評論・佐賀と太良

「さが農業まつり」にいってきました

2002年2月9日


 今日(2/9)は、川副町で開かれた「さが農業まつり」へ、妻といっしょにでかけてきました。
 会場は、佐賀空港に隣接する特設会場です。

 「まつり」の呼び物は、狂牛病問題のなかでの、「佐賀和牛」の安全PR。
 佐賀和牛を材料にした特設の「焼肉館」に行ってみました。家族ずれで、グループで炉をかこみ、焼肉を食べている光景は「狂牛病風説なんかふっとばせ! 」という意気込みを感じました。
 もともと、焼肉は好きな私、佐賀和牛を味わおうと思いましたが、満員であきらめました。
 私の住んでいる太良町も和牛の町、「狂牛病問題」が一日も早く解決することを願っています。

 農機具展示の棟もありました。
 農業機械がどのように進化しているかは私の興味のあるところ、覗いてみました。
 ある農機具メーカーの特設館では、農機具の実演が行われていました。
 「たまねぎの植付け機」がありました。
 太良町から佐賀空港に来る途中、白石町や有明町ではたまねぎがいっぱい植えてありました。太良町も規模は小さくなりますが、たまねぎを植えている農家が沢山あります。
 たまねぎ農家の人にきいたら、腰をかがめての植付けの作業が大変だと言っていました。そんな興味もあってたまねぎ植付け機が動き出すのを待っていました。
 機械が動き始め、畝にかぶせたビニールの覆いをやぶっていたまねぎの苗が一つ一つ植えられて行きました。人の仕事は、たまねぎの苗を供給するだけ、「これは楽だな」と思いました。
 こんなに便利な機械ですが、太良町ではみた事がありません。
 「こんなに便利な機械なのになんで、みんな使わないのかな?」と思いました。
 「たまねぎの作りすぎ」といってブルドーザーでたまねぎをふみつぶす場面をテレビでみた事があります
ここに問題があるんだなとおもいました。  

 農機具関係のコーナーの一角に私が子供のころ、50年もまえに使っていた「発動機」がおいてありました。
 それを見て、稲刈りが終わったあと、地区の共有であったもみすり機と発動機が私の家にもきていたことを思い出しました。
 私の家に通ずる急な坂道を牛に引かせて重たい発動機を運んでいました。
 黒光りのする発動機がうなり、もみすり機を動かし、あっという間に籾を玄米と籾殻に分けていました。そんな発動機がブンブンまわっていて懐かしくなりました。
 その横には、足踏み式の「縄ない機」がおいてありました。これも、なつかしい機械でした。

 その他、いろんなコーナーがあり楽しませてもらいました。
  今日の「さが農業まつり」は、どちらかといえば、農協組合員・農家の人を対象にした企画のようです。それで、農機具など経済連の取り扱い商品の宣伝・PRが中心になっているのかなと思いました。
 もちろん、こういう機会を利用した新しい農業技術や農業機械・器具の紹介・宣伝・普及は農業技術の発展のうえで大切なことだと思います。
 狂牛病問題のなかで、「佐賀和牛」の安全PRは大規模にやられていましたが、消費者にたいする佐賀農業のPRをもっとやったらと思いました。
 というのは、「さが農業まつり」というネーミングに、佐賀県内の各市町村が産出している農産物や加工品の宣伝、外国農産物の洪水のような輸入・消費者の農産物の安全性をもとめる嗜好の強まりの中で佐賀農業のアピールを期待して出かけたからです。妻も、同じ思いのようでした。
 私は、はじめての参加なので、こんなことはもうとっくにやられているのかもしれません。
 あるいは、別のイベント企画でやられているのかも知れません。
 少し、気長に見てみたいと思います。

 帰りは、嬉野町をとおって帰りました。
 その途中、江北町から大町町を通る国道34号線を走りながら、「ここに杵島炭坑があったんだな」という感慨にうたれました。
 戦後の日本を石炭生産で支えた地域、そして「燃料革命」の名のもとに切り捨てられて行った地域、この地域のことをしっかりと学びたいとおもいました。

 嬉野温泉は、温泉のお祭でしょうか、温泉街の通りに絵と文字をかいた行灯のようなものが並べてありました。
 書いてある文字が独特の書体のようでした。
 今日は、時間がなくて自動車でで通りすぎるだけでしたが、嬉野温泉に一度ゆっくり来ててみたいと思います。
 私が知っている石川県の「山中温泉」になんとなく似た雰囲気です。      


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