労働総研ニュースNo.185・186合併号 2005年8月・9月



目   次

労働総研研究例会
常任理事会・理事会・定例総会報告他




労働総研研究例会

ドイツ、フランス、イタリア
3ヵ国調査研究訪問団報告会

2005年6月18日 平和と労働センター・全労連会館

 司会(藤吉信博):労働総研は設立15周年記念事業の一環として、斎藤隆夫常任理事を団長に、大木一訓、岡田則男、柴田外志明、藤田宏、藤田美栄子、松本稔、事務局として藤吉の8名が参加する調査研究団を、05年2月16〜26日までの10日間、ドイツ、フランス、イタリアに派遣しました。調査団は、3ヵ国・6ヵ所で「職場における交渉権とその機能」および「企業の社会的責任」の問題を中心に聞取り調査をおこないました。聞取りをおこなった団体は、ドイツ=シュトゥットガルトでのダイムラークライスラー従業員代表委員会(同国際従業員代表委員会)、フランス=ヴァランシェンヌでのトヨタ工場CGT-トヨタおよび同地域労組、パリでのルノー本社工場従業員委員会代表およびCGT-ルノー、イタリア=トリノでのフィアット工場ミラフィヨーリのFIOM-CIGIL・RUS(統一労働組合)、ローマではフィアットFIOM-CIGIL・RSUおよびフィルカムス(FILCAMS)です。
 調査活動の一端は、すでに、松本稔会員が「労働総研設立15周年記念独仏伊3ヵ国調査研究団に参加しての見聞録」(『労働総研ニュース』No.180)で、斎藤隆夫団長が「独仏伊3ヵ国研究調査活動で感じたこと」(『労働総研クォータリー』05年春季号)で報告されています。また、柴田外志明会員は「日本の労働者が見た欧州労働事情」(『しんぶん赤旗日曜版』05年3月6日号)で、藤田宏会員は「見た、感じたEU労働事情」(『しんぶん赤旗』05年3月27日〜4月6日に連載)などを発表されています。本日の研究例会は、調査に参加されたみなさんから、直接、さまざまな角度で報告していただくために企画しました。
 最初に、団長の斉藤さんから報告をお願います。

職場労働者の交渉権と機能について

齋藤 隆夫

 労働総研から多大な財政的支援をいただき、調査してまいりました。是非報告をしなければならないと思っていましたが、今日は、調査団のメンバーが顔をそろえて報告させていただきます。はじめに、一、二お断りしたいと思います。会談は長いところで昼食時の懇談も含めて6時間、短いところは2時間程度で、駆け足で回ったという感じです。その意味で、懇談で知り得た事実は断片的な部分があります。後で懇談メモを読んでいただければおわかりと思いますが、正確に理解できなかった面もあります。それらについては、持ち帰りました資料などで埋めたい、場合によっては補足調査もおこないたいと思っています。今日は中間的な報告としてお聞きいただきたいと思います。
 もう一つ、今日の私の報告は、フランスやドイツの問題はにわか勉強で参加しましたので、間違っているところや大事な点で落としている点があると思います。島崎先生はじめ専門の方がいらっしゃいますので是非教えていただきたいと思います。以上お断りして、本題に入ります。
 今回の調査の目的は、二つあり、第一が労働者の職場における交渉権とその機能についてです。第二は、企業の社会的責任についてです。第二の問題は、大木さんが後ほど報告されますので、私は、第一の問題について報告します。
 一口に職場における労働者の交渉権といっても各国でかなり違いがあります。今日のグローバリゼーションや新自由主義的な経済政策の攻勢のもとで起こっている、さまざまな問題に対処するため、職場の労働者がどのような交渉権と制度を持っており、それはどの程度機能しているのか、その意義と問題性はどこにあるのかという問題を、かなり広い意味でつかんでみたいというのが、私たち調査団の問題意識です。

◆フランス◆
 最初に、フランスです。制度的には交渉権は三つあります。一つは「従業員代表制」です。これは、従業員の規模に応じて、たとえば20名以下の従業員の場合には1名という感じで、組合に加入している、いないにかかわらず全従業員の選挙で選ばれる代表者です。その代表制は、労働協約等に違反した問題、個人からあがってきた苦情などについて、代表者が経営側に申し入れをして処理・解決する。解決しない場合には労働審判所に問題を持ち込むという形でさまざまな問題を解決する組織のようです。もう一つ「企業委員会」があります。これは、従業員代表と同様の形で選出された労働者側委員と経営側の代表者でつくる労使の委員会です。労働者側は、そこで経営状況等々についての情報を得る組織として機能しているようです。最後に「組合企業支部」です。これは1982年に制定されたオールー労働法といわれる団体交渉法で、企業レベルで経営者に定期的に企業レベルにある組合支部との交渉を義務づける制度下に置かれている組織のようです。
 大まかにそんな組織が職場にあるけれど、それぞれの組織がどんな形で諸問題に対応しているかという点に関して、一つ二つ、大きな点だけご紹介しようと思います。ヴァランシェンヌにあるトヨタの工場では、過去5年で正規社員が1,000人ほど退職した。この1,000人のほぼ半数が自主退職で、残り半数が解雇だという話でした。解雇の理由は、遅刻や欠勤で解雇されたケースと組合差別で解雇されたケースに分けることができるようです。遅刻や欠勤等で解雇された場合は、解雇規制法でいう解雇権の濫用になるが、実態としてはこういう
解雇のケースでもなかなか解雇を撤回させる状況にはなっていない、という話でした。
 「なぜか」と質問すると、裁判にはかなり時間がかかり、その間の生活問題があるので、労働者は解雇をそのまま受け入れて、解雇手当金をもらって退職することが多いというのです。組合差別の場合でも、ヴァランシェンヌの街自体、行政機関や司法機関等がトヨタの経営者寄りの姿勢にだんだんと固まってきている。そういう意味で組合が問題として取り上げても、勝利する展望が薄くなっているといっていました。解雇の問題にかかわる職場組織として、従業員代表や組合企業支部がありますが、この問題では、解雇を許す形になってしまっているというのが実状のようです。CGTはがんばっているが、労資協調のCFDTの存在が大きな障害になっていると思われます。
 もう一つは、不安定雇用の問題です。ルノーにおける不安定雇用労働者の比率を、紹介しますと、金属機械の産別協約では不安定雇用者数の上限を従業員の5割と定めていますが、ルノーでは単純工の場合44%、熟練工や技術者のカテゴリーで17%くらいだそうです。この情報は企業委員会で提供されたものです。幹部のいい方では、不安定雇用の導入を認められるのは、生産上の必要と市場の突発的な増加のような場合に限られているけれども、実態はそう整理できない不安定雇用労働者もかなりいる、ということでした。不安定雇用労働者の規制は必ずしも十分ではない、という感じでした。
 CGTの活動家が、「力関係を変える」ためにたたかうと強調していたのが印象的でした。

◆ドイツ◆
 ドイツには、「従業員代表委員会」ともいわれていますが、「事業所委員会」がありす。これは事業所の全従業員の選挙で選出されますが、企業レベルの組合機能やストライキ権は基本的に認められていない組織です。そういう意味で、平和的労使協議の当事者と位置づけられている組織です。
 この組織には、法律で職場の重要な問題での参加権が認められています。レジメにありますように、参加権は大きく分けると共同決定権と関与件に分かれます。共同決定権の中には異議申し立権と同意権があり、関与権の中に情報権と聴取権等々があります。
 「事業所委員会」の法律上の権限は多種類にわたっています。こういう問題では情報権、こういう問題では同意権という形で詳細に法律で規定されています。たとえば、社会的事項として、始業・就業時間や週の各日への労働時間の配分などは、事業所委員会と経営側との共同決定事項で、事業所委員会がOKをしなければ決まらない事項です。人事的事項の中でも、雇い入れや配転等々の選定の基準は共同決定事項です。実際の雇い入れ、配転等については、どういう雇用形態の人を何人雇うというような問題は情報権に属する事項、といった形で整理をされているようです。
 こういう事業所委員会が一方にあって、組合はどういう活動をしているかといえば、全国・地域単位の労働協約を結ぶ。そこで原則的な労働時間の長さや賃金の大きさが決まり、それに基づいて事業所の事情に応じた細部の決定を事業所委員会がやるという関係のようです。労働組合は事業所の外にあるのですが、事業所へ立ち入る権利を持っていて、事業所委員会を指導したり、あるいはそれへ出席する権限があるというお話でした。
 これらの組織がどんな機能をしているかという点を、二つご紹介します。一つは、昨年の南ドイツの地方協約の例です。経営側から、労働時間の基本を現行の週35時間から36時間にし、従業員の18%については週40時間を可能にするという協約案が出されてきた。それに対してIGメタルは受け入れを拒否したが、例外的にジーメンスの300人程度の従業員には、週40時間を可能にするという協約を結んだ。州レベルの協約ではなく、ジーメンスという一企業についてだけ州協約の例外事項を定めるという合意だという話です。
 この労働協約を受け入れるかどうかの問題につては、組合が議論し決定もすると、私は常識的に理解していたんですが、事業所委員会でも長時間かけて真剣な議論をしたと、代表の方が話されたのは、興味深い点でした。
 二つ目は、派遣労働者の問題です。ダイムラークライスラーでは派遣労働者は従業員数の4%を上限としているという話でした。日本に戻ってきていろんな方の本を読んで気づいたことですが、ドイツでは派遣労働者に関する法律によって、事業所委員会と事業所の経営側との合意が必要だと定めているようです。それぞれの事業所でどの程度の派遣労働者を雇うか、その待遇をどうするのかという点について、事業所委員会が同意しなければ実施できないという権限が法律によって定まっているという点も、なかなか興味深い点です。

◆イタリア◆
 イタリアの職場レベルでの機関としてRSU、「統一組合代表」があります。この歴史的な経過を簡単に述べますと、1950年代、60年代は他の国と同じように「従業員代表」としての「内部委員会」が一方にあり、もう片方に企業レベルの「組合支部」があるという格好でした。それが、68〜69の大闘争、いわゆる“暑い秋”の時期に従来かの従業員代表や組合支部では工場レベルのいろいろな要求を十分に取り上げられないというので、労働者の自然発生的なたたかいの中から「工場評議会」が生まれました。こうして自然発生的にできた工場評議会を法認する形で「労働者憲章法」がRSA(事業所組合代表)を定めました。その後法的にはRSAに基づいて70年代、80年代、工場評議会の活動が展開されますが、80年代に入って工場評議会のいろんな問題が露呈してきた。たとえば職員層の意見を工場評議会にきちっと反映させる仕組みがない等々の問題です。それらの問題を改善するため、1993年に政・労・使協定で新しい制度がつくられました。その新しい制度がRSU、つまり統一組合代表です。この統一組合代表は職場レベルでいろんな活動をしているんですが、イタリアでどんな問題に直面しているかという点を二つにしぼって紹介します。
 フィアットのミラフィオーリ工場の統一組合代表とフィアットのイタリア各地にある工場の統一組合代表の統括・調整役の方から聞いたお話を総合しますと、大きいのは、ここ10年くらい、フィアットのミラフィオーリの従業員が3万人から1万5千人くらいに減少していることです。その主な原因は東欧等々、イタリアの他地域も含めての工場移転です。もう一つはイタリア国内においてもフィアットのシェアが低下していることです。いま、イタリア国内のフィアットのシェアは20数%しかない。トヨタのヤリスがかなり売れているといっていました。その原因は価格と製品の質の問題だそうです。
 こういう問題ですので、工場レベルでの統一組合代表の手に負えない問題ですけれど、今のところの運動の要求の方向は、製品の質を向上させるために、経営者と政府に対して自動車部門への投資、とくに技術開発のための投資を要求しているとのことでした。私どもが訪ねる1週間くらい前にミラフィオーリで、従業員の5割から7割が参加するストをやったばかりとのことでした。ミラフィオーリの組織率は30%程度ですから、組合員の範囲を超えた労働者のストへの参加を組織しながら、深刻な問題に対応している状況のようです。
 働き方の問題について、もう一点だけ触れておきたいと思います。ミラフィオーリの工場幹部と、各地の工場の統一組合代表を統括・調整しているラッフォ氏のいい方が微妙に違っていたのです。ミラフィオーリの幹部は「われわれは十分働いている」といい、経営者もわれわれに対して「もっと働け」とはいっていない、といういい方でしたが、ラッフォ氏の方は、年間労働日を現行の230日から260日にせよと、経営側は気ちがいじみた提案をしてきている。「われわれはとても受け入れられない」というようないい方でした。この違いがどこから生まれるのか、今後の研究課題の一つのように感じました。

◆フィルカムス◆
 最後に、イタリアで組織拡大をつづけているフィルカムスについて若干報告します。フィルカムスは1960年に創設された商業、観光、サービス部門などを組織対象とする産業別組織です。組合員は創設時の8万人から2004年には30万8880人に増加していますが、組合員の増加が顕著になったのは80年代に入ってからです。80年代以降毎年組合員を増やしていますが、特に2000年以降は3〜5%の高い率で増やしています。その組合員拡大活動については後で少し触れますが、組合員を部門別にみると次のようになっています。
 商業部門31.9%、観光部門29.5%、清掃部門・監視・家事手伝い等のサービス部門24.2%などが主な部門です。それ以外にも薬局、研究職など小規模の部門が多くあり、フィルカムスが締結主体になっている産業別全国協約は27にものぼります。コープもこの産別に参加しています(10.9%)。これらの部門では小・零細企業が多く、200万以上の事業所で働く500万人以上の労働者が組織対象です。一事業所あたりの平均労働者数は2.5人ということになります。雇用形態の点でも期限付き契約や季節労働など不安定雇用の多様な形態が広まっている部門です。そのため、組合員も毎年、25%は入れ替わるといわれるほど組織の不安定性の強い部門です。こうした部門で先述のような多くの組合員拡大が実現されたのは、どのような活動に拠るものなのでしょうか。
 フィルカムスの組合員拡大活動において第一に強調されているのは、労働者の状態が地域・部門によって著しく異なっているということです。同じ商業部門でも北部のように大きなスーパーが普及している地域もあれば、南部のように個人商店がもっぱらの地域もあります。同じサービス部門でもコンピュータ関連サービス従事者が多くいる地域もあれば、家事手伝いのようなサービスがもっぱらの地域もあります。こうした地域と部門の多様性に対応して組織化をすすめるため、フィルカムスは全国で115の地域事務所をつくっています。そして90年代初めからは組織拡大のためのプロジェクトを地域・部門ごとに作成し、それらに多大な資金を投入しています。地域のカメラ・デル・ラボーロ(地区労)や産別地方組織もこのための資金を出しました。
 こうして促進された組合員拡大プロジェクトの内容はどのようなものだったのでしょうか。観光部門では、季節労働者への援助のために各地に32の事務所を作り、失業問題、地域協約の締結、雇用の地域間調整などに取り組んでいます(雇用の地域間調整については『赤旗』の記事で藤田さんが紹介しています)。サービス部門では、さまざまなサービスを必要としている家族に家事手伝い労働者を紹介するなどの活動を通して組合員を増やしています。その他にも地域・部門の特徴に応じたさまざまな取組が行なわれているようです。フィルカムスの組合員拡大活動については、この問題も含めてもっと総合的に深く研究してみる必要がありそうです。

◆何を学ぶか◆
 特徴的な問題についてだけ、3国についてご紹介いたしましたが、これらを通して私の感じたことを最後に付け足させていただきます。
 各国で労働者が持っている交渉権限は、制度がかなり違うわけですから、これらを単純に相互に比較して、どれがいいというのはなかなか難しい感じです。ただ興味深いのは、ドイツの事業所委員会です。これは労使平和の担い手として制度的に位置づけられた機関ですが、その見返りとして、たとえば派遣労働者を事業所で雇う比率について共同決定権、同意権というようなかなり強い権限も持っているという意味で、この制度は一概に否定できないという印象を持ちました。先ほども強調しましたが、事業所委員会と組合とは制度的に別々の存在ですが、組合としてどのような労働協約を結ぶのか、組合がどういう姿勢をとるかなどの問題について、事業所委員会でもかなり議論をしているという意味で、機能的にも重なっているという点が重要だと思いました。
 フランス、イタリアの場合、もともと地域対応の組合として発展してきたヨーロッパの組合が、企業内に組合支部をつくって、労働協約の締結権も獲得したわけです。そういう意味では歴史的には大きな前進だと思いますが、今日の困難な状況の中で、それがどう機能しているかという点でいうと、企業支部ですからナショナルセンターがたくさんある場合、それぞれの系列の企業支部ができるわけです。労資協調的な組合から非常に戦闘的な組合まで、路線の異なる全国組合の支部が企業レベルにあって、企業で起こってくるいろんな問題に対応する場合、全体の足並みを揃えるという問題でとても苦労している感じです。特に印象的だったのはフランスで、トヨタ・ヴァランシェンヌの幹部が「われえわれは他組合をなるべく批判しないようにしている。なるべく共同の立場を探ろうとしている。だが、とても一緒にやっていけない」といういい方をしていたことです。フランスやイタリアが抱えている難しい問題を解決していく上で、職場のレベルで大多数の支持を集められるような要求をどう探り出し、実際に多数の声を集めて運動していくかが大事な問題だという気がしました。
 日本の制度を私は詳しく知らないのですが、たとえば、過半数代表者という制度があります。三六協定や一年単位の変形労働制の問題などは、過半数代表者が同意をしないと協定ができない、残業もできないことになっています。そういう意味では、日本の制度を一概にだめといえない面がある。もっと改善する必要があるとともに、今の制度を活用し、運用していくたたかいの仕方もありうるのではないか。これは私が勝手に考えていることです。
 職場レベルでの交渉権限の問題で付け足したいのは、80年代、90年代にドイツでもフランスでもイタリアでも制度改正をやっていることです。80年代、90年代の失業の増大、非正規雇用の導入等々、いろんな問題に対応するため、労働運動の要求によって、政府自身が職場レベルの労働者の権限を強化する法改正の措置を、3国いずれともとっている。これは注目すべき点だと思いました。それが一点です。
 あとはグローバリゼーションの問題です。イタリアのように大量のリストラがおこなわれ、組合全体でそれを阻止できていないという問題はフランスでもありまして、ルノーでも具体的な数字を確かめることができませんでしたが、この間かなりリストラはすすんでいます。ドイツでも先ほど紹介したように、州レベルの労働協約の例外を認めるようなことになっている。従来から州レベルの労働協約締結のための経営者団体に参加しないような企業経営者が結構いるという話は聞いていたんですが、ジーメンスのようにドイツを代表するような企業について、協約の例外を認めなくてはならなくなってきているあたりは、ヨーロッパの労働運動が直面している状況の厳しさを反映しているという感じがしました。
 しかし、最後に申し上げたいのは、どこの国でも自分たちの働き方・暮らし方に対する労働者のこだわりが非常に強く、生半可なことでは今までの働き方を変えたくないという雰囲気を感じ取ることができました。そのあたりがヨーロッパの組合運動のベースになっているということを実感しました。

 司会 ありがとうございました。次に、大木代表理事にお願いします。

企業の社会的責任について

大木一訓

 今回の調査の一つのテーマであった企業の社会的責任問題に関して、調査で感じた印象的な報告をさせていただいて、責をはたしたいと思います。
 今回の調査で、企業の社会的責任について少しまとまった話が聞けたのは、ドイツのダイムラークライスラーでの従業員代表委員会でした。他では、部分的に話は出ましたが、まとまった話を聞くことができませんでした。ですから、主としてドイツの事例を中心に報告します。ダイムラークライスラーで具体的に話をしてくれたのは、エーリッヒ・クレムさんという、ダイムラークライスラーの国際従業員代表委員会の議長を務めている人でした。
 ダイムラークライスラーと私たちとは、前から因縁があります。ダイムラークライスラーが三菱自動車に経営参加した当時、大江工場という愛知の三菱自動車の主力工場が閉鎖になり、大量のリストラ・解雇問題が起きました。当時、その問題で急遽、愛労連を中心にシンポジウムを組織し、関係者に意見を出してもらい、それをまとめて報告書にして、ダイムラークライスラーの従業員代表委員会と重役会議にそれを届け、この問題で話し合いたいという申し入れを2001年にやりました。
 そして実際に、愛労連代表の見崎さんと私ども研究者とが一緒にその文書を持って、シュトゥットガルトのダイムラークライスラーにいき、向こうで従業員代表委員会と懇談をして、日本の労働者・愛労連の意見を伝え、よりよい解決のためにお互いに情報交換して協力しようと話し合った経緯があります。今回は、私の方から「この前の問題では、ドイツのいい労働慣行が日本でも具体化されるのではないかと期待していたが、そうはならずがっかりした。そうした問題もふくめ、ドイツにおける企業の社会的責任がいまどうなっているか話を聞きたい」という手紙を書きましたら、ダイムラークライスラーの全世界の従業員代表として飛び回っている忙しいクレムさんが会うということになりました。クレムさんの話や、また、今年の2月に、ブレーメン大学の研究者が日本に来てシンポジウムやったのですが、その時の話なども念頭においての印象的な報告です。

◆非常に早いCSRの具体化のテンポ◆
 まず第一に実感したのは、ヨーロッパにおけるCSR、企業の社会的責任の具体化の過程が、ものすごく速いテンポですすんでいることです。2001年にドイツのブレーメン大学でシンポをやり、その後ダイムラークライスラーの従業員代表と懇談したのは、ちょうどEUがCSRの「グリーンペーパー」を出した頃でした。その時に、たとえばブレーメン大学の公衆衛生の研究者で、いつか労働総研の公開研究会でも話してもらったことのあるミュラー氏は、安全衛生問題などで、これまでの水準と違った質の高い政策がCSRの一部として盛り込まれようとしている、という話をしていました。かれは、EU委員会の政策委員会に参画しているので、非常に事情に通じていましたし、意欲的でした。
 このグリーンペーパーというのは、企業の社会的責任にかんするEU委員会の問題提起ですが、それが出たのが2001年7月です。その1年後にはそれに対するいろいろなレベル・関係方面の二百数十の団体・個人から意見が出されたものを――その内容はインターネットでも見ることができますが――1冊の本に収録するとともに、それをふまえて政策提言をした報告書「ホワイトペーパー」が出ました。そして2004年6月には、EU「マルチホールダー・フォーラム」が、手続き問題なども含めてCSRを具体的に推進する、具体的な政策実施への最終報告書を出しています。この間、三年間です。
 今日、皆さんのお手元にダイムラークライスラーにおける社会責任に関する文書が配られています(9〜10)。これはダイムラークライスラーの企業の責任者と、同社の国際従業員代表および国際金属労連(IMF)の代表とが署名し「ダイムラークライスラーの企業の社会的責任原則」として締結したものです。2002年9月のことです。皆さんにお配りしている「ダイムラークライスラーにおける企業の社会責任原則」は従業員代表委員会の方が私たち訪問団のために準備してくれていたものです。つまり、2001年7月にグリーンパーパーが出、翌年2002年の7月に政策提言のホワイトペーパーが出た、その2ヵ月後にはダイムラークライスラーで企業レベルでの社会的責任に関する原則が締結されているのです。企業レベルでも、政策が出たからこれからその具体化を考えましょう、という日本的テンポとはまったく違うスピードで事態は進行している、ということを痛感しました。

◆CSRの内容と意義◆
 この「企業の社会的責任原則」は、ドイツ国内のダイムラークライスラーの事業所に適用されるだけではなく、海外の事業所にも適用されます。ダイムラークライスラーは多国籍企業ですから、ヨーロッパレベルの企業を含む「全世界でダイムラークライスラーを拘束する」ことを謳っています。ですから協約も、労働組合との協約であるだけでなく、企業と国際従業員代表との協約になっています。そこには、全世界の事業所に従業員代表制を設けるという活動があります。三菱自動車にもつくれないかと話をしたことがあるんですが、三菱自動車労組が受けつけないということでした。それはともかく、全世界のダイムラークライスラーの事業所に従業員代表委員会をつくり、CSRを地球規模的に具体化・実施していこうという政策なのです。
 また、CSRはダイムラークライスラー企業だけでなく、ダイムラークライスラーと取引のある企業、日本流にいえば、子会社や下請企業をもふくめて、企業の社会責任原則が具体化されるように積極的な働きかけをしていくということも謳っています。実際にそうやっている事例を詳しく報告してくれました。従業員代表委員会や労働組合にとって重要なのは、ステークホールダー(利害関係者)がCSRを具体的に実践する上で、どういう役割を積極的に果たすのかが、問われているということです。
 ダイムラークライスラーは、企業の社会的責任原則の冒頭で、国連の「グローバルコンパクト」を原則とする立場から、労働者のための「雇用創出・保護」を非常に重視しています。国連やILOはCSRを具体的に条約等で示していますが、ダイムラークライスラーの企業の社会的原則は、それらに沿って実施すると謳っているのです。この立場は、日本の財界がいうCSRなるものとは非常に違うものです。
 私はグリーンペーパーと比べて、ホワイトペーパーは内容的に前進していると思いますが、ダイムラークライスラーの協約は、それを反映していると思います。労働組合の権利保障を相当重視して取り入れているという印象を持ちました。たとえば、ダイムラークライスラーの協約の中では、労働組合を結成する権利を人権として認めていることです。経営は中立的立場を堅持して、従業員に対して自由な決定権を保障する。賃金交渉をおこなう権利を尊重するといっています。さらに、たとえばダイムラークライスラーの国外事業所で、その国内法規で労働組合の権利が保護されていない国の場合であっても、ダイムラークライスラーの従業員については団結権を保障することを謳っています。

◆実際の運用◆
 実際の運用を聞いてみると、従業員代表委員会は労働組合とともに、企業がCSRをちゃんと実施しているかどうかを監査する役割をはたしている。ダイムラークライスラーは監査部を設けて、監査基準の中にCSRを入れていますが、最終的に誰がチェックするかといえば、労働組合、あるいは従業員代表委員会です。つまり、CSRを徹底的に保障し推進する基本的な力は、労働組合や従業員代表委員会なのです。
 ヨーロッパでは、グリーンペーパーが出る前から、社会的な投資の基準として、SRI、ソーシャル・レスポンシビリティー・インベストメントということが強調されはじめていました。このSRIとCSRを一緒に組み合わせてすすめるということが強調されているのです。金融機関が融資アンケートをして、この企業は社会的に適格かどうかを審査する時にCSR基準を使う。このCSR基準を満たしているかどうかの最終的な審査、裏付けはやっぱり組合や従業員代表委員会になっている、という印象でした。
 実際、ダイムラークライスラーでの説明で、具体的に、こういうケースの訴えがあり、それについこういう処理をしたということが、ケースごとに全部集約され、報告されています。その訴えは、事業所ごとに中央の監査部の苦情窓口に持ち込まれるのですが、持ち込むのは、組合や従業員代表委員会です。そして解決方法をさぐるのも従業員代表委員会や組合です。従業員代表委員会や組合が非常に重要な役割を果たしています。先ほど斉藤さんから職場の労働者の権利、職場交渉権について報告がありましたが、そういう力がなかったらCSRについての具体的な力を持つことはできないだろう、ということを改めて痛感させられました。
 CSRの規則や協定ができたからといって、それだけでは労働者・労働組合の利益にはならない。EUについても、ほっておくとCSRは、多国籍企業の競争力強化や国家的利益の追求に利用されるだけだ、という指摘は多くの運動家から聞かされました。フランスの活動家の間では、とりわけそうした評価が強かったように思います。

◆日本との対比◆
 日本の財界の批判はまた別の機会にして、私が強調したいのは、CSRの問題は、国際的に見ても形成途上にあるものです。しかし、ヨーロッパの場合は経営陣も含めて、資本主義はこのままでいいのかという共通の問題意識があると思います。私は、今回の調査にいく飛行機の中で、スーザン・ジョージの『Another World is possible if …』という本を読んでいたんですが、世界の貧困問題や多国籍企業・IMF・WTOなどに対するたたかいで指導的な役割をはたしてきた彼女は、ヨーロッパはいまとは違った社会システムを構築することによって、新しい地球世界をつくりだしていく中心にならなければならない、ということを盛んに強調しているわけです。CSRもそうですが、ヨーロッパの現地で話してみると、多かれ少なかれそれは多くの人の共通認識になっていると思いました。(日本の労働運動でも最近は、スーザンの言葉が「もう一つの日本が可能だ」と訳されて広まっていますが、“another world”というのは、今の日本の代わりに別の日本を選択するという意味ではなくて、今の日本をもっと違った良い日本に変えることが可能だ、という意味なので、注意する必要かあります。)
 2月に来日したブレーメン大の連中に聞くと、ドイツの企業と協力してドイツ企業の経営戦略の立案などを請け負っていますし、労働組合の仕事も積極的に手伝っています。労働者教育にも関わっている連中です。彼らが、企業にも協力してCSRの具体化を企業戦略の中に位置づける仕事をしている現実をみますと、CSRの構築はもう後戻りできない21世紀の事業になっていると思いました。
 ただ、ヨーロッパも決して一つではありません。ダイムラークライスラーでも聞きましたが、EUのコミッショナーの中には新自由主義がいいと思っている連中がかなりいるのだそうです。油断しているとすぐそういう方向へ持っていかれる。ヨーロッパの中でも非常に激しいたたかいをしながら、CSRを実現させていっているのだという現実の厳しさを思い知らされました。
 日本では企業の数だけ多種多様なCSRがあってよい、というのが財界の理解です。CSRも自主的にやるもので、規制のもとにおくべきではないというのが、日本経団連や経済同友会の立場です。そういう点で、ヨーロッパとは問題の出発点からして違います。最近、ISOという国際標準化機構がCSR基準の具体化に乗り出すといっています。しかし、これには非常に問題があるのです。ISOのスポンサーは多国籍企業をバックにもつ民間団体で、公的な機関ではありません。そこでつくろうとしているCSRは、CSRの“C”、つまりコーポレート、企業を抜いて、“SR”といって、どんな団体でもソーシャル・リスポンシビリティー、社会的責任はあるという形で、企業責任をあいまいにする「社会的責任」の国際基準なるものをつくろうとしています。このSRをCSRの代用品にしようという動きで注目すべきは、それはガイドラインであって強制力のある社会的基準ではないということです。日本の財界はこうした動向に期待を強めながら、CSRの国際基準をクリアできないだろうか、と夢想しています。日本の財界が、CSRの意義をまったくわかっていないということは、いまやドイツの経営者たちの間でも周知のことのようです。クレムさんとの会話のなかでは、三菱との提携でがっかりしたのはドイツの方だ、と言われてしまいました。

大木資料

国連グローバル・コンパクト
人  権
1. 企業はその影響の及ぶ範囲内で国際的に宣言されている人権の擁護を支持し、尊重する。
  2. 人権侵害に加担しない。
労  働
  3. 組合結成の自由と団体交渉の権利を実効あるものにする。
  4. あらゆる形態の強制労働を排除する。
  5. 児童労働を実効的に排除する。
  6. 雇用と職業に関する差別を廃止する。
環  境
  7. 環境問題の予防的なアプローチを支持する。
  8. 環境に関して一層の責任を担うためのイニシアチブをとる。
  9. 環境にやさしい技術の開発と普及を促進する。
腐敗防止
  10. 強要と賄賂を含むあらゆる形態の腐敗を防止するために取り組む。

CSRをめぐる内外の動向
(EU)
2000年3月、EUリスボンサミット、金融界の社会的に責任ある投資促進を提起
  2001年7月、EU、問題提起のための「グリーンペーパー」発表
  2002年7月、政策提言としての「ホワイトペーパー」発表
  2004年6月、EU「マルチステークホールダー・フォーラム」が、CSR推進の具体的施策を提言する最終報告書を発表
 社会運動家を中心に設立されたNGO団体による、CSRに関する企業調査の実施。
 そこでは、特に労働組合からの声が調査結果を客観的なものにするために重要な役割をはたしている。
 しかし、EUについても、そのCSR戦略に国家的利益や多国籍企業の競争力強化を目的とする側面があることも指摘されている。
(国連関係)
  1999年1月、「世界経済フォーラム」ダボス会議で、アナン事務総長、「国連グローバル・コンパクト」を提唱。
  2000年、上記「グローバル・コンパクト」正式発足、人権、労働、環境の三分野にわたる9原則を掲げる。
  UNCTAC国連貿易開発会議
従業員とその家族、地域社会、社会全体と、生活の質を向上させるためのもの
  2003年3月、国連環境計画・金融イニシアティブ東京会議
持続可能な社会を実現する上での金融機関の特別の責任強調
(ILO)
  1997年、「多国籍企業および社会政策の原則に関する三者宣言」採択
  1998年、「労働における基本的原則および権利に関するILO宣言とそのフォローアッフープ」採択、結社の自由および団体交渉権の保障、雇用および職業における差別の排除、などを企業に求めている
  2000年、前出「三者宣言」を改訂
(OECD)
  1976年、「多国籍企業ガイドライン」を制定、その後数回改訂
  2000年の最新の改訂で、情報開示、雇用および労使関係、環境、人権尊重、雇用機会の創出、従業員のための訓練機会の増進、などを盛り込む
(ISO)
  2003年6月、社会責任(SR)の規格化作業開始を決定
企業(C)を外し、第三者による認証を必要としないガイダンスにすると言う

ダイムラークライスラーにおける社会責任原則
前文

ダイムラークライスラーは自らの社会的責任を認識し、「グローバルコンパクト」に基づく9つの原則を支持することを宣言する。これらの共通目標の実現にむけて、ダイムラークライスラーは国際従業員代表とともに以下の原則について合意した。

当社は、国連の提唱を支持し、後もどりのできないグローバル化プロセスが地球上の人々に不安引き起こすことを防ぐため、他の参加企業および機関ととにもにこれに取り組んでいこうというものである。これにより、グローバル化という人間的側面を雇用創出・維持という形で示そうとしている。

当社は、社会的責任というこの要素が企業の長期的成功に重要な役割を果たすと確信している。そして、これは当社の株主、取引先、顧客そして従業員にもあてはまる。こうしてこそ、未来の世界平和と世界繁栄に寄与できるのである。

ただし、この責任遂行は、当社が競争力ある企業としての地位および持続性を維持することを前提条件としている。社会的責任の遂行は価値重視の企業経営には欠かせない一要素である。

ダイムラークライスラーでは、国際労働機関の条約に沿った以下の原則を世界レベルで実施する。この原則の確立にあたっては、文化や価値観の多様性を認識し、これらを考慮している。

人権
  ダイムラークライスラーは、国際的に認められている人権を尊重し、その遵守を支援する。
強制労働
  ダイムラークライスラーは、いかなる形態による強制労働も許さない。
児童労働
 

ダイムラークライスラーは、搾取的な児童労働の効果的撲滅に取り組む。

子供たちの成長を妨げてはならない。子供たちの安全衛生に害をおよぼしてはならない。子供たちの尊厳が尊重されなければならない。

平等性
 

ダイムラークライスラーは、雇用に関する平等性を確保するとともに、国内法規に何らかの明確な基準による選別が定められていない限り、いかなる差別も排除する。性別、人種、障害、出身、宗教、年齢や性的傾向を理由にして、各従業員に対してそれぞれ異なる扱いをおこなってはならない。

同一価値労働に対する同一賃金
 

ダイムラークライスラーは、国内法規の枠組みの一環である「同一価値労働に対する同一賃金(男女平等賃金など)」の原則を尊重する。

従業員、従業員代表との関係
  ダイムラークライスラーは労働組合を結成する権利を人権として認める。組合活動の場面では、企業および経営陣は中立的立場を維持し、労働組合および企業は民主主義の原則に基づき、従業員に対して自由な決定権を保障する。賃金交渉をおこなう権利を尊重する。
 この人権構成にあたっては、国内法規および既存する協定内容に従う。ただし、団結の自由に関しては、これが保障されていない国においても団結する権利を保障する。
  従業員、従業員代表、労働組合との協力関係を建設的に築く。ここでは、企業としての経済的利潤と従業員の利益の公正な均衡を最重要目標として掲げる。激しい論争が発生した場合にも、継続的かつ建設的な協力関係の維持をめざさなければならない。
  従業員一人一人を直接関与させ、情報提供することを企業目標とする。従業員に対しては尊敬かつ公正を重視した態度、対応をとる。
労働条件
 

ダイムラークライスラーは、あらゆる搾取的労働条件を否認する。

健康保護
 

ダイムラークライスラーは、最低限、国内規定枠内で求められている労働上の安全および作業場における衛生水準を確保するとともに、労働環境の常なる改善を支援する。

賃金報酬
 

ダイムラークライスラーは、法定最低賃金を最低限考慮した、各国の労働市場の変化に対応した妥当な賃金報酬に配慮する。

労働時間
 

ダイムラークライスラーは、労働時間および定期的な有給保養休暇に関する各国の規制や合意内容を遂行する。

教育・訓練
 

ダイムラークライスラーは、社員達が能力レベルおよび質の高い業務をおこなえるよう、社員の教育・訓練を支援する。

供給業者
 

ダイムラークライスラーは、各供給業者も同等の原則を社内に導入し、実行するよう支持・支援する。ダイムラークライスラーは、これらの原則を取引関係の基準とすることを供給業者に期待する。

ダイムラークライスラーは、これが持続的な取引関係の良い基盤となると考える。

実施の手順
 

この原則は、ダイムラークライスラーにとって世界的に拘束力をもつものとする。従業員さらに経営陣に属する一人一人を対象とし、この原則が行動基準の中で具体化、実行される。

これらの原則は、従業員一人一人または従業員代表に対し、それぞれに適した形で提供する。コミュニケーション方法に関しては、まず雇用者代表と協議することとする。

原則の厳守に関しては、各事業単位の管理者の責任・管轄とする。これに関しては、管理者に対して適切な措置が講じられる。これらの管理者は、取引先、顧客、社員達の窓口となる各担当者を指名する。苦情を申し立てた人物が、これをもとに不利な扱いを受けるような事態が発生してはならない。

企業監査を行う際にも、これらの原則の厳守状況が検証項目に含まれる。

さらに企業監査部内に中枢となる情報受付窓口が用意されている。これらの原則の厳守が分権化レベルで充分に達されていない限り、この窓口を通して申し立てを受け付けることとなる。違反などに関する指摘があった場合、企業監査部が相応の措置を講じる。

企業責任者は、企業内における社会的責任の遂行および原則の実施に関する報告を定期的におこない、国際従業員代表と協議する。

オーバーン・ヒルズ、2002年9月
ダイムラークライスラー

ユルゲンE.シュレンプ(Jürgen E. Schrempp)
ギュンター・フライク(Günther Fleig)

ダイムラークライスラー国際従業員代表および国際金属労連(IME)を代表して

エーリッヒ・クレム(Erich Klemm)
ネイト・グッデン(Nate Gooden)

 司会:次に、柴田さんにお願いします。

日本の職場から見て感じたこと

柴田 外志明

 私は、トヨタが52%の株を所有しているトヨタの子会社、ダイハツの開発部門で働いています。今度の調査に参加して、ヨーロッパと日本の労働者の働く基準が全然違うことを痛感しました。その典型は労働時間問題だと実感しました。今日は私の職場や日本の自動車製造業の実態と、企業の社会的責任(CSR)について発言します。
 まず最初に日本の自動車製造業の実態についてです。1番目は労働時間の問題です。ダイハツの年間労働時間は、1,952時間です。年休取得は平均15日です。月平均残業時間は30時間です。それを入れると年間総労働時間は約2,200時間となります。開発部門では毎月50〜60時間残業をしていますから、2,800〜3,000時間くらい年間働いているのが実態です。ヨーロッパの労働者の2年分をダイハツの技術労働者は1年で消化しているのです。いかにひどいかがわかると思います。開発部門の長時間労働の背景には、超短期開発と絶対的な人員不足、それに労働者を企業に縛り付ける自己申告型目標管理の導入・成果主義賃金制度があります。
 2番目に過労死・過労自殺の問題です。昨日の厚労省の報告によると、過労や仕事上のストレスでうつ病などの精神障害を発病して労災補償の認定を受けた人は、04年度は130人にのぼっています。統計を取り始めた83年以降最多になったとマスコミも報道しています。なかでも30代、40代が3分の2を占めています。厚労省はリストラ後の社内で、この世代に業務や責任が集中しているためであると分析していますが、まさにその通りだと思います。
 厚労省は、過重労働やメンタルヘルス対策のあり方に関わる対策検討会議というのを開いています。その4回目の会議議事録は、「いわゆる企業間競争の激化、成果主義の拡大等により労働者への負荷は拡大する方向にある。職場や仕事に関して悩み、ストレス等を感じる労働者は6割以上となっている。一般健康診断の結果、5割近い労働者になんらかの所見がみられ、なかでも高脂血症、高血圧症等の生活習慣病に関する所見を有するものが多い。過労死の労災認定件数は年、百数十名と高水準で推移している」といっています。ダイハツでもこういう精神疾患の人が多くいて、メンタルヘルス問題が企業の中では非常に重視され、社内報でも連続して毎回出ている状態です。しかしそれは、資本の側からみた労働力の損失という観点からの対処療法だけしかない。根本的な解決は全くされていないのが実態です。
 3番目は低コストの問題です。一つは不安定雇用労働者の増大。これは、労使協定で一応3割以内と当初歯止めがかけられていたのですが、今は職場によっては4割から5割、だんだん拡大される傾向にあるのが実態です。特に若年労働者、20代、30代の青年が使い捨てされている。二つ目は、「世界最適地調達」によるコスト低減です。東南アジアなどからの部品の購入がすでにやられています。国内の1次下請け部品メーカーや2次メーカーが東南アジアや韓国などに進出し部品を取り寄せているのが実態です。三つ目は、部品メーカーのなかで、単価の切り下げに対応すべく、仕方なく係長以上を管理職という扱いで残業時間の手当てをつけないところがあります。ここでは、一般の労働者が引きあげた後に、係長以上工場長以下全員が生産ラインに入ってさらに1時間、2時間残業をやるということが常態化しています。こうしないと、ダイハツが指示するコストを守れない。そういうのが実態です。
 4番目は、排気ガス規制やリコール車の問題です。排気ガス規制の問題、特にディーゼルエンジンの問題では、今いろいろマスコミでも問題になっています。後付け装置は開発可能ですが、それを開発しない。新車を売った方が儲かるからです。次にリコール車の問題です。三菱自動車が槍玉に挙がっていますが、リコール隠しは各社やっています。
 5番目は、企業の社会的責任を本来チェックすべき労働組合(連合)の実態です。この点では全くチェック機能を果たしていないと思います。そればかりか、ダイハツの委員長は、「企業の利益が優先するんだ。企業が儲かってこそわれわれの生活が守られるんだ」と堂々と労働組合の機関紙で表明している。まさに利益優先の旗振り役を果たしているのが実態です。しかし、労使協議の場はありますから、組合を民主的に改革すれば、そういう場を通じて、先ほどお話があったようにダイムラークライスラーのような従業員代表委員会制度のようなものを日本でもつくっていくことは可能だと思います。
 大きな2点目は、CSRの問題です。CSRの問題では、日本経団連が2004年の5月に10原則からなる「企業行動憲章」を出しましたが、大企業は全く逆のことやっているというのが実態です。職場の内外や、社会的にも本当にこれを守らせていくことが大事だと思います。厚労省もCSRの重要性をいうのですが、これを推進するのは企業だから、とやかくいわないでおこうといっています。これは大木先生が報告されたヨーロッパ社会での共通認識となっているCSRとはまったく異質のものです。企業にCSRを果たさせるためには大きな運動が必要だと思います。『ニューズウィーク』がCSRについての企業のランク付けを発表しています。04年の6月に出されている分を見ると、トヨタは全世界87位です。これは、財務評と社会的責任の両方をかみ合わせて評価しています。ダイムラークライスラーの順位はもっと下ですけが、社会的責任だけでみるとダイムラークライスラーの方がずっと上です。トヨタは一兆数千億円の純利益をあげている企業ですから、財務評で順位が上がっているだけです。ちなみにダイハツは359位です。
 企業の社会的責任を要求する総行動は、トヨタ総行動とかスズキ総行動など毎年おこなわれるようになっています。大阪でも御堂筋総行動などで、大企業に社会的責任を果たさせる運動を強めています。労働者の働くルールや賃金の問題だとかリコール問題など社会的な問題を企業に申し入れる。トヨタ総行動も年々参加者が増えてきている。この運動を前進させる条件が広がってきていると思います。そういう意味で職場や地域の草の根から企業の社会的責任を追及していく行動が今求められていると思います。それを今度のヨーロッパ視察で強く感じました。

 司会:次に松本さんからお願いします。

現場から見た労使関係

松本 稔

 私はマツダの技術関係で25年間働いていました。今はOBとして、マツダ革新懇で活動しています。今回のヨーロッパ訪問については『労働総研ニュース』の180号で書きましたので、足りないところはそれを見ていただきたいと思います。私は「現場から見た労使関係」について報告します。ヨーロッパで確立している働くルールは、日本の労働者から見ると大変素晴らしいと感じました。その力強さは、社会生活全般に拡がっているベースによって支えられていると実感しました。
 グローバル化のもとで、自動車産業でも国際競争力が厳しく問われ、各国の労働者のたたかいも新しい困難に直面しています。フランスにトヨタが進出し、ヴァランシェンヌ工場を立ち上げて5年間になります。5年間で生産を拡大して、3,200人が3交替で年間約24万台を生産するという状況を聞いて、トヨタの生産方式だけの問題ではなく、下請の部品開発を含め、ヨーロッパで働くルールがしっかりしているもとで、それをベースにして、十分な競争力とシェアの拡大をつくり上げている実態は一体どういうことなのかという問題に興味を持ちました。
 トヨタがヨーロッパで競争力をもついということは、ヨーロッパで日本と同じ労働者支配を実現するということですが、ヴァランシェンヌ工場では日本の労働者がおかれている状態に非常に近いところまで迫っていると実感しました。イタリアではフィアットの労働者は、トヨタのヤリス、日本名のビッツが安いコストでシェアを伸ばしているといっていましたが、9万ユーロですから約126万円くらいです。日本の値段と変わりはありません。トヨタの国際競争力は、日本の労働者の過酷な収奪、それから下請けを含めた収奪の上に成り立って出来上がっているのが実態です。それがヨーロッパに持ち込まれているのです。
 その象徴がトヨタのフランス・ヴァランシェンヌ工場です。3,200人で年間24万台を生産するというのは、日本とほとんど同じ状況です。不安定労働者が約3,200人のうち500人ですから約15%です。これはマツダの派遣労働者、不安的雇用労働者の雇用の規模とほとんど同じ状態です。しかし、不安定労働者の労働条件は随分違います。同一労働同一賃金だとか、期間が1年半だとか、いろんな条件が違いますから、日本と単純な比較はできません。労働強化で退職していく労働者、また処分解雇などで、1,000人の労働者が辞めていくという状態が先ほども報告がありましたが、そのことによって労働者の平均年齢は20代です。これだけ労働者が移動すれば生産工程は随分影響を受けるのですが、トヨタはそれを折り込み済みでやっているのです。フランスの労働者を日本の労働者の置かれている状態に近づけていると思います。ですから、労働災害、健康破壊の深刻さは、日本と同じ状態になっています。他のヨーロッパの自動車会社の労働災害または健康破壊の数字に対して、トヨタのヴァランシェンヌ工場の実態は4倍だと地元新聞が報道しているのです。
 労働者支配の問題でいえば、たたかう労働組合であるCGTの組合に対する差別攻撃も大変激しい状態があります。CGTの組合員数は、ヴァランシェンヌの工場の3,200人の中で40人あまりですから、労働者の比率からみれば1.5%程度ですが、CGT金属の産別の力がありますから、先ほど紹介があった従業員代表制度によって、全労働者の選挙で選ばれる工場従業員代表制度では、この工場が立ち上がった当初は、全体で19%くらいの支持を得ていたようです。2002年の時には45%くらいの支持を獲得していましたが、トヨタの攻撃のもとで次の選挙では14%まで押し込められたということです。このように、分断攻撃は大変激しい状態ですが、それに屈せずがんばっているという印象を持ちました。
 トヨタの労働者支配とのたたかいでは苦労が多いわけですが、CGTの組合員は、労働者全体の切実な要求を取り上げるためにアンケートなどを重視して、全労働者の世論をバックにして要求実現に努力していることを実感しました。その一方、企業の横暴に対する告発や企業の社会的責任の追及などの政策的な展望の点ではかなり苦労しながら模索しているという印象を持ちました。CGTの役員が社会的な責任問題について、企業のプロパガンダだという一方で、企業の社会的責任については自分たちが最初に述べていたといいっていました。そういう点では、企業の横暴に対する告発が、社会的にも職場からまだ十分成功していないという印象を持ちました。
 ですから、日本の大企業職場で少数とはいえ、全労連の方針と呼応した自覚的な労働者が、職場の労働者の多数派の世論をバックに切実な要求を実現する努力を積み重ねていることを、ヨーロッパのたたかいと対比して、日本も案外がんばっていると改めて逆に痛感した次第です。
 サービス残業は違法な行為ですが、これを労働者の世論をバックに、また国会でのたたかいとも結合して改善させている力、たたかいは非常に大きいと思います。労使協議会が大企業の職場にあります。この組織は、イデオロギー攻撃を含めて労働者を取り込み、会社の方針を徹底する組織になっていますが、職場でおこなわれる労使協議会は、職場の切実な要求を反映せざるを得ない場にもなってきています。特に安全問題、命にかかわる問題については労資協調の組合であっても、これを無視することはできません。そういう前進が勝ち取れるということが起こっています。
 そういう点で、ヨーロッパには産業別交渉権があり、職場には選挙で選ばれる従業員代表制度であるという二重の仕掛があって、それを労働者の要求実現に生かしているのですが、日本でもこうした組織を活用して労働者の要求実現をしていく方法を研究する必要があると思います。
 フランスだけのことになりましたが、ドイツについても勉強してみたいという気持ちがおこりました。イタリアについては、フィルカムスの未組織労働者を組織している活動について、感動しましたが、この経験を日本でも生かさなければならないと思いました。まだまだ断片的な感想ですが、貴重な体験をして、日本のたたかいの位置づけが非常に大事だということも改めて知ることができました。こういう機会を与えていただき、感謝を申し上げて発言を終わります。

 司会:次に、藤田さんにお願いします。

働くルールの確かさ

藤田 宏

 労働総研の調査団の一員としてはじめてヨーロッパの労働組合の幹部の方とお話をして、いろいろ考えさせられ、勉強することが多くありました。感じたことについては『しんぶん赤旗』に「EUで見た感じた労働事情」という見聞記を書きましたが、今日は、日本の労働組合運動をどう前進させるかという視点から学んだことを、報告してみたいと思います。
 一番実感したのは働くルールの確かさということです。どこでもそうですが、フランスのトヨタのヴァランシェンヌの労働者は、松本さんが報告されているように大変厳しい状況下にあります。厳しいことも現実ですが、ヴァランシェンヌの労働者の年間労働時間は1,600時間です。これに対して日本のトヨタの労働者は、2年前のデータですが、残業時間上限720時間です。720時間の残業上限時間で働いている労働者は1万人を越えています。有給休暇にしてもフランスは30日です。日本は15日くらいです。
 フランスで一番驚いたのは、バカンスのほかに小バカンスがあって、子どもはほぼ3ヵ月ごとに2週間休んでいます。あまりお金をかけられないので労働者は、休みごとに休暇を取って友人の別荘にいったりして、子どもと付き合うといいます。日本では考えられない事態に遭遇してびっくりしました。
 ドイツのダイムラークライスラーは欠勤率が4〜6%です。これを日本流に計算すると17〜19%くらいになります。ドイツの年休は30日ですから、事務所ではいつでも誰かが有給休暇を交代でとっているのでそうなるのだそうです。また、不安定雇用労働者がダイムラークライスラーでは4%ということでした。日本では多いところでは半分。トヨタは25%以上といっています。もちろん、非正規労働者の待遇は同一労働同一賃金です。派遣労働者企業への費用を考慮すると正規従業員の費用を超えているそうです。従業員代表委員会の人は、派遣労働者の賃金を正規労働者のそれより高くすることで、非正規労働者の比率を規制しているといっていました。
 日本とヨーロッパの働くルールは、どうしてこんなに違うのでしょう。歴史的な違いはあると思います。日本共産党の不破議長は、戦後の日本の労働者保護法は上から与えられた改革だと特徴づけています。労働基準法が制定されたけれども、実際の労働時間は制定以前と同じく、10時間くらいという状況がその後も続いた。給料は8時間を基準にして支払い、残りの2時間は残業代として支払う。労働基準法ができたけれども、工場の労働時間の実態はあまり変わらなかった。そういう歴史的な経過があったといっていました。また、フランスは日本と違い、1930年代にできた人民戦線政府のもとで有給休暇や年間の労働時間規制の問題を、労働者が全国的な闘争を組織し、バカンスにしても資本家団体と協約化して実現したのです。だから、それは自分たちの生活と結びついたもので、それをほり崩すことはなかなか大変なことであると、いわれていました。
 労働者のたたかいで働くルールを確立したという点では、イタリアのフィアットでの懇談でも学ぶことがありました。フィアットは経営危機で大変で明日にもつぶれそうな感じでしたが、そこの代表に日本のトヨタでは720時間も残業している労働者が1万人もいるといった時、彼らは「われわれの文化とそれは相容れない」と、きっぱり断言しました。この発言からは、働くルールを確立する本格的なたたかいを基盤にして、それを労働者の生活や習慣の一部にしっかりと組み入れている、そこに根ざしたヨーロッパの労働者のたたかい、働くルールのルーツというものを私は痛感しました。ヨーロッパの働くルールがたたかいによってつくられたということを、今回のヨーロッパ訪問で改めて実感したわけです。ですから、日本ではまだそうなってないけれども、日本でもヨーロッパのようなたたかいを組織すれば実現できる。それはわれわれのたたかい方次第、力関係を変えるたたかいによって実現できるという、大局的な確信を、今回の調査で私はつかむことができました。
 二つ目は、たたかいの原点は職場を基礎にして労働者の団結の力を結集することにこそあるという、きわめて当たり前のことを実感しました。トヨタのヴァランシェンヌの活動家たちは、大変厳しい状況にありながら、すべての労働者を視野に入れて、アンケート活動などをおこない、全体の労働者の要求をかかげてたたかっていました。フランスの場合、労働組合組織率は8%くらいですが、それでも6〜8割の労働者が統一行動で立ち上がってたたかう。その基礎には、企業内従業員代表制度などが日本と異なるヨーロッパの仕組みもありますが、職場に働くすべての労働者を視野に入れて職場を基礎にたたかってこそ、そういう労働者のエネルギーを結集でき、団結の力を発揮することができるのだと思います。翻って日本を考えた場合、連合の大企業職場はもちろんですが、全労連の組合も含めて職場を基礎に労働者の多数を結集するたたかいをどうつくりあげていくのかということが、私たち自身、検討しなければならない課題になっているという感想を持ち帰りました。
 三つ目は、働くルール確立の原動力は何かということです。これはイタリアのフィルカムスのたたかいを聞いて痛感したことです。たとえば、フィルカムスで女性の労働者の要求を組織する場合に、女性の労働者の中にある、「子どもが産まれた時にいったん仕事を辞めて子育てに専念し、子育てに専念した後また職場に復帰できる」そういう要求がある。この要求が切実な共通した要求であるということがはっきりした場合、その要求実現のために闘争をし、具体的に要求を実現する。働くルールを確立する要求政策というのは、制度的な研究からこれが合理的だという結論をだすことも重要なことですが、それだけではやはり力にならない。働くルール確立の原動力は労働者の要求と運動にある。労働者のさまざまな階層の要求と運動が働くルール確立の原動力となる関係にあるということを、フィルカムスでの話を聞きながら改めて痛感しました。私たちは労働者の間にあるもっとも切実でもっとも広範な層を結集することのできる要求とは何かということについて、研究していく必要があると思います。
 たとえば、飛行機の契約社員の客室乗務員を組織する場合に一番大きな力になったのは交通費の問題だそうです。国際線に搭乗する時に、夜出発だったり夜に帰着することがあるけれども、成田や羽田への交通費が契約社員には支払われていなかった。支払われてなかったため、車で来ると駐車場代がかかる、お母さんに送ってもらうと高速料金がかかる、手間も暇もかかって大変だったそうです。大人になって幼稚園の子どもでもあるまいし、親に送迎してもらう状況では仕方がないということで、通勤費を支払えという要求が共通した切実な要求でした。それをつかんだ時、客室契約乗務員が結集したそうです。一般的に差別是正の要求では結集しなかったそうです。だから、そういう切実な共通する要求をどのようにつかむのかということを研究する必要があると思いました。
 もう一つは、労働者の要求を職場だけの目から見ただけでは駄目ではないかという感じを私は受けました。これは、ボルドーで生活されている大木先生の妹さんから聞いた話ですが、フランスでは子育て支援策はすごく手厚いそうです。授乳手当てが出るだけではなく、生まれつき子どもが障害を持っていれば、そのための手当てが出る。子どもが途中で病気や交通事故で障害を持つようになれば、そのための手当てが支給される。子どもが産まれたために、男でも女でもかまわないそうですが、育児に専念するために、2人が共働きだった場合、片方が仕事を辞めた場合には、保障金が支給されるそうです。正規だった親がパートに出て50%収入が落ちた場合、収入が落ちた分の50%が支給されるなど、手厚い保障制度がつくられ、今ではフランスはヨーロッパで一番出生率が高い国になっているんです。そういう社会的な仕組みも含めて研究しながら、日本の現場で労働者の切実な要求は何かということを、労働の現場と生活と合わせたなかから具体的に分析していくことが、すごく大切ではないかということを感じました。

 司会:最後に岡田さんお願いします。

アメリカから見たヨーロッパ

岡田 則男

 アメリカから見たヨーロッパの労使関係についてしゃべるほどまとまったものはありません。企業の社会的責任の問題とか、働くルールの問題を考えるとき、さきほどいろいろ話されましたが、お題目的あるいはスローガン的にあっても、それをどう実現できるかが大変な問題だなと私は感じました。アメリカでもそうですし、ヨーロッパを駆け足で回って見て、話を聞いた感じはそれでした。なぜかというと、さっきも話が出ましたが、ドイツは別格という感じもしますが、企業の社会的責任についてのEUのグリーンペーパー、あの国際条文に対して、フランスやイタリアの組合幹部は程度の差はありましたが、現場に近いほど、企業の社会的責任についての見方は非常にクールでした。「あんなものはプロパガンダじゃないか。結局俺たちにつけがまわってくる」。こういう話になるんです。たとえば、環境を悪くしないために、ごみや排泄物を処理するのは、結局俺たちだという話になるのです。
 私からしてみたら、企業の社会的責任を実現するための文言ができたらそれを実現させるためにどうやるのかという話になると思うのですが、はじめから引いている。「あんなことは、俺たちがはじめからいってきたことで、あいつらは自分たちがいい格好をするためのプロパガンダに利用している」という受け止め方が、特にフランスでは強かったと思います。これからのことを労働運動との関連で興味深く感じました。
 もう一つは、私は全然知らなかったんですが、ヴァランシェンヌへいって、トヨタの工場に労働者が3,000人くらいいる。その中でCGTのメンバーは40人くらいです。かつてのCGTのイメージからすると、「えっ」という感じです。マイノリティーもいいとこです。しかし、中心的メンバーは非常にがんばっていますが、運動の仕方ということで見ると、私には、一つ疑問が残ったんです。「俺たちはとにかくがんばる」と、かれらはすぐいうのですが、たとえばCGTとその他いくつかの労働組合がある中で、CGTからみたら他の労働組合の組織は、概して労資協調型の、政策的にいえば、経営と妥協してしまうところがある。そういうことについて、CGTは他とこう違うんだということを、一般の労働者、組合に組織されていない労働者も含めて、訴えているかというと必ずしもそうなっていないと感じました。
 さっきの話でも出ていましたが、組合間で対立を生むようなことはやらずに、どう一致してやっていくことを大事にしているといっていました。このこと自体は、私も正しいと思いますが、同時に、CGTはこれが本当のたたかう労働組合運動だということを訴えて、工場内の選挙だけでなく、CGTがほんとのたたかう労働組合をつくるという意味で、多くの労働者に訴えかけ、影響力を広げていくという意味では、私にはまだはっきりとしたイメージがつかめませんでした。その点では日本の労働者もがんばっていると思いました。
 そのことは、アメリカも同じ問題を抱えていると思います。いま、アメリカでは唯一のナショナルセンターであるAFL-CIOからSEIU、サービス労組が脱退するとという動きがあります。SEIUはAFL-CIOの1割以上を占める組織です。180万人以上を組織している組合です。これがAFL-CIOからごそっと脱退する動きが出ています。「勝利のための改革連合」という組織があり、SEIUの動きに同調する組合もあります。その組織が全部AFL-CIOから脱退すると、AFL-CIOから4割が脱退することになるともいわれています。それはなぜかというと、AFL-CIOは「これから組織拡大に力を入れ、労働組合をもっと強くしていくんだ。もっと影響力を強くしていくんだ」ということをいって、新しい体制に1995年から6年にかけてなったけれども、それができなかったじゃないかということで、下からいろいろ不満や批判が出てきているのです。
 しかし、AFL-CIOを批判し、新しい労働運動を模索している「勝利のための改革連合」の側も、明確な変革の方向性を示していない、それが見えていないと思います。ある人にいわせれば、今の多国籍企業の政策、独占資本をどうみるかとか、アメリカの対外政策をどう見るかという議論をやり、代案を出すのではなく、ただ人数を増やすにはどうしたらいいのかが議論の中心におかれているように見えます。AFL-CIOには60近くの加盟組合があるのですが、それを合併させて、たとえば10くらいのメインの単産にまとめて、落ち目の組合を何とか持たせようという話が討議の中心にすえられているように思います。だから、組織論から運動を改革しようという今のやり方には、あまり期待できないと私には思えます。とはいえ、AFL-CIOを改革しようという議論が出てきていることは大変結構なことですから、そのあたりはよくみておく必要があると思います。
 いずれにしても、企業の社会的責任であるとか、働くルールの問題、人権の問題などについては、今までの法律や制度で運動上使えるものがいっぱいあると思うんです。それをどういうふうにして使って、ほんとの意味で草の根から、そういう運動を組織していくかという問題は、ヨーロッパでも、アメリカでも、もちろん日本においても労働運動の大テーマであると思います。本当に企業の社会的責任の中身の問題を実現する過程の方が、これまでそれを文章化する以上に何倍も大変な作業だろうということを、今回の調査に参加して強く感じました。

 司会 ありがとうございました。

(注)当日の研究例会では、6人の報告の後、質疑討論がおこなわれた後、報告者からのまとめ的発言がおこなわれた。それらは紙数の都合で割愛した。



2004年度第7回常任理事会報告

 労働総研2004年度第7回常任理事会は、平和と労働センター・全労連会館3階会議室において、2005年7月29日午前11時から正午まで、大木一訓代表理事の司会でおこなわれた。
 第2回理事会に提出する「2005年度定例総会方針案」について、大須眞治事務局長より提案された。牧野代表理事より、討議の中で全労連組織拡大基金カンパへの協力について以下の発言があった。全労連組織拡大基金カンパへの協力はもともと一年限りのものではなかった。2005年度定例総会方針でも分析されているように、組織拡大基金は未組織の組織化にとって大きな役割を果たしており、労働総研としては引き続き組織拡大基金カンパに協力していくことが重要である。討議の結果、このことについて理事会に提案し、理事会の承認を得て、定例総会にも提案することが確認された。
 次いで、事務局長より、2004年度会計報告案が報告され、討議の結果、第2回理事会に報告し、了承を得た上で、2005年度定例総会に提出することが確認された。引き続き、事務局長より2005年度予算案が提案され、討議の結果、第2回理事会に提案し、了承を得た上で、2004年度定例総会に提出することが確認された。

2004年度第2回理事会報告

 労働総研2004年度第2回理事会は、平和と労働センター・全労連会館3階会議室において、2005年7月29日午後1時より2時まで開催された。
 会議開催にあたり、大須眞治事務局長が第2回理事会は規約第30条の規定を満たしており、会議が有効に成立していることを宣言した。
 大江洸代表理事が司会を兼ねた挨拶をおこなった後、牧野富夫代表理事を議長に選出し、議事は進められた。
 事務局長より、2005年度定例総会に提案する議題が提案された。第1号議案「2004年度における経過報告案」、第2号議案「2004年度会計報告案」、第3号議案「会計監査報告」、第4号議案「2005年度方針案」、第5号議案「2005年度予算案」について、それぞれ提案された。それぞれの議案を討議した結果、2005年活動方針の中に、全労連組織拡大基金カンパへの協力を会員に呼びかけることを含めて、各議題を2005年度定例総会に提案することが確認された。

2005年度定例総会報告

 2005年7月29日午後2時より、平和と労働センター・全労連会館において、労働運動総合研究所2005年度定例総会は開催された。最初に、大須眞治事務局長が、規約22条の規定により定例総会が有効に成立しているとして開会を宣言した。
 次いで、事務局長が、儀我壮一郎理事を議長に推薦し、満場の拍手で儀我壮一郎理事が議長に就任した。議長は「規約第25条の規定により、議事録署名人として議長及び金田豊常任理事と川口和子理事を議事録署名人とする」ことを諮り、拍手で承認された。議事の審議に先立ち大江洸代表理事は、全労連の15年にわたる活動を評価するとともに、労働総研設立15周年事業として全労連と共同で取り組んでいる「労働組合調査」が全労連運動だけでなく、21世紀初頭の日本の労働運動を前進させていくうえで大きな調査成果を発揮することを期待していると、主催者挨拶をおこなった。
 次いで、国分武全労連副議長より、要旨以下のような来賓挨拶がおこなわれた。
 労働総研が全労連の組織拡大基金カンパに積極的に取り組んでくれたことに感謝の意を表する。
 全労連は、九条・憲法破壊攻撃を許さないたたかいと組織拡大を二本柱として運動を取り組んでいる。今日は組織拡大問題にしぼって報告し、挨拶としたい。全労連が呼びかけた組織拡大基金にも支えられ、組織拡大オルグを配置し、本格的に組織拡大に取り組んでいる。6つの単産と16の地方組織で組織の増加を実現できた。今年はやっと、組織拡大の運動を前進させることができるという気風が全組織的にも出てきたし、確信が生まれてきている。
 全労連が組織オルグを配置し、未組織の組織化に取り組み始めたことは、自らの切実な要求や権利を実現させるために労働組合に結集することを求めていた未組織労働者の熱烈な要求に合致し、歓迎され、未組織の組織化の運動が前進している。
 企業の横暴なリストラ攻撃によって大量の解雇が生み出されている。未組織の組織化のために活動している組織オルグをはじめ、各都道府県にできている労働相談員の活動によって、雇い止めを跳ね返す実績があがっている。とくに、青年層を中心にした非正規・不安定労働者の組織化がすすんでいることは、今後の労働組合運動の発展にとって重要な展望を与えている。
 今後とも、労働総研の協力を期待したい。
 来賓挨拶の後、第1号議案「2004年度における経過報告案」について事務局長より提案され、討議の後、全員異議なく承認した。
 次に、第2号議案「2004年度会計報告案」について事務局長より、また、第3号議案「2004年度監査報告」について、宮垣忠監事より報告され、討議の後、全員異議なく承認した。
 続いて、第4号議案「2005年度方針案」について事務局長より、設立15周年記念事業の柱である全労連と共同ですすめている「労働組合調査」の成功と12月11日に開催する創設15周年研究会およびレセプションなどを内容とする事業計画が提案された。審議において、(1)“グローバル化時代”といわれるもとで、創設15周年記念事業の一環としておこなわれたドイツ・フランス・イタリアの3ヵ国調査は、国際的な労働運動の動向を研究する上で貴重な成果をもたらしたこと、(2)労働総研と全労連が共同ですすめている「労働組合運動調査」の成果が、全労連が11月に開催する「地域運動交流集会」で発表されることになっているが、この調査にもとづく全労連の組織政策は連合評価委員会の提言と異なり、現場の意見を吸収して、運動が直面する困難打開と飛躍の発展方向を明らかにするものであり、リアルな分析を期待していること、(3)日本の労働組合運動を前進させる上で『世界の労働者のたたかい』を、ILOや国際機関、日本の労働運動の情報をも含めた内容に改善させる必要があること、(4)労働契約法制が今秋まとめられようとしているが、これは労働者保護立法を180度転換するものであり労働法制中央連絡会としても急速に運動を強化し、廃止させ、働くルール確立のための運動を発展させることが急務となっていること、(5)土光「臨調」以来、国鉄・電電公社の民営化が強行され、軍事費が拡大され、国民生活が打撃を受けてきたが、アメリカいいなり・財界優先、国民いじめの攻撃は「小泉構造改革」で頂点にたっし、郵政の民営化の強行、憲法改悪、国民大収奪を強行しようとしている、これにストップをかける国民的たたかいを急速に発展させなければならないこと、(6)最低保障年金確立をはじめ、国民生活を守るナショナルミニマム確立することが必要であり、ナショナルミニマム問題プロジェクトの成果を期待していること、(7)『春闘白書』で提起した企業通信簿運動と結合してCSRを迫っていくためのネットワークづくりをも射程にいれた運動が求められていること、(8)研究所の調査研究活動をすすめるにあたっては、プロジェクト研究で研究所の調査研究活動の共通の基盤をつくり、情勢に見合った再編の方向を検討すすると同時に、それぞれの研究部会が若手の参加を意識的にすすめ、全労連をはじめとする団体会員・活動家の参加を得て、研究部会活動に実践的刺激をあたえる必要があることなど、延べ15名が発言した。審議の中で出された意見については、常任理事会で具体化のための検討をおこなうことが確認され、「2005年度運動方針案」は全員一致で承認された。
 続いて、第5号議案「2005年度予算案」について、事務局長より提案され、討議の後、全員一致で異議なく承認された。
 続いて、大木一訓代表理事より、労働総研の調査研究活動に、総会で審議された積極的な内容を活かしていきたいとのまとめの発言があり、牧野富夫代表理事より、設立15周年記念事業など研究所活動を旺盛にしていくことが求められているとの、閉会の挨拶がおこなわれた。
 以上で、2005年度定例総会のすべての議事を終了したので、議長より議長解任の挨拶がおこなわれ、17時30分に閉会した。