1999年8月1日(通巻113号)

目   次
巻頭言

 世紀末の中小企業政策転換を憂う………八幡一秀

論 文

 99春闘の特徴について……………………金田 豊

99年度定例総会報告ほか

世紀末の中小企業政策転換を憂う

八幡一秀

 今年5月、中小企業庁長官の私的諮問機関である中小企業政策研究会(座長 清成忠男)は最終報告書を発表した。すでに今年12月を目途にした中小企業政策審議会の答申が予定されている。それをうけて、来年の通常国会では中小企業基本法の大改革が推進されることになろう。その内容は、中小企業基本法に基づく格差是正のための「高度化」政策と「事業活動の不利是正」政策から、「経営革新」「新規創業」といった競争促進政策への大転換となることが予想されている。
 中小企業の多様性(上位と下位の中小企業のばらつきが大きいこと)をとらえて、「経営革新」のできる上位層への政策支援を中心に据えれば、平均的な中小企業、より下位の中小企業は上位ほどの競争力がないわけであるから、市場競争の結果没落していくことは必然となる。それよりは、上位と平均的、下位の中小企業がネットワークを組むことにより、上位の中心企業と連携して下位の中小企業の底上げを図ることの方が、既存中小企業の持つ経営資源を有効に国民生活の豊かさにつなげることになるのではないだろうか。
 「新規創業」の中小企業は廃業率も高いが、生き残れば成長率も高いことから、経済活動を活発にし、雇用創出にも大きな役割を果たすとしているが、廃業率の高い新規創業企業に雇用創出の主役が務まるかははなはだ疑問が残る。かえって、不安定な就業形態となり、潜在的な失業者の「プール」が常に存在することになるのではないだろうか。ましてや、新規創業企業での賃金水準は平均以下であることは中小企業白書も示しているとおりである。これでは新しい低賃金基盤を政策的につくり出すことになる可能性が高いと考える。
 21世紀の中小企業に本当に必要な中小企業政策とは、不況下の苦しみに耐えている既存の中小企業を政策対象として支援することに他ならない。中小企業のもっている様々な機能を国民のために発揮させ、国民生活を本当の意味で豊かで潤いのあるものに作り替えていくことこそが中小企業政策には求められているのである。

(会員・作新学院大学経営学部)


99春闘の特徴について

金田 豊

(1)“逆春闘”と日経連のねらい

 日経連は、史上最低の賃上げ率となり、ベアゼロだけでなく、要求もできず、賃下げ、合理化逆提案が目立った99春闘の特徴として、5月の第52回定時総会で、次の点を強調している。
 競争激化と企業業績悪化のなかで、労使間で危機の共有が図られ、史上最低の賃上げ率となり、賃金カットや労働時間の延長、時間外割増率の引下げなどが行われたこと、各社の業績や生産性、支払い能力に基づく自己責任型の賃金決定の動きが強まり、横並び決定が排されたこと、雇用をはじめ賃金・一時金・退職金、年金などを含めた総額人件費管理からの対応がなされ、賞与・一時金に業績連動型の導入が進み、前年より低下したこと、人事処遇制度の能力・成果主義に向けた見直しが進められたことなどである。そして、「今年は春季労使交渉の中身の改革の必要性を明確にした」(日経連タイムズ99・5・13「主張」)とした。すでに春闘前から日経連は、「今や高度成長期の賃金に過度に注力した『春闘』的考え方から脱却し、グローバル化や意識の多様化を踏まえた新たな労使関係の構築や労使交渉の展開が求められている」(日経連タイムズ99・1・21「主張」)としていたが、そのねらいを現実化したというわけである。
 マスコミは、この事態に対し“逆春闘”とか“賃金革命”とか名づけた。資本家側の企むコスト削減強化が、長年の労使協調労組と手を組んだ賃上げ抑制機構も乗り越えて、高失業のもと雇用か賃金かの脅迫により、賃金は各人の能力や競争の結果としての業績・成果にによって決まるもので、統一的な賃金引き上げに応ずる条件はないとし、賃金ダウン、合理化の逆提案まで増えることで、春闘解体の様相を深めた、との表現である。
 個別労働者を直接資本の側が支配するために、努力した者が報われるシステムを作り、処遇条件は競争に勝つ努力の成果によるものとして、自己責任に帰せしめる個別管理の徹底と、それに対応する新たな労使関係の構築の方向を、99春闘の結果の上に日経連は提起することとなった。
 それらはすでに平成11年版労働問題研究委員会報告で提起した方向であり、その具体化が急速に進められたことである。
 日経連は5月の定時総会を前後する4〜6月に新たな時代への、労務管理、労使関係への提言を相ついで発表している。
・労使関係特別委員会による「新時代の労使関係の課題と方向――変化への迅速、柔軟な対応を目指して――」
・構造改革特別委員会「ダイナミックで徳のある国づくりのための提言――日本人の心の改革」
・国民生活改善特別委員会「仕組みを変えて個性ある豊かな社会を実現しよう――多様な選択肢・価値観によるダイナミックな社会・経済システムの構築」
・教育特別委員会「エンプロイヤビリティの確立をめざして――従業員自立・企業支援型の人材育成を――」

日経連の画く経営環境の変化とこれからの労使関係
 ―日経連・労使関係特別委員会報告(99年6月)―

 今までの特徴点これからの方向
@経営理念 ・人間性尊敬の経営
・長期的視野に立った経営
・人間性尊敬の経営
・長期的視野に立った経営
・国際的視野に立った経営
・「市場」「道義」「秩序」の三位一体化
A経営環境 ・高・中成長
・国内中心型の経済・経営
・規制による保護
・低成長、変化の激しい経済
・グローバル経済・経営、競争の激化
・規制緩和・撤発
B雇用関係 ・就社型
・長期的雇用
・内部労働市場
・一括定期採用型

・同質的人材
・自社型育成前提の雇用管理
・就社・就職型
・雇用の流動化、長期・短期を含む効果的雇用管理
・内部労働市場と外部労働市場
・採用の多様化(一括定期、通年中途採用など)
・多様な就業形態、多様な人材
・自社型雇用ポートフォリオ
・エンプロイヤビリティの重視
・少子・高齢化の進展
C勤労者意欲
 と処遇制度
・企業中心の生活
・企業一家的意識
・年功的処遇
・単線型処遇
・集団的業務遂行
・全人格的人事評価
・ピラミット型組織
・生活と会社業務のバランス型
・意識の多様化、自己実現型
・能力・成果重視型処遇
・複線型処遇
・個と集団の効果的業務遂行
・透明性ある業績反映的人事評価
・フラット型組織、機動的・柔軟な組織
D労使関係 ・企業別労使関係中心
・労使の信頼重視

・集団的労使関係無視
・横並び賃金決定
・賃上げ・賞与重視型
・方針決定に時間がかかる
・社会の安定帯
・多様な話し合いの場の活用
・企業別労使関係を中心とした多様な労使関係
・労使の信頼重視
・集団・個別的労使関係重視
・総額人件費重視型、政策・制度重視型
・自社型賃金決定
・環境変化に迅速かつ柔軟に対応
・社会の安定帯
・多様な話し合いの場の活用
・個別苦情処理への対応

(日経連タイムス・99年5月13日号)     


 これらは共通して市場原理の徹底による競争を不可欠の課題とし自己の選択で能力・成果を競い合い、努力すれば報われる、働きがいのある人事管理の推進であり、処遇の向上も低下も自助努力・自己責任によるものとするシステムの提起である。雇用形態も、就業形態も多様化し、自分にあったものを選択する、資本と政府の役割は選択肢と、それを選択する能力開発のメニューを多様且つ豊富に提供し、労働者側がそれを自己責任で選べるようにすればよい、そして成果に対する考課査定を整備する。集団的業務遂行から、個人をより重視した効果的業務遂行、ピラミッド型組織から、フラット型で機動的・柔軟な組織への方向をとるとする。「今後の労使交渉のあり方としては、賃金重視から雇用・賃金・賞与・退職金・年金・法定内・外の福利費を含んだ総額人件費管理に移すとともに、生活環境、生産性向上などの幅広い諸問題について労使は情報を共有しつつ、迅速かつ柔軟に対応していく必要がある」(日経連タイムズ99・5・13労使関係特別委員会報告)と、これまでの「賃金重視、横並び的春闘の基盤が大きく崩れ」(同前)てきた99春闘を踏まえた今後の春闘改革論を提起してきたのである。
 こうした日経連の“春闘改革”の方向は、主要大企業労組の春闘総括と運動方針を経て、それらが主導権を持つ産業別組合の方針として、具体化されつつある。
 例えば、電機連合は99年7月8〜9日の定期大会で、これまでの賃上げ交渉中心の春闘を改め、2002年からは、労働条件全体を交渉する2年ごとの協約改定闘争に転換する、賃金も労働条件の一部として位置づけているため、交渉の重点事項にならない年は、賃上げ要求をしないこともありうるとした。「成熟経済のもとでの賃金の引き上げを中心とした量的拡大の取り組みでいろいろな生活課題を解決して行くことには限界がある」から「賃上げ中心の方向を転換し、トータルな総合生活闘争として労働協約の改定を中心とした闘争」へ移行するというのである。その協約交渉の重点課題として、@雇用の安定、Aエイジレス社会の構築を目標とした65歳までの定年延長、B時間外割増率を含む総実労働時間の短縮、C能力開発、自己啓発支援などをあげる。
 すでに鉄鋼労連は、2年間の複数年協定を原則にした賃上げ・一時金交渉を決めているが、これらは雇用を優先に賃金要求を抑え、結局雇用も賃金も悪化するのを許した99春闘の方向をさらに一歩進め、日経連の雇用改革の方針と歩調を合わせるもでしかない。
 自己責任原則に立った成果主義と競争による市場原理の貫徹をめざす日経連・財界の政策は、小渕首相の経済戦略会議の答申や産業再生法、規制緩和の諸法制改悪などの制度や行政措置によって支えられる仕組みがつくられてきた。大企業中心のリストラ・人員削減や工場統廃合、下請整理、分社化と系列再編など、労働者と中小企業者、自営業者に犠牲を転嫁して、大企業の利潤と蓄積を維持拡大する新たな体制づくりが、その進行をはやめることになったのである。逆春闘といわれるような今春闘の変化はこのような情勢の展開と深く結びついている。

(2)労働者の状態悪化と共同の前進

 雇用と賃金破壊の進行は、労働者の状態を悪化させた。
 賃金カットを含む賃上げの後退に加え、時間外賃金や一時金・賞与の大幅な減額、中高年層は能力・成果主義賃金の拡大と分社化、出向転籍による賃金ダウン、若年層は初任給の凍結、引下げの影響を受けるなど、各世代とも所得の減少は消費生活の切りつめとなり、住宅ローンの支払いにもこと欠くこととなった。
 自己破産は急増し、経済・生活問題がらみの自殺も98年には前年比70%と著増となり、自殺急増が男性の平均寿命を縮める上でウエイトを持つ異常な状態を示した。こうした不況の拡大は、要求・妥結を後退させ、合理化に傾く労使協調の労組への不満を強め、組合の妥結提案が職場段階で否決されるという事態が大企業の中で見られるようになった。
 とくに大企業のリストラ「合理化」では、これまで、職場支配の中心にあった中間管理職層の整理を加速し、その不満を強めるなかで、職場で権利を守るために闘っている活動家に期待を寄せるなど、反共主義と職場支配の仕組みの動揺も見られるところとなった。
 春闘の中心にある賃上げでは抑えられても、職場の不満と要求のひろがりから、諸手当や付帯的な労働諸条件で改悪を阻止し、若干の改善を認めさせるところも出ている。
 こうした状況のなかで、労働者の切実な要求をふまえて闘う全労連、国民春闘共闘は、「総対話と共同」を広くよびかけ、地域からの共同行動をつみあげ、全国的な統一行動を前進させた。春闘前段の2・7総決起集会には全国から8万人が参加し、翌2・8霞ヶ関・国会総行動には、1万人を超える労働者が対政府行動をくりひろげた。2・25総行動には、地域を軸に街頭宣伝、集会デモ、自治体交渉など、全国で37万人が参加した。3・18第一次全国統一行動には、27単産47都道府県45万人が多様な行動で要求に対する回答を求め、3月下旬から4月上旬の各単産のストライキを含む統一行動で、民間大企業の低額妥結をのりこえて闘いをひろげ、4月16日の第二次全国統一行動が、20単産47地方で、ガイドライン法案阻止などの課題と結合して取り組まれた。相つぐ悪法の強制成立をねらう財界と政府・与党の暴挙を阻止するため、闘いは、その共同の輪をひろげて行き、5・21国民大集会(明治公園5万人)へ進んでいった。
 こうした共同のひろがりを背景に、企業別分断と競争による賃金抑制をねらう資本の側に対して企業の枠を超えた闘いも展開された。JMIUの産業別交渉団による交渉、運輸一般の集団交渉、医労連の統一妥結の追求など、賃上げを拒否する経営者側に対して、中小企業の経営を圧迫している大企業の横暴や政府・財界の中小企業切り捨て再編政策などの問題を解明し、これを規制して行く共同の取り組みを提起するなかで、一定の統一的な賃上げをかちとってきた。
 生活の苦しさから、職場労働者には、賃上げへの要求が強いだけに、全労連傘下の小数しか組織していない組合の取り組みが、同じ企業に存在する他の組合の回答にも影響する例もみられた。例えば、全労連・全国一般の油研では、会社側の定期昇給10月実施、超低額一時金回答に、労働者の怒りは大きく、小数組織の全労連全国一般の分会が、全労働者に会社回答に対するアンケートをとったところ、多数を占める連合加盟の組合員も含めての意見の99%は、会社回答反対だった。連合組合もこの職場の声を無視できず、回答に反対して闘うことになり、定期昇給の4月実施、一時金の上積み、一時帰休の賃金80%の100%への引き上げの成果を獲得したことが報告されている。広範な労働者の声を基礎に、これを共同のとりくみの課題にして行くことによって、厳しい情勢に対処する取り組みが、職場地域から蓄積されつつある。
 中小経営が大企業の新たな蓄積の犠牲にされている状況のなかで、賃金要求の実現と独占の横暴から中小企業を守る課題とは共通であり、中小業者との共同のなかで、新たな闘いの展望を見出す取り組みもすすめられた。
 例えば、関西生コン労働者は、大型合併をすすめるセメントメーカーのもとで、拡販競争による新規参入や設備過剰で、倒産・廃業が続出する状況のなかで、ナショナルセンターの所属も違う運輸一般、全港湾、CSG連合など関係5労組が昨年春年で、従来の各労組のいきさつや路線の違いを越えて共同し、99春闘では生コン産業で働く日雇労働者の共闘組織も加わった取り組みに前進させ、大阪兵庫生コン経営者会と加盟企業131社との集団交渉が、31項目の生コン労働者統一春闘要求を掲げて粘り強くつづけられ、業者も参加した「不況打開生コン業界危機打破、雇用と生活を守る2・21総決起集会」「生コン業界の再建、雇用と生活権確保をめざす2・7ミキサーパレード」、需要の大巾減少のなかで、「公共事業を地域密着型に転換し地元業者への優先発注を行え」との1府1県65市町村への要請活動などを展開、そのなかで、賃上げ、年間一時金、福利厚生資金の確保を合意・妥協するとともに、工場集約に向けた共同雇用保障制度も合意した。
 これは、業界秩序の確立と経営環境を整えるために工場集約化事業を実施するが、その実施に当っては労使による「特別委員会」を設置し、具体的事業計画をまとめること、工場の閉鎖、集約にともない余剰人員が出た場合には、大阪兵庫生コン経営者会加盟各社が共同して雇用保障する。待機者が出た場合には、受皿会社が確保できるまでは平均賃金を保障するというものである。
 これらは、共同の追求による業界での集団交渉によってじめて得られる業界秩序の形成と雇用保障であり、それと結びついて、困難な状況のなかでも賃上げの方向を見出したわけであり、個別企業に分断された交渉のままでは、激化する企業競争に呑み込まれて賃金カットさえ押しつけられかねないものだったと言えるだろう。
 こうした共同行動には、労働組合の地域組織の役割が大きいことは当然である。地域労連を舞台にした新たな共同が創意的に進められ、一定の成果を上げることになった。これらの状況は、すでに「労働運動」誌99年4月号の特集などに報告されている如くである。

98年の中小企業の規模別の組織率と賃上げ無の割合

規模別労組有(%)賃上げ無(%)
1〜4人1.376
5〜91.958
10から294.943
30から9913.928
100から30033.017

 中小では賃上げなしといった状況が、小規模企業になるほど拡っているが、労働組合の組織率の増加と賃上げなしの比率の減少は、組織の役割の重要性を示している(左表)。共同とそれによる組織化の前進はこの状況をさらに改善することになる。

(3)多様化する矛盾の拡大

 日経連と連合の矛盾もまた拡大している。
 賃金決定が個別管理の下に掌握される程、個別企業の組合はまだしも産業別組合やナショナルセンターの役割はれざるを得ない。それを避けようとすれば、賃金決定を社会的基準にかかわらせて、その社会的基準形成を産業別組織やナショナルセンターが指導掌握するという方向をつよめることが考えられるだろう。
 99春闘から連合は、要求方式を標準労働者の個別賃金の引き上げに切りかえた。そしてこれを社会的基準として、規模や産業にかかわりなく達成すべき要求とし、格差縮小を重視するものとしていることである。
 標準労働者個別賃金による要求方式はかつて、大企業で職務給、職能給体系の導入が進むのに対応して相互比較を可能にする要求方式として取り入れられてきたが、今日その側面を持ちながらも、賃金水準設定の社会的基準形成と格差縮小の側面が強調されるように変ってきている。資本家側の個別賃金管理の浸透による分断に対して、組合側が歯止めしていく方法としての位置づけを連合も重視したことであり、この基準によって定昇とベァを区別し個別賃金の考課査定や賃金体系変更による賃金水準引下げを規制する機能を持たせることが強調されるようになったことである。
 この点で、賃金の個別管理強化をねらう日経連と対立することにならざるを得ない。
 日経連は、個別賃金の問題点について次の点を主張する。
 「一つは、個別賃金の最も大事な銘柄設立が職務・成果でなく、年齢・勤続中心になっていること、二つ目は、生産性・支払い能力に触れないで格差是正や横断的賃金決定を考えていること、三つ目は、昇給の有点、内容、取り扱いが各社各様であるにもかかわらず、画一的に既得権としていることなどが挙げられる。経営側は、職務・成果重視の賃金政策、賃金体系のあり方との関係を明確にしつつ誤りなき対応が求められよう」(日経連タイムス99・3・11「主張」労組要求と春季交渉の問題点─)としている。
 こうして99春闘では、政府・財界は労働者に自己責任を押しつけた成果主義の査定による個別賃金管理の確立を目指し、春闘の解体を新たな段階に進めたが、それはこれまでの労資協調体制にさえ亀裂を生じさせる要因を広げることであり、他方で、それだけ労働者の切実な要求による従来の組織の枠を越えた共同の新たな可能性を多様な側面に生じさせるものとなっている。

(4)これからの取り組みのために

 矛盾の拡大が、大企業の職場でも、地域の中小企業でも、高失業と雇用不安、地域経済の衰退と生活破壊の深刻化のなかで、共通して生じているのだから、それを共同の課題としてどう引き出し、行動に組織して行くかが問われている。
 大企業労働者のリストラによる中小企業への追い出しや不安定雇用化は、そこでの賃金水準のあり方を自らの問題としてとらえざるを得なくさせる。成果主義の恣意的な査定と生涯賃金の不安定化への不満が広がるなかで、賃金決定の基本が問い直されることになる。
 第1に、資本の側が、能力・成果主義管理を強め、雇用・就業形態の多様化のなかで、労働者を企業内でも、社会的にも分断し、競争の組織化によって団結と闘争力を奪い、賃金を生活から切り離して引き下げることをねらってきたのだから、賃金をその本質としての労働力の価値・価格つまり生計費であることに基づいて位置づけ、団結と闘争力によってはじめてまともな水準に近付き得るという原則をふまえた、賃金闘争を対置していくことである。
 この点で、全労連、国民春闘共闘の「総対話と共同」のなかでの組織の枠を越えた大規模アンケートの取り組みは、生活と労働の実態と賃金の矛盾を自覚的にとらえ、春闘への共通の基盤をつくる上で大きな役割を果たした。この取り組みをさらに深め、賃金とは何か、生計費原則に立って共に闘い切る態勢を導く要求をどうつくるかの大衆的な討議の場に生かし、春闘組織化への運動として行くことが春闘総括を踏まえた課題となる。
 第2に、資本の側は雇用形態、就業形態を多様化し、未組織の低賃金、不安定就業労働者を大量に配置し、また、下請中小への単価引下げの強要などで、賃金水準の引下げをはかり、組織労働者の賃金闘争を困難にし、分断を画策し、規制緩和の制度改悪でそれを確実なものにしようとしている。それが春闘の力を弱め分断し、賃上げを抑える条件を作ってきたのだから、賃金闘争の前進のためには、この仕組みを打破することが必要であり、未組織の中小・下請労働者や不安定就労働者の賃金の生活を踏えた引上げを共同の要求課題とし、社会的にまた制度的にもそれを現実のものとさせる取り組みを、企業での賃金闘争と結合して行くことである。
 そのために、全労連、国民春闘共闘は99春闘で「誰でもどこでも○○円以上の賃上げ」「時間額100円以上の引き上げ」を、賃上げの最低保障として提起した。これによってパート労働者の賃上げを企業側に働きかけ、これを実現する水準での企業内最低賃金協定化を要求したり、地域中小経営者へ申し入れ、企業間競争を規制する方策として一定の理解を得た経験もあった。そうした点で、最低賃金制の役割が現実のものとしてとらえられ、現行最賃制が、賃金水準形成にどうかかわっているのか、それに対しどんな取り組みが必要かの究明が課題となる。規制緩和、市場原理の貫徹が生み出す社会的敗者に対し、ナショナルミニマムとセイフティネットの構築が避けられないことは小渕内閣の経済戦略会議答申も認めざるを得なくなっている。その上で彼らはナショナルミニマムも、敗者復活のメニューを示すだけで、その選択を労働者の側の自己責任に帰すことで、公的責任を回避するごまかしを押し付けようとしている。
 このようなすり替えを許さず、ナショナルミニマムの基軸としての最賃制確立を追求することで、未組織労働者の利益を守る共同の課題となしうる条件は一層ひろがっている。
 連合の99春闘の取り組みをみても、賃上げ低下が格差拡大をもたらすなかで、地域からこれ以下の水準で働らかせない、いわゆる「地域ミニマム運動」を提起し、その地域の生活保護基準をクリアーできない賃金は、労働が適正に評価されない賃金として、地域への訴えや経営・商工団体への要請行動を行った地方連合の活動も報告されている。
 政府・財界が結託した春闘解体の21世紀戦略の強行は、他方で拡大する矛盾のなかから、新たな運動の力と共同の課題を生み、国民春闘の新たな構築への方向が、具体的な行動の場で見えてきたのが今春闘の特徴であった。

(常任理事・労働問題研究者)


7月の研究活動

7月2日  地域政策研究プロジェクト=報告・討論/「福島県労連の地域における最近の運動」
  12日  賃金・最賃研究部会=報告・討論/「職種別賃金決定の可能性」
  16日  国際労働研究部会=報告・討論/「ヨーロッパの政治経済動向と労働組合の対応」
  23日  中小企業問題研究部会=報告・討論/相田利雄著「現代の企業」
 青年問題研究部会=報告・討論/「日本の職業資格と技能資格」
  24日  社会保障研究部会=報告・討論/「社会福祉基礎構造改革の問題点について」及び当研究部会の「中間まとめ」の討論(継続)
 日本的労使関係研究プロジェクト=報告・討論/「グローバリゼーション下の日本的労使関係と労働組合」
 政治経済動向研究部会=報告・討論/「最近の雇用情勢の特徴と政府の対応」
  26日  女性労働研究部会=報告・討論/「補正予算の緊急雇用対策について」及び「産業再生法案について」



寄贈・入手図書資料コーナー




98年度第1回理事会報告

 7月3日、98年度第1回理事会は東京で開催。成立条件を満していることを確認し、黒川俊雄代表理事を議長に、議事に入った。99年度定例総会への提出案件すべてについて審議し、「99年度事業計画(案)」について若干の組み換えを行うことなどを申し合わせた。健康上の理由による常任理事1人の辞任を承認した。

98年度第2回理事会報告

 7月30日、98年度第2回理事会は99年度定例総会当日、同会場において午前11時から12時まで開催。黒川俊雄代表理事を議長に、議事に入った。
1.99年度定例総会に提案するすべての案件について最終確認を行うとともに、総会での任務分担を申し合わせた。
2.つぎに、全労連内における任務交替にもなう熊谷金道副議長と寺間誠治調査政策局長の理事選任を確認し、あわせて両理事を常任理事に互選した。



99年度定例総会報告設立10周年を迎え、研究活動の一層の発展へ
1.7月30日、労働運動総合研究所の99年度定例総会が開催された。
2.午後1時、牧野富夫常任理事の開会挨拶の後、議長に儀我壮一郎理事、議事録著名人に桜井絹江理事、内山昂常任理事を選任した。
3.議長は、総会成立条件を満たす出席数であることを報告し、総会の成立を宣言した。黒川俊雄代表理事の主催者挨拶、ついで、熊谷金道全労連副議長から来賓挨拶を受け、議案の提案・審議に入った。
4.「1998年度経過報告」を文書提案、「1998年度会計報告」を宇和川邁事務局長が、「1998年度監査報告」を元野範久監事が報告し、いずれも承認された。
 ついで、「1999年度事業計画(案)」を戸木田嘉久代表理事が提案し、審議に入った。提案では、「設立10周年を迎え、研究事業をさらに発展させていくこと」が強調された。審議では、「新自由主義的、グローバルな資本蓄積条件のリストラがいかに『生活保障の原理』に矛盾・敵対するかという観点を重視し、ナショナルミニマム保障を再重視する必要性」、「社会福祉基礎構造の一つであった措置制度の解体を正当化しようとする支配側の論理を明らかにする必要性」、「労働法研究者はじめ法律家および若手研究者の本研究所へ多数参加を促す必要性」、「労働法制改悪反対闘争や戦争法・盗聴法反対共闘の展開にみられる労働運動内部の注目すべき変化と発展について、研究機関としての研究の必要性」、「ISOについて、16000(安全衛生管理)は労働側として放置できないテーマであり、急いで対応を考えたい。研究者も対応を」、「NTTにみられる持ち株会社化は、21世紀の産業のあり方、労働者の働き方に重大な問題を提起しており、研究の強化を」(通信産業労組)、「介護保険における、年金生活者、低所得者からの保険料やサービス利用などの自己負担は、法律違反ではないのか、などについて解明を」(年金者組合)、「『今後10年』にかかわる提起は重要であり、反対にとどまらない理論的説得力を構築することの重要性」、「21世紀を展望し、長期不況の今後の展開についての研究の必要性」、「持ち株会社も含めてコーポレート・ガバナンス重視などの新しい動向に迅速な対応が必要」、「インターネットの普及とともに、『表現・言論・通信の自由』の侵害も生じ、ネットで発信した『失業者の合法的な結集と活動を』の呼びかけを、プロバイダーが一方的に『不適切だから』と削除する不当・不法なことが起こっている」、「労働運動史研究をどう位置づけるのか。労働運動100年の論文が出てこない。戦後の活動家が次々亡くなり貴重な資料も消えていく」など、11人から発言があった。これらの発言を受けとめ、「1999年度事業計画(案)は承認された。
5.「1999年度予算(案)」および「当年度剰余金処分(案)」を宇和川事務局長が提案し、承諾された。
6.全労連から選任されている役員2人の交替について、黒川代表理事が報告した。
7.以上をもって一切を終了し、戸木田代表理事が閉会挨拶を行い、4時45分閉会した。



7月の事務局日誌

7月3日 98年度第1回理事会(別頂参照)
  7日 ナショナルミニマム問題各界懇談会世話人団体会議(宇和川)
  11日 千葉土建学習会(草島)
  15日 全教第14回定期大会へメッセージ
  17日 「労働総研クォータリー」編集会議
  18日 JMIU第22回定期全国大会へメッセージ
  22日 日本医労連第44回定期大会へメッセージ
  25日 山梨県労連学習会(草島)
  30日 98年度第2回理事会及び99年度定例総会(別頂参照)
  31日 北海道労連第12回定期大会へメッセージ