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2008年 原水爆禁止世界大会 IN 広島��
6800人が全国から集結!
あ、あの人が壇上に上がってる!またすごい声だなあ…
ちょっとまえにもこのHPで紹介した通し行進者の渡邉さん。北海道から東京まで平和を訴えて歩いた人です。私も脱帽のものすごい大声で「平和大行進でーす!」っていって道行く人の注目を浴びまくってましたが、この日も壇上からマイクを通さないでものすごい声を張り上げていました。
今年は運動論を語る代表者が多かったように感じました。被爆体験についてはあまり語られることがなかったとも感じましたね。
私はもう4回目ですが、初めての人もいますからね、原爆の基本情報たる被爆体験については大会のなかでも時間をとってほしかったなあ…という感想があります。
でもしょうがないんですよね、なんたって2008年大会は2010年に向けた重要な意味を持つ年ですからね…
そう2010年の意味。これが難しかったかな…
この写真は世界青年の集い。広島市長が記念の挨拶をしていますね。青年の熱気に当てられたか、話がいささか長かったですね。
今年も大盛況で1700人が集まりました。
ここでも2010年の話が出ました。いったい2010年とはなんなのか。
2000年の約束
説明しましょう。いまから8年前の2000年。核廃絶の国際世論は大きく核保有国を包囲。とうとうアメリカなど核保有国が5年に一度開かれる核不拡散条約(NPT)再検討会議というところで“近い将来核兵器を廃絶します”と「明確な約束」を行ったんです。
「明確な約束」を踏みつけたアメリカ
これでものすごく核廃絶運動は展望が開けたのですが、みなさんもご存知のようにアメリカは2003年にイラク戦争を開始。そのなかで核の使用も含めた先制攻撃戦略を発表、さらには“使える核兵器”なる“小型核兵器”の開発に着手したのです。
5年後の2005年NPT再検討会議では核廃絶の明確な約束を踏みつけにするようなアメリカの態度に批判が加えられましたが、マスコミなどは“核廃絶交渉は決裂”かのように報道したのでした。
NPT再検討会議は5年に一回ですから次は2010年ですね。ですから、二年前の今から改めて「明確な約束」の履行を求めて運動しよう!との発言が目立ったのですね。
それにしてもすごい青年の数。アリーナはびっしりでした。初めての方もたくさんいただろうのでちょっとNPTの話など難しい運動論が続くと厳しいかなと思いつつ、こうして集まるだけでも、今後の活動の勇気につながるだろうなあと思いました。
友人のミズキも通訳としてステージを支えていました。身振り手振りでの通訳。熱っぽさを感じました。
青年のステージは通訳用のブースがあるわけでもないようでかわいそうですが、それはそれで青年の集いらしく手作り感があって良いですね。
(08/08/11)
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