会
 2年目に当る本年度は、部会メンバーが手がけている地域調査の報告を集中的に取り上げていくことにしたい。そこから、国民生活の安定を保障するための社会保障政策として、いま何が求められているのかを明らかにしたい。こうした研究を積み重ねることで、可能であるならば、地域調査のプロジェクトを立ち上げる方向性を模索したい。

4) 中小企業問題研究部会
 06年度に設定した「中小企業労働組合運動の活性化で、経済の民主的発展、中小企業の持続的発展をめざす」テーマについて、本年度もひきつづき追求することとし、時宜に応じた研究を定期的にすすめる。

5) 労働者状態統計分析研究部会
 『2008年国民春闘白書』執筆のための統計分析を深めるための、労働者状態悪化と大企業の資本蓄積などに関する主要長期統計の報告・討論を通じて、『春闘白書』執筆以外で、労働運動への情報提供の場となるよう、運営を改善していく。

6) 国際労働研究部会
 『世界の労働者のたたかい2008』の執筆のための情勢分析と筆者間における認識の共有を重視し、全労連の国際活動に寄与できるよう、国際労働運動のリアルな分析のための材料提供をおこなう。各研究部会の要請に応えて、各国の情報提供をおこなえるようなシステム作りを検討する。

7) 関西圏産業労働研究部会
 現代の労働問題に関連する研究の批判的検討をおこないつつ、労働組合運動を前進させるうえでの現実的課題についても知見を深め、分析を行いたい。そのうえで関西圏の組合活動家、研究者とも広く研究交流をもつようにしたい。

8) 労働運動史研究部会
 戦後の労働組合運動の積極的、革新的伝統の分析・検討のためのヒアリング、研究を続けながら、06年に開始したレッド・パージに関するヒアリング、研究を継続する。かなりのヒアリング記録が蓄積されてきたので、(財)全労連会館と共同してヒアリング記録集を適当な形態で発刊することを検討する。産業別組合記念・労働図書資料室の整備・充実のための作業に協力する。

2.調査研究活動活性化のための関連施策

(1) 研究例会
 運動が要請する課題について、シンポジウムを含め、年度中2回程度の研究例会に積極的に取り組む。当研究所の研究成果を広く社会的に還元する。

(2) 研究交流会
 研究部会間の相互交流を促進するために、研究部会間に共通する課題での研究交流会を積極的に推進する。

(3) E.W.S(English Writing School)
 今期は、通常の学習とともに、UEの教科書として使用されている“Labor's Untold History”の翻訳作業に取り組む計画である。

(4) 調査政策学校の開催
 調査政策学校を全労連の協力を得ながら、(財)全労連会館と共同で開催する。早急に、シラバス(講義実施要綱)と教授陣、事務局体制具体化と実施のための諸準備をすすめる。

(5) アニュアル・リポート
 07年度定例総会後、当研究所の06年度における研究活動年次報告書(アニュアル・リポート)を発行し、研究活動を社会的に公表する。

(6) ディスカッション・ペーパー
 06年度から開始された研究計画は、今年度で2年目を迎える。研究部会は今年度終了後、研究成果とともに理論上・政策上の論点について明らかにし、積極的な議論を発展させていくためディスカッション・ペーパーをまとめる。

(7) 若手研究者研究交流会
 若手研究者の研究交流要望に応えて、どのようなスキームが最適かなどを含めて、若手研究者の要望を聞き、その要望が実るよう検討し、それの具体化を図る。

3.出版・広報事業

(1) ホワイトカラー・エグゼンプション合衆国調査報告書の発行および報告会
(2) 労働総研ブックレット
(3) 『国民春闘白書2008』
(4) 『世界の労働者のたたかい2008』第14集
(5) 『アニュアル・リポート』
(6) 『ディスカッション・ペーパー』
(7) 『労働総研クォータリー』
(8) 『労働総研ニュース』
(9) “Rodo-Soken Journal”

[Ⅳ.2007年度研究所活動の充実と改善]

1.研究所の法人化

 故神尾京子会員から遺贈された財産を基礎に、当研究所の新たな発展を期して法人化について慎重に具体化を図る。そのための必要な整備をおこなう。

2.研究所活動の充実

 研究所活動を充実させるために、運動の要請に積極的にこたえた研究所活動をすすめる。研究所の調査研究・政策活動の全労連との緊密な協力・共同を強化する。

3.産業別労働組合記念・労働図書資料室の充実

 06年5月に、(財)全労連会館と共同で設立・運営している産別記念・労働総研資料室を、内容の拡充に伴い、名称も産業別労働組合記念・労働図書資料室と変更する。当図書資料室に、日本福祉大学が所有する「堀江正規文庫」を移管する契約を、労働総研・(財)全労連会館と日本福祉大学図書室とで締結した。この契約により、「堀江文庫」の所有権は同大学に引き続き属したまま、管理・運営に当図書資料室が責任を負うことになる。
 当図書資料室拡充の一環として、図書資料室報(不定期)を発行し、利用者の便宜を図ることにする。

4.会員拡大

 会員の高齢化に伴い会員が減少する中で、若手会員の参加の努力をつづけている。06年度中にも若手会員の拡大に努力してきたが、研鑚の場としても魅力ある研究所活動に努めるなどして、会員拡大に積極的にとりくむことが強く求められる。
 会員から会員になってもらえる研究者を推薦してもらうなど、会員拡大に取り組む。

5.読者拡大

 『労働総研クォータリー』は、特集によって大きな反響を呼び、単発的ではあるが注文の増加がある。単発読者が定期読者になってもらえるよう、また、会員としても参加してもらえるよう、企画・編集を魅力ある内容に充実し、定期読者の拡大に努力する。

6.地方会員の活動参加

 全労連と共同で取り組んできた「労働組合調査」で、地方会員の研究所の調査研究活動への参加の端緒をつくりだした。ひきつづき、地方会員が研究所活動に参加しやすくするための検討をしていく。今後、中央・地方における各種公的委員会・審議会、労働者側委員などの公益委員として参加が予想される。それへの対応も準備しなければならない。

7.事務局体制の強化

 労働総研の調査研究活動を機能的・効率的に推進する上で、総会・理事会の決定を具体化し、代表理事・常任理事会の適切な指導と援助のもとで活動する事務局の役割は重要である。事務局機能の効率的な運営をおこなうため、状況に応じた企画委員会、代表理事をふくむ拡大事務局会議の開催と事務局会議の定例化を定着させるとともに、事務局体制の強化を検討する。