2000年3月15日(号外)





「日産自動車リストラの特徴と政策課題」の発表について

労働運動総合研究所(労働総研)



 労働総研は99年11月2日第2回常任理事会で10月18日に発表された日産自動車リバイバルプランによる大規模なリストラ計画について緊急の研究チームとして「日産問題研究プロジェクト(責任者・牧野富夫常任理事)」を発足させ、全労連日産リストラ対策委員会の協力を得つつ、資料収集・分析と研究討議を重ねてきた。表題はその研究結果であり、2000年3月2日、全労連現地対策本部(三多摩労連内)で記者発表を行なった。
 内容は以下の諸項目である。

1 リバイバルプランによる社会的・経済的影響と問題点
(1)産業関連分析による雇用者所得・GDP減少と地域経済への影響
(2)労働時間大幅延長による生産力水増しと雇用削減
(3)正規雇用の不安定雇用への置き換えがもう一つの狙い
2 下請・中小企業の経営と雇用を守る課題
(1)最適地購入は日産の下請系列解体とルノーの取引機構への再編成
(2)始まっている再編成と労働者・中小企業への犠牲転嫁
(3)関連部品業界の再編成と中小企業の営業と雇用を守る課題
3 日本の自動車産業の位置と政府の責任
(1)日本の産業構造と自動車産業の位置
(2)政府の保護と公共事業優先政治のテコとしての自動車産業
(3)日産自動車における政府と企業責任
4 国際常識としての大企業の社会的責任の実行を
(1)ベルギー・ヴィルヴォルド工場閉鎖問題の焦点と経過
(2)ミシュランのリストラ計画と政府の対応
(3)EUとフランス、ベルギーの解雇制限法制
 1)EUの解雇制限法制 2)フランスの集団解雇制限法制と特徴 3)ベルギーの集団解雇制限法制
5 日産リストラに関する当面の要求と課題
〈プロジェクトメンバーは、大須真治・金田豊・西村直樹・宮前忠夫・佐々木昭三・草島和幸の諸会員である。〉

<以上>





 日産自動車リストラの特徴と政策課題

2000年3月2日 
労働運動総合研究所(労働総研)


1 日産リバイバルプランによる社会的・経済的影響と問題点

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はじめに〜リバイバルプランの概要〜
 プランによる労働者の削減は、製造部門4000人・国内販売会社6500人・販売一般管理部門6000人・事業売却による異動5000人などの2万1500人であるが、開発部門への500人増員とされており差引2万1000人の削減である。しかし、下請取引企業の半減、資材・部品・サービス購入額20%削減など他の産業・企業への影響、世界規模の最適地購入により国内企業の生産縮小や廃止などが拡大すると予想され、雇用削減はさらに大きくプラスされるだろう。
 また5工場閉鎖や関連企業の縮小・廃止にともなう周辺地域の社会的・経済的影響についてはほとんど解明されていない。さらに新たな生産体制による勤務シフトや労働時間、雇用・就労形態の変化については企業側からの具体的説明はない。こうしたもとで社会的・経済的影響と問題点の解明は可能なかぎりでプランの内容を補足・補充しつつ作業を進めざるを得なかった。したがってここでの研究結果は自動車産業の現場で働く労働者の協力よって必要な補足・補充をおこないつつ取りまとめたものであり、以下はその概要である。

(1) 産業連関分析による雇用者所得・国内生産減少と地域経済への影響
 産業連関表による生産誘発効果は全労連が毎年発表する「検証・大企業の内部留保=ビクトリーマップ」でも活用しているが別掲の資料もそうした産業連関分析であり、労働総研の政治経済動向部会が11月に日産リストラ問題に絞っての緊急の研究会で報告されたものである。
 この分析に当たっては、@1995年産業連関表・「雇用表」により自動車産業と全産業の1人当たり雇用者所得とリストラ後の再就職を想定した業種の比率によりその所得額を求めた、A再就職については全員再就職などA〜Eの5パターンを想定したが再就職不能=失業は3分の1を上限とした、B消費支出に及ぼす影響は1998年家計調査・限界消費性向により5パターンによる年収変動にあわせた増減額を算出した、Cリストラ後の日産の稼働・生産状況・労働日数と時間についてはプランによる推定である、D系列の解体・下請企業・地域経済への影響は資料が得られないためほとんど加味されていない。
 こうした制約のもとではあるが唯一データーが得られた神奈川県においての影響試算では、失業と県外流失が2分の1としたケースEによる雇用者所得減少額は約728.3億円、国内生産の減少は約1459.7億円、付加価値減は約675.7億円など下表に見るとおりである。したがって地方・地域ではこの試算以後に得られた各種関連データーを補充して経済的・社会的影響と日産リストラの反社会的な不当性追及の材料を充実して活用すべきだろう。



(2) 労働時間大幅延長による生産能力水増しと雇用削減
 有価証券報告書による日産自動車の99年3月の年度決算では年間車両生産能力は196万台であり、98年4月から99年3月までの生産実績は152万8461台、生産能力に対する稼働率は65%とされている。リバイバルプランでは同社の生産能力は一挙に年間240万台に増加する。からくりは労働者1人当たり年間所定内労働時間1830時間、2交替勤務で1日3660時間の設備稼働を、恒常的残業と休日出勤増で1人当たり年間2200時間労働、1日4400時間稼働と大幅に延長した結果である。
 村山工場など3つの組立工場を廃棄して、年間135万台生産をめざすとすることは残る組立工場ばかりか、販売・管理部門と資材・部品・サービス供給の関連企業の労働時間延長が必至である。また、かって自動車各社の先陣をきって2交替制を導入した実績から、同業他社とその広範な下請企業に働く数百万人の労働時間延長に直結する。
 ゴーン氏の出身であるルノーをふくむフランスがこれまでの週39時間労働から35時間労働に短縮して雇用増をはかるもとで、労働時間延長による雇用削減は余りにも異様・異質である。本国では不可能な「コストカッター」をルールなき資本主義・日本で実行し、国際化しつつ多国籍企業ルノーの世界市場制覇の実験台とする魂胆がまる見えである。全労連とJMIUの試算はこうした労働時間延長をしなければ工場部門で4000人とされるリストラ対象の80%の雇用が確保できるのである。


(3) 正規雇用の不安定雇用への置き換えがもう一つの狙い
 プランにおける人員削減は「自然減、パートタイマーの採用、フレックスタイムの適用拡大、事業のスピンオフそして早期退職プログラムによっておこなわれます」としている。こうした雇用・就労形態、事業の分離・独立化(スピンオフ)と2万1000人の削減計画との関連は必ずしも明確ではないが、現在14万8000人とされる連結基準対象企業全体の雇用流動化拡大による人件費コスト削減がねらいである。
 すでに他企業のリストラで実行されているように、人件費コストが半減する正規雇用のパートタイマーへの置き換え、残業料不要で無制限の長時間労働を押しつけるフレックスタイム制、賃金を50〜60%引下げる事業の分離や別会社化はSOHOといわれる在宅就労までも含むだろう。こうした雇用・就労形態が賃金・労働時間など労働条件劣悪化と社会保険加入や労働基本権も蹂躙することとなる。
 こうした不当なリストラに対してはすでに全労連が提起している「解雇規制の法制化」が緊急課題であるが、合わせて国際常識とされる2つのILO条約の批准とそれに基づく国内法制を整備すべきである。その要旨は以下である。
@パートタイム労働に関する条約(第175号・1994年)
 要旨 「金銭的権利については労働時間又は所得に比例して決定する」など、パート労働者は正規雇用者に比べて労働時間が短いだけであり、正規雇用者と同じに労働基本権をもち、賃金、社会保障制度、母性保護、有給休暇など待遇面で同等の保護や権利を保障すること。
A在宅形態の労働に関する条約(家内労働条約、第176号・1996年)
 要旨 労働基本権・賃金・社会保障などについてはパート労働条約とほとんど同じであるが、条約適用は日本では家内労働法により労働基準法適用除外とされ自営業者扱いとされている家内労働者とともに、いわゆるテレワーカー・在宅勤務などの就労形態の労働者も対象としている。
 これらの条約批准と国内法整備は雇用・就労形態による不当差別が是正されるだけでなく、賃金・社会保障・労働基本権が保障され、労働者の正規→非正規→正規など育児・介護その他の事情による雇用就労形態の自由な選択が可能になる。これは同時に人件費削減策としての不当なリストラ=非正規雇用への置き換えを抑制する。

2 下請・中小企業の営業と雇用を守る課題

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 リバイバルプランによるコスト削減のもう一つの柱は下請取引企業の半減と購買コスト20%削減であり、その具体化が原材料・部品の「最適地購入」である。これは国内関連企業の存廃に直結するばかりかルノーの世界戦略により、日本の自動車産業とその関連企業の営業と雇用に重大な打撃となる。以下、その問題点を確かめる。

(1) 最適地購入は日産の下請系列解体とルノーの取引機構への再編成
 これによって下請関連企業の選別が進められ、下請から外されたり、大幅な単価引下げで経営破綻が増加する。下請企業として残っても、これまでの単価切り下げの上にさらにコストダウンが強要され、労働強化や人減らしが避けられない。また、関連1394社の持株も処分して日産の赤字解消に投入されて経営の安定が脅かされる。
 日本の自動車産業の特質とされたジャストインタイムは下請系列の組織化と支配による低単価・厳格な納期・高度の製品精度強要という犠牲の上に達成されたが、「最適地購入」によってこうした系列体系が解体される。ルノーは日産の系列企業の解体と選別によって支配下に引き入れ再編成を狙っている。
 フランスにおけるルノーによる最近の部品購買体制は、競争力の強い部品メーカーに取引先を絞り込み購買価格の引下げを求め、新鋭技術の開発・早期導入を共同して取り組む指定購入制度「オプティマ」を98年から導入し、主要部品メーカーとの関係を強化しようとしている。「オプティマ」は主要部品メーカーごとの長期購入計画協定であると同時に指定企業はルノーの新規開発車プロジェクトに参加できること、新モデルの部品購入で70%のシェアが保障され、購入量を減らす場合は双方が話合って決めるなどの利点が与えられる。
 部品メーカーはコストや品質の競争力維持、市場価格を考慮した納入価格など透明性の高い競争力算定、最新技術製品の優先供給、グローバルな供給体制によりルノーの国際戦略協力が義務付けられる。
 ルノーの多国籍企業としての再建・強化のために日産の系列企業集団の解体と、新たな企業グループへの選別再編はルノーの利益のために多くの下請企業の経営と、労働者の雇用と生活を脅かす犠牲転嫁である。

(2) 始まっている再編成と労働者・中小企業への犠牲転嫁
 すでに、ルノー関連の部品メーカーと日産系列企業の再編提携が進んでいる。ジャトコ・トランス・テクノロジー(JTT)に仏ヴァレオ社が資本参加する見通しで、ゴーン氏はJTTを世界的部品メーカーにすると述べ、積極的に外資受け入れを表明した。
 ユニシアジェックスは仏ヴァレオ社と自動車用クラッチの開発・生産・販売の合弁会社を設立し、新会社に厚木工場の一部設備と人員を組み入れる計画でヴァレオが過半数出資し、ユニシアの現クラッチ部門(250人)を母体に世界のメーカーに売込もうとしている。
 市光工業では仏ヴァレオが筆頭株主である日産所有株(20.6%)の取得を交渉中で、ヨーロッパと日本にある両社工場の相互活用を大筋合意して原材料の共同調達、新技術の共同開発など広範な業務提携を検討中である。同社は台湾で小型ランプ類生産にも転用できるバックミラーの一貫生産の新工場を稼働させ、外注してきた成型や塗装を内製化して収益性を高めるとしている。また、マレーシアの部品メーカーであるデロイ・インダストリーとヘッドランプやミラーの合弁生産で合意し2001年を目途に供給をはじめるなど、アジア地域での事業拡大を急ぐとしている。
 自動車電機工業は日産の購買コスト削減のために綾瀬・横浜・福島の三工場の電装用モーター生産を中止してフィリピンに100%出資の子会社を設立し、従事していた人員は原則として福島に移動する。現在2100人の従業員を2003年3月までに1400人に削減するなど約700人の具体的な削減計画をまとめるとしている。
 自動車シート大手のタチエスは99年9月に富士機工と資本提携して日産系列を離脱したが、村山工場閉鎖により2年後を目途に本社工場(昭島市)を閉鎖、2001年からはアメリカ現地法人が全額出資するシンテックを設立してスクールバス用シートの一貫生産を始める。また、メキシコ日産との合弁シートメーカー、インダストリアデアシエントスペリオルへの出資を80%台に引上げて生産を拡大するとしている。
 ここにあげた事例はほんの一部にすぎないが、日産の有力一次下請企業はルノーの世界戦略として関連部品企業がアジア市場拡大をめざして再編成される。これが2次下請企業以下の選別と再編への波及は必至である。最適地購入政策で途上国の安価な製品供給とのグローバルな競争が組織され、円高も加わり取引停止となる末端下請の増大は不可避である。特に部品のモジュール化がそれを加速するするだろう。
 自動車産業は中小企業の広大な裾野の上に成り立ち、地域の経済と社会形成に役割を果してきたが、最適地購入戦略は大企業の社会的責任放棄なのである。

(3) 関連部品業界の再編成と中小企業の営業と雇用を守る当面の課題
 日産自動車は労使交渉の中でプランによる下請企業など関連分野への影響について労働省など政府当局に資料を提出し説明しているが、その内容については公表できないと答えている。その内容が最末端の下請企業・各種サービス購入・撤退する工場周辺への影響まで含むものであるかどうかは不明である。
 戦前戦後を通じて手厚い国家的支援=国民の税金投入で高利潤・高蓄積を続け日本を代表する国際企業となった経緯からすれば、直接・間接に日本の下請企業と労働者に重大な被害と犠牲を及ぼすリストラ計画に関連するすべての資料を公開すること、補充する調査を行なうことは大企業の最低限の社会的責任である。また、資料提示と説明を受けながら公表をこばむ政府の責任も重大である。政府は企業が社会的責任を果す指導を強力におこなうべきである。

3 日本の自動車産業の位置と政府の責任

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(1) 日本の産業構造と自動車産業の位置
 日本を輸出立国とする体制は50年代後半以降の高度経済成長を通じてつくりあげられてきた。原材料を輸入し、鉄鋼・石油化学製品などの素材とともに高度な加工組立型製品を輸出し、膨大な貿易黒字を産みだしてきた。自動車産業はその花形であり技術開発とともに財政・税制・公共投資など政府の全面的支援がおこなわれてきたが、その実態と内容を確かめよう。第一は輸出額にしめる自動車産業の位置であり、輸出額の比率と金額のいづれもが他産業を圧倒する上位である。第二は自動車と関連産業をあわせた従業者数と生産額であり、これもまた他産業を大きく上回っている。



(2) 政府の保護と公共事業優先政治のテコとしての自動車産業
 政府による自動車産業への保護と支援の歴史的経過の概要は以下のとおりである。
@1918年・軍用自動車保護法、36年・自動車製造事業法
A1950年〜自動車国産化支援として、設備近代化計画として設備投資初年度50%の特別償却・固定資産税50%免除(50年10月〜)、自動車抵当法により月賦販売支援(51年6月〜)
B1956年・機械工業振興臨時措置法=機振法、3次まで延長して低利の開発銀行融資を投入、こうした政府の支援策に合わせて工場立地にともなう土地買収や工場周辺のインフラ整備、公共料金負担の軽減など地方自治体からの便宜供与など最終的には住民・国民負担への転嫁が広範囲におこなわれた。
 こうした自動車企業への直接的な保護・支援とともに自動車交通に関する直接・間接の膨大な公共投資が今日まで継続している。各種道路網の整備とその用地取得、歩道橋や高架化、排ガス・騒音・振動などの自動車公害対策に国と地方の膨大な財政が投入されている。こうした社会的費用は1974年に宇沢弘文教授がおこなった試算によれば1台当たり1200万円であった(「自動車の社会的費用」岩波新書)。この方式で公害対策費を除く道路投資分のみを追加して最近時点の算定では実に1台当たりで4100万円を超える金額となる。
 日本の自動車産業隆盛の背後にあるのはゼネコン型の巨額な公共投資であり、長年にわたる政権政党である自民党などと関連する行政機関である運輸・通産・警察などの政府各省庁をあわせた政官財の構造的癒着のテコとなってきた。また、70年代以降の自動車対米輸出による貿易摩擦を背景にした農産物輸入自由化は自動車の対米輸出の代償として日本農業崩壊を容認した日本政府のアメリカへの屈伏であった。

(3) 日産自動車における政府と企業責任
 日産のリバイバルプランが99年10月の産業再生法施行後に出された事に見るとおり政府の大企業のリストラ支援策と一体である。しかし、日産の企業体質は他のメーカーとは異質であることを重視すべきだろう。1965〜66年の日産と当時のプリンス自動車の合併が通産大臣主導でおこなわれたことは周知の事実である。合併を契機として日産労使が一体でおこなったプリンス自動車労働組合への暴力による不当な攻撃は政府公認のもとであった。
 こうした暴力行為は日産厚木における活動家解雇や追浜工場でのリンチなどこの企業の異常な暴力と差別による職場支配として長期にわたって継続された。企業への絶対的服従と忠誠を強要する職場支配は、日産労使の先例でその後の芝信用金庫など他の産業・企業にも拡大された。労働者の良心と基本的人権を踏みにじる職場支配における政府と企業の責任は重大である。こうした企業体質が企業経営に反映するのも当然である。
 自動車製造で最も多くの費用が必要な設備はフロアパネルだが日産は26種ももっている。1種のみで年間70万台生産するフォルクスワーゲンの例で分かるように無謀な設備投資である。トヨタとのフルライン(すべての機種)競争でトップメーカーに踊りでようとする企業トップの強引な経営戦略である。
 また、これまでの経営赤字は7回であるが企業本体の赤字は3回にすぎず、連結での赤字を繰り返してきた。その要因は販売子会社であり、札束で煽りたてる売上拡大をめざした販売戦略の重大な欠陥である。今日の事態を招いた企業責任をもう一つ側面で確かめておこう。96年に改定された経団連の「企業行動憲章」を受けて98年に「従業員行動規範」が策定され、「日産は公正で透明性の高い企業活動をめざして、商品や技術に関することはもちろんのこと、事業内容や財務状況、地域社会への貢献活動など、当社と関係がある人々が必要とする情報を事実に基づき正確かつタイムリーに開示します。」と、うたいあげてきた。
 しかし、先の事例に見る企業体質や経営戦略が経団連の「企業行動憲章」に反しているばかりか、自社の規範と掛け離れた行動が繰り返されている現実を指摘しなければならない。労働者には門前配付のビラを読むなと圧力をかけ、遠隔地への移動を強制し、取引先には情報開示もしないなどが、財界団体の有力構成企業であるばかりか自らの社会的約束さえも投げ捨てているのである。

4 国際常識としての大企業の社会的責任の実行を

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 欧州、とくにEU(欧州連合)域内では、労資の利害対立を前提としつつも、それを抑制あるいは調整し、経済・社会の進歩・発展を労使共同で築き上げるという原則と、そのために労使がそれぞれ負うべき責任が確認され、労使関係のルールとして確立されてきている。解雇規制に関しても集団解雇指令をはじめとするEUの諸指令と各国の法制によって、企業が守るべきルール、果たすべき社会的責任が定められている。
 ここでは、日産自動車を事実上、買収したルノーから、99年4月、COO(最高執行責任者)として日産に送り込まれたゴーン氏、および、フランスと関係ある二つの事例、さらに、EUとその加盟国でルノーと関係の深いフランス、ベルギーの解雇制限法制に焦点をあてて、大企業の社会的責任と労働組合、政府の対応を検討する。

(1) ベルギー・ヴィルヴォルド工場閉鎖問題の焦点と経過
 1997年2月27日、ルノーが記者会見で97年7月31日をもって、同工場を閉鎖すると、一方的に発表したのが発端である。同工場の労働者は直ちに反対のデモを行い、新車置場を占拠した。直後のEU委員会は労働者代表との協議が行われていないとし、市議会は特別議会を招集し、全会一致で労働者への無条件支持を決議した。
 3月4日には、欧州金属労連の支援のもとにヨーロッパ各地の全ルノー工場の労働者が1時間の連帯ストをうった。初の「ユーロ・スト」である。こうした行動と並行して、一方的な工場閉鎖決定を不当・違法とする労働者側が起こした裁判がベルギーとフランスで行われ、会社側の控訴で各二審まで争われたが、いずれもルノーが敗訴した。フランスの判決は閉鎖計画の差し止め命令を含むものだった。判決理由は欧州労使協議会指令、欧州社会憲章とその関連国内法、労働協約などで定められた「労働者の事前の情報・協議の請求権の露骨で違法な侵害」とするもので、労働者の基本的社会権を確認した。
 こうしたもとで、6月始め、フランスに左翼連立政権が成立し、労働者の交渉条件が拡大された。結局、ルノーは「情報・協議」に戻ってやり直し、工場閉鎖は「社会計画」に沿って実行されたが、ここでの焦点は第一に、「労働者の事前の情報・協議の請求権」(企業の事前の情報・協議義務)である。EUと加盟各国の常識は企業経営上の判断だけを優先するのではなく、労働者と地域への影響についての企業責任を厳しく問うていることである。第二は、このヴィルヴォルド闘争がその後のEU関連法制の強化のきっかけになっていることである。
 日本でも、こうした常識、民主主義的ルールを実行させること、そのための法制を早急に確立することが緊要である。

(2) ミシュランのリストラ計画と政府の対応
 ゴーン氏が78年に入社し、96年12月にルノーに上級副社長として入社するまでいたのが世界3位のタイヤ・メーカーのミシュランである。同社は99年9月、ヨーロッパで合計7500人に上るリストラ解雇計画を発表したが、同時に発表した同年上期決算の純利益は前期比17%増というもので、国際競争力など経営優先の身勝手さ丸出しのものだった。労働者・労働組合、左翼政党、政府などが抗議し、ジョスパン首相も「わが国にはルールがある」「もうかっている企業が解雇するなど、全く理解できない」と表明した。
 こうしたなかで、ミシュランは解雇計画を撤回し、解雇によらない人員削減を追求する方針に切り換えることを表明した。フランスでは、この事件をきっかけに、政府と共産党など左翼政党が解雇制限法の提案を含む規制強化に動きはじめている。

(3) EUとフランス、ベルギーの解雇制限法制
1)EUの解雇制限法制
 ヨーロッパの解雇規制として大きな影響力をもつのは、EUの諸協定、諸法規である。
 EUのリストラやM&A(合併・買収)にともなう集団的な解雇・企業間移動・配置転換などに直接関連した指令には、集団解雇指令(1975年)、既得権指令(1977年)、賃金確保指令(1980年)、欧州労使協議会指令(1994年、以上、いずれも制定年)などがある。EUの各指令は加盟各国の国内法に対して優先性をもち、加盟各国は国内法化することを義務づけられている。各国の関係法制は最小限要請であるEUの各指令の内容を満たし、組み込んだものになっている。EUの指令等は加盟各国法制の最低基準の役割を果たしている。
 ここでは、具体例として、フランスとベルギーの集団解雇規制を紹介するが、比較を容易にするため、集団解雇に関する次の7項目についての要点を示す方法で行う。@集団解雇の定義、A「労働者代表への通知」、B当局への届け出、C遅延(当局による延期・凍結、義務的予告期間など)期間、D必要とされる交渉の形態、E対象者の選択基準、F退職手当(解雇特別補償)であり、この7項目に沿って法制内容を示すこととする。

2)フランスの集団解雇制限法制と特徴
@フランスの法制には集団解雇という規定はなく、「経済的理由による解雇」と規定される。ここでは、典型的な例として「30日以内における10人以上の解雇」の場合を取り出すが、実際には、被解雇者1人の場合、2〜9人解雇の場合など、企業と解雇の規模ごとに、手続きが厳密に定められている。
A労働者代表または「企業委員会」への十分な情報提供、および協議の会合を義務づけている。
B県の雇用当局(DDTEFP)に届け出る。
C労働者50人以上の企業で30〜60日、労働者50人未満の企業で21〜35日(ただし、解雇予定人数により異なる)。
D配置転換、再職業訓練など、解雇に代わる解決策に関する各種協議。労働者50人以上の企業では plan social(被解雇者転職保障計画)の策定が義務づけられている。労働者代表に拒否権は与えられていないが、計画内容が不備な場合、雇用当局は拒否することができる。
E労働法規により、家庭責任、高齢者、年齢、障害(職種によっては)職業資格を考慮すべきことが定められている。
F集団解雇(=経済的理由による解雇)に関する特別規定はない。
 以上にみるように、従来のフランスの解雇規制は解雇自体を制限したり、非解雇者を現職復帰させることよりも、配置転換・転職の保障による解決(法制上は「再配置義務」とよばれ、判例と法律の双方で確立されている)、とくにplan social の策定と実施が重視されている。しかし、ジョスパン政権になってからは失業克服・雇用創出政策とともに、集団解雇への規制が強化されつつある。週35時間制の法制化もそうした政策の一環である。ミシュランの解雇計画発表をきっかけに、政府は「もうかっている企業での解雇の禁止」という規準を含む、解雇制限法制化の方向を打ち出し、連立与党の共産党も今年に入ってから独自の解雇制限法案を提出している。

3)ベルギーの集団解雇制限法制
@60日以内における次の解雇。労働者20〜99人の企業で10人以上,労働者100〜300人の企業で10%以上, 労働者300人を超える企業で30人以上。
A「事業所評議会」または労働組合代表に通知し協議しなければならない。
B地域の雇用事務所へ届け出る。
C30日。ただし地域雇用事務所は60日まで延期することができる。
D解雇に代わる解決方法および影響緩和手段に関する協議。
E法的規定はないが、全国労働協約(事実上、法律と同じ効力をもつ)が事業所評議会の共同決定を認めている。
F「失業手当」と「手取り賃金」の差額の50%(上限あり)を4ヵ月間。

 現在、M&Aをテコとしたグローバル化にともなう再編と一方的な工場閉鎖や解雇・人員削減など国際的大企業の横暴が各国で増加する傾向にあり、イギリス、イタリアでも政府が解雇制限法制の強化にとりくみ始めており、注目すべき動向である。ヨーロッパ各国政府の対応は、産業再生に名を借りて解雇を含む大企業のリストラを支援する日本政府とは大違いである。

5 日産リストラに関する当面の要求と課題

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 政府に対する雇用維持についての要求
(1)労働者本人の同意なしで配置転換・出向・転籍・退職強要を行なわせないこと
 〜現に進められている閉鎖予定工場における個人面談とともに連結対象企業、取引停止や購入量が著しく減少する下請企業・販売企業全体における企業行動を行なわせない指導を強化すること〜
(2)全国の労働行政機関(基準・職安)と都道府県労働関係機関(労政事務所な)に日産関連労働者からの苦情相談窓口を設置すること
 〜相談事項についてはオンラインで集約し日産本社に対しての指導を行ない即刻是正を行なうこと〜
(3)企業がリストラ後に行なうとしている年間2200時間労働は政府公約どおりの年間1800時間とする指導を行なうこと
 〜われわれの試算によれば現行の年間1830時間維持からさらに1800時間に短縮すれば閉鎖工場4000人の雇用確保は可能である。同業他社とそこへの部品・サービス提供企業における広範囲の労働時間延長に直結する事態は直ちに中止すべきである〜
(4)工場閉鎖・大量解雇における企業の社会的責任を明確にした規制を行なうこと
 〜EU各国における事前通告と労使協議、黒字企業の大量解雇停止などEU指令や各国の法制はILOの条約・勧告とも合致するグローバルスタンダードであり、雇用対策法見直しなど必要な法制整備に着手すべきである〜
(5)日産による最末端までの下請取引の実態を全面的に調査し、独占禁止法・下請二法などによる関連企業保護を徹底すること
 〜リバイバルプランでは取引企業の半減や部品・サービス購入価格の20%削減が一方的に宣言されている。明らかに優越的地位の乱用による不公正取引である。
  日産関連の最末端までの取引と強引な停止・単価削減などの実態を調査・公表し是正すべきである〜
(6)日産自動車が政府に提出し説明した関連資料を全面的に公開すること
 〜日産は村山工場における労使交渉で下請関連の資料は関連する政府機関に提出して説明したが内容は非公開だと回答している。雇用と営業に重大な影響を与える事態であることから直ちにすべてを公開すべきである〜

 日産自動車の社会的企業責任の明確化
(1)最末端までの部品・サービス購入など企業責任で調査し公表せよ
 〜これらは1次〜2次下請など日産本体の指示でしか実情は把握できない。末端までの品目・数量・金額とその比率のすべてを公表すべきである〜
(2)廃止工場周辺の労働者の住宅事情、周辺商店などへの影響を調査し公表せよ
 〜労働者の住宅は土地・建物・資金融資などのすべてが企業関連の不動産・金融企業で行なわれてきた。リストラ計画による最大の被害者は労働者本人よりもその子供などの家族である。実情のすべてを公開すべきである〜
(3)閉鎖予定の工場などの土地取得・道路・水道その他のインフラ整備・固定資産税・各種税金と公共料金の減免などに関するすべての資料の公開
 〜広大な面積と大規模な工場設備の立地が国と地方自治体による多様な優遇策に支援されたことは明らかである。その代償とされたのが雇用と周辺の下請企業・商店街の活性化であった。工場閉鎖はこのすべてを放棄するのである〜

 国際常識を具体化する諸法制の整備
(1)全労連などが提起している解雇規制法を制定すること
 〜雇用対策法による大量解雇の届出は形式的な手続きであり企業のリストラは事実上やりたい放題である。移動・出向・転籍などとともに解雇を前提とする企業行動についての規制をおこなうべきである〜
(2)EU1994年「欧州労使協議指令」に基づく各国法制と同様な制度の制定
 〜日産リストラでは労働組合への事前通告と協議はまったく行なわれなかった、法制があれば労働時間大幅延長などの不当な計画も阻止できただろう〜
(3)雇用・就労形態による労働条件の差別を禁止する
 〜ILOの「パート労働に関する第175号条約(1994年)」、「在宅形態の労働に関する第176号条約(1996年)」は、労働時間の短いパート労働者や現状は家内労働・テレワーカーなど事実上「自営業扱い」とされている雇用・就労形態の労働者もフルタイム労働者と同様の労働基本権・社会保険適用とともに、賃金・労働条件も同一とすべきとしている。条約の早期批准と国内法整備で雇用就労形態の違いによる不当な差別を解消すべきである〜

<以上>