2002年9月1日・10月1日(通巻150・151合併号)



目   次
巻頭言

「マイナス人勧」とのたたかい
             ………………………浜島  勇 

論 文 

「マイナス勧告」と労働運動の課題
             ………………………大木 一訓

6月〜9月の研究活動
6〜9月の事務局日誌
寄贈図書



「マイナス人勧」とのたたかい

浜島  勇


 人事院は8月8日、国家公務員の給与について、4月より平均−2.03%(7,770円)、一時金を0.05ヶ月切り下げる勧告・報告を政府と国会におこないました。「マイナス勧告」の「完全実施」に対する国・自治体や議会、職場で議論が巻き起こっています。とくに、臨時国会では、「賃下げ給与法案」が小泉政権の経済政策との関連や「公務員制度改革」との関係で議論となっています。

 02「マイナス人勧」の問題点は、公務員賃金が年間平均15万円のダウンとなり、国・地方の公務員合わせて約440万人の賃金が総額で約7,000億円削減されることになります。この影響は@人勧関連労働者750万人の賃金引き下げに連動することA民間賃金交渉での賃下げの口実にされ、「賃下げの悪循環」を引き起こすことB労働者の賃金削減が加速し、消費不況をいっそう深刻にすることなどが指摘されています。

 さらに勧告は、「4月の官民比較でマイナス格差が生じたので、賃下げも4月実施が当然」として「4月からの賃金削減の調整」をおこなうことを求めています。これは、「不利益不遡及」の法理をふみにじる「脱法行為」であり、断じて許されません。こうした手口が民間にも広がれば、「経営難」を口実に賃金・雇用破壊が際限なくひろがり、労使合意の賃金・雇用決定システムが崩壊することになります。また、「マイナス勧告」は、公務労働者から労働基本を剥奪して政府・財界の賃金抑制・労働力政策の道具とされている人勧制度を改めて浮彫にしました。いま、国民のなかに人勧体制への関心が高まり、「人勧体制」と国民生活とのあり方が課題となりつつあります。

 そして、小泉政権は、「マイナス勧告」をテコに、年金物価スライド見直し、2.3%年金削減、生活保護など公務員賃金を基準とする公的給付の削減を来年度予算編成にむけて企図しています。こうした状況のなかで公務労組連絡会は、「賃下げの悪循環」打破、「消費不況の拡大」阻止のたたかいとともに、公務員労働者から労働基本権を奪っている人勧体制の打破に向けて、憲法にもとづく「民主的公務員制度確立」200万署名運動を軸に秋のたたかいを展開しています。

(はましま いさむ・公務労組連絡会事務局長)




「マイナス勧告」と労働運動の課題

大木 一訓

 本年8月、人事院が1948年の制度創設いらい初めて国家公務員一般職の給与引き下げを勧告して以来、その衝撃はますます大きな広がりを見せている。職員の平均年収を15万円も削減するこの勧告は、いま国ばかりでなく地方自治体においても実施されようとしており、このまま進むならば、国家公務員ばかりでなく、地方公務員、郵政など4事業職員、さらには広範な民間労働者の賃金にもマイナス効果が波及して、労働者たちは来春闘前にも賃下げの嵐に見舞われることになろう。それは、不良債権処理の加速にともなう失業・倒産の多発や、医療・介護・失業・年金等に見る一連の国民負担増政策とあいまって、日本経済をさらに破綻の淵に追いやるに違いない。

 問題は労働者・国民の経済的な被害ばかりではない。ことしの勧告には、@人事院勧告制度自体を変質させ、公務員の労使関係やその賃金決定の仕組みを支配層の意向にそって改変・再編しようとする意図が、Aまた、そうすることで労働運動の力を弱め、国民に奉仕するよりも支配層に忠実な公務員をつくりだそうとする狙いが、Bさらには、公務員の賃金・労働条件切り下げをテコとし、地方自治体をも巻き込んで、国民にいっそうの労働・生活条件切り下げを甘受させようとする思惑が、込められている。その政策は、2002年春闘において財界が主導した労働組合無視の賃下げ攻勢とも連動して、労働者・国民の民主的な権利と運動に対して鋭い攻撃の矛先を向けるものとなっているのである。

 2003年春闘にむけて、この「マイナス勧告」とのたたかいは労働運動全体の火急の運動課題となっている。この小論では、「マイナス勧告」の反動的な性格を検証しつつ、その強行実施が労働組合運動の前途にどのような条件と課題を生み出すことになるかを考えてみたいと思う。

1 02年度人事院勧告の主要内容

 はじめに今年の人事院勧告の主要内容をふりかえっておこう。勧告は、大きく二つの部分からなっていた。一つは、国家公務員一般職職員の給与改定にかんする報告(別紙1)と勧告内容実施のための法改正の勧告(別紙2)であり、いま一つは、公務員制度改革の向かうべき方向についての報告(別紙3)である。

 前者の給与改定の骨子は、@官民逆較差(△2.03%、平均7,770円)に見合うよう月例給の引き下げ改定をする、A期末・勤勉手当(ボーナス)を0.05ヶ月分引き下げる、B3月期のボーナスを廃止し、6月、12月期に振り分ける、C本年4月以降のすでに支払われた給与については、月例給引き下げ相当分を12月期の期末手当から差し引いて支給する、というものであった。この勧告通りに実施されれば、本俸切り下げと4年連続の一時金削減により、国家公務員は平均して2.3%、15万円の年間給与減少になる、という内容である。

 それに加えて、別紙1の報告で見落としてはならないのは、D「地域における公務員賃金のあり方」について、「地域の民間給与をより反映させていく必要がある」として、公務員賃金に地域間格差を導入しようとしていること、E「公務員給与制度の基本的見直し」をかかげて、「能力主義」の人事・給与管理の必要を強調するとともに、独立行政法人の労働条件決定に国が関与していく必要を主張していること、Fさらに、公務員労働組合が要求してきた「はたらくルールの確立」(労働時間の短縮、サービス残業の解消、公務臨時職員など不安定雇用労働者の均等待遇、女性差別の禁止、など)について、今年の勧告では実効性のある具体的な勧告をまともに行わなかったこと、の諸点であろう。

 後者(別紙3)の公務員制度改革についての勧告では、@公務員および公務員制度に対する国民の批判に応える必要を強調し、幹部職員の不祥事や「天下り」等について是正措置を講じる必要を指摘しているものの、肝心の「キャリア官僚システム」や政財官癒着構造については根本的な改革に踏み込まず、部分的な是正にとどめている、A今後の公務員制度改革の方向として、民間企業ですでに多くの問題点も明らかになってきている「能力実績主義」、新人事評価制度、勤務形態の多様化、などを導入して公務労働の効率化と管理強化をはかろうとしている、B各省の人事管理権限を拡大して、人事院の「代償機能」空洞化につながる事後チェック型の人事管理をすすめようとしている、Cさらに最大の問題として、「現行の労働基本権制約を引き続き維持するのであれば、公務員の勤務条件の基準については人事院が代償機能を適切に発揮することが憲法上要請される」として、公務員の労働基本権剥奪を前提として今後の公務員制度の運営を考えている、といった特徴を見ることができる。

2 「マイナス勧告」の問題点

 こうした今回の人事院勧告に対しては、すでに全労連や公務労組連絡会、国公労連、自治労連、全教などが厳しい批判声明を出しており、また、公務労組連絡会などによる詳細な「分析と批判」も刊行されている(公務労組連絡会『2002年人事院勧告の分析と批判』2002年8月)。それらの「批判」のなかで、とりわけ強調され指摘されているのは、次のような諸点である。

 @勧告が日本経済に及ぼす影響の大きさを考慮にいれて、当局は、勧告機能を単なる「民間準拠」に矮小化せず、「デフレ不況」打開にむけた積極的な公務員賃金改善を提起すべきであったにもかかわらず、逆に、不況のさらなる深刻化と賃金・労働条件および雇用・失業の悪化に導くような勧告を強行した。

 A今回の人勧では、官民較差の算定にあたって調査対象事業所の抽出方法を変えるなど調査方法の変更を行ったが、その結果は、2.03%という他の賃金諸調査によるよりも高い較差が引き出され、定昇分をふくめても現行賃金水準を確保できない大幅な賃下げ勧告となった。調査内容の意図的変更が疑われても当然の算定方法である。

 B一般職職員全体にこのような賃下げを強要することは、公務サービスの安定的確保という政策的見地を蹂躙することである。

 C労働者にとっての「不利益変更」は遡及しない、という労働法上の原則があるにもかかわらず、国が自らその原則を踏みにじる「調整」措置をとることは許されない。

 D勧告は、時短、育児休業、介護休暇など、公務員の切実な要求をまったく無視している。

 いずれも今次勧告のかかえる本質的な問題点を鋭くえぐり出しているが、問題はそれらが今日の小泉「構造改革」や財界戦略との関連でどのような位置を占めているのか、労働運動全体にとってどのような課題を提起しているかである。

3 今次勧告に見る人事院制度の役割変化

 今回の「マイナス勧告」が労働運動にとってもつ意味を的確に把握するためには、人事院および人事院勧告の役割がそもそもどのようなものであったのか、また、それが今日どのように変化しつつあるのかをまず確認しておく必要がある。

 21世紀初頭の日本においては、今日なお公務員労働者の労働基本権を制限するという異常事態が続いているが、人事院制度は、この異常事態の存続を根拠として成立・機能してきた、きわめて欺瞞的ぬえ的な制度である。

 第二次世界大戦後、日本民主化の一環として初期の労働立法が整備されていった時には、官公労働者の労働基本権も民間企業労働者の場合と同じように、なんら区別されることなく保障されていた。それが突如として制限されるようになったのは、1947年の二・一ストに対するアメリカ占領軍の中止命令を契機として、占領軍とわが国支配層による官公労組合運動に対する弾圧が強化されるようになったからであった。われわれが忘れてはならないのは、公務員の団体交渉権・争議権はアメリカ占領軍の命令を根拠に公布された「政令201号」によって剥奪されたこと、そして、その剥奪を制度化し、「代償」措置として人事院を創設した現行の国家公務員法は、アメリカから日本に送り込まれたブレイン・フーバーの、一言一句の修正も許さない強力な指導のもとに、当時の国家公務員法を大幅に改正してつくられたものだという事実である。当時の政府は、「全体の奉仕者」である公務員の職責と団結権・争議権の行使とは相容れないとして、公務員からの権利剥奪を合法化する主張を展開したが、労働基本権剥奪が占領軍による一方的な押しつけによるものであり、憲法違反であることは、明白であった。

 このような状況下で、裸にされた公務員の利益を「保護する責任を有する機関」として創設されたのが人事院である。旧法では人事委員会だったものを人事院に格上げし、この機関が政府に賃金・労働条件改定の勧告をする制度をつくることで、団交権・争議権剥奪の「代償」措置がとられた、としたのである。しかし、これは初めからごまかしであった。人事院の委員は労働側の同意もなしに使用者でもある政府によって一方的に任命されること、政府には人事院勧告を完全実施する法律上の義務がないこと、そして、なによりも人事院の「強力な権限」を社会的に裏付ける公務員労働運動に対して、政府がひきつづき抑圧的な政策を取り続けたこと、を見ても、その「代償」機能に限界があることは明らかであった。実際にも、勧告はほとんどの場合政府によって値切られたり無視されたりしてきたし、公務員労働者の労働条件が勧告により目に見えて改善されたことは一度もなかったと言ってよい。もともと労働基本権剥奪の「代償」などというものは存在しえないのである。だから公務員労働運動が長年にわたって、人事院依存の運動となることを警戒し、あるいは、事実上「人勧依存」の運動となる状態からいかに脱却するかを課題としてきたのは、当然であった。

 にもかかわらず、労働基本権を剥奪された公務員労働組合(それを政府は職員団体と呼ばせているが)にとって、人事院は自分たちの要求を多かれ少なかれ政府の政策に反映させていく貴重な機会を提供するものであった。もちろん、それは、人事院が公務員の利益を守る立場に立ち、公務員の声に誠実に耳をかたむけるかぎりでのことであるが。その意味では、限界を意識しつつも、人勧制度を「活用」する運動に公務員労働運動が取り組んできたのは、理解できることである。

 しかし、ここで重要なのは、ことしの「マイナス勧告」を契機として、そのような限定的な人勧制度の「代償機能」でさえも、いまや失われることになったのではないかという問題である。そのことは、@今回の勧告内容は、政府=使用者の意向にことさらに迎合する内容となっており、事実上過去にさかのぼっての賃金カットという法違反の暴挙さえ行っている、A職員団体との「会見」で交渉・協議してきた内容がまったく無視されており、公務員の切実な要求に応えようとする誠実な姿勢が感じられない、B人事院の機能を官民較差是正の賃金改定勧告に矮小化したり、人事権の相当部分を各省庁に委譲する提案を行うなど、人事院が自ら「代償機能」を縮小する政策をすすめている、などの事実がを見てもわかる。いや、後に見る「公務員制度改革大綱」(2001年12月)との関連で考えると、単なる「代償機能」の縮小というよりも、人事院が政府による一方的な賃金・労働条件決定の(内容的には公務員抑制の)先兵となる役割を自ら選択するに至った、「代償」機構はいっそうの権利剥奪機構へと変身をとげた、といえるのである。

4 労働基本権剥奪の拡大と恒久化

 こうした疑念を解明するためにも、今次勧告の性格を小泉「構造改革」との関連で、とりわけその行政改革や公務員制度改革との関連で見ておく必要がある。

 官公労労働運動の長年にわたる権利奪還闘争の積み重ねや、国際社会による度重なる日本政府批判もあって、今日のわが国では、公務員が労使関係を構成する労働者であり、憲法28条にいう「勤労者」であることを否定する見解はほとんど聞かれなくなった。最高裁の判例も、この点では一貫して公務員の労働者性を肯定する判断を維持してきている。労働基本権の制約を行うとしても、それはきびしい限定の下においてでなければ合憲性を確保できないというのが、全逓中央郵便局事件最高裁判決(1966.10.26)や都教組事件最高裁判決(1969.4.2)いらいの判例の流れともなった。ILOや国連人権委員会を舞台とする労働基本権奪還闘争が、ILO87号条約批准やドライヤー報告発表という成果を生みだし、あるいは国連人権委員会による是正勧告を繰り返し引き出すようになっていらい、日本政府はきびしい国際世論の批判のなかで、2000年年末には、公務員の身分保障廃止とセットで争議権を付与するという政府・与党の構想が報じられるという事態も起きたのである。

 この流れにストップをかけたのが、昨年12月25日に小泉内閣が閣議決定した「公務員制度改革大綱」である。公務員労働組合の強い反対を押し切って決定されたこの「大綱」は、公務員の労働基本権について「現行の制約維持」としたうえ、労働組合との交渉・協議もないままに、政府=使用者が労働条件の大幅変更をすすめていく政策を打ち出した。そこでは、能力等級制度、給与制度、評価制度などを抜本的に改変する「新人事制度」の導入や、「天下り」の自由化、J種採用者拡大によるキャリア制度の合法化、「官民交流」拡大による公務労働の空洞化、「国家戦略スタッフ」創設による支配層への従属強化など、憲法理念に反する公務員制度の根本的改変を、一方的に強行実施しようとしている。2001年4月の小泉政権発足と公明党厚生労働大臣の登場によって、労働政策の基調は大きく右カーブを切ることとなったのである。

 ことしの人事院勧告をみると、その勧告内容は明らかにこうした小泉政権の公務員制度改革構想を下敷きにして展開している。「国民の批判にこたえる改革」や「オープンな議論」の必要を強調し、「天下り」や「キャリア制度」について注文をつけるなど、政府のすすめる公務員制度改革に批判的とも見える言辞もあるが、それらは反動的な「マイナス勧告」の本質をなんら変えるものではない。政府の「公務員制度改革大綱」具体化への協力を表明した昨年の勧告につづいて、今年の勧告はそれをいっそう円滑に推進する立場からの勧告だといえる。とくに、労働基本権問題について、内外にわたる長年の討議や交渉・協議の経過を熟知している人事院が、何の検討も言及もなく「現行の制約維持」との政策を事実上受け入れたことは、きわめて無責任であり、許し難いことである。「(人事院の)代償機能と労働基本権はパラレルの関係にある」(つまり、両者は相互補完関係にある)という総務大臣の国会答弁にもかかわらず、今日の人事院は、労働基本権も代償機能も共に後退・縮小させる政策に荷担していると言わざるをえない。公務員賃金切り下げの提唱は、そうした人事院の変質およびその背後にある公務員制度改革など一連の小泉「構造改革」とむすびついたものなのである。

5 財界による賃金切り下げ=労働基本権攻撃との連動

 だが、2002年人事院勧告の内容は、公務員制度改革と連動しているだけでなく、財界の推進する大々的な賃下げ攻勢とも連動している。

 いま振り返ってみても、2002年春闘は異常づくめの春闘であった。そこでは、1兆円という史上最高益をあげたトヨタをもふくめて、賃上げゼロ回答がいっせいに労働者に押しつけられた。定昇ゼロ、賃金カットなどで賃金水準を切り下げられた労働者も少なくなかった。それだけではない。電機に見るように、春闘での労働組合との妥結が成立した後に、その妥結協定を実質的に反古にする、一方的な賃金・労働条件切り下げさえ強行された。いいかえれば、わが国大企業は、賃金・労働条件の決定にあたって、労働組合との協議や協約を無視して、実質的にノンユニオンの労使関係を追求する動きさえ見せたのである。ここでも、賃金水準切り下げの攻撃と労働基本権に対する攻撃とは、不可分にむすびついていた。

 この点で注目されるのは、愛知県経営者協会「今後の労使関係のあり方検討委員会」が本年5月に出した『変革の時代における労使関係〜多元的な関連からみた労使関係の検討〜』という提言である。(トヨタをふくむその「検討委員会」の構成からしても、その提言内容のもつ一般性からしても、この提言はけっしてローカルなものではない。)そこでは、非正規従業員についても裁量労働者についても、かれらは労使関係ではなく「 個別的労働関係」にある人々であるとして、労働組合への組織化やその直接的交渉対象から(したがって労働基準法等の適用からも)除外するよう要求している。また、「持株会社に使用者性はない」と主張し、中央レベルでの団体交渉や労働協約を再編された子会社や分社やグループ(実質的独立会社)に分散・移行させることで、労働組合の交渉・争議機能を大幅に制限・低下させようとしている。そこでは、従来の正規労働者の集団的労使関係がむしろ例外的存在としてとらえられており、非正規労働者中心の、労働組合の介在しない個別的労働契約関係を、むしろ雇用関係の中心にすえていく方向が追求されている。

 ここに描かれている職場秩序には、労働者・労働組合の民主的権利を無視し、一方的な賃金・労働条件決定と労働者に対する管理強化をすすめようとする点で、さきの「公務員制度改革大綱」やことしの人事院勧告が想定する職場秩序と共通していると言わなければならない。

6 国際的にも孤立する支配層の労働政策

 これまでの検討から明らかなように、「マイナス勧告」の攻撃は、財界がおしすすめる労働組合無視の賃下げ攻勢や、小泉政権が推進する公務員制度改革などの「構造改革」と、むすびつき、連動し、一体となって展開されている政策である。したがって、支配層のこの反動攻勢を打ち破るには、労働者階級全体の統一闘争が、さらには政治の流れを変えるような、スケールの大きな国民的運動が必要である。

 たたかいを進めるうえで注目すべきことは、今日の支配層の政策が、社会経済的な矛盾をかってなく激化させ、広い戦線で運動前進の可能性を生み出しつつある点である。最近の運動の中ではとりわけ次の点が注目される。

 一つは、日本の労働基本権剥奪の問題が毎年のILO総会で集中的なきびしい批判にさらされてきていることである。本年6月に開かれたILO第90回総会の98号条約に関する条約勧告適用委員会でも、日本政府が公務員労働組合と誠実な協議をおこなわずに制度改革を一方的にすすめていること、労働基本権回復への努力を怠っていることが厳しく批判された。委員会の議長は、@日本の公務員労働者が自らの賃金決定への参加をいちじるしく制限されていることを懸念する、A労働基本権は国家の運営に関与しない公務員には適用しなければならない、B進行中の公務員改革では、関係労働組合との十分な協議によって、公務員の雇用条件を団体交渉によって決定するようにすること、C日本政府は98号条約(団結権および団体交渉権の適用)の全面適用にむけてとった措置を報告すること、と議論を集約している。出席した政府代表は、「職員団体と誠実に交渉・協議を行っていく」と約束せざるをえなかった。こうした国際社会の動きと逆行する日本政府の政策は、窮地に立たされている。職場・地域からの労働基本権回復のたたかいが前進するなら、それは非常に大きな影響力をもちうる状況にあるのである。

 二つには、多くの地域・自治体で、公務員の賃金水準を切り下げにともなう矛盾や悪影響が露呈し、「マイナス勧告」の強行実施にたいする住民の批判が強まっていることである。その背景には、職員数が減少するなかで業務量が大幅に増加している職場の実態があること、公務員賃金は地域経済を下支えしており、その切り下げが地元経済にあたえる打撃は非常に大きいこと、多くの自治体では長年の労働者のたたかいによって、職員の賃金・労働条件は団体交渉事項となってきており、「マイナス勧告」のような一方的な水準切り下げの強要には抵抗がつよいこと、そしてなによりも自治労連や地域労働組合の運動が、「こんな地域と日本をつくりたい」の運動に見るような地域住民の利益に立って展望をつくりだす実践を積み重ねてきていること、等の事情がある。「マイナス勧告」の政策は、地域で大きな矛盾と抵抗に直面しているのである。

 三つには、「マイナス勧告」批判を軸として、労働運動の統一が前進していることである。たとえば国公労連はいま、来春闘にむけて、@民主的公務員制度確立を求める国会請願署名、A労働基本権回復をめざす国内外の運動強化、B公務職場における「働くルール」の確立、C政府・各省当局の使用者責任の追及、という四つの目標をかかげて取り組みを強化しているが、こうした運動は、賃金・労働条件底上げの運動と共に、民間や連合傘下をもふくめた、広範な労働者・労働組合の共通の課題となりうるものである。加速しつつある「賃下げ・リストラの悪循環」に歯止めをかけるためには、官民労働者が連帯する統一的運動が不可欠だという自覚が、これほど急速に労働者・労働組合の間に拡がってきているのは、近年なかったことである。そして、その運動はさらに、公務と民間とが「賃下げ・リストラの悪循環」に陥らないよう、官民労働者の統一的運動を発展させる方向で強められつつある。

 見られるように、「マイナス勧告」の強行実施は、国際的にも国内的にも支配体制の矛盾を増大させ、民主的な諸運動の発展にみちびく諸条件をつくりだしつつあるのである。

おわりに

 「マイナス勧告」をはね返すたたかいは、わが国労働運動が当面する中心的な環となっている。それは次のような諸課題を提起している、といえよう。

(1)国・地方あわせて約6,590億円にのぼる賃下げは、約750万人の労働者の賃下げに直接影響して、約4000億円の消費減少と約6,650億円の国内総生産減少を引き起こすと推計されている。年金・社会保障へのはね返りや民間賃金への間接的な波及、公契約単価切り下げがもたらす甚大な影響、さらには地方財政へのマイナス効果などをも考慮に入れると、生活と経済への打撃はさらに大きなものと見なければならない。そこからは、賃金・消費のデフレ・スパイラルが生じる危険性がきわめて高い。

 雪崩のような賃下げをくい止め、労働者・国民の生活の底割れを防ぎ、地域経済を荒廃と破綻から守るためには、なによりもまず、最低賃金の引き上げをはじめとする賃金の底上げ闘争に本格的に取り組む必要がある。また、中長期的には、最低賃金制の確立を軸とするナショナル・ミニマムの確立にむけて一段と力を入れていく必要がある。そして、重要なのは、これらの運動のなかで、公務員の賃金・労働条件の適切な水準確保を、最低保障と底上げの重要な支柱としていく取り組みを具体化させることであろう。

(2)公務員の労働基本権回復が危機にさらされていること、未組織の非正規労働者や偽装された「自営業」労働者が激増していること、民間労働組合についても労働基本権が著しく侵害される事態が拡がっていること、などに留意して、労働基本権の回復・拡充のたたかいにあらためて官民一体で取り組んでいく必要が高まっている。この課題は、単年度の春闘などですぐ成果が得られるものではないが、賃金・労働条件の切り下げに密接にむすびついた問題であり、今後のわが国労資関係の枠組みを構築していく上でも今日の情勢は岐路に立っている。国際的な舞台をも活用しながら、労働者の基本的な諸権利を奪回し、職場の働くルールをつくり、すべての労働者の賃金・労働条件の決定に労働組合が参画していく権利を確立していかなければならない。この場合、運動全体の中心的統一課題は、なんといっても公務員の労働基本権奪還であろう。

(3)上記(1)(2)のたたかいは、地域住民の生活と権利をまもる運動と具体的にしっかりと結びつけてすすめることが求められている。介護や医療など、社会保障・社会福祉の改悪に反対しその水準を引き上げていく運動、あるいは今地域で追求されている「リビング・ウェッジ」や公契約や公的雇用創出の運動、さらには男女共同参画や母性保護の運動、等々にとって「マイナス勧告」がもつ意味をはっきりさせ、さまざまな運動が最低保障と底上げをめざす一つの大きな運動へと合流し練り上げられていくようにすることである。

(4)最後に、このたたかいが官・民の労働組合によって、あるいはナショナルセンターの違いを超えて統一的にたたかわれるならば、それは労働者階級の階級的連帯を飛躍的に強化していくことになろう。階級的統一闘争が発展するなかでは、公務労働の中のますます増加する一方の「公務臨時・非常勤職員」や公務関連不安定就業者との連帯、国公労働運動と自治体労働運動との統一強化、春闘の中心課題である賃金闘争での、官公労・民間労働組合の統一的な取り組み、産別の運動と地域の運動との連携と共同、職場活動家のたたかいと労働組合運動との連携強化、など、従来から懸案となってきている労働運動の質的強化の諸課題を、大きく前進させていく必要がある。

 2003年春闘の行方は、こうした「マイナス勧告」をはねかえすたたかい如何によって大きく左右されることになろう。

(おおきかずのり・代表理事・日本福祉大学教授)





6月〜9月の研究活動

6月 1日 基礎理論プロジェクト−家族賃金・個人賃金をめぐるフェミニズム論における論点
6日 女性労働研究部会−全労連「パート労働者の実態調査・中間まとめ」について
16日 不安定雇用労働者の実態と人権プロジェクト−「IT時代の雇用システム」について
20日 青年問題研究部会−人材政策の国際比較−High Skillsを中心に」
27日 労働時間問題研究部会−出版企画の再検討
7月 5日 女性労働研究部会−日経連「ダイバーシティ・ワークルール研究会報告書」他
8日 賃金最賃問題研究部会
12日 国際労働研究部会−「世界の労働者のたたかい-2002」について
中小企業問題研究部会−出版計画について
13日 基礎理論プロジェクト−日本の性差別賃金と家族賃金
17日 政治経済動向研究部会−出版物の合評会
27日 関西圏産業労働研究部会−リストラの現況をさぐる
30日 労働時間問題研究部会−企業の社会的責任論について
8月 5日 賃金最賃問題研究部会−日経連「成果主義時代の賃金システムのあり方」
女性労働研究部会−厚生労働省「パートタイム労働研究会の最終報告書」
8日 基礎理論プロジェクト−「ペイ・エクイティの功罪」「社会保障構造改革」「ライフスタイルの選択と税制・社会保障制度・雇用システム」
22日 不安定雇用労働者の実態と人権プロジェクト−厚生労働省・パートタイム労働研究会最終報告の批判的検討
23日 社会保障研究部会−出版物の合評会、今後の研究活動
29日 中小企業問題研究部会−出版計画について
9月 2日 賃金最賃問題研究部会−電機連合の新賃金政策
6日 国際労働研究部会−「世界の労働者のたたかい-2003」について
10日 政治経済動向研究部会−アメリカ投機資本主義の蹉跌
12日 労働時間問題研究部会−企業の社会的責任論について
女性労働研究部会−労働総研・基礎理論プロジェクトの討議経過について
21日 基礎理論プロジェクト−全労連の「賃金、税制、社会保障などの個人単位化検討プロジェクト」における討議経過について
社会保障研究部会−研究課題の調整
23日 不安定雇用労働者の実態と人権プロジェクト−全労連「パート・臨時労働者実態調査結果」報告
28日 関西圏産業労働研究部会−今日の情勢の下での労働運動の課題

6〜9月の事務局日誌

6月 13日 2001年度第9回企画委員会
24日 2001年度会計監査
29日 2001年度第7回常任理事会
7月 5日 全教第18回定期大会へメッセージ
7日 藤本武理事偲ぶ会(藤吉)
14日 全印総連第52回定期全国大会へメッセージ
21日 JMIU第28回定期全国大会へメッセージ
24〜26日 全労連第20回定期大会(牧野代表理事あいさつ、草島・藤吉傍聴)
27日 2001年度第2回理事会
2002年度定例総会
31日 日本医労連第52回定期大会へメッセージ
8月 6日 国公労連・マイナス勧告阻止、人事院前座り込み行動に対する連帯のメッセージ
7日 事務局会議
9日 通信労組第26回定期全国大会へメッセージ
23日 編集委員会
事務局会議
全労連・全国一般第14回定期大会へメッセージ
24日 建交労第4回定期大会へメッセージ
26日 自治労連第24回定期大会へメッセージ
28日 国公労連第48回定期大会へメッセージ
9月 3日 事務局会議
7日 2002年度第1回企画委員会
労働者教育協会第43回総会へメッセージ、同創立50周年記念祝賀会(大木代表理事あいさつ)
東京労連第19回定期大会へメッセージ
10日 全法務省労働組合第57回定期全国大会へメッセージ
17日 全労連への表敬訪問(大江・大木・牧野各代表理事、大須、藤吉)
19日 全運輸第41回定期大会へメッセージ
20日 福祉保育労第18回定期全国大会へメッセージ
21日 奈良県労働組合連合会第15回定期大会へメッセージ
27日 事務局会議
28日 総合社会福祉研究所第15回総会へメッセージ
29日 東京靴工組合第43回定期大会へメッセージ



寄贈図書

山崎清「社会形成体と生活保障」社会評論社・2001年7月
椎名恒・野中郁江「日本のビック・インダストリー8・建設」大月書店・2001年9月
伊藤周平他「高齢者医療と介護の将来像を提言する」あけび書房・2001年9月
介護保障研究会「ここまで使える介護保険Q&A」あけび書房・2001年9月
三成一郎「日本の社会保障をどう再建するか」新日本出版社・2001年10月
中山徹「公共事業改革の基本方向」新日本出版社・2001年11月
アメリカ医療視察団「苦悩する市場原理のアメリカ医療」あけび書房・2001年12月
グレゴリー・マンツィオス「新世紀の労働運動・アメリカの実験」緑風出版2001年12
兵庫労働総研「小泉構造改革のゆくえ・2002年国民春闘白書」兵庫労働総研・2001年12
福田泰雄「現代日本の分配構造」青木書店・2002年1月
工藤晃「マルクスは信用問題について何を論じたか」新日本出版社・2002年1月
清山卓郎「日本経済の復活と再生」学文社・2002年2月
福島久一「中小企業政策の国際比較」新評論・2002年4月
脇田滋「派遣・契約社員 働き方のルール」旬報社・2002年4月
足立辰雄「現代経営戦略論」八千代出版・2002年5月
佐藤真人他「日本経済の構造改革」桜井書店・2002年6月
女性労働問題研究会「女性労働・20世紀から21世紀へ」青木書店・2002年7月
労働基準オンブズマン「しない・させない サービス残業」旬報社・2002年7月
全保連・保育研究所編「保育白書2002」草土文化・2002年8月
「官公需入札制度改善適正単価の実現運動・資料集」印刷出版フォーラム21・2002年8月