1999年2月1日(通巻107号)

目   次
巻頭言

 現状変革願望を社会変革要求へ…………上瀧陸生

報 告

 地域における雇用と中小建設業を       
 めぐる公共事業のあり方を考える…………椎名 恒

 失業問題の深刻化と政策課題……………大木一訓

1月の研究活動ほか

現状変革願望を社会変革要求へ

上瀧陸生

 夜明け前の闇は殊更に深い。今世紀末の恐慌の「闇」はそれより深く、明るい新たな社会の転換の道が拓かれない限り本格的に明けることはない。そして現在、たしかに「闇」を拓く光がさし始め広がり始めている。
 日本の働く人は「やりくり上手」だった。彼らは所与の社会条件の中で苦斗し、上手に生きてきた。この「やりくり」は、今後に生すべき「生活の知恵」を育てつつも、現状を前提にした「個人的奮斗」でしかなく、生活危機を克服できるものではなかった。だが、懸命な「やりくり上手」ほど、生活危機を痛切に実感し、「現状変革の必要」を自覚する。
 だが、現状変革の自覚が直ちに社会変革要求(欲求・意欲)に発展するとは限らない。
 「現状を何とかしなければ」という意識は、当面する生活危機=「人間らしく働き生きる為に解決すべき必要」の本質とその正しい解決方法の学習を通じて初めて、社会変革要求に高まって行く。
 しかも、生活危機の社会的解決方法の自覚が直接生み出すのは、「〜しなければならない」という当為意志でしかない。この意志はもろい。だが、当為意志による自己陶冶は、社会的解決を「追求せずにはおれなくなる」熱い意欲を生み出す。この熱意の持ち主こそ変革主体として大きな役割を果す。
 現在国民の間に広がりつつある「現状変革の自覚」はなお萌芽的なものだ。日本社会の民主的変革は、国民の多数者が変革主体に成長しなければ、不可能である。多数者の組織には、なおなすべきことが多い。
 よく「学びつつ斗う」と云う。だが、その学習には、変革主体に育つ人とその組織者とでは、すこし違いがある。育つ人は、文字通り、社会変革について学び自己陶冶によって変革主体に成長する。組織者は、この成長を支援しつつ、現状変革願望の社会変革要求への発展法則を学び、組織活動を発展させる。こんな学び合いが今必要なのではなかろうか。

(立命館大学教授)


 全労連・労働総研共催「第3回地域政策研究全国交流集会−雇用と就業、地域経済を考えるシンポジウム−」が、昨年10月9、10日の2日間、北海道で開催されました。@地域経済破壊などの情勢、全国各地の雇用・失業、くらしと地域経済を守る運動の交流、A地域経済の再生などをめざす政策確立の推進、B不況の国民的打開をめざす広範な共同、などを目的にしたこの集会に、全労連本部、単産や地方組織などの代表と学者・研究者174人が参加しました。
 集会は、雇用と就業、地域経済を考えるシンポジウム、全体会・分散会などで交流・討論を深め、不況打開、失業反対・雇用確保、農林・漁業、中小企業、くらしと地域経済を守る政策の確立、運動強化に全力をあげることを確かめあいました。
 この集会でのシンポジウムでは、「季節労働者〜夏の失業に反対し、『仕事よこせ』のたたかい」(佐藤陵一・建設一般北海道本部委員長)、「地域における雇用と中小建設業をめぐる公共事業のあり方を考える」(椎名恒・北海道大学助教授)、「失業問題の深刻化と政策課題」(大木一訓・日本福祉大学教授)、「雇用確保の運動前進をめざして」(熊谷金道・全労連副議長)の4つの報告がおこなわれました。  本号では、このシンポジウムで労働総研側から報告をおこなった椎名恒、大木一訓両先生の報告を、全労連の了解を得て、全労連「資料と交流」(98年11月号・No22.)から転載いたします。

地域における雇用と中小建設業を
めぐる公共事業のあり方を考える

椎名 恒

 今日は、結論的に言うと2点申し上げたい。一つは、今の深刻な失業問題を公共事業との関連でどう打開していくかが一つのテーマになっているが、公共事業における労働力の吸収の実態と、それを変えていく条件、可能性を資料を用いて紹介したい。同時に、それを進めていく上で、いま佐藤さんから季節労働者の運動と政策の報告があったが、当の季節労働者自身が公共事業についてどういう見方をしているのか、あるいは地域の建設中小業者が公共事業に関わりどう仕事をしているか、どういう方向で打開しようと苦しんでいるのかなどの実態を紹介したい。
 雇用失業と中小業者・企業経営の厳しい実態については多く語られてきたが、つい最近、中小企業家同友会の景況調査をみた。全体的業況判断として、業況が好転した割合から悪化した割合を引いたポイントは、98年第1期からマイナス40を超える状況が全国的に続いている。各業種とも落ち込みがひどくなっているのが今年の状況だが、中小業者の採算水準で、7〜9月期黒字企業が29%、赤字企業が54%だ。人手の過不足感は、昨年第4・四半期から過剰感が急速に拡大し、正規従業員数も、昨年の第3・四半期から減り始めている。見通しでも、他の景況調査と同様な方向が示されている。

●公共事業における労働力吸収の実態

 まず、公共事業における労働力吸収の実態を建設省「公共事業統計年度報」各年で見ると、「工事費100万円当たり現場労働者数」は1996年で、全国16人、北海道13人となっている。雇用失業問題がこれだけたいへんになっている北海道での吸収数が全国水準を下回っている。また、「工事費100万円当たり現場労働者数」は全国で1970年92人に対し、97年にはわずか12人になっていること、90年代だけを見ても、90年には20人であったのが、96年に15人、97年12人まで落ち込んでいる。
 このように、あくまで公共工事に限定された直接的な雇用ではあるが、公共事業における労働力吸収機能が低下してきた、あるいは雇用の機能として評価しがたい水準にまで低下してきている。これには、戦後の失業対策事業が打ち切られてきた大きなファクターがあるし、同時に、公共事業そのものが、公共事業産業化と言われるようなゼネコン主導型の事業システムと施工・管理、生産のあり方に変質してきたことと深く関わっていると考えている。
 従って、公共工事のいわゆる景気浮揚効果とか経済的意義などを議論する際、こうした公共事業そのものの性格の変質に伴って雇用への機能・効果が歴史的に低下してきたことをふまえなければならないが、従来の議論は必ずしもそうではなかった。

●生活基盤型への転換と雇用

 次に、生活基盤型公共工事に転換していくことが議論がされているが、それと公共工事の内容、雇用がどうリンクしているかについて触れたい。
(表参照)  雇用吸収度が高いのは、災害復旧、農林水産で、農林水産は農林水産振興の上でどうかという議論もあるが、雇用面では相対的に高くなっている。「工事費100万円当たり労働者数」の全体平均は97年度で12人であり、治山治水13人から公園11人までがほぼ平均と言える。教育・病院、住宅・宿舎、港湾・空港は各10人で、教育・病院、住宅・宿舎は文字通り生活基盤と言ってよいが、雇用吸収度は平均以下となっている。これは恐らく、私は先日大阪に行った折、天王寺の脇に巨大な市立病院を目の当りにしたが、それは公共工事としては巨大プロジェクトだと思う。工事規模が雇用吸収効果に大きな影響を及ぼしている。従って、教育・病院、住宅などスローガン的に生活基盤というだけでなく、どのような規模で、どのようなところに、どのようなものとして構想するかということが重要になってくる。
 「工事の技術的区分」で見ると、雇用吸収度が高いのは舗装、堰堤、その他土木で、住宅・住宅設備は平均的だ。一番低いのが機械器具設置で、これはいわゆる製造業で製造された器具が設置される工事の場合だ。
 さらに、1件当たり工事額規模別に見ると、工事規模によって労働者吸収数がはっきり対応している。小規模工事、100万円〜500万円未満の工事規模の場合、100万円当たり18人の雇用が生まれている。工事規模が大きくなると順次、雇用吸収度が低下している。5億円は必ずしも巨大な規模ではないかもしれないが、500万円未満の工事の18人に対し10人も少ない8人の雇用にとどまっている。
 工事の規模とその受注企業の規模も問われる。個人業者が受注すると20人でもっとも雇用効果が上がるということ、企業規模が大きくなるほど下がっていく。だから、公共事業で雇用を拡大しようとすれば、地域、市町村・都道府県などの発注を増やすとか、今の公共工事の実態からすれば災害復旧、農林水産、治山治水、維持補修(これは、これから相当需要が見込まれるが)、下水道など、また工事規模では小規模のもの、中小業者が受注できるもの、こういうものにすれば公共工事の雇用吸収度は大きく高まる可能性がある。


公共工事の工事額100万円当たりの労働者数階級別の発注者、工事内容、工事規模、受注企業規模

工事費100万円当たり労働者数規模別区分 単位工事額当たりの労働者数規模に対応する発注者別区分 単位工事額当たりの労働者数規模に対応する各種用途計 単位工事額当たりの労働者数規模に対応する工事の各種技術的区分計 単位工事額当たりの労働者数規模に対応する1件当たり工事額規模 単位工事額当たりの労働者数規模に対応する受注企業の経営形態規模
20
18
18
17
16
14










災害復旧
農林水産





舗装

1000ー4999千円
5000ー9999千円

10000ー49999千円
50000ー99999千円
個人業者
法人200万未満

法人500ー1000万未満
法人200ー500万未満
法人1000ー5000万未満
13
13
12
12
12
12
11
11
都道府県

市区町村
地方公営企業



その他
治山治水
維持補修
下水道
道路
上・工業用水道
土地造成
公園

堰堤
その他土休




住宅・住宅設備










法人5000万ー1億未満






10
10
10
10
9
9
9
8
6
5




公団
事業団
政府企業



教育・病院
住宅・宿舎
港湾・空港
庁舎その他
鉄道・軌道


郵便

電気ガス
非住宅・非住宅設備
橋梁等
しゅんせつ・埋め立て

隧道


屋外電気等
機械器具設置

100000ー499999千円






500000千円


法人1億以上









出所:公共工事着工統計年報1997年度  注:各指標に対応する労働者数は、各々の指標の平均値をあてた


●大型プロジェクトを滅らせば総工事費を滅らしても雇用と中小業者の受注は拡大する

 大型プロジェクトを減らし公共工事の工事規模を小規模化すれば、総工事額を圧縮しても中小業者の受注額と就業労働者数を拡大することはできる。それを、現に実施された公共工事の「着工統計年度報」によって試算してみると、97年度実績で総工事費評価額は15兆8,767億7,500万円、延べ労働者就業者数は1億8,531万8,000人工であったが、例えば、総工事費評価額を11%強制減して、工事規模では500万円未満を8倍化、500〜1,000万円未満を4倍化、1,000〜5,000万円未満は40%増加、5,000〜1億円未満20%増加、1〜5億円未満は40%削減、5億円以上を80%削減すると、工事額は1兆7,700億円減らせ、就業者数は1,794万人工(年間就労日数200日とみなせば8万9,000人)増加できる。
 公共工事の小規模工事化を軸に、公共工事の転換を、その用途、受注対象などを含めて具体化していくことによって、こうした可能性が得られる。
 関連して、奈良女子大学の中山徹教授による、「経済効果の試算値」を見ると、公共事業削減によるマイナスとその分を民生費にまわすことによるプラスの雇用の波及効果は、プラス187万人とされている。  無駄な予算を削減した分を民生にまわすことは必ずしも公共事業削減だけではないと思うが、現に仕事の不足や失業に悩んでいる業者、建設労働者を考えると、公共事業を、とくに工事規模をこまわりのきくものに変えることで仕事も雇用も拡大することがあり得るということで参考にしてもらえると思う。
 公共事業を論じるにあたっては、公共事業はそもそも雇用を重要なファクターとして歴史的にも始まったし、これからも位置づけられていくことが必要だということを改めて指摘したい。

●公共事業への中小業者の意見

 もう一つの点。そうした中で中小業者がどうなっているかについて触れる。
 中小業者のかなりの部分が公共事業のいまのあり方については不満や疑問をもっていることは、すでに発言もあったが、具体的な声を紹介する。
 調査は3年前のものだが、まず「北海道の仕事を取るためには、大変不公平があります。それは、道会議員の先生の会員になり推薦してもらわなければならないからです…」という状況があまねくある。また、「その手は使いたくなくても仕事をとろうと思うとそうせざるを得ない現状が不満でもあり…」というように、中小業者はそれでよしとしていたのではなく、多くの悩みや苦しみをかかえギリギリのところで苦闘している。(北大教育学部「産業教育研究室調査」1996年)
 昨年秋の中同協特別調査でも、公共事業の天下り・癒着を当の中小業者が批判している。公共事業の内容の改革などにもかなりの声が出ている。発注主体と受注者・業者が政治家等を介してうまくやっていくというようなやり方が、そもそも中小業者の利益にならないことが少なからず明らかになってきたし、今の厳しい経営状況からしても理解しやすくなっている。
 今年3月の滋賀県生公連の調査でも、中小建設業者自身が大型プロジェクトには期待しておらず、下水道とか渋滞対策歩道整備等の生活基盤の仕事を強く求めていることを紹介しておく。

(会員・北海道大学助教授)


失業問題の深刻化と政策課題

大木一訓

●相当の覚悟を要する事態

 第一に私が皆さんとともに確認する必要があると感じているのは、大量失業の時代がいよいよ現実のものになってきた、しかも、予想を越える厳しい条件のもとに、その時代に突入し始めたことを、緊張感をもって確認しそれに備えなければならないのではないかという点だ。
 完全失業率は4.3%となっているが、現に職安窓口に来ている求職者は640万人を超えており、それで計算すればすでに9〜10%になる。周知のように、職安窓口の求人・求職が労働市場に占める割合は以前に比べ低下しているので、全体としての失業率はすでに相当高い。民間研究所で潜在失業率13.9%と出しているところもあるが、すでにそれは顕在化してきていると言ってよい。
 しかも、今の失業はあらゆる就業階層にわたっている。求職者の内容は大手企業での大量人員削減による失業者はもちろん、大企業離職者の受け皿となってきた中小企業からあふれ出してきた失業者、さらには中小企業経営者や業者まで職安に来る、あるいは就職難の学卒や内定を取り消された学生が来る。職安にはかつてなかった構成の求職者が、門前市を成す群れとなってたいへんな状況になっている。その人たちが、全労連の各組織に労働相談などいろいろ問いあわせてくる、とても対応できないというような状況もある。
 私たちが目前にしているのは、単に雇用の危機というだけでなく、地域の就業全体が危機に陥り崩壊過程にある中で、求職者が急膨張しているという現実である。
 他方、求人はどうかと言うと、中小企業がとにかく仕事がないと訴えているのと同じように、求職者の増加とはうらはらに仕事がない。職安に行くと自分で求人票を見なさいと言われるが、求人票そのものがあまりない。今、有効求人倍率は全国平均で0.5だが、有効求人倍率というのも問題で、例えば労働者がブタ現場などと言っている非常に条件が悪くて、そこに行ったら体を壊してやめざるをえないような求人がある。これは、求人票が出ていても満たされないし、満たされてもすぐやめざるをえないからいつまでも求人票は残っている。そうした求人を含めての求人倍率だ。新規求人でまともな求人となると、事態の厳しさはたいへんなもので、今の状況はまさに戦後最悪となってきていることを強調しなければならない。
 その中で私が注目しているのは、全国的に厳しさの凹凸があるが、最近は従来から厳しい北海道とか沖縄などではさらに壊滅的と言ってよいような深刻さを示していると同時に、相対的に状態のよかった愛知のような地域でも急速に事態が悪化してきていることだ。
 これまでは、パートタイマーとか派遣労働など正規雇用に代わる不安定就業の部分はある程度増えていたが、最近は、臨時的・不安定なところまで削減の対象になっている状況を迎えている。
 こうした状況が続く中で、底辺に、ホームレスなど窮乏層が広がっている。先日の関西大学の調査では、大阪地域でホームレスが8,000人を超えていると言う。東京では4千数百人とされているが、実態調査をしたら大阪を上回るのではないか。
 先ほど道労連の片岡さんは「問題はこれからではないかと覚悟している」と言われたが、まさにいま、そういう状況にきている。この春くらいから「デフレスパイラル」とよく言われる恐慌現象と言ってよいような生産や雇用や価格の落ちこみ、あるいは所得縮小などが始まり、貿易も縮小傾向を示すようになってきている。昨日は円相場が120円台に急伸した。これは、アメリカ経済がもう危ないということの反映だ。
 アメリカは、ヘッジファンドと言われる投機資金の上に乗って一種のバブル景気を楽しんできたが、このヘッジファンドが膨大な赤字を出して危機に陥り、それに対して国家的援助を行わなければならない状況にある。元レート維持を言ってきた中国も、昨日のBBC放送では、例えば、上海でも2割を超える失業率が出るなど大きな経済困難に直面している。
 こうした国際環境の悪化もあり、その中で日本が、景気をますます悪化させるような経済・金融政策をやってきている。
 もちろん、こうした状況に対して、私たちはいろいろな形で抵抗のたたかいをするし政策的にも改善措置を要求していくが、しかし、今の状況からすると、やはり相当の覚悟をしておかなければいけない、という事態ではないかと思う。

●重大な政府の政策責任

 二番目には、政府や財界には、こうした状況を打開するつもりがまったくと言ってよいほどないことだ。
 今年6月に政府は緊急雇用対策をまとめている。その内容は、高成長期の政策の延長線上で、企業にさまぎまな給付金や助成金を出して少しでも首切りを緩和するとか、少しは求人をしてもらうとかいう程度の政策だ。失業対策を強めるということで全国に50人の職業指導官を配置すると宣伝しているが、50人ということは各都道府県一人だ。ここに端的に政策の貧弱さが表れている。
 問題は量的な貧弱さだけではない。例えば、経済企画庁『調査月報』の今年7月号は、アメリカがなぜ90年代に入って1,400万人の雇用を増やせたかの論文を掲載している。それは、最大のカギは賃金切り下げで頻繁に労働移動する労働者を増やすことができたから、雇用問題は改善され失業は緩和されたと強調している。そして、東洋経済の『論争』という雑誌の11月号には経済企画庁の課長が出てきて、その論文を根拠に、賃金引き下げこそが失業対策の中心であると強調している。“学者”も出てきて、失業の原因は、直接には不況だが基本的には賃金水準が硬直化して下がらないことにある、下げれば解決していくという議論をしている。
 たしかに19世紀末や1930年代大恐慌の時は部分的に組織労働者の賃金の硬直化が見られた。つまり、組織の力であまり賃金の切り下げを許さなかったことがあった。しかし、今の不況の中での特徴は、組織労働者を含めてどんどん賃金は下がりっぱなしの中で失業が増大している。これ以上賃金を下げたからといって、どうして失業が減ると言えるのか。
 政策当局がそうした賃金引き下げ議論をまともにやっているのは、一種のモラルハザード(倫理欠如)だと思うが、それは日本の為政者たちが堕落しているからそうなっているというだけではない。
 問題の一つの大本は、1994年にOECDが出した「Jobs Study」という報告書にある。ここではアメリカをモデルに、雇用対策の中心を規制緩和におき、中身は今回の労働基準法改悪ではないが、いかに労働者の賃金・労働条件を切り下げて、不安定であれなんであれJobsはJobsと就業者を増やしていくことで対応しろ、という政策を各国に押しつけようとしてきた。
 OECDの報告とか政策は単なる啓蒙手段ではない。OECDは、自分たちの政策を各国がどれだけ実施、具体化しているかを毎月詰めている。コンフロンテーション(対面)と言って、労働省とか通産省とか経済企画庁出身の担当官がパリの本部で毎月詰められ、具体化を点検されている。
 しかし、他の国々は、自分の国の経済、国民生活は大切だから抵抗する。少なくともヨーロッパ諸国はその通りにはやらないし、アメリカ・モデルの政策に対する批判を強めている。例えば、最近『Job Creation』(雇用創出)という本が出たが、徹底してOECDの政策、その根拠とした統計資料を含めいかにでたらめかの論証をしている。ヨーロッパ諸国は今回のドイツを含めて政権交替があったように、アメリカをモデルとしたやり方とは別の行き方をとろうとしている。
 そして、OECD自身も最近の「雇用年報」では、やはり規制緩和だけではうまくいかない、実際調べてみると賃金・労働条件が切り下げられると不安定な労働者が増え、失業頻度が高くなるということで、本当の失業改善にはならないと言っている。しかし、日本は依然として94年のOECD報告に忠実な政策をとっている。

●われわれの政策的課題

 直面している重大な失業の問題を解決していく上では、やはり国や自治体の政策が決定的役割を果たす。この点については、ニュー・ディールの時の経験や政策が参考になる。今の状況と似ているが、大恐慌が起き失業者が多発した時に、当時のフーバー大統領は、国は責任をもてない、失業が増えるのは民間の問題だ、賃金低下こそが失業を解決すると言っていた。そう言っている間にも失業が多発して、失業救済を掲げたルーズベルトが選挙に勝ち、雇用・失業政策の大転換、かってない大胆な発想にもとづく民主的な失業対策への政策転換が行われた。(詳しくは、大木「失業者就労事業の今日的意義」『経済』1997年11月号を参照)
 今日でも、失業対策の第一は何かと言えば、私は政治改革だと考える。今の政治を変え、国や自治体の政策を変える。政治改革はいろいろな段階があるし方法があると思うが、そこを真剣に追求しないとどうにもならないと言える。
 もう一つは、今の日本の支配層、政府や財界支配層の後ろにはいつもアメリカがおり、多国籍企業が動いており、この多国籍企業に対する規制問題、それと結びつけた日本の経済主権回復問題を、国レベル・地方レベルで徹底して追及する運動を抜きにしては、今日の失業問題の解決はありえない。
 佐藤さんから、道内で国に対して正面から失業者の失業保障や生活保障を要求してたたかっていこうという動きが出ていると報告されたが、そういう全国的な統一闘争と、それぞれの地域に根ざした運動をつなげることが大事な時期を迎えたと痛感している。それを進める上でも、北海道のような農業も漁業もダメ、林業も、公共事業も左前といった、失業の深刻さが歴然としている地域で、まずはっきりした運動の成果をあげていく、運動の典型を作り出し全国的なものにつなげていくことができたら有効ではないかと思う。
 政策的課題に関連して言うと、従来から、雇用・失業のたたかいでは、失業者あるいは未組織労働者と現役労働者・組織労働者との連携がどれほどできるかが要だと言われてきた。ヨーロッパでは最近、時短を含め成果をあげてきているが、多くの地域に例えば失業者センターというものがあって、失業者の生活上の問題で相談にのる、あるいは次の職に就くための技術習得のための訓練機会を労働組合が提供したり、現役労働者が1日いくらとか月いくらという形で失業者にカンパをし、同じ働く仲間の窮状に連帯を示すなどの活動をよくしている。
 日本でも全日自労建設一般などのすぐれた運動経験があるが、労働相談に来る、あるいは仕事がなくて苦労している人たちといっしよに運動し、その人たちがかかえているあらゆる問題について心理的福祉ケアなどを含めて援助しながら、大胆な失業反対運動へのとりくみが求められてきていると感じる。
 何よりも、今の膨大ないろいろな階層からなる求職者が自らの要求で自ら運動していけるように援助していくことが大事になっている。あるいは、地域の経済、産業を興していく上で、公共事業は今たしかにムダが多いが、本来の公共事業は住民本位で行われるべきものであり、経済の民主的転換あるいは不況からの復興の有力な手がかりになりうるものである。質的な公共事業の改革を、組織すべき仕事や運営管理のあり方を含めて具体的に提起して変えていくこともさしせまった課題である。
 強調したいのは、今は生産力や企業収益レベルで言えばけっして余裕がない状態ではない。例えばアメリカでもヨーロッパでも、企業に対して、従来ため込んだ利益の一定部分を、アメリカでは例えば利益の1.6%を地域社会の経済再興のためにあるいは雇用確保のために拠出しなさい、しない企業は地域においてやらないという政策・運動があって、現実に成果をあげている。日本の企業も現に、アメリカやヨーロッパでは相当、地域への利益還元をしている。それを国内ではやろうとしない日本企業のあり方についても糺していく必要がある。
 こうした課題を含めて、今は失業問題を中心に経済政策や経営戦略の転換を勝ちとる、ある意味では絶好の機会がおとずれている、そういうようにも感じる。

(常任理事・日本福祉大学教授)


1月の研究活動

1月8日 女性労働研究部会=報告・討論/男女共同参画社会基本法について−男女共同参画社会を形成するための基本的条件づくり(答申)について/今年1年、何をしたいか
  11日 賃金・最賃問題研究部会=報告・討論/当研究部会の研究成果の公 表の企画(案)
  23日 社会保障研究部会=報告・討論/失業情勢と雇用保障・失業保障問 題/当研究会の「中間まとめ」検討
  27日 中小企業問題研究部会=報告・討論/「地域振興条例」の条例づく り運動と活用の今日的特徴について

寄贈・入手図書資料コーナー

1月の事務局日誌

1月7日1999年全労連新春旗びらき(宇和川)
  21日1998年度教育研究集会へメッセージ
  23日「労働総研クォータリー」編集会議
  26日自交総連第21回中央委員会へメッセージ
  30日JMIU第21回臨時大会へメッセージ
JMIU10周年記念レセプション(牧野富夫常任理事)
  31日福島県医労連「能力主義賃金」学習会(宇和川)