1999年7月1日(通巻112号)

目   次
巻頭言

 「第3の道」に未来はあるか?………………………宮前 忠夫

論 文

 米国チームスターズ会長追放に見る反動攻撃………小林 由知

寄贈・入手図書資料コーナーほか

「第3の道」に未来はあるか?

宮前 忠夫

 「第3の道」はイギリスのブレア首相が1997年5月の総選挙で勝利した前後から、同首相の政治路線を表す言葉として、首相について回っている。クリントン米大統領について回ることもある。ドイツのシュレーダー首相が唱える「新中道」もほぼ同義として扱われている。
 その「第3の道」が先日の欧州議会選挙で大敗北を喫した。イギリスでは労働党が議席を60から29に、ドイツでは社民党が40から33に減らした。6月13日の投票日を目前にした8日、二人の名で「欧州の社会民主主義者の前進の方向」と題した選挙向けの共同声明を発表した矢先だった。「財界を右から追い越す」といわれるほどの、かつてない大企業寄りの政策への転換を内容とした声明である。同選挙で勝利したジョスパン首相らフランス社会党は「我が道をゆく」としてこの声明に名を連ねることを拒否していた。
 NATO(北大西洋条約機構)が強行した無法なユーゴ空爆(事実上の集団的侵略戦争)で、先頭に立ったのもブレア、シュレーダー両首相だった。これらついては、フランスの月刊紙『ルモンド・ディプロマティク』4月号が英独仏各首相やソラーナNATO事務総長ら西欧主要国の社会民主主義指導者の名をあげつつ、「社会主義を裏切った」社会順応主義として批判した。アメリカのロサンゼルス・タイムズ紙の論説「コソボは最初の『第3の道』戦争」は、クリントン大統領が自らの路線を含めて「第3の道」が今や世界を覆っていると自負していることを紹介しつつ、その中途半端、不誠実・無反省を批判している。
 ヴァーチャル流行りで、仮想か現実か、物事の区別がつきにくい時代ではあるが、グローバル化した独占資本の攻撃の現実が厳しさを増せばますほど、それへの対応も  仮想抜きの  現実的で正道を歩むものではなければならない。各国マスコミで「第3の道という幻想」と論評されているように、侵略戦争に対しても、「規制緩和」や「弾力化」に名を借りた福祉破壊や労働組合運動への攻撃に対しても、「第3の道」は仮想もしくは幻想でしかありえないことが暴露されてきている。

(会員・欧日問題研究者)


米国チームスターズ会長追放
に見る反動攻勢

小林由知

1 チームスターズ会長の解任

 米国労働総同盟産別会議(AFLCIO)は5月4日、「副会長ロン・ケリー」と題し、その退任を告げるステートメントを発表した。日本語訳で40字×20行足らずの内容は、ケリーのチームスターズ(IBT)労組会長、およびAFLCIO副会長としての労働運動に対する業績を称えるものではあったが、そこには、すでに1年半前に裁判所監視機構が命令したIBT会長解任処分を既成事実として、AFLCIOもこれを受け入れざるをえなかった立場がにじみ出ていた。
 異議申し立ての反論の機会をいっさい認めない一方的処分に対し、ステートメントには批判的な見地はなかった。@ケリーが1991年にチームスターズ民主化同盟(TDU)の協力をえて、マフィアに牛耳られたチームスターズ労組指導部選挙に勝利したのち、いくつかの腐敗是正と民主的改革を断行、AAFLCIO最大加盟労組として1995年のAFLCIO指導部選挙で「新しい声」派の登場を促進、Bパート労働者の正社員化を要求した1997年8月のユナイテッド・パーセル・サービス(UPS)ストで中止を命令できるタフト=ハートレー法の発動を抑えて完勝し、米国の労働運動復活の先陣を切ったなどの事実に、ステートメントはまったく触れなかった。
 この追放令は、その後のチームスターズ指導部選挙(1998年12月)でマフィアの支持を受けた「ジェームズ・ホッファ・ジュニア」なる人物の登場に道を開いた。このホッファは、60〜70年代にチームスターズ会長として労組のマフィア支配を実現した同名のジェームズ・ホッファの実の息子にほかならなかった。
 マフィア派の再登場は米国の労働運動の吟味を迫るものとなっている。チームスターズは、現役組合員140万人(内女性40万人)、退職組合員40万を組織する米国最大の労組であり、1,330万人を組織する米国の唯一のナショナルセンターAFLCIOの大会や執行評議会において10%を超す、影響力ある決定権を確保している。チームスターズの新指導部がAFLCIO右派と組めば、現在のジョン・スウィーニー会長に代表される「新しい声」派の指導権を覆すことが可能となる。ケリー事件とマフィア系指導部の再登場は単にチームスターズの問題にとどまらず、米国の労働運動全体に微妙な影響を及ぼすと見られるのも当然である。

2 背景に展開する共和党の反動攻勢

 米国の財界と共和党は、1995年初からワグナー法(全国労働関係法)(1935年)の根本的改悪を目指した。ワグナー法は大恐慌後に先進資本主義国では初めての団結権を確立した法律だった。第二次大戦後、同法はタフト=ハートレー法の成立でかなり骨抜きにされたが、第8条a2項の会社支配の従業員組織の禁止条項はさすがに残された。95年1月に連邦議会に提出されたチーム法案(労資共同法案)は、この規定を撤廃することによって、御用組合を合法化し、ワグナー法を完全に無力化する狙いがあった。
 94年11月の中間選挙で連邦議会は上下両院とも共和党の多数支配となったことから、チーム法案は容易に成立する状況にあった。激しい反対闘争にもかかわらず、チーム法案は95年9月下院を、96年7月上院を通過した。しかし、その賛成票は大統領拒否権を覆すに足る3分の2の多数には及ばなかった。大統領は再選戦略の立場から、7月末に拒否権を行使してチーム法を葬った。同時に、労働安全監督局の権限縮小を含むその他の反動立法も同様の運命をたどった。ここで問題となったのは、AFLCIO自身の政治的力量の衰退だった。それを端的に示したのは14%という労組の組織率の低下だった。

3 AFLCIO指導部に対する批判

 AFLCIOの組織率は創立の1955年以来、皮肉にも歴史的衰退過程に入っていた。70年代後半以来の連邦議会民主党主導による規制撤廃・自由化政策の展開、80年代のレーガン政権による労組弾圧と資本の側からのコンセッション(譲歩)要求の中で、AFLCIO指導部は現状打開の取り組みや組織拡大を放棄していた。北米自由貿易協定(NAFTA)反対闘争でAFLCIOは果敢に闘ったが、当初反対を表明していたクリントン大統領候補が当選後に財界に軸足を移してNAFTA賛成に豹変したことから、民主党支持のAFLCIOには下部からの執行部批判が生まれた。
 このような状況の中で、AFLCIO最大労組のIBTは1995年初から、AFLCIOのミーニー=カークランド体制を批判し始めた。この批判は、組織拡大に成果を収めていたチームスターズ(140万人)、同2位の州郡市職員同盟(120万人)、同3位の国際サービス従業員労組(110万人)の結集を促し、全米自動車労組、全米鉄鋼労組、国際機械工航空機工連合、全米鉱山労組などの旧CIO系労組も結集して、「新しい声」派の中核となった。

4 AFLCIO新指導部の改革路線

 1995年10月のAFLCIO第21回定期大会でミーニー=カークランド派のトーマス・ドナヒュー暫定会長を破って会長に就任したジョン・スウィーニー(国際サービス従業員労組会長)は、「民主的社会主義」(DSA)のメンバーだった。米国には、このDSAのほかに、ドナヒューが属した「社会民主主義USA」(SD)がある。この2つの潮流の違いははっきりしないが、SDは右派のミーニー会長の下でかつて重用されたという。ドナヒューはジョンソン政権(1963〜69年)の下で大統領補佐官(労働担当)を務めたことがある。
 AFLCIO新指導部が展開した「アメリカは賃上げが必要」キャンペーンに思想的影響を与えたのは現状批判派の経済学者ロバート・ライシュである。ライシュはクリントン政権第1期の労働長官を務め、1994年のレーバー・デー直前の演説で、大企業のリストラ戦略を批判、94年11月中間選挙での有権者投票行動に関する「不安階級の反乱」(the revolt of the anxious)を予測した。事実、この選挙で民主党が上下両院で歴史的敗北を喫したことから、事の重大性が労組の中で認識されるようになった。一方、財界支持のロバート・ルービン財務長官が閣内で主流派を形成したことから、ライシュは孤立、同政権第1期で閣外に去った経過がある。
 AFLCIOの新路線は、スウィーニー会長が1996年初に発表した著作「アメリカは賃上げが必要――経済的安全保障と社会正義のための闘争」で示された。スウィーニーはその中で労働運動と「社会運動」の関係について、以下のようにのべている。
 「怒り、不安にかられ、疎外された有権者――多くが組合員――は労働運動にはっきりした意思を伝えている。われわれは、政治に参加する場合、特別な利害関係グループの運動として行動すべきでない。われわれは、組合員も非組合員も含めて社会全体の働く人々を代表する社会運動として行動する必要がある」。
 「労組はだんだん社会運動を起こす働く人々を助けるようになろう。労組は多くの企業で働く人々を、ときには多くの職業や産業の人々を団結させるだろう。労組は他の労組の組合員や同盟者、つまり公民権グループ、女性グループ、キリスト教会、ユダヤ教会、地域社会活動家、環境保護団体、およびその他の社会正義を確信し、地域での賃上げを切望するあらゆる人々に手をさしのべる」。
 このような社会運動については、現行の社会制度を変革する運動だと理解する支持者もいる。また、様々な運動形態はいずれも資本主義社会の諸矛盾に対処しようとする当事者の努力だが、社会体制の枠内での問題解決という限界をもっていると指摘する人もいる。とはいえ、社会運動(social movements)という響きはアメリカ人にとっては、新鮮なメッセージと映ったことは確かだ。

5 社会運動を展開したチームスターズ

 チームスターズ(IBT)傘下の労働者185,000人が、米国最大の小口貨物輸送会社であり、欧州や南米にも展開する多国籍企業「ユナイテッド・パーセル・サービス」(UPS)(米国での従業員30万人)を相手に、1997年8月4〜19日に16日間ストを行い、パート労働者の正社員化を認めさせるなど、鮮やかな勝利を収めた。IBTは勝利宣言の中で、クリントン政権が推進している北米自由貿易協定(NAFTA)のチリおよび南米諸国への拡大が生産拠点の移転と雇用の流出に拍車をかけるとして国民的反対運動を呼びかけた。
 このスト準備過程を含めて、マフィア系に支持されたジェームズ・ホッファ・ジュニアがスト反対行動を起こした。これには理由があった。1996年のチームスターズ会長選挙で、ホッファはUPS経営者に選挙資金の支援を要請したからだ。UPSは労働強化や職場の労働条件の悪化に対する苦情に対処するため、労働安全監督局の権限縮小などで連邦議員への政治献金のまとめ役だった。これらに対抗して、チームスターズ民主化同盟(TDU)はストを成功させるため、96年半ばから闘争の準備に入っていた。
 AFL-CIOは「米国最大級の雇用者UPSはパート労働者の搾取強化の流れをリードしてきた」と指摘し、「全米の勤労世帯を代表して闘争に入ったチームスターズを全面支援しよう」と訴え、「長期スト対策」としてIBTに闘争資金を拠出すると発表した。これは、ストの長期化を恐れたUPS経営者と財界を震え上がらせた。
 会社の背後に控える、シアーズ・ローバック、Kマートなどの小売り大手企業や、米商工会議所、全米小売業連盟などの財界団体が輸送業のスト中止命令を出せるタフト=ハートレー法の発動を連邦政府に迫った。この法律こそ、前述のワグナー法を戦後、財界が骨抜きにした悪法である。財界はこの悪名高い「宝刀」を抜かせようと策動した。しかし、各種の世論調査は国民の多数がIBTのストを支持したことを示した。リストラで解雇され、やむなくパートにありついた不安定雇用のパート労働者2,203万人を含め、米国世論がストで闘うIBT労働者を支持したことが悪法の発動を阻止する国民的圧力となった。
 1997年9月に行われたAFLCIO第22回定期大会の雰囲気はUPSストの勝利で高揚した。労働運動が社会運動としての意義を併せ持つ点が認識された。同時にスウィーニー会長は、UPSストの過程で、ストを中止させるためタフト=ハートレー法の発動を画策した財界・共和党に対し、「政治分野の敵対勢力は、われわれの新しい運動が生命力を発揮する前にこれを窒息させようと、手段を選ばなかった」と警告した。
 97年10月に来日した国際機械工航空機工連合の代表が日本労働機構主催の講演会の席上、アメリカの一般状況を質問する日本側に、チームスターズのUPSストについて聞きたくないかと質問をせかせ、胸を張って「これは従来の労働運動を超えた社会運動だった」と語ったことが印象的だった。

6 同時進行の共和党・財界の巻き返し

 前述のチーム法に対する大統領拒否権の行使によって生じた共和党と財界の不満は、チームスターズの呼びかけによるAFLCIOの「新しい声」派の結集で最高潮に達した。
 共和党と財界は1997年1月、直接労働組合に対抗する「Kストリート戦略」を打ちだし、多国籍企業、大企業の代表者による政治活動会議を開いた。ここでは、企業献金を共和党に集中し、民主党系ロビイストを排除し、財界の「産業円卓会議」の機能を強化するなどを確認した。この影響は、UPSストに対し中止命令を出せるタフト・ハートレー法の発動や、人種差別改善措置としてのアファーマティブ・アクション撤廃などの要求に現れた。財界はとりわけ、チームスターズのUPSスト方式を、可能な限り偶発的、孤立的な「争議形態」にすぎなかったという評価にとどめさせる世論操作を戦略的課題にした。
 共和党が多数の上院政府活動委員会は、AFLCIOのスウィーニー会長に対する罰則付き召喚状を出し、AFLCIO内部文書の提出を求め、拒否には議会侮辱罪で訴えると脅した。労組指導部のかかえる弱点を利用した攻撃が98年秋の中間選挙に向けて強まった。
 共和党は97年初に、公正労働基準法の改定案としてのコンプ・タイム法案を提出した。これは「家族に親しまれる職場法案」とも宣伝され、時間外手当の代わりに、超過時間そのものを貯めて休暇に置き換える制度だ。企業側は無償の長時間労働を労働者に求め、かつ経費削減に直結できる。公務員の場合には、原則として時間外労働を行わず、公務上やむをえない時間外労働の場合に、この種の代替方式を認めているにすぎない。家族休暇などの制度休暇の拡大が先決と主張するAFLCIOの反対にもかかわらず、コンプ・タイム法案は3月19日、下院で可決された。法案は上院に回付されたが、大統領が早々に拒否権行使を宣言した。

7 連邦議会、司法省によるケリー追い落とし

 共和党下院議員ピーター・ホークストラが97年初から下院監督調査小委員会で、一連の労組の政治資金問題を取りあげ、同年10月にはチームスターズ労組会長選挙資金問題で議会公聴会を開いた。これらの一連の申し立ては1996年チームスターズ会長選挙で敗北したジェームズ・ホッファ本人によるものであり、ホークストラはその盟友だった。
 同議員は、鉱山労組、州郡市職員同盟、国際サービス従業員労組などのチームスターズに対する財政支援を「違法」として、鉱山労組出身のトラムカAFLCIO書記長攻撃を開始した。関係3労組は連邦検察の捜査対象となっていた。3労組は95年のAFLCIO大会での「新しい声」の中核となったことから、ケリー追い落としが、労働運動の刷新をはかるAFLCIO指導部の弱体化につながるとの読みが共和党側にあったとされる。
 民主党サイドでも、マフィア系の要求を入れて、1996年選挙に勝利したケリー会長に対する非難に同調する連邦議員も現れた。
 最も直接的な攻撃は1997年8月、UPSスト終結直後に、選挙監視官バーバラ・クインテルが96年チームスターズ会長選挙の無効を決定した。次いで11月、連邦裁判所指名の調査官ケニス・コンボイが、ケリーの再選挙立候補資格を剥奪する決定を下した。理由は、ケリーが民主党系のコンサルタントを選挙参謀として雇い、組合資金を自己の選挙に不正に流用したというもの。これは司法省と裁判所によって支持された。
 刷新グループのケリー候補がチームスターズ民主化同盟(TDU)の支持を受けて、1991年会長選挙で初めてマフィア系を破った。この選挙では、TDUが徹底的な大衆選挙キャンペーンを展開、その後の労組の民主化に好影響を与えた。この時期に、米国マフィア「コーザ・ノストラ」がふたたびチームスターズ支配権の回復に向け、将来の会長候補の適任者としてホッファ(組合員ではない)を担ぎ出したとされる。
 しかし、ケリー会長は96年選挙では前回の大衆選挙方式の踏襲をやめ、民主党系コンサルタントに選挙キャンペーンを依頼し、TDUとは一定の距離を置いた。その意味ではケリーは徹底的な改革者ではなかった。このコンサルタントによる組合財政の帳簿操作が有罪とされた。選挙監視官は、これをもってケリー会長解任の理由としたが、ホッファ候補の不正資金使用については不問に付した。やり直し選挙では、連邦裁判所は、ウォール街の大手証券会社クロールス・アソシエイツ社最高経営責任者マイケル・チェルカスキを選挙監視官に任命、財界の意向を反映させた。
 以後、チームスターズ会長不在の1年間に協約相手の大資本がチームスターズに挑発行為を繰り返した。97年にストで押しまくられたUPSは、チームスターズとの協約(パート労動者の正社員化)の履行拒否を発表した。全米最大のアンハウザーブッシュ・ビール会社はチームスターズとの協約でコンセッション(譲歩)を引き続き要求した。ノースウェスト航空は客室乗務員との協約をめぐるチームスターズとの交渉拒否を続けた。全米最大の出版会社のガネット社・ナイトリッダー社連合はデトロイト新聞労働者をロックアウトしたまま、チームスターズとの話し合いを拒否した。

8 新指導部に右派が台頭

 ケリー解任から1年後の98年11月に郵便投票によるやり直し選挙(集計は12月)が行われた。96年選挙に破れた右派のホッファ候補(54.5%)が民主化同盟のリーダム候補(39.3%)、反ホッファ派のメッツ候補(6.2%)を破って新会長に当選した。
 連邦政府は11月12日〜12月3日の選挙運動について、チームスターズのいっさいの出版物の発行を停止させた。これは96年選挙で名前を売ったホッファ候補にとって相対的に有利で、新人のリーダム候補にとって不利だった。それでも、リーダム候補はチームスターズ内のストで闘った単位労組(ローカル)で前進し、基盤を強化した。組合員140万人を数えながら、実際に郵便投票に参加したのは36万人弱だったところに問題が潜んでいる。裁判所がホッファに道を整えたかに見えたことから、組合員の間に懐疑的な傾向が生まれた。
 ホッファの統一名簿で当選した副会長(南部地区選出)J.D.ポッターがホッファに違法な資金提供を行った理由で資格を剥奪された。他の2人の副会長トム・オドネルとジム・サンタジェロが独立再検討委員会による調査を受けている。ポッター解任にともなうやり直し副会長選挙(6月10日郵便投票締め切り)では、ホッファ派のチャーリー・ガードナーが当選したが、改革派のダグ・ミムズは脅迫といやがらせを排除して善戦した。
 新会長の父親、ホッファ元会長は当時、労組管理下の年金基金をマフィアの金融活動に流用したとして訴追され、1967年に有罪判決を受け、収監された。71年の釈放後、会長復帰をはかったが、75年に暗殺されたという。その後の会長や幹部もマフィアとの関係が指摘され、違反者は裁判で有罪となった。大統領直轄の組織犯罪委員会が1986年、チームスターズについて「1950年代以来、組織犯罪の影響下にある」と認定した。「1970年組織犯罪取締法」(RICO)と「1989年腐敗組織対策法」により、チームスターズはいまなお連邦判事、独立監査委員会(FBIやCIAの元長官が責任者)、連邦選挙監視官、指名された会計士などの監視下に置かれている。なおRICOは司法当局の電話盗聴とおとり捜査を大幅に認めたことから、1985年にマフィア系幹部が根こそぎ逮捕された経過がある。RICOの矛先は犯罪組織に限らず、財界に批判的なあらゆる勢力にも向けられている。

(こばやし・よしとも=会員、ジャーナリスト)


6月の研究活動

6月5日  政治経済動向研究部会=報告・討論/「規制緩和とアマキアセンの経済学」
  7日  賃金・最賃問題研究部会=報告・討論/「公務員における行政改革と成果主義賃金」
  12日  社会保障研究部会=報告・討論/「本研究会の『中間まとめ』」の検討
 日本的労使関係研究プロジェクト=報告・討論/「グローバリゼーション下の日本的労使関係」共同執筆の構想を中心に検討
  18日  労働時間問題研究部会=報告・討論/「派遣法と職安法をめぐって」
 国際労働研究部会=報告・討論/最近の国際労働情勢について
  23日
 女性労働研究部会=報告・討論/都市銀行の新人事制度について
  25日  青年問題研究部会=報告・討論/第2期(2年)の研究をどうすすめるかについて検討(継続)
  26日  不安定就業と雇用・失業問題研究部会=報告・討論/「アメリカにおける雇用形態と雇用関係」「労働市場とビッグバン」



寄贈・入手図書資料コーナー




98年度第6回常任理事会報告

 98年度第6回常任理事会は、6月19日、東京で開催。
1.退会確認の件
 個人会員の退会を確認。
2.98年度定例総会以降の経過報告の件(承認)
3.98年度会計報告・監査報告の件(承認)
4.99年度予算(案)の件(承認)
5.99年度事業計画(案)の件
 (案)の中の、「21世紀の労働情勢と研究課題」(案)について主に討論がおこなわれて、7月3日開催の理事会(98年度第1回)までに成文化することと執筆分担を申し合わせた。
6.本年度定例総会の持ち方の件(略)
7.本年度定例総会及び理事会の任務分担の件(略)
8.その他



6月の事務局日誌

6月1日 労働総研・全労連定期協議
  4日 建設政策研究所結成10周年記念祝賀会のメッセージ
  5〜6日 「働くもののいのちと健康を守る全国センター東日本セミナー」(西村理事)
  10日 日高教第14回定期大会へメッセージ
  14日 自治労連第21回定期大会へメッセージ
  16日 98年度監査(山口孝・元野範久両監事)
  19日 98年度第4回企画委員会及び98年度第6回常任理事会(別頂参照)
  26日 食糧政策研究会創立20周年・「WTO体制下のコメの食糧」出版記念シンポジウムへメッセージ
  29日 年金者組合第11回全国大会へメッセージ