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初海外!!平和と友好の韓国ツアー��
義兵
日露戦争後、日本は野蛮な侵略行為を朝鮮で横行させます。
これに対して全国各地で独立を守るために「義兵」なる団体が組織され抵抗します。しかし日本はこれを圧倒し虐殺します。
こうした日本の野蛮な行為を国際社会に告発しようとする朝鮮にたいし、さらに日本は暴力性と支配性を増します。そのなかでできたのが西大門刑務所。
国際社会には“ちゃんと裁判にのっとった措置をとっています”と見せ、朝鮮の人達には暴力的弾圧を加えるという二つの役割を担っていたのです。
戦争を賛美し、戦前・戦中の社会の復活を訴えるいわゆる靖国派は“無秩序な国際社会のなかで無法な大国による圧力が日本を戦争に駆り立てた”といいます。
しかし、未熟ではあれど国際社会の平和的秩序は実はうまれつつありました。だからこそ日本は西大門刑務所をつくって国際社会に“法にのっとってます”と言い訳しなければならなかったのです。むしろそうした生まれつつある国際秩序をすり抜ける形で、暴力的な支配を行っていたのが日本だったのです。
当時の施設をそのまま利用した売店で一服。これで西大門刑務所は終わりです。
独立門。韓国独立運動の象徴として作られましたが、わざわざこの真横に刑務所は建てられたのでした。
占領時代に日本人が建設した駅。東京駅と設計者が一緒だそうで、どうりで似ています。
占領時代の名残がまだ街に残っているんです。
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