2002年4月1日(通巻145号)



目   次
巻頭言

着々進行している既得権侵害
   企業年金・退職金の改悪を放置して良いのか……………庄司 博一 

論 文 

研究部会プロジェクト活動報告E
   労働総研・社会保障研究部会の報告……………………相澤 與一 
研究部会プロジェクト活動報告F
   2001年度関西圏産業労働研究部会の活動………………上瀧 真生 




着々進行している既得権侵害
企業年金・退職金の改悪を
放置して良いのか

庄司 博一

 わが国の企業年金は、厚生年金基金と税制適格年金の2種類であった。予め年金額を決め、それに合わせて掛け金を積立てる確定給付型年金である。しかし、金利と株価の下落で労働者に約束した運用利回りが確保できなくなり、多額の積立金不足が生じた。積立金不足は企業の責任と負担で補填しなければならない。厚生年金基金は厚生年金の給付の一部(報酬比例部分の年金)を代行しているので、それが企業の重荷になってきた。そこで企業の責任と負担を軽減するために、昨年10月、確定拠出型年金(日本版401K)が導入された。企業は掛け金の負担額を決めるだけで、運用は労働者の自己責任になった。積立金不足は生じない仕組みだ。
 さらに4月から確定給付企業年金法が施行され、税制適格年金は10年以内に廃止される。その結果、確定給付型年金は既存の厚生年金基金に加え、代行部分のない「基金型」、企業が直接運営する「規約型」、確定拠出型と確定給付型を併用した「混合型」に整理される。「混合型」は、運用の責任は企業が負うが、労働者に約束する利回りは、例えば国債に連動させるので、これも積立金不足の問題は生じない。
 政府や金融機関、マスコミは選択肢の広まった新企業年金時代が到来したとはやし立てている。年金資産の運用はアメリカでもトップクラスのわが社にお任せ下さいという新聞広告、各戸に郵送される確定拠出年金についての信託銀行のメールなど、シェア争いは一層激しくなっている。このような状態は労働者にとって喜ぶべきことなのか。
現在までに日本版401kを導入した企業は70社、この1年間に解散した厚生年金基金は59社、4月中に代行返上を予定している企業は30社と報道されている(4月4日付、朝日新聞)。
 規制の緩和で、「労使の合意」があれば「何でもあり」の時代になった。企業の責任と負担を軽減し、労働者の自己責任に転嫁するのはご免蒙りたい。労働組合の存在価値・真価が問われている。

(労働経済研究所長)




研究部会プロジェクト活動報告E

労働総研・社会保障研究部会の報告

相澤 與一


  社会保障をめぐるこの1年間の動きも実に激しい。
 小泉内閣の「基本方針」が「構造改革」の中心課題の一つとして社会保障を大きく取り上げ、少子高齢化対応と財政負担削減および企業負担を減らしリストラ「構造改革」によって日本の金融資本と巨大企業の国際競争力の回復と強化をはかる政策を追求し、またその一方でアメリカのブッシュ政権によるテロ報復を名目とした世界的な「悪の枢軸」攻撃戦略に追随してアフガン戦争には急遽立法までして自衛隊を派遣し、アメリカの軍事帝国主義に加担している。社会保障・社会福祉制度の政策面では、社会保障「構造改革」の第一歩としての介護保険制度による保険料・利用料の本格徴収を断行し、介護への国庫負担を減らしながら、目下利用料負担などで認定枠の半分も消化されずに、結局、介護保険制度はあらたな国家収奪機構として機能している。そして、それに連動して、介護保険で節約されるはずだとした政府の思惑も狂い高齢者医療費が増大しつづけていることもあって、なにがなんでもまず医療保険の保険料の大幅引上げをということで予算を組み立法化を急いできた。改革ぬきの一方的な痛みのおしつけである。
 かかる情勢の中で当部会は、かねてから多くの問題分野について順じ関係者を招くなどして研究会を重ねてきたうえで、昨年度から著書にまとめる仕事をすすめ、3月までにほぼ原稿をそろえ、大月書店に手渡すことができた。今後の研究部会の持ち方については、改めて協議し進めたいと考えている。
 なお、刊行書の題名と各章のタイトルは再検討中なのであるが、当初のものは次のようなものであった。
労働総研 社会保障研究部会 出版企画

小泉改革への挑戦
 −社会保障・社会福祉「構造改革」政策と
国民運動の課題−

はじめに−いまこそ社会保障権の確立を−
    
序章 社会保障・社会福祉「構造改革」の問題点と社会保障理論
 1.新帝国主義的戦略としてのガイドラインと国民生活への影響
  …経済の「グローバル化」が意味するもの
 2.市場経済至上主義(規制緩和)社会と生活の「自己責任」化
  …「選択」「自助」「連帯」の強制と「国家責任」の放棄
   「セーフティネット」論批判
 3.措置から契約へ
  …社会保障と労資関係の「個別化」が意味するもの
 4.社会保障と財政構造の転換(「小さな政府」論)
 5.21世紀に向けた社会保障研究の課題
  …「民主的福祉国家」と「民主的福祉社会」の建設に向けて
 6.社会保障・社会福祉の担い手に光を
  …社会保障労働論
第T部 現代における労働・生活問題の諸側面と社会保障・社会福祉
第1章 雇用・失業問題と政府の雇用政策
 1.大量失業・不安定雇用の拡大と社会保障
  @失業の大量化・長期化と国民生活の危機の深まり
  A企業利益優先の大規模リストラと国民消費の低迷
  B失業者の生活保障を「最低限のルール」に
 2.失業と不安定就業の拡大が社会保障の土台を崩す
  @賃下げ・人減らし・社会保険料企業負担の削減の進行
  A保険料未納・滞納・未加入で空洞化する国保・国年
  B背後で労働者保険からの排除を促す金融機関
 3.解雇規制・生活保障を欠いたセーフティネット論
  @中高年自殺者増加の背景にあるローン・借金苦
  Aフリーター、アルバイターも労働者
  Bセーフティネット論の欺瞞
 4.社会保障と労働組合
  @財界の「ワークシェアリング」論との闘い
  Aナショナル・ミニマムの確立と全国一律最賃制
第2章 貧困とナショナル・ミニマムをめぐる問題
 1.生活保護制度の現状と課題
 2.国民生活とナショナル・ミニマム
第3章 公的年金の圧縮と危険な個人年金への誘導
 1.年金改革の方向性とその問題点(第3号被保険者問題を含める)
 2.年金財政をめぐる課題(年金積立金運用の杜撰さを指摘)
第4章 医療保障の後退と健康の自己責任化
 1.医療費抑制政策の進行とその国民への影響
 2.医療保障改悪の現実
   健保からの脱退と国保への移行
   パート労働者の被用者保険加入
 3.公費医療の問題
第5章 介護保険に見る構造改革の現実
 1.医療・福祉事業の営利化解禁
  @営利化解禁の現状と特徴
  A介護保険に見る営利化解禁の問題点
  B医療・施設サービスの営利化解禁
 2.介護保険の給付制度の改変の実際と特徴
  @利用権と専門家の裁量権に及ぼした影響
  A現物給付廃止・現金給付化の影響
  B診療報酬の改変による高齢者の追い出しの強化
  C介護報酬の低さと定額制の問題
 3.財政責任転嫁による利用者・加入者負担の増加
  @利用料負担の現状と利用者への影響
  A保険料負担の現状と課題
 4.介護保険制度の改善のための課題
     −利用者の尊厳を守る介護とは−
第6章 児童をめぐる問題の現状
     −契約化の先兵としての保育問題−
第7章 障害者をめぐる問題の現状
   −現在の重点課題としての障害者問題−

第U部 社会保障・社会福祉労働の実態と運動の展開
第1章 医療労働者の労働実態とその闘い
 1.低医療費政策を支える医療労働者
  @医療労働者の特徴
  A医療現場の労働実態
   ア.看護婦110番から−人権無視・非人間的な職場−
   イ.日本医労連のアンケートから
   ウ.低賃金の実情
   エ.非正規雇用の拡大−パート・下請け・派遣労働の活用−
 2.医療労働者の闘いの歴史とその特徴
  @戦後から1950年代…病院ストライキ
  A1960年代……………夜勤制限闘争、
            医療改善闘争
  B1980〜1990年代    …国立病院・療養所の統廃合、移譲反対の闘い
    ナースウェーブ闘争−看護婦闘争−
    医療改悪政策との闘い
第2章 国民生活・社会保障をめぐる展望と見通し
   −地域からの労働者・市民の取り組み−
第3章 地域の社会保障運動と住民自治
第4章 NPOと地域づくり−運動の担い手をどうつくるか−

まとめに代えて 国民本位の政治・財政運営を
  −社会保障の国民的共同の拡大を−

(常任理事)




研究部会プロジェクト活動報告F

2001年度
関西圏産業労働研究部会の活動

上瀧 真生


 関西圏産業労働研究部会は、戸木田嘉久、三好正己両先生の指導の下に、ベテラン・中堅・若手を含めて10数名の研究者が参加して京都で研究会活動を行っている。ここでは、2001年度の研究会を中心に活動の紹介をしたい。
T 2001年度の研究会活動の目標と研究会の開催状況
 2001年度の関西圏産業労働研究部会は、以下の目標に沿って研究会をおこなってきた。
(1)関西圏に現われている日本資本主義の矛盾の現局面、とくに地域の企業のリストラの状況や失業問題の状況を分析すること。
(2)これらの問題に関わる諸議論を批判的に摂取すること。
(3)できるだけ、現場の労働者と意見交換をすること。
 2001年度は、企業の人員削減が本格化し、失業率が毎月高進した一年であった。しかも、失業問題は今後もより深刻化すると考えられる。関西圏は、全国的にみて失業率の高い地域となっており、企業の人員削減も進んでいて、その実態の分析と打開策の提起が求められている。しかし、この問題についての分析は依然として不十分で、研究者も労働運動も人員削減と失業の問題をリアルにとらえきれていない。できるだけ、現場の労働者と意見交換しながら、この問題をリアルにとらえる努力をしたい。以上が、研究会の目標を立てるにあたって私たちが共有した問題意識であった。
 この目標に沿って実際におこなった研究会は、次のとおり(2002年4月研究会は予定)である。
 2001年7月 丹下晴喜氏(愛媛大学)
       「書評・宮本光晴
       『日本の雇用をどう守るか』」
    11月 自治体労働者
       「深刻化する失業問題と
        雇用対策の現状」
    12月 櫻田照雄氏(阪南大学)
       「S製作所のリストラについて」
 2002年2月 戸木田嘉久氏
       「リストラ問題をとらえる視点」
    4月 三好正巳氏
       「現代の賃金問題を労働運動」
      (仮)
 この研究会活動をつうじて、まだ狭い範囲であるが、現場の労働者との対話が実現されてきたことは大きな成果であったと考えている。そこで、以下では現場の労働者に報告いただいた研究会の模様を紹介したいと思う。
U 都道府県レベルの雇用対策の実際
 11月の研究会では、都道府県レベルの雇用対策にかかわる職場におられる自治体労働者に参加いただき、失業問題の現況と雇用対策の実際について報告いただいた。この研究会では、次のような点が明らかにされた。
 そもそも雇用対策における都道府県レベルの行政の位置づけの問題がある。都道府県レベルでの雇用対策の行政は、職業安定所の仕事と切り離されており、都道府県のレベルでは失業者の実態やナマの声が把握しにくくなっているという。逆に職業安定所の現場では、都道府県の議会に対する対応がなくなり、よい意味での緊張感がなくなっているという。雇用に関わる各レベルの行政の連携がとれないことがマイナスの作用を及ぼしていることが実感された。
 そうしたなかで都道府県の雇用対策は、場当たり的に拡大してきた国の雇用対策事業の下請的なものになってしまっているという。都道府県の雇用対策は職業訓練に限定されてきているが、その職業訓練も訓練校の予算よりも委託訓練の予算のほうが多くなっている。委託訓練では実質的には訓練内容も委託先に任されており、訓練生の就職に関与することもできない状況が生まれている。
 また、この間拡大されてきた国の雇用対策事業は、ばらまき的になっており、実質的な効果には疑問がある。形式的にメニューは揃っているが、それが雇用拡大につながっていかず、極端な場合は空雇用などの不正受給問題を引き起こしている。
 さらに行政の労働相談などでも、相談に答えうる専門的なスタッフが不足していることも指摘された。
 こういう状況に対して、国・都道府県・市町村の各レベルの雇用対策の有機的な連携をいかにはかるか、地域経済の活性化をどう構想するか、専門的なスタッフをどう育てるか、などの課題が提起された。
V 方針なき人員削減――S製作所の人員削減計画
 S製作所は、京都の技術集約型企業のしにせである。2000年度以来、本研究部会では、現場の労働者の協力も得て、その事情を分析してきた。この研究部会での研究を一つのきっかけにして、S製作所の経営状態に関する労働者の有志の研究会も開催されている。2001年9月に人員削減計画が発表されたことを受けて、12月にS製作所の現場労働者の参加も得て、S製作所のリストラについての研究会を開催した。この研究会では、S製作所の人員削減計画のいくつかの特徴が明らかにされた。そして、それらが日本の製造業を支えてきた中堅企業に共通することが指摘された。
 第一に、S製作所が90年代をつうじて、一貫して過大な売上増をめざす量的拡大路線を展開し、その帰結として、多大な在庫を抱えてしまったことが人員削減計画の基礎にある。世界的な競争におかれた中で、従来型の右肩上がりの成長目標しかたてえなかった経営陣の責任が問われなければならない。
 第二に、そういう経営の状況に加えて、人員削減計画の実施を迫ったのが取引銀行であったといわれている。現在、銀行は、一方では、金融監督庁の指導のもとに債権のきびしい査定を迫られている。他方では、保有株式の価格下落によって自己資本が減少することを警戒している。そのため、取引先企業の財務内容改善を強引に推し進めようとしている。S製作所の人員削減計画も、取引銀行の強力な圧力によって打ち出されたといわれている。
 第三に、以上のような状況で打ち出された計画であるために、リストラクチュアリングとは名ばかりで新たな企業経営の方針は十分に明確にされず、とりあえず在庫を減らし、財務内容を改善するために人員を削減し、人件費を削るという計画になっている。一方的に労働者に犠牲を強いる計画である。
 このような人員削減計画に対して、その撤回を求めるようなたたかいが組織できない労働組合の状況、そうしたなかで労働者の働く権利を守るために個別面談を断固排除することの大切さなどが提起された。また、討論の中では、企業経営に対する労働運動のかかわり方として、よりよい経営の方向性を模索する生産協同組合的な活動を組織していく必要性を指摘する意見も出された。
 なお、以上に紹介したS製作所に関する研究活動の成果は、櫻田照雄氏の個人論文として『労働総研クォータリー』に発表される予定である。
W 今後の活動について
 以上、研究会活動の一部を紹介してきた。こうして振り返ってみると、当初の問題意識と目標に照らしてみれば、非常に不十分な活動であるし、不十分な成果である。しかし、まだ小さな規模ではあるが、現場の労働者との意見交換する研究会が開催できるようになったことは重要な前進であったと考えている。
 今後、2001年度の成果をふまえて、その問題意識と目標を引き継いで研究活動を継続していきたいと考えている。最初にも述べたとおり、関西圏は失業率も高く、企業の人員削減がすすんでいる。この実態をとらえる研究活動を本年度も続けていきたい。そして研究会での研究者と現場労働者との交流をつうじて、両者が刺激を与えあう場となることをめざしたい。

(関西圏産業労働研究部会責任者)




 3月の研究活動
3月2日  政治経済動向研究部会=原稿の進捗状況と最終調整について
3日  不安定就業問題研究部会=アメリカ型雇用と人材供給サービス業他
11日  賃金最賃問題研究部会=ILO契約労働条約をめぐって
12日  労働時間問題研究部会=労働時間短縮の今日的意義について
19日  青年問題研究部会=「フリーター」についてのまとめ他
29日  社会保障研究部会=出版打ち合わせ
30日  基礎理論プロジェクト=家族賃金論と日本の賃金決定システムについて・労働力の価値をめぐる今日的理論問題
 研究プロジェクト部会責任者会議



 3月の事務局日誌
3月16日 第8回企画委員会
29日 編集委員会
30日 研究プロジェクト部会責任者会議
  「リストラ反対、雇用と地域経済を守る全国交流集会」(藤吉)