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議会活動!��
山田宏区長の社会発展論
今回、密かな話題を呼んだのが山田宏区長の社会発展論です。
最初はたしか自民党の富本卓議員の代表質問への答弁でした。
豊かな者から富を取り上げている?
区長はまずこういいました。
「社会全体の富が増えていくこと、そういう政策をまず実現しなければならない」
ここまでは誰も異論を挟める人はいませんね。そのとおりです。
ところがおかしいのはこの後です。
「豊かなものから富を取り上げて貧しきものに配るだけでは、全体が豊かになることにはならない。」
というんですね。
その人の富を取り上げているとしたらそれは問題ですが、ここで区長がいっているのはつまり現在のように、お金持ちほど税金を多く払い、それを社会に再分配していく方法では全体が豊かになったことにはならないってことです。
貧しきものの持ち場とは
そして区長はこう展開します。
「やはり大事なことは全体が豊かになるにはどうしたらいいかそれぞれ持ち場をはたして努力すること」
これだけ聞けばさほどひどいことは言ってないように感じますが、この前提には先ほどの“富める者から貧しき者への再分配の否定”がありますから、つまり、貧しき者はこれ以上の手助けを求めず、その階層に見合った努力をすべきだということになる。
そしておそらく、この「努力」とは、その生活に我慢する「努力」となります。ですから区長は
「国や自治体の役割はセーフティネットをしっかりはって、やはりきちっとした最低限の文化的な生活が維持できるように支えることが公の機関の仕事」
というんです。
この言葉で一番重要なのは「最低限の文化的な生活」という部分。つまり、“区がやるべきはこの最低限なところまででいいんだ。それ以上は富める者からの富の取り上げになるんだ”という展開なのです。
社会発展の歴史的過程
ノーベル経済学賞を受賞したインドのアマルティア・センは社会保障や福祉の進展(つまりは区長が嫌う“富の再分配”)が世界的な社会発展を生んできたことを指摘し、それまでの単に利潤をどう増やすか、成功した事業をどう管理するかといった経済学に“巨石を投じ”ました。
どの国でも歴史過程で低賃金・過重無制限労働を解消し、富める者だけがぼろ儲けする仕組みにメスを入れ、国民生活の向上を成し遂げたという歴史的体験を持っています。いわゆる弱者であっても人間的、経済的つながりを有し、その国の経済的、文化的活動に貢献していますから、この人たちの生活向上は必ず社会発展につながってきました。
富を奪われているのはどちらか
「富の再分配」とは富める者の財産を奪うことではありません。むしろ、この国を構成する人たちが作り出している富を一手に握っているものから適法にその国の構成員に「返す」行為なのです。
山田宏氏はいまでは多くの経済学、政治学の根本にすえられているこの研究成果を何も知らずに区長になってしまった一人です。
こういう人は今、松下政経塾中心に全国に増えていますが、その社会観による矛盾が全国で噴出しています。
区長のような人が暴れまわる時代はそれほど長くは続かないと私は思っています。
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