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わたしの「おいたち」シリーズ

その13「クラブのかけもち」
 高校での3年間は、私の成長過程において最初の大きな節目となりました。それは、今まで知らなかった自分自身の「能力」を発見する3年間となったからです。
 私は、ブラスバンド部で音楽を楽しむかたわら、詩や短歌にも興味を持ちはじめていました。べつに人に見せようとか、少しでもいいものができればとか考えていたわけではなく、さびしがりやの一高校生が孤独感にひたりながら、なんとはなしに浮かびでてくる文字を、ノートのすみっこに書きつらねていた程度。
 そんなたあいもないモノをどういうはずみか、年度末に発行された生徒会の雑誌に投稿。そして投稿した私の全ての作品が、活字になってしまったのです。
 2年生に進級すると、廃部同然になっていた文芸部の顧問の先生から「文芸部を面倒みてくれ」と懇願。おまけに、新聞部の顧問をしていた私のクラス担任の先生からは「新聞部をやってくれないか」と頼まれ、結局、ブラスバンド部あわせて3つのクラブをかけもちで行なう状況になってしまいました。
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その14「クラブかけもち その2」
 文芸部、新聞部、ブラスバンド部と、3つのクラブに籍を置き、しかも文芸部と新聞部の実質的な部長にさせられてしまった私は、当然のごとく3つのクラブのわたり歩きを行なうことになりました。しかし、本籍のプラスバンド部がこれを許すはずがありません。
 ただでさえ部員の少ないブラスバンド部。しかも、私と同じ学年でトランペットを担当している人がおらず、私が他の部に行ってしまえば、私の鳴らしていた音は消え、音楽にならなくなってしまうのです。いやおうなしに、新聞部、文芸部が手薄になっていきました。
 部員が一人減り、二人減りしていく2つの部。私に頼みにきた先生に背を向けるわけにもいかず、部員がゼロになった部室で、ひとり星空を見ながらせっせとガリ切り・・・。
 部員を育てることもできず、果ては、私の卒業とともに活動が停止してしまった文芸部、新聞部でしたが、このクラブに出会うことがなければ、その後の私の執筆につながる活動は生まれて来なかったことでしょう。
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