2000年3月1日(通巻120号)



目   次
巻頭言

 「森嶋・小宮論争」によせて………天野光則

論 文

 地域政策と労働運動…………………黒川俊雄

2月の研究活動ほか



「森嶋・小宮論争」によせて

天野 光則

 森嶋達夫氏の『なぜ日本は没落するか』(岩波書店刊)が昨年4月に刊行された。いかにも挑発的な書名の効果もあってかも知れないが、それ以上に日本をめぐる昨今の「時代閉塞」感が本書への関心を呼んだものと思われるが、かなり読まれているようだ。この中で、森嶋氏が批判の俎上にのせた日本の経済学者の一人に小宮隆太郎氏がある。小宮氏は、旧知の間柄の森嶋氏の取り上げ方に腹を据えかねてやる方ないといった口吻でもって、雑誌「論争」(東洋経済新報社刊)に二回にわたって「批判的書評」を寄稿している。
 小宮氏の森嶋批判には、多分に「痴話的」感情もうかがえるが、「論争」の主題はいうまでもなく「21世紀日本の行方をどう見るか」にあることは言うまでもない。その根底にあるのは「日本の社会と経済」をめぐる現状認識の違いである。なかでも森嶋氏は、戦後日本の社会と経済を支えてきた仕組みがことごとく行き詰まっており、とりわけ21世紀を担ってゆく学生、青年の現状にこのうえなく「危機」感を持っている。それにたいして、小宮氏はいたって楽観的で、森嶋氏の指摘がきわめて現象的、部分的で取るに足りないものであり、小宮氏の接する若者たちがいかにたのもしいかと誇示する。この点では、私自身は森嶋氏の認識に近いといっていいかと思う。
 しかし、両氏に共通して「不足」していると思われるのは、戦後日本の社会のあり方を規定してきた「日米関係」に一歩も踏み込もうとしていないことである。森嶋氏が提唱している「東北アジア共同体」構想にしても、この問題を抜きにして論じることはできないであろう。「日米関係」をいったいどうするのか。この「論争」を通じて、このことをあらためて強く感じている。

(会員・千葉商科大学教授)




地域政策と労働運動

黒川 俊雄


はじめに

 全労連と労働総研は“地域政策研究全国交流集会”を1996年から毎年共催し、98年3回目を行ったが、99年は開かなかった。労働総研は“地域政策研究プロジェクト”準備のために99年研究報告会を7回行い、このプロジェクトを設立することになっている。そこで「地域政策と労働組合運動」について若干問題提起してみたいと思う。

痛烈な自己批判
 最初に私は痛烈な自己批判をせざるをえない。私は大学の現役教授時代に社会政策研究者として国家の政策を厳しい表現で論評し、独占資本を激しい評言で批判して、労働者・国民が政府・行政、大企業の“横暴”を糾弾するスローガンを掲げて要求したり反対したりする運動を展開すれば、政府・行政、大企業がいつかはその通りに動かざるをえないものと期待し、それを待っている“横着さ”を当り前の事と思っていた。その根底には、国家の政策が変らなかったら、地域も変らないと考え、たしかにそういう面が大いにあるにせよ、そう考えるあまり、政府の政策を変えなかったら、あるいは政府そのものを変えなかったら、行政を動かし、大企業を動かして、地域を変えるなどということはありえないという中央集権的な、トップダウン方式の、硬直した考え方が少なからずあった。そのくせ、政府を揺り動かし、行政を動かして地域を変えるような有効な全国的共同行動を労働者・国民が起こしうる見通しなど持ち得ないでいた。実際、多くの地域で労働者・住民が行政を動かし、地域に事業所や小会社を持つ大企業を動かしていけるような有効な共同行動を組織することさえできないのに、労働者・国民が政府・行政を揺り動かし、大企業を揺り動かすような有効な全国的共同行動を起こしうる見通しなど持てるわけがない。

正眞正銘の「地域の主人公」となるには?
 勿論、地域住民が「地域の主人公」として地方選挙や国政選挙で投票によって政治を変えていくことは不可欠である。1960年代から70年代にかけての「革新自治体」の増大はこのことを実証している。だが70年代の終りにその限界が明らかになった。その原因は何か。それは、地域住民自身が正眞正銘の「地域の主人公」になり得なかったということである。地域住民が正眞正銘の「地域の主人公」となるには、政府・行政の公的責任や大企業の社会的責任を追及するあまり、自分たちの自己責任を棚上げにしてしまうのではなく、また、かつて臨時行政調査会の答申に示されたように、政府・行政の公的責任棚上げのために「自己責任」を強要されるのでもなく、地域住民自身が自発的に自己責任を取って共同の力で地域の経済・社会・文化を自分たちにとって木目細かく行き届いたものに変えていく仕事の担い手になりながら、試行錯誤を重ねて、その体験に基いて地域を造り変える政策を具体的に作成して、行政に提案し、実現するために行政を動かしていく実力を身につけていかなければならない。そうすれば、地域住民は、地方自治体の行政が動くのを待っているのではなく、行政を動かし、必要ならば、投票によって地方政治そのものを変えて、必要な条例を制定させ、この条例を盾に取って地域を造り変える公的責任を行政に取らせるだけでなく、地域に事業所や小会社を持って活動している大企業があれば、その大企業に社会的責任を取らせるために有効な共同行動を組織できるであろう。しかもこのようなことを全国各地域に広げていくならば、労働者・国民が、政府の政策を変え、必要ならば、政府そのものを変えて、法制化を実現し、その法制を盾に取って地域を造り変える全国的共同行動を展開する見通しを持てるのではないだろうか。
 このようにすることによって、日本国憲法第8章第92条の「地方自治の本旨」に沿って、国から独立した人格を持つ「地方公共団体」の「団体自治」と並ぶ「住民自治」を本当の意味で確立し、現政府が進めようとしているにせ物の「地方分権」ではなく、本物の「地方自治」を確立していけるであろう。労働組合が地域を造り変える政策を作成し、提案し、実現する運動・つまり地域政策運動を進めるためには、この点が重要だと思う。

労働組合はいまなぜ地域政策運動を進めなければならないのか

原点に返り、原点から地域政策運動を
 いま日本の労働組合は地域政策運動を地に足が着いた形で進めなかったら、どんなに正しい目標を掲げても地域から浮き上がってしまい、運動を大きく後退させてしまうかもしれないという危機に立たされている。しかもこの危機を転機に変えるためには地域政策運動が不可欠の重要性を持っている。勿論、日本の労働組合の多くが、企業内の「正規雇用」労働者を主要な構成員としている組織を単位としているという特徴を持っているかぎり、現在の大企業中心の「リストラ」攻撃を職場で跳ね返えすという原点に返ることは大切なことである。しかし原点に返えるだけでなく、この原点から、日本の労働組合の組織的特徴に基いて企業内に閉じ込もったような「正規雇用」労働者中心の闘いしかできないという弱点を乗り越えて地域政策運動を進める方向をどうしても追求しなければならなくなってきている。なぜだろうか。

「リストラ」と失業・半失業深刻化の中で
 第一の理由は、現在大企業中心の「リストラ」によって「正規雇用」削減の反面、パート、アルバイトや嘱託その他の「非正規雇用」および「派遣」の増大がとくに90年代後半から著しくなってきているということである。しかも「派遣」の増大は、改正労働者派遣法の施行によって99年12月以降拍車をかけられるであろう。
 第二の理由は、大企業中心の「リストラ」だけでなく、90年代の「不況」によって失業・半失業が雇用労働者に限らず、地域の農漁民、自営業者、中小企業者まで巻き込んで深刻化しているということである。『労働力調査』の「完全失業者」が95年以来200万人台から99年代に300万人台に激増して、長い間2%台だった「失業率」が95年代3%台に上昇し、98年代4%台に達し、99年代4%台後半から5%に届こうとしている。それだけではない。「リストラ」で「非自発的離職者」の増大はもとより、「完全失業者」の「失業期間」が1年以上になる人数が40万人を超える過去最高を記録し、失業が長期化する傾向を示している。そして『労働力調査特別調査』によると、「非労働力人口」の中にも、「すぐに仕事につける」のに求職活動をしなくなっている人が95年代の100万人近くから99年代150万人台に増加してきている。また、「非正規雇用」労働者でも、転職、追加就業を希望する者が200万人近くから300万人以上に増加してきている。しかも「正規雇用」労働者の中にも年収200万円未満で転職、追加就業を希望していると見られる低所得層が400万ないし500万人もいる。そして年収200万円未満の低所得世帯は、『国民生活基礎調査』によると、「雇用者世帯」だけでなく、賃金所得にも依存するようになってきている「自営業者世帯」「農耕世帯」に及んでおり、これが少くとも500万世帯を超えると推定される。このように「完全失業者」には算入されていない“不安定就業者”を合計すれば、失業・半失業状態にある人は1,000万人を超えると言っても言い過ぎではない。
 このような状況のもとで、労働組合が「リストラ」攻撃を跳ね返えすために、ただ地域住民に支援を訴えたとしても、地域住民に反発されるだけである。地域住民の中で失業・半失業状態にある人は、雇用されていた労働者や「正規雇用」「非正規雇用」の“不安定雇用労働者”だけでなく、自営業者、農漁民、地域で福祉や教育、環境保全などのための事業活動を手探りで進めてきている非営利・協同の組織に入っている人々や、地域を支える生産、流通、運輸、情報、サービスを営業している中小企業者の中にも数多くいる。これらの人々の要求を汲み取って“権利としての要求”として実現するためには、このような失業・半失業を深刻化させている大企業中心の「リストラ」と90年代の「不況」による地域の経済、社会、文化の衰退を食い止めて地域の「内発的発展」を進める地域政策を作成して行政に提案し、実現していかなければならない。そのための共同行動を、ほかならぬ労働組合がその組織的弱点を克服して企業の枠を越えて、地域住民と共に進めていかなかったら、労働組合に組織された雇用労働者だけの闘いでは、「リストラ」攻撃を跳ね返えすことはできないし、地域に踏み止どまることもできなくなってきている。労働組合が原点に返えり、その原点から地域政策運動を進める方向を追求しなければならない第三の理由はこの点にある。

90年代の「不況」と大企業中心の「リストラ」で地域政策運動の必要性と可能性が増大している

「消費不況」「金融危機」「産業空洞化」が地域政策運動の必要性を増大させている
 では、地域の経済、社会、文化の衰退をひきおこしている90年代の「不況」はどのようになってきているのであろうか。
 日本経済は、90年代に入って「不況」が長引き、96年異常円高の緩和にも後押しされて一時景気回復の兆しを見せた。しかし97年4月の消費税率引上げ、9月の医療制度改悪に伴う国民負担増によって個人消費が再び落ち込み、その結果深まった「消費不況」に秋以来の「金融危機」が重なって「不況」が一段と深刻になった。この「金融危機」は、バブル崩壊による不良債権を多く抱える銀行・金融機関が、アメリカでも原則として禁止されている株式保有などで不良債権を累増させ、銀行・金融機関・ノンバンクの倒産・廃業が相次ぎ、政府の金融ビックバンへ向けての合併・再編が進む中で「貸し渋り」「資金回収」が行われるという形をとっている。その結果地域に密着した中小企業者、自営業者などが窮地に陥れられ、地域金融の担い手である地方銀行や信用金庫などの協同組織金融機関が経営危機に落ち入っているのに、都市銀行が多額の融資をする「商工ローン」の高金利や違法取立てなどで中小企業者や自営業者が追い討ちをかけられている。
 ところが政府の「不況対策」は、政官財癒着の支配構造の下で、建設業界だけでなく建設投資に強い産業連関を持つ業界の大企業のためにその財政負担を地方自治体にしわ寄せして行う公共事業の拡大から、「金融安定化策」と称して行う銀行・金融機関への公的資金投入や、建設関係の大企業のための債務放棄にいたるまで、赤字国債発行の異常な増大に依存しながら、景気の「自律回復」に効果をあげていない。
 また、すでに政府が、高度経済成長期以来、中央集権的なトップダウン方式で連続実施してきた全国総合開発計画は、戦時中ナチスドイツのLandes=plannungにならって国土防衛策として登場した「国土計画」の流れを汲むもので、域外から企業を誘致する「外来型開発」を進めてきたが、所期の目的を果たし得なかった。しかも、その対象となった地域では、経済のグローバリゼーションが進むようになってからはとくに、既成工業地域も含めて、企業の海外進出による事業所などの勝手な撤退で「産業空洞化」が進むようになった。その対策として画一的な「リゾート開発」や「地域振興」など、依然として「外来型開発」を政府は進めてきているが、「不況」で中断されたりして、「産業空洞化」がもはや抜き差しならないものとなり、環境破壊が進んでいる地域が増えてきている。いずれにせよ、政府の「不況対策」は、内需拡大、景気回復の効果もあげられず、個人消費を低迷させている。
 ところが政府は、農林漁業、流通業などの「比較劣位産業」「非貿易産業」(96年版『経済白書』)に対する保護や規制を「産業空洞化」「雇用機会減少」「高コスト構造」の原因と見なして、「規制緩和」を「経済構造改革」と称して進めてきている。その結果、農林漁業では、95年の新食糧法による食糧管理体制の解体以来、政府は価格・所得保障を中心とする施策を大きく後退させ、日本の食糧主権を否定するような輸入自由化を、WTO協定に組み込まれていくように、拡大することによって、農漁民の営業と生活を一段と危機に追い込んできている。流通業では、内外の大型店の出店を促がすような再開発によって地域密着型の商店街を苦境に陥れ、製造業・地場産業でも、海外進出企業からの低価格商品の逆輸入によって、中小企業者や自営業者を経営危機に追い込んできている。
 このように90年代の「不況」は地域の経済を衰退させて、失業・半失業を深刻化させているだけでなく、地域の社会・文化を衰退させてきている。だからそれを食い止めて地域の「内発的発展」をめざす地域政策運動の必要性が増大してきているのである。

大企業中心のリストラで労働組合の地域政策運動の可能性が増大してきている
 すでにのべたように、97年度に「不況」が再び一段と深刻になったとはいえ、為替相場が円高から円安基調に転じて輸出企業の国際競争力が回復し、貿易収支が3年ぶりに大幅な黒字を記録した。そこで政府は従来高く評価していた「比較優位産業」の大企業の競争力弱体化を問題にするようになり、「産業競争力再生」のために「過剰設備」「過剰雇用」「過剰債務」を同時に解消しなければならないという議論が盛んになった。政府はそれを受けるような形で「情報ネットワーク化」の飛躍的前進をめざして、大企業の利潤増大を大前提にした「過剰雇用」の解消のためという大義名分で中小企業を巻き込んだ事業の再構築という意味の「リストラ」を急ピッチで進めさせる「経済構造改革」を行うことになったのである。このような大義名分で大企業は「リストラ」と称して資本の専制支配を再構築するために、企業外、事業所外へ雇用労働者を「流動化」させる雇用削減を強行するようになったのである。しかしその結果、「流動化」された雇用労働者が、経済、社会、文化の衰退させられつつある地域にかかわらざるをえなくなっている。このことは、労働組合が、職場での雇用労働者の資本の専制支配の再構築との闘いという原点に返えりながら、その原点から、企業の枠を越えて地域の経済・社会・文化の衰退を食い止めて、その「内発的発展」をめざす地域政策運動を組織する可能性を増大させつつあるということを示している。
 いま大企業は、「総額人件費管理の徹底」によって賃金、賞与・一時金、退職金、法定外福利費(できれば法定福利費も)を含めた総額人件費の削減をめざして、出向、転籍、希望退職募集、退職優遇、転職促進、解雇などによる「正規雇用」の削減と「非正規雇用」「派遣」による「正規雇用」の代替を進め、「年功制」を解体して行って、企業の「業績」(支払能力)の枠内で個々人の「業績」(成果)に応じて人事考課で賃金、賞与・一時金などを決定する“業績・成果主義”を、アメリカのような最低限の生存保障さえも無しで”、導入しようとしている。そのために、アメリカではレイオフで、セニヨリティ制による規制があるとはいえ、解雇が自由に行われる中で、その代償として企業内の配置転換も含めて別の職種・職務に移動できるように能力向上の機会を与える“エンプロイヤビリティ”を、日本の大企業は導入して“雇用流動化”し易くしようとしている。また、アメリカで専門知識や特殊技能の売り込みで成立する“アウトソーシング”を、日本の大企業は導入して、企業内の特定部門の分社化によって親企業の優越的地位を濫用する日本伝来の「下請関係」を再編しようとしている。しかも日本でも2000年3月期から順次適用される「国際会計基準」の「連結決算」で、連結対象の子会社の範囲が広げられ、親企業が小会社を作って赤字を飛ばしたり、不良債権を隠したりする操作が難しくなり、余剰人員を子会社に転籍・出向させるという従来の手法が適用しなくなるとすれば、大企業で退職や転職の強要・解雇に拍車がかけられるかもしれない。
 また、この「基準」の「年金会計」では、従来日本で行われてきた従業員全体勘定の「確定給付型」では積立不足の公開が義務付けられるので、大企業が安易な給付切下げを行うかもしれないし、積立不足問題の無いアメリカ流の「確定拠出型」に転換して、従業員個人勘定で運用責任や投資リスクを個々人に負わせ、資産運用や口座管理を金融機関に手がけせさるのを促進することになる。
 その他、やはりアメリカで行われている「カフェテリアプラン」を導入して、法定外福利を従業員個々人のニーズに応じて許容範囲内で一定期間使えるポイント制でメニューから自由に選択できるようにしようとしている。
 いずれにせよ、大企業は企業責任を放棄して雇用労働者個々人に「自己責任」を強要し、個々人の間の競争を歯止めなく激化させて、資本の専制支配を再構築し、中小企業に対する支配関係をも再編成しようとしているのである。

大企業中心の「リストラ」は「21世紀戦略」
 以上のような大企業中心の「リストラ」は、財界・政府の「21世紀戦略」であり、この「戦略」は日経連の96年の『新時代の「日本的経営」』に沿っており、2000年1月の『労働問題研究委員会報告』は、かつては『大幅賃上げ行方研究委員会報告』だったが、いまや「賃上げか雇用か」という自らの年来の主張を「単純な選択」と否定し、賃下げも雇用削減も行うとしている。そして「失業増加は社会的に膨大な損失」と認めながら「過剰雇用」解消のためと称して雇用削減を強行し、その上、ヨーロッパでは労働時間短縮による雇用の維持・拡大策にほかならない「ワークシェアリング」をねじ曲げてもっぱら賃金削減に利用し、「雇用破壊」「賃金破壊」で個人消費圧縮の方向を打出している。
 このような「21世紀戦略」は失敗するにきまっているとか、「新時代の日本的経営」は崩壊するとか言う論評がある。しかし見落としてはならない点は、この「戦略」に沿った大企業中心の「リストラ」で、労働組合が、職場を基礎にして、現存の企業組織が従業員も組合幹部・活動家も知らない間に“上から”合併・再編されないように、その産業別・業種別組織、または一般組織を民主的に強化する闘いの必要性と可能性が増大してきているということ、そして地域で、組織系統の違いを越えて他の労働組合と共同するとともに、「階級的」という殻を破って、失業・半失業状態にある地域住民や農漁民、自営業者、中小企業者、福祉、教育、環境保全などで活動している地域住民およびその組織と共同して地域政策運動を展開する必要性と可能性が増大してきているということである。

「21世紀戦略」と経済のグローバリゼーション
 いうまでもなく「21世紀戦略」の背景には経済のグローバリゼーションがある。それは、多国籍企業化、寡占化・独占化および「大競争」のグローバル化という否定的側面と、画一化への反作用である地域的独自性と消費の個人化および情報公開、差別撤廃、長時間労働廃止、生活の最低限保障などのグローバル化という肯定的側面を持っている。「21世紀戦略」は、この否定的側面に基き、グローバリズムと称してグローバルスタンダードという名のアメリカンスタンダードの強要に、日本の財界・政府が追随しようとするものである。しかしアメリカでも肯定的側面に基き、地域再投資法や様々の州法に反映されているように、地域的独自性などの追求が見られる。ヨーロッパ諸国でも、アメリカンスタンダードの強要への追随が見られなくはないが、EC・EU統合の過程で、「ヨーロッパ地方自治憲章」の成立、週35時間労働制(フランスなど)、全国一律最低賃金制(イギリス)などの立法化に見られるように、肯定的側面に基く追求が続けられている。そして「人類の生存」にかかわる平和・人権・環境・開発の価値をグローバルにローカルで実現しようとするグローバリズムの動きも見過ごしえない。

地域政策運動に不可欠な法制化をめざす地域的・全国的共同行動

 最後に、地域政策運動に不可欠な法制化をめざす地域的・全国的共同行動に言及しておこう。
 第一に、それは政府・行政、大企業に対する事前・事後の情報公開と対等な対話による住民参加の法制化をめざす共同行動である。この法制化は、住民が地域にあるハードとソフトを最大限に活用して住民の主体的創意によって住民の自律制を高め、共同性を拡大して地域の「内発的発展」を実現する挺子である。東海村のウラン燃料加工会社の臨界事故に見られるように、これ無しでは、住民が突然被害者となり、地域の「内発的発展」どころではなくなる。
 第二に、それは雇用労働者の賃金の最低限だけでなく、農漁民、自営業者、非営利・協同組織で活動する住民の勤労所得の最低限、課税最低限(基礎控除)、社会保険・社会保障・社会福祉の給付の最低限を保障する生計費に基づく全国全産業一律最低賃金制の立法化を軸とする国民的最低限(ナショナルミニマム)保障の法制化、および「整理解雇の4要件」に基く解雇規制の立法化を軸とする企業組織再編に伴う就業と労働条件の承継による就業保障の法制化をめざす共同行動である。この法制化は、地域で失業・半失業および低賃金・低所得を住民に押しつけてくる経済的・社会的仕組みそのものを変革していく地域政策実現の挺子であるとともに、地域政策の実現は、この法制化と法制を盾に取ったその実現のための共同行動の不可欠な条件にほかならない。

(代表理事)




 2月の研究活動

2月4日  地域政策研究プロジェクト=報告・討論/今後の研究会のもち方について検討
  7日  日産問題研究プロジェクト=報告・討論/政策案の最終とりまとめの検討
  10日  国際労働研究部会=報告・討論/「2000版年報」の原稿の検討
  19日  政治経済動向研究部会=報告・討論/「経済政策の正しい考え方」(継続)及び「日産リバイバルプランと経営責任」
  24日  女性労働研究部会=報告・討論/「労問研報告」及び「国民生活白書」
  26日  社会保障研究部会=報告・討論/研究成果の出版作業の具体化の検討



寄贈・入手図書資料コーナー

  • 二宮厚美著「現代資本主義と新自由主義の暴走」(新日本出版社・99年12月)
  • 経済企画庁調査局編「平成12年版/日本経済の現状─経済新生への道程」(大蔵省印刷局・2000年1月)
  • 日経連経済調査部編「新版/労働統計の見方・使い方」(日経連出版部・97年12月)
  • 労働大臣官房政策調査部編「ワークシェアリング─労働時間短縮と雇用、賃金」(大蔵省印刷局・90年3月)
  • 社会経済生産性本部・生産性研究所編集・発行「労働生産性の国際比較─1998年版」(社会経済生産性本部・98年9月)
  • 社会経済生産性本部・生産性研究所編集・発行「労働生産性の国際比較─1999年版」(社会経済生産性本部・99年11月)
  • 中小企業家同友会全国協議会編集・発行「研究センターレポート第11集/21世紀を中小企業の時代とするための経済・経営戦略」(2000年2月)
  • 法政大学大原社会問題研究所編「日本の労働組合100年」(旬報社・99年12月)




 2月の事務局日誌

2月3日 国公労連第107回拡大中央委員会へメッセージ
  24日 全日本民主医療機関連合会第34回定期総会へメッセージ
 全連輸第40回中央委員会へメッセージ