2000年6月1日(通巻123号)



目   次
巻頭言

 奇妙な「この国のかたち」…………………………………………柴田弘捷

論 文

 労働安全のヨーロッパ標準化………ライネル・ミューラー/布施恵輔仮訳

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 5月の研究活動ほか



奇妙な「この国のかたち」

柴田 弘捷

 グローバリゼーションの進展が著しい。日本企業は世界中に現地法人と工場を設立、電機・電子産業では現地法人の従業員数が日本国内のそれを上回るほどになっている。地方、外国資本の進出と外国人労働者の増加が見られる。日本の代表的企業も外資を導入、マツダや日産のように外国資本に主導権が握られる事態も生じている。「資本に国境なし」が如実に現れている。そして、国内産業の空洞化とリストラが進められ、国際競争力強化・コスト削減を理由に、労働強化、雇用の不安定化、失業者の増加事態が進行している。
 他方、偏狭な、そして復古主義的なナショナリズムが声高に主張されている。日の丸・君が代を国旗・国歌に制定、さらには「昭和の日」の制定へと、戦前の天皇制ファシズムの肯定が目論まれてきた。このような中で、石原都知事は「三国人が凶悪な犯罪をおこしている」とアジアの人々を蔑視し、排外主義を煽っている。巧妙にも「不法入国した」を付けることによりごまかそうとしているが、氏のこれまでの言動からして本音であることは間違いないであろう。
 また、森首相は「教育勅語には良いことが書いてある」と言い、さらには「日本は天皇を中心とする神の国である」と、戦前の天皇=神国家観(神国日本)を賛美、しかも「国民に承諾していただく」と戦前の教育と天皇制の復活の意志を露骨に示した。これも本音であろう。だからこそ、内外の厳しい批判を浴びても、この憲法違反の言辞を「間違っていない」として撤回しないのである(選挙政策上「撤回」するかもしれませんが)。
 一方における資本の横暴な活動としてのグローバリゼーションの推進、他方における偏狭・復古主義的なナショナリズムの鼓吹という、一見矛盾した思想・政策は何を意味するのであろうか。アメリカの世界支配体制下での「大東亜共栄圏」の復活と「国家」への「滅私奉公」の実現を図ろうとしているのであろうか。(2000.5.30記)

(会員・専修大学教授)





ドイツ労働運動の実情を聞く

─労働総研第21回公開研究例会─


 去る3月27日、「ドイツ労働運動の実情を聞く」をテーマに労働総研第21回公開研究例会を全労連及びいのちと健康全国センターの協賛のもとに開催しました。
 大木一訓常任理事の斡旋で、愛知労働問題研究所とブレーメン大学との定期研究協議で来日された6人の中の2人から報告を受けました。ブレーメン大学のハイナー・ヘーゼラー博士は「ドイツにおけるリストラ・解雇規制」と題して、ライネル・ミューラー博士は「労働安全のヨーロッパ標準化」と題して報告されました。本号に掲載した論文(別頂)は、ライネル・ミューラー博士の報告のベースとなっている論文です。この例会では、35人が参加し活発な質問・意見交流が行われました。
 なお、ハイナー・ヘーゼラー博士の報告のベースとなっている論文は、季刊「労働総研クォータリー」(No.39・2000年夏季号)に掲載されています。ぜひご覧下さい。





労働安全のヨーロッパ標準化
The Europeanisation of Occupational Safety and Health

ライネル・ミューラー(ブレーメン大学)
布施恵輔 仮訳(全労連国際局員)


社会政策の一部としての労働安全

 労働安全の分野では、ヨーロッパ共通社会政策に向けEUは特に革新的な進歩を遂げた(Leibfreid, Pierson 1995)。ローマ条約以降、欧州共同体(EC)は第1に経済的な利益から、社会政策力を備えた政治単位として発展してきている。1986年の統一ヨーロッパ法、92年のマーストリヒト条約、そして97年10月1日のアムステルダム条約などそれらすべてが、この道にとって重要なステップである。後者は、社会政策の解釈へとつながった(Kittner,Pieper 1999, p.45)。
 1970年代には、共通市場における単一の経済目標を追求することは不適切であるという意識が高まった。共同体の関心は、1974年の「被雇用者の労働・生活条件の人道計画」に関する社会政策のアクションプログラムを皮切りに、社会問題や被雇用者の生活・労働条件へと広がっていった。このプログラムとその「職場における安全、労働者の衛生と健康保護に関する諮問委員会」が、ヨーロッパの労働安全政策における中心的な役割を果たしている(Bauerdick 1994, p.120,121)。
 労働者の安全は、人間存在の社会的保護としての福祉国家システムの一部、そして秩序ある社会生活の一環として一般的には考えられている。Preller(1962)は、社会政策の保護的機能をその配分と生産に関する機能から分離して考えた。歴史的視点に立てば、社会政策の保護的機能は、児童労働の禁止を通じて私企業の自由裁量権への国家の介入を初期にもたらしている。社会政策の分配機能は、同時に労働者であり消費者である、被雇用者として不安定な経済的存在への対応を構成している。社会正義の原則に基づき、分配機能は、世代内、世代間の労働局面における個人の生産能力を援助、維持、促進、回復させる働きをする。
 生産性を考慮し、生産ファクターとしての「労働力」と、その訓練、維持、発展の両方に社会政策は貢献した。労働災害の社会的コストは、福祉国家機能、健康保険基金と年金、事故保険、失業保険と育児保健システムによって消失した。これは、生産プロセスにおける人的・自然資源の否定的結果の外部化ということができる。これらは、労働者の健康と環境汚染や破壊という破壊的な形態を取る。

一般的な社会政策としての労働安全施策の有用性は、理想的な典型として以下のようになる(Kaufmann 1997,p.46)

a) 文化的側面から、社会政策の構成体としての労働安全は、公正で人道的とみなされる社会秩序の保証に貢献している。それは社会契約、国家そしてEUの正当性を増大させる。
b) 政治的側面から、社会政策の構成体としての労働安全は、沈静化の働きがある。職場内外での賃労働者と資本の間の構造的矛盾を緩和し、これらの相対する利益をより生産的な矛盾解決の形態に変化させる。
c) 経済的側面から、社会政策の構成体としての労働安全は、人的資源の開発を促進する。労働の意欲を向上させ労働生産性を向上させる。
d) 社会的側面から、社会政策の構成体としての労働安全は、有給雇用の範囲を超えて個人の生活を安定化させることによって、富の生産の社会的条件を保証し、他の社会部門で必要とされる人的資源の側面を労働によって侵食されないことを保証する。しかし社会的に責任あるやり方が用いられる場合のみに限られる。したがって、労働安全は労働分野だけでなく他の社会分野に対する共同の過程とインパクトを解放する、すなわち、それは社会的に多機能なのである。それは、生産と社会全体に対する非常に大きな影響がある。

遅れたドイツの労働安全システムの近代化

 1989年6月12日以降の労働安全に関する革新的なECの枠組みでの指令が、ドイツ法に組み込まれたのは1996年8月21日のことである(Kittner,Pieper 1999,S.55)。それまでは、驚くべき構造的転化と制度上の緩慢さをもち、帝政時代から適用され、すでに一世紀以上を経た職場内外を基礎とする労働安全施策が依然として有効であった。ドイツのシステムは二重性を持っている。その一つは州の段階、もう一つは職能団体と労災保険機構である。ドイツの連邦制度のために、連邦政府と州政府の間に法的競合が存在する。連邦政府は法的基準を徹底し、州政府はその労働検査官を通じて公的労働安全施策の実施に責任を負う。1865年創設の技術管理委員会(the Technical Control Board)は、州が委員会に技術工場検査実施を課すという私法に基づく機関である。ここでさらに触れておくべきは、私法の基準で最も重要な源泉である、ドイツ基準機関(DIN)である。
 職能団体と労災保険機構は、1884年のビスマルクによる特筆すべき社会立法の遺産である。それらは公共体である。1950年代の初めまで、それらはもっぱら経営者の支配下にあったが、それ以降は経営者と労働者の代表が制定法上の枠組みの中で、共同で運営している。他の社会保険システムの一部とともに、労災保険機構は組合や他の労働者が経営者と同じ立場で参加する唯一の職場外での経営参加システムである。労災保険機構の最も重要な仕事は、均衡を基本にした自治行政、事故防止、傷害や疾病への補償、リハビリテーションと、物理的、化学的、生物学的災害の保護に関する法制の提起である。工場において自身の事故防止規制の実施を監督することもしている。

労働安全の旧システムへの批判は以下のような点に向けられる、

  • システムの構造と運用における「多様性と多形成」(Kittner,Pieper 1999,p.37)による、高度の分裂性と複雑性。システムがスムーズに働くために必要とされる大変高レベルの共同や協力が常に達成されない点。
  • 技術中心主義。「リスク」と「災害」技術的にそして機械的に定義されてきた。防止が、単に大工場における工業生産における事故と、単純に説明のつく疾病にのみ優先されてきた。法律家を排し、技術者がこの分野を独占してきた点。
  • 規制する側の技術と規制される側の性質間と同様に、直面する挑戦と用いられているコンセプト間の不一致。労働安全機関が職場の大規模な変化を柔軟に受け入れることができていない。新たな生産と組織形態、新技術から起こるリスクや災害についてそれらのシステムは無視している。サービス部門の拡大、労働力内の女性の増加や労働力の高齢化を認めようとしない。労働の質、労働者の経営参加と労働安全に対して高まる文化的期待に応える、革新的過程が明らかでない。
  • 高度に選択的なリスク制限形態の概念と調停方法。そのような調停はすべての被雇用者や委員会の全職種を網羅していない。
  • 労働者の経験と能力に対する監督、規制の見方と行動へのシステムの無知。参加が起こらない。
  • システムが防止重視の労働計画を軽視しており、問題や被害が発生して以降しか介入しない。
  • コストと利益を計算する職場とマクロ経済の還元主義。労働者の健康悪化のコストの大部分は外部化されており、労災と限られた職業病への費用が労災保険機構によってまかなわれている。労働関係疾病の大部分を扱う費用は健康保険と年金保険基金によってまかなわれている。
  • 価値創造の過程において、職場の労働者と労働政策の統合の欠如している点。職場では労働者の安全が、内部の問題、経営上の責任として扱われていない。

     労働安全システムは、低い生産性と将来に向けた非効率的教育などの顕著な構造的緩慢が明らかになっている。同一の労働安全法を目的とした今世紀はじめの関連改革にもかかわらず、革新の余地は非常に限られている(Bauerdick 1994,Volkholz 1995)。依然としていくつかの分野では、労災保険機構が災害防止、復職措置と労災・職業病の被害者ケアーにおいて重要な成果をあげている。
     1970年代の社会-自由連立期の近代化局面(1974年の労働条件法、1975年の職場布告)以降、コール政府が意図した改革は、「失敗の記録」であった(Konstanzy,Zwingmann 1996, p.65)。「公共労働安全機構の近代的再編」を求めたドイツ統一条約は、改革の必要性を強調している(Standfest 1990,Kittner,Pieper 1999, p.52)。政府内でのドイツの労働安全政策のアクターであった、職能団体や社会保険組織は、そのような近代化を自分たち自身で実行する能力に欠けていた。ECからの強い衝撃や強制がなければ、ドイツの労働安全システムはその構造的転化において不十分なままであっただろう。ドイツの労働安全のヨーロッパ標準化には強い抵抗があった。1989年からのEC枠組み指令であるヨーロッパ労働安全創設法は、1992年10月31日までに国内法に組み入れられるはずであったが、ドイツでは政治的抵抗により1996年8月まで遅れた。

    労働安全のヨーロッパ標準化への抵抗

     自由連立のパートナーであったキリスト教民主同盟(CDU)とキリスト教社会同盟(CSU)は、労災保険機構の代表、製造業、同業者団体や他の産業の経営者団体と一緒になって、ヨーロッパ共同体がヨーロッパ法廷に訴えることで脅威を与えるまで、改革を妨害した(Kittner, Pieper 1999,p.53)。
     1989年のヨーロッパ共同体機械指針(89/392 EWG)はドイツ連邦共和国によって厳しく批判され、ドイツ政府の投票に反して成立した。指針が「ドイツの労働安全規制においてそれまで一般的でなかった」(Fritze 1990,p.287 cited in Bauerdick 1994,p.139)要求をしたにもかかわらず、労災保険機構は特にその組合的側面が反対された(Bauerdick 1994,p.46)。
     ドイツ労働安全システムが革新性を欠いていること、および労働安全のヨーロッパ標準化への抵抗への構造的理由は何にもましてその二重構造と、州政府の労働監督官と経済単位ごとに組織され州レベルで活動しているさまざまな労災保険機構の間の競争にある。多くの経営者・従業員団体が、労災保険機構の中でそれぞれ活動している。
     ヨーロッパ規模の指令と規制というやり方によるドイツの労働安全システムの再編は、ドイツ固有に存在する労災保険機構という中間的福祉国家の機構存在をまさに脅かした。
     ではなぜ労災保険機構は労働安全のヨーロッパ標準化の荒波に抗して生き残ることができたのであろうか?(Bauerdick 1994,p.178)バウアーディック(1994)によれば、「マルチ人間ゲーム」(Elias 1986)が存在し、労災保険機構は最強の行為者である国家としての役割を果たした。後者は、労災保険機構がさらに独占的な行為者(すなわち政府)となることができることに利益があったのである(Bauerdick 1994, p.178)。
     そして新たな力強い行為者が、ヨーロッパ共同体の機構とその超国家的標準化機関という形であらわれた。ドイツの労働安全の行為者間の比較的安定したバランスがここに来て崩れた。これは、公的レベルと同様に、政府と経営者団体の間にも当てはまる。労働安全のヨーロッパ標準化は社会法規定Zにおける労災保険機構の法的枠組みを必要とさせた。1996年8月7日施行のこの法律は、「生活と健康への労働関係災害」の防止の包括的概念と、「労働関係健康災害の防止」における社会健康保険基金との協力義務を含んでいる( )14 SB Z)。

    高レベルの保護の拡大

     ドイツの労働安全システムのヨーロッパ標準化に関する抗議の中、ヨーロッパ各国の複雑な投票システムが「政治的紛糾」による労働安全の低レベル化につながるのではないかという議論があった(Scharf 1985,cited in Bauerdick 1994,p.143)。実際、高レベルの職場内外の労働安全衛生が、EC加盟国では優勢になっている。どのようにしてこれが可能になったのだろうか? アイシュナーによれば、「労働衛生概念のうちドイツのものもフランスのものも採用されず、スカンジナビアの概念が採用された」(Eichener 1993,p.35,cited in Bauerdick 1994,p.144)ことは驚きに値する。欧州委員会が決定的な役割を果たしたことに、アイシュナーは注目している。高いレベルの保護で一致することに強い利益性があったのである。委員会が欧州連合理事会に対する勧告を独占して以来、委員会は統合のエンジン(推進力)を備えた。委員会内部の勧告・規制委員会が重要な役割を果たした。委員会には、加盟国の中央官庁のスタッフ、主な経営者及び労働者団体の代表も加わっていた。各国家とヨーロッパレベルの行政機関の代表が、「高技術共同機構」を作るために委員会に参加した(Bach 1992)。彼らは、委員会の活動を可能な限り効率的に行なった(Bach 1992,cited in Bauerdick 1994,p.145)。政策決定に必要な情報は、これらの国家間官僚ネットワークを通じて交換された。ここに来て、単に国境を越えるだけでなく、国家のヒエラルキーをバイパスする新たな公式関係が登場した。交渉と規制の過程のほとんどが、技術機械問題解決方式をとり専門的に決定することのできる専門家に移行したために、これらの過程は政治的色彩を失い、国家的色彩も失った(Bach 1992, p.24,cited in Bauerdick 1999,p.145)。

    ECによるドイツ労働安全の近代化

     統一ヨーロッパ法(1986年2月7日)の第100a条および第118a条はECの活動規範設定のための基礎を作った。100a条(1997年10月1日のアムステルダム条約批准以降、現在は第95条)は、単一市場経済実現への行政指針に対して、欧州共同体理事会に条件付過半数での成立を認めた。それに対応する指針は、国家間の製品の移動と同様、健康、安全、環境や消費者保護における高いレベルの保護も追及することができる(Kittner,Pieper 1999,p.49)。第118a条(アムステルダム条約以降、現在は第137条)は、仮に欧州共同体理事会が欧州委員会からの勧告をうけ条件付過半数になった場合、以下の分野における最低限の基準指針を設定する権利を与えられる。

  • 従業員の安全衛生保護のための労働環境の最優先の向上
  • 労働条件
  • 従業員への情報提供とヒアリング
  • 労働市場から排除された人を市場に統合すること
  • 労働市場における男女の機会均等と職場での平等待遇

     1989年6月12日、労働安全EC枠組み指針が第118a条を基礎に定められた。これは、1989年12月30日の労働設備指針や1990年5月29日のディスプレースクリーン指針などの、より明確な指針によって補強されている。
     ヨーロッパの労働安全規制は、民間職場における以前よりさらに合法性を備えた「公衆衛生」の民主的、市民社会的概念を賦与されている。公衆衛生戦略は常に、生産現場における健康への脅威や被害に関するものを含む、福祉国家規制や指針の一部であった。福祉国家の体制に西側工業国の中でも違いが認められるにもかかわらず(Esping-Andersen 1990)、典型的な理想と見られている公衆衛生戦略はすべての国で同一の目標を追及し、構造的・手続き的に似通った概念を利用する。労働安全問題の理解と実施において適当とされる労働者と労働安全専門家を融合させる権利を備え、良好な公衆衛生の概念を備えた民間企業への社会政策的介入に関連した労働安全を、適正なものにすることができる。公共的に良い健康は、すべての人の利益である。公共物の特異な性質は、そのコストと利益がお互いに対する明確な負担にならない。
     したがって、職場における労働安全の役割は、「民間企業における公衆衛生」という問題として議論することができる。労働安全は、憲法において相当する権利をもつ労働者の社会的保護の付与による、社会コストを最小限にするという福祉国家機能を果たすのである。公衆衛生の手段としての労働安全は、個人不可侵権の基本法の保証に基づく労働者個人の権利を保証する。
     健康被害やリスクのみでなく健康の向上と維持に基づく、このような福祉国家の枠組みにおける明快な公衆衛生への考え方は、EUの進歩的指令や規制に見ることができる。物理的、化学的、生物学的被害や危険にもっぱら依拠していた労働安全施策においては、新たな規制の導入は労働者個人の要求への適合であるとともに、健康、健康保護や生産維持を取りまくものになっている。新たな労働安全規制は、労働者の権利に、より強い市民社会的、民主的よりどころを与えている。労働者は、健康リスク、健康保護手段や労働関係の健康問題に関する情報や助言を得る権利を有する。したがって参加する権利も強化された。サービス部門を含む生産部門の公衆衛生原則の視野の拡大が意味するのは、新たなEUの、そしてドイツの労働安全規制が全労働人口に適用されるということである。いまや小規模零細企業ですら、福祉国家の介入の要求を受け入れ、従業員の健康の保護、維持への責任を当然のこととしなければならなくなっている。
     労働分野に関するEUの政策と法的規制の中心的目標は、もちろん単一経済圏の創設である。この開放市場においては、物品、人、サービス、資本が自由に行き来する。EUは社会政策の課題を明確に掲げてきた。1992年の社会政策に関するマーストリヒト条約の議定書では、イギリスをのぞく加盟国がEEC条約第118a条を特別に確認し、労働者の安全と健康保護が社会政策の中心的課題として将来検討されるべきであることを明記している(Bucker/Feldhoff/Kohte 1994,pp.45-55)。

    労働安全に関する新たな要求は以下のようにまとめることができる。

  • 単に身体的被害だけでなく、社会心理的側面と健康促進の要素を含めた健康の拡大概念(全人的な労働安全)
  • 工場や企業の内部責任としての予防的健康政策(安全管理)
  • 人道的労働設計の原則
  • 技術進歩と最新の経済的発見に適合するべきダイナミックな挑戦としての労働安全(適合義務)
  • 労働条件の系統的アセスメント(透明性の義務)
  • 適用不足の縮減、特に小規模零細企業において。経営者責任(企業態度)
  • 安全代表と労働者個人、そして事業所評議会(Betriesbrat=民間企業を中心とする労働者代表制度、訳者)と職業評議会(Personalbrat=主に公務における事務職の労働者代表制度、訳者)への意味のある参加を伴った、労働安全の専門家と産業医間の協力(協力原則)
  • 法的必要と義務の均一でわかりやすい基準化(均一労働安全法)(Bucker,Feldhoff,Khote 1994,pp.43-44)

     新労働条件法は労働安全の画期的な概念に基づいている。それには、特定の、頻繁には起こらない出来事である労災や職業病からの保護概念のみでなく、健康保護と個人が無傷であることの、より一般的な考えが含まれている。労働安全施策は現在、健康保護という目標に向かっている。健康を広義に解釈するなら、職業活動は個人の発達の一部として理解できる。この広い見方は、労働安全施策は、より人道的な労働設計のためになされるべきとしているセクション2によって支持されている。このような施策は、技術面だけでなく労働組織や職場の社会関係も含めた課題として計画され、人道的やり方で作られるべきであり、つまりそれらは労働者の健康が前進しなかった場合に維持されることになる。これは、労働安全の分野とその当事者達に、労働条件、要求と個人を考慮に入れることを求める。人道的労働計画は、労働者個人の状態や能力、加齢過程での変化や文化的な、性別に特有の、そして生産性の違いをも考慮しなければならない。それは、労働者のさまざまな年齢構成とその加齢過程と両立する労働条件を作る、長寿として特徴付けられる社会への特別な挑戦である。条件がつけば、市民的権利は、それが職場で完全に実施されていなくても、実質的には職場で強化されているとすることは可能である。労働関係の健康危機を定義する機関は、もっぱら労働安全の専門家とではもはやなく、むしろ労働者にその義務を果たしている。複雑な運営法、構造リスクマネジメントと健康促進が労働者の協力によって、彼らの意思に逆らわずに勝ち取られる中では、それは必然である。この考えは、経営者に彼らの労働条件を評価するよう求めた呼びかけによって補強されている( )5)。現存し、またこれから起こるだろう健康危機に関して、経営者によって「適切に、また規則的に知らされる」べきである。新法における、通信、指示や情報の現代的理解は、もはや単に一方的なものではなく、労働者自身が見識や動機、利益に基づいて原因に自分たち自身がかかわることができるように、労働者が健康危機や人道的労働設計の議論の過程により組み込まれるべきである。新たな健康保険機構(SGB V)および労災保険機構(SGB Z)を伴った新労働条件法は、社会構成上の州に適した、技術や労働者の健康扱う包括的方法へとつながる。労働関係の健康リスクを定義し、すべての適切な方法でそれらとたたかう社会保険及び傷害保険機構の義務に関連して、福祉国家、立憲国家の課題である人間的な労働生活へと、労働安全は導くでしょう。

    (参考文献は省略)





  •  5月の研究活動

    5月6日  賃金・最賃問題研究部会=研究成果の出版原稿の最終仕上げ作業
      8日  研究プロジェクト・部会責任者会議=99年度の活動経過及び21世紀初頭の研究計画に関する報告と意見交換
      9日  労働時間問題研究部会=報告・討論/「ヨーロッパ各国のワークシェアリングの現状」
      19日  国際労働研究部会=報告・討論/「最近のドイツの労働事情と労働運動」
      20日  政治経済動向研究部会=報告・討論/「最近の失業情勢・第9次雇用基本計画について」
     社会保障研究部会=研究成果まとめの構成の再検討
     関西圏産業労働研究部会=報告・討論/「労働者の階層意識」及び「京都における企業リストラの事例(中間報告)
     地域政策研究プロジェクト=報告・討論/「大垣市における地域おこしの取り組み」
      23日  青年問題研究部会=報告・討論/「公立大学の現状と問題点」
      26日  女性労働研究部会=報告・討論/「雇用均等政策研究会報告書」について



    寄贈・入手図書資料コーナー

    • 丸山恵也・高森敏次編「現代日本の職場労働─JITシステムと超過密労働─」(新日本出版社・2000年5月)
    • 法政大学大原社会問題研究所編「証言/産別会議の運動」(御茶の水書房・2000年3月)
    • 東京都中央労政事務所編集・発行「平成11年度労働事情動向調査/印刷産業労働事情」(2000年3月)
    • 東京都中央労政事務所編集・発行「女子学生のためのワーキングブック2000/就職活動ハンドブック」(99年11月)
    • 東京都労働経済局労政部労働組合課編集・発行「労働セミナーサブテキスト/労働関係基礎法規集(平成12年版)」(2000年2月)



     5月の事務局日誌

    5月8日 99年度第3回企画委員会
      23日 99年度第4回企画委員会