労働総研ニュースNo.205・206号 2007年4・5月



目   次

・プロジェクト・部会代表者会議報告
・研究交流集会報告「ナショナル・ミニマム大綱」をめぐって
・多変量解析による「労働組合の活動実態と課題と展望」調査報告書(その2)
・第4回常任理事会報告ほか




  労働運動総合研究所2006年度
プロジェクト・研究部会代表者会議報告

 労働運動総合研究所2006年度プロジェクト・研究部会代表者会議は、2007年3月31日午前10時から12時30分まで、平和と労働センター・全労連会館において、藤田実常任理事の司会で開催された。
 会議の冒頭、牧野富夫代表理事から以下のような主催者挨拶がおこなわれた。

主催者挨拶
牧野 富夫

 日米支配階級が憲法9条改悪を軸に、労働者・国民の権利破壊を強行しているもとで、今回のプロジェクト・研究部会代表者会議は開催されている。

 労働総研は、2001年度のプロジェクト・研究部会代表者会議から、理論研究と実態研究の2つのプロジェクト研究を軸にした研究活動を展開してきた。その成果として、2003年、「基礎理論プロジェクト報告書=均等待遇と賃金問題―賃金の『世帯単位から個人単位へ』をめぐる論点の整理と提言―」、2004年、「不安定就業労働者の実態と人権プロジェクト報告書」、2006年、「ナショナル・ミニマム問題の理論・政策に関わる整理・検討プロジェクト報告書」を発表してきた。これらの「報告書」は、いずれも運動論上実践的に解明が要求された研究テーマであり、労働総研の研究活動が労働組合から注目をあつめてきたといえる。

 昨年末から今年はじめにかけては、「残業代11.6兆円の横取りを法認するホワイトカラー・エグゼンプション」についての見解(06年11月)、「労働政策審議会労働条件分科会に提出された『報告案』についての見解」(06年12月)や「すべての労働者に1,000円以上の最低賃金を保障せよ─《試算》・最低賃金アップが『日本経済の健全な発展』をもたらす─」提言(07年3月)などの労働総研の見解と提言を発表して、マスメディアからも注目されるようになっている。

 その理由はいろいろ考えられるが、労働総研の研究テーマ、研究活動が情勢にマッチして展開されるようになってきたことと無関係ではない。そういう意味で、きょうの会議は2つのプロジェクト(「新自由主義的展開に対する対抗軸としての労働政策の研究」、「21世紀労働組合の研究」)を軸に各研究部会および労働総研の研究活動をすすめていくうえで重要である。熱心な討議を期待したい。

「労働ビッグバン」と労働総研の課題

大木 一訓

はじめに―情勢の現局面と労働総研

 労働総研は、最近のホワイトカラー・エグゼンプションにかんする問題提起をつうじて研究所としての「市民権」を得たと言われている。それだけ社会的責任も大きくなったということであろう。

 いま国会では改憲手続法が重大な局面をむかえているが、労働法制の抜本的改悪への動きも改憲への策動と一体となって急をつげている。「労働ビッグバン」の全体像を明らかにし、その危険な内容を暴露・批判しながら、労働者・国民の立場にたった真の労働改革の方向を積極的に打ち出し、社会的にも大いに発言していく必要がある。

 以下の報告は、各プロジェクト・研究部会が、それぞれの立場から、また共同して、そうした必要にどう応えていくことができるかを考えていただくために、若干の問題提起をしてみようとするものである。

1 今日における「労働ビッグバン」をどう位置づけるか

 労働法制の改悪はすでに1980年代からはじまっているし、「労働ビッグバン」という言い方は1999年に出た八代尚宏『雇用改革の時代』あたりから言われているが、いま問題となっている「労働ビッグバン」は、それらの延長線上にあるだけではない。

 それは、ブッシュ政権の世界戦略と連動し「当面の政治課題」として浮上してきた改憲攻撃、つまり日米支配層による日本社会の抜本的な反動的再編攻撃の一環として展開されるようになっている。問題となっているのは、あれこれの分野でのいっそうの改悪であるばかりではなく、生存権と戦後民主主義を原理的に否定する抜本的な反動攻撃である。

 それだけに労働運動による「労働ビッグバン」批判は、広範な国民的支持を集めうるようになっている。こうした情勢の今日的特徴に留意して分析・批判していく必要があると思う。

2 注目すべき経済財政諮問会議・労働市場改革専門調査会の動向

 労働政策の形成過程も抜本的な様変わりを見せている。「小泉構造改革」のもとで、米日大企業の要望を経済財政諮問会議などがトップダウンで政策化していくシステムがつくられてきたが、「労働ビッグバン」問題では、厚生労働省の3者構成の審議会をも有名無実化し無視する政策が強行されている。

 この点では、経済財政諮問会議の労働市場改革専門調査会がはたしている役割に注目する必要がある。調査会の会長は国際基督教大学教授・八代尚宏氏だが、かれは正規労働者の賃金を非正規なみに切り下げることを提唱して物議をかもしている人物である。「労働ビッグバン」政策化のイニシアティブをにぎる労働市場改革専門調査会には、労働者の立場から発言する委員が一人もいない。こうした専制的な労働政策策定はILOなどの国際労働基準にも反するものだ。

3 自民党政府「新憲法草案」や御手洗ビジョンとの関連をどうとらえるか

 「労働ビッグバン」攻撃は、憲法改悪や規制緩和・民営化攻撃と不可分である。その意味でも自民党「新憲法草案」や「御手洗ビジョン」との関連で分析・把握する必要がある。自民党「新憲法草案」は、「公益」を強調し、「個人」の利益は「公の利益に反しない限りで認められる」といっている。

 「御手洗ビジョン」では生産性の向上を「公益」といい、労働者・国民の利益の上におくことを主張している。内容からいえば、自公政権の利益を国民の基本的権利の上におき、大企業の利益を「公益」と主張して国家の最高規範にしようとしている。この主張は、国際的に人権や企業の社会的責任が重視されている21世紀にあって、歴史に逆流する異常な主張である。しかし、それは戦前への回帰ではなく、多国籍企業の今日的利益にそった政策だ、という点が重要ではないか。

4 背後にある「年次改革報告書」や三角合併問題をどう取り上げるか

 今日の多国籍企業は、アメリカを中心に、投機的資本主義と覇権的軍国主義を世界的に広めようとしているが、その政策は対日支配を軸としてすすめられている。内政干渉の対日要求書「年次改革報告書」や「日米投資イニシアチブ」、さらには三角合併などをテコとした対日資本進出には、そうした戦略が露骨にしめされている。注目されるのは、かれらの対日要求のなかで、ホワイトカラー・エグゼンプションや解雇自由の金銭解決制度をふくむ「労働ビッグバン」の実現が、いまでは中心的な要求の一つとなっていることだ。

 日本社会をまるごと収奪しようとする多国籍企業戦略にとって、「労働ビッグバン」は不可欠な条件整備なのである。さきに労働総研はホワイトカラー・エグゼンプション問題などでアメリカに調査チームを送ったが、「労働ビッグバン」とのたたかいでは、国際連帯は非常に重要になっていることを痛感させられた。

5 公務員制度改革や道州制導入問題への取り組みの弱さ

 財界は憲法改悪攻撃とむすびつけて、公務員を憲法が規定する「全体の奉仕者」から「権力と財界の奉仕者」にかえる公務員制度改革をねらっているし、憲法5原則の1つである地方自治制度を解体して道州制を導入しようとしている。

 これらは、全労連運動の主力部隊に対する攻撃という性格をもっている。また、「労働ビッグバン」の重点は、非正規などのワーキング・プアをテコに、正規労働者の賃金労働条件や権利を切り下げ・剥奪することにおかれるようになっているが、公務員労働者攻撃はまさにその焦点となっている問題である。格差・貧困問題のたたかいを発展させるうえでも「労働ビッグバン」を阻止するうえでも、労働運動は一致して公務員労働者攻撃への反撃にとりくんでいかねばならないのであるが、この面でわれわれの取り組みはかなり立ち遅れているのではないか。

6 連合の「労働ビッグバン」対策について検討しておく必要

 「労働ビッグバン」に関しては、一部をのぞき、ほとんどすべての労働者・労働組合が参加する統一闘争を発展させることができるはずである。実際、連合の政策を見ても全労連と一致するものが多くなっている。しかし、実際には、部分的にはともかく全体としては、統一闘争はあまり発展していない。

 連合の体質や組織構造の今日的検討をもふくめて、なぜ労働者・労働組合の統一闘争が前進しないのか、打開の道はどこに求めることができるのか、について検討してみる必要があるのではないか。

7 御用学者の批判をどうすすめるか

 言論の面でも、労働法学者の多くが沈黙をまもるなど、「労働ビッグバン」批判はまだまだ世論の主流とはなりえていない。この点では、さきに見た労働市場改革専門調査会のメンバーをもふくめ、体制派御用学者のイデオロギー、理論・政策について時機を失せず批判していくことが重要であろう。そして、八代尚宏氏のような人物については、部分的な批判でなく、全体的なまとまった批判をすることが必要ではないか。

8 労働運動関係研究機関との交流と連携をどう前進させるか

 「労働ビッグバン」は関連する問題領域が広いだけに、その取り組みをつよめるうえでは、民主的な労働運動関係の研究機関の間での交流や連携強化がますます必要になっているし、労働総研内のプロジェクトや各研究部会の間でも、あるいは会員の間でも、可能な限り共同や連携を強めることが求められているのではないか。

おわりに―相沢与一『障害者とその家族が自立するとき』に学ぶ

 最近私は、前常任理事・相沢与一先生の近著『障害者とその家族が自立するとき』(創風社)を読んで、大いに励まされ、学ぶところがあった。それは「障害者自立支援法」とたたかいの最前線で切り結び、圧倒的な気迫でその反国民性を糾弾した著書である。相沢先生はそこで、岐路に立つ日本社会の激動する情勢のなかで、研究者や自覚的労働者が何を求められているのかを、身を以て示されているように思う。拙速は戒めねばならないが、いまは研究の成熟をまって批判していくというような情勢ではない。もてる力を結集し、総力をあげて社会的発言を強めていくべき時ではないか。

■討 議

 大木報告をうけて討議された主要な論点は以下のようなものであった。

 ◎ 八代氏は、「労働ビッグバン」のモデルは「カナダ型」だといっているが、かれらなりに全機構的に問題提起をしている。われわれも全機構的に対応していく必要がある。安倍内閣以前は「労働ビッグバン」を強調していなかったが、八代氏を引き込んで焦点にしてきている。財界、政府、学者など各プレーヤーの研究が必要である。連合を見る場合にもトップと地方にはズレがある。反共主義の現れ方でも違いがある。それはなぜかという問題の分析も重要だ。

 ◎ 日米支配勢力の攻撃の中心点は9条破壊を軸とした全面的な憲法改悪であるが、われわれの側は、9条問題、労働法制問題、社会保障・生活権の問題など、バラバラに受け止めているきらいがある。労働者・国民諸階層にかけられている攻撃を9条・憲法破壊攻撃との関連で総合的にとらえ、反撃していくことが重要だ。

 ◎ 大企業は、アジア経済危機以降株主資本主義を本格的に取り始めた。「労働ビッグバン」の特徴は、正規労働者の労働条件の切り下げを正面に押し出してきている点にある。これらのことと関連して、日米経済協議会や日米投資イニシアチブ、「年次改革要望書」などを洗い直す必要がある。

 ◎ 攻撃をはねかえしていくうえで、全労連のがんばりが注目されている。労働法制改悪反対の国会前の宣伝行動は、全労連、連合、全労協などが、同じ課題で、同時間帯におこなっている。これを事実上の共同行動と評価する人もいるが、3月23日に開かれた労働法制改悪に反対する共同集会の参加団体などをみると、全労連を中心に全労協、連合は参加していないが連合の全国一般が参加するなど、共同がすすんできているという側面も重視する必要がある。

 ◎ 全労連が地方でがんばれば連合も変化してくるという例がうまれている。熊本県ではNHKのワーキング・プアのプロデューサーを呼んでシンポジウムを開いた。熊本大学教職員組合の仲介で連合も参加してきた。参加してきたポイントは、連合とか全労連とかいっても、「労働組合は少数勢力」であり、共同して運動を強化することが重要ということであった。

 ◎ 「労働ビッグバン」攻撃は今までの攻撃と質が違うのではないか。いままでは、規制緩和路線で、労働組合の存在を前提とした攻撃であった。「労働ビッグバン」の攻撃は、労働保護法の解体、労働組合の形骸化が基本である。その意味では連合もふくめて労働組合が否定されることになるから、運動の統一の条件が客観的に拡大する。教育基本法改悪反対の運動にしめされているように、全労連がたたかったことによって、職場では全教、日教組をまきこんで、22の県レベルでの共同ができた。憲法改悪反対闘争の課題でもそうなると思う。

 ◎ ホワイトカラー・エグゼンプション導入反対闘争で、労働総研の試算がはたしたインパクトはきわめて大きかったが、その土台には全労連の運動があった。報道によれば、連合は労政審の最後の段階では受け入れてもいいという態度に傾いたといわれているが、最後まで全労連ががんばっている以上、連合職場の労働者はそうした妥協を許さないという面が作用する。

 ◎ かれらは、「新しい働き方」を年功的な「旧い働き方」に対置している。「労働ビッグバン」は上からの規制と下からの規制を徹底的に取り払うことをねらっている。連合は下からの規制は自分の問題と考えていない。「新しい働き方」は連合のベースにもある。

 ◎ いままでは労働法・政策については政労使3者構成の労政審で審議してきたが、ホワイトカラー・エグゼンプション導入の失敗もあり、支配層は経済財政諮問会議などで議論してトップダウンで労働政策を注入する方向をはっきりと取るようになった。

 ◎ 組織率が2割をきった。圧倒的多数は非正規労働者である。偽装請負があるから正規労働者の権利が守られているという意見もある。これからの労働運動の課題であろう。

 ◎ 八代氏主張する労働ビッグバンにどう対処していくのかが問われている。そのためには労働組合が非正規・不安定労働者とどのように連帯していくかがポイントではないか。連合の問題もあるが、世論形成が重要だ。マスコミ、特にテレビの活用が決定的に重要である。労働総研は最低賃金を1,000円に引き上げる政策提言をしたが、あそこでやられている試算は大きな意味がある。地域は段階的に引き上げていくことになろうが、地域は疲弊している。格差が拡大している。地域の経済を再構築していく上で最賃制の問題はきわめて重要である。

 ◎ 最低賃金を1,000円という要求は共通要求になり始めている。大企業は中小企業の経営が困難になるというが、それは搾取材料がなくなるということである。円高の時より影響は小さい。労働総研の政策は、1,000円最賃は可能であり、日本経済を発展させていくうえで重要であること明確にしている。中同協で最賃引き上げ問題を議論したところ、一部からは1,000円にしたら「やっていけない」という意見も出たが、他方では、実態があまりにひどいので「要求は良く分かる」、「上げたら世の中明るくなるのではないか」とか「お客が増えるのではないか」という意見も出たという。

 ◎ 最賃引き上げは世界で共通したたたかいになっている。その背景には非正規労働者の増大がある。たたかい方は国によって違いがあるが、ヨーロッパで最大のナショナル・センターイタリアになった、非正規、一人請負を組織しているニドルなどが組織を伸ばしている。最賃引き上げ、労働条件の底上げ要求は、新自由主義的な資本のグローバリズムに対抗する世界の労働組合の共通闘争課題となっている。

 討議の後、熊谷金道代表理事より以下のような閉会挨拶がおこなわれた。

閉会挨拶

熊谷 金道

 今日出された積極的な意見を今後の研究活動に活かしていくため、常任理事会および理事会でよく検討し、7月28日に開催される定例総会で具体化するようにしたい。また、研究所の研究活動を積極的に知ってもらうため、研究所の研究活動を年報の形で発行していきたい。各プロジェクト・研究部会は、研究活動の内容、研究上の論点、研究の到達点などを所定の用紙に記入の上、事務局まで提出してほしい。

労働運動総合研究所2006年度研究交流集会報告
「ナショナル・ミニマム大綱」をめぐって

 労働運動総合研究所2006年度研究交流集会は、07年3月31日午後2時より5時まで、大須眞治事務局長をコーディネーターに開催された。

 最初に、「ナショナル・ミニマム問題の理論・政策に関わる整理・検討プロジェクト」の責任者である浜岡政好常任理事より、「ナショナル・ミニマム報告書」の総論というべき「ナショナル・ミニマム(国民生活最低基準)大綱案」のポイントについて報告があり、それを受けて小越洋之助常任理事と唐鎌直義常任理事からそれぞれコメントがあった。その後、会場全体で討議がおこなわれた。

「ナショナル・ミニマム大綱(案)」の特徴

浜岡 政好

1.「大綱案」の位置づけと構成

 「ナショナル・ミニマム(国民生活最低基準)案」は、「ナショナル・ミニマム問題の理論・政策に関わる整理・検討プロジェクト」に参加した10人の研究者・実践家が、ナショナル・ミニマム問題の理論・政策に関する諸問題を整理・検討し、共同討議をへて、「ナショナル・ミニマムをめぐるイデオロギー状況」、「国民生活の状態とナショナル・ミニマム」、「所得保障制度の現状とナショナル・ミニマム」、「ナショナル・ミニマムと社会運動」についての署名入り論文を執筆したうえで、プロジェクトとして問題提起したものである。このプロジェクトで指導的役割を果たされた元全生連会長の島田氏はこの「報告書」を見ずに突然他界された。改めて島田氏に哀悼と感謝の意を表しておかなければならない。

 「ナショナル・ミニマム大綱案」は、「ナショナル・ミニマム確立は急務」、「日本におけるナショナル・ミニマムをめぐる歴史的検討」、「国民生活の最低限を規定する生計費」、「生活破壊攻撃への対抗軸=ナショナル・ミニマムの枠組み」、「ナショナル・ミニマムを確立する運動課題」の5章で構成されている。

2.ナショナル・ミニマム確立は急務

 小泉・安倍自民党・公明党内閣によるすさまじい国民収奪政策は、憲法が保障している「健康で文化的な最低限度の生活」と人間の尊厳を曲がりなりにも支えてきた諸制度を破壊し、国民収奪制度に転化させているため、国民の生活破壊はかつて経験したことのない深刻な状態に陥っている。

 税制の民主的原則の破壊、医療・年金・介護・障害者支援制度や生活保護行政の改悪、未曾有のリストラ合理化の強行などによって、日本の貧困率はOECD加盟国中米国に次いで2番目となっている。これらのことは、自民党・公明党の悪政の下で深刻化する労働者・国民生活の全体的な落層化・貧困化の増大に対抗して、「健康で文化的な生存権」を確保し、雇用確保、解雇制限、失業救済、賃金・最低賃金保障、リビング・ウェッジ、公契約、最低工賃保障、自家労賃保障、生活保護、最低保障年金をはじめとした労働者、国民の生活・所得保障・給付水準の引き上げなどによるナショナル・ミニマム確立の課題が急務となっていることを示している。

 この「大綱案」では、ナショナル・ミニマムを憲法との関連で明らかにし、所得保障の問題にしぼって提起している。

3.歴史的検討

 戦前日本にはナショナル・ミニマムに値するものはなかった。社会の底辺に存在する「下層貧民」・生活困窮者の救済は権利としての生存権保障ではなく、天皇による恩恵的救済であった。それも天皇制政府が強行した帝国主義侵略戦争は、治安維持法によって国民から一切の権利を剥奪し、国民を軍事監獄に縛りつけ、戦費調達による国民生活破壊は想像を絶するものであった。

 しかし、天皇制政府が強行した帝国主義侵略戦争と半封建的寄生地主、独占資本の支配と搾取によって貧困にあえぐ勤労国民が展開した生活と権利向上運動を見落としてはならない。「米騒動」以降高揚する労働運動や農民運動、政治闘争が大きく発展した。こうした労働者・国民の運動を背景におこなわれた戦前の社会政策や国民生活問題研究が、敗戦直後に高揚する労働者・国民の生活擁護闘争を発展させる理論的・政策的準備のひとつともなったのである。

 戦後のナショナル・ミニマム確立にとって、日本国憲法制定過程での激烈な論戦を通じて確立された意義は決定的に大きな意味をもっている。憲法は、「前文」で「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意」し、9条で戦争放棄、戦力不保持、交戦権否認を内外に誓約したうえで、主権在民の立場から諸種の基本的人権を保障したのである。そして重要なことは、25条の生存権保障と27条の勤労権保障とが一体の概念として確立されていることである。

 こうして確立された生存権保障規定を、支配層は「プログラム規定」と責任回避をはかろうとしたが、1950年の新生活保護法の全面改訂によって25条は現実的な力を発揮したし、57年の朝日茂氏の行政訴訟以降、憲法の魂を活性化させ、25条の内容を具体化するためには、生存権を否定する攻撃とたたかわなければならないことを教えている。人権訴訟が各地で起きている今日この教訓はきわめて重要である。

4.国民生活の最低生計費

 25条の規定を具体化した実定法としては、労基法と最賃法および生活保護法などがある。これらの法律は、「健康で文化的な最低限度の生活営む」基準と水準は、それを支える最低生計費によって決まると規定しているが、この最低生計費は個別立法・制度ごとに算出・決定され、統一した基準で決定されるわけではない。これは法の下の平等を規定する憲法14条違反である。最低生計費は統一した基準と水準で保障されることが前提されなければならない。

5.ナショナル・ミニマムの枠組み

 健康で文化的な最低限度の生活を保障するナショナル・ミニマムの基準は、第1に肉体的生存の再生産を支える最低限度の所得保障が必要である。第2にそれは生存を維持するぎりぎりの所得保障であってはならず、精神生活面においても文化的で人間の尊厳を最低限度保障するものでなければならない。生活破壊攻撃への対抗軸としての憲法25条を具体化したナショナル・ミニマムの枠組は4つの柱がある。第1の柱はナショナル・ミニマムの構成要素である。第2の柱はナショナル・ミニマムの水準である。第3の柱はナショナル・ミニマムの財政保障である。第4の柱はナショナル・ミニマムの運営である。

 第1の柱であるナショナル・ミニマムの構成要素は3つある。その第1は実質可処分所得による最低生活保障である。この額を東京の標準4人世帯で試算すると月収38万円、年収460万円という水準になる。第2は生計費非課税、消費税廃止の原則である。第3は社会サービス、医療と教育無償、住宅費の公営住宅並み扶助を原則にすることである。

 第2の柱であるナショナル・ミニマムの水準をどこに求めるかという問題はきわめて論争的問題であるが、第1の柱で述べた3要件が満たされるならば、健康で文化的な最低限度の生活を維持する水準の基礎的条件ができたと考えている。しかしそれを具体化するうえでは国民共同での合意形成が不可欠であろう。

 第3の柱である財政保障問題では、米軍の指揮による海外で戦争するための憲法9条解体攻撃と結びついた労働者・国民の生活と権利破壊攻撃を防止し、軍事費を抑え、削減することが不可欠である。また税金の使い方をゼネコン型公共事業優先から国民生活のための福祉・社会保障優先に切り替えることなどを当然の前提として、4つのことが重要である。1つは、大企業に社会的責任を果たさせ、資本金10億円以上の大企業が溜め込んでいる250兆円にものぼる巨額な内部留保を社会的に還元させることである。第2は税制を累進課税による応能負担原則に戻すことである。第3は課税最低限を引き上げることである。第4は給与所得控除の上限を取り払うことである。

 第4の柱はナショナル・ミニマム基本法と運営・参加の問題である。ナショナル・ミニマムをどのように確立し、それをどのように運営していくかという課題は、国民共同の運動と政策の発展によって形成されていく問題であると考えており、詳細な青写真を議論することには禁欲的な立場である。しかし、国民共同強化・発展を願う立場から、イメージ的に提起しているので批判を仰ぎたい。

 そのため、現在憲法25条を基本法とする労基法、最賃法、生活保護法などが個別実定法ごとに異なった基準で運用されている弊害をなくすため、25条との関連を明確にした統一した基準で運用されるナショナル・ミニマム基本法をつくり、国民生活の最低限保障をおこなう必要があろう。その運営にあたっては、利害関係のある国民諸階層が参加できる制度的保障が絶対に必要である。

6.運動課題

 憲法25条がすべての国民に国の責任として保障する健康で文化的な最低限度の生活を実現するためには、財界・政府による労働者・国民に対する全面的な搾取と収奪攻撃に反対し、ナショナル・ミニマムを確立する国民共同の大運動を、9条破壊・憲法改悪反対、海外で戦争する国家体制づくり反対、平和と民主主義擁護、労働者・国民の生活と権利の改善・向上などを前進させるたたかいと結合してすすめることが重要である。

 そのため、最低賃金制度の改悪や生活保護制度の改悪など、個別ミニマム攻撃に反対し、労働者・国民諸階層の要求を前進させる運動と政策を相互に支えあい、共同して反撃していく必要がある。こうした国民共同は個別ミニマム攻撃の共通性と要求実現のための国民的運動の共通性と必要性を相互に学習し、確認しあうことになり、ナショナル・ミニマム確率運動を強固にすることになる。ナショナル・ミニマム確立にむけた国民共同を強化するうえで、生活実態の基づく最低生計費の国民共同の算定、国民的合意形成が重要である。それは国民諸階層が最低生計費の調査・分析運動と連動することで、確固とした土台をきずくことになろう。

 ナショナル・ミニマム確立のための国民共同の運動にとって、憲法25条に基づく諸要求実現のための対政府要求運動を、国民共同で強化することが必要であろう。

コメント1
小越 洋之助

 小越氏は、A4で8枚にわたる「報告書」の各論についても詳細コメントを加えたリポートを会場配布したうえでコメントをおこなった。

全体としてのコメント

 1) 文章の分量が多く、資料も多く、通読するのに苦労した。議論に参加した一員としてこのような感想だから、一般読者ではなおさらのこと、そのような印象があるだろう。タイトルも長すぎるし、内容の表示としても、よりよいタイトルがあったのではないか(例えば「ナショナル・ミニマム問題検討報告書―国民生活の最低限保障をめざして―」)。

 2) 総論で大きな問題提起があり、各論でそれぞれの領域で、主として所得保障に限定した問題提起がある。所得保障に限定していることは限界もあろうが、ある意味で分かりやすい。

 3) 各論では総論における国民生活のナショナル・ミニマムを分析対象としていることから、労働者だけでなく、国民諸階層(農業従事者、商工業者、年金生活者)の問題も取り上げている。また、Vとしてナショナル・ミニマムと社会運動として運動論も記述されている(ただし農業・商工業者の運動の記述がない)。このような労働者・国民諸階層を含めた展開は従来にはなく、画期的であると思う。

 4) 総論で提起されている論点と各論での提起とが不整合な箇所がある(例えば、III労働者のナショナル・ミニマム中の「社会的排除」論の総論部分での位置づけ不明)。

 5) 各論は、それぞれの執筆者が専門とする固有の分野の執筆である。もちろん共通性を意識した記述になっているが、対象領域、執筆者の固有性に影響され、総論との厳密な関連が今ひとつという印象がある。

「大綱(案)」について

(1)ナショナル・ミニマム確立の緊急性、その歴史的検討、戦後の生存権確立の運動分析にはまったく異存がなく、大いに学べた。いくつかの重要な指摘を挙げれば、(1)「憲法第25条と27条とは一体の概念として確立されている」(p.7)(2)労働基準法第1条は憲法「第25条を労働条件に具体化したもの」(p.8)(3)「最低限度の生活を満たすに十分なものであって、且つ、これをこえないものでなければならない」(生活保護法第8条)の規定を援用して、「健康で文化的な最低限度の生活を営む基準と水準はそれを支える最低生計費によって決まるとして、現在のように個別立法ごとにバラバラに決定すべきではなく、この最低生計費は労働基準法、最低賃金法、生活保護法などにおいて統一的な基準と水準で保護され」それが「最低生活基準の当然の前提条件」(p.9)としていることである。この報告書における大綱案のベースとなる重要な指摘である。

感想

 1.ナショナル・ミニマムをめぐる歴史的・理論的論点を体系的に展開した画期的な文書である。

 2.現実における実践的な課題を意識しつつ、現在の世界、日本の動向、学界での議論での複雑で多様な論点(例:福祉国家主体の評価)をも含めている。全体として学界の研究成果と実績の動向をかみ合わせ丹念にフォローして整理したもので、その水準はかなり高いと思う。

 3.これまで、実践家のなかでもナショナル・ミニマムの中身について曖昧な箇所があったと思われる。今回のプロジェクトではそれが整理され、それを踏まえたなかでの提言の重み、実践的意義も重要だと思う(「ナショナル・ミニマム大綱案」におけるナショナル・ミニマム基本法や最低生計費の必要性など)。

 4.章立てに今一つ工夫が必要であった。大綱案を冒頭に出す趣旨は理解できるが、後の章との関係、必然性が不十分だという印象がある。IIの3ナショナル・ミニマムをめぐる理論的問題(p.24〜31)は「ナショナル・ミニマムをめぐるイデオロギー状況」で一括すべきでなく、独立の章とすべき。構成はI.ナショナル・ミニマムをめぐるイデオロギー状況、II.ナショナル・ミニマムをめぐる理論的問題、III.ナショナル・ミニマム大綱案ということになるのではないか。

 5.ナショナル・ミニマム基本法を提起しながら、ナショナル・ミニマム基準を「歯止め」と表現している箇所(26および28)には違和感がある。

 6.提言中、課税最低限だけでなく、低所得者への社会保障の収奪基準(例:年間所得200万円台で国民健康保険料30〜40万円という異常さ)は各論で問題にされているが、総論でも位置づけておくべきであった。

 7.所得保障で展開した対象領域はこれだけか。例えば、

 1)公営住宅なみの補助の提示は、最近のワーキング・プア、貧困の増加においては、社会保障(社会手当としての家賃補助)と位置づける必要があるのではないか。

 2)一人親世帯などの貧困対策としての児童手当、児童扶養手当、就学援助費なども扱う必要があったと思う。

 8.最低賃金基軸論(黒川・小越)が想定する生活保護基準・最低年金の関係は、日本では最低賃金→(生活保護基準)→最低年金(最低保障年金)となると考える。

コメント2
唐鎌 直義

ナショナル・ミニマムの前提条件

 所得保障でナショナル・ミニマムを考えるということは大切な点である。住宅費、教育費をどのように考えるかで分析が変わってくる。これを加えると実質可処分所得も変わってくる。

 ナショナル・ミニマムの前提条件として、本来ならば医療サービス、住宅費、教育費などがある。社会的固定費をどうみるかという問題である。この要素をナショナル・ミニマムの前提条件として設定する必要がある。社会的固定費の増大で勤労国民の生活は圧迫されている。特に子育て世代は大変である。

 Positive liberalism(積極的自由主義)の考えで分析する必要がある。ラウントリーはミニマムを5人世帯で考えている。労働力の再生産費としてナショナル・ミニマムを考える必要がある。「大綱案」ではナショナル・ミニマムの個人単位化といっているが、本当にそれでいいのか。その考えではナショナル・ミニマムが切り崩されていくのではないか。標準世帯で見ることが重要である。

最低生計費について

 ナショナル・ミニマム超過論は昔からあった。ナショナル・ミニマムの最低生計費をいくらにするかという問題は大変難しい問題であるが、「大綱案」の試算で示されている月額38万円は34万円にしたほうがいいと思う。それはボーナスが入っているからである。

 そして、仮に最低生計費月額34万円とすると、ナショナル・ミニマム以下の世帯はどのくらいあるかということを試算してみると、全世帯の30%以下がナショナル・ミニマムの水準以下で生活を強いられているということなる。

 「大綱案」が生活保護の補足制原理を批判しているのは適切である。自立支援をどのように考えるのかが、ナショナル・ミニマム問題を考える今日的切り口になるのではないか。労働権や生存権は集団的権利として認められるべきであるという点を積極的に押し出していくことが重要である。

討  論

 久昌以明 最低保障年金はナショナル・ミニマムの三本柱の一つである。ナショナル・ミニマムに関する労働総研の報告書が出たのはいいことである。年金者組合として50冊購入して、普及もし、学習しているところである。

 「大綱案」は総論として読んだ。ナショナル・ミニマムの水準が具体的に数字として出されたことは大変重要なことだと思っている。その条件として、税金、社会保険料をどう見るのか、これらと社会保障との関係をどう見るのかなどの問題がある。

 本来ナショナル・ミニマムを前提とした場合、それが現実できていないので、所得保障が必要である。ナショナル・ミニマムとしてどのような社会を前提にするのか。現在の日本状態はそうなっていないから、こうするというようにまとめて欲しい。

 財源の問題を具体化して欲しい。学者・研究者が額を出すところに意味がある。運動団体と違うのだから研究所としてきちんと額を出して欲しい。予算を組み替えれば、財源は十分あるという計算が欲しい。その道の専門家の力を借りて、財源論を是非やっていただきたい。

 文章が難解であるので普及版を出すべきである。それは社会運動の力になると思う。

 井筒百子 「報告書」の10ページで標準4人世帯をなぜ出したのか。標準世帯は現実には存在しないといわれている。なぜ個人世帯を出さなかったのか。

 丹下晴喜 なぜ世帯単位という考え方を前提にしているのか、積極的に打ち出すべきではないか。再生産という観点からみればやはり社会の単位は個人ではなく、家族に置かれなければならない。もちろん現代では家族の形態は様々であると思うが、賃金が個人の能力や成果によってはかられるようになれば、社会の再生産は萎縮的傾向をもつ。労働力の再生産という観点からみても世帯賃金という考え方は重要である。

 伍賀一道 最賃1,000円という要求には子育て費用が入っていない。子育て費用は社会的に見るべきであるという論に立っている。プロジェクトが出した額はその点で説明が必要である。子育て費用は社会が見るとしておけば矛盾はしないのではないか。

 大木一訓 最賃の運動をやってきたが、あるべき額から出発するのは問題であるということははっきりしている。これだけの額が必要であるという一致した要求から出発することが重要である。要求から出発するということには、どういう社会をつくるのかという問題も含んでいる。時間軸をきちんと説明すれば分かるのではないか。

 小越洋之助 一体今後日本はどんな社会、国家を目指すのかという問題がある。グローバル化の下での国家とは何かという問題がある。いずれにしても労働力の再生産は社会的にやっていく。いままでは賃金で再生産をやってきたが、従来の賃金システムが崩されている。グローバル化の下での社会的枠組みの変化、転換が起きており、賃金・労働条件、生活を支える最低を規制しないと、展望が見えてこないという状況下で、ナショナル・ミニマムの提起は画期的であると思う。

 藤吉信博 「大綱案」は、最低生計費の一事例として東京の標準4人世帯の月収38万円を分析している。これが最低生計費であるという提起をしていない。安倍内閣が強行する生活破壊攻撃の特徴は、個別ミニマムに対する各個撃破攻撃である。これを国民共同の力で跳ね返していくことが重要である。その反撃する対抗軸としてナショナル・ミニマムが提起されている。反撃の土台としての生活実態、最低生計費を自ら明らかにする運動を通じて、ナショナル・ミニマムの国民合意をつくりあげることを「大綱案」は強調しているのではないか。

 大須眞治 今日出された積極的な意見を今後の研究活動に活かしていくことが重要である。常任理事会などでも討議して、来年度の活動計画に取り入れるべき意見は取り入れていきたい。報告者とコメンテーターに改めて感謝の意を表したい。

多変量解析による
「労働組合の活動実態と課題と展望」調査報告書(その2)
〜雇用形態・規模別分析の巻〜

村上 英吾

 前回(2007年2月号)はコレスポンデンス分析の特徴を紹介するために、回答者の「理想的な仕事」(問13)について、男女別・年代別に分析しました。今回は、雇用形態別・規模別に分析したいと思います。

 近年、雇用労働者に占める非正社員労働者の割合が高まっており、労働組合の組織拡大戦略において非正社員の組織化が大きな課題となっています。全労連も組織拡大強化・中期計画のなかで、組織的飛躍にむけた「4大目標」のひとつとして非正社員の組織化を挙げています。そこで今回は、正社員・非正社員の意識の違いについて分析します。また、とくに正社員については民間と公務とで意識が異なると考えられますので、民間(中小企業および大企業)と公務との違いにも注目したいと思います。

 はじめに、回答者の分布について確認しましょう。利用したのは組合員および未組織調査を合わせたデータです。回答者のうち、正社員(以下「正規」)が80.8%、非正社員(以下「非正規」)が19.2%でした。規模別に見ると従業員数300人未満の「中小企業」は21.3%、300人以上の「大企業」は14.6%、「公務」(国家・地方・市町村合計)は18.8%でした。非正規の内訳としては、最も多い「嘱託」が37.9%、「パート」が27.5%、「臨時」14.6%、「アルバイト」4.4%、「契約」4.1%、「派遣」2.9%、「個人請負」1.1%でした。規模別に見ると、大企業では「派遣」が6.6%とやや多く、「嘱託」25.5%が少なめですが、全体的な傾向に大きな差はありません。

理想的な仕事の条件

 次に、理想的な仕事の条件について見ていきましょう。全体として最も多かったのが「仲間と楽しく働ける」で4割、「健康を損なう心配のない」が3割強、「失業の心配のない」が3割弱、「専門知識や特技が活かせる」が2割強、「高い収入が得られる」と「世の中のためになる」が2割、「働く時間が短い」が1割強でした。これを、雇用形態別・規模別に集計し、コレスポンデンス分析によりその回答パターンをプロットしたのが図1です。

 コレスポンデンス分析は、集団ごとの回答パターンの類似性を距離に置き換えるという分析手法ですから、原点を中心に座標軸を回転させることが出来ます。そこで、図の意味が分かりやすいように回転させた軸を点線で示しました。この図から次のようなことが読み取れます。

 「中小正規」は原点付近にありますから、上記のような全体の平均に近い回答パターンであるということが分かります。雇用形態別に見ると、原点の左上方には「公務正規」と「大正規」がプロットされ、右下方には「中小非正規」と「公務非正規」がプロットされています。また、左方向には公務、右方向には大企業がプロットされています。したがって、縦方向は正規/非正規、横方向は公務/大企業という軸になっています。

 回答者集団の近くにプロットされている選択項目が、その集団の特徴的な回答です。右上方の「大正規」は「働く時間が短い」と「高い収入が得られる」の近くにあります。したがって、大企業正規労働者は、他の集団に比べてこの二つの選択項目を回答した割合が高いということを示しています。同様に、左上方の「公務正規」は、「世の中のためになる」と「専門的知識を活かせる」という回答が比較的多く、「中小非正規」と「公務非正規」は「失業の心配のない仕事」を重視しています。「大非正規」は「失業の心配のない」に近いですが、「中小非正規」や「公務非正規」とは多少離れていて、「高い収入が得られる」にも近い位置にあります。

 以上の結果は、次のように解釈できると思います。上下方向は理想の程度を表し、左右方向は理想の質を表しています。つまり、正規労働者は仕事に対する「理想」の水準が相対的に高く、非正規労働者の「理想」は非常にささやかなものです。また、同じく高い理想でも、大企業正規労働者は「短時間」や「高賃金」といった労働条件面を重視し、公務正規労働者は「世の中のため」や「知識を活かせる」といった仕事の内容面を重視する傾向が強いようです。

職場に対する満足度

 理想的な仕事の条件は、現在の職場に対する意識とどのように関係しているのでしょうか。この点について間接的に検討してみたいと思います。

 問14では仕事や生活に関する充実度・満足度について質問しています。このうち、「職場について」を「理想的仕事」と同様の方法で分析して、両者を比較してみましょう。設問では、各項目について「5:とても充実・満足だ」から「1:全く不足・満足だ」の5段階で回答してもらっていますが、ここでは1または2と回答したものを「不満足」としてその割合を集計したうえでコレスポンデンス分析をおこないました。

 まず全体的な傾向から見ていきます。図2の通り、不満足という回答が最も多かったのが「賃金について」の46.9%でした。次いで「仕事の内容、すすめ方(職種、配置、分担、きつさ、負担など)」36.6%、「人事(昇進・異動)・評価・査定」32.7%、「雇用の安定(定年、出向、肩たたき、再雇用)」21.3%、「職場の人間関係」が16.1%でした。

 次に、職場の不満足に関する雇用形態・規模別の回答パターンの違いを分析したのが図3です。分析結果は、理想の仕事ほどは明確ではありませんが、ある程度説得的な結果が出ています。ここでも分かりやすいように座標軸を左に45度ほど回転させると、雇用形態別には、左上方が非正規、右下方が正規に分かれます。設問項目に関しては、左下の「雇用の安定」から右上の「人事・評価」まで、基本的な労働条件から、仕事の内容や質的側面に関する項目へという順番に並んでいます。「賃金」は全ての雇用形態・規模で不満足の割合が同じくらい高かったので、図の原点付近にプロットされています。

 この図でまず目を引くのが、非正規は全体的に「雇用の安定」の近くにプロットされており、したがって、この点に関する不満足度が高いという点です。ただし、同じ非正規でも公務および中小企業と大企業とは距離があります。これは、大企業非正規は、「賃金」や「人事・評価」に関する不満足の割合が他の非正規に比べて高かったためです。

 「公務正規」は「人事・評価」に近く、かつ「雇用の安定」からは遠く離れていますから、「雇用の安定」に関する満足度は高く、仕事の質的側面に不満を持っていることが伺えます。また、「中小正規」と「大正規」は「賃金」「人間関係」「仕事の内容」とほぼ同じ距離にあり、これら項目に関して他の集団より不満足の割合が高いことが分かります。

理想的な仕事と職場の不満

 最後に、理想的仕事と職場の不満に関する回答を比較してみたいと思います。二つの設問は、項目や回答方法が完全に対応しているわけではないので、直接的な比較は難しいのですが、だいたいの傾向はつかめると思います。

 すでに見たとおり、全体として理想的な仕事の条件としてもっとも重視されるのは「仲間と楽しく」という条件でした。これに対して「人間関係」が不満足とした割合は16.1%でしたから、この点では満足度が比較的高い、ないしは不満足度が低いと言えそうです。

 「失業の心配のない」という条件を理想としている人は3割ほどですが、「雇用の安定」を不満足としたのは2割でした。ただし、この点については、後に見るように雇用形態別に大きな差があります。

 「専門知識や特技が活かせる」や「世のためになる」は20〜25%でしたが、「仕事の内容」が不満足とした人は35%でしたから、この点に関する満足度は相対的に低いようです。

 「高い収入が得られる」を理想とした人は2割でしたが、「賃金」が不満足とした人は約半数います。ここから、賃金に関して高望みをしている人は多くないけれど、多くの人が現在の賃金水準に満足していないことが分かります。

 では、以上の点を雇用形態・規模別に見ていきましょう。まず、非正規労働者は、理想の仕事として「失業の心配がない」という条件を選んだのが40%前後で、正規労働者(25%前後)よりも15%ポイントほど高く、職場の満足度のうち「雇用の安定」を不満足とする割合も40%前後で、正規(10〜20%)より20〜30%ポイント高くなっています。これを、現状(不満足)→理想という方向で解釈すると、問13は「理想の仕事」というよりも、むしろささやかな「希望」といえるかもしれません。せいき労働者の場合は、相対的に雇用の安定が確保されているので、より高水準の仕事の質を理想としていると考えられます。

 同じ非正規でも、大企業の非正規だけは、中小非正規や公務非正規と多少異なった回答パターンでした。理想の仕事に関しては、「失業の心配なし」のほかに、「高い収入が得られる」とする割合が相対的に高く、職場の満足度についても「賃金」や「人事・評価」を不満足とする割合が他の非正規より10%ポイントほど高くなっています。大企業の非正規労働者は、正規労働者との賃金格差が大きいために、これらの点を不満足と感じ、理想の仕事の条件とする割合が高めになるのかもしれません。

 他方、大企業の正規労働者は、「短時間労働」や「高収入」という実利的な側面を理想の条件とする割合が高かったのですが、「賃金」に対する不満足の割合は平均的で、「仕事の内容」を不満足とする割合が高めでした。

 公務正規労働者は、理想の仕事の条件として「専門知識や特技が活かせる」や「世のためになる」をあげる割合が高いのですが、他に比べて全体的に不満足の割合が低いなかで、「人事・評価」が高めに出ています。これは、専門知識や能力を発揮したいけれどそのような職場に配属されない、あるいは発揮しているけれどそれが正当に評価されていないと感じている人が少なくないことを示しているのかもしれません。

まとめ

 今回は、理想の仕事の条件と職場に関する満足度(不満足度)について、雇用形態別・規模別の違いについて分析しました。分析の結果、全体としては同じような傾向をしているとはいえ、正規と非正規、公務と民間では、理想とする仕事の条件、職場に関する満足度(不満足度)ともに、とくに雇用の安定という点で、正規と非正規とで大きな差がありました。また、同じ非正規でも回答パターンに差がありました。

 ここまでの分析では、理想の仕事や職場に関する満足度をめぐるこのような「温度差」を2次元の図で表現したに過ぎません。そのような「温度差」を受け止めながら、どのように具体的な労働組合運動を展開していくのがよいのかについては、さらに検討が必要でしょう。

(むらかみ えいご・理事・日本大学)

グラフ
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神尾京子著『家内労働の世界―経済のグローバル化における家内労働の再編―』刊行される

 表記の著作集が、故神尾京子会員の一周忌にあたる5月3日、労働総研編で学習の友社から刊行された。著作集は、3部構成で、第1部は論文編、第2部は女性白書編、第3部はエッセイなどである。著作集の特徴などについては、同書の「編集を終えて」に詳しく記述されているので参照していただきたい。

 なお、ILOの好意により、神尾会員がILOの出版物Action Programmes for The Protection of Homeworkers. Ten case-studies from around the world(Copyright©1995 International Labour Organization)に執筆していた論文The Kyoto Homeworkers' Friendship Association-Japanを掲載することができた。

 神尾氏の家内労働研究は、ITを技術的基礎にした在宅勤務を家内労働の再編形態として分析するなど、きわめて現代的問題を分析・研究しており、是非一読をお勧めしたい。

産別会議記念労働図書資料室

 06年6月1日、財団法人全労連会館設立5周年を記念して、全労連会館と労働総研が共同で運営する産別会議記念労働総研資料室が設置された。この資料室に日本福祉大学所蔵の堀江正規文庫を移管されることにともない、内容の拡充にふさわしく名称を産業別労働組合会議記念・労働図書資料室と変更した。

 堀江文庫移管の交渉のため、5月8日、大木一訓労働総研代表理事、藤田廣登全労連会館常任理事および藤吉信博労働総研事務局次長が、日本福祉大学を訪問し、小泉純一同図書館長、岡崎佳子図書館課長と懇談し、「『堀江文庫』運用管理委託契約書」を作成し、8月を目途に具体的な移管をおこなうことが確認された。

労働運動総合研究所新事務所のお披露目

 5月18日午後6時から、労働総研の新事務所のお披露目がおこなわれた。参会者は50名をこえて盛況であった。

 参会者は新事務所を見学した後、研究所近くの懇親会場に場所を移し、大木一訓代表理事の開会挨拶に引き続いて、小林洋二全労連会館理事長、佐藤幸樹全労連常任幹事、浦田宣昭日本共産党国民運動委員会責任者などからお祝いの挨拶があり、編集委員会を代表して安藤実静岡大学名誉教授より故神尾京子会員の紹介がおこなわれ、黒川俊雄労働総研顧問の乾杯の挨拶で、参会者一同和やかに懇談した。

第4回常任理事会報告

 労働運動総合研究所2006年度第4回常任理事会は、大木一訓代表理事を議長に、2007年4月14日13時30分〜17時まで、全労連会館3階会議室で開催された。

I 報告事項

 藤吉信博事務局次長が以下の報告事項について報告し、議論の結果承認された。

1)「すべての労働者に1,000円以上の最低賃金を支給せよ―《試算》最低賃金アップが「日本経済の健全な発展」をもたらす―」の労働総研見解を、07年2月26日、牧野代表理事、木地研究員が記者発表した。2)3月4日から11日まで、ホワイトカラー・エグゼンプションのためアメリカで調査活動をおこなった。3)法人化問題について東京法律事務所と具体化の作業に入っている。4)3月18日、解放運動無名戦士追悼集会に参列し、青山墓地の解放無名戦士の墓に故神尾京子会員を合葬した。5)3月26日、労働法制中央連絡会決起学習会に参加し、ホワイトカラー・エグゼンプション問題で発言した。6)3月31日のプロジェクト・研究部会代表者会議経過について、7)3月31日の「研究交流集会=ナショナル・ミニマム大綱案をめぐって」について、8)プロジェクト・研究部会活動状況について、9)会員の動向について、10)出版物の刊行状況について、11)企画委員会・事務局活動について。

II 協議事項

 1)入会の申請について事務局次長より提案があり、討議の結果承認された。2)研究所の社団法人化について事務局次長より報告があり、討議の結果、提案通り確認された。

 3)2007年度定例総会議案について、大須眞治事務局長より提案され、討議の結果、企画委員会で詳しいレジメを作成し、6月2日の第5回常任理事会で議論したうえで、同日開催される第1回理事会で討論することが確認された。

 4)ホワイトカラー・エグゼンプションのアメリカ調査団報告会の開催について、事務局次長より提案があり、討論の結果、参議院選挙後におこなうことを確認した。5)5月18日、研究所の新事務所のお披露目をおこなうことについて、事務局次長より提案があり、討論の結果、提案通り確認された。6)関西圏産業労働研究部会より研究成果の発表について問い合わせがあったことについて、事務局次長より報告があり、研究所の調査研究活動の成果発表は研究所の機関誌等で発表することを原則として、個別具体的に検討していくことが確認された。7)産別記念労働総研資料室の整備・拡充の一環として、日本福祉大所蔵の堀江正規文庫を同大学から産別記念労働総研資料室に移管する案件について、大木代表理事より提案があり、討論の結果、名称を内容の充実にふさわしく産業別労働組合会議記念・労働図書資料室に変更し、提案の方向で交渉を進めることが確認された。8)神尾京子会員財産遺贈と著作集について、9)『世界の労働者のたたかい2007』について、事務局次長より提案・報告があり、討論の結果、提案通り確認された。

3〜4月の事務局日誌

3月4〜11日 ホワイトカラー・エグゼンプション米国調査
  9日 日高教第23回定期大会へメッセージ
  18日 故神尾京子会員の解放運動無名戦士追悼集会・合葬(大須・藤吉)
  26日 労働法制中央連絡会決起集会(藤吉)
  29日 NTTリストラ裁判判決報告集会(熊谷)
  31日 プロジェクト・研究部会代表者会議
4月13日 第6回企画委員会
  14日 第4回常任理事会
  27日 第7回企画委員会

3〜4月の研究活動

3月9日 関西圏産業労働研究部会─調査について
  12日 賃金最賃問題検討部会─自治体における成果主義賃金導入の背景・実態・労働組合の対応
  19日 女性労働研究部会─賃金の男女格差是正の要求について
  31日 研究交流集会―ナショナル・ミニマム大綱をめぐって
4月5日 国際労働研究部会─世界の労働者のたたかい2007
  6日 「新自由主義的展開に対する対抗軸としての労働政策の研究」プロジェクト
  9日 賃金最賃問題検討部会─商社における成果主義賃金の現状と問題点
  25日 女性労働研究部会─雇用における女性差別と労働ビッグバン
  28日 「21世紀労働組合研究」プロジェクト