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議会中継!�‖兇瞭鵝�

山田宏区長の前議会での発言が話題に

 もう一つ驚くべき山田区長の世界観が“自由論”です。
 “生まれてきた家庭環境の違いや能力の違いなどを肯定的に捉えてそれぞれの天分をまっとうすることが大事”と述べた後、区長は自由論に話を進めます。

「平等」よりも「自由」を重視

「私は、そういった意味で、人間の自由こそ最も大事な価値だと思っています。自由と平等は相反する価値です。平等、つまり最後の結果の平等を求めれば求めるほど、人の自由は小さくなるんです。」 
 
 ここで区長が言っている「平等」とはいわゆる企業や市場に社会的規制をかける行為のことです。区長は「自由(競争)」と「平等」の関係についてはっきりといいます。
 
「平等というのは自由を侵さない範囲で平等というのが正しいというふうに私は思っています。」

「規制」とは何か

 区長は「規制」を敵視し、その起因としての「平等」を敵視しています。
 そりゃあ、かつてのソ連のように「平等」を表看板にしておきながら、実は一部の「共産党員」(まあ、日本の共産党は彼らを共産主義者とは認めていませんが…)の利益が最優先されて、市場をがんじがらめにしたような「規制」はよくないですが、今日本にある社会的規制は多くが国民の生活向上のためにあるものです。
 例えば派遣労働は労働者の生活環境を著しく悪化させる可能性があるため、以前までは特殊な業種に限られていました。これを市場への不当な「規制」だとして緩和してしまったのが10年ほど前です(ちなみに当時、自公民だけでなく社民党も賛成しました)。
 区長の「平等」にたいする敵視は、労働者派遣法を規制緩和した政財界の姿と瓜二つです。

社会には必ず「敗者」が必要?

 そしてこうした「自由」至上論、「平等」敵視の姿勢を肯定するための論理も展開されます。これを聞いてみなさんはどう思われるでしょうか。
 文中の「真っ平らな社会」とは「平等」な社会のことです。長い引用ですがお読みください。
 
「敗者がいないと思いやりの気持ちは起きません。真っ平らな社会というのは思いやりの気持ちすらなくなるんです。真っ平らな社会にあるものは、ねたみ、そねみなんです。ですから、ある程度そういう敗者がいる、敗者がいる中で思いやりの気持ちが大事だと育つ、私はそれが社会の現実だと思うんです。」  

区長がそうして育ったのでしょう

 思いやりの心は敗者がいて育つ…たぶん山田宏区長こそ、そう育ったのでしょう。
 敗者を見て優越感に浸り、そこからしか思いやりの心を育てられなかったのでしょうね。競争社会とはまさにこうした人間性を生み出します。
 こうした人物がいま、社会福祉の予算編成の実権を握り、「教育改革」と称して道徳教育などに非常な力を注いでいる…この問題を早く区民に知らせなければならないと感じます。
(08/06/18)
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