好天につられて、今日(11/18)の午後は、三里地区から健康の森公園へ足をのばしました。
本町をすぎ、亀ノ浦から国道207号線をわかれて、三里・風早方面への道に入ったところで右手の丘の上に何やら造成中の施設がありました。
町の方から見ると山の上を切り開いたような感じで「なんだろう?」と思っていましたが、たちよってみると樹木を植え、建物をたてているようでした。そこからは、左手に太良町の中心部と有明海、対岸に大牟田市、右手に大浦と島原半島が一望のもとにみえました。
まず、多良小学校三里分校を訪ねてみました。
カラフルなかわいい校舎がたっていました。横に、教会にもにたつくりの建物がありました。おそらく、三里分校の生徒が使っているだけでなく、町内の子供達の山の施設として使われているような感じでした。
日曜日だったのでガランとして誰もいませんでしたが、山の分校の雰囲気そのままでした。
御手水では、社(やしろ)があって水が豊富にわいていました。
鳥居があってその奥にはお地蔵さんが並んでいました。神と仏、どちらも大事にする土地の人のおおらかさを感じました。
社から少しはなれた所に大きな銀杏の木がありましたが、大人が数人がかりでやっと囲めるほどの大きさです。通りかかったお年寄りに聞くと「子供のころから大きな木だった」ということでした。
今、どれだけの軒数かたずねたら、10軒ということでした。
板の坂にいくと「秀工房」という看板を出した家がありました。
なんの工房かなと思って、近所の方に聞くと家具のようなものをつくっているそうです。庭まで入ってみましたが、日曜日のせいかしまっていました。日をあらためて訪ねてみたいと思います。
現在の戸数は11戸ということでした。
嘉瀬の坂にS先生、三里にN先生といずれも中学校のときに教わった先生がいました。
聞いてみるとすでに故人になっておられました。三里には私の中学校、高校を通じて友人だったN君もいました。ピアノをよく弾いていましたが、そのあと長崎県で音楽の教師になりました。
三里の各集落を走りながら、同じ山間部でも中尾や中山と違うなという感じがしました。
比較的海に近いせいか標高は低いようです。中山や中尾にはないミカン畑がいっぱいありました。スギやヒノキの人工林は少なく、雑木林が多いなという感じがしました。
集落と集落のあいだがはなれ、間を細い道路がつないでいました。車1台がやっと通れるような道路もありました。集落と集落のあいだの道路を維持するのは大変だけども、人々の生活にとっては欠かすことのできないことだなとおもいました。
一つの集落が10戸とか11戸とか小さな集落の集まりですが、それぞれが古くからの歴史をもった集落です。
それぞれの集落の人々が、そこで生活できるように援助すること、集落と集落をつなぐ道路を整備・維持して行くこと、子供達をきちんと育て・教育していくこと----ここに政治や行政の光があたらなければならないと思いました。
その点から言えば、面積と人口の拡大だけをめざす市町村合併の強行はこういう山間部の集落を結局は切り捨ててしまうのではないかと痛感しました。
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かわいらしい建物---三里分校
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御手水の銀杏の木
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秋深き山里の風景---板の坂
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