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2010原水爆禁止世界大会!��
広島戦跡探索へ
さて、ここはどこか。
答えはABCC。
「そんなもんは知らん!」という人がほとんどでしょう。ここは原爆投下後、米軍が建てた「原爆傷害調査」をする研究所です。
恐ろしいのは調査するだけでなんら治療はしない機関でした。病気を治してもらえると思いきや、米軍はむしろ、放射能に蝕まれていく被爆者の体を研究材料、実験台としてデータを取るだけにしたのです。
ABCCは比治山という山の上に建てられました。そこから見た広島の市街地。
海が見えますね。海はとても近いんです。左に見える山は島で、似島といいます。帰還軍人はまずここにいかされて検疫をうけたそうですが、ここにもたくさんの被爆者が送られ野戦病院となったそうです。
右の方を見ると爆心地です。ビルよりも少し右で、上空は600mで爆発しました。このビルが100mくらいですかね。この6倍の高さで直径500mともいわれる火の玉が現れました。中心温度数十万度から100万度、数秒間だけでしたが地面に4000度の熱を降り注ぎました。
広島城です。
ここには原爆当時、陸軍の第5師団が置かれていました。城内の地下にその本部が設置され、新型爆弾による広島消失の第一報もここから送られました。
師団とは歩兵や砲兵、工兵などその部隊だけで一つの作戦を組みたてられる大きな軍隊のことです。
国宝にも指定されていた広島城が原爆で一気につぶされましたが、その時のビフォーアフター的な写真が置いてありました。
日清戦争時には大本営(天皇が戦争の指揮を執る場所)がおかれ、その後も軍都として栄えました。
いまでは右翼が毎年この時期集まって奇声を発するような「聖地」となっています。
さて、第5師団の地下室をみに行ってみますか。
(10.8.25)
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