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初海外!!平和と友好の韓国ツアー��
処理場
処刑された遺体はさらに外に運ばれ、あの壁の方に持っていかれ…
この奥に捨てられました。向こうはどうなっているのでしょうか。。。
献花台がありました。
私たちは買ってきた花を手向け、手を合わせました。
「安らかにお眠りください…二度と同じ過ちはさせませんから」
こう心の中で唱えるとともに自分に言い聞かせたところです。
この女性は柳寛順(ユ・グァンスン)。韓国のジャンヌダルクとも呼ばれる女性…というよりも女の子です。
罪名はやはり治安維持法違反。
1910年に韓国が日本に併合されてのち1919年、とうとう朝鮮半島の怒りが爆発。暴力に頼るでもなく「独立万歳!」と唱えながら行進を行うという全国的な運動が発生した「3.1独立運動」における韓国の英雄(韓国では「烈士(れっし)」という)です。
ソウルの高校に通っているなか、その運動に触れたユ・グァンスンはこの運動を地元に帰っても広げようとソウルの様子とともに独立にかける思いを数千人の聴衆を相手に演説。このとき16歳でした。
ここはユ・グァンスンも入れられた女性の独房。
このときの運動で父や母が日本の憲兵に撃ち殺されます。独立万歳と叫ぶだけの非暴力運動に無数の発砲を行ったのです。
“運動の首謀者は私である”と全てをかぶり、拷問に続く拷問のなか誰の名前も出さず、「私は大韓の人間で、日本人の裁判を受ける理由はない!おまえたちに私を裁く権利はない!」という言葉が残っているそうです。
最後は栄養失調と劣悪な環境、度重なる拷問により1920年10月12日に死にました。
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