2010年3月30日

東北で働き、暮らす世帯に必要な最低生計費はいくらか

生活実態調査、持ち物財調査、物価調査に基づく、最低生計費試算

全労連東北地方協議会
全国労働組合総連合(全労連)
労働運動総合研究所(労働総研)
監修責任 佛教大学教授 金澤誠一


「東北地方における最低生計費試算」−調査結果の概要と、そこからいえること

 最低賃金制度の上でC、Dランクという低額の地域に位置づけられている東北地方において、25歳の単身男性が自立した暮らしを営むために最低限必要な生計費をランク別に試算し、首都圏と比べたところ、家計の費目による金額の違いはあっても、総額ではほとんど差がないことが判明した。
 消費支出に若干の貯蓄・予備費を加えた最低生計費は、C、Dランクともに19万円で、これを賃金収入で得るとすると、税金・社会保険料分を加味して23万円が必要となる。この金額は首都圏モデルの試算結果とほぼ同じで、東北のC、Dランク地方は首都圏に比べて住居費は安いものの、公共交通が発達しておらず自動車が必需品であるため、交通費がかかる。

 ここから、以下のことが言える。
○最低賃金や生活保護など所得保障に関するナショナル・ミニマムは全国一律が妥当である。
○今の地域別最低賃金は、単身労働者の最低生計費を大幅に下回っている。試算からいえば1300円は必要である。地域別に25%もの格差をつけているが、生計費の視点からこの格差は不当である。政権与党を含む各政党が公約に掲げている最低賃金の大幅引き上げと全国(一律)最低賃金制の導入には、合理的根拠がある。
○一部に生活保護基準は高いとの見方があるが、それは妥当でなく、3級地の保護費が低すぎる。

グラフ

 今回単身世帯以外にも、30代夫婦のみ世帯、30代夫婦と子ども1人、40代夫婦と子ども2人の各世帯モデルについても、上記の最低賃金のC、Dランク別に最低生計費を試算した。税抜きの最低生計費をDランクでみると、30代夫婦のみで27万円、30代夫婦と子ども1人34万円、40代夫婦と子ども2人44万円となった。単身25歳男性を基準としてみると、30代夫婦のみで1.45倍、30代夫婦と子ども1人で1.80倍、40代夫婦と子ども2人で2.35倍の生計費が必要となる。Cランクの場合は、それよりも千円から2千6百円程度上回った。ちなみに、首都圏に比べるとC、Dランクの30代以上の複数世帯モデルの最低生計費は、2万5千円前後下回った。理由は主に住宅費、そして被服・履物費等の違いによるものである。

1.調査と試算の実施概要
(1) 全労連と全労連東北地方協議会(青森県労連、いわて労連、秋田県労連、山形県労連、福島県労連、宮城県労連)と労働総研は共同して「東北地方における最低生計費試算」を行なった。佛教大学の金澤誠一教授の指導・監修のもと、2009年5月7日から6月10日にかけて「持ち物財調査」と「生活実態調査」、「価格調査」を実施し、最低賃金制度でDランクに位置づけられている4県(青森、岩手、秋田、山形)とCランクの2県(福島、宮城)について、若年単身世帯、30代夫婦のみ世帯、30代夫婦と子ども1人世帯、40代夫婦と子ども2人世帯を取り出し、分析にもとづいて東北地方の男性若年単身労働者世帯の「最低生計費」を試算した。試算にあたっては「健康で文化的な最低限度の生活=人間らしい生活」を保障しうるものとした(試算の考え方と方法の詳細は「報告書」を参照)。
 有効に回収された調査票は、全1615ケースで回収率は46%である。

(2) 今回の試算の目的は、最低賃金制度でC、Dランクとされる地方で暮らす若年単身(25歳男性単身)および30代、40代の標準的な労働者世帯の「最低生計費」の水準を明らかにすること、および、それを一昨年に発表した首都圏の試算結果と比較することにある。設定として、Cランク地方は福島県会津若松市郊外に、Dランク地方は岩手県北上市郊外に居住し市内に通勤するものとした。選定の根拠は、人口10万人前後の地方都市で、生活保護3級地−1の典型的都市と考えたからである。なお、不動産価格や消費財の物価状況からみて、東北の他の地方都市においても、今回の試算結果は妥当するものと考えている。

2.試算の結果
(1) 25歳の単身男性労働者の最低生計費(税抜きの消費支出+予備費)は、Cランクで月額189,997円、Dランクで月額187,561となった。Dランクの内訳をみると、消費支出が170,561円、貯金など予備費を17,000円とした。これを賃金収入で得るとすると、税・社会保険料(約4万円)を上積みすることとなり、Cランクで232,600円、Dランクで227,855円となる。年額にすると、Cランク2,791,200円、Dランク2,734,260円である。

(2) この生計費でまかなわれる単身25歳男性の生活の内容は、以下のようなものである。
・25平方メートルの1Kのアパートに住み、家賃は駐車場代込みで30,000円。39万円の中古車を所有し、通勤に使用している。冷蔵庫、炊飯器、電子レンジ、洗濯機、エアコンなど基本的な家財道具は、量販店で低価格でそろえた。娯楽用の耐久財としてテレビとパソコンを所持。光熱水道費は月額9,017円。
・朝食はパンと牛乳もしくはコーヒー。昼は500円の弁当。夕食は主に自炊(500円程度)。そのほか、月3回、友人と会食(1回2500円)をしている。
・背広は3着(16200円)を着まわし、ワイシャツは5枚(1970円)、靴は2足(5880円)。カジュアルな服はジーンズ等(1980円)3本、Tシャツ5枚(480円)等。
・月の小遣いは6000円。休日は家にいることが多い。上記の友人との会食以外の娯楽・レジャーは月2回、映画とショッピングなど(1回2000円)。1泊の旅行をする機会は、年に2回(1回30000円)。日帰りの旅行は年2回(1回5000円)。

3.試算結果からいえること
(1) 東北地方の必要最低時給はCランクで1,338円、Dランクで1,311円必要。
 現行の今回の試算の最低生計費(税込み)を、賃金収入で得るとすれば、Cランクの場合、時給換算で1,338円、Dランクでは1311円必要ということになる(同種の計算をする場合に厚労省が使う法定労働時間上限の月173.8時間で計算)。今の地域別最低賃金は、青森633円、岩手631円、秋田632円、山形631円。Cランクの福島で644円、宮城も662円と、試算された最低生計費水準の時給に遠く及ばない。今の最賃は我々が試算した最低限度の生活を保障する水準には程遠いといえる。
(2) 東北と首都圏とで若年単身者の最低生計費に差はない。最賃の地域格差はなくすべき。
 これを首都圏モデルと比較するとどうか。さいたま市在住で都心部勤務の25歳男性の最低生計費(税込)は月233,801円、時給1,345円。東北との差は、最賃Cランク福島県が7円、最賃Dランク岩手県が34円低い程度であり、ほぼ変わらない。ちなみに現行の最低賃金額の格差は、東京に比べ、福島県で147円(−19%)、岩手県で160円(−20%)下回っている。今回の試算結果は、最低賃金の地域格差をなくし、全国一律とする政策の合理性を示すものといえる。

(3) 東北と首都圏の生活の中身には違いがある。
 第1に、住居費の違いである。首都圏では最低生計費における住居費が東北より高い。その差は、単身世帯と30代夫婦ふたり世帯で2万5千円、30代夫婦と子ども1人と40代夫婦と子ども2人世帯で2万円前後となる。家賃の違いだけでなく、東北では共益費や更新料がない場合が多い。
 第2に、交通費の違いである。東北では公共交通が発達しておらず、自動車が必需品となっている。したがって、自動車購入費と維持費の合計である交通費(3万円)が、首都圏より多くかかる。
第3に、気候の違いにより光熱・水道費(9千円)も上回る。こうした違いにもかかわらず、最低生計費の合計は、費目ごとの増減が相殺されて、ほぼ同水準ということができる。

(4) 最低生計費と生活保護基準との比較−3級地の生活保護は低すぎる−
 試算結果を生活保護基準と比較するとどうか。北上市、会津若松市は3級地−1にランクされる地方都市である。日常生活費のうち、個人単位で消費される衣食などの生活扶助費第1類(20歳〜40歳)は33,020円。世帯単位に消費される光熱・水道費などの生活扶助費第2類は単身の場合、35,610円である。賃貸アパートに住む場合の住宅扶助は、北上市の特別基準で25,000円、会津若松市は29,000円以内とされている。暖房費である冬季加算(11月から3月まで)、期末一時扶助費(12月)などの月割り分を合計すると、北上市で月100,549円、会津若松市で102,549円となる。
 生活保護では、勤労している場合、勤労必要経費の控除が認められる。その額は収入10万円程度で月33,220円。つまり、若年単身労働者のための生活保護基準は、勤労控除を加えると、北上市で133,769円、会津若松市で135,769円となる。
 生活保護基準と、試算された「最低生計費」とを比較するには、生活保護受給世帯に免除されている税金や社会保険料、NHK受信料、現物支給される医療扶助相当額、通勤費や労働組合費を「最低生計費」から差し引いた額で比較するのが妥当である。「最低生計費」からこれらを差し引いた額を「保護基準相当額」とすると、当該モデルの生活保護制度による保護基準133,769円を1.0倍とした場合、算定された「最低生計費」の保護基準相当額は、北上市で1.13倍、会津若松市で1.11倍となる。ただし、社会生活を行うために自家用車の保有が必須という観点を加えると、北上市、会津若松市ともに1.36倍となる。首都圏の場合の生活保護費は、試算した最低生計費とほぼ均衡していた(1.02倍)が、3級地−1の生活保護費は、生活の質を保障する面からみて低すぎるといえる。