労働総研ニュースNo.156・157合併号 2003年3・4月



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労働運動総合研究所緊急研究例会 「定昇廃止」論の意味を問う
─労働組合運動の「解体」をねらう財界の暴挙といかに対決するか─
2〜3月の研究活動
2〜3月の事務局日誌



労働運動総合研究所緊急研究例会
「定昇廃止」論の意味を問う

─労働組合運動の「解体」をねらう財界の暴挙といかに対決するか─

日 時:2003年3月4日(火)平和と労働センター・全労連会館


〈司会(大須眞冶労働総研事務局長)〉

 早速、労働総研の緊急研究例会をはじめさせていただきます。2月22日に開きました労働総研の常任理事会で、現在の春闘の状況などを議論した結果、研究所としても、この問題について理論的な整備をする必要があるということになり、緊急の研究例会開催を決定いたしました。文字通り緊急研究例会であるにもかかわらず、お忙しい中たくさんお集まりいただき、大変ありがとうございます。
 最初に労働総研代表理事の牧野さん、次に全労連調査局長の伊藤さんから報告を受けた後、休憩をとり、参加者全体の議論をおこない、労働総研代表理事の大木さんにまとめをお願いします。では牧野さんお願いします。

「定昇廃止」攻撃を03春闘の舞台でハネ返そう

〈報告者 牧野富夫(労働総研代表理事)〉
 わたしは、3つのことを中心に報告します。
 1つ目は、「定昇廃止」攻撃の手法・狙い、内容についてです。
 2つ目は、「定昇廃止」が労働契約・就業規則等を無視の攻撃についてです。「定昇廃止」は、明確に労働条件、労働契約の不利益変更ですから、労働者・労働組合がOKしない限り実現できません。労働組合の対応いかんでは「定昇廃止」攻撃をストップできることを強調したいと思います。
 3つ目は、春闘の舞台から分離して各個撃破攻撃を許す労働組合の姿勢の問題です。一部の労働組合は、「定昇廃止」という重大な問題を春闘の舞台ではなく、春闘と分離・引き離して、個々ばらばらに交渉するといわれています。こういうことをやったのでは各個撃破にあって、企業・資本の思うままになります。この問題は春闘の場でハネ返し、決着をつけることを、労働組合側の態度として意思統一する必要性を強調したいと考え、今日のテーマを「『定昇廃止』攻撃を03春闘の舞台でハネ返そう」としたのです。
 僅かな時間です。レジュメに沿って話します。
 「はじめに」で、03年になって「定昇見直し」攻撃が新段階に入ったと書きました。「定昇見直し」攻撃は、03春闘ではじまったわけではありません。これまでも、「経営実態の悪化」等による一時的な「定昇凍結」はありました。しかし、今年の攻撃は「定昇根絶=賃金体系の抜本改悪」の意図を鮮明にしており、これまでとは非常に違っています。トヨタのように1兆5000億円の経常利益を上げても「定昇」はしないとうように、後戻りのない方法が打ち出されているのです。
 今春闘でさまざまな重大問題がありますが、「定昇廃止」は、賃金の分野できわめて重大な問題です。労働組合の取り組みいかんではハネ返せることなどを、労働総研の常任理事会で議論し、今日の緊急研究例会を催すことになりました。そんなことを「はじめに」で簡単に書いておきました。

1 「定昇廃止」の手法

 1つ目は、「『定昇廃止』攻撃の手法」です。レジメで示しておりますが、「定昇廃止」攻撃の中身は、年功型の賃金をこのさいきっぱり止めにして、「成果主義」賃金を中心にすえるということです。年功賃金に対する解体攻撃は、これまでもずっと続いてきました。今度の攻撃は、レジュメの右に載せた日経新聞の報道(2月26日)からもわかるように、「定昇」・ベアを「存続させる」企業は18.0%しかすぎません。年功賃金を支える「定期昇給」を廃止して、その穴に「成果主義」賃金を中心としてすえるということです。上げ下げ自由の賃金制に切り換えることが、「定昇廃止」攻撃の中身です。
 1の1)で「『定期全員昇給』から『定期個別昇降給』へ」と書きました。「定昇」は全員が「定期昇給」の対象になります。今度はそれに代わって、定期に「個別昇降給」、一人ひとりが上がったり下がったりする「定期個別昇降給」に転換させようというのです。「能力主義」、「成果主義」など言葉はさまざまですが、年功賃金の骨の部分である「定期昇給」憎さで、これを打破し、次に目指す賃金体系がどうであれ、年功賃金を潰そうということで財界サイドは一致しています。
 むろん、年功賃金がいいなどとわたしたちがいうべきではありません。年功賃金は、たとえば男女の差別を生む賃金体系であるとかさまざまな問題点を持っています。しかし、年功賃金の持つライフサイクルにある程度対応して、賃金を上げていく部分は、労働者のたたかいをも反映して、守るべきところです。そういう大事なところが、人件費を増やすということで、資本によって徹底して毛嫌いされて攻撃されているのです。「定昇廃止」攻撃の本質は、年功賃金から「個別昇降給」変更することです。
 1の2)で「労働契約・就業規則等の無視」と書きました。ここで厚生労働省が「賃金・労働時間制総合調査」で与えている「定昇」の定義を確認しておきます。それによると、「一定時間勤務し、一定の条件を満たした労働者の基本給額について、定期的に増額することが、あらかじめ労働協約、就業規則等で定められている昇給を定期昇給という」と定義しています。「定期昇給」は労働契約・就業規則等で定められており、「定昇廃止」は労働契約や就業規則違反の不利益変更ということになります。
 この定義によらずとも、経営者たちは“35歳ぐらいを中心に、それより若い労働者には、賃金以上に働いて貰っている。30代の半ば辺りから後半になると、働いて貰っている以上に賃金を支払っている”といういい方で、賃金総額は労働者の生涯ではバランスしていると、いってきたのです。
 これを前提にすると、賃金以上に働いていた時期の賃金支払いをストップするのは、企業が労働者から借りている借金を返さない債務不履行です。「定昇廃止」は、労働協約や労働契約・就業規則を無視した不当な攻撃であることは明確です。
 1の3)で「春闘の舞台から分離して各個撃破」と書きました。先に申しましたが、労働組合サイドが「定昇見直し」を春闘と切り離して問題にすることは重大問題です。電機連合の古賀委員長は、「賃金制度見直し提案」については、春闘後、春闘交渉とは切り離して対処するよう指示したと「週刊労働ニュース」が報道しています。金属労協も、「定昇問題」に対する基本スタンスとして、賃金制度の改定は通年的な労使協議の性格を持つもので、労使が慎重に話し合いを尽くした上で合意を図るべきものだから、03春闘とは切り離して別途協議すべきだと表明しています。このように、「定昇見直し」問題を春闘の場を避けて協議するのは、企業ごとにばらばらでやるということです。労働組合サイドからのこういう提案は、結局、客観的には大企業の「定昇廃止」攻撃に呼応したものといわざるをえません。

2 「定昇廃止」攻撃のねらい

 「定昇廃止」攻撃のねらいは、3つあると思います。
 1つは、「人件費の大幅削減」です。年功賃金を打破して、「成果主義」賃金等に変えていくことをねらっているのです。要約すると人件費を削減する攻撃です。賃金体系問題を賃金の分け前の問題だと考えがちです。しかし、わたしは、新しい賃金体系を導入する企業の最大のねらいは人件費削減だと思います。レジメに書いた東急百貨店は、総額年4億円=5%の人件費を削減する。「定昇」をなくし「成果主義」に移すのは、人件費削減が目的であると企業サイドはっきりいっています。
 「高コスト体質」を打破するといっている経営者たちが、賃金体系を変えるのですから、人件費がトータルとして小さくなる見通しがなければやりません。そうみて間違いありません。賃金体系の今日におけるいかなる改定も、まずは大幅人件費削減です。この点を第一にあげておきました。
 2つは、「競争激化による団結破壊」です。労働者間の競争を、勤続年数などよりもはるかに刺激的な、一人ひとりの「能力」とか「成果」とかによって「評価」することを建前にして、激化させることを通じて、労働強化の水準を引き上げる、と同時に労働者間の団結を破壊する。あるいは労働組合機能の解体をねらっていることも、非常にはっきりしています。
 東急百貨店は全社員に「年俸制」を導入すると日経新聞が報道しています。「成果主義」を徹底し、総支給額を現行よりも5%圧縮しながら、労働者間の競争を激化させ、社員のやる気を引き出すねらいが2つ目にあります。支払い総額を小さくする、と同時に刺激を強くし、やる気を引き出す、インセンティブを高めるとのべています。
 3つ目は、「労働力流動化の加速」、労働力の「出し入れ自由」化です。「定期昇給」や賃金の年功カーブの存在は、労働力の流動化を早めようとしている企業には邪魔になります。長期勤続が従業員に有利になるシステムは労働力の流動化の妨げになるという理由で、「成果主義」の一つの典型である「年俸制」を導入して、上げ下げ自由の賃金体系を構築しようとしているのです。レジメに括弧して(労働力の「出し入れ自由」化)と書きました。賃金体系改悪に託す企業のねらいが、労働力の流動化を促進するうえで、ますます大きな役割を持っていると思うからです。
 労働力流動化という場合、「排除」だけでなく、30歳ぐらいの非常に高度な技術を持った労働者を雇い入れたいとき、年功的な賃金体系では処遇ができないので、「成果主義」・「年俸制」で、30歳ぐらいでも相対的に高い賃金を支払う、「ヘッド・ハンティング」ができるようにしたいなどのねらいがあります。「定昇廃止」、年功制賃金の打破の理由はさまざまあるでしょうが、企業が、「定昇」を廃止して「成果主義」にもとづく新しい賃金体系を採り入れる共通のねらいは、レジュメの2で示した「人件費の大幅削減」、「競争激化による労働強化・団結破壊(労組排除)」、「労働力流動化の加速化(労働力の「出し入れ自由」化)」の3点だと思います。

3 「定昇廃止」攻撃の意味

 レジメの3は、「定昇廃止」の意味ということで、3点を出しておきました。
 1つは、専制的賃金決定(賃金決定の先祖がえり)=「集団的労資関係」の否定です。労働組合が登場する以前は、雇う側が一方的に、労働者の生活費にも事欠く劣悪な低賃金をおしつけていました。労働組合がなかった頃は、実質的には個人単位、従業員ごとに賃金を決めたわけですから、「定昇廃止」=「成果主義」賃金は賃金決定の先祖返り、労働組合がなかった昔に先祖返りすることを意味します。
 このことは単に賃金問題の領域をこえて、集団的労使関係を形式的にはなくさないとしても、実質的には形骸化させ、1対1で決めていく、個別的な労使関係にもっていく、労働組合機能の「解体」をねらうものです。今日の緊急研究例会のサブタイトルにあるように、「定昇廃止」はそういう重大な攻撃であることを強調したいと思います。
 2つ目には、賃金が下がっていくわけですから、消費マインドがさらに冷却して、今日の不況からの脱却をますます引き延ばしすることになることも指摘しておきたいと思います。
 3つ目に、春闘における労働組合をめぐる状況は、非常に苦しいといわれていますが、その問題で労働組合が「断固NO」と統一的にたたかえば、これはハネ返すことができる。反撃のきっかけをここからつくっていくことができるに違いないと思います。第一、「定昇」がなくなることは、労働者全員が不利益をこうむるのですから、配転問題と事の重大さではなく、労働者側の受けるマイナスの広さという点で、要求は切実で全労働者に共通する度合いがきわめて大きいといえます。
 今年の「定昇廃止」論は、先に申しましたように、会社の調子がちょっと悪くなったから一時的に「定昇」を止めということではなく、今後一切「定昇」を止めて「成果主義」的賃金に変えていくということですから、全労働者がYESとはいえないのです。そして何よりも、労働組合はこういう労働条件、労働契約の不利益変更に対しては、NOという権利があるのです。
おわりに
 そもそも「定昇」は、1953年頃には、企業サイドから提案していたことです。ベースアップをしないで、「定昇」でごまかすやりかたです。「定昇」は賃金原資の追加を必要としないで、従業員一人ひとりはエスカレーターのように毎年賃金が上がっていくという心持ちになる。「定昇」はそのことと、同時に労資協調主義を涵養することをねらっていたことは非常にはっきりしています。
 日経連が「ベア」から「定昇」への転換をねらって、1953年に「定昇」を提起し、54年には、中労委が、電産、私鉄、日通の争議調停案に「定昇」意識を盛り込むことをやっている事実もあります。「定昇」は企業が従業員、労働者のコストを安くしたいということが発端です。それが定着していく中で、労働者にも将来の見通しがつくことなどを含めて、一定の「プラス」作用をもたらしたという経過があります。ですから労働者は「定昇」を丸ごと全面的に守るべきだという話ではもちろんありません。1953年に日経連は「ベースアップ」を止めて「定昇」にしょうといったのですが、昨年から、とくに今年は「ベースアップ」もしない、「定昇」もしないという攻撃ですから、労働者にとっては不利益になるだけであることは間違いありません。
 以上、「定昇廃止」攻撃の手法、ねらい、意味について問題提起とします。
 司会 牧野さんの報告は、今回の「定昇廃止」攻撃は、労働者の権利、生活の破壊に決定的な意味をもつと同時に、労働組合の存続にも非常に大きな問題をもたらすものであって、これをハネ返す権利があり、統一してたたかえば攻撃をハネ返せるという問題提起だと思います。引き続いて全労連調査局長の伊藤さんにご報告をお願いします。


財界・大企業の「定昇廃止」をめぐる現状と労働組合の対応

報告者 伊藤圭一(全労連総合労働局調査局長)
 はじめに「定期昇給制度をめぐる最近の情勢」をお話し、次に「02春闘におけるベアと定昇」の状況、3番目に「03春闘における定昇予想」、最後に「労働組合の対応について」報告します。この報告は、個人的見解を多く含んでいることを、あらかじめご了承いただきたいと思います。

1 「定昇」をめぐる最近の情勢

 1)「定昇廃止」の流れの下地づくり
 「定昇廃止」攻撃は、02春闘よりも03春闘で、財界は非常に早めにしかも本格的にしかけていると思います。去年の春闘ではベアを潰しました。今年の春闘では「定昇廃止」の宣戦布告をおこないました。経団連の主張にほぼ足並みを揃えて、民間の主要企業が「定昇見直し」「圧縮」「廃止」を打ち出しました。かれらは、「定昇廃止」によって生じる原資を「成果」・「業績」的な要素を加味した新たな賃金体系を導入するという方針をどんどん出してきています。昨年の秋ぐらいから、新聞を開けば必ずといっていいほどどこかの大手企業が「定昇全廃」の方針を発表する。組合の情報でなく、新聞発表で組合員の間に動揺が走るという構図です。
 レジメには「定昇廃止」の事例として三菱自工、キャノン、ホンダ、東京電力の4つを挙げましたが、こんな程度ではありません。
 三菱自工は全従業員の「定昇」を全廃しました。三菱は、電機の中でも温情的な昇給・昇格をしてきたといわれていましたが、そこでも「定昇」を全廃する。キャノンは32歳以降廃止です。ホンダは主任クラスから廃止する。東京電力、中部電力など電力系はみんな同じタイプです。「定昇」期間を新職務等級に移ってから9年間自動的に定昇していたのを、3年に限定し、それ以降は努力をしない者は年をとっても賃金は上がらない。ただ、「定昇廃止」のやり方、中身をみますと、経過措置というか運用上のフォローをして矛盾を抑え込むためえの手当てをいろいろ講じている、という点もみておかなければならないと思います。

 2)「定昇デメリット」論
 財界が「定昇廃止」を持ち出す理由として、「定昇デメリット」論があります。これはいくつかの労務屋の教科書によく出てくる理屈です。先ほど牧野先生のお話にもありましたが、「定昇」制度はべアを抑えて、企業内に労働者を定着させ、先輩・後輩の秩序をつくり、技能継承をおこなうために一定の機能があった。今でもこれをいう経営者はいますが、そういう役割を果してきた「定昇」は、グローバル化した国際環境のもとでは、デメリットが非常に大きくなってきたというわけです。
 第一の理由は、職務成果と賃金との乖離だというのです。従来は、年齢を加えて勤続を経るにつれて経験と技能・技術・熟練度が増大し、付加価値も高められてきたが、現在のようなドラスティックな技術革新が連続しておこる時代には、既存の賃金体系とまったく違う体系が必要だというのです。たとえばOA化がすすむと、若手のほうが短期間に習熟する。そうすると、技能や企業貢献度と賃金の年功的な部分とが乖離していく。ここを調整するのに「定昇」はデメリットがあるとの主張です。第二の理由は、拡大基調が期待できない、経営環境が非常に厳しい時代には「定昇」は人件費を硬直化させるというのです。さらには、「定昇」制度は柔軟性がなく、労働者を競争させるさまざまなインセンティブを含んだ柔軟な賃金政策がとれないといいます。
 かれらは「定昇のデメリット」論を主張し、「定昇廃止」を打ち出していますが、労務行政研究所の調査では、東証1部上場企業で実際に「年齢・勤続の自動定昇のみ」という企業はわずかに6.2%にすぎません。その他は、昇給は「査定」と組み合わされており、自動的に上がる部分と査定の両方の組み合わせで賃金が決まるケースが63.6%と一番多いのです。すでに「定昇」は実質的には形骸化させられているのですが、今春闘でつよめられている「定昇廃止」攻撃は、労働組合機能の破壊をねらった春闘破壊攻撃といえると思います。
 02春闘で一番注目されたのは電機大手です。松下、NEC、東芝は春闘の妥結直後に「定昇凍結」をいいだしました。富士通は「定昇廃止」、日立は5%賃金カットです。半年で引き上げるといっていた約束も反故にされましたし、「凍結」ですから03春闘では1年分本来の水準に戻して交渉に入るべきたというのが電機連合加盟大手組合の言い分なのですが、経営側はそういうスタンスに立っていないので、いまだに交渉にも入れないというのが、現段階のようです。
 こういう状況の中で、連合加盟組合も、賃金カーブの維持は絶対に守る、「定昇」は守るといっています。全労連は「定昇」と同時にベア分として1万円の「底上げ」を要求していますが、連合はベア分は基本的には要求しないが、賃金カーブ維持を絶対守るというスタンスで「定昇破壊」はさせないということでは頑張っているのだと思います。

2 「ベアつぶし」の02春闘から「定昇廃止」の03春闘へ

 02春闘で「定昇」がどうだったかを労務行政研究所の調査(東証一部上場企業、非上場で100人以上)でみると、「定昇」を実施した企業は81.5%です。ベアゼロが77.5%です。これからも明らかなように、02春闘は「ベア潰し春闘」といえます。「定昇」はまだ実施されています。
 03春闘における「定昇廃止」問題に話を移します。労務行政研究所の調査、東証一部上場企業の担当者に「定昇」実施の予想を聞いた数字ですが、「実施する」が69.9%、「しない」が7.5%、「制度なし」が11.6%です。ベアを「実施する」は5.5%で、「実施しない」が74%ですから、「ベア潰し」は大勢として決着はついた雰囲気です。「定昇」は7 割の企業が「やる」といっていますので、先ほど牧野先生が指摘された日本経済新聞の調査と齟齬をきたすようにみえますが、今後「定昇」をどうしようとしているかをみると、「これまでと同様に維持する」は27.9%、「一部見直し、全額・率を縮小する」が34.1%、「一部廃止」が21.7%、「全面的に廃止」が5.4%ですから、日経の調査の「定昇・ベア『存続』2割」と大体同じ世界になっています。

3 労働組合の対応

 03春闘で「定昇廃止」をどんなことがあっても許してはいけないと思います。深刻な日本経済の行き詰まりを打開していく上でも、GDPの6割以上を占めている労働者・国民の消費購買力を引き上げることが決定的に重要なのに、大手企業は次からつぎへとリストラを強行し、大量首切り、人減らし、賃金・労働条件を切り下げる一方で、売上が伸びなくても膨大な収益を上げるようになっています。
 「定昇廃止」攻撃とのたたかいでは、利益拡大のためには労働者に徹底して犠牲を転嫁する大手企業の企業収益の実態を労働者に知らせることが大切です。「定期昇給」は、労働契約や就業規則で「年一回おこなう」と明記されていた約束事で、労働者は何があってもこれだけは守られると思っていた部分です。ベアが破壊されている下では「定昇維持」はきわめて切実な要求ですから、この要求に依拠しながら、改めて賃金の水準とは何か、配分とは何か、労働者間と賃金との関係など、賃金のそもそも論にまで立ち入って、労働者の要求を実現するために誕生したという労働組合の原点にたった学習を、職場から本格的に起こしていく必要があると思います。
 先ほど、「年齢・勤続年数による自動定昇」はわずか6.2%、それ以外の圧倒的多数の「定昇」は「査定」との組み合わせであるといいました。経営者は「ベア」は廃止した。今度は「定昇廃止」を実施したいと思っても、経営者は労働者の反発が大きいことを知っています。だから「定昇廃止」で生まれた原資を、「成果」に応じて配分するなどといって、さまざまな「経過措置」を講じて、労働者の顔色をみながら実施しているのです。それを促進する上で、「定昇の時代は終わった」と新聞で大々的に報道しているのです。
 「定昇廃止」攻撃とたたかう上で、牧野先生も発言されましたが、職場の権利意識を高めていく問題があります。去年、上条先生が、来年は「定昇破壊」だということを機敏に察知して、全労連に文章を寄せていただきました。そのポイントは3つあります。
 「定期昇給」制度が就業規則の中できちんと書かれているところや、賃金テーブルがないところでも「昇給は毎年1回行われる」と書いてあるところは多くあります。給与規定、給与表がある場合はもちろん、そうではない場合でも、これを一方的に反故にする、「凍結」する、あるいは壊してしまうということは、労基法の第24条違反です。これは刑事責任も問える非常に重たい罪だということを、組合員全員に知らせて、経営者が簡単にそのようなことがいえないような職場のムードをつくることが大事です。
 2番目は、就業規則違反、労働契約違反になるということです。やられたとしても、「昇給分」の請求は2年間は時効にならないので、非常に粘り強くたたかえる。労働者にはこれだけの権利があるということを徹底させたい。
 それから、複数の組合が存在して、少数組合がある場合も想定できると思いますが、大企業の労組が職場と非常にかけ離れたところで、労使協定で「定昇凍結」を決めてしまっても、「定期昇給」は非常に重要な労働契約上の要素ですから、それが侵害された場合は、法的な拘束力は持たないという判例などを活用して、一定の確定した法理であることを職場に十分浸透させていきたいと思います。
 いずれにしても、「定期昇給」は、制度化されている職場においては労働者はそれを当てにして働いているのですから、使用者側の思惑で勝手に崩されるべきものではないということを、しっかり職場に浸透させていきたいと思っております。基本的な論点は、牧野先生から整理していただきましたので、その方針でやるとしまして、その周辺の話をさせていただきました。


討 論

〈司会〉 財界は「ベアの破壊」から「定昇廃止」を着実に実施しようとたくらんでいるが、そう簡単な問題ではない。新聞報道によってつくりだされる「定昇廃止当然」論の一般的な風潮に流されないで、きちっと対応していくことが必要であるということだろうと思います。お二方の報告について、会場からのご意見なり質問があると思いますので、休憩を挟んで、そちらに移らせていただきたます。

〈小越洋之助〉 「定昇廃止」の意味をはっきりさせる必要があります。「定昇廃止」は成果主義賃金の導入とセットになっています。それは年功的基準を廃止して成果基準を中心とする査定で賃金を決定する、つまり「成果主義」を導入するために行われています。民間の大手製造業はもちろん、銀行、損保、協同組合、医療、新聞、民放などにも「成果主義」が導入されてきています。『賃下げ、首切りご指導いたします』(日本法令、平成14年6月刊)というタイトルの書物が公然と出版され、これを指南しています。だから「定昇廃止」と「成果主義」の相互関係をキチンと見ておく必要があります。経営側は「成果主義」の導入にさいして「努力した者が報われる賃金へ」などともっともらしいことを言いますが、報われるのはごくごく少数で、多数は賃金抑制と賃下げとなるシステムを推進してきています。しかもこの「成果主義」では賃金決定を団体交渉ぬきの「人事考課」〈査定〉だけで行う。このような認識を私は持っておりますので、そこはぜひ議論をしていただきたい、と思います。

〈小林宏康〉 小越先生は非常に重要な論点として「成果主義」の問題を指摘された。わたしは、「成果主義」の一番のねらいは、賃金原資圧縮にあるという認識です。奥田氏が日経連会長時代に出した「多立主義賃金体系に向けて」で一番強調されている「硬直的な人件費管理を業績即応の人件費管理へ変える」という点が重要です。
売り上げがのびないなら、人減らしと賃下げで利益を上げればいいという大企業のコーポレート・ガバナンスの異常さをみておくことが必要です。トヨタは去年1兆1千億の利益をあげたにもかかわらずベアゼロでした。これはその異常さの典型です。トヨタは、去年6月の株主総会で自社株買い枠を6千億円設定した。それ以前に9千2百億円、13回自社株買いをしています。配当を大幅に上回る自社株を償却して株主の利益に奉仕した。ホンダの株主利益率15.1%に対してトヨタは8.5%です。これを当面10%にしたいとして、1兆何千億の利益をあげながら、株主利益を最優先して、ベアゼロにした。これが奥田氏が会長のトヨタです。奥田氏は、2000年夏の日経連のトップセミナーでの基調報告で、乳製品メーカーや自動車メーカーの不祥事に触れて「企業の良心を疑うような残念な事件が相次いでいる」「自分の会社の利益、株主の利益だけしか考えず、従業員の幸せや企業の社会的責任、幅広い関係者との調和、あるいは経済や社会全体の利益を考えないトップは、経営者と呼ぶに値しない、経営屋にすぎない」と発言した。多少とも理性的に物事を考える経営者なら、この発言を否定できないと思う。しかし現実の行動では「そんなことをいってはいられない」といって、アメリカ型の株主資本主義に追随している。これが日本の大企業の姿です。大企業の企業経営のあり方も小泉流の「構造改革」政策も、21世紀の世界の流れから孤立していく方向である。このことを、声を大にしていわなければならない。
 日本の労働運動は、かつて経験したことのない、労働条件の全面的な不利益変更攻撃が日常化する時代に入っている。労働条件は労働者の合意なしに一方的に変更できない。労働組合という団結体との合意で、労働協約や就業規則を不利益変更するというやり方が大企業では一般的です。基本的には一人ひとりの労働者が「NO」という権利を持っている大企業労組の意思決定における「民主的手続」と、情宣の適切さが検証されるべきです。
 中小企業の場合、「定昇廃止」や賃下げの提案があったとき、「NO」といって蹴っ飛ばすこともできるし、条件を付して認めることもあり得る。大企業と違って倒産することもあるからです。その判断・決定権はそこで働く労働者・労働組合がもっている。労働者・労働組合が最終的な決定権を持っている領域に攻撃をかけてきているという認識が非常に重要です。
 残念ながらそういう権利を、日本の労働運動は必ずしも十分活かしてこなかった。たとえば36協定は、労働組合の合意によって初めて成立する。これを有効に活用していれば、いまのような「過労死資本主義」とは違った資本主義をつくってこられたはずです。日本の労働組合が「ノー」という権利を十分活用できなかったのはなぜか、解明されるべきテーマだと思います。
 牧野先生のご発言にまったく賛成です。つけ加えれば「定昇廃止」攻撃とたたかう上で、ナショナル・センター、産業別労働組合のイニシアティブの発揮が決定的に重要だということを指摘したいと思います。

〈大木寿(全労連・全国一般委員長)〉 賃金を巡る状況を初めに申し上げ、「定昇廃止」問題の考え方について、今日の提起も受けてお話します。
 全国中小企業団体中央会が毎年2万数千社の調査を毎年しています。2002年調査では中小企業の約7割が賃上げなし、その内1割が賃下げ(平均2万円)という状況です。春闘共闘も去年の春闘で4割を越えるところがゼロ回答です。ゼロ回答だけではなく賃下げもあるでしょう。平均賃上げは「定昇」分の2%程度でした。まともな労働組合が一所懸命頑張って、「定昇」程度の賃上げを確保してきたというのが去年の春闘の状況です。この「定昇」制度が廃止されると、賃金闘争そのものが危機的状態になるという問題意識を持っています。
 牧野先生も強調されましたが、「定昇」制度は財界側から与えられたものですが、生活改善ができるまともな賃金が支払われていない状態の下で、せめて生活を少しでもよくしていく上での不可欠の権利である「定昇」が廃止され「成果主義」賃金に代えられる。ごく一部の人間だけが「評価」されて、あとは雇用の流動化でパートや派遣労働者と競争させられて、正社員の賃金や労働条件がどんどん切り下げられる。現にそうなっています。
 問題は大企業です。大企業は利益を上げていても「定昇廃止」の方向を明確にしている。全国一般の上場企業の例ですが、1年間赤字だと金融機関から必ず「リストラをやりなさい」と指示される。ベースアップはなし、「定昇」凍結、希望退職を募集しろというのです。政財界の「構造改革」によって、厳しい労働者の賃金・労働条件切り下げ状況がつくりだされています。「定昇廃止」が当たり前ということになったら大変な事態になると思います。
 全国一般の大阪の例ですが、経営危機になり、なんとしても銀行や大企業に潰させないということで「定昇」凍結を労働組合としても認めましたが、去年の春闘では2年分の「定昇」を実現しました。つまり「定昇」制度は、経営者にとってもきわめて重大な約束であり、われわれとしては権利ですから、中小企業の厳しい経営実態の中では凍結の判断はあり得るけれども、必ず回復させるというきちっとした合意のもとにたたかいをすすめています。「定昇廃止」攻撃は、労働組合のたたかう権利そのものを失わせる、賃金と賃金闘争を破壊する攻撃です。われわれの砦を根こそぎ奪うものだという危機意識を持っています。
 多くの中小企業では、賃金がなかなか上がらない。その一番の重しは大企業です。その背景には政財界による中小企業潰しがあります。中小企業の労働組合はどのように賃金闘争をすすめているかといえば、今までは大企業流のやり方が中小企業でも大きな影響力を持っていたから、「定昇」には手をつけなかった。さまざまな手当を削減する、退職金を削減する、つまり総額人件費を削減して生き残りを図ってく傾向があるし、現実に起きているのです。未組織職場はどうなっているのか。全国中小企業団体中央会の1999年の調査でも、定昇廃止が1割、「成果主義」賃金の導入は2割に達しています。ですから「定昇」の歯止めがなくなった場合は、「成果主義」賃金へ雪崩を打って転換するインパクトを与えると思います。
 伊藤さんが「定昇廃止論に対抗して」のところで指摘された上条先生が提起された問題は非常に重要です。全国一般は「定昇」凍結に合意した場合でも、これを元に回復させるたたかいを当然やりますし、今まではよほどの理由がない限り「定昇」ゼロというのは少なかった。しかし、賃上げをしない企業が、未組織職場を含めて7割ですから、非常に大きな影響力を持ってきます。上条先生の指摘のように、職場の権利意識を高めることが非常に重要です。この点で小林さんと同じ意見です。銀行の労働者から相談を受けました。そして、労基法24条違反で監督署に行ったら、こういうのです。「世の中がこれだけ賃下げされていると、定昇凍結は止むを得ない。もし争うのだったら民事でやってください」。相当詰めたら、「厚生労働省の判断を待たないとなんともいえません」という。ですから、労基法24条違反でたたう場合でも、個別の企業任せではなく、「定昇」を労働者・労働組合の権利として政府に認めさせ、守りなさいと指導させるたたかいが必要です。このたたかいをやらないと中小企業においても、大企業で泣く泣くそれに応じざるを得ない労働者も含めて、犠牲が非常に広がると思います。
 そういう意味で、1企業、1労組の問題にするのではなく、全労働組合の課題として「定昇廃止」の問題をたたかわなければいけないし、いろんな方法を弁護士、研究者も含めて研究もし、大きな運動にしていくことが、いま求められていると思います。牧野先生の指摘のとおり事態はきわめて重大です。これを打開するため、全国一般としても今日の提起を受けて、職場の権利意識を高めるだけではなくて、全労働者、全労働組合の課題として、どうたたかっていくのか。合わせて中小企業の経営者にも理解を求めていくような運動が、わたしたちに求められていると思っています。

〈辻岡靖仁(労働者教育協会会長)〉 「定昇廃止」問題は、いろんな角度から議論する必要がある。一つは財界の政治経済政策全体とのかかわり合い、二つ目は賃金論とのかかわり合い、三つ目は権利問題とのかかわり合い、四つ目は労働組合運動そのものとのかかわり合いです。わたしは、賃金論、賃金闘争論の角度から議論に参加します。
 今回の「経労委報告」は、「成果主義」賃金の新しい段階を示していると思います。それは、財界主流が「定昇廃止」=年功賃金の完全廃止へ思い切って踏み切ったことです。失業の増大を利用し、フェミニストが主張している賃金の「個人単位化」の主張も悪用しながら、新しい低賃金水準の確立をねらってっているとみるべきです。賃金が生活費であることを否定する方向に大きく踏み出したのです。
 95年の日経連報告『新時代の日本的経営』では、年功型賃金の縮小・廃止といってきましたが、今日まで完全にそれはできませんでした。その理由は、一人で自活できない安い初任給から出発しているため、30歳前後まではどうしても年齢・勤続で、定期的に昇給をさせていかざるを得ませんでした。賃金は生活費であるし、労働者はそう願っています。それを否定することはできませんでした。そのために年功式が職務給や「成果主義」等と混ざりあいながら維持されてきたのですが、「定昇廃止」の方向を思い切って財界の主流が打ち出したのです。
 それを青年向けには、先ほど小越さんがいわれたが、「努力する者が報われる賃金」だと宣伝しながらすすめています。「定昇廃止」の第一のねらいは、賃金水準を一段階低い水準へ引き下げる攻撃だということです。第2のねらいは、きわめて恣意的で主観的な「査定」にもとづいて、労働者を競争させ、労働強化に追い込む。第3のねらいは、牧野さんがいわれたように、中高年齢層を「成果主義」で低く査定して、賃金は以前より下がる。中高年齢層を職場から追い出す、労働力の流動化すすめる。第4のねらいは、賃金の個別管理を進めて、労働組合の団体交渉、労働組合の賃金決定の権利を剥奪することであり、労働組合機能そのものを否定するといった攻撃と一体となってすすんでいると思います。
 したがってこれに対するたたかいは、全労連・全国一般の大木さんがいわれたように、全労働者が全国的に立ち上がってたたかうとことが必要であることを強調しておきたい。とくに職場で、青年層と中高年齢層が討論することがどうしても必要です。初任給が低いこともあり、賃金が上がらないどころか、下がることもある情勢のもとで、「成果主義」に期待をする青年が多いという側面を、しっかりみておく必要があります。その場合、賃上げ要求、賃下げ反対、底上げ要求などとしっかり結合させた討論が必要です。「成果主義」が不幸にして導入された場合、格差縮小、公平・公正で客観的な基準を明確にする査定、査定の公開、苦情処理機関の設置など、さまざまな修正の要求と結合してたたかっていくことも必要です。同時に未組織労働者、パートの時給の引き上げ、最低賃金制の確立といった要求ともしっかり結合しながら、全労働者・労働組合のたたかいとして発展させることが必要です。

〈鹿田勝一〉 日本経団連のデータをみると、93年ごろからベアと「定昇」が逆転しまして、去年はベアがゼロ、「定昇」は1.89%でした。93年ごろの「定昇」は2.2%です。日経連は労務構成が三角形から逆三角形になって、持出し原資が多いといっているが、これは眉唾ものです。日経連は、約10年間ぐらいかけて「定昇廃止」にいよいよ手をつけてきたという感じです。
 春闘の変化では去年、春闘は賃下げ機能に転化した。今年の春闘で財界は、賃下げシステムをつくろうとしているのではないか。「定昇廃止」には危機感を持っている。「定昇」は賃金構造維持分としてミニマムの要求です。ミニマムの破壊に対して、労働組合がアクションを起こすのは当然ですが、結果的に「定昇見直し」と賃金制度は切り離そうという形でいますすんできていますが、現実には同時交渉となっているところもあります。
 去年も電機の場合、春闘回答日に、「定昇」を半年から1年延期するという形で提案されましたが、これはあまりにも酷すぎるので、妥結から遅れて4月になった。電機の職場では今春闘でも、労使で「定昇見直し」がかなりすすんでいたのが実態です。いま出ているのは日立とNECですが、ほかにも三菱、東芝などといろんな形で出されてきている。
 「定昇廃止」の場合、共通しているのは年齢給の圧縮か廃止です。「定昇」には年齢と勤続、「習熟定昇」がある。「習熟定昇」は当然「査定」が入ってくる。いまほぼ共通しているのは「定昇」部分で年齢給を圧縮ないし廃止です。残った原資をどうするかで、労働側のほうは時間をかけて論議をしようといっている。その場合、例に出されるのがホンダの例です。ホンダは、約2年ぐらいかけて賃金制度の見直しをやり、去年の10月に実施した。ホンダの場合は原資を出して、全体の賃金水準は上がっている。だから「定昇廃止」が即賃下げではなく、能力や成果評価で賃金が上がるのだという理屈がまことしやかに通りつつある。
 JMIUなどでも賃金制度をたたかったから百も承知だと思います。企業が賃金制度を直すときは、調整給などという形で原資を付けてきます。それが5年間なり7年間経ってみれば、結局その持ち出し原資は会社がねらうように総額原資の削減になっているのです。今度の「定昇」削減が賃上げにもなるということに対して、調整給などがどういうものか調べて、結果としてみれば総額人件費の抑制なのだということを、事実で明らかする必要があると思います。
 また、定昇圧縮・廃止にかかわっては、富士通では「定昇」制度はもともとなくて、「成果主義」賃金でした。しかし、実態的には6級とか5級など年間昇給という形で、運営上年功的部分が1%前後ある。それを今度は30歳モデルのみ維持し、定昇を圧縮しようとしている。会社側は30歳技術職で6級の1というポイントで交渉してきている。組合関係者は6の1は一番底辺で、6級には数ランクあるから、ミニマムだけでなく、基軸労働者も当然交渉すべきではないかという意見があるが、会社はミニマムだけ交渉すればいい、そこから先は「能力主義」「業績主義」だから、昇降給するといっている。だから、「年齢定昇」を圧縮廃止し、その原資を「成果主義」賃金に持っていく場合、その「成果主義」の交渉ポイントで、ミニマムだけでなく基幹労働者のところも労働組合としておさえていくという戦略を持つ必要があると感じています。
 戦後日本の賃金体系は職階給や職務給、職能給、職能資格制度を経て、成果主義賃金、多立型賃金体系に移行しながら「成果主義」も破綻するというところまできた。富士通や銀行の場合で明らかなように、ミスは他人のせいにして成果を独り占めにし、高い目標を設定しないという形では、会社は結局いい製品をつくれないという点などをみれば、いま会社がねらっている「定昇廃止」も「能力主義」も、結果的にうまくいかないということを含めて、もっと「定昇廃止」と「能力主義」の問題では、実態を含めて反撃をしていく必要があると思っています。
 労働力の流動化や多様化と関係しますが、同じ職場に出向、派遣やパート労働者がきた場合、勤続ゼロの年齢のところをきっちり抑えると同時に、その職種をどう企業を超えた横断的な水準をつくっていくことも考える時代になっている気がします。「定昇」は、牧野先生がいわれたように53年ごろ経営者の方が勝手に出してきた制度です。私鉄総連などは査定による定昇導入に反対し「定昇」がないまま戦っている。賃金問題はドイツなど西欧型賃金制度、日本型年功賃金で論争がありましたが、ライフサイクルに見合った生計費と仕事と賃金と交渉システムをどうするかなど、賃金論を検討する時期ではないでしょうか。連合も賃金政策を検討する方向です。働く者の賃金制度を、ナショナル・センターや産別レベルで考える時代になってきているという気がします。

〈司会〉 会場からの発言が続きましたので、報告者のほうはうずうずしていると思います。牧野さんの方からご発言をお願いします。

〈牧野富夫〉 「定昇廃止」の穴に「成果主義」賃金を埋め込む。その「成果主義」のねらいをレジメで3点あげました。みなさんのお話でも「定昇廃止」攻撃の事実上の内容は「成果主義」化であるということです。ポイントは賃下げです。いろんなイデオロギー攻撃があります。大きなものとして次の3つを潰していくことが大事です。1つは「国際競争力」論です。国際競争力は人件費だけで決まるわけではありません。にもかかわらず、春闘の頃になると人件費のみが国際競争力の要素であるようない言い方をします。2つ目は「デフレ」論です。実際は物価以上に賃金のほうが下がっているのに、「定昇」をなくしても、賃金が下がっても、物価がそれ以上に下がっているからいいではないかというイデオロギー攻撃です。3つ目は「正規と非正規の平等」論です。要するに正規を抑えて非正規に近づけようとする攻撃です。
 この3つは「定昇廃止」、「成果主義」化のイデオロギー攻撃として、繰り返していわれているように思います。若年層は賃金があまりにも低すぎて、現状の賃金体系に不満を持っているわけですから、それに乗りやすい。95年の日経連報告の中で「ラッパ型賃金」を打ち出しました。あるところまでは多少「定昇」的要素を残すが、あるところからは「定昇」を廃止して、例外的な超特優遇組以外は賃金を寝かせる、あるいは下げて「ラッパ型賃金」に持っていこうとしていると思います。
 わたしは、賃金を小さくすることが今の賃金体系攻撃の第一の中心あることを強調いたしました。

〈伊藤圭一〉 多くのことを教えていただいたことに感謝しております。「成果主義」を入れた企業はうまくいっているかというと、非常に大きな問題をいっぱい抱えており、職場が納得いく評価システムを開発し得ていません。職場が納得しない格差を付けると、一次評定者として部下をうまくコントロールできなくなるので無難な線に落としていくという話を現場ではよく聞きます。
 そこで、労働者間格差をはっきりつけやすい制度として、多立型賃金、要するに雇用形態がまったく違う労働者を入れることをさらに進めようとしているのではないかと思います。同じような職群の労働者を、年功的な部分をなくして、成果・業績で「査定」するという、非常にめんどうで手間のかかる仕事をおこなって格差を付けるよりも、初めから違う雇用契約だと、労働者自身を納得させやすいのです。基幹労働者を細らせて、その周辺に非常に高度な仕事はするけれども、有期雇用契約の労働者群をつくっていく方が楽だということに経営者たちは気がついていると思います。それに対応して労基法などもいじられているのです。賃金問題について雇用形態問題とあわせて考えるべきでしょう。

〈司会〉 会場からのご発言をお願いします。

〈国分博文(全農協労連書記長)〉 農協では多くのところで「定昇」制度を維持していますが、金額的には低いところで3,000 円ぐらい、高いところで9,000 円ぐらいです。このように、「定昇」自体もかなりの差があります。この間、「定昇」制度にいろんな攻撃がかけられています。1つには、55歳以上になると、「定昇」・ベアなしとか、賃金を1割とか一定程度削るなど、「定昇」を崩す攻撃です。また臨時やパート職員には時間給・日給制が多いので「定昇」自体がありませんから、労働組合としてどうたたかっていくのかが、改めて問われています。
 「定昇」自体も、たたかっていかないと勝ち取れないのははっきりしています。わたしは去年8月から本部にきましたが、それまでは岩手で仲間と一緒に春闘において団体交渉をやってきました。特にここ10年ぐらい、「定昇」を回答指定日に団体交渉できちっと確認する努力をしています。自分たちの賃金は自分たちで確認し、経営者にもきちっと認識させるという意味で、「定昇」を団体交渉の冒頭に確認していくことを、全農協連全体として重視をしています。「定昇」の廃止、賃金破壊の攻撃とたたかうという点では、「定昇」を守るというだけでは弱いと思います。「定昇」制度の範囲の外にいる労働者が職場で非常に増えていますから、臨時・パートの人たちの賃上げを労働組合として要求もし運動もしていく。私たちの単組の中には、郡内の統一した最低賃金制度確立を要求し、実現をして30年以上経つところもあります。そうやって賃上げを全員の力を結集して納得できる決着をしていくことも非常に大事です。
 先ほどもお話がありましたが、農協でもコース別人事、複線型人事など、職能資格制度や新人事制度の導入がはじまり、「定昇」を破壊しはじめています。経営者の意図で一部の人たちだけの賃金が上がる、そうして競争させる、すさまじい人件費削減方針になっています。そういった中で地域で生きていきたいとがんばっている農協労働者は、農業つぶし攻撃など、いろんな困難はありますが、切実なベア要求を掲げてたたかい始めています。「定昇」問題も含めて全体の農協労働者の賃金の底上げをめざして取り組みをすすめているところです。

〈吉田正美(全教中央委員)〉 「定昇廃止」の問題と係わって、公務員制度改革の動向を申し上げます。公務員制度改革の中では、天下りの問題、公務員の採用制度の問題など、いろいろありますが、一番重要な問題は、能力等級制度と業績評価制度を導入するということです。能力等級制度は非常に複雑で、中身を申し上げる時間的なゆとりはありませんが、新しい公務員給与システムの考え方の中には、「定期昇給」という考え方はありません。毎年職員の「業績」を評価し、「業績」の評価によって給与が上がったり、上がらなかったり、下がったりということが、毎年おこるわけです。給与を個別に管理いたします。昇給や降給したりする新しい給与制度を導入する案が出されています。それを補完するものとして、いまの評価システムでは評価ができないこともあり、新しい業績評価制度を導入するという提言です。
 政府は、2006年に新しい公務員制度を導入するという考え方です。いまの通常国会に国家公務員法、地方公務員法など公務員制度改革に必要な法案を提案するといっています。まだ法案は提案されていませんが、政府は法案を提案するといっています。公務労組連絡会や国公労連、全教、自治労連は、これからこの公務員制度改革と本格的なたたかいをおこないますが、政府が考えている公務員制度改革、特に給与制度や業績評価制度は、今日議論されている日本の労働者全体の給与問題に、非常に大きな影響を与える内容であるということをご紹介しておきます。
 司会 時間も迫ってきていますので、労働総研が用意したアピール(案)をも踏まえて、この緊急研究例会のまとめを、労働総研代表理事の大木さんにお願いしたいと思います。

まとめ

〈大木一訓(労働総研代表理事)〉 貴重なご意見をいろいろ聞かせていただきまして、ありがとうございました。労働総研は、毎年2回ぐらい研究成果を対外的に発表する研究例会をおこなっています。今年は3回目になりました。今日の緊急研究例会のいきさつはすでに牧野さんが申したとおりです。今日の緊急研究例会は、単に研究を深めるだけではなく、できればこの場にお集まりのみなさんの総意で、この問題の重要性を社会的にアピールすることを考え、お手元に配っておりますアピール(案)を準備させていただきました。
 今日お配りしたばかりですから、十分読んで検討していただいける時間がなかったかと思います。読んで、ご意見も寄せていただいた上で、労働総研の責任でまとめたものを発表することに、ご賛同いただければ幸いです。今日の報告者のお二方とみなさんの議論を聞いておりましていまして、補足すべきところは補足したいと考えます。
 議論をお聞きして、今回の「定昇廃止」あるいは見直しの動きを、どういう段階のどういう性格のものとして捉えるかという点で、非常に危険な賃金「破壊」の新しい段階であるということで一致できたのではなかろうかと思います。これは賃金切下げの恒常的なシステムとなってくる可能性がある。あるいは意図され追求されている新たな低賃金水準の追求が、従来ともかく企業も認めざるを得なかった生計費原則を根本的に否定していく性格のものである。「成果主義」賃金の攻撃も一段と危険な性格を持つものに転化しつつあるというご意見は、ほぼ全体で確認できたのではないか。そういう点を強調し、いっそう深めていかなければいけないと思います。
 「定昇廃止」は、結局何をねらっているのかということですが、単に賃金原資を縮小・圧縮して、競争力強化を追求するだけではなく、追求の仕方が質的に違っているというご指摘がありました。賃金水準決定は、企業の高収益確保の経営戦略に従属する変数として扱っている。こういう点も具体的なたたかいの中で明らかにして是正を求めてなければいけないと思います。アピール(案)の中でも、不利益変更になる大幅な労働条件の改定をおこなう場合の判例や労働基準の問題にも触れていますが、問題は、お話の中でありましたように、個々の労働者や労働組合の権利意識を高めて、それに立ち向かっていくことはもちろん大事だけれども、産別なりナショナル・センターなりを含む、企業の枠を超えた大きな統一的な運動の中でハネ返していくということでなければ、十分な対応ができないという指摘も非常に大事なこだと思います。
 この問題を、賃金問題だけの範囲で考えるのではなく、いまの労働構成の変化、雇用の問題とも結びつけて考えなければいけないというご指摘がありました。もう少し広く、小泉内閣や財界がすすめている大きな戦略的な政策展開の中にこれも位置づけて考えなければいけないという指摘がありました。また、「定昇」守るだけではなく、地域経済を活性化させ、不安定雇用の問題を打開していく問題とも繋げて考える必要があるというご指摘もありました。さらには、公務員制度の改革問題と、じつは大きく繋がっている問題であるというご指摘もありました。
 今日提起されている問題の性格は、非常に根が深く、広い係わりを持つ問題です。このことが、今日のみなさんの議論で非常にはっきりしてきたと思います。いずれにしても、冒頭でお願いしましたように、みなさんのご賛同をいただき、最終的な文案は労働総研に任せていただいて、発表させていただきたいと思っています。どうか率直なご意見をいただきたいと思います。

〈司会〉  いま大木代表理事から提案をした件について、なにかご意見があればお願いします。

〈大木寿〉 このアッピールは非常に大きな影響力を与えると思います。だから、労働総研緊急例会参加者一同ではなく、個人的な意見ですけれども、労働総研として出したほうが社会的にインパクトがあるし、労働組合の議論とか勉強の材料になる社会的アピールとして出していただきたいと思います。

〈伊藤圭一〉 いまの大木さんがおっしゃったことに加えて、出す時期ですが、3月12日が全労連も連合も回答指定日です。出すとすれば、「定昇」問題も大きくクローズアップされています。12日以前に出していたがきたいと思います。

〈大木一訓〉 ではそのように取り計らいたいと思います。

〈司会〉 このアピールは労働総研の責任で出すことになりました。時間も8時半になりましたので、研究会を閉会したいと思います。緊急に開催したにもかかわらず60人の方に参加いただきました。大変有り難うございます。労働総研が緊急研究例会を開いたのは、この問題は見過ごせないという観点からでした。今日は、夜遅くまでご協力いただき有難うございました。




2月〜3月の研究活動

2月 2日 不安定雇用労働者の実態と人権プロジェクト−業務請負調査結果より明らかになること他
  8日 研究例会−これでいいのか・日本資本主義シンポジウム(大阪・詳しくは前号に掲載)
基礎理論プロジェクト−報告書の内容検討
関西圏産業労働研究部会−資本の国際化と賃金
  25日 女性労働研究部会−日本経団連「経営労働政策委員会報告」について
  27日 青年問題研究部会−宮本美智子について
3月 4日 緊急研究例会−「定昇廃止」論の意味を問う
  7日 国際労働研究部会−「世界の労働者のたたかい2003」について
  8日 基礎理論プロジェクト−最終報告書について
政治経済動向研究部会−新年度のテーマ設定について
  10日 賃金最賃問題研究部会−全国一律最賃制とナショナル・ミニマム
  26日 日独共同研究交流会(働くもののいのちと健康を守る全国センターと共催)
  28日 女性労働研究部会−自動車産業における女性労働の現状について

2月〜3月の事務局日誌

2月 13日 労働法制中央連絡会事務局団体会議(西村)
  19日 話題提供型調査検討委員会
  20日 事務局会議
  21日 日高教第19回特別大会へメッセージ
加盟単産訪問(大江・大須・藤吉)
  22日 第3回常任理事会
  27日 事務局会議
  28日 労働法制の改悪を許さない学習決起集会(西村)
3月 7日 「定昇廃止」政策の撤回を求めるアピールの記者発表
  8日 広島県労連・春闘共闘シンポジウム(大須事務局長講師)
  9日 山口県総決起集会(大木代表理事講師)
  12日 全損保第82回中央委員会へメッセージ
  20日 事務局会議
  28日 加盟単産訪問(大江・大須・藤吉)
  29日 第3回編集委員会
プロジェクト・研究部会責任者会議