5才きざみの人口構成表は良く見ます。これを、並べ方を少しかえてみました。それが次の表です。紙面の都合で表の一部だけを掲載しました。
| 年 | 1951〜55年に生まれた人 | 56〜60年 | 61〜65年 | 66〜70年 | 71〜75年 | 76〜80年 | 81〜85年 | 86〜90年 | 91〜95年 | 96〜2000年 |
| 1960年 | 2,013 | 誕1,724 | ||||||||
| 1965年 | 中1,920 | 1,635 | 誕1,505 | |||||||
| 1970年 | 高1,182 | 中1,586 | 1,436 | 誕1,167 | ||||||
| 1975年 | 大754 | 高1,086 | 中1,186 | 1,143 | 誕1,059 | |||||
| 1980年 | 結825 | 大733 | 高1,026 | 中1,140 | 1,075 | 誕1,008 | ||||
| 1985年 | 育801 | 結758 | 大690 | 高863 | 中1,065 | 998 | 誕829 | |||
| 1990年 | 育803 | 育719 | 結730 | 大564 | 高860 | 中1,017 | 819 | 誕735 | ||
| 1995年 | 803 | 育705 | 育678 | 結567 | 大508 | 高790 | 中803 | 717 | 誕653 | |
| 2000年 | 782 | 681 | 育658 | 育522 | 結429 | 大538 | 高724 | 中711 | 648 | 誕557 |
横軸は、一定の時期における太良町の年齢別の人口構成をあらわします。これは、どこでも良く見る表です。
縦軸は、同一の年齢集団が時の経過とともにどう増減していったかをあらわしています。たとえば、1961年から65年の間にうまれた1,505人の集団は、1975年には11才から15才になり、そのときの人数は1,186人です。この年齢の大部分が中学生なので数字の頭に「中」とつけておきました。「誕」の印は新たに生まれた世代です。
この集団は1980年には16才から20才の集団に成長します。大部分が高校生なので「高」と印をつけておきました。同様に21才から25才の世代は、学校制度で言えば大学を卒業するころなので「大」、26才から30才までは、そろそろ結婚するころなので「結」、31才から40才までは子育ての時期なので「育」と印をつけておきました。
この表を見ると、自分と同じような年齢の集団がそれぞれの時期にどれだけになり、今どれだけいるかわかるでしょう。
子供を産む世代を26才から40才の世代とし(5年きざみの統計なので4年前子供を産んだ世代を含めて考えるので、40才まで幅広くとりました)、それぞれの時期に、子供を産む世代はどれだけおり、どれだけ生まれたかの表を作ってみました。男女を区別していないこと、もちろん25才前や40才後に子供を産む人はいますが以上のように単純化しました。これで大体の傾向はわかるからです。
| 年 | A.この年25〜40才の人数 | B.この年0〜4才の子供の数 | B/A |
| 1975年 | 2,542 | 1,059 | 0.42 |
| 80年 | 2,329 | 1,008 | 0.42 |
| 85年 | 2,346 | 829 | 0.35 |
| 90年 | 2,252 | 735 | 0.33 |
| 95年 | 1,950 | 653 | 0.33 |
| 2000年 | 1,609 | 557 | 0.35 |
この表を見ると、太良町の出生者数の減少が良くわかります。まず、子供を産む世代・26歳から40才の男女が減っている事です。第2に、生まれてくる子供の率が低下していることです。これは、全国的に出生率が低下していることの反映です。
それにしても、26〜40才の世代の減り方が年をへるにしたがって、急激になっているのが気になります。そこで、次の表を作ってみました。
| 年 | この年25〜40才の人数 | 前期との増減数 | 前期との増減率 |
| 1975年 | 2,542 | ||
| 80年 | 2,329 | -213 | -0.8% |
| 85年 | 2,346 | +17 | +0.7% |
| 90年 | 2,252 | -94 | -4.0% |
| 95年 | 1,245 | -302 | -13.4% |
| 2000年 | 1,609 | -341 | -17.5% |
恐るべき勢いです。その原因はどこにあるのか。
たしかに、30年、40年前の出生数減がいま拡大再生産されているところに根本的な原因があると思います。ところが、もう一つあります。
各年齢集団が、中→高→大→結→育 と年齢を重ねるにしたがってどう増減して行くか、最初の表を注意深くみるとある変化に気がつきます。
1970年代以降、31〜35才の世代は26〜30才の時期にくらべて大体において減っており、しかも減っていく割合が大きくなっています。
ところが、26〜30才の世代になると時代とともに大きな違いが出てきます。
1941〜45年生まれ、46〜50年生まれの世代は高度成長期が中学校、高校の卒業期で集団就職で町外へ流出し、結婚適齢期になっても減少が続いていましたが、1970年代後半から事情が変わり、結婚適齢期に町への流入がふえています。それが、いったん町を出た人達のUターンかどうかはわかりませんが、1951〜55年生まれの世代、56年〜60年生まれの世代、61年〜65年生まれの世代が21才〜25才の時期よりも26才〜30歳の時期には人数が増えていることは事実です。おそらく太良がミカンで成功し、成長をとげていた時期ではないでしょうか。そういう時期があったのです。
しかし、1966年〜70年生まれの世代になるとほぼ同じ数になりました。次の1971年〜75年生まれの世代になると80人も減っています。太良町へ戻ってこない人が多くなってきたのです。
こうして、1990年ころから、31〜35才世代の減少とあわせ、子供を産む世代が急激に減少しているのです。
これをあらためて表で示しましょう。
| 世 代 | 21〜25才の時の町内在住数 | 26〜30才の時の町内在住数 | 増減 | 31〜35才の時の町内在住数 | 増減 | 増減計 |
| 1941〜45年生まれ | 1,096 | 935 | -141 | 886 | -49 | -190 |
| 1945〜50年生まれ | 797 | 723 | -74 | 841 | +118 | +44 |
| 1951〜55年生まれ | 877 | 802 | -75 | 805 | +3 | -72 |
| 1956〜60年生まれ | 754 | 825 | +71 | 801 | -24 | +47 |
| 1961〜65年生まれ | 733 | 758 | +25 | 719 | -39 | -14 |
| 1966〜70年生まれ | 690 | 730 | +40 | 678 | -52 | -12 |
| 1971〜75年生まれ | 564 | 567 | +3 | 522 | -45 | -42 |
| 1976〜80年生まれ | 508 | 429 | -79 |
それでは、なぜ、26〜30才の世代が1990年代後半に入ってから減少するようになってきたのか。それは、別に準備しているレポートで本格的に述べますが、みかん、漁業、畜産など太良町の基幹的な産業が低迷していることに原因があるのではないかと思います。農業と漁業の年齢別構成の変化を見てみましょう。若い世代の新規就業が激減してきました。それが、町全体の人口構成に反映してきたのだと思います。
それでは、なぜ、農業や漁業が若い人を引き付ける力を失ったのか、それは別のレポートで本格的に検討することにしてここではふれません。しかし、町民だれもが感じているように太良町の基幹産業の低迷、それにかわる仕事がないことが若者の流出をうながし、これから町を支え、子どもたちを生んでいく世代の減少をきたしているのではないでしょうか。
| 自治体名 | 農業就業人口総数 | 15〜29歳 | 30〜59歳 | 60歳以上 | 年間農業従事150日以上の人 | ||||
| 人数 | % | 人数 | % | 人数 | % | 人数 | % | ||
| 1990年 | 2,364 | 172 | 7.3% | 1,260 | 53.3% | 932 | 39.4% | 1,481 | 62.6% |
| 1995年 | 1,917 | 118 | 6.2% | 932 | 48.7% | 864 | 45.1% | 1,268 | 66.2% |
| 2000年 | 1,717 | 92 | 5.4% | 701 | 40.8% | 924 | 53.8% | 1,163 | 67.7% |
| 2000年の佐賀県平均 | 59,374 | 4,370 | 7.4% | 18,229 | 30.7% | 36,775 | 61.9% | 27,673 | 46.6% |
| 年 | 漁業就業人口総数 | 男 | 女 | ||||||||||||||||
| 男計 | 15〜19歳 | 20〜39歳 | 40〜59歳 | 60才以上 | 女計 | 15〜19歳 | 20〜39歳 | 40〜59歳 | 60才以上 | ||||||||||
| 人数 | % | 人数 | % | 人数 | % | 人数 | % | 人数 | % | 人数 | % | 人数 | % | 人数 | % | ||||
| 1983年 | 1,068 | 676 | 50 | 7.4 | 307 | 45.4 | 261 | 38.6 | 58 | 8.6 | 392 | ||||||||
| 88年 | 880 | 539 | 17 | 1.3 | 211 | 39.1 | 232 | 43.0 | 79 | 14.7 | 341 | 1 | 0.3 | 124 | 36.4 | 188 | 53.1 | 28 | 8.2 |
| 93年 | 721 | 447 | 5 | 1.1 | 142 | 31.8 | 200 | 44.7 | 100 | 22.4 | 274 | 0 | 0 | 66 | 24.1 | 175 | 63.9 | 33 | 12.0 |
| 98年 | 571 | 341 | 3 | 0.9 | 94 | 27.6 | 144 | 42.2 | 100 | 29.3 | 230 | ||||||||
さて、これからの問題です。
若い世代の流出をうながしている基幹産業の低迷、それにかわる雇用の受け皿がないという現在の状態が今後も続けば、私は太良町はあと数年で人口激減の時代をむかえるのではないかと心配しています。
「これまでにも人口はへってきた」という人があるかも知れませんが、今までとは違います。「人口急減」という今までにない事態を迎える危険があるのです。
現に1990年代後半になってから、町の人口は社会減(転入より転出がうわまわること)にくわえて、自然減(出生者より死亡者が多くなること)となり、一年間に減少する割合が増えています。
この深刻な事態をどうやってきりぬけるか、町民をあげて考えるべきときだと思います。
| 年 | 自然増減 | 社会増減 | 差引合計 | ||||
| 出生者 | 死亡者 | 差 引 | 転入者 | 転出者 | 差 引 | ||
| 1991年 | 161 | 132 | +29 | 286 | 441 | -155 | -126 |
| 1992年 | 158 | 105 | +53 | 285 | 450 | -165 | -112 |
| 1993年 | 132 | 108 | +24 | 289 | 537 | -148 | -124 |
| 1994年 | 137 | 119 | +18 | 302 | 399 | -97 | -79 |
| 1995年 | 128 | 113 | +15 | 290 | 382 | -92 | -77 |
| 1996年 | 115 | 122 | -7 | 315 | 426 | -111 | -118 |
| 1997年 | 123 | 148 | -29 | 307 | 368 | -61 | -86 |
| 1998年 | 117 | 104 | +13 | 270 | 401 | -131 | -118 |
| 1999年 | 102 | 118 | -16 | 288 | 441 | -110 | -126 |
| 2000年 | 111 | 132 | -21 | 261 | 384 | -119 | -140 |