労働総研ニュースNo.202号 2007年1月



目   次

・新しい年を迎えて
 歴史的に重要な岐路に立つ2007年
   国民本位の政治実現へ主権の行使を
・日本経団連「経営労働政策委員会報告」批判
 ―「“御手洗”イノベーションは何をめざすのか」




新しい年を迎えて
  歴史的に重要な岐路に立つ2007年  
国民本位の政治実現へ主権の行使を

代表理事 大木 一訓
代表理事 熊谷 金道
代表理事 牧野 富夫
事務局長 大須 眞治


改憲を公然と掲げて登場した安倍政権

 ポスト小泉として誕生した安倍政権は、「構造改革」路線の継承と戦後の歴代内閣で初めて憲法改悪を自分の任期中の任務として掲げて登場しました。

 そして政権発足直後の臨時国会では、憲法と表裏一体をなし戦後の民主教育の土台を形成してきた教育基本法に、「愛国心」教育や国家統制強化を盛り込み、その基本理念を根本から覆す全面改悪案を広範な国民世論を押し切って強引に成立させました。さらには「専守防衛」をかなぐり捨て海外派兵を自衛隊の本来任務とし、防衛庁を「防衛省」に昇格させる法案も与党と民主党の賛成で成立させました。タウンミーティングによる「世論捏造」や郵政民営化反対議員の復党問題、税調会長をめぐるスキャンダルなど、安倍政権への批判の高まりと内閣支持率低下にもかかわらず、自民党が結党以来の歴史的課題とする憲法改悪の露払いとしての重大な法案が相次いで成立させられたのがこの臨時国会の最大の特徴でした。法案としては成立しなかったものの、改憲の具体的準備としての「国民投票法案」についても与党と民主党との間で合意に向けての「すり合わせ」がすすんでいます。

 すでに、安倍首相は07年年頭の記者会見において、「憲法改正をぜひ私の内閣でめざしていきたい」として、次期通常国会での改憲手続法の成立を期すと同時に改憲問題を7月予定の参院選の争点とすることを強調しています。こうした改憲策動、憲法第9条を変えようとする策動は、国民の合意もなしに地球的規模に拡大した日米同盟を口実に、日本をアメリカの「力による世界支配戦略」にくみこみ、集団的自衛権の行使=海外での武力行使が公然とできるような日本をめざすものです。

 しかし、こうした改憲策動はイラク戦争を強引におしすすめ一国覇権主義・単独行動主義として国際的にも孤立を深めているアメリカへの追随をいっそうつよめ、国連を中心に国際紛争の平和的な解決を求める国際世論にも逆行する流れであり、すでに5600を超えている全国各地の「9条の会」に象徴される平和を願う広範な国民と安倍政権との矛盾をより拡大させることは必至です。

深刻さ増す新自由主義的「構造改革」の矛盾

 日本経済の現状については、「いざなぎ景気」を超える景気拡大が言われていますが、多くの国民が「景気回復」を実感できないでいます。「いざなぎ景気」の時には国民総生産も労働者の賃金も4倍を超える拡大・伸びが記録され、多くの労働者・国民もそれなりに景気拡大を実感できました。しかし、今回の「景気回復」では共に横ばいに留まっているのにトヨタなど大企業が史上最高益を更新しているのが今回の「景気回復」の特徴となっています。いうなら徹底したコスト削減で労働者・国民を犠牲につくりあげられた「リストラ景気」というのが今日の日本経済の状況といえます。だからこそ、多くの国民が「景気回復」を実感できないのです。それどころか、「構造改革」の名による社会保障の連続的改悪と増税により、「富めるもの」と「貧しいもの」、「強者」と「弱者」などの二極化がすすみ、圧倒的多数の労働者・国民のなかに「貧困と格差」が拡大しています。その原因・背景に自公政権と財界・大企業がすすめる新自由主義的「構造改革」規制緩和があることは、いまやマスコミでも「格差の源流に迫る」(毎日)、「検証 構造改革」(朝日)、「ワーキングプア 働いても働いても豊かになれない」(NHK)などの特集報道でその具体的実態と問題点が社会的にも指摘されているとおりです。

 財界・大企業の総本山である日本経団連は、憲法第9条の改悪を公然と主張しながら、新春に公表した「希望の国、日本」(御手洗ビジョン)でも、自らが労働者や国民のなかにつくりだした「貧困と格差」に何の自覚ももっていないどころか、大企業を中心とした経済成長をさらにすすめることが「貧困と格差」を解消する道であるかのような厚顔無恥な主張さえおこなっています。そして、際限のない搾取強化と労働者の権利抑制にむけて「ホワイトカラー・エグゼンプション」の導入や使用者による労働条件の一方的不利益変更の合法化、派遣労働に対する規制撤廃など労働諸法制のさらなる改悪を政府に要求しています。しかし、財界・大企業のこうした利潤第一主義は、企業利益拡大の一方で製品の品質低下や安全軽視による事故の多発などのモラルハザードを引き起こし、労働者の「貧困と格差」拡大、メンタルヘルスの悪化などは、労働者の企業への忠誠心を喪失させているなど、企業の経営基盤そのものを揺るがしかねない事態をもつくりだしています。国際的に見てもアメリカ型の新自由主義的・市場原理主義への批判が各国に大きく広がり、中南米でアメリカと決別する左翼政権が連続的に誕生しているように、その転換や軌道修正を求める国際政治の流れがつよまっています。

 にもかかわらず、安倍政権は「構造改革」・規制緩和を継続することを基本に、企業減税など大企業の利潤拡大支援策をより強化する一方で、労働諸法制や生活保護など社会保障制度のさらなる改悪を労働者・国民に押し付けようとしています。

 こうしたもとで、新自由主義的「構造改革」路線や大企業の横暴に対する社会的批判をつよめ、国民生活の最低保障としての最低賃金制度の抜本改善や生活保護制度の拡充、最低保障年金制度の確立などナショナル・ミニマム確立をめざす国民的共同の前進と広範な世論結集にむけて労働総研に参加する研究者の役割発揮が重要になっています。また、通常国会は、「労働国会」といわれるほど多くの労働関係法案が国会に上程されようとしており、この分野でも悪法の成立阻止と実効ある法改正の実現に向け全労連などと連携して労働総研らしい力の発揮が求められています。

労働者・国民の主権行使で明るい未来を

 あくなき利益追求をめざす財界・大企業は、政治献金をつうじて与党と利益誘導の関係をつよめているばかりでなく、各省庁の上に君臨する経済財政諮問会議などをつうじて直接的に政治や行政に介入しています。この間の「構造改革」・規制緩和がわが国の財界・大企業の圧力ばかりかアメリカの対日圧力によりすすめられてきたことは、金融機関の不良債権処理や郵政民営化、労働諸法制の連続的改悪をめぐる経過からも明確にされていることです。

 主権者である労働者・国民を足蹴に「政治ジャック」をつよめ、いまや改憲まで公然と主張する財界・大企業とこれに支援された自民党政治をこれ以上続けさせるのかどうか、その決定権を持つのは主権者である一人ひとりの労働者・国民です。今年は地方政治と国政にとってその進路を決定づける重要な政治戦が春から夏に予定されています。悪政の阻止と主権者である労働者・国民が大切にされ未来に希望の持てる社会への足がかりを築く絶好のチャンスとしてこの政治戦を重視する必要があります。

 青年が未来に希望の持てない社会の継続を許すのか、生活保護改悪など高齢者や社会的弱者ほど虐げられるような社会の継続を許すのか、残業代も払わず長時間・過密労働で過労死を助長するような社会を許すのか、低賃金・無権利で労働者を消耗品のようにこき使う社会を放置しておくのか、消費税増税やサラリーマン増税など大増税を許すのか、米軍基地の再編強化など日米軍事同盟の強化を許すのか、そして何よりも日本を「戦争のできる国」に変える憲法改悪を許すのかどうか、等々。労働者・国民と政治の間には、日本の現状と将来の基本にかかわるいくつもの政治的争点があります。

 07年は、主権者である私たち労働者・国民一人ひとりが政治とどう向き合うのか、いっせい地方選や参院選をつうじて歴史的にも重要な岐路でどのような未来を選ぶのかが問われる年になろうとしています。悪政の具体的実態と問題点を社会的に明らかにしながら労働者・国民の主権行使で明るい未来が切り開ける07年にするために大衆運動と研究者が一体となって力を合わせて奮闘しましょう。


日本経団連「経営労働政策委員会報告」批判

──「“御手洗”イノベーションは何をめざすのか」

藤田 宏

 日本経団連(経団連)は、12月19日、「経営労働政策委員会報告 イノベーションを切り拓く新たな働き方の推進を」(以下、「報告」)を発表しました。ことしの「報告」は、会長が交代したこともあり、“御手洗色”がどう打ち出されるか注目されました。

 昨年5月の経団連第5回定時総会で、新会長に選出された御手洗氏は、「INNOVATE 日本」と題した就任あいさつをおこない、奥田前会長が示した「『活力と魅力溢れる日本をめざして』(『奥田ビジョン』)の路線を踏襲」すると同時に、「『INNOVATE 日本』を旗印に、復活の萌しを見せております経済の活力をさらに強化するとともに、日本を内外の人々にとって魅力あふれる『希望の国』とするために全力を挙げて取り組む」ことを強調しました。“御手洗経団連” は、「奥田ビジョン」から何を踏襲し、イノベートを旗印に日本の経済・社会をどこに導こうとしているのでしょうか。

 その回答の一つが、今回の「報告」です。「報告」は、(1)企業を取り巻く環境の構造的変化、(2)経営と労働の課題/国・企業の競争力の強化に向けた課題、(3)企業活動を促進するための環境整備、(4)諸課題に対する経営者の姿勢──の4部構成になっています。その特徴は、例年の報告と比べて、当面する経営と労働の課題に焦点があてられ、「社会システム」や国の焦点となっている政治課題や長期的展望についての記述が少ないことです。それは、「報告」から半月遅れで発表された「希望の国、日本」(07年1月1日)と題した“御手洗ビジョン”で展開されているという事情もあるのでしょう。ですから、「報告」を分析するうえでも、「希望の国、日本」を前提にしながら、「報告」の主要な論点を見る必要があります。

1 「奥田ビジョン」のゆきづまりと日本財界の焦燥感

 “御手洗路線”は、「奥田ビジョン」の何を引き継ごうとしているのでしょうか。この点を明らかにすることなしに、“御手洗路線”の全容と、今回の「報告」のねらいを浮き彫りにすることはできません。

 「活力と魅力溢れる日本をめざして」(「奥田ビジョン」、2003年1月1日)は、「東アジアの連携を強化しグローバル競争に挑む」として、「日本は、『アジア自由経済圏』構想の実現に向け、強いイニシアチブを発揮していく」ことをうたいました。そして、「政治と経済は、『活力と魅力溢れる日本』を実現する車の両輪」と位置づけ、経団連は「政治と緊張関係を保ちながら、21世紀の国際制度間競争に勝利する日本をつくる」と宣言しました。これを契機に、経団連は、新自由主義的経済路線をひた走る小泉内閣の経済財政諮問会議や規制改革・民間開放推進会議などに、財界メンバーを送り込んで積極的にその路線を促進してきました。

 経団連は、「奥田ビジョン」にもとづく「わが国の基本問題を考える──これからの日本を展望して」(2005年1月)で、「これまで(経団連として)触れてこなかった外交・安全保障や憲法などについて」の見解をまとめました。そこでは、「東アジア地域全体の安定を維持するためには、今後とも、日米安全保障体制を維持・強化させていくべき」であり、日本の自衛隊の役割についても、「国際社会と協調して国際平和に寄与する活動に貢献・協力できる」ようにすると同時に、「集団的自衛権が行使できないということは、わが国として同盟国への支援活動が否定されることになり、国際社会から信頼・尊敬される国家の実現に向けた足枷となっている」として、憲法第9条改悪を公然と提起しました。ここには、憲法を改悪して、自衛隊がアメリカ軍と一緒に軍事行動を取れるようにして、日本の財界がアメリカと協力して、日米軍事同盟を背景に「アジア自由経済圏」を確立して、その盟主になろうとする野望が示されています。

 日本の大企業は、こうした財界戦略にもとづいて、東アジアに進出し、多国籍企業化をすすめてきました。その最大のねらいは、東アジアの低賃金無権利労働者の活用と資源の収奪による利潤の拡大でした。経団連意見書「アジア地域における労使関係」(03年7月)は、労使紛争を起こさないための小手先の方策は並べ立てていても、進出先国の利益や国民・労働者との「共存・共栄」をめざす見地はまったく欠落しています。日本企業が進出先国でどれだけ大もうけができるかという視点だけが貫かれているのです。

 「奥田ビジョン」は、新自由主義路線に反対するユーラシア大陸中央部、ラテンアメリカなど、世界各地で前進する自主的な平和共同体づくりの動きと逆行するものです。東アジアでも、主権尊重、対等平等、内政不干渉、民主的な関係という理念にもとづくASEAN諸国を中心にした「東アジア共同体」づくりが着実に前進を開始しています。当然、こうした世界の流れに逆行する「奥田ビジョン」は、国際的に重大な矛盾とゆきづまりに直面することになります。

 「報告」は、「東アジア諸国は総じて、引き続き着実な発展を遂げている。特にASEAN域内における水平分業が進んでおり、経済連携、さらには経済統合の動きも生じている。日本に対してアジアにおける経済発展のイニシアチブを求める声も内外に強いが、中国を中心にした経済統合の動きに押されている感は否めない」と述べています。ここには、「奥田ビジョン」に示された「アジア自由貿易圏」構想とはまったくかけ離れた自主的な経済共同体づくりが、ASEAN諸国を中心に中国も加わって進められていることに対する日本の財界・大企業の“焦燥感”が示されています。

 それだけではありません。「報告」は、世界各国市場で、日本の多国籍化した大企業が“孤立”していることも明らかにしています。BRICs諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国)の人口は、「合計28億人を越え」、「消費市場として巨大な可能性を秘めて」いるが、「日本の対応は、中国を除いて後手に回っている」。EUは「4億人超の巨大な経済圏を作り上げた」が、「日本企業のEU域内における存在感は薄く、この大きな変化の潮流が日本では見過ごされて来た感がある」。

 どうしてこうなったのか。日本政府も財界も、世界の平和をめざす共同体の大きな流れに背を向けて、「一国覇権主義」を唱えるアメリカに追従し、政治的にも、経済的にも、アメリカいいなりの政策をとっていることに、その根本的な問題があることは明白です。

 ところが、“御手洗経団連”は、「奥田ビジョン」に示されているアメリカ追随の政治・経済路線の変更を毛頭考えません。“御手洗ビジョン”でも、「日本は、日米同盟を基軸としつつ、戦略性をもって外交・通商・経済協力政策を展開」すると、「奥田ビジョン」継承を明確に打ち出しています。

 「報告」は、この根本問題には手を触れず、日本の財界・大企業の国際的な孤立化、ゆきづまりの現状を打開するキーワードとして「企業の競争力」強化を打ち出しています。「企業の競争力」さえあれば、日本企業は、たとえ、日本が政治・外交的に孤立しても、どの市場にも食い込んでいけるというのです。実際、“御手洗ビジョン”は、「平和の東アジア共同体」形成の課題にはまったくふれずに、東アジア全域にEPA(経済連携協定)を締結せよという要求だけが突出しています。

 御手洗会長は就任あいさつで、「個人も、企業も、政府も、一体となって、経済と社会の両面で『INNOVATE 日本』を進め」る必要があるとのべていますが、「報告」は、「企業競争力」強化のために、「個人も、企業も、政府も、一体となって」取り組めという主張で貫かれています。それが、“御手洗経団連”がめざす「INNOVATE 日本」の大きな柱の一つなのです。

2 競争力強化のためのイノベーションと「柔軟な働き方」

 「報告」のタイトルは、「イノベーションを切り開く新たな働き方の推進を」です。一読しても何が言いたいのかがよくわかりません。「イノベーション」と「新たな働き方」の関係について、「報告」はどういっているのでしょうか。「報告」は、「絶えざる技術革新と経営革新および高コスト体質の改善に取り組むなど、イノベーションに邁進し、競争上の優位を築いていかなければ、世界市場の中で生き残ることが困難である」と述べます。つまり、イノベーションとは、企業競争力の強化ということです。そして、「イノベーションの原動力は人材の力である」と強調します。しかし、「報告」は「人材の力」が、企業競争力の原動力だといいながら、反対に人材力を衰退させる、徹底した搾取強化の方向を打ち出しているのです。

 「報告」は、「ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)」のとれた「新しい働き方」こそが、労働者と企業のニーズを満たし、「人材の力」を発揮する道だと主張します。そして、その「新しい働き方」とは、「多様な人々の就労参加」と「柔軟な働き方」だというのです。新たに「就労参加」する「多様な人々」とは、「出産・育児を理由に退職した女性」、大量退職した団塊世代などの「高齢者」、「外国人」などです。そうした「多様な人々」に就労機会を提供するのが「柔軟な働き方」です。「さまざまな雇用形態のもとで、労働時間、休業・休暇、就労場所等の就労条件を柔軟化させることによって、企業は人材の確保と仕事の効率化、従業員は自己の仕事と生活を調和し、多様なライフスタイルの実践が可能になる」といいます。

 「報告」は、「ワーク・ライフ・バランス」のとれた「柔軟な働き方」によって、労働者の仕事と生活がバラ色になるかのように描いて見せますが、「柔軟な働き方」の労働条件には絶対にふれようとはしません。財界が推奨する「柔軟な働き方」の一つで、最近急増している派遣労働者の賃金は正社員の平均賃金(453万円)にたいして、213万円と約2分の1ときわめて低水準です。財界はこの現実をよく知っており、派遣労働者は「多様なライフスタイル」を謳歌できるとは絶対にいえないから、口をつぐむのです。

 「柔軟な働き方」のねらいは、「企業は人材の確保と仕事の効率化」にあることは明白です。安上がりでいつでもクビが切れる「柔軟な働き方」をする労働者を確保することによって、「仕事の効率化」をすすめているのが実態だからです。1995年からの10年間で、大企業の経常利益は13兆9,049億円から、29兆4,326億円へと2倍以上にふくれあがりました。それと比例して、非正規労働者は、1,001万人から1,633万人へと1.6倍になっています。いかに、非正規労働者を酷使して「仕事の効率化」をすすめたかがわかります。

 この雇用形態の多様化が、日本の財界・大企業の資本蓄積の重要な手段の一つとされてきましたが、「報告」は、国の政策も動員してそれをさらに大々的に推進しようとする意図を露骨に示しています。「労働関連の規制改革の推進」がそれです。

 「報告」は、労働者派遣法について、「派遣期間制限や一定の期間を経た派遣労働者に対する雇用申し込みの義務については……撤廃すべき」と主張し、「現場の実態に即した見直し」を要求しています。ここには、いま社会的に大問題になっている大企業の偽装請負を合法化して、派遣・請負労働者を企業にとっていっそう「効率的」に活用できるようにしようとする大企業の露骨な要求がむき出しの形であらわれています。

 「報告」はまた、ホワイトカラー労働者に対して、「働く人が生活と調和させつつ、仕事を自律的に裁量して成果を上げることを目的とする制度」として、「労働時間等規制を適用除外する制度」の導入を要求しています。そして、「報告」は、わざわざこの制度は「時間外割増賃金の抑制を意図したものでない」と“弁解”までしています。

 しかし、日本経団連がかねてから要求していた年収400万円以上のホワイトカラー労働者に、この制度が適用されることになると、労働総研の試算でも、労働者一人あたり年間114万円の残業代が支払われないようになります。ホワイトカラー労働者が残業をするのは、なによりも「業務量が多すぎる」からです。自動車の設計職場などでは、原価低減が至上命令になっていて、サービス残業をしてやっとできる計画を出しても、さらに2〜3割削減せよという指示が出され、結局、設計労働者は、年休はもちろん週休もまともに取れず、長時間・過密労働を強いられています。そうした部門では、36協定で年間600〜750時間の残業時間が組み込まれています。そして、残業の上限が来ると、サービス残業が日常茶飯事になるというのが職場の実態です。そうした形で労働者を酷使しておいて、どうして「仕事と生活が調和」できるような働き方ができるのでしょうか。「仕事と生活の調和」ができる制度が「ホワイトカラー・エグゼンプション」といっても、だれも納得しないでしょう。年間600〜750時間も残業をする労働者の残業代をカットできる制度が「ホワイトカラー・エグゼンプション」にほかなりません。「報告」が、どんなに「割増賃金抑制を目的していない」といっても、それは通用する論理ではありません。

3 企業競争力強化のためのイノベーションへ国の支援もとめる

 「報告」は、企業競争力強化のイノベーションのために、労働者に「柔軟な働き方」を強制するだけでなく、国の政策も動員しようと、主要課題を列記しています。「企業が活動しやすい環境の整備が必要」であるとして、(1)「科学技術立国の推進」、(2)規制改革の断行、(3)税制の改正、(4)対外政策の強化、(5)外国からの企業のさらなる誘致などがそれです。

 どれも企業の手前勝手な要求を並べたてたものばかりです。たとえば、税制改革では、わが国の法人実効税率は諸外国と比べて「高止まりの様相を呈している」として、「法人実効税率の引き下げを要求」しています。それが、「企業競争力」強化に不可欠だというのです。“御手洗ビジョン”では、「法人税の実効税率を30%程度の水準」にせよと要求しています。そうすれば、2兆円の経常利益をあげているトヨタ一社だけで1,000億円の減税になります。その一方で、「2011年度までに消費税率を2%程度引き上げ」、「12年度以降は消費税率に換算して3%程度の増税が必要」と主張しています。要するに、消費税率を10%にまで引き上げて、法人税率引き下げ分をカバーせよという厚顔無恥な要求です。

 対外政策では、アジアや開発途上国の経済成長を日本の大企業の利益に取り込むためのEPA(経済連携協定)やFTA(自由貿易協定)の締結の推進をうたい、「自由貿易体制の維持は日本にとって死活問題」とまでのべています。「報告」ではふれていませんが、“御手洗ビジョン”では、経済協力(ODA)は「友好的な2国間関係の維持、安定した経済活動を通じた繁栄などに向けた、有力な外交手段である」として、ODA予算の増額を求めています。ODAそのものについては、「国連ミレニアム宣言」を受けて、作成されたミレニアム開発目標で、ODAを対GNI(国民総所得)比0.7%を目標にすることが掲げられています。しかし、それは“御手洗ビジョン”でいうような「2国間関係の維持」というような目的ではなく、先進国が開発途上国の貧困や飢餓などを解消するために援助・支援することを目的としたものです。それを多国籍化する大企業が海外進出し、開発国の成長を大企業の利益に取り込めるようにしろという要求です。国の予算を自らの利益のために利用しようとする“御手洗経団連”の異常なまでの利益至上主義が、ここでも明らかになります。

 自らの利益以外は目に入らない“御手洗経団連”の姿を、象徴的に示しているのが、「格差問題に対する考え方」です。「報告」は、「正規と非正規従業員の所得格差」、「成果主義の導入による従業員間の給与格差」など、さまざまな「格差論が台頭している」として、格差問題に言及しています。その結論は、「公正な競争の結果として経済的な格差が生じることは当然のことである」です。

 このことと関連して指摘しておかなければならないのは、経団連の前身である日経連が「ブルーバードプラン」(1997年1月)を発表した翌年の98年版「労働問題研究委員会報告」(「報告」の前身)では、「欧米に学びつつ、欧米と異なる第3の道を追求する姿勢が必要である」といいながら、欧米には陰の問題として、「アメリカにおいては他方で所得格差の拡大、不満感の発生による社会不安の増大という弊害が生じている」と格差社会の弊害を指摘していたことです。

 98年版「報告」はこう述べています。「われわれはまず、市場原理にもとづく公正な競争を徹底し、これにともなう陰の部分を克服する努力によって、新たな第3の道を追求できると考える」。当時の日経連は、「公正な競争を徹底」しながらも、社会的格差の弊害が出ないようにしなければならないと主張していたのです。この主張が、どこでどのように変更されたのか、「報告」はなにもふれません。

4 企業内コミュニケーションと「日本的経営」の再評価・再構築

 「企業競争力の維持・強化のために」必要な課題として、次に「報告」が提起するのは、「信頼関係を基本とした労使関係」の確立、「企業内コミュニケーション」の重要性です。「報告」は、「良好な人間関係を基礎とする安定した労使関係が構築されない職場からは高い効率性、生産性は生まれようがない」といいます。

 しかし、職場の「良好な人間関係」を破壊してきたのは誰でしょうか。04年版以降の「報告」では、その要因が分析されています。

 04年版では、職場のメンタルヘルスと「現場力」の問題を取り上げざるをえなかったのにつづいて、05年版では、「(『現場力』低下の)原因として、現場における関係者間のコミュニケーションが不足していること、現場における高いレベルの技能や知的熟練をもつ人材から次の世代への技能移転が、若年層の採用の減少や有期雇用従業員の増加などによって停滞していること、そうしたなかで、こうした人材が定年退職や人員削減などにより減少していること、などが考えられる」と、分析しています。つまり、この間強行してきた正規労働者の首切りリストラ、非正規労働者の大量活用という財界戦略が招いた結果であることを認めざるをえなかったわけです。それほど事態は深刻なのです。

 ところが、ことしの「報告」では、こうした分析は見あたりません。それに変わって持ち出されてきているのが、「労使関係・企業内コミュニケーション」の重視と、「日本的経営」の再評価・再構築です。「報告」は、「良好な人間関係」が破壊されるなかで、「企業の求心力を維持していくため、企業内コミュニケーションの一層の充実が、労使の大きな課題」だと強調します。しかし、「良好な人間関係」を破壊してきた原因に直接には手をつけないで、その「解決」は「労使の大きな課題」だというだけでは、事態を改善できるはずがありません。矛盾を深めるばかりです。

 「報告」が対策の要にすえたのは、「職場の管理職」です。「企業内の多様な構成員のコミュニケーションを深めるパイプ役である職場の管理職への期待は大きい。管理職には、従業員に仕事の内容、進め方などについて指導・支援を行うほか、従業員個々人の相談等に応じる積極的な姿勢が求められよう」。しかし、「管理職」にそんな無理な役割を押しつけても、期待通りの役割ははたせないので、多少の“アメ”らしく見えるものを用意しています。それは「『日本的経営』の再評価・再構築」です。

 「日本的経営」は、「報告」も指摘しているように、「長期雇用(終身雇用)」、「年功型賃金」、「企業内労使関係」の3つがその特徴としてあげられてきました。財界・大企業は、95年に「新時代の『日本的経営』」を打ち出して、終身雇用と年功賃金の縮小・解体攻撃に乗り出しました。この攻撃は、グローバリゼーションの進展のなかで、企業が生き抜くには、国際競争力強化が必要だ、そのため高コスト体質からの脱却が求められている、総額人件費コストを引き下げなければならないなどのイデオロギーをふりまきながら、年功賃金にかえて成果主義賃金を導入し、正規労働者の首切り・大リストラによって終身雇用制を解体し、非正規労働者を大々的に導入するというものでした。正規労働者の首切りの最初の標的にされたのは中間管理職です。ME技術革新の進展によって中間管理職は必要なくなったといわんばかりに、会社組織を改変して、中間管理職のリストラに走ったのです。その管理職の役割をいまになって「再評価」するわけですから、利潤追求のためには手段を選ばないという財界・大企業の自分勝手さにあきれてしまいます。

 “御手洗経団連”の「日本的経営」の再評価・再構築は、「日本的経営」の柱の一つである「終身雇用」を「長期雇用」と言い換えて、その効用をこう力説します。「『長期雇用』は、正規従業員と企業の一体感を支える慣行である」、「長期雇用慣行は変容を迫られざるを得ないが、正規従業員の勤労意欲を引き上げるためには、中長期の視点から人材を育てる企業風土を涵養し、公正・公平な処遇に注力しなければならない」。「良好な人間関係」を破壊する政策はあくまですすめながら、人間関係のほころびを繕おうとする「管理職」には、「長期雇用」を保障するかのような“アメ”を用意するというのです。

 財界・大企業にとって、これほど安上がりな対策はありません。万に一つでも、「管理職」が期待した役割をはたせば、それはそれでよし、はたせなければ、「成果」をあげることができなかったとして、「長期雇用」の対象からはずせばいいのです。「報告」では、「日本的経営」の理念として「人間尊重」、「長期的視野に立った経営」をあげていますが、その内容は、そんなものなのです。

5 春闘の「春討」化をねらったが

 「報告」のメーンテーマの一つである春闘対策について、「報告」は、「ヒトを中心とした経営の問題」を広く論議する『春討』の場として再構築されてきた」と、述べています。しかし、03年版「報告」以降、毎年繰り返されてきた「春闘終焉」論は掲げられなくなっています。経団連は、一貫して「春闘」の「春討」化をねらってきましたが、その目論見は見事にはずれたわけです。それも当然です。国際的に見ても異常に高い国際競争力をつけた日本の大企業は、史上空前の利潤をあげています。トヨタに至っては、2兆円という経常利益を計上しています。

 にもかかわらず、日本の労働者の賃金は、低下の一途をたどってきました。大企業が大もうけを続けているのに、労働者の賃金は低下する、こんなことは日本の労働運動史上でもなかったことですが、世界でも例のないことです。「報告」は相も変わらず、「日本は世界的にトップクラスの賃金」とオウム返しのようにいい、使い古しの賃金抑制論を繰り返すだけです。

 05年版「報告」では、「賃金を適正な水準に抑制することが、生産性基準原理の観点からも重要」と述べていましたが、ことしは、「生産性の向上の如何にかかわらず、横並びで賃金水準を底上げする市場横断的なベースアップは、もはやありえない」とまでいいきりました。これまで主張していた「生産性基準原理」とは何だったのでしょうか。

 労使協調といわれてきた労働組合の「報告」の批判のトーンもこれまでにないものがあります。連合春闘の中核を担ってきたIMF・JCの「報告」への見解は、「率直に言って失望を禁じ得ない」として、次のように述べています。「『経労委報告』では、景気回復の最大の要因は『企業労使の努力による』と指摘している。生産性三原則(雇用の維持・拡大、労使協議と協力、成果の公正分配)に基づき『危機感を共有し、再生の目標に取り組んできた』従業員に対して、集団的労使関係を機能させることにより、適正な分配を行うことは当然である」。

 財界の「生産性基準原理」に同調し、「経済整合性論」をとってきた労働組合も反発するしかない「報告」なのです。ことしの「報告」から「春闘は終焉した」という主張が消えたのは当然です。

 企業の競争力強化のためのイノベーションに、「個人」も、「労使関係」も、「政府」も、その役割をはたせ、「イノベーションの邁進のためには、何もほしがるな」といわんばかりの“御手洗経団連”は、広範な労働者・労働組合の反撃を受けずにはおかないでしょう。

 すでに労働者・国民の反撃は始まっています。政府・財界が一体となってすすめようとしている新自由主義的規制緩和の重要な一環である「ホワイトカラー・エグゼンプション」は国民的批判をあびています。自民党・公明党の与党内からも労働者・国民の運動を反映してホワイトカラー・エグゼンプションは提出すべきでないという声も出て、結局、見送りになりました。たたかいが、政治の流れを変えはじめました。

 07春闘は、こうしたたたかいの本格的な飛躍台にする必要があります。そうなる客観的な条件は満ち満ちています。

 第一に、賃上げ要求のエネルギーが高いだけでなく、史上空前の大もうけで大企業の支払い余力はたっぷりあります。8年連続して切り下げられた賃金の減収を取り返し、生活を改善する絶好の好機といえます。

 第二に、賃金減少を反映した購買力の低下による、生活関連・中小・地域企業の経営基盤と地域経済の立て直しのための国民的共同と結んで大企業の社会的責任追求の運動を前進させるならば、地域春闘を大きく発展させることができます。

 第三に、春闘期に開催される通常国会は「労働国会」に提出される搾取強化法案を撤回させ、働くルール確立のため奮闘するチャンスです。

 一斉地方選挙や参議院選挙にむけて、経済闘争と政治闘争を結合して春闘をたたかうならば、要求を実現する好機となるに違いありません。安倍自民党・公明党連立政権は、参議院選挙の焦点に憲法改悪をすえました。これは労働者・国民との矛盾をさらに鋭くしていくでしょう。憲法改悪については連合内単産を含めて、多くの労組が反対しています。職場、地域を基礎にした憲法改悪反対のたたかいと春闘での切実な要求実現をめざすたたかいを結合して、意気高く春闘に取り組みましょう。

(理事・労働問題研究者)